第120話 女海賊と無骸のガリブス
帝国の南海には版図に組み込まれていないいくつもの島や群島があり、イメージとしては地球のインドネシア東部のような地形となっている。
最も大きな島でも日本の淡路島くらいで統一された国家というものはなく、人の住んでいる有人島もほんの数えるほどしかない。
その大部分が帝国やその他の国から逃げてきた人々が作った集落であり、農業と僅かな畜産以外に産業がなく、生活に必要なものや娯楽を手に入れるために多くが海賊としての顔も持つ。
もっとも、それらの集落ですら勢力争いで離散集合を繰り返しながら、今ではいくつかの海賊がそれぞれ傘下となった集落を従えるという形に落ち着いている。
女海賊レイアもその一人であり、他にも数人の海賊が自分や配下の集落の者達を食わせるために海を駆け巡る海賊国家群とも呼べる地域を構成していた。
そしてその海賊たちの中で最も大きな勢力を持ち、多数の集落を傘下にしているのが無骸のガリブスと呼ばれている男だ。
ガリブスの気質は残忍にして酷薄、大柄な体躯を持ち、その強さを背景にした恐怖で配下を従えている。ある意味海賊らしい海賊と言える。
出自は判然とせず、数年前に突如として海賊船のひとつに乗り込んだかと思えばその頭を殺して船を乗っ取った。
逆らう者は容赦なく殺し、従う者には拐ってきた女や奪った財宝を惜しみなく与える。
その飴と鞭の使い分けによって瞬く間に手下を掌握したガリブスは、それまで帝国を刺激しすぎて討伐隊が派遣されることを恐れて必要以上には行わなかった海賊行為を頻繁に行うようになった。
時には小規模な船団すら襲い、積み荷は根こそぎ奪い、船員や女以外の乗員は皆殺しにして船を沈めた。帝国やその周辺国の海辺の集落を襲うことすらあったのだ。
当然船乗りや海辺に住む者達はガリブスを恐れ、領主に討伐を求めたのだが、当時の帝国は腐敗が蔓延していて治安も悪く、とても海の上にまで手を回す余裕はなかったし、そもそもが生存者も目撃者もほとんどおらず、船も見つからないという状況では被害の実態も把握できない。
そのせいで『無骸』の二つ名を冠したガリブスはますます勢力を拡大し、小さな海賊ブループまでもいくつも傘下に収めていった。
もはや南部諸島でガリブスに従わない集落はレイアとごく少数の力ある海賊の頭目が支配するところがいくつか残るばかりとなっている。
帝国の港町キーリャの南、距離にして30海里(約55km)に大小数十の島々からなる群島のひとつ。
ガリブスが支配する集落の中でも一番大きな街の一番大きな家の広間にどっかりと座り込んだ大男が上機嫌で盃を煽っている。
街と言っても、元は流民まがいの者達が築いたもので、ほとんどが木造の粗末な家々が立ち並ぶばかりの、帝国であれば村としか呼ばれない規模でしかない。
それでも商店や酒場などもいくつかあり、自給自足でなんとか食いつないでいる集落とは一線を画している。
それはこの街に商人が出入りしているということであり、海賊の拠点であっても利があるとみなす商魂たくましい者はどこにでも居るのだ。
海賊の拠点だけあって、港だけは不釣り合いなほど整備されており、日暮れの薄闇の中、数隻の海賊船が停泊している。
「くそっ! 放せよ!」
ガリブスの前には手足を縛られた十代前半くらいの少年が転がされており、少年はガリブスを睨みつけながら叫んでいた。
褐色の肌に赤い髪、いまだあどけなさの残る顔は殴られ腫れ上がっており、右腕は折られたのであろうか、おかしな方向に曲がっている。
それでも気の強そうな目で睨みつける様子に、ガリブスはニヤニヤといやらしい笑みを返しながら酒を喉に流し込んでいた。
「そんだけ痛めつけられて元気なことだ。せいぜい囀ると良い」
嘲るようにガリブスが笑う。
「あの女にはさんざん煮え湯を飲まされたが、今度ばかりは逃しゃしねぇ。王国の姫ってのも返してもらわなきゃならねぇからな。その後はあの女諸共ぶち殺してやる。テメェはその餌だから今は生かしておいてやる」
