第125話 オッサン、逮捕される?

「動きがあったわね。見たところあまり賢い選択をしていないみたいだけど」

 沿岸警備兵の動きを見るために船首デッキに移動した伊織の隣でリゼロッドが呆れたように溜息を吐いた。

 サンシーカー131ヨットに近づいてくるボートは5艇。

 大きさは現代地球の船に搭載されている救命ボートの半分程度で定員もおそらく10名程度の小型のものだ。

 搭乗しているのは漕手を兼ねた水兵らしき男達が5名ずつ。

 

「あの艦長はまともだったから期待したんだけどなぁ。その上司が阿呆なら仕方がないか。

 香澄ちゃん、収納からRPG-7出しといて。弾頭は時限信管で、設定を2秒に変更。どうせタダで手に入れたものだから景気よく行こう。一応OK出すまでは直撃は避ける方向で、着水直後に爆発ってのが理想だな。

 至近まで接近してきたら牽制で沈めるのもアリ。水兵ってんなら泳げるだろ」

 RPG-7は携帯式対戦車擲弾発射器、いわゆるロケットランチャーの一種だ。

 以前、グローバニエ王国を追われた魔術師によって召喚された傭兵部隊が大量に所持していたものだが、伊織達が倒した際に押収しておいたのだ。

 これまで伊織はより使い勝手の良いパンツァーファウストⅢの方を使用していたために使う機会がなかったのだが、せっかくあるのだからもったいないし、分捕ったものなので懐も傷まない。

 というわけで、遠慮なく大盤振る舞いできるというものである。

 

「あっさりとそういう指示が出せる伊織さんが怖いわよ。まぁやるけどさ」

「一応向こうの出方は見るから先制攻撃すんなよ。って、そんな必要もなさそうだ」

 伊織の言葉に香澄は近づいてくるボートの方に目を向けると、ボートの舳先に立った水兵が柄の先に円形の板が付いたラケットのような物を構えて伊織の船に向けている。

「しゃもじ?」

「せめて卓球のラケットとか言わない?」

 緊張感のない馬鹿っぽいやり取りの間にも、向こうは準備が整ったらしい。

 水兵の構えるラケット状のものが光ったかと思うと、炎の塊が放出される。

 それはかなりの速度で伊織の船のすぐ脇の海面に衝突し、ジュッと水が急激に蒸発する音とともに2mほどの水柱が立つ。

 

「魔法陣が刻まれているみたいね。でもあの水兵が魔法を使ったようには見えないから、もしかしたら誰でも使えるように調整した魔法武器なのかも」

「爆裂系に火を組み込んだ魔法っぽいな。威力は大したことないが、普通の船ならかなり驚異になるだろうよ」

「この船は大丈夫なの?」

「船体自体は鉄製だからあの程度じゃ破損しないぞ。上側はFRPだけど耐熱素材だし少しばかり傷がつくくらいか。もちろん傷つけられたらブチ切れるけどな」

 この男にも少しは普通の経済観念が残っているらしい。

 

「けどまぁ、脅しか警告かは知らんが先に手を出したのは向こうだからな」

 いささか残念そうに言う伊織だったが、香澄はこの豪華ヨットが傷つくと聞いて俄然やる気になっているらしく、RPG-7を取り出すと伊織に許可を求めるように上目遣いで見てくる。

 はっきり言って小聡明あざとい。その上要求がロケットランチャーをぶっ放すことなのだから始末に負えない。

 元の世界に戻ってから普通の女子高生に戻れるのかが不安だが、伊織はそのかならず訪れるであろう近い将来からは目をそらすことにしたらしい。

「とりあえず、直撃はさせないように」

 そう言ってそそくさと下層デッキの船尾に降りていった。

 

 香澄とリゼロッドはその後姿を見送り、それから改めて攻撃してきたボートに目をやる。

「連発はできないのかしらね。ともかくすぐに防御魔法陣を描くわ。伊織の武器は無理だけど普通の矢とか魔法なら弾けるはずだからカスミは連中を黙らせてくれる?」

 それだけ言ってフロントデッキから船首に降りるリゼロッドに頷くと、香澄がRPG-7を構える。

「……どうせなら少しくらいビビらせたほうが良いわよね」

 そんなことを呟きつつ、香澄がRPG-7の照準を合わせ、間髪入れずに発射する。

 ドシュッ!!

