第118話 女海賊レイア
「ん……」
外から差し込んでくる日の光が寝台を照らし、ターミヤを眠りの淵から引っ張りだす。
「おはようございます、姫様」
「あ、ええ、オリューザ、おはよう」
まだ少しぼんやりした口調で掛けられた声に答え、のそのそと身を起こす。
「体調は大丈夫ですかな? 眠れてはいるようですが」
「ええ、寝台が硬くて少し身体は痛いですが大分慣れましたから大丈夫です。自分で言うのもなんですが、私は結構図太いみたいですね」
ターミヤは身体を伸ばしつつ寝台から降り、戯けるように肩を竦めた。
彼女たちが今いるのは良い言い方をすれば簡素な、正確にとすれば少々ぼろい木造の建物の一室だ。
部屋の広さは6畳ほどだろうか、ひとり用の小さな寝台がひとつとクッションの無い木の長椅子がひとつ、テーブルと椅子が置いてある。当然それだけで部屋はいっぱいであり、他に動けるスペースはほとんど無い。
それでもある程度の掃除はされているようで不潔さはなく、囚われの身であることを考えればかなりの好待遇と言えるだろう。
「海賊に襲撃されたときはどうなるかと思いましたが、こうして無事でいられるのはオリューザのおかげです」
「もったいないお言葉ですが、まだ先の展開がみえませんから油断は禁物ですぞ。とはいえ、ここでこうしていられるのは姫様がまだ天から見放されていない証拠。今は機を待ちましょう」
老騎士は穏やかな笑みを浮かべてターミヤを励ましながら、海賊に襲撃されたときのことを思い返した。
海賊船が甲板にいる者達の表情まで見えるほどの距離まで近づいてくるのにさほど時間は掛からなかった。
船長も操舵士も、いや、全ての船員が懸命に舵や帆を操って海賊船から逃れようとするが、鈍重な大型船が中型船を振り切ることはできない。
海賊船は2本マストのメインマストに横帆が2枚、フォアマスト(メインマストの前方にあるセカンドマスト)に縦帆が張られており、機動性を重視した船であることがわかる。
今は縦帆が張られているフォアマストだが上部にヤード(横帆を張るための棒)があり、船足を速めることもできる構造のようだ。
ちなみに簡単に説明すると、基本的に帆船というのは追い風を受けて進むものであり、風を最も効率よく受ける事ができるのは横帆と呼ばれる左右に大きく張り出した帆だ。帆船と聞いて真っ先に思い浮かべる帆の形だろう。
だが、前話でも触れたが、船底を船首から船尾まで山形に深くなっている竜骨と舵で受ける水の抵抗を利用して、風上方向に船を進めることもできる。
横帆は大きく横に張り出しているために動かせる角度には限りがあるが、縦に3角形の帆を張る縦帆は自在に風を受ける角度を調整できるため風上に切り上がって進むことができるのだ。現在でも競技やレジャーでも使われるヨットの帆を思い浮かべてくれ。
帆船というのはこの横帆や縦帆を広げたり閉じたり、角度を変えたりしながら進む船なのである。
この組み合わせによって速度重視か機動性重視か、用途に合わせた船が造られるというわけだ。
海賊船は目的に応じて帆装を変えられるようで、どちらにしても現在の風では逃げられそうにないということは間違いない。
「護衛兵は4名で船倉の入口を、残りは姫様のいる船室を守れ! 先に攻撃はするな! 船員は海賊が取り付いたら操舵室の周囲で大人しくしておれ。無理に抵抗しようとせぬようにな!」
オリューザがそう指示した直後、正面から接近してきた海賊船が船の右舷側に大きく逸れたかと思ったらその場で転回し、併走するように船を並べる。
ドンッ!
