第118話 海賊と姫君と

 海賊が拠点を築いていた島の入江に空から着水したのはもちろん伊織達の搭乗するUS-2救難飛行艇だ。

 ブランゲルトの要請を受けた伊織だったが、当然の事ながらクラントゥ王国の王女様がどこに連れ去られたのかその時点ではわからない。

 そもそもが本当に海賊によって連れ去られたのかすらはっきりしているわけではないのだ。

 それでも王女の乗る大型船が沈没したことを示す船の残骸などは見つかっておらず、船が行方不明になったと思われる日以降で海が荒れたということもなかったために、海賊による拉致が可能性としては一番高いのは確かだった。

 

 そこで伊織はまず王女の乗っていた大型帆船を探すことにした。

 幸いその船の特徴は事前に帝国に通達されていたし、そもそも建造に高い技術と莫大な費用が必要な大型帆船は数が少ない。

 伊織は判明している限りの有人島の情報をレブラン伯爵から聞き取りつつ、US-2飛行艇で上空6000mから虱潰しに調査を開始した。

 とはいえ範囲は広いものの大部分は海である。航行している帆船の数などそこまで多いものではないし、大型船はごく一部にすぎない。

 ルアの操る偵察用ドローンのサポートを受けながらわずか一日で王女の乗っていた大型帆船が停泊している入江や周辺の島々に点在する集落などが見つかった。

 その後も半日ほどかけて周囲の状況などを調査したうえで伊織が出した結論は、

「んじゃ、お姫様を迎えに行くとしようかぁ」

 ってなものである。

 

 

 そうして入江にUS-2を着水させた伊織がハッチを開けて外に出ると入江の浜には粗末な服に身を包んだガラの悪そうな男達が10数人と先頭に大柄な赤毛の女、それから鋭い目をした初老の男が伊織の方を見つめている。

「おぉ、出迎えご苦労、って感じだなぁ」

「いや、どう見たって警戒してるだけだろ、あれは」

「ルアちゃんは出てきちゃダメよ」

「うん!」

 呑気な機内の会話と外の男達の空気感が違いすぎてジーヴェトは呆れ混じりのため息を吐く。一応礼儀としてツッコんでいるがとうに諦めているので声に力は無い。

 

 伊織はジーヴェトとリゼロッドを伴ってUS-2が乗り上げた浜に降り立ち、周囲を見回す。

 注目している男達の姿などまるで目に入っていないかのような態度である。

「お~ぉ、秘密基地って感じで良いねぇ!」

 5kmほどの島の周囲は切り立った崖に囲まれ、入江の中は外側からはほとんど見えない。

 内側は木が生い茂り、浜に近い場所だけが切り開かれて小さな畑といくつかの家が点在するだけの寂れた集落のような場所だ。

 まさに海賊の隠れ家にふさわしい様子に、伊織が感心したように笑みを浮かべる。

 が、伊織の目的は場所ではなく王女様だ。

 囲んでいる男達をガン無視してわざとらしく額の上に手をかざして周りを見渡す。

 

「んで? 囚われのお姫様ってどこにいんの?」

「失礼、貴公はグリテスカ帝国の捜索隊なのだろうか」

 伊織に声をかけたのは老騎士オリューザ。

 あまりに伊織の傍若無人な態度に毒気を抜かれたレイア達が止める間もなかったようだ。

「そういうこった。アンタは、海賊には見えないな。クラントゥ王国の人かい?」

「うむ。クラントゥ王国の王女であるターミヤ・レム・サリゼア殿下の護衛騎士を務めるオリューザと申す。グリテスカ帝国への親善訪問の途上で海賊の襲撃を受け、ここにいるレイア殿に保護されていたのだ」

 オリューザはレイア達が襲撃してきた海賊であることは言わず、あえて保護されたと表現する。

 伊織達と面識がなく、彼らが味方である保証もない今の段階でレイア達を敵に回すことはできない。

 

「ふ~ん、保護、ね。まっ、良いか。とりあえず俺達が依頼されてるのはお姫様とその御一行を皇帝陛下のところまで連れて行くことだからな。ってわけだが、全員揃ってるか? お姫様さえいれば事足りるっちゃぁそうなんだが、そういうわけにもいかないだろ?」

「む、それは……」

 護衛騎士の大半と船員たちは別の場所に隔離されている。

 伊織の様子から状況を知られているだろうことは分かっているがそれを口にだすわけにもいかない。

「ま、待ちな! こっちは商売なんだ、勝手な真似させる訳にはいかないね」

 口火を切られてしまい、仕方なしに成り行きを見守っていたレイアが声を上げる。

 王女の置かれている状況に同情の気持ちはあれど彼女達は海賊だ。迎えが来ました、はいそうですかというわけにはいかない。

 それに自分達を無視して話を進められるのも気に入らない。

 