 装薬の炸裂と同時に後方に向けて高圧ガスが吹き出し、一直線に弾頭が飛んで行く。

 水兵が撃った魔法弾を遥かに超える速度で、しかも攻撃してきたボートの直ぐ側、ロケット弾が放つ熱で髪が焦げてしまいそうなほどの至近を掠め、その後ろの海面に着弾した直後、炸薬が破裂し数mの水柱が上がり周囲に海水を撒き散らした。

 明らかに先程の魔法とは威力も迫力も比較にならない。

 

 そのことが水兵達も十分に理解できたのだろう、船に向かってくる勢いは無くなり、それでも命じられた任務は放棄できないのか包囲するように横に広がっていく。

 自分達が使った魔法武器と同じく連射ができないと想定して的を絞らせないような動きをしたのだ。

 実際に小銃や機関砲と違い携帯式の擲弾発射器は連射できない。撃つたびに弾頭を装填してなければならないのだから当然だが、そんなものは装填済みの発射器に持ち替えればよかったりする。

 香澄は撃ち終わったRPG-7のグリップ部分を置いて別のRPG-7を構える。が、それがボートに向けられることはなかった。サンシーカー131の船尾からエンジン音が響き、それが向かっていったのがわかったからだ。

 

 ヨット後部のガレージスペースに搭載されていたウェーブランナー(水上バイク)に乗り込んだ伊織が船の右側に近づこうとしていたボートに向かっていく。

 ヤマハ発動機社製の大型ウェーブランナー、GP1800R SVHO。

 1800CCのエンジンを搭載し、250馬力を叩き出すモンスターマシンだ。速度、機動性の双方で魔導船やボートとは比較にならない。

 ボートの水兵達が慌てているのがサンシーカーからもわかる。

 すぐに先程と同じラケット魔法武器から伊織に向けて魔法弾が放たれるが、伊織はウェーブランナーを倒して急転進してあっさりと躱す。

 予想した通り魔法武器は連射ができない上に多少の起動時間も必要なようで、撃った水兵はすぐに別の魔法武器に持ち替えるもそれを伊織に向けることができていない。

 そうしている間に、あっという間に接近した伊織に別の水兵が弓を向けるが動きの速さについていけず狙いをつけることができずにいる。

 ズバァァァ!

「うわぁっ!!」

 ダンッダンッ!

 伊織はボートに激突するかと思うほど接近してから転進し、盛大に水をぶっかけて離れ際に船底近くに銃弾を撃ち込む。

 その間わずか数秒、それを終えると伊織は次のボートへ。

 

 5艇のボートが沈み始めるまで大して時間はかからなかった。

 水兵達は手近な船に向かって必死の形相で泳ぎ始めるが、なにを考えているのか、何人かは香澄達の乗るサンシーカーに向かってきている。

 自分達が攻撃を仕掛けた船が助けてくれるとでも思っているのか、それともドサクサに紛れて肉薄するつもりなのか。

 もちろん英太と香澄がそんなことを許すはずもなく、英太は船を動かして距離を取り、香澄は泳いでくる水兵の近くに小銃で銃弾を撃ち込み牽制をする。

 恨みがましい目を向けて警備隊の船の方に泳いでいった。

 

