第123話 オランザの真意

「なんだ! なにが起こった?!」

 予想外の苦戦に、試運転のつもりで同行させていた虎の子の魔導船を投入した王国海軍だったのだが、想定通り帝国の先陣を翻弄し魔導兵による攻撃で数隻の船に損害を与えた。

 そこまでは良かった。

 帝国の先陣が混乱し、慌てふためきながら距離を取ろうとしているのがこの旗艦からも見て取れた。

 このまま帝国の先陣を押し留め、王国側の態勢を整え直そうと左右に広がりながら乗り込んでいる魔導兵が牽制の火魔法を帝国の船に打ち込む。

 しかし先程の爆裂の魔法は効果があったものの火魔法は帝国船に当たっても火が四散するばかりで一向に燃え広がる様子が無い。

 

 爆裂の魔法は前準備が必要なため連発はできないし距離が離れ過ぎると命中精度が落ちるため距離を取り始めた帝国船には使えない。

 魔導船には攻撃と防御のための魔法陣が刻まれている。

 魔導兵は状況に応じてそれぞれの魔法陣を起動させて魔法を行使するのだが、その魔法には当然触媒や呪文の詠唱などが必要となり、無制限に使えるようなものではないのだ。

 爆裂の魔法は呪文の詠唱とともに触媒も必要なため軽々に使えないが、火魔法ならば呪文を唱えて魔法陣を起動させるだけで済む。もちろん魔導兵の魔力は消費するのだが。

 とはいえ、木造の船にとって火魔法は十分な驚異となる。はずなのだが、どういうわけかいくら火魔法が命中しようが帝国の船は、いや、火に弱いはずの帆布すら燃えることはなく、焦げ跡すらつかない。

 

 それでも牽制にはなるようで、帝国船の勢いは弱まり、魔導船から距離を取るように離れていく。

 そこで更に押し戻そうと魔導船を前進させたところで帝国側の船が奇妙な動きをしているのが見えた。

 魔導船から距離を取っているにしては大げさなほど急いでそれまでいた場所から離れようとしている。

 いや、より正確に言うと、場所を大きく・・・・・・開けようと・・・・・しているように見えた。

 ここまであからさまに動かれると逆に魔導船は動けなくなるが、魔導船の速力は普通の帆船の倍以上。なにかを仕掛けられていたとしても強引に突破することくらいはできるだろう。そう考えていた。

 帝国側から水しぶきを上げながらあり得ない速度で進んでくる船を見るまでは。

 

 見た目はクラントゥ王国の魔導船よりも流線型ながら、マストを持たず帆を張っていないにもかかわらず進んでいるのは魔導船と同じ。

 だが決定的に違うのはその速度である。

 水を操る魔法を組み込んだ魔導船は風に影響されること無く帆船の倍以上の速度で進むことができる、王国の切り札とも呼べる最新鋭の船だ。

 だが帝国側から水面を滑るように、というよりも水面を切り裂きながら向かってくる船はその魔導船よりも遥かに速い。

 それはそうだろう。その船は21世紀の地球で強襲揚陸作戦や救出作戦などの特殊任務に対応するために開発された船であり、移動速度は65ノット(時速120km超)の高速戦闘艇だ。

 速度に特化した帆船でも最高速度はせいぜい17ノット(時速約30km)の倍の速度を誇ったところでMk5特殊任務艇の半分の速度でしかない。

 しかも、

 

 ドガンッ!!

 ドッ!