「姉さんがオマエの言うことなんか聞くもんか!」
「別にそれでも構わねぇさ。そん時ゃあの女の目の前でテメェを嬲り殺しにしてやるだけだ。奴の手勢はせいぜい俺の半分しかいねぇ。目の前に出てこりゃこっちのモンだからな。テメェの次は奴の手下や村の連中を皆殺しにして、最後に散々犯してから手足を切り落として生きたまま俺の船の船首に飾ってやる」
その情景を想像してか、ガリブスは残忍で嗜虐的な笑みを深くする。
「こ、殺してやる! オマエだけは絶対に殺してやる! 思い通りになんかさせるもんか! ぐはっ!!」
言いながら少年がうつ伏せの体で両足に力を込めてガリブスの首めがけて唯一自由になる歯で噛みつこうと飛びかかる。
だが距離があった上に散々痛めつけられた身体では届くはずもなく、ガリブスの手前で失速したところを鞘に入ったままの長剣で叩き落されてしまった。
「せいぜい足掻け。そのほうが俺の楽しみも増すってもんだ」
再び床に転がり、痛みにもがく少年の顔を踏みつけながら言い放っていたガリブスだが、その顔が不意に外に向く。
「なんだ? なんの音だ、こりゃ?」
ガリブスがそういう間にもその音がどんどん大きくなる。というか近づいてきているようだ。
「み、見てきます!」
部屋に控えていた手下の一人が慌てて外に飛び出していく。
夕暮れを迎えていた海岸の街は、本来ならいくつかある酒場以外は静まり返っているはずの時間であり、見通しの悪いこんな時間に港に入ってこようとする船などあるわけもない。
それ以前に、聞いたことのない轟音に、街に居た者達は慌てて建物から次々に飛び出してきている。
そしてその連中はすぐに音の出どころを見つける。
何しろそれはとてつもない轟音を響かせるだけでなく、目がくらみそうなほど眩い光を照らして沖から街に向かって近づいてきているのだ。
この街は周囲をサンゴ礁に囲まれており、浜から20mほど離れると急に水深が深くなる。
岸からはそこまで桟橋が伸び、喫水が深い船でも停泊することができるのだが、街と海の境界は幅の狭い砂浜が続いている。
沖からありえないほどの速度で近づいてきたソレは、桟橋ではなく浜にそのまま突っ込む。
「なぁ?!」
「う、嘘だろ?!」
呆然と見ていた男達が驚愕の声を上げる。
当然だ。
海の上を走ってきたはずのソレが、そのままの勢いで浜に揚がったと思ったら何事も無かったかのように陸地を走り始めたのだ。
明らかな侵入者。
それも、とても友好的とは思えないソレに、それでも岸で見ていた海賊たちは武器を手にすることすら忘れて轟音を立てて近づいてくるソレを見続け、数人が跳ね飛ばされてようやく悲鳴が上がる。
と、その異様な物体から数十人の人影が飛び降り、海賊たちに襲いかかる。
「ぎゃあっ!」
「て、敵だっ!!」
途端に上がる悲鳴と警告の声。しかし周囲に響き渡る轟音でそれが伝わることはない。というか、これだけの騒ぎになれば警告もクソもないだろう。
何が起こったのかわからないままの海賊たちも、さすがにこれが襲撃であることだけはなんとか理解したようで、手にした武器を構える者、慌てて建物に武器を取りに戻る者、逃げ惑う者が混乱に一層拍車をかけていた。
海から来た代物から飛び降りた男達は、5、6人で一組になり手当たり次第武器を持っている海賊たちに襲いかかる。
「ハッハァ! 海賊レイアがテメェらをぶっ潰しに来てやったゼェ! ガリブスの野郎はどこだぁ!!」
一際大柄な男が巨大な鉈のような大剣を振り回しながら手当たり次第に切りつけている。
「何だテメェらは!」
見に行ったはずの手下が戻らず、それどころか家が壊れるのではないかと思うほどの轟音が響いたことでとうとう外に出たガリブスは、飛び込んできた光景に目を剥いたもののすぐに我に返る。
このあたりがあっという間に海賊の頭目になり遂せた男の器量なのだろう。
轟音にも負けないほどの怒号を飛ばし、襲撃者を睨みつける。
「やっと出てきやがったな、クソ野郎が! 俺が離れている隙きに若を拐いやがって!」
