第127話 異世界消防隊、出動!

 モニターに映し出された拡大された映像には街から立ち上る黒煙が映し出されている。それもどうやら一か所からではなく、複数の場所からのようで、ともすると街全体が煙を吹き出しているようにも見えた。

 小さな画面の映像に言葉を失うゼルが呆然としているうちに、チヌークは速度を上げて煙を上げる港湾都市が肉眼でも見えてきた。

「お~ぉ、派手に煙が上がってる割にはそれほど燃え広がってるってわけでもなさそうだな。ってことは同時進行でいくつもの場所で火事が起こってるってことだが」

 

 伊織の言葉に、ゼルは前方を睨むように見つめながら言葉を返す。

「キジェルの街の建物は大部分が石造りだ。滅多なことでは延焼しないが、煙の上がっている場所はおそらく貧民街だろう。あそこは住民たちが勝手に家を立てたりしているから木造りの建物が多いんだ」

 古今、世界を問わずどこの街にも貧しい人々が暮らす区画というのは存在するものだ。そういった場所は行政の目が行き届きにくく治安も悪い。

 そして当然安全対策なども講じられておらず、疫病や火災などが発生すると大きな被害が出やすい。

 だから火事などが起こり被害が拡大するのは理解ができるのだが、それでも街のあちこちで同時に火災が起こることなど普通はありえない。

 もしあるとすれば人為的なテロ行為ということになるだろう。

 

「すまないが、街の西側の河口近くにある海軍本部に降ろしてほしい。このまま進むと最初に見えてくる大きな建物で、脇の練兵場に降りられるはずだ」

「それは構わないが、どうするつもりだ?」

「燃えている場所の消火の応援に向かう。貴公等が出歩けば不審者と間違われるかもしれないからできれば練兵場からは出ないでもらいたい」

 それだけ言ってゼルは元いた場所に戻っていった。部下達に到着してからの指示を出すためだ。

 伊織はそれ以上何かを言うことは無く、言われた場所を目指して速度を上げた。

 

 数分後、ゼルの言っていた海軍本部の場所は上空からもすぐにわかった。

 街の南西側、数多くの軍船が停泊している港と隣接した広い敷地に、大きな建物と練兵場がある。

 だがその練兵場は慌ただしく人が動き回っているようで、上空から中央近くにチヌークを降下させると数十人の海兵が短槍を構えて得体の知れない乗り物を取り囲むように展開する。

 とはいえいきなり攻撃するような真似はせず、緊張した面持ちでチヌークの動きを警戒していた。

 そして機体が完全に着地し、ローターが止まると海兵達の包囲の輪が狭まる。

 どの兵士の顔も、見たことのない代物を前に悲壮なほど緊張に強張っている。それを崩したのは機体横の扉が開かれ、攻撃しないよう大声で制止したゼルの姿だ。

 

「第4海兵守備隊のゼル・ラスだ! 事情のある異国人をトロス・ゲン提督に引き合わせるために来た! だが今は先に火災の状況を確認したい!」

 ゼルがなにげに初出のフルネームを名乗ると、囲んでいた海兵達は突きつけていた槍先を立てて敬礼する。

 その直後、奥側からゼルを呼ぶ声が響く。

「ラス守備隊長!」

「はっ!!」

 条件反射的に姿勢を正して声を張り上げるゼル。

 そして呼びかけてきた方を見ると、そこに海軍本部のトップでありゼルの上司、トロス・ゲン海軍提督がゼルに向かって手招きをしているのに気付いた。

 

「随分と早い護送任務に驚いたが、今はそれどころではない。詳しい話は後で聞く。とにかく使える人間はひとりでも多い方が良いからな。悪いがこちらを手伝ってもらうぞ」

「承知しております。上空から火災の状況は見ましたが、貧民街を中心に燃えているようですが」

「最初の火災が報告されたのは夜明け前だ。場所は街の北東部の穀物倉庫。その後も街のあちこちで貧民街の家が燃え始めた。人為的なものなのは分かっているが、今は消火が最優先だ」

 トロスが苦々しげにそう吐き捨てる。

「消火はどうやってするんだ?」

「?!」

 