「王国のお姫様を他の海賊から守り、王国と帝国の関係が悪化するのを防いだってことで皇帝陛下が恩賞だか褒賞だかが出るはずなんだが、それで満足してくんないか? 俺達は別に海賊の取り締まりに来たわけじゃないから、お姫様たちを無事に送り届けることができるならいちいち口出しするつもりはないぞ」

「そういうわけにはいかないねぇ。アタシらにも面子ってもんがあるんだ。お姫様を悪い海賊から助けた、皇帝様から褒美をもらいました、バンザイでは済まないんだよ。そんなことになったらアタシらは笑い者さね」

 言うまでもなく海賊など荒くれ者の集まりだ。

 そんな彼女らが嬉々として皇帝からの恩賞を受け取るなど物笑いの種にしかならないだろう。

 

「う~ん、意図はともかく、王国の王女様を保護した連中を皆殺しってのは目覚めが悪いんだが? お姫様にあんまり陰惨な光景を見せるわけにもいかないしなぁ」

「……ずいぶんと侮られたものだねぇ。アタシらなんか雑魚にすぎないってわけかい?」

 レイアの目が剣呑なものに変わる。

 それを向けられた伊織はといえば、ひとつ肩をすくめて懐からタバコを取り出して火をつけた。その仕草がまたレイアを煽っているように映る。

「お姫様のお仲間はアタシらの手の内にあるってことを忘れてるのかい? 合図ひとつでアンタがどれほど速く動こうが少なくない人間を殺すことくらいできるんだよ?」

 レイアが負けじと煽り返す。

 だがこのひとの悪いオッサンがそんなことに動じるわけもない。

 

「全員が顔を揃えているわけじゃないのに手を打たないわけがないだろ? 俺がこんなところでくっちゃべってるだけの呑気な男だと思うなら試してみたらどうだ?」

 レイアの言葉に伊織が返した直後、入江に停泊している大型帆船の方から乾いた破裂音が数回響き、同時に船の甲板から人の姿が海に落ちるのが見えた。

「な?!」

 驚いたレイアがそちらを見ると、一人の男が必死の形相で岸に向かって泳いでくる姿が目に入る。大型船の船乗りを監視していた部下の一人だ。

「おっ、そっちも片付いたか」

「二人しかいなかったから簡単だったっすよ」

 続いて伊織がつぶやき、それに答えたのもレイアの知らない若い男だった。

 その男は護衛騎士を監禁していた家を見張っていた海賊二人の襟首をひっつかんで引きずって歩いてきている。

 

 実は伊織とジーヴェト達が海賊の目を引いている間に別の場所から上陸した香澄と英太が手分けして大型帆船と護衛騎士を解放するために動いていたのだ。

 ふたりともすでに単独でも十分な力量を身に着けており任されても不安は無い。

 香澄は集落とは逆側の浜からスキューバダイビングの装備で海に入り水中スクーターを使って大型帆船まで移動してからロープで甲板まで登った。あとは監視のために甲板にいた海賊数人をあっさりと無力化した。

 英太の方は集落の周囲を覆う森を抜けて近づき、気配を探りながら護衛騎士達が集められている家を特定した。

 そもそも島から簡単に脱出できないために監視の海賊はごく少数しかいなかったので制圧はあっという間だ。

 

 自らが配置した手下が無様に引きづられてくるのを見て察したレイアが、しかし悔しそうな顔どころかむしろ楽しそうに笑みを浮かべる。

「まいったねぇ。只者じゃないとは思ってたけど底が知れない。けど、さぁ」

 心底感心したように言ったレイアは、直後、凶相と言えるほど凄絶な笑みを見せた。

「だからって引くわけにはいかないねぇ。人様に誇れる仕事じゃないけど、それでも命を張っているんだ。相手の脛を蹴り飛ばすこともできずにお情けにすがるくらいなら死んだほうがマシさね」

 レイアは愛用の戦斧を伊織に向ける。

「不器用なこった。けど、まぁ、そういうのは嫌いじゃない。で? お前さんが勝ったら俺達は大人しく引き揚げてこの島のことは秘密にするってことで良いのか?」

 

「話の早い男は好きだよ。アンタが勝ったら何でも命令すると良いさ。けど、女と子供達だけは見逃してほしいね。アタシだけだってんなら性奴隷でも実験動物でも好きに扱えばいいよ。まぁ、アタシが生きていられたら、だけどねぇ」