「テメェ、オンザか! わざわざ死にに来やがったのか」
忌々しげに互いの睨みつけるオンザとガリブス。
周囲の手下たちは混乱するばかりでまともにレイアの手下たちの襲撃に対応できていない。
だが、奇襲を受けたとはいえ数はまだ圧倒的にガリブス達のほうが多いはずであり、この期に及んでもガリブスの態度には余裕がある。
何より自分の武力に自信があるのだろう。騒音のせいでろくに命令が伝わらないと考えているのか、側にいた手下にいくつかの命令を伝えてから幅広な剣を抜き放った。
「どうやらガキの命はいらないらしいなぁ。いまさら命乞いしても許さねぇがよ」
別の手下に顎で合図を送ると、その男が家に向かって踵を返す。だが、男の足はすぐに止まることになった。
「アタシの弟がずいぶんと世話になったじゃないか。たっぷりと礼をさせてもらうよ」
少年を担ぎ上げた英太と、戦斧を肩に乗せて凄絶な笑みを浮かべた赤髪のレイアが立ちはだかったからだ。
無骸のガリブスがレイアの弟を拐った。
オンザがそれを伝えると当然のようにレイアは怒りに震えた。
「……コーリスについてた連中は?」
「殺られました。生きてたのは一人だけです。お頭への伝言役として、手足を刺されてますが」
「伝言はなんだって?」
レイアに聞き返されたオンザが口ごもる。だが射るような視線に負けて口を開いた。
「あ、明日の正午、一人でシミル島北の浜に来いと。こ、来なければ若の首をキーリャの港に晒す、と」
「そうかい。アタシが帰らなかったら後はアンタが皆をまとめて東に逃げな。溜め込んだ財宝を使えばなんとか当面は暮らせるはずだからね」
「お頭?! まさか行くつもりですかい!? ガリブスが約束なんて守るはずがねぇ!」
「そのくらいはわかってるさ。けど、たったひとりの弟を一人で死なせるわけにいかないよ。もちろんタダで死ぬつもりはないさ。せめてガリブスだけは道連れにしてやるつもりだよ」
レイアがそう言って笑みを浮かべる。
悲壮な覚悟なのだろうが、不思議と透き通るような幼ささえ感じさせる笑いだ。
オンザが悔しげに血が滲むほど拳を握りしめて厳つい顔から涙を流す。
が、こんなどこぞのシリアス戦記のような雰囲気も、空気の読めない(読まない)オッサンにかかれば茶番と化す。
「お~い、お涙頂戴はどうでもいいが、そのガリガリのブサイクとかいう奴はどのくらいの勢力なんだ?」
「は??」
のほほんとした口調で割り込まれ、オンザが思わず間の抜けた声を出した。
「だ、か、らぁ! そのゲリビチの勢力、拠点、なんでも良いから知ってることさっさと話せ。若だかボーヤだかを取り返すんだろ?」
「貴公がレイア殿に助力すると?」
伊織が島々の記載された地図を広げながらオンザを急かしていると、オリューザが理解できないとばかりに眉をひそめて口を挟んだ。
「お姫さんだってこんな話を聞いて『じゃぁ、サヨナラ』じゃ気になって仕方ないだろ? 女の子の憂い顔なんざ見たくないし、そもそもこの女海賊さんが勝負に自分の身を賭けたってのに、その相手を無視してさっさと自殺されるのも面白くないからな」
「あ、アンタ……」
レイアが呆気にとられた顔で伊織を見返す。
「が、ガリブスの手下は200は居るはず、です。船は知ってる限りで6隻。け、けど俺達は全員かき集めても100ちょいだ」
視線で急かされたオンザがオロオロしながら言葉を絞り出す。
「アジトはわかってるのか? それかボーヤが居る場所とか」
「そ、ソイツは大大見当がついてるけど、どうするつもりだい? 連中だって今日はアタシらがコーリスを取り返そうとするのを警戒してるはずだよ」
突然の成り行きについていけず、レイアもオンザも互いに顔を見合わせて惚けるばかりだった。
そうして今、である。
「て、テメェ、いつの間に!」
ガリブスがレイアを睨んで唸るように吠える。
「アンタ達があのトンデモない船に気を取られてるうちに別の場所から入らせてもらったのさ。海の中を進んで、ねぇ」
瞳に怒りを映しながら、レイアが嘲るようにガリブスに言い、顎を反らせる。
