第129話 タルパティル王と王国議会

 タルパティルは国王を中心にした君主制の国であるが、貴族や特定の身分の者で構成される議会もあり、王権がある程度制限された立憲君主制とも言える政治形態になっている。

 外交や長期的な政策、軍権、貴族の爵位の任免などは国王が、その他の内政に関しては議会が権限を持ち、代わりに地方を領地とする貴族の権限は大幅に制限されている。

 これは魔導車や魔導船などにより情報や人員の移動速度が大陸の他の地域とは比べ物にならないほど早いからだ。

 

 伝達手段が人の足や動物しか居なければ地方領主に大きな権限がないと迅速な対処ができなくなる。結果的に中央の目は地方に行き届かなくなり地方領主の権力は強固なものになっていく。

 対して、情報伝達が早ければ地方領主の権限を制限しても迅速に中央から指示を出すことができ、移動速度が早ければ領主が持つ戦力は最小にすることもできる。

 だからタルパティル、いや、大陸東部の国々は封建制を布きながらも権力は中央に集約することができているのだ。

 

 そうして他の地域よりも進んだ技術は、魔導船や魔導車だけでなく国内のいたるところに見られる。

 街道は整備されているし流通が活発なので街道沿いに街が多く賑わっている。

 そしてそれが政治の中枢となる王都であればさらに顕著だ。

 上下水道は整備されており、電気はないがそれに代わる魔法道具が普及しているために日が暮れても闇に沈むことはない。

 当然ながら生活水準も高く、王都は多くの人で賑わっていた。

 

「お~っ! なかなか楽しそうだな」

「賑やかっすねぇ。こっちの世界で車が走ってるってなんか不思議な感じ」

「なにか、テレビで見た明治とか大正時代の東京みたいね」

 そしてお騒がせ異世界流浪人パーティである。

 タルパティル王都、名称は国名そのままの国随一の都市のメインストリートをルアを抱き上げた伊織、興味深そうにキョロキョロ見回す高校生コンビ、魔法道具や魔法陣を見るたびにあっちへフラフラこっちへフラフラしている残念美人リゼロッド、仲間と思われたくないのか少し距離を取ってついていくジーヴェトの6人。

 だけでなく、今にも溜息を吐きそうな顔で海軍の海兵守備隊長のゼル・ラスもそこには居た。

 

「ルア、目は大丈夫か?」

「うん。ちょっと変なかんじだけど」

 腕の中の小さな顔を伊織が覗き込むと、ルアははにかんだ笑顔で頷く。

 その目は見慣れたアンバーとバイオレットのヘテロクロミアではなく、両目ともブラウンの虹彩に変わっている。

「今更だけど、なんでカラコンまで持ってるんだか」

「ホントよね。しかもBCベースカーブを調べる機械まであるんだから。まぁ、そのおかげで騒ぎにならないならそれに越したことは無いけど」

「どうせ伊織さんが騒ぎを起こすんだから大して意味ない気もするけどな」

「激しく同意」

 言いたい放題である。

 

 ルアの瞳の色が変わっているのはもちろんオッサンのアイテムのせいだ。

 カラーコンタクトレンズ。

 中高生をはじめ、大人でも気軽に瞳の色を変えられるアイテムとして今やどこででも手に入れられるファッションアイテムだ。

 日本人のように濃い虹彩を持っている人種の場合だとそれほど極端に色が変わっているようには見えないが、ルアのように色素の薄い瞳だとブラウンのカラーコンタクトレンズを入れると左右の色の違いはほとんどわからなくなる。

 ちなみに、一般的に目の色というと虹彩の色のことであり、瞳の中心部分である瞳孔はどんな人種であっても同じ”黒”である。なので虹彩の色さえ変えてしまえばルアがヘテロクロミアであることを気づかれる恐れは無い。

 キジェルの街に移動している時に「大陸東部では左右の目の色が違う者は神霊眼として神の加護を受けた特別な存在」だとゼルに聞かされたため、万が一を考えて目立たない色に変えることにしたのだ。

 