 最も帝国側にいた魔導船が突如として爆発を起こす。

 少し遅れてMk5特殊任務艇から鈍い発射音が届くが、攻撃された魔導船はもちろん、それを見ていた魔導船の乗員はそのふたつを関連付けることはできなかった。

 それも無理はない。

 Mk38 25mm機関砲から音速の2倍の速度で25x137mm榴弾が発射され、あまりの速度に爆発したあとでようやく発射音が届いたなど想像できるはずがないのだ。

 なので魔導船の船員達は爆裂魔法の暴発だと考えた。が、それも2隻目、3隻目の魔導船が爆発を起こし、どちらもその直後に帝国の船から発射音と砲口から煙が上がれば王国側も認めないわけにはいかない。

 すなわち、魔導船は帝国から、理解できないほどとんでもない攻撃を受けたと。

 

 残る魔導船も程なくして、沈没はしていないものの航行を続けることができないほどの爆発で沈黙することとなった。

 様々な魔法陣が刻まれた船内はぼろぼろになり、魔導兵を含めた乗員も多くが死傷してもはや戦闘どころではない。

 そしてそのことは戦場となったこの海域で王国にとって致命的な事態を引き起こしていた。

 王国海軍は速度に勝る魔導船の邪魔にならないように前線から大きく後退している。

 だが旗艦は全体の指揮のためにその場に留まっており、結果として帝国海軍と王国の旗艦との間に遮るものは何もない状況を作り出していた。

 

 そこにブランゲルト達の乗る4本マストの大型船が速度を上げて王国旗艦に突っ込んでいく。

「まずい! 信号を送って帝国船を妨害させろ! 旗艦に近づけさせるな!」

 司令官が声を張り上げる。

「いったいアレはなんだ?! どうして魔導船が動かんのだ?!」

 遠目ではっきりとは見えなかったものの、帝国から異常な速さで一隻の船が出てきたかと思ったら魔導船がほとんどなにもできずに煙を上げて沈黙した。

 頭では帝国船に攻撃されたのだろうことは理解できるのだが、それでも帝国船と魔導船の距離はまだまだ離れており、とても攻撃が届くとは思えなかった。

 彼らには25mm機関砲の有効射程が3000mを超えることなど想像もできないのだから混乱するのも無理はないことだろう。

 

「わかりません。ですが、この状況を考えれば眉唾だと思っていた帝国の異国人の噂が事実だったとしか。アレがどれほどの性能を持つかはわかりませんが、少なくともこちらに対抗できる手は見つかりません。撤退のご決断を」

「…………」

 司令官の冷徹な進言に、オランザはすぐに言葉を返すことができない。

 長い時間を掛けて準備をしてきた。

 危機感を共有する部下を集め、軍を掌握した。

 考え方の違いから仲は良くはなかったが、それでも嫌っていたわけではない血を分けた妹を海賊に売り渡した。

 国の方向性の考え方は全く違うものの、敬愛する父王を、力を持って排除して全ての権力を奪った。

 永く国に仕え、代々国を支えてきた忠勤の貴族達を捕らえ、反抗の芽を潰した。

 血塗られようと、怨嗟の声を向けられようと、必要であれば全てを犠牲にしようと心に決めた。

 そして、必勝の志で海軍を率いて帝国までやってきた。

 その全てが無為に終わる。

 もちろん最小の損害で撤退すればまた再び帝国への侵攻の機はやってくるかもしれない。

 だがそれでもそう簡単に決断することはオランザにはできなかった。

 

「て、帝国の魔導船の妨害で護衛船が前に出られません! 帝国の大型船が突っ込んできます!」

 見張り台から悲鳴のような声が落ちる。

 オランザが逡巡している間に、帝国の、いや、元はクラントゥ王国の大型船が目の前まで迫ってきていた。

「左に回頭! 帝国船の左舷を抜けるんだ! 帆を全て開け!」

「間に合いません! ぶつかる!!」

 2隻の大型船が正面衝突するかと思うほど接近した直後、ほとんど同時に急激に左回頭を行う。

 互いの右舷が耳障りな音を立てて擦れた。

 木材が割れる音が響き、船が大きく揺れる。

 そしてその直後、幾本もの鈎が甲板に投げ込まれた。

 その狙いなど考えるまでも無い。

 