「カスミ、来るわよ!」

「っ!」

 リゼロッドの警告に、香澄は水兵達から視線を警備船、一番大きな船に移す。

 サンシーカーと大型警備船との距離は数百mあるが、双眼鏡を使うまでもなく船の甲板に水兵が使ったのと同じような、いや、それよりも遥かに巨大な円盤が掲げられているのが見える。

 直後、そこから魔法が放たれた。

 ロケット弾と比べると明らかに遅い、しかし普通の船には回避不可能な速度で飛来する魔法弾は、一直線にサンシーカーに向かってくる。

 先ほどとは違い、牽制ではない攻撃。

 だが、それがサンシーカーの船体を破損させることはなかった。

 魔法弾が着弾する寸前、リゼロッドの足元に描かれた魔法陣が起動し、飛来した魔法弾が四散する。

 物理攻撃ではないため、空中で炸裂音は響いたもののそれは全て魔法陣の防御壁によって阻まれ船が揺れることすらない。

 

 続けて3発の魔法弾が撃ち込まれ、そのことごとくがサンシーカーに届く前に四散することになった。

 香澄はすぐにRPG-7を構え直し、お返しとばかりに大型船に向けて発射する。

 大型船の脇で大きな水柱が上がる。

 それも、すぐにRPG-7を持ち替えつつこちらも3発。

「……やっぱり機関砲じゃないから不便よね」

 明らかにわざと外した攻撃を、相手はどう判断するのか。

 沿岸警備と名乗ってはいても大型船は明らかに戦船である。

 おそらくは国にとって最大級の攻撃力を持った船だろうが、その攻撃はまるでこちらに効果がなく、逆にそれよりも遥かに強大な攻撃に抗する術があるようには思えない。

 だがどう出てくるかはすぐに知れるだろう。

 一直線に大型船に向かっていくウェーブランナーを見ながらリゼロッドと香澄は小さく肩をすくめていた。

 ちなみに、英太はちゃんと香澄が攻撃しやすいようにとか伊織の動きの邪魔にならないようにとかリゼロッドが魔法陣を描けるように出来るだけ船を揺らさないようにだとか、ちゃんと頑張っていた。

 うん、頑張っていたのだ。

 地味だけども。

 

 

 一方、タルパティルの沿岸警備隊所属の大型船の甲板は混乱の極地にあった。

「ど、どうなっているのだ?! 何故我が船が誇る魔導砲が効かんのだ!」

 でっぷりと太った中年の男が怒鳴り散らす。

「向こうの船に当たる直前に弾かれているようです。お、おそらくは防御魔法陣かと」

「馬鹿を言うな! 防御魔法陣ごときで魔導砲を防げるものか!」

 デブ男が報告した水兵に怒号を浴びせるのを、少し離れた位置から冷めた目で見ているのは伊織と対峙していた艦長と呼ばれた男だ。

 

「制圧隊を送れ! なんとしてでもあの船を制圧するのだ!」

「無理です! 送った部隊は近づくこともできずに全部沈められました!」

「いいからやれ! このまま……」

 その言葉が続けられる前に大型船の近くで凄まじい爆発音が響き、船の甲板に届くほどの高さの水柱が上がる。それも続けて三度。

「ひぃっ?! な、なにが」

「あの異国船からの攻撃です! ど、どうやら意図的に外されているようです!」

 魔導砲とは比較にならない轟音と水柱。

 直撃すればいかに頑丈なこの大型船でもひとたまりもないだろう。

 

「ここまでですな。司令官殿、すぐに攻撃を停止して謝罪の使者を送るべきでしょう。これ以上戦おうとすれば今度は手加減などせずに船ごと沈むことになります」

 これまで静観していた艦長の男が司令官と呼ばれたデブ男の前に歩み出て告げる。

「ゼル、貴様っ! これほどの恥辱を受けて引けと言うのか!」

「最初に言った通りです。彼等を刺激するべきではない。あの船も彼等の持つ物品も、我々より遥かに高い技術で作られた物。この結果は閣下が私の言に耳を貸さなかった結果です。もはや遅いかもしれませんが、即座に争いを止めて対話による解決を探るか、上陸は許可しない代わりにこれ以上の手出しをしないと告げる他はありません。それとも、地位も名誉も命も、全て捨てるおつもりですか?」