「パパ、あれ食べてみたい!」

「ん? 揚げパンみたいな食い物だな。良いぞ、他にも美味そうなのがあるかもしれないからパパと半分こな」

 伊織の答えに嬉しそうに抱きつく腕に力を込めるルア。

 どこからどう見ても娘を溺愛するパパの姿だ。

 そんな様子を半ば呆れながらゼルが見ている。

「見知らぬ土地でよくそんなに落ち着いていられるものだな。ただでさえ目立っているというのに」

 その言葉通り、周囲の王都民達はこの賑やかな一行を、ある者は興味深そうに、ある者は警戒するように距離を取って見つめていた。

 理由はやはり伊織達の服装だろう。

 

 王都までの移動手段は陸路をヒューロンAPCを使ってだったが、それは王都に到着した後異空間倉庫に戻してある。

 国の首都だけあってこの都の面積は結構なものだが、王都内を縦横に走る乗り合い魔導車や、地球の路面電車そっくりの乗り物もあり移動にはそれほど困らないようだ。

 伊織達はおのぼりさんよろしく、大騒ぎしながら路面魔導車に乗ってこの中心街までやってきたわけだが、その服装はこの国の人々のものとはずいぶんと異なる。

 全員がアラミド繊維製の上下に防弾防塵ベストで身を包み、香澄は肩から自動小銃を下げ、英太は二本差しである。もちろん他のメンバーもいつもの武装を身に着けたままだ。

 用途のわからないだろう小銃や拳銃はともかく、英太の太刀やジーヴェトの長剣は当然王都に入る時に衛兵によって咎められた。

 だがそれはゼルが懐から何かの紙を取り出して見せ、少し話をしたことで許可が出た。ただし、封印シールのような紙を鍔に貼り付け、よほどの事情がない限り抜かないという条件がついたが、まぁそれは当たり前の事だろう。

 

 そんなわけで服装と武器を所持しているという部分で大いに目立っているわけだが、伊織達は一向に気にすることなく通りに並んだ露店を覗いたり屋台で食べ物を買って食べたりしていた。

 そうしてのんびりと散策していると、通りの向こうから大型の魔導車がこちらに向かってきているのが見えてくる。

「来たか」

 ゼルがそう言って伊織達を呼び止めた。

「申し訳ないが俺は王宮にキジェルの街で起こったことの詳細を報告しなければならん。だが貴公等と離れるわけにはいかないからできれば一緒に来てもらいたい。それと、無理にとは言わんが可能であれば報告にも同行して証言を頼みたい」

 

 ゼルが伊織達と一緒に居るのはいわばお目付け役を押し付けられたからだ。

 司令官であるトロスは海軍本部を離れる訳にはいかないし、そもそも火災の後処理や復興、アバルの船団が侵攻してきた事への対応などで手が離せる状況では無い。

 さりとてどう考えても一般の海兵が何人居たところで伊織達の行動を制限できるとは思えなかった。

 なので伊織とも面識があり、守備隊長という海軍でそれなりの地位にあるゼルを選ばざるを得なかったわけだ。

 もっとも本人は激しく抵抗していたようではあるが。

 伊織としても別に行動が不当に制限されないのであれば別に好んでトラブルを引き起こすつもりはないし、多少の手助けくらいならしてもかまわないとは思っているのだが、やはりゼルにとっては伊織達の存在は厄介なのだろう。

 

 ゼルの申し出を受けることにした伊織達は近寄ってきた魔導車に乗り込む。

 魔導車の内装はこれまでに見てきた他国の馬車とそれほど違いは無い。

 動力が動物か魔法かの違いだけで、金属加工技術にそれほどの開きがなく、大部分が木製のものだからだろう。

 当然乗り心地は非常に悪い。空気の詰まったタイヤや油圧サスペンションがあるわけではないので仕方がない。

 車輪には何重も動物の革が巻かれ、板バネのような緩衝装置はついているようだが石畳を進むたびにガタガタうるさいしとにかく揺れる。

 現代日本出身の伊織達だけでなく、すっかり現代地球の技術力に慣らされてしまったリゼロッドやジーヴェトも乗り心地の悪さに顔を顰めていた。平気なのは伊織の膝の上に乗っているルアくらいなものだ。

