第124話 海戦の戦後処理

 クラントゥ王国とグリテスカ帝国の領土は険しい山脈によって隔てられている。

 これが両国の交流を妨げると同時に、両国が決定的な衝突するのを防ぐ防壁の役割を担ってきた。

 領土を切り取って自国に編入したところで防衛できないからこそ、幾度かの海戦はあれど本格的な紛争に発展することはなかったのだ。

 それにクラントゥ王国は鉱物資源が豊富であり、グリテスカ帝国は豊かな穀倉地帯や高度な織物技術による産物があった。

 それらを交易商人が売買することは両国の国益にも適う。

 国同士としては最低限の外交に留まっていたものの、交易自体は商人達によって頻繁に行われるという状況が長く続いていた。

 

 とはいえ、陸路での往来が不可能というわけではない、

 山脈にはいくつかの細く険しいながら街道が通っているし、海岸近くは細長い平地も存在する。

 その平地、王国と帝国のちょうど中間点に位置する場所には現在大きな天幕が張られ、王国、帝国双方の騎士が100名ずつ200mほど隔てる形で向かい合って整列している。

 天幕は幾本もの柱で天井が支えられていて壁はない。テントというよりはタープといったほうが近い形状だ。

 天幕の中央には円形のテーブル、

 それぞれの側に数人の人物が座っている。

 

「ブランゲルト陛下、この度は愚息が大変な迷惑をおかけした。改めて詫びさせてもらいたい」

 王国側の中央に座っている初老の男性が、帝国側の中央にいるブランゲルトにそう言ってわずかに頭を下げる。

「リビアム陛下、我が帝国としては貴国が条件を履行していただけるなら、後は損害分の補填と戦没者や負傷者への賠償以外を要求することはない。だからこれ以上の謝罪は無用に願う」

 帝国の皇帝たるブランゲルト。相対する初老の男の言葉には敬意はあれどへりくだる様子は無い。

 当然だろう。その人物もまた一国を背負う王たる責務を負っているのだ。

 リビアム・レム・サリゼア。

 先の海戦を仕掛けたクラントゥ王国のオランザ王の父にして先王。そして、つい先日国王の地位に返り咲いた人物である。

 

 クラントゥ王国海軍の帝国領海侵攻は、オランザの乗る旗艦にブランゲルトが乗り込んだ時点で実質的に終了した。

 虎の子の新型魔導船が英太の操縦するMk5特殊任務艇によってあっさりと無力化され、さらに帝国の大型船が旗艦に接舷してもその船の妨害によって救援することができなくなったことで王国海軍の司令官は敗北を認めざるを得ず、オランザもまたその決断を退けることができなかったのだ。

 かくして、王国海軍総力を上げた侵攻作戦は、動員された艦艇およそ200隻のうち、魔導船を含む十数隻が半壊、30隻ほどが補修を必要とする航行不能状態となり、船員及び水兵数百名の死傷者という、思いもよらない小規模な損害で停戦と相成ったわけである。

 対して帝国側の損害は元海賊達の所有である中型船数隻が魔導船によって損壊した他、死傷者が数十名といったものだ。

 この規模の衝突で、これだけ損害が少ないというのも前代未聞のことだろう。

 

 だが当然停戦してそれで終了というわけにはいかない。

 侵攻を受けた帝国側は仕掛けた王国を非難する権利があるし、損害が少ないとはいえ数多くの艦艇と膨大な物資を投入した作戦がなんの成果もあげることができずに敗北したとなればその責任から逃れることはできない。

 停戦協定に調印した後、オランザと司令官はターミヤとオリューザ、英太、香澄、ジーヴェトと一緒にクラントゥ王国に帰還し、幽閉されていた先王を解放した。

 ターミヤはリビアムの名代として王国の主要貴族を招集し、その場でオランザの廃位が発表された。

 退位ではなく廃位。

 オランザも伊織とブランゲルトの言葉がよほど堪えたのか、抵抗すること無く受け入れ、今回の作戦で敗北を喫し、帝国の情けで武装解除されることもなく撤退した軍部も異を唱えることはできなかった。