 不意にゼルの背後から掛けられた声に、トロスとゼルが驚いて目を向ける。

「っ、貴公が報告にあった異国人か。見たことのない船を持っているという」

「持っているのは船だけじゃないがな。で? 消火の見込みはあるのか?」

「……軍に所属している水魔法の使い手を全員現場に派遣している。それから水生成の魔道具もだ。だが数が全く足りていない。だから後はとにかく人員を投入して消火するしかない」

 トロスの言葉にゼルが説明を加える。

 水魔法の使い手は希少であり、魔道具も本来は軍船の飲料水を供給するためのものらしい。

 船の火災に備えてある程度は消火の訓練もおこなっているものの、効率としては人海戦術でバケツリレーするのと大差ないようだ。

 

「なるほどねぇ。……手を貸そうか? さすがに一瞬で火を消すなんて芸当はできないが、少なくとも多少は力になれるだろう」

 伊織がそう言うと、トロスは顔を顰めて黙り込む。

「対価としてタルパティルへの入国と国内の移動の許可。監視の人間をつけるのは構わないし、この国が俺達に手を出さない限りは何もしない。それと大陸東部の情報を差し支えない範囲で提供してもらいたい。そんなところだ」

「……貴公の目的はなんだ? なんのためにタルパティルに来た? 何をしようとしている? それがはっきりしない限り貴公等を自由にさせるわけにはいかん。たとえそのせいで火事が消せなくなるとしてもだ」

 

 トロスの立場としてはどれほど逼迫していようが国に仇なす可能性のある者達の手を借りるわけにはいかない。伊織達に今の状況を打開できるだけの力があったとしても。

「俺達の目的は大きく分けてふたつ。ひとつは古代魔法文明の生き残りが向かったっていう大陸東部の状況の確認や俺達が元の世界に戻るための魔法研究の資料を集めること。それから、大陸南部のグリテスカ帝国やマレバス王国に流れてきた大陸東部の連中が言っていたという、東部の国が南部に侵攻する可能性の調査だ。グリテスカ帝国の皇帝とは義理もあるんで面倒事が起きそうなら手を貸そうと思ってる。そんなところだ」

 拍子抜けするほどあっけらかんと言ってのける伊織に、トロスが思わず呆れた表情を見せる。

 

「呆れたものだ。いや、自信か。この国は一番南部の国に近い、もし侵攻するというのなら我が国が真っ先にすることになるだろうが、その国でそこまで放言するとはな。もし、タルパティルがグリテスカに侵攻するとわかったら貴公はどうするつもりなのだ?」

 強い視線を送るトロスに、伊織はニヤつきながら肩を竦めて見せる。

「まぁはっきりしたらその時考えるさ。侵攻なんざ考えられないくらい叩きのめすか、グリテスカ帝国に戻って、帝国があっさりと撃退できるだけの技術を提供するか。どっちにしてもこの国の行く末は一緒だろ」

「………………はぁ……」

 あまりと言えばあまりな伊織の態度にトロスはその立場に似合わずガックリと肩を落とす。

 

「我が国に南部への侵攻計画など無い。そもそもそんな余裕はないからな。もし南部への侵攻などしようものならその隙を北部の国にさらすことになる」

「そうかい。だったらこっちも遠慮せずに手を貸せるってもんだ。どうする?」

 再度伊織が水を向けると、トロスはしばし逡巡した後大きく息を吐いた。

「貴公にこの度の火災の消火に手を貸してもらいたい。報酬は海軍の予算から金銭で支払う。情報は市井に流れるものを勝手に仕入れてくれ。上陸は、許可しよう」

 手は借りる。だが要求には従わない。

 トロスの立場としてはこれが精一杯の答えなのだろう。

 伊織はその言葉にクスリと笑みをこぼして頷いた。

 

「兵士を50人、それから魔導車ってのがあるんだろう? それを20台用意してくれ。それから俺の船を攻撃しようとしたあの魔法武器を100個くらい持ってきてくれ。あとは、こっちからも消火の車を出すから一番火が回りそうな場所まで案内を頼む」

 伊織がそうトロスに言ってから、チヌークに向かって手招きをすると英太達が出てくる。

「英太は装備の準備、香澄ちゃんは消火装備のレクチャーを集まった連中にしてやってくれ。リゼはあのしゃもじ型の魔法具の魔法陣を書き換えて水を出せるように調整、できるよな?」