「お、お頭ぁ!」

「さっさと場所を開けな! 手を出すんじゃないよ!」

 レイアが手の斧を横に振りながら部下を下がらせる。

 こうなると何を言っても無駄な事を知っている海賊たちは、大人しくレイアと伊織から距離を取った。

 それを受けて伊織は吸いかけのタバコを携帯灰皿で消し、腰に刺したナイフを抜く。

 

 向かい合うレイアと伊織は、何故かひどく穏やかな表情で笑みを交わす。

「良いねぇ。アンタ、アタシが今まで見てきた中で一番良い男だよ。その危険な感じもさ」

「そいつは恐縮だな。他に言っておくことはあるか?」

 伊織の問いに、レイアは小さく首を振ると表情を消す。

 そして、斧を振り上げると、伊織まで体ごとぶつけるようにして叩きつける。

「ッシ!」

 ブオン、ドスッ!

 鋭くも鈍い風切り音と斧が砂浜をえぐる音。

 その鈍重にも思える戦斧を、伊織がカウンターを取る間もなく地面を叩いた反動も利用して横に薙ぐ。

 

 伊織はナイフでそれを受けつつ上方に流す。

 だが普通なら体勢を崩すように流されてもレイアはたたらを踏むこともなくスムーズに体重を移動させて更に斧を伊織に向かって振るう。

「大したものだ。さすがは女の身で海賊を取りまとめるだけはある」

「アンタもね。これでもアタシは男に負けたことないんだけど、自信なくしちまうよ」

 かすっただけでも命を奪うような武器を振り回し、受け流しながら交わす会話は場違いに楽しげですらある。

 だがそれも受けるばかりで攻めようとしない伊織に苛立っているようにレイアはますます猛烈な勢いで斧を振るう。

 そして伊織の膝に向けた一撃が外れてわずかにレイアの重心がずれた瞬間、レイアの顔面に伊織の肘が叩き込まれた。

 

「ぐっ!?」

 間髪入れずにレイアの脇腹に伊織の膝が突き刺さる。

 一瞬息が止まり斧を握る手に力が入らなくなる。

 その直後、腕を取られ宙を舞ったレイラの体が勢いよく砂浜に叩きつけられた。

 柔らかい砂地とはいえ受け身も取れない体勢で落とされたレイラは肺の空気を全て吐き出してしまい意識が朦朧となる。

 レイアの目が視界を取り戻したときに最初に目に入ったのは自らの喉に突きつけられたナイフの柄だった。

「まだやるか?」

「……いや、アタシの負けだよ。本気でやってここまで子供扱いされたら認めるしかないさ。約束通りアタシはアンタの性奴隷になってやるよ」

「そんな約束してないぞ?!」

 

 予想外の返しだったのか、珍しく伊織が慌てた声を出す。

「イオリ、サイテー」

「旦那、まぁ、頑張ってくれや。全然羨ましくねぇけど」

 いつの間に近くまで来たのか、リゼロッドとジーヴェトの悪戯っぽい言葉を睨んで黙らせる伊織。

「アタシは別に冗談ってわけじゃないけどねぇ。まぁあんまり女らしくはないから無理にとは言わないさ」

 あっけらかんというレイアだったが、大柄で筋肉質な体型ということを除けばレイアの見た目は決して悪くはない。

 部下たちの中にもレイアに対して思いを募らせている男だって居そうだ。事実周囲の海賊たちの中の数人は伊織を睨んでいる。

 

「とにかくお姫様と、船に乗ってた連中は全員アンタに返すよ。けどできればアタシらが持ち出した積み荷は見逃してくれないかい? そうじゃなきゃ骨折り損なんでさぁ」

「積み荷も取り戻せとは言われてないからかまわないぞ。ああ、王国の誠意を見せるために持参しようとしたって形はあった方が良いから目録だけは残してくれ。ブランゲルトも当てにしてるわけじゃないだろうし、帝国は貧しくもないからな」

 親善使節の贈答品は相手の国に対する誠意の現れだ。過剰であれば侮られるしケチれば礼を欠く。それに不良貴族を処断して私財を没収した帝国の資金は潤沢なので持参しようとしたという事実さえわかれば王国側に文句を言う筋合いでもない。

「旦那の場合、単にまた積荷を戻すのを待つのが面倒なんじゃねぇの?」

「キサマ、なぜそれを?!」

 

 

 一通りの寸劇の後、伊織が改めて老騎士オリューザと向き合う。

「まぁ、そんなわけでこの連中とは話がついたからお姫様たちを帝国にご案内したいんだが」

 本国ではないにしろ、本来なら諸手を挙げて歓迎するべき言葉だ。が、オリューザの表情は厳しいままだ。

 オリューザからすれば親善訪問の相手とはいえ帝国を心底から信用することなどできないし、そもそも伊織達の得体が知れなさすぎる。

 少なくともレイアと比較して伊織を信用できるかと言われれば素直には頷けないのだ。

 それに先ほど見せた武力の片鱗。

 オリューザをして勝てると言い切れる相手ではない。

 ターミヤの身の安全を考えれば迂闊に誘いに乗るわけにはいかなかった。

 