 

 とはいえ、王都の中央から王宮まではそれほど離れておらず、魔導車に乗り込んで10数分で王宮の前に到着する。

「意外と大きくないっすね」

 降りるなり英太が失礼なことを口にするが、ゼルはさほど気にせず頷いた。

「行政府は議会と同じく王宮の裏手にあるからな。王宮にあるのは主に王族の居所と式典などのホール、それから国王陛下との謁見の間、宮廷長官の執務室だ。それほどの大きさは必要ない」

 確かに建物は王都の他の場所よりもずっと大きいし敷地も広い。だが王宮としてならオルストやアガルタ、グリテスカの方が遥かに広大だ。

 だが行政府や様々な公的機関が別の場所にあるのなら十分な広さなのだろう。

 

 王宮前の警備兵にゼルが要件を伝えるとすぐに中に通される。

 案内されたのは中10人ほどが座れる円卓がひとつあるだけで落ち着いた雰囲気のそれほど広くない部屋だ。

 一応部屋に入る前に自動小銃や刀、長剣などは廊下に待機している衛兵に預けてある。さすがにこの場で武装しているのはまずいだろうと伊織が申し出た。相手を警戒させたり威圧しないようにだ。

 だから指摘されないのを良いことに拳銃はそのまま持っているので単に形だけだが。

 

 伊織達が部屋に入ってすぐ、王宮の侍女が飲み物を持ってきて席に着くように促される。

 そこで待つことしばし、扉が開かれて入ってきたのは老境に差し掛かった白髪交じりの男と壮年の男。

 ゼルが慌てて立ち上がる。

「へ、陛下」

「構わぬ。謁見の場ではないのだから礼は不要だ。それに、異国からの客人も居るようだしな。もっとも我らが望んだわけではないが」

 敬礼しようとしたゼルを鷹揚に制し、壮年の男は円卓の対面に座る。老年の男はその右側だ。

 

「ゲン提督から報告は受けている。キジェルにおいて発生した人為的な火災の対応ご苦労だった。街に潜伏していたアバルの工作員も捕縛できているようだな」

「はっ! 私がキジェルを出立した時点で30名ほどの港湾労働者を装った工作員を捕縛しております。また、命を脅かされた街の住人達がかなり積極的に衛兵に情報提供をしてくれているのでおそらくはすべて排除できるかと」

 老人のほうが手に持った報告書に目をやりながら確認し、ゼルが補足して報告する。

「うむ。だが虚偽の告発や冤罪には注意しなければならん。これ以上人心を不安にさせるわけにはいかんからな。すでにゲン提督には伝えてあるがキジェルの火災の復興には特別予算を割り当てることで議会の承認が降りている」

 本来キジェルの街はゼルの管轄地域ではないが、海軍本部のある街であり復興が進むのはありがたい。

 老人の言葉にホッと胸をなでおろすと、もう一度気を引き締め直す。

 

「そして、そちらが異国より来た凄まじい道具や技術を持つという者達か」

 そう口にしたのは老人ではなく、陛下と呼ばれた男だった。

 まっすぐに投げかけられる視線に、伊織がスッと立ち上がり立ったまま優雅に一礼する。

「初めてお目にかかる。この世界とは別の世界から魔法によって召喚された伊織と申します。元の世界に戻るために古代魔法の研究と資料集めの旅をしています。長居するつもりはありませんが、どうぞよろしく」

 威風堂々。

 丁寧な口調でありながら一切遜ることのない態度に、国王が思わず感嘆の声を上げそうになり慌てて口をつぐむ。

 

「うむ。余はタルパティルの王、オル・リスである。貴公は過日キジェルで起きた火災を消火するために所持している物品を使い多大な貢献をしたと報告を受けている。加えて、それに乗じて侵攻を企てたアバルの船団をも瞬く間に殲滅したとも。恩人たる貴公等に礼は求めぬ。この国の法を侵さぬ限り賓客として遇すると宣言する」