 ゼルの言葉に司令官は顔を怒りで顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけるが、ゼルは意に介すことなく冷然と言ってのけた。

 

 伊織のサンシーカー131の臨検をとりあえず切り上げたゼルは、自らが判断するのは権限を超えると考えて沿岸警備隊司令官に裁可を仰ぐため大型船までやってきた。

 単なる外国船とその乗組員というのなら部隊長であるゼルの判断で接岸と上陸の可否を決定することができる。

 だが相手が普通の帆船でなく魔導船となればその判断は慎重に行わなければならない。

 なぜなら風や櫂に頼らず進む魔導船はほぼ大陸の東側諸国のものであり、その中にはタルパティルと敵対あるいは微妙な関係である国が含まれているからだ。

 しかも東側諸国でも商船などは昔ながらの帆船であり、魔導船を使っているのは例外なく軍や政府、王家、高位の貴族に限られている。

 特使や、遭難した高位貴族の船でもなければそうそう訪れることはないのだ。

 

 最初に伊織達の船を発見したのは魔法による警戒網に入ったときだ。

 といっても一定以上大きな船が指定された範囲に入ってきたときに知らせるといった程度のものだが、それを受けて高速魔導船が確認に向かった。

 その時はまだ商船が通常の航路を外れただけだという認識でしかなかったのだが、船を見つけた警備船がそれを魔導船だと報告してきたことで慌ててゼルが麾下の兵士を連れて出発しようとした直前に、たまたま視察に訪れていた沿岸警備隊を統括する司令官がその話を聞きつけて同行すると言ってきたのだった。

 司令官と言っても基本的に沿岸警備隊は中型魔導船、商船の大きさと比較すると小型船くらいになるのだが、その船1隻とその下に20隻ほどの高速艇が一部隊となり担当するエリアの警備にあたっている。

 任務内容は主に商船の監視と臨検、密輸入の取り締まりだ。

 なので、沿岸警備隊全体として動くことはまずありえず、司令官などほぼ名誉職に近い。

 普段は存在を誇示するために大型魔導船で無駄な視察を行なったり警備隊本部のある王家直轄の港湾都市にあるデスクでふんぞり返るくらいしか仕事がない。

 だがそれでも一応は全ての沿岸警備隊に対する命令権は持っているし、所属の兵士はそれに従わなければならない。外交判断の必要な案件の裁可も司令官抜きにするわけにはいかないのだ。

 

 そんなわけで、ゼルは司令官に伊織の船とその目的を報告した。

「見たことのない素材でできた船だと? しかも王家の宮殿にも勝るほどの絢爛な内装に見たことのない装備」

 報告を聞いた司令官のつぶやきに、ゼルは嫌な予感がしていた。

「それはけしからんな。魔導船は個人が所有して良いものではないし、絢爛な内装など王家を軽んじているとしか思えん」

「司令官殿! なにを考えておられる!」

 とんでもないことを言い出した司令官に、ゼルが掣肘の声を上げる。

 だがこのデブがそれを聞くことはない。

 

「その異国人はグリテスカ帝国から来たと言ったのだろう? 北部(大陸東部の北側)の国でないのなら魔導船を持っているはずがない。ならばその異国人達は身分を偽って我が国に侵入を企てている可能性が高い。ならばその船を接収して詳しく調べる必要があるのだ。

 制圧部隊を送れ! 魔導砲の使用も許可するが船には傷をつけるでないぞ。女も居たのだったな、その者は私自らが取り調べるから連れてくるように」

「馬鹿な! 奴らの得体が知れないのは確かだが、ならば上陸を認めなければそれで済む話だ! まして、明らかに我が国の技術水準を超える船なのだ、どれほどの能力があるかもわからぬ状況で戦うおつもりか!」