船体が接触して大きな音が響く。
だが余程上手く接舷したのだろう、衝撃はそれほどなく、船体にも損傷はない。海賊船の方はかなり操船の腕が良い。
そしてとうとう、ロープが付いた鈎が投げ込まれ、海賊達が雪崩を打って乗り込んできた。
「ぬ?!」
乗り込んできた海賊は20人ほど。
それぞれ手に刃渡り50センチほどの反りのある片手剣を持っている。ごくオーソドックスな海賊スタイル。
最後に一際大柄な、筋骨隆々の男が甲板に上がる。
甲板が海賊船よりも高いためにいくつもの梯子がかけられ、海賊船からはこの船の甲板の様子が見えなかったために状況がわからなかったのだろう、乗り込んだその場から見えた光景に思わず声をあげる。
甲板に見える人影は海賊達の他にはたったひとりだけ。
船尾側の船倉出入口近くには数人の武装した兵士が見えるし、船首側にある
「ふむ。思ったほど多くはないか。一応目的を聞いておこうか。積荷や財宝が目当てならば引き渡すのも吝かでない。無駄な争いをしたくないのでな、それで引いてくれるのならありがたいのだが」
口調は穏やかそのもの。表情も淡々としている。
だが、纏う空気は触れれば即座に斬れそうなほど張り詰めて、裂帛の気合いが籠められている。
多くの修羅場を経験しているであろう海賊達をして踏み出すことができずにいるほどだ。
「チッ! 楽な仕事かと思ったがそうはいかねぇか」
こぼしながら大男が他の海賊達を押しのけて前に出る。手に持っているのは巨大な鉈のような片刃の剣だ。
「貴殿が海賊共の首領か? 重ねて問う。積荷と財はくれてやる。代わりにこの船と乗員は見逃してもらいたい」
「へっ! もちろん積荷は残らずいただくつもりだが、目的はこの船に乗ってるっていう王女様だ。積荷とそのお姫様を引き渡してくれるってんなら他の奴等は見逃してやるよ。もちろん船も開放してやるし、最低限の水と食料も残してやるさ」
気圧されて動けない下っ端と違い、男はオリューザの圧をものともせずに言ってのけた。
「それは聞けんなぁ。殿下が目当てなら引くわけにいかぬよ」
そう応じると、オリューザは腰の剣ではなく、索を絞るために使う木の棒を手に取る。
「……殺すには惜しい爺さんだな。けどこっちも仕事なんでなぁ、王女様は悪いようにしねぇからよ。だから、安心して死になっ!!」
ガッ! ドガン!
「チッ!」
言葉を終えると同時に男が一気に距離を詰め、オリューザを両断する勢いで大鉈を振り下ろす。
オリューザはその大鉈の横腹を棒で払い、勢い余った鉈が甲板にぶち当たり穴を開ける。
男は舌打ちして振り切った大鉈を今度は横薙ぎに振るうが、それもオリューザによって上に跳ね上げられる。
頑丈な種類の木とはいえ、斧と見紛うほどの大鉈を、それも相当な力自慢の一撃を正面から受ければひとたまりもない。
老騎士はそれを技で受け流すと、瞬時に攻勢に転じる。
「ぐっ! ぐはぁっ?! このっ! て、てめぇら、なにしてやがる! このジジイをやれ!」
大鉈の一撃をいなされてわずかに態勢を崩した隙を見逃さず、オリューザが大男の膝に棒を叩き付け、痛みに怯んだ脇腹をさらに殴打する。
体格の違いもあり致命の一撃ではない。だが、大男が痛みを堪えて大鉈を振るってもオリューザの身体に届くことはなく、振るう度に手や足、腹に打撃が加えられていく。
明らかな力量の差に、大男は周囲で見守るばかりだった海賊達を怒鳴りつけ、部下達も慌ててオリューザを囲もうと動き出した。
だが、幾度も戦場を経験し、その度に生き残ってきた老騎士からすれば乱戦こそ望むところ。
老人とは思えない身のこなしで海賊達の間をすり抜けながら腕や足に棒を叩き付け戦力を削っていく。
海賊の何人かは弓でオリューザを狙おうとするが、海賊達の間を縦横に動き回られては射掛けることもできない。
それどころか、時折弓を持つ海賊に肉薄しては腕を打ち、弓を叩き折る。
「っ?!」
不意に感じた悪寒に振り向いたオリューザに、どこからか斧が投げつけられ、間一髪で身を躱す。投げつけられた斧は他の海賊に当たることもなくマストに突き刺さっていた。
「やるねぇ。船の上にいるのが信じられない爺様だよ」
背後から狙われたにもかかわらず見事に躱してみせたオリューザに称賛の声をかける声。
「……うむ、燃えるような赤髪、貴殿が話に聞く赤髪のレイアか」