 

 王位は再び先王リビアムが復位することとなり、オランザは廃嫡は免れたものの王位継承権は凍結されることになった。

 クーデターを起こした首謀者に対する処分としてはかなり甘いと言えるのだが、これは停戦の条件の一つとしてブランゲルトが要求したことでもある。

 ブランゲルトが掲げる帝国の外交方針は、隣国との緊張は維持しつつ直接的に領土を接しない近隣諸国と友好関係を結ぶというものだ。

 それを踏まえると、王国とは国境を接しているものの山脈によって隔てられているために友好的な関係を築く必要があるといえ、今回のことで大陸東部の国も警戒しなければならないとなれば軍部の支持を受けたオランザを完全に排除するのは得策とはいえない。

 なにより、オランザが先王リビアムや弟王子を幽閉しただけで謀殺していなかったことが大きい。

 もしそうしていたとしたらオランザを処刑してターミヤが王位に就くしか納める方法はなかっただろう。

 

「さて、いつまでも過ぎた出来事を語ったところで意味がない。これからの話をしていきたいのだが」

「ブランゲルト陛下の慈悲には感謝の言葉もない。無論、我がクラントゥ王国は貴国との関係改善と友好を進めたいと考えている。先の海戦の賠償に関しては現在事務官によって調整を進めていると聞いているが、それとは別に我が国は帝国との貿易を拡充したいと考えている」

 今回、こうして両国の中間点で双方の君主が会談することになったのは、今後、両国が対等な立場で交流するための象徴という意味合いが強い。

 だがブランゲルトが考えているのはそれだけでは無い。

 

「交易を活発にするのは帝国としても望むところではある。だが余はこの機に両国の関係をいま一歩進めたいと考えている」

 ブランゲルトの言葉にリビアムが片眉を上げて興味深げに「ほう」と呟く。

「ブランゲルト陛下の言葉には同意したい気持ちもあるが、ここ数十年はなかったとはいえかつて王国と帝国は幾度かの武力衝突を起こしている。今回のことも少なからず帝国に対しての警戒感が背景にある。特に軍部は仮想敵国の一つとして帝国を見ていた。一足飛びに関係を深めれば反発も大きくなるやもしれん」

 リビアムが牽制なのか試しているのか、煮え切らない言葉で真意を探る。

 

「貴国の軍部はむしろ帝国海軍に対する侮りがあったのではないかな? 過去の衝突は資料としては残っているが、実際に経験した者で生きている者はほとんど居るまい。だが、クラントゥ王国の東部諸国への危機感は理解できることではあるし、帝国海軍の強化は両国の国益にも適う。余は両国の軍部も交流や技術交換が必要だと考えている。

 ついては、近く帝国沿岸の島嶼部に軍船工廠こうしょうを作るので貴国の技術者に協力を願いたい。見返りとしてそこで建造される軍船を数隻、王国に譲渡しようと思っている。

 他にも海軍の合同訓練や陸軍の戦術指南、双方の軍事協力などを進め、他国からの防衛力を強化する」

 言っている内容は軍事同盟に近い。

 帝国は陸軍が、王国は海軍がそれぞれ優位にあり、互いに補完出来れば大きな力になることは間違いないだろう。

 だがそれには大きなハードルがある。

 

 ブランゲルトは続いてそのハードルを越えるための考えを口にする。

「両国の関係を深めるためにも、余はターミヤ王女殿下を正妃としてグリテスカ帝国に迎えたいと考えている」

「それは……」

 リビアムが眉根を寄せた。

 ブランゲルトの言葉は想定していたとも意外だったとも言える。

 元々それを期待してターミヤを親善大使として帝国に派遣したのだが、その時とは状況が変わってしまっている。

 むしろ今では完全に帝国の方に天秤が傾いている状況であり、安易にターミヤを帝国に輿入れさせれば国民にターミヤを人質として差し出したとみなされかねないのだ。

 