「チッ、訳のわからねぇことを」
「だろうねぇ。アタシだって信じられないから無理もないさ」
表情はそのままに、レイアが肩をすくめてみせた。
今の台詞ばかりはレイアの本音でもある。
伊織の提案に乗ることにしたレイア達は、まず戦える部下たちをかき集めた。
あくまで今回も言ってみれば海賊同士の勢力争いだ。
だから伊織は手は貸すものの主体はレイア達でなければならない。
そこでレイア達をガリブスの拠点に送り届けつつ混乱させ、それに乗じて別働隊がレイアの弟を救出することになった。
だが、レイア達が持つ帆船では早い段階で気づかれて対応されてしまうし、これまで登場した水陸両用車では100名からなる海賊を一度に運ぶことはできない。
それに船ではどちらにしても接岸、上陸、戦闘をすぐさま行うことができないため、伊織が引っ張り出したのが軍用ホバークラフト、LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇である。
ご存知の通りホバークラフトは水陸両用で運用でき、LCAC-1級は甲板に人員輸送用モジュールを搭載すれば140名以上の人員を乗せられる。
しかも穏やかな海ならば最高時速70km超で移動することができるので相手に態勢を整える隙を与えない。
運用には制約も多いが今回のような場合には最適な乗り物なのである。
ちなみに、ホバークラフトという呼び名はイギリスのブリティッシュ・ホーバークラフト社の持つ商標だが、同社が一般名称として使用することを認めているので創作物に使っても問題無いのだ。
そして、別働隊となるコーリス救出はレイアが名乗り出た。
だが当然一人で行かせるわけにはいかないし、かといって人数が増えれば陽動の意味がない。
なので、サポートとして英太が同行することになった。
レイア達はガリブスが拠点にしている街から数km離れた海上でLCACを降り、ボンベとアクアラングで呼吸を確保しつつ水中スクーターで海中を移動したのである。
レイア達の拠点で香澄が大型船を奪還した際に使用した方法と同じだ。
街から少し離れた場所から上陸したレイアと英太は、伊織の操縦するLCACが注意を引き付けるのを待ってからコーリスが囚われてるであろう一番大きな家に近づき、ガリブスが家から出るのと入れ替わりに侵入した。
見張りの一人も残っていなかったため、あっさりとコーリスを保護することができたというわけだ。
「ふざけやがって!」
ガリブスの顔が怒りで紅潮する。
だが怒りに身を焦がしているのはレイアも同じ。怯むことなく戦斧を掲げて睨み返す。
コーリスを連れてこようとしていたガリブスの手下は、予想外の状況にせわしなく周囲を見回している。
それは逃げ道を探しているようにも見えるが、実際、彼らにガリブスに対する忠誠心などあるわけもなく、単に恐怖で縛られていたり勝ち馬に乗ろうとしているだけの連中だ。
視線を街に向ければ、LCACから雪崩を打って飛び出したレイアの部下たちが次々にガリブスの手下を討ち取っている。
なんとか大勢を立て直そうとしても、そこにLCACが轟音とともに突っ込んで連中を撥ね飛ばす。
LCACに轢かれようが撥ねられようが大した怪我をするわけでは無い。エアクッション艇は周囲をゴム製のスカートで覆っているし、空気の力で宙に浮いているからだが、それでも吹き飛ばされて地面を転がればすかさずレイアの部下達が襲いかかるので完全に一方的な展開になっている。
そんな状況が目に入れば、今更ガリブスのために戦う気は起きないのだろう。
いつの間にか周囲にはガリブス以外に居るのはレイアと英太、それから気を失っているコーリスだけとなっていた。
「ふん、役立たずが」
吐き捨てるように言うガリブスだったが、それでもなお悲壮感は無い。
「まぁ良い。得体の知れない連中を味方につけたようだが、もともと俺は他の奴なんぞアテにしてないからな。テメェをグチャグチャのボロボロに犯してやれないのは心残りだが、なぁ!!」
「チッ!」
ギィンッ!