 王の宣言に、ゼルは小さく息をつく。

 ひとまずは第一関門を突破したといったところだ。

 次は議会に根回しする必要があるが、それでもいつ爆発するかわからない危険物に余計なちょっかいをかけようとする者を牽制することができる。

 

「別の世界、か。古い伝承にはこの世界とはまったく違う場所に異なる世界が存在するというのがあったな。もっとも、ただの御伽噺だと思っていたが」

「多分その御伽噺というのは古代魔法王国の時代から伝わったものでしょうな。我々はその魔法を復活させた魔法師によって呼ばれましたから。とはいえ、かなりの偶然が重なった結果のようですがね。その魔法師はすでに亡くなっていますし今は使えるものは居ないでしょう。そもそも膨大な人の生命を使わなければならない外法ですから失敗すれば周囲は何もない荒野に変わることでしょう」

 あっけらかんと言った伊織の言葉に、オル・リス王と老人(宰相らしい)がギョッとして伊織を見返す。

「人の命とはどういうことであるかな?」

「数百人、数千人単位の人間を殺してその魔力をすべて魔法陣に注ぎ込むって感じみたいだな。こちらの世界と別の世界を繋ぐのはひとりの人間の魔法じゃ不可能だ。俺達を召喚した国は奴隷をかき集めたり辺境の村の住民を拐ってきたらしいけどな」

 

 それを聞いて王が顔をしかめる。

「貴公等が帰るためには同じようにしなければならぬのか?」

 硬い声で問う。

 為政者としてはもしその対象として自国民を選ぶならば看過できることではない。

「そんな効率悪くて暴走する危険が高い方法使わないさ。ちゃんと方法はあるから安心してもらいたい。ただ、失敗すると自分も周りも危険なんでしっかりと研究を重ねる必要があるからこうして旅をしてるってわけ」

 やはりお上品モードは長く続かないらしく、伊織の言葉使いはどんどんぞんざいなものになっていく。

 

「古代魔法王国か。知っているかもしれぬが我々大陸東部の国はその魔法王国の民が築いたと言われておる。偉大なる魔法使いたちの末裔だとな」

 王の呟きともとれる言葉には自嘲が込められているようにも聞こえた。

「……事実だぞ。大陸のほぼ中央部にある大砂漠、そのど真ん中にあったクルーシェスセと呼ばれた魔法王国が滅びる少し前に東へ向かった民と滅びてから南へ逃れた民がいたらしい。魔法を使える人間が少なかった南に向かった民は魔法が衰退し、東に向かった方は魔法研究者が多く居たからある程度の魔法が残ったってわけだ」

「貴公はそれを何故知っている?」

「実際にその失われた古代都市に行ったからな。そこに残っていたのは滅びる原因となった魔法の痕跡と、魔法によってバケモノに変えられた人間、それから廃墟だった。俺達はそこで古代魔法王国最後の王の手記を見つけて知ったんだよ。ちなみにそこに行こうとするのは止めておいた方がいい。魔導車じゃ絶対にたどり着けないし、行ったところで目にするのは瓦礫の山と死ぬこともできず人を襲うだけに成り果てた元人間だけだからな」

 

「そうか、その手記とやらは貴公等が持っているのか?」

「写しだけならな。先人の教訓として提供しよう」

 伊織はそう言って懐から数枚のコピーを取り出して円卓に置いた。

「……古代文字のようだ。余には読めぬが専門の者に解読させよう」

 それからはアバルの船団を追い払った経緯や使用した武器などのことを説明したり、いくつかの質問に答えていく。

 粗方のやり取りを終え、先に王が部屋を退出する。

 そして、宰相の老人が伊織達に国を出るまでの注意事項などを話している時に、バタバタと足音を響かせて数人が部屋の前に走ってきたのが聞こえた。

 