「勘違いしないでもらいたいのだが、ターミヤ殿下を迎えたいというのは関係を深める手段としてではないのだ。むしろ順番としては逆で、ターミヤ殿下が帝国に滞在されている間、その為人や能力をつぶさに見させていただいた。

 知っての通り、皇帝が替わったばかりの帝国はいまだに安定しているとは言い難い。その状況で国内の貴族から后を選ぶことは状況を悪化させかねない。

 その点、ターミヤ殿下であれば精強な海軍を擁するクラントゥ王国の王女であり格として申し分ない。それに、極めて聡明で視野も広く、思いやりに溢れた女性だと思っている。短期間に城の者達とも打ち解けているし、余も心底から好ましく思っている。

 女性の外見を褒めそやすのは余の好むところではないのだが、とても魅力的な女性だとも感じている。能力的にも余を立派に補佐してくれることだろう。

 ただ、余は帝国皇帝として生きねばならぬゆえ、彼女に女性としての幸せを与えることはできないかもしれぬが」

 

 ブランゲルトが皇位を簒奪してまだ国内は安定しているとまでは言えない。

 伊織達のお陰で国内の不穏分子はあらかた片付いたし、周辺国も大人しくなっている。国境を接しない国との交流も進んでおり外患の部分では一定以上の成果が上がっているのだが、国内に関しては新興貴族も多く安定にはまだしばらくの時間がかかる。

 この状況で帝国内で正妃を選ぶのは難しく、外交関係にある国から王族もしくは高位貴族しか相手となる女性はいない。とはいえ、婚姻を結ぶ以上は帝国に利がなければ意味がないのだ。

 その点で言えばターミヤは実に都合がいい相手だ。

 帝国より版図は小さいとはいえ鉱物資源が豊富で精強な海軍もある。国土は隣接しているが山脈が横たわっているために相手の領土を切り取ったところで維持するのは難しいという反面、海路で交易が容易であるという地政学的特性。

 なにより、ブランゲルトはターミヤの人柄を気に入っている。

 ブランゲルトの意を受けた伊織達によって救出、保護されたという事情があったにも関わらず皇帝に媚びるような様子はなく、オリューザや他の護衛騎士、侍女達への態度を見るに心優しいながらしっかりとした芯を持った女性であることはすぐにわかった。

 今の時点で男女の情があるわけではないが婚姻したなら悪くない関係を築けるだろうと思っている。

 

「ありがたい申し出だが、この場で即答することはできん。王女の意思も聞きたいところだ」

「さもありなん。無論、断られたとしても今後貴国との関係を深めていくという方針に変更はない。そこは信用してもらいたい」

 そこまで話すと、ふたりは文官が差し出した調印文書の内容を確認してからサインを交わす。

 

「ところで、貴国に滞在し、我が国が誇る海軍を軽くあしらったという異国人はここに来ておられないのだろうか」

「残念なことに、な。彼等は今帝国を離れているのだ。余としては今しばらくは力を貸してほしいのだが、彼等に命令することなどできぬからな。一応しばらくしたら戻るとは聞いているが、いつになるかはわからぬよ」

 ブランゲルトの答えを聞いてリビアムはあからさまに肩を落として見せる。

 実はかねてから市井の噂に流れていた荒唐無稽とも思える力を持った帝国に居るという異国人の話が、帰国したターミヤやオランザ、海軍司令官から事実だったと聞かされ、密かに会えるのを楽しみにしていたのだ。意外にミーハーな王様らしい。

 一応監禁を解かれてから貴族との会議まで、英太と香澄とは顔を合わせていたのだが、ゆっくり話をする間もなくターミヤの身辺の安全を確認して帰ってしまっていたのだ。噂の不可思議道具の数々も遠目でほんの少し見ただけで終わっている。