「クソッ! このやり方は、帝国め、海賊を取り込んだか!」

 大正解。

 甲板の騎士達が慌てて鈎についたロープを切るが、すぐに別の鈎が投げ込まれるためきりがない。

 並外れて巨大な船とはいえ、ターミヤの船も大型船であり甲板の高さは1m程度しか違わない。

 ロープの先端につけられた鈎は2隻の船を固定するためであり、ロープが切られようがお構いなしに元海賊の帝国海軍がなだれ込んでくる。

 荒っぽい海賊流のやり方だが、基本的に軍船が海賊に襲われることなどまずないので王国の水兵達も慣れない戦い方にうまく連携が取れずにいる。

 

「上がってくる帝国兵を相手にするな! 陛下の周囲を固めろ! 艦橋を背にして密集隊形!」

 司令官が矢継ぎ早に指示を出すと、さすがは訓練された兵達はすぐさまオランザを守りながら後退し、その周りを盾を持った騎士が囲む。

 残りの水兵は二人一組で帝国兵に向かい、押し戻す。深追いはせずに離れればすぐに後退して態勢を崩さない。

「突出するな! 上から矢を浴びせよ! 圧力をかけて押し出すんだ!」

 司令官の的確な指示によって態勢を立て直した王国水兵に、さしもの元海賊達も攻めあぐねる。

 加えて距離を取った隙きにマスト上の見張り台からも矢が射掛けられるため盾を手放すこともできない。

 

「さすがは兵隊さんだねぇ。こうもきっちりと働かれちゃぁ崩すのも面倒だ」

「王国の水兵は帝国と違って実戦経験を積んでおるからな。誇らしくはあるが、このような形になると厄介ではあるな」

 帝国兵と王国水兵の緊迫した睨み合いの中、不意に聞こえてきた声の方に司令官の目が向く。

 そして声の主を見るや、厳しかった表情がさらに固くなる。

「オリューザ殿、か。いや、ターミヤ殿下の船がここにいるからには当然であるな。しかし、貴公を敵にするとは、身を捨てねばならんか」

 

 司令官の男はクラントゥ王国の軍人として長く務めている。だからこそ、幾多の戦場において比肩しうる者のいない戦績を持つオリューザとも面識がある。その実力も嫌というほど知っている。

 剣鬼とすら呼ばれ、老いてもなお誰一人として敵わない力量を保持する老騎士。

 さらには、傍らで見慣れない短剣を手にしている大柄な女もオリューザに迫るほどの力量に思える。

 今のやや王国側に優勢な甲板上の拮抗はこの二人が参戦して乱戦となればあっさりと瓦解するだろう。

 だが勝ち筋がないわけではない。

 

 元々数の上では圧倒的に王国側が優位にある。

 初戦の攻防はおそらく慣れない海賊戦法にかき回された結果だろうが、練度自体は海賊よりも王国水兵のほうが高いはずだ。

 時間さえ稼げれば周囲の護衛船も旗艦に接舷して増援が押し寄せるだろう。

 その間にオランザを他の船に退避させ、こちらは数の力で二人を消耗させれば良い。

 魔導船を撃破した攻撃がどんなものかは分からないが、帝国側の旗艦が接舷している以上はこちらにも攻撃はできないはずだ。

 そう考えた司令官が時間稼ぎのために声を上げようとした瞬間、聞き覚えのある透明な声がそれを遮った。

「双方、剣を引きなさい! これ以上戦ってはなりません!!」

「?!」

 

 その声に水兵達の動きが止まる。

 事前に敵側に居ると伝えられてはいても、主君と仰いだ王の姫の声だ。

 それも常に国のことを、民草のことを考えていた、多くの民衆から慕われている王女である。

 その声を聞き、姿を見れば逆らうことに躊躇いを憶えてしまう。

 その躊躇は大きな隙となり、帝国兵にとっては一気に攻める好機となるはず。だったのだが、帝国兵は即座に剣を引き右舷側に整列していった。

 あまり訓練された動きとは言えないが、渋々と言った様子も、油断する様子もなく整列すると剣を納める。

 その列の中央が割れ、ターミヤ王女と強い存在感を放つ青年、その後ろには無精髭の男が姿を表した。

 