「了解っす!」

「わかった」

「もちろんできるわよ。消火なら威力と範囲も調整しないといけないわね」

 

「ルアはドローンを街の上空に飛ばして指示を出してくれ。操作はチヌークの中でな。ジーさんはルアの護衛だ」

「うん!」

「はぁ~、任された」

「ゼル、だっけ? 悪いがアンタとアンタの部下数人は手伝いを頼む。ここで装備の補充と現場への指示出しだ」

 異空間倉庫を展開しながら矢継ぎ早に出される伊織からの言葉に、それぞれが動き出す。

 

 倉庫が開くと伊織と英太がフォークリフトを使っていくつものコンテナを出し、香澄が数人の兵士に手伝わせてその中から防火服や消火装備を引っ張り出して練兵場に並べさせる。

 見る間に練兵場にはコンテナやコンプレッサー、給水タンク、その他の、トロス達が見ても何がなんだかわからない諸々の機材が出てきて、見ている兵士達は悲鳴を上げながら場所を空ける。

 全部出し終えると、次に香澄が装備を配ったり操作方法を説明し始める。

 

 トロスが割いた水兵50人に渡されたのは銀色の防火服とマスク付きの面帯、無線のヘッドセット、それからふたつのタンクが装着されたバズーカのような砲身とホース付きのリュックのような装備だ。

 IFEXインパルス消火銃。

 ドイツで開発された個人携行型の消火装備で、タンク内の圧縮空気と水を高速で噴出し、微細な水滴による冷却と発射圧の力で少ない水量でも効率の良い消火が行える。

 操作方法も複雑ではないので、水兵たちは何度か実演するとすぐに理解したようだ。

 

 リゼロッドの方は、水兵が持ってきたラケット型の魔法具を調べ、基本的な陣には手を加えずに打ち出す火を水に、収束させるのではなく拡散するように書き換えていく。

 最初の書き換えこそ多少時間がかかったものの、一度終えてしまえば残りは次々と同じ作業を繰り返していく。

 インパルスほど連射はできず、打ち出してから多少の溜めが必要なようだが、補充が必要ないため数個の魔法具をローテーションさせれば十分に消火が継続できるだろう。

 

 伊織も別の水兵にインパルスの空気や水のタンクの補充方法を叩き込む。

 この間、トロスの下には各地で消火にあたっている部下達から応援の要請がひっきりなしに届いていて、伊織達の準備をジリジリとした思いで見守っている。

 だが、たとえ今消火が止まっていたとしてもこのまま伊織達に任せるほうがいい結果につながるということはわかっている。

 それでも何もできない焦りが限界に達しようとした時、ようやく全ての準備が終わり、伊織が声を張り上げた。

 

「よ~し、それじゃ各自割り振られた組で現場に向かってくれ。報告は随時ゼルにして指示を仰いで。魔導車は現場とここを往復しながらタンクの補充や避難民の誘導を頼む」

 その言葉に、水兵たちは弾かれたように魔導車に乗り込み出発していく。

「伊織さん、俺も消防車で出ます。街のあちこちに水路が走ってるらしいんで、それを使えば良いんすよね?」

「ああ。脆い建物も多いだろうから水圧には気をつけてな。香澄ちゃんは引き続きここで機材のフォローと調整役を頼んだ。俺はチヌークで上空から水をぶっかけるから」


 英太が真っ赤に塗装された中型トラックくらいの大きさの見慣れた消防車に乗り込む。

 この世界には当然消火栓など整備されていないが、この消防車はホースを伸ばして川や貯水池などから水を汲み上げながら放水することができる。

 水路があるのなら問題なく消火を継続できるから判明している最も火の勢いが強い場所に向かうのだ。

 伊織の方も、チヌークに空中消火用の散水システムであるバンビバケットを装着する。

 山火事などの消火活動の映像でよく見られるタイプのもので、飛行したまま川や湖などで給水し、最大5000Lもの水を空中から散布することができるものだ。

 伊織が乗り込んだチヌークがローターを回し始め、ほどなくバンビバケットをぶら下げて飛び立っていった。

 

 

 