「その前にお訊ねしたい。帝国はターミヤ殿下をどうなさるおつもりか? お恥ずかしい話だが我が国は現在少々問題を抱えておる。クラントゥ王国から求められばすぐさま殿下を引き渡すというのなら帝国に行くわけにはいかん」

「俺達はただお姫様を探しほしいって依頼を受けただけだからなぁ。皇帝陛下がどう考えてるかなんてわからないからソイツは直接訊いてくれ。ただ、ブランゲルトって皇帝はそれなりに話ができる相手だと思うぞ」

「殿下の身の安全と行動の自由を保証してもらいたい。それがなされるまでは貴公に従うわけにはいかぬ」

 頑ななオリューザの言葉に、さすがの伊織も困ったように頬を掻く。

「相変わらず忠誠心あふれる爺さんだねぇ。なぁアンタ、お姫さんたちは王国の権力者に裏切られたらしいのさ。帝国がそんな連中のいる国にお姫さんを帰したらどうなるかなんて目に見えてる。爺さんの心配も理解してやんなよ」

 

 さすがの伊織も肝心の王国の親善使節のが保護を拒否するとは思っていなかったようで難しい顔をして黙り込む。

 そこに別の声が重ねられる。

「オリューザ、わたくしたちを救出に来た方を困らせてはいけません。それに、グリテスカ帝国の皇帝陛下が王国にわたくしたちを引き渡すというのなら抗う意味はありません。まずは陛下に対し誠心よりお願いしてみましょう」

「姫様?!」

「わたくしたちを迎えに来てくださり心より感謝いたします。オリューザがわたくしを気遣うあまり無礼な態度をとってしまったことお詫びします。

 わたくしはこの身をブランゲルト陛下に委ねたいと思います。どうか陛下のもとへお連れください」

「ん~、それならこっちも助かるが、良いのか?」

「はい。いずれにしても今のわたくしたちに状況を変える力はありません。本国に帰るにしろ帝国に逗まるにしろ、陛下の力添えなくしては何もできませんから。

 ただ、一つだけお願いが。彼女達はわたくしが海賊に害されるのを防いでくれた恩人です。罪に問うようなことはしないで頂きたいのです」

 射るような視線でそういうターミヤに、伊織は小さく息をついた。

 

「言った通り、俺達は海賊退治を頼まれたわけじゃないからな。見たところ悪い扱いをされたわけじゃなさそうだし、俺達はこれ以上手を出したりしないさ。ただ、まぁ、海賊なんぞやってればいつかは潰されるぞ」

 頭を掻きながら伊織は途中からレイアの方を向いて言う。

「そうは言ってもアタシ達にも養わなきゃいけない連中がいるんでね。まぁ、その時が来たら諦めるさね」

 レイアの返事に伊織は肩をすくめる。

 伊織としてはターミヤたちに危害を加えていたのなら容赦するつもりはなかったが、どうやらそれなりに丁重な扱いをしていたらしいのでそれ以上は口を出すつもりは無い。

 

「んじゃ、そろそろ準備するか。時間がもったいないから船はこっちで引っ張ることにするが、お姫さんとお付きの女官か? それから護衛は先に帝国まで送っていくことにしよう。それから……」

「ん? 誰か来たようだねぇ。オンザの奴かい?」

 伊織がオリューザに話している途中で、レイアが入江の入口に目を向ける。

 そこには小型の高速帆船と思われる船がかなりの速度で入江に入ってくるのが見えた。

 甲板には大男がレイラの方を向いて大声で何かを叫んでいるようだ。

 そのただならぬ様子に、伊織も言葉を切ってそちらに注目する。

 

 オンザと呼ばれた男は、US-2を見て驚いていたようだが、それでも一直線に浜に近づき、船底を擦る直前にようやく船を止める。

 そして、オンザが船首から飛び降りて、こちらに泳いでくる。

「なんだい、あんなに慌てて」

「オンザさん、今日は確か街に行ってたはずじゃ……」

 レイアが他の手下と眉をひそめる中、しばらくして浜にたどり着いたオンザが、更に急いでレイアのところに走り寄った。

「オンザ、どうしたんだい?」

「お、お頭ぁ、大変です! 若がガリブスの野郎に連れ去られました!!」

 どうやらまだ騒動は続きそうである。

 

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