 

「実に残念だ。だがいずれ帝国に戻ってくるというのなら会う機会を是非とも作りたいものだ」

「ははは、余よりも多くの経験を積んでいるリビアム陛下といえど、彼等にあったら驚くことだろう。特にリーダーであるイオリという男は底しれぬ知識と力を持つ傑物でな。彼等が戻ってきたら陛下も交えて色々な話をしてみたいので、その時は声をかけさせていただくことにする」

 悪戯めいたブランゲルトの台詞にリビアムは心底から楽しそうに破顔した。

「楽しみにさせてもらおう。して、その彼等はどこに向かったのかな?」

「東へ。オランザ殿下が懸念したという、大陸東部の国だ」


 

 

「お~、見えてきたな」

 海上を軽快に走る船の操縦席でモニターを覗きながら伊織が呟く。

「肉眼じゃもうちょっと掛かりそうっすけどね。香澄達も呼んできます?」

「うんにゃ、今日はこのへんでアンカーを下ろして錨泊しよう。水深もそれほどじゃ無いみたいだからな」

 伊織はソナーの表示画面を見ながら地形を確認する。

 この海域の水深は深いところでも200mほどで、岩礁も少なくなだらかな地形のようだ。

「んで、ドローン飛ばして地図作成だな。天候次第だが、できれば上陸する前に地形と街の配置、発展具合を確認しておきたいから停泊できる無人島でもあったらしばらくそこで準備をしよう」


「今回は随分慎重っすね」

「魔導車だか魔導船だかが行き交ってるって話だからな。準備不足で致命の一撃って可能性だってある。それにできるだけ手の内を晒したくないからな」

「こんな船とか装甲車まで出して手の内を晒したくないって、説得力ないし」

「現代科学にだって限界はあるし、魔法もそうだぞ。手札は多い方が良いが、見せる札も必要だからな。相手が勝手にこっちの限界を決めてくれたらやりやすい」

「伊織さんの相手に同情するしかないっすよ」

 英太は肩をすくめると、香澄達に伊織の決定を伝えるためにブリッジを出ていった。

 

 ブリッジと同じフロア、アッパーデッキと呼ばれる階層の船尾に近い場所。

 豪奢なリビングで香澄とリゼロッド、ルア、ジーヴェトの4人がモニターで映画を見たりビールを飲んだりしながら思い思いにくつろいでいた。

「とりあえず今日はここで停泊だってさ。多分ルアちゃんはドローンで地図作り、俺はその手伝いって感じになるだろうから香澄は食事の用意をお願い」

 英太が言うと、ルアと香澄が頷いて了承する。

「それじゃ私はその間にクラントゥ王国の魔導船の解析終わらせるわね。ジーヴェトは、そのまま呑んでれば?」

「扱い酷ぇな。まぁ、こんな豪勢な船で酒が飲めるなら何日だってかまわねぇさ。どうせ上陸したらこき使われるだろうから今のうちにのんびりさせてもらうよ」

 文句を言いながらもジーヴェトは嬉しそうに冷蔵庫から新しいビールを取り出している。

 

 今回伊織達が乗っている船は、以前オルストからカタラ王国に行くときに使用していたクルーザーではなく、さらに大きなスーパーヨットと呼ばれる船だ。

 大陸東部に向かうに際し、東部諸国の船と遭遇しないよう外洋を大きく迂回することにしたため、沿岸航行前提のクルーザーではなく外洋航行もできる大型ヨットを使うことにしたのだ。