言い終えないうちにガリブスは10mほどあった距離を一瞬で詰めると剣をレイアに叩きつける。
なんとか反応したレイアの顔がゆがむ。
並の男の倍は力があると自負しているレイアが力負けするほどガリブスの剣撃が重い。
力で返そうにも取り回しの重い戦斧ではガリブスの剣速についていけず防戦一方に追い込まれる。
嬲るように剣を繰り出すガリブスに苛立ったように戦斧を振るうレイア。
しかしその一撃をガリブスが狙いすまし、戦斧の柄に剣を叩きつけた。
「ぐっ! しまった!」
柄の中ほどで断ち切られた戦斧が数m先の地面をえぐる。
「ふん、手こずらせやがって。だが、そっちの男は加勢しないのか? 良いんだぜ? 俺は二人がかりでも」
レイアが得物を失ったことで残忍な本性を剥き出しにしたガリブスが英太に向かって小馬鹿にするように煽る。
「いや~、だって俺が相手したら秒で終わるじゃん。それだとレイアさんの立場ないでしょ?」
「なんだと?」
「確かに少しは強いけどさぁ、俺が会った中ではせいぜい上の下ってところだよ。ましてや伊織さんと比べるとドラゴンとミジンコくらいの差があるし?」
見事に煽り返されるガリブス。
「ってことで、レイアさん、これ使ってよ」
そう言いつつ英太が脇差しを抜いてレイアに放り投げる。
もちろん伊織謹製の特殊鋼で、英太の力に耐えられるように普通の2倍ほどの刃厚があるものだ。
これならば鉈のように分厚く重いガリブスの剣とも十分に渡り合える。しかも斧よりも取り回しが速い。
「ありがとさん。アンタも若いけど良い男だねぇ。あのイオリって旦那と会ってなけけりゃ惚れちまいそうだよ」
「ゴメンナサイ。遠慮しておきます」
脇差しを鞘から抜いてビュンと一振りしたレイアが、余裕を取り戻した顔でニヤリと笑う。
「て、テメェらぁ! ぶっ殺す! 俺をナメたこと、あの世で後悔しやがれ!」
「フンッ!」
キィンッ!
戦斧とは違い甲高い音が響くが、今度は打ち負けることなく、むしろガリブスの剣1/4ほどまで脇差しの刃が食い込む。厚さはあれど強度に欠ける剣では数度も打ち合えば両断してしまいそうだ。
手応えでそれがわかったのだろう、ガリブスの顔が険しくなる。
続けてレイアが上段から振り下ろした剣撃を受けることなく大きく後ろに下がって距離を取る。
「他の連中もぶっ殺さなきゃならねぇから使いたくなかったんだがな。仕方ねぇか」
誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと、ガリブスは小さくモゴモゴと口を動かし、指先を複雑に動かして宙に何かを描くような動きを見せる。
「っ! レイアさん、下がって!」
「?!」
英太がそう警告し、意味が分からないまでもとっさに数歩分後ろに下がったレイアの鼻先を突然発生した火の玉が通り抜ける。
「クソッ! 外れた! こうなったら、ぐびょぁ?!」
必殺の一撃がまさか躱されると思っていなかったのか、ガリブスが驚愕の声を上げた。
だがさすがに己の武力ひとつで海賊の頭目に成り上がった男だけはあり、一瞬で気を取り直すと、全身に魔力を巡らせ始める。
だがそれが完了する前に英太の飛び蹴りがガリブスの右頬に直撃した。
「あっぶねぇ! コイツ魔法使えんのかよ。久々だったから焦ったわ」
見事なライ○ーキックをキメた英太はフワリと着地すると、汗を拭う仕草をしつつひとりごちる。
ガリブスが繰り出したのは紛れもなく攻撃魔法である火球。それからそれが不発に終わったと見るや身体強化に切り替えようとしたところで見事に英太が阻止したわけだ。
「クソっ! クソッ! 殺す! 殺してやる!」
腫れ上がった頬を抑えながら立ち上がったガリブスが完全にブチ切れた目で英太とレイアを睨み、ものすごい勢いで指を動かしながら呪文を詠唱する。
「魔法相手じゃレイアさんはキツイと思うから俺がやるよ。っと、ホイッ!」
英太がレイアを背に庇い、そう言って下がらせる。
そして、ガリブスが放った火球を太刀ではたき落とした。
元々火球に質量はほどんどない。火球を構成している魔法陣を断ち切ればあっさりと霧散してしまうのだ。
その事実が受け入れられないのか、ガリブスはムキになって次々に火球を英太に向かって放つが、英太はそのことごとくを苦もなく薙ぎ払い、しまいには面倒そうに手だけで太刀を振るって打ち消してしまっていた。
「ば、馬鹿な、そんなことが……」
やがて魔力が尽きたらしいガリブスが肩で息をしながら膝をつく。
「アンタも運がないねぇ。よりによってアタシのところにこんなバケモノ共が居るときに事を起こすなんてさぁ。けど、まぁ、アタシらはこれ以上アンタを野放しにしておけないんでね。アタシの可愛い部下を殺してコーリスを拐ったケジメ、つけさせてもらうよ」
もはやすぐに立ち上がることもできないほど消耗した様子のガリブスの前にレイアが立ち、脇差しを大きく振りかぶる。
「ま、待て! お、俺の……」
ドッ!
ガリブスの言葉が最後まで口から出ることはなく、鈍い音とともにその頭部は身体を残して地に落ちた。
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