 本来ならば帝国兵が引いたのを好機として攻勢を掛けるべきだろう。

 だが青年のただならぬ雰囲気とともに、猛烈に襲ってきた嫌な予感で司令官の男はその命令を下すことができずにいた。

 そこに青年からの声が響く。

「余はグリテスカ帝国第16代皇帝ブランゲルト・ラーム・カリス・ネチェルである! クラントゥ王国オランザ・レム・サリゼア王に対談を求める!」

「?! ま、まさか、グリテスカ帝国の皇帝だと?!」

 突然帝国の皇帝が現れれば驚きもする。

 クラントゥ王国のように圧倒的な兵力という保証でもなければ君主が海戦に立ち会うことなど普通は考えられないのだ。

 だがその理由、つまりブランゲルトが自身の安全を確信する根拠はすぐに示されることになった。

 

 ズダンッ!

 突如としてつんざく破裂音が響き、マストの上方から悲鳴が上がる。

 直後、短弓と矢が甲板に落ちてきたことで、見張り台の兵士がブランゲルトを矢で狙っていたことが知れる。

 戦争中の兵士としては正しい行動。

 だから司令官が驚いたのは見張り台の兵士ではなくブランゲルトの後ろに居る壮年の男、伊織だ。

 咥えタバコで帝国皇帝の後ろに立つ、どう見ても不遜な男が目にも留まらぬ速さで右手を胸元に動かしたかと思えば、次の瞬間には破裂音が響いたのだ。

 理解できないまでもそれが武器であり、それによって見張り台の兵士が加害されたことはわかった。

 司令官はその男こそが荒唐無稽と思われた噂の異国人であることをすぐに察する。

 同時に、自分達がすでに身動きが取れない状況に追い詰められていたことも。

 

「ふむ。新しい国王は兵士の後ろに隠れて怯えるだけの小者なのか? 余が自ら来るまでもなかったな」

「聞き捨てならん。訂正してもらおうか!」

 王国の水兵達が唖然と立ちすくむ中、ブランゲルトが挑発するように言うと、盾で守られていたオランザが水兵を押しのけて前に歩み出る。

「陛下、危険です!」

 司令官が慌ててオランザの前に出て背に庇おうとするが、オランザはそれに頭を振る。

「帝国の皇帝が身を晒しているのに私が隠れたままいられるか。それに見たであろう、あの異国人の武器であればどれほど離れていても意味などない」

 

 それを言われればそれ以上言い募ることもできず、せめてもとオランザのすぐ横で何かあれば飛び出せるよう構えることにする。

「クラントゥ王国の国王、オランザ・レム・サリゼアだ。グリテスカ皇帝には初めてお目にかかる」

「うむ、先程の言葉は訂正しよう。グリテスカ帝国ブランゲルト・ラーム・カリス・ネチェルだ」

「お兄様……」

「ターミヤ、貴様が無事だったこと、安心したと言えば良いのか、それとも策がならなかったことを嘆けば良いのか」

 ターミヤを見るオランザの瞳は複雑な色が浮かんでいる。

 

「それではまず全てのクラントゥ王国兵に停戦を命じてもらおう。戦いが続いている中で話し合いもないだろうからな。それに戦いが長引けばイオリの仲間が王国の船を全て沈めてしまいかねん」

「……良いだろう。だが武装を解除するつもりはない。あくまでグリテスカ帝の会談要請に応じるだけだ」

 オランザがそう言って司令官に頷くと、男はすぐに他の船に信号を送らせる。

 そして旗艦の甲板の中央にテーブルと椅子を運ばせ、両舷にそれぞれの国の兵士が整列して控える形となった。

 