声の主に目を向けたオリューザの問いに、レイアと呼ばれた女がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
簡素な胸当てと腰巻きで女性であることはわかるし、顔の造形はなかなかに整っている。
だが、オリューザよりも拳一つ分は高い身長と並の船乗りを大きく上回るほど筋肉が盛り上がり、女性的な優美さよりも偉丈夫という形容の方が相応しい外見をしている。
肩まであるボサボサの髪は燃えるように赤く、剥き出しの肌は大小いくつもの傷痕で被われていた。
「これ以上手下を怪我させたくないんでねぇ。大人しく降参してくれないかい? アンタにもお姫様にも悪いようにしないからさぁ」
「それを信じろと?」
「あははは! 良いねぇ、その用心深さは好きだよ。けど、わかってると思うがアンタ達は売られたんだ。ここでアタシらが引いても次が来るよ? そっちはアタシらみたいに大人しくないんだが、どうする?」
「……殿下の安全の保証と儂を含めた近侍の者を引き離さぬことが最低条件だ。それから船員達も無事に解放してもらいたい」
「注文が多いねぇ。けど、まぁ、いいさ。アタシの矜持に賭けてお姫様に手は出させない。解放できるかどうかはこの先の交渉次第だがねぇ。船と船員の解放もその後の話だね。とりあえず水と飯は用意してやるけど、武器は渡してもらう。爺さん以外の護衛はふたりだけ認めるが、それ以外は別の場所で監視させてもらうよ。それでどうだい?」
レイアの言葉に答える代わりに、オリューザは腰の剣を外して投げ渡した。棒は手に持ったままだ。
投げられた剣を片手で受け取り、レイアは足を押さえて膝を着いていた大男に怒鳴る。
「オンザ! 大袈裟に痛がってないで怪我した連中を船に戻して先導しな! 他の連中が来る前に航路を外れるよ!」
「へ、へいっ! 痛ぅ、くそっ、おら、テメェらもさっさと船に戻りやがれ! 南に廻ってから帰るぞ!」
オンザと呼ばれた大男はオリューザに打ちすえられた膝を引きずりながら海賊船へ戻っていく。怪我をした海賊達もだ。
無傷の海賊とレイアはこのままこの船に残るつもりらしい。
「おい、この船の連中も持ち場につきなぁ! アタシらの船の後をついていくんだよ!」
レイアの言葉に戸惑う船員達だったが、オリューザが頷いたことで渋々指示に従うのだった。
「これまでは約束が守られておりますから当面は安全と考えてよろしいでしょう。問題はどうやって本国に帰るか、ですが」
海賊の襲撃を受けたのは5日前。
アジトと思われるこの場所に到着してから3日が経過している。
正確な位置はわからないが、帝国の南方にある群島のひとつが海賊達の隠れ家になっているようで、それほど大きな島ではないが周囲は断崖に囲まれ、大きな入り江があり、その入口も断崖で目隠しされているという海賊達にとっては絶好の場所といえるだろう。
入り江もそれなりの水深があるようで、ターミヤ達の乗って来た大型船を含めた全ての船が入り江に停泊している。
それだけに入り江への出入りにはかなりの操船技術と、陸地からの補助が必要となるようだ。
島には小さな集落のようなものがつくられており、数人の老人が管理しているようだった。
おそらくは拠点はここだけでなく他にもあるのだろう、女性や子供、若者の姿は見えないので海賊達は別の場所で生活していると思われる。
人質あるいは商品であるターミヤ達をいきなり本拠地に連れてくるわけがないのでそれも納得である。ましてや船乗りというのは太陽や星の位置で現在地を把握することに長けている。皆殺しにするつもりでもなければ重要な拠点には連れて来られないだろう。
ターミヤ達に宛がわれたのは普通の民家の建物だ。
部屋数は3つで、襲撃を警戒してオリューザはターミヤと同じ部屋。侍女達は残りのふたつの部屋で寝泊まりしている。
護衛として許された2名の兵は隣接する物置を簡単に補修して部屋とした。
残りの護衛は少し離れた民家の建物に押し込まれているが数名の海賊が監視として残っており接触はできていない。
もちろん数名程度の海賊ならばオリューザにとって脅威とはいえないのだが、強引な手段を執れば約束がどうなるかわからないため今は大人しく従っているという状況である。
当面は様子見を続ける以外に方法は無く、装飾品や衣服なども最小限の物だけを残して全て海賊に引き渡したために侍女達もほとんど仕事がない。