 キジェルの街の南側。

 港に面した通りの奥でももの凄い勢いで炎が上がっている。

 ここは港で重労働に従事する者達が暮らす貧民街で、バラックのような建物がびっしりと立ち並んだ一角だ。

 ほとんどの建物は住み着いた住人が廃材や街の近くの森を伐採して集めた木材で作った簡素なもので、当然ながら火事には弱い。

 悲鳴を上げて逃げ惑うみすぼらしい服装の住民たちをかき分けるように魔導車が到着する。

 魔導車の形は言ってみれば屋根のないトラックのような形状で、車体は木造り。車輪は鉄製の輪に幾重にも革を貼り合わせたものだ。

 現代地球の自動車と比べるとお世辞にも洗練されているとはいえないが、それでもこの世界では類を見ないほど高度な魔法が使われた大陸東部を象徴する乗り物である。

 

 魔導車の荷台から防火服に身を包んだ水兵が5人飛び降りる。

 そして今にも他の家屋に燃え移ろうとしている炎に向かってインパルスの銃身を向けた。

 バシュンッ!

 塊になった霧が炎の根本に発射され、反動で水兵の上体が浮き上がるほどだ。

「住民は離れろ! 消火の邪魔だ!」

 水兵たちはそう怒鳴りながら貧民街に近づいて行く。

 時折噴き出すように炎が迫るが、水兵たちは怯むことなく焼けていく建物に近づいてはインパルスを撃ち込んでいく。

 

「……スゲェな。この道具もだが、服が熱くならないし火が飛んできても燃えないぞ」

「感心してる場合か! おい、こっちに怪我人がいるぞ! 連れて行け!」

 逃げ遅れて地面を必死に這いずっている住民を見つけた消火部隊が後ろの水兵に救助を指示する。

 同じような防火服を着た水兵がその住人を強引に引きずりながら連れて行く。

 荒っぽいが今はそんなことにかまっている余裕など無い。

 なにより、まだこの世界には人命優先という感覚はなく、なにより消火が優先される。それでもだからといって助けたいと思っていないわけではない。

 

「離してぇ! 向こうに子供がいるの!」

「無理だ! アンタが死んじまうぞ!」

 水兵たちの居る所より先の路地で泣き叫んでいる女と、それを必死に抑える男がいる。

 ふたりとも顔は煤け、服もあちこちが焼け焦げておりむき出しの手足は火傷で真っ赤になっている。

「何をしている! 早く避難しろ!」

 水兵が怒鳴りつけるが、その姿を見た女が今度は水兵にすがりついた。

「兵隊さん、お願いだよ! 子供が、アタシの子供が向こうに取り残されてるんだよ! 助けておくれよぉ!!」

 女の言葉に路地の奥を見る水兵。

 路地の手前はすでに火が回っており、その奥に小さな子供がふたり、抱き合いながら蹲っている姿が見える。

 

「チッ! 今行くからそこから動くな!」

 水兵のひとりが大声で叫びながらインパルスを撃ち込む。

 しかし一瞬は火勢が弱まるものの、すぐにまた炎が吹き上がり前に進むことができない。

「クソッ、突っ切るぞ!」

 これ以上は子供が耐えられないと、水兵が飛び込もうとする。

 相手は貧民街の住人の子供。

 普段なら街の最下層の者達として蔑まれるような存在ではあるが、それでも街にとって必要な住人である。

 なにより、水兵にとっても子供が目の前で死ぬのは見たくないのだ。

 

 バラララララ……

 意を決して水兵が炎に突っ込もうとした瞬間、上空から轟音とともに大量の水が降り注いできた。

「っ!? 火が!」

 ぶちまけられた水に、炎の勢いが一気に弱まる。

 バシュンッ、バシュンッ!