 30分ほど経過し、双方の帆船も十分に離れた位置まで下がったことを確認してからテーブルに向かい合った。

 帝国側はブランゲルトとターミヤ、王国側にオランザと司令官が座り、伊織がテーブルの横に腰掛けた。

 そしてまずブランゲルトが口火を切る。

「まず、クラントゥ王国が帝国に侵攻してきた理由を聞かせてもらおう。それと、親善大使として帝国に向かったターミヤ殿下を海賊に襲わせた理由もだ」

 口調は穏やかで表情にも剣呑なものは含まれていないながら、オランザはその背に冷たい汗が流れてくるのを感じていた。

 

(これが帝国の新しい皇帝か。これまで会ってきたどの大貴族とも小国の王とも違う、なんて威圧感だ)

 オランザが知る最も威厳のある人物といえば父親だ。

 結果としてその地位を追い落とすことになったとはいえ今でもその尊敬の念はいささかも減じていない。

 だが眼の前に居る、自分とさほど歳の変わらない青年から感じる威厳と圧力は逃げ場のない場所で何人もの人間に剣を突きつけられているかのようだ。

 圧倒されそうな気持ちを奮い立たせ、オランザは必死に表情に出ないように息を整える。

 帝国ほどの国土は持たないとはいえ、オランザも一国の君主である。

 矜持にかけて気圧された姿を見せるわけにはいかない。

 

「……理由など、我が国、クラントゥ王国の未来のために決まっているだろう」

「ほう? 帝国と事を構えるのが王国の未来につながると?」

「そうだ! 3方を山岳地帯と貧国に囲まれた我が国が今よりも力をつけるには帝国の穀倉地帯を手に入れる必要がある。交易で得られる力では間に合わんのだ!」

「ふむ、実の妹であるターミヤ王女を海賊に害させようとしたのも彼女が帝国とのつながりを強化しようとしていたからというわけだな」

 ブランゲルトの問い、いや、確認に頷くオランザ。

「な、何故言ってくれなかったのですか! お兄様が……」

「何度も言っていただろう! 今のままでは危険だと! だが父もお前も西部諸国との争いが一段落した以上は内政を重視すると、そればかりだったではないか!」

 

 オランザが鋭く睨むとターミヤは息を呑んで口をつぐむしかなかった。

 確かにオランザが軍備の縮小に反対し、逆に海軍力の増強を主張していたのはターミヤも知っている。それを父王が退けていたことも。

「国の将来を考えての富国強兵。王族としてそう考えたことは理解できるし責められることではないだろうな。無論帝国としては全力で対処するだけのことだが、貴公の決断に口を出すつもりは無い。

 だが、力で権力を握るということは国を割ることにもなるだろう。他に方法があったのではないか?」

 ごく常識的な言葉を口にしながらも、ブランゲルトはその可笑しさに思わず苦笑する。

 自分とて力で皇帝の座に就いた身だ。どの口が言うのかと自嘲するしかない。

 

「確証があるわけではないことで先王は耳を貸さなかった。危機感を共有したのは軍部のものだけだった。それにターミヤは民衆からの人気も高い。こうしなければ間に合わんのだ!」

 帝国と危機感を共有して共に対処することができるのであれば道はあったのかもしれない。

 だが帝国は腐敗が蔓延し皇帝も貴族も享楽に耽るばかりで、とても信用することなどできない。皇帝が替わったとはいえ王国からブランゲルトの為人など知る由もなく、協力体制を築くことなどできそうになかったのだ。

 

「間に合わない、か。貴公はなにをそこまで恐れたのだ? 帝国の海軍力では王国の驚異とはならず、帝国が王国に戦をしかける理由もない。そのことは貴公も知っているはずだ。ならば貴公が警戒しているのは帝国ではあるまい」

「それは……」

「東、だろ? 聞いたところじゃ大陸の東には魔法が発達した強国がいくつもあるってことだ。その国が帝国まで手を伸ばしてくれば王国も対岸の火事とは言っていられないってことだ」

 オランザが躊躇っていると、これまで大人しく黙っていた伊織が煙で輪を作りつつ口を挟んだ。

 