 元々司令官などという名誉職に就くのは能力も実績もない大貴族縁の者だ。尊敬も敬愛もしていないのでゼルの言葉もどんどんぞんざいになってくる。

 だがそこまで言われると司令官としては面白くあろうはずもない。

 

「貴様、たかが部隊長ごときが口答えするなど何事だ! 貴様等は命令に従っていれば良いのだ!」

「断る! 我欲でまともな判断もできなくなった名ばかり貴族に従う筋合いなどない。俺も、俺の部隊も手を貸さんから、どうしてもやりたければこの船だけでするがいい。成功しようが失敗しようが、このことはありのまま議会に報告させてもらう」

 豪然と言ってのけたゼルを司令官が忌々しそうに睨む。

 だがそれを受け止めるゼルの態度は平然としたものだ。

 

 上官であり裁可を仰がねばならない立場にあるとしても、水兵は船単位で独立独歩の気風が強い。それだけに指揮官はそれなりの力量を求められるのだが司令官にはそれがない。大貴族の系譜というだけで盲目に従えばどれほど簡単な任務でも命を落としかねない以上、納得できない命令にはそう簡単に従わない。

「……良いだろう、貴様の処分はあの魔導船を片付けてからだ。何をしている! さっさと制圧部隊を出せ!」

 デブ司令官は改めてそう大型船の部下達にそう命じたのだった。

 

 その結果が、制圧部隊の乗ったボートは近づくことすらできずに翻弄された挙げ句に沈められ、自慢の魔導砲はまるで効果がない。

 それどころか、相手の武器はその威力でいつでもこの船を藻屑へと変えることができる状況だ。

 ゼルは司令官に決断を迫る。

 だが、顔色を青くした司令官が決断するチャンスはとうに過ぎ去っていたことをすぐに思い知ることになった。

 

「な?! い、異国人の小型魔導船がすごい速度で近づいてきます!」

「なに?!」

 これにはさすがにゼルも驚く。

 急いで甲板から海を見下ろすと、つい先程ボートを沈めた船がありえない速度で接近してきていた。

「ゆ、弓兵は……」

「間に合いません!」

 狼狽えまくった司令官の言葉を別の水兵が遮る。

 その直後、甲板の縁に鈎付きのロープが投げ込まれた。

 

「ちっ! ロープを切れ!」

「は、はい!」

 見ていられずに思わずゼルが指示を出す。

 その声に反応した一人の水兵が短剣を抜いて掛けられたロープに振り下ろした。

 だが、

「き、切れない?! ふぶぇっ!」

 一瞬の出来事。

 渾身の力で、木製の縁ごと断ち切る勢いで振られた短剣は、ロープを変形させただけで縁だけを削り、その直後外側から人影が飛び込んできた。

 ついでにとばかりにその水兵の顎が蹴り上げられ、昏倒させられる。

 

「よぉ。随分な挨拶なんで直接礼をしにきたぞ」

 唖然とする水兵達が見守る中、甲板に降り立った伊織が、ジャケットの防水ポケットからタバコを取り出して火をつける。

 木造船は火気厳禁である。

 マナーを守れないオッサンはだたのくそオヤジでしかないのだが。

 そんなことに構うわけもなく、のんびりとした口調で大きく煙を吐き出す伊織。

 だが、その目は油断なく周囲を睥睨している。

 

「んで? 大人しく臨検とかを受けた俺達にいきなり攻撃してきた理由は? ああ、嘘はなしで」

「……貴公の船は我々の理解を超えていた。どうやらわが司令官殿はそれが脅威だったようだ」

 腰を抜かして惚ける司令官が呆然としたままだったので仕方なしにゼルが伊織にそう説明をした。

「ああ、アンタはさっきの艦長さんか。司令官ってのは?」

 伊織の言葉に、ゼルは思わずそばにいたデブに視線を向けてしまう。

 それだけで伊織にはわかったらしい。

 