「失礼します! 只今議会より、王都に来た異国人を召喚すると通告がありました!」

 ノックの後、扉を開くと衛兵のひとりが宰相にそう伝える。

「議会が?」

「はっ、国王陛下との謁見が終わり次第、議会に出頭させるようにと」

 思わずゼルが舌打ちを漏らす。

 宰相も同じような心境なのか苦虫を噛み潰したように不機嫌な表情を見せる。

「耳の早いことだ。だが異国からの稀人は王陛下が賓客として遇するとお決めになった。議会にはそう伝えよ」

「ちょ~っと待った! 良いぞ、呼んでるっていうなら顔を出そうじゃないか」

 もちろんこんなタイミングでそんな事を言い出すのはひとりしか居ない。

 

「げっ!」

「うわぁ~嫌な予感が」

「まぁ、こうなるわよねぇ」

「あ~、はいはい、どうしてこうも向こうからトラブルの種が飛んでくんだよ」

 いい加減慣れたとはいえ、毎度毎度巻き込まれる面々は呆れ顔だが、ゼルと宰相は目一杯の困惑顔である。

 せっかく穏やかな形で国王との面談を終えることができたのに、詳しい事情を知らない議会が嘴を突っ込んできたことも腹立たしいが、それ以上にどう聞いても面倒な事になるのがわかりきっている議会の呼び出しにあっさりと応じる伊織の考えも理解できない。

 それはそうだろうが、このオッサンを相手に理解しようというのがそもそもの間違いなのだ。

 

「どうせ断ったって俺達がこの国にいる限りやることなすこと口出ししてくるんだろ? だったら最初に面倒なのは終わらせておいたほうが楽ってもんだ。夏休みの宿題だって面倒なのを後回しにすると結局やりたくなくなってギリギリになって焦ることになるからな」

 議会の呼び出しと夏休みの宿題を同列に語る意味がわからない。

 この場でその言葉が理解できるのは高校生コンビくらいなものだろう。いや、香澄はそもそも計画的に宿題を進めるタイプだろうから英太だけかもしれないが。

 とはいえ、伊織が言ったようにここで断っても彼等が持つ優れた技術力で作られた物品や、攻撃用魔法道具を簡単に改良して消火道具とするなどの魔法技術を知った議会が簡単に諦めるとは思えないのも確かだ。

 

「んじゃ、すぐに行くとするかぁ。隊長さん、案内よろ!」

 とんでもなく軽い口調に、ゼルは仕方なく頷くと宰相に目で了承を求めた。

「仕方あるまい。ただし、彼等の処遇に関しては王陛下の裁可の無いまま決定することの無いよう議会に伝えてくれ」

「承知しました」

 色々とキャパオーバーになったらしいゼルが表情を消して返事をする。

 そして伊織を先導して議会があるという場所に向かった。

 

 議会は王宮の裏手にあるとはいえ、行くためには一旦外に出る必要がある。

 王宮の外側をぐるりと迂回しなければならないのが面倒だと伊織が異空間倉庫を開こうとするのを英太とジーヴェトが全力で止め、大人しく歩いて移動する。

 距離にすればせいぜい20分ほどなのに、またろくでもない車両でも出してきたら余計に面倒な事になるというのがふたりの主張である。

 実に伊織のことをよくわかっている。

 

 呆れたように肩をすくめルアを肩車して歩き出した伊織の態度に青筋を立てたジーヴェトに構わずさっさと先に行くのを慌てて追いかける一行。

 ほどなく到着した議会の入り口には20人以上の衛兵が待機していた。

 普段よりも明らかに人数が多い。

 伊織達の姿を見ると衛兵が5人近づいてくるがその表情や雰囲気はどう見ても温かく歓迎しているというようには見えない。

 そのうちのひとりがゼルの前に来ると口を開いた。

 

「ここから先は我々が案内する。貴殿はここでお待ちいただきたい」

「それはできん。自分はトロス・ゲン海軍総司令官からの命令で彼等の世話役として同行している。議会がそれに反する指示を行うというならば、まずそちらを通してもらおう。また、先程オル・リス国王陛下がこの者達を我が国の賓客として遇すると決定された。よって、それが取り消されない限り、処遇は他国の使節に対するものと同等となる」

「なに?!」

 ゼルが毅然と宣言すると衛兵達が動揺したようにざわめく。

 