「大陸の東? 確かに商人達から伝え聞くところによると大層不可思議な魔法が当たり前のように存在する発展した国があるというが。帝国に食指を伸ばしているとは聞いていないぞ」

 ブランゲルトが怪訝そうに聞き返すと、オランザが首を振って否定して見せる。

「数年ほど前から、東の国より逃れてきたという魔術師がクラントゥ王国に姿を見せるようになった。

 その者達から聞く東の国は帆のない船が海や川を渡り、馬の引かない荷車が日々行き来しているという。

 その国の者は特別な力を持っているがゆえに他国を見下し、先祖が本来持っていた地位と権力を取り戻すために準備していると。

 もしその国が帝国に戦いを仕掛ければ、今の帝国では押し留めることなどできぬ。帝国よりも国力に劣る王国ではなおさら抗することなどできない。だからこそ少しでも早く対抗できる力をつけねばならないのだ」

 

「お~お、ご立派なこった。んで? 可愛い妹を直接殺したりするのは気が咎めるから海賊なんてゴロツキの慰み者に差し出してそれを帝国に責任をなすりつけて民衆を煽り、穏健な国王に国の舵取りを任せておけないって言って強引に権力を手にしたと。挙げ句、万全の準備をして帝国まで来たものの虎の子の新型船はあっさり壊されて惨敗した、っと。いや~、涙なくしては聞けないねぇ」

「っぐぅ!」

 伊織の小馬鹿にしたような言葉に、奥歯が砕けるほど噛み締めながら睨みつける。

「旦那は容赦ないねぇ。まぁ、大義を掲げようが身内を売るような奴に同情しないけどさ」

 

「為政者としては余も人のことは言えんがな。だが、その危機感自体は理解できるとして、貴公の一番の間違いは情報を軽んじたところだろうな」

「軽んじてなどおらぬ! だからこそこうして!」

「軽んじてるだろう。今や帝国に滞在する異国人がどれほど規格外であるか近隣で知らぬ者などおらん。帝国の混乱に乗じて兵を動かそうとしていた北部の国も、イオリ達の所業で借りてきた猫よりも大人しいほどだからな。だが貴公はその情報を知らぬのか、それとも信じなかったのか、こうして無思慮に軍を動かした。

 ましてや帝国よりも遠い東の国々の情報を、流民からの言葉だけで判断するなど愚かとしか言いようがない。

 余ならまず東に人を送り込み、一刻も早く広く情報を集めようとするだろうな」

 

「…………」

 オランザは言葉を返すことができない。

 帝国に居る不可思議な道具を持つ異国人の話は聞いていても、それが真実かどうか確かめることをしなかったのは事実だ。

 視野が内側にしか無く、情報の重要性を理解していないと言われても仕方がないと、指摘を受けた今なら理解せざるを得なかった。

 

「さて、大した被害は受けていないとはいえ、クラントゥ王国が帝国に侵攻を企てたのは揺らぐことない事実。

 どう落とし前をつける?」

 ブランゲルトは冷徹な為政者の顔でオランザに問いかけた。

 



----------------------------------------------------------------------------------



前回のあとがきでも告知していますが、8月5日に古狸の新刊、「実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました」の第2巻が発売になります。

すでに各オンラインストアや全国の書店で予約の受付が始まっております。

手間が苦にならないのなら、できるだけ近所の本屋さんをご利用して頂きたいとは思っていますが、オンラインストアでも古狸的には全然OKですので是非ご予約をお願い致します。


それと、これも繰り返しになりますが、hontoオンラインストアでは限定サイン本の予約ができます。

前回よりも大幅に予定数を増やしていますが、数量限定ですので是非是非お早めにポチってくださると大喜びします。

hontoオンラインストア

https://honto.jp/netstore/pd-book_31764399.html


近いうちにまたキャラクタデザインのラフ画を近況ノートにて公開できると思いますのでお待ち下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る