 水兵がさらにインパルスを噴射し、路地に飛び込む。

 そして蹲ったままだった子供を両脇に抱えて母親のもとに戻る。

「カル! メア!」

 女が水兵の手からむしり取るように子供を受け取り、名前を呼ぶ。

 

「う、母ちゃん」

「うぇぇぇん!」

 どうやら子供達は無事だったらしく、母親と抱き合って再会を喜ぶ。

 水兵のひとりが母子を追い立てて避難させ、水兵たちは再び炎に向かって進んでいった。

 大量の水をぶちまけたヘリはというと、いつの間にかまた飛び去っていったようだった。

 

 

「このホースの先端を水路に突っ込んで! よっしゃ、放水開始ぃ!!」

 消防車に搭載されたコンプレッサーが勢いよく水路の水を吸い上げる。そして、英太が抱えた放水ノズルから高水圧で噴き出し始めた。

「おおっ、凄い!」

「こっちからだとよく見えないから放水場所を指示してください!」

「は、はいっ! もう少し左の、白い屋根の方にお願いします!」

 英太の消防車は街の東側、キジェルで一番貧民の集まっている地域を担当することになった。

 面積が一番広いのもあるが、街の外側に貧民街が広がっており、そのすぐ先には森があるためだ。

 もし森にまで火が燃え広がればそれこそ大変な自体になる。

 そのため英太は水兵の案内で貧民街の外側に回り込み、そこから内側に向けて放水することにしたのだ。

 幸いここにも農業用の水路が通っており、普段は貧民が生活用水としても利用しているそうだ。

 

 水路の深さは1mほどだが流量は十分にあり放水にも問題はない。

 毎分500Lもの水が燃え広がる炎に降り注ぐ。

 簡素で脆い貧民街の建物を破損しないよう、英太はできるだけ直接建物に放水が当たらないよう角度を調整しながら消火を続けていく。

 英太の役割はとにかく大量の水を降り注いで火勢を弱めることと、燃え移りそうな場所をあらかじめ濡らして火が広がらないようにすることだ。

 細かな消火は同行してきている水兵のインパルスと、リゼロッドが改良した放水魔法具に任せることになっている。

 英太は水兵たちと協力して消火を進めていく。

 

「あ~、伊織さんの方は相変わらず派手だよな」

 消火を終えた場所から移動しつつ放水している英太が遠目に見えるチヌークがバケットから水をぶちまける様子に呆れたようにこぼす。

「空から水を降らせるなど、この目で見ても信じられません。もちろんこの魔導車もですが」

「あ、あはは、まぁ、気にしないでほしいなぁ」

 いまだに伊織達について説明を受けていない水兵は、なんとも言えない表情で英太を見るが、こればかりは説明のしようがないので適当にごまかすしかできない。

「よ、よし、次の放水を始めるよ!」

 

 

「カスミ殿! 第7小隊のタンク交換です!」

「そっちのは終わってるから持っていって! 空のはここに置いて!」

 練兵場の方も慌ただしさに変わりはない。

 インパルスは一度の放水で約1Lの水を使う。そしてタンク容量はおよそ15L。

 つまり10数回の放水で交換しなければならず、圧縮空気のボンベも同時に交換となる。

 各消火部隊には予備としてそれぞれ数十本を渡してあるが、それでも空いたボンベやタンクを次々に補充しなければ十分な消火はできない。

 なので、消火現場と練兵場を魔導車が何度も往復しながら交換作業に追われていた。

 実際の補充作業は水兵たちに突貫で教え込み、香澄は全体のフォローに回っているが、効率など考えずに水兵達がインパルスを撃ちまくっているのでてんてこ舞いの状態だった。

 

「第10小隊は北地区の西側に回ってくれ。第13小隊は南地区の第6小隊の応援に入れ」

 ゼルも無線機に向かって指示を出している。

 総指揮官であるトロスはその他の水兵から報告を受けつつ、余力ができた者から放火の捜査に向かわせる。

 これだけの範囲で同時進行的に火事が起こるなど人為的なもの以外ありえない。

 放置しておけばこの先も消火に追われることになってしまう。

 そしてふたりの手元に広げられているのはキジェルの街の詳細な地図だ。

 これも伊織が提供したもので、その精細さに驚くと同時に、伊織達の底知れない技術に恐怖を覚えている。

 とりあえずその事を考えるのには蓋をして、目の前の問題を片付けるべく忙しく指示を出しているふたりの耳元に、混乱の元凶たる伊織からの通信が飛び込んでくる。

 

「お~い、司令官殿ぉ。忙しいところ悪いが確認させてくれ」

「?! な、なんだ」

「たった今、うちの娘がこの街に向かって進んでくる船団を発見したんだが、なにか知っている事はあるか?」

「は? 船団、だと?」

 

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