先行きが不安で仕方がないといった様子だが、ターミヤもオリューザも希望を捨てていない。
現状でこの島から脱出するのは不可能だ。
ターミヤ達の船の船乗りも高い技術を持っているがそれでもこの入り江から脱出するには海賊達の支援無しでは難しいし、オリューザと護衛の兵士10名だけで全員を無事に船に乗せることも無理だろう。
幸い赤髪のレイアは女性に危害を加えることがないというのは有名な話であり、ここまでの対応を見てもそれは事実だと思われた。
問題はレイアの目的が未だにはっきりわからないことだ。
「邪魔するよ!」
今後の事についてオリューザが口を開こうとした直後、家の入口から声が響き、ドカドカと足音が近づいてきた。
そしておもむろに扉が開かれる。
「……ノックぐらいはして欲しいものですな」
「品がなくて済まないねぇ。まぁ、囚われの身なんだから細かい事は我慢しておくれよ」
赤髪のレイアはそういって笑いながら椅子を引っ張りだすとどっかりと腰を下ろす。
「3日ぶりですな。それで、何用ですかな? 我等の処遇でも決まりましたか?」
皮肉っぽくオリューザが言うと、レイアは悪びれる様子もなく肩を竦める。
「なんだよ、ほっぽっといたのが気に入らないのかい? 言っただろ? アンタらを狙ってるのはアタシらだけじゃないって。正確に言うとアンタらを狙ってたのは別の連中で、アタシらはそれを横取りしただけなんだけどさ」
レイアがあっけらかんと言った言葉にオリューザとターミヤが愕然とする。
「なんだと?! それでは貴殿はオランザ殿下から依頼されたわけではないのか?」
「ん~、そのオランザってのが誰のことかはしらないけどさ、アタシらはアンタらがあの海域を帝国に向かうから襲撃しろって依頼を聞きつけたから、依頼を受けた連中の足を引っ張ってアンタらを横取りしたってわけさ。あんな連中がお姫様やお付きの女をどんな扱いするかわかりきってるからねぇ。それにこれ以上あの連中に力をつけさせたくないんだよ」
レイアの話を要約するとこうだ。
元々ターミヤの襲撃を依頼したのは別の海賊に対してだったのだが、その海賊とレイア達は海賊同士とはいえ対立する関係だったらしい。
無骸のガリブスと呼ばれるその海賊は残忍で必要以上に人を殺し、女は死ぬまで陵辱するという、海賊の中でも特に悪名高い連中だということだ。
ここ数年は帝国の腐敗や混乱で南方海域の警備が薄くなっており治安が悪化。帝国の目が行き届かないことをいいことにガリブスが力をつけているらしい。
レイアとしてはこれ以上ガリブスに力をつけられては困るし、女が酷い目に遭うことがわかっていて見捨てるのも目覚めが悪い。さらには日頃何かと対立しているガリブスに一泡吹かせたいというのも手伝って今回の襲撃となったらしい。
「なんともはや。それで、貴殿はどうするつもりだ? 依頼を受けたのが別の者なら依頼金は受け取れぬだろう。それとも改めて儂等を売るつもりか?」
なんとも言えない動機に、オリューザは呆れ混じりに訊ねる。
「そのことなんだけどねぇ。最初はアンタらの国に王女様と引き替えで身代金の交渉しようと思ってたんだけどさ、どうも変な感じなんだよねぇ。一国の姫様が掠われたってのに捜索隊を出す気配が無いんだよ。それどころか逃げちまった護衛の船は戻る途中で沈んじまってるらしい」
「?!」
「ってことは、だ。アンタらを国に返しても面倒なことになりそうなんだよね。下手をすればアンタらは帰った途端に殺されて、アタシらも巻き込まれるかも知れないってわけだ」
レイアの言葉にターミヤとオリューザが顔を見合わせて難しい顔をする。
ターミヤを狙う相手には心当たりがある。
ターミヤの兄であるオランザ王子。
優秀で頭が切れる反面、気位が高く、野心が強い。
だから長子でありながら未だに立太子しておらず、第2王子との間で後継者争いが起きている。
今回、ターミヤが帝国を訪問するのは帝国との関係を深めて交易を活発化させることでクラントゥ王国の経済を発展させる目的がある。
これは現国王であり父の意向を受けてのものだが、それに反発しているのがオランザ王子だ。
オランザはむしろ帝国周辺国と同盟を組んで帝国を滅ぼし、南方の海洋貿易を掌握するべきだと主張していた。特に皇帝が代わり、混乱している今が好機だと。
無論それは現王によって退けられ、同じく穏健派である第2王子が近く立太子すると宮廷内では噂されている。