「あ~、何でもいいからさっさと案内してくれ。今夜の寝床も探さなきゃならんしそろそろ腹も減ってきたから面倒なのはさっさと終わらせたいんだよ」

 ヒリつくような空気もなんのその。

 心底どうでも良さそうな口調で伊織が言葉を挟み、待ってられないとばかりに議会のある建物の中に足を踏み入れた。

「ま、待て! すぐに案内する! だが武器を、は、話を聞けぇ!」

 まさに傍若無人とはこのことだと言わんばかりに好き勝手する伊織に翻弄されている衛兵達を見て、ゼルも思わず同情の気持ちが沸き上がってくる。

 と同時に、最初に伊織を収容した収容所の職員たちには申し訳なかったと心のなかで頭を下げた。

 

「ハァ、ハァ、ゼェ、こ、ここで一旦待ってもらいたい。扉を開けるには議長の許可が必要、なんだ」

 走っているわけでもないのにスルリスルリと衛兵達から躱し続け、好奇心の赴くまま建物のあちこちを見て回り、衛兵は疲労困憊、オッサンは飄々と、なんとか議会場の入り口までたどり着く。

 他のメンバーは少し離れて着いてきているのでヘロヘロになっているのは衛兵たちだけだ。

 当然他の者達は呆れ顔でそのやり取りを見守っている。

 ゼルとジーヴェトだけはかなり衛兵に同情の視線を向けていたが。

 

 しばらく扉の前で待ち、ようやく開かれる。

 衛兵が先導して全員で中に入り、最後に残りの衛兵が議場に入ると扉が閉められた。

 議場の中は日本の国会というよりも小さな円形闘技場のような構造で、通路を進んだ中央が開けており、その周囲を囲むように議員たちが座っている。

 人数は50人ほど。

 入り口から見た正面にひときわ大きな席があり、そこに座っているのが議長なのだろう。

 その男が伊織達の姿を見て眉を顰める。

 

「神聖な議会に何故武器を持ったまま通すのだ! 衛兵はなにをしていた!」

「い、いえ、それが、こ、国王陛下がこの者達を賓客として遇すると」

「それは聞いた、だが、他国の使節であっても議場に武器を持ち込むのは……」

「悪いが説教は後でやってくれ。こっちも暇なわけじゃないんでな。さっさと話を進めてくれないか? 用がないってんなら帰るぞ」

「んな?!」

 顔を真っ赤にしながら怒鳴り始めた議長の言葉を遠慮会釈なくぶった切る伊織に、議長は口をパクパクさせながら言葉を失う。

 その様子にあからさまに肩をすくめて見せる伊織。

 

「わざわざ呼び出したんだ、なにか言いたいことがあるんだろ? まぁ、大方俺達が所有している兵器や荷車、空飛ぶ乗り物なんかの事を聞いて手に入れたいってことだろうが、知識がないと使えないしそれを維持したり量産するのは絶対に不可能だから諦めてくれ。実際に見た海軍のお偉いさんはこっちがなにも言わなくても理解したみたいだから、アンタ達も賢明な判断をしてくれると面倒がなくて助かる」

 ここぞとばかりに一気にまくし立てる。

「ま、まてまてまて、それでは見ることすらできないほど離れた場所からアバルの船団を一瞬にして壊滅させたというのも事実なのか? なぜ貴公等がそんな物を持っている? どうすれば手に入れることができるのだ?」

 たまらず議員のひとりが口を挟んだ。

「そんなことはどうでもいい! そんな物を所持している危険な者達をどうして上陸させたのだ!」

「そうだ! 我らが理解することもできん武器を持っているなど認められん。すべて廃棄せよ!」

「王もなにを考えているのだ! こんな危険な連中を賓客などと!」

 

 ひとりの議員が口を開いたのを皮切りに、次々と怒号が飛び交う。

 騒然とする中、伊織が肩をすくめてポケットから何かを取り出したのを見て、英太達は急いで耳栓やらサングラスやらを取り出し、ゼルにも手渡して使い方を教える。

 そして数十秒後、

 議場の中から凄まじい轟音と悲鳴が響き渡ったのだった。

 



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