 日本メーカーは大型ヨットを製造していないため、イギリスのサンシーカー社が製造販売するスーパーヨット、サンシーカー131ヨットである。

 全長40.1m、全幅8.1m、排水量190tもあり、20名以上の乗員乗客を乗せて航行することができる。

 異世界でGPSこそ使えないものの、気象観測レーダーや広域探知レーダー、水深測定ソナーなど様々な探知機器を備え、3000km以上の航続距離を誇る。

 最高速度こそ40km/h程度だが、エレガントでラグジュアリーなクルージングを楽しむことができる。

 ……言ってる意味がよくわかりません。

 

 グリテスカ帝国の港湾都市キーリャを出発して10日。

 岸や航路から視認できない程度の距離を置きながら外洋を航行して、大陸東部の沿岸に到着した伊織達は、とりあえず周辺の海域と東部諸国の地図を作成することにした。

 途中雨は降ったものの嵐になることはなく、3日ほどで準備を整え終えると陸地に向けて針路を取る。

 途中、商船と思われる帆船と何度かすれ違うが、魔導船のような船は見当たらなかった。

 そして陸地沿いにさらに2日ほど進んだところでようやく漁村のような小さな村がチラホラと。さらに1日進んで大きな街が見えてきた。

 

「伊織さん、なんか、船が近づいてくるっすよ。3隻」

 操縦席に座る英太がレーダーの反応に気づく。

「沿岸警備隊って感じだな。とりあえず様子見るか。香澄ちゃんも銃器類はデッキの収納に隠しておいてくれ」

 伊織がそう指示を出し、ヨットの針路は変えずにそのまま街に向かう。

 10数分後、前方から姿を表したのは全長40mほどの大型船が一隻と10mほどの小型船が2隻。

 いずれの船にもマストはなく、滑るように海面を進んでくる。

 

 そして、ヨットの500m前方で大型船が転進して針路を塞ぐ。

 英太がヨットを減速させると中型船が速度を上げて背後から両脇を挟み込むように並走し始めた。

 明らかにヨットを逃さないようにする布陣だ。

「伊織さん、どうします? 振り切る?」

「いや、見たところ結構速度が出そうな船だ。コイツはそれほど速くないから振り切れるかどうかわからないし、向こうの目的もわからないからな」

 というわけで現状維持。

 

『白い魔導船に告ぐ! すぐに船を停止させろ! こちらはタルパティル海兵守備隊だ! 指示に従わなければ攻撃する!』

「へぇ、拡声の魔法かな? 魔法具かも知れないが、聞いた通りこっちはかなり魔法が発達、いや、古代魔法王国から引き継いだのかな?」

「見たところ木造船みたいね。とにかく話を聞いてみる?」

「アンチマテリアルライフル抱えながら言わないように」

 操縦を英太に任せたまま伊織はメインデッキで感心したようにタルパティルとかいう国の船を観察する。その後ろではバレットM82を片手に言葉と態度がリンクしていない香澄と、長剣を置いたままのジーヴェトが待機していた。

 

 英太に船を停止させ、伊織が船首デッキに立っていると中型船がヨットに近づき、鈎付きのロープを投げようとしたところで、伊織はその海兵に見えるように投げナイフを構えてみせた。

「な?! 抵抗するつもりか!」

「他国の船に対していきなり乗り込むつもりか? この船を止めた目的を言え。従うかどうかはそれを聞いてから決める」

 沿岸を警備する兵士とはいえ、他国の、それもどんな身分の人間が乗っているかわからない船にいきなりロープを投げ込むなどあまりに非礼な態度だ。場合によっては紛争に発展しかねない行動である。

 

「貴様っ!」

「馬鹿者、待たんか!!」

 瞬間湯沸かし器のようにあっという間に顔を紅潮させ声を荒らげようとした兵士を、別の声が制止する。

「か、艦長閣下」

 ロープを投げようとした兵士が引っ込み、代わりに別の、壮年で髭面のいかつい男が船の縁に姿を表した。

「部下が失礼を働いた! 我々はタルパティル王国の沿岸を守る海兵守備隊だ。貴船の所属と我が国の街に近づいた目的を明らかにしてもらいたい。もし上陸するというのならば臨検を受けてもらわねば接岸も許可できん」