「ふぅん? アンタがその司令官さんか?」

 伊織に目を向けられたことでようやく思考が動きだしたらしい司令官が、へたり込んだまま叫ぶような声を上げる。

「な、何をしている! し、侵入者だぞ! こ、殺せ!」

「ま、待つん……」

 止めるゼルの声よりも早く、伊織は肩にかけていたM4カービンを構える。

「ふ、伏せろぉ!!」

 ダダダダダッ……

 ゼルの声に、無意識に反応した水兵が半数。

 M4カービン銃から撃ち出された5.56mm弾が残りの水兵の足を穿ち、甲板に穴を開ける。

 30連射。

 マガジンを撃ち尽くした伊織は慣れた手つきで腰から新しいマガジンを取り出して交換した。

 

「ぶぎゃぁ!」

 伏せていたゼルが頭をあげようとしたのと同時に、すぐ近くで鈍く情けない悲鳴が上がる。

 間髪入れずに距離を詰めた伊織が、司令官の顔をサッカーボールのように蹴り上げたのだ。

「ひっ?! や、やめ、ぎゃあ! へぶ! おごぁっ!!」

「ま、待たれよ!」

 続く悲鳴に、ゼルの声が被さる。

 そこでようやく伊織がもの凄く悪い笑みで何度も振り下ろしていた足を止める。

 

 しばし甲板の上を静寂が支配する。

 誰一人として声を上げることも動くこともできない。

 と、同時に、水兵達の『なんとかしてくれ』という悲壮な視線がゼルに集まる。

「き、貴公等に対する行動は謝罪する。司令官が命じたとはいえあの措置は間違いだった」

「へぇ?」

 伊織の声には面白がるような色が交じる。

 先程までの剣呑な気配が薄れたことで、ゼルは呼吸を整えながら職務を果たすべくさらに言葉を重ねた。

 

「貴公等に対する措置は不当であった。しかし、その並外れた武力とありえないほどの能力を持つ魔導船を接岸させることは許可できん」

 ニヤニヤする伊織を見据えながらゼルが言い切る。

 この状況の中でそう言えるのは大した胆力だろう。

「ふぅ~ん? ところで、反撃だったとはいえ、警備隊の船に乗り込んで指揮官をボコったってのは、やっぱり犯罪だよな?」

「は?」

 ゼルには伊織の言葉の意味がわからず、思わず変な声が出た。

「まぁ、お互い誤解があったととはいえ、ちょっぴりやり過ぎたかな? と思ってな。こっちの船は無傷なのにボートを転覆させて兵隊さんに水泳させる羽目になったし、怪我人もいるみたいだしなぁ」

 

 腕組みをしながらウンウン頷きつつチラリと意味ありげにゼルの顔を見る伊織。

「そ、それは……」

 ゼルは即答することができずに言葉に詰まる。

 普通に考えても伊織の行動は過剰防衛と言える。

 あれだけ性能差があるのだから逃げることもできたはずなのにそれをせずにあえて喧嘩を買ったのだから当然だ。

 しかし、だからといって罪を糾弾して再び伊織達が暴れだしたら止める術は無い。

「うん、やっぱり悪いことしたら捕まらなきゃダメだよなぁ。よし! んじゃ連行してくれ。あ、でもできれば話の通じそうなアンタの船が良いな。まぁ理不尽な要求されないなら大人しくしてるから。あ、そうそう、あの船はアンタ達に動かすことは無理だから仲間がうごかすからな。それと船の中で大人しくさせるから誰も船に入ろうとしないこと」

 

 矢継ぎ早に伊織の口から飛び出た言葉に、ゼルの理解力は限界を迎える。

 こうして、伊織はこの世界に来て初めて虜囚となるのだった。

 

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