「それで、どうするつもりかな? 儂等を開放すれば少なくとも巻き込まれるのは回避されるだろう。身代金は取れずとも帝国への贈り物や他の積荷で充分な利益は得られたはず。骨折りの対価は得られているのではないか?」
オリューザとしてはここで解放されても困るのが正直なところだ。
「それなんだが、帝国と交渉するつもりさ。今の皇帝はかなりのやり手のようでねぇ、少なくともアンタらの国と接触するよりは安全だろうさ」
「それはどうかな? 今の姫様にそれほど利用価値があるとは思えぬし、下手をすれば王国と戦争になるかもしれん」
「まぁダメ元で繋ぎをとってみるさね。ダメなら他を当たることにするよ」
レイアに悲壮感はまるでない。むしろ困難な状況を楽しんでいるかのように獰猛な笑みを浮かべている。
「あの、何故そこまでしてくださるのですか?」
ターミヤとしてはレイアが危険を冒してまで彼女達を保護しているような状況が理解できない。
「別に大した理由なんてないさ。気に入らないから邪魔するし、気に入ったから手を貸す、それだけだよ。アタシも女なんで、クソみたいな男が女を喰いものにするのは嫌いだからねぇ。苦労知らずのお嬢さんってのは好きじゃないが、アンタみたいに芯のある娘は嫌いじゃないさ。それに……」
レイアは言葉を途中で止め、しばし虚空に目を向けたかと思えば、おもむろに立ち上がった。
「悪いが今日のところは話はここまでにさせてもらうよ」
そう言うと、返事も聞かずに部屋を後にする。
「ど、どうしたのでしょうか」
「さて、何かあったのか、しかしなにも、む?」
戸惑いの表情を見せるターミヤにオリューザも疑問を口にするが、それも途中で言葉を切り、老騎士が窓から身を乗り出した。
「何か聞こえますな。だんだん大きくなる……」
その言葉に応えるように、どこからかゴーっという音が微かに聞こえてくる。
「あの慌てようでは赤髪のレイアの一味というわけではなさそうですな。どれ、様子を見てくるとしましょう。姫様は……」
「私も行きます! 無理はしませんから連れて行ってください!」
オリューザはしばし考え、物陰に隠れることを条件に了承する。
何が起きているかわからない以上、目の届く範囲に居てもらったほうが対応しやすいと考えたのだろう。
オリューザ達が民家の外に出ても、それを止める声が掛けられることはなかった。
それどころか、海賊達やこの集落の老人達は一様に空を見上げて呆然としている。
「なんだ、アレは?」
「お、オリューザ……」
海賊達と同じ方向に目を向けたふたりも理解できない光景に言葉を失う。
あり得ない大きさの巨大な鳥のような物が旋回しながら入り江の方に近づいてきている。
そして、ソレは海賊達の見ている前で入り江のど真ん中に着水。そしてそのまま水面を滑るように浜辺まで進んでくる。
聞いたことのない爆音と見たことのない代物。
「お、お頭ぁ……」
「っ! お、オタオタするんじゃないよ! 剣を取りな! アタシの斧もだよ!」
一番先頭に居たレイアに、手下のひとりが恐る恐る声を掛け、我に返る。
慌てて指示を出したものの、あまりの事態にレイア自身もどうしていいのかわからずにいるようだ。
「ふむ、儂が行こう」
「?! じ、爺さん、アンタ、アレが何か知っているのかい?」
「どうやら貴殿とは情報網が異なるようだ。儂も帝国に駐在している者からの報告を聞いただけだが、新しい皇帝に力を貸している異国人が居るらしい。その者達は広大な帝国をわずか一日で移動する空飛ぶ荷車を持ち、万を超える軍勢を半刻も掛からず壊滅させ、一国の王宮を灰燼となしたそうだ。俄には信じがたいが、アレがそうならば納得するというもの。
帝国の皇帝陛下の意を汲んで動くという異国人であれば、海賊の貴殿より儂の方が良かろう?」
オリューザの言葉に、レイアも港で交わされていた眉唾としか思えなかった噂を思い出した。
老騎士の提案にどう答えるべきか、考えを巡らせていたレイアの眼前で、浜に乗り上げた巨大な鳥形のモノの胴体が開く。
そして、中から3人の男女が姿を現した。
「お~ぉ、秘密基地って感じで良いねぇ! んで? 囚われのお姫様ってどこにいんの?」
ひどく暢気な言葉と共に。
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