 

「こちらは大陸南部にあるグリテスカ帝国から来た者だ。目的は観光と古代遺跡の研究だがこちらは許可が出なければ無理にとは考えていない」

 伊織の返答に、艦長と呼ばれた男がしばし考える。

「グリテスカ帝国の名は知っているし、一部の商人が交易も行っている。だが正式な国交がないので扱いは通常の商人と同じとなる。国家としての使節団ということなら上に話を通すが、いずれにしても臨検は受けてもらわなければならん」

 おとのこ言葉は真っ当なものだ。

 伊織は使節として来たわけでもないし、帝国の名を背負うつもりもない。

「こちらの船に乗り込むのは5名まで、女性や子供も居るのでその者達には触れないこと、それを約束してもらえるなら臨検を受け入れよう」

「……承知した。だが、怪しいところがあった場合は女性の身も改めさせてもらう。そのためにこちらも女性兵士を1名帯同させる」

 

 伊織が男の申し出を受け入れたことで、守備隊の船から改めてロープが投げ込まれ、伊織は船首部分の手すりにそれを結びつける。

 船首デッキの位置が守備隊の船よりもかなり低いため、そちらから縄梯子が降ろされて5人の兵士と1人の小柄な女性兵士が乗り移った。

「な、なんだこの船は?!」

「見たことのない素材ですね」

 兵士はヨットに乗り込むなり、そのあまりに通常の船と違う様子に驚き、固まる。

 兵士らしく粗雑な印象だったのが、途端に触れるのも恐る恐るといった感じになる。

 船内に入るとその驚きはもっと顕著なものに変わる。

 数十億円もの価格が付けれれた超高級ヨットである。内装ひとつ見ても豪奢でどんな国の迎賓館にも引けを取らない。

 操縦席にいたってはもはやどこを見ても理解できるものは何一つ無く、怪しいとか怪しくないとかを超越した船であることしかわからなかった。

 

 いちいち面倒になった伊織が接舷している警備艇に声をかけ、艦長の男にも来るように呼びかけたことでようやく臨検が始まった。

 伊織は指示に素直に従いつつ開けろと言われた場所を開けたり、説明を求められた事を説明する。

 といっても、船の収納は一見してそれとはわからないようになっている収納も多く、構造を知らない警備兵が隈なくチェックするのは無理な話だ。

 それを良い事に伊織は武器弾薬が収納されている場所は教えず、説明もかなり適当だったりしたのだが、これは諦めてもらうしかないだろう。

 

「理解できないものばかりだ。すまんが私では判断ができん。上官に確認を取るからしばらくこの場で待っていてもらいたい」

 たっぷりと時間を掛けながらも何一つ得られるものがなかった艦長の男が申し訳無さそうに伊織に要請する。

「まぁいいさ。だがロープは外させてもらうぞ。あまり船に傷をつけたくないからな。もし駄目なら駄目で別の国に向かうからその時は通してくれ」

「承知した」

 男はそう応え、乗り込んでいた兵士を船に戻らせた。

 

「どうしますかね?」

「馬鹿が暴走するに一票」

「面倒だから上陸許可しないに今夜のビールを賭けるわ」

「どんな結果だろうが、アンタらが暴れるほうに賭けるに決まってんだろ」

「でも、あの艦長さんは良い人だったよ?」

 伊織以外の面々が好き勝手に言い合うのを苦笑しながら横目に見つつタバコに火をつける伊織。

 

 半刻ほど過ぎ、デッキのソファーで伊織があくびを噛み殺していた頃、ようやく警備隊に動きがあった。

 前方を塞いでいる大型船から数隻のボートが降ろされ、その全てがヨットに向かって進んでくるのが見えた。

 そのボートの上には武装した兵士がそれぞれ5名ほど乗っている。

 どうやら馬鹿がいたようだ。

 

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