第117話 皇帝陛下の依頼

 穏やかな紺碧の海原を4本のマスト帆柱を持つ大型船1隻と3本マストの中型船2隻が滑るように進んでいく。

 陸地は遠く、マストに設置された一番高い見張り台からでも微かに波間に見え隠れするばかりで甲板から見えるのは深い青色の海と、わずかに色合いの異なる群青の空、そしていくつか浮かんでいる真っ白な雲だけだ。

 その船団の中心、大型船の甲板で眩しそうに頭上に手を翳して日差しを遮りながら若い女が船の進む先を見つめていた。

 

「やはりまだ落ち着きませぬか?」

 そう背後から女に声を掛けたのは初老の男だ。

 騎士風の装束ながら防具は身につけておらず、腰にシミターに似た反りのある片手剣を佩いている。

「いえ……グリテスカ帝国まではあとどのくらいなのでしょう」

 男の質問をはぐらかすように女が微かに笑みを浮かべて訊ね返す。

「良い風が吹いておりますからな。このまま順調にいけば明日の昼にはキーリャという帝国の港湾都市に着けそうだという話ですぞ」

「そう、ですか」

 質問に大した意味は無かったのだろう。女は海を見つめたままそう言ってまた口を閉ざした。

 

 男はそれ以上何も言わず女と同じ方向に目を向ける。

 そのまましばらく沈黙が続き、フッと小さく息を吐いて女は首を振った。

「雄大な海を眺めていれば気持ちも落ち着くかと思いましたが、私には無理なようです。ごめんなさい、オリューザ。貴方には心配をかけてばかりで」

「儂のような老骨に気を使う必要などありませんぞ。むしろ姫様はもっと泣き言をこぼすくらいが丁度良いかと」

 冗談めかしたオリューザの言葉に、姫様と呼ばれた女がクスリと笑みをこぼし、だがすぐに表情を引き締める。

 

「わたくしの使命を考えれば泣き言など言っていられません。なんとしてもグリテスカ帝国との繋がりを持たねばなりませんから。そのためならばわたくしはこの身を捨てる覚悟です」

「ターミヤ様、そのように気負っていては上手くいくものも失敗しますぞ。それに帝国との関係を深めることが唯一の方法とまでは言えませんからな。なにより、使命感ばかりでは帝国の皇帝陛下にも失礼でしょう」

 オリューザの返しにターミヤはハッとしたように顔を見つめ返し、恥じ入るように目を伏せる。

 

「そう、ですね。やはりわたくしは未熟です。この様では皇帝陛下に気に入っていただくことなどできませんね」

「なに、姫様は充分に魅力的ですとも。それに噂ではブランゲルト陛下は未だ正妃を迎えてはおられませんし、皇位に就いてからはそれどころではなかったでしょう。愛妾くらいは居るでしょうが、高位貴族達が軒並み粛清されたために正妃は他国から迎えるはず。ターミヤ様が真摯に向き合えば無碍にはされないでしょう。儂がもう30も若ければ掠ってでも手に入れたいと思ったかもしれませんぞ」

「もう! オリューザは冗談ばかり。でも、そうですね。自国のことしか考えていないような女を帝国の皇帝陛下が選ぶわけがありません。共に発展する方法を考え、陛下に寄り添う気持ちを持たなければなりませんね」

 何か心に落ちる部分があったのかターミヤはそれまでの張り詰めた表情がほんの少し柔らかなものに変わった。

 

 カーン、カーン!

 不意に見張り台から鐘の音が響く。

「船だ! 右舷10度! 2本マストの中型! 数1!」

 見張りからの報告が続く。

 この海域は大陸の南部と西部を繋ぐ航路となっているため船の往来は珍しいことではない。

 帆船というのは必ずしも風上から風下にしか動けないわけではない。船底のキールと呼ばれる部分が受ける水の抵抗と風を受ける角度を帆で調節することで横風であっても前に進むことができるし縦帆と呼ばれる三角帆を持つ船ならば風上に向かって帆走することも可能だ。

 だから季節を問わず南からの風が吹いているこの海域は東西どちらに向かう船も行き来しているのだ。

 しかし、帆船は急激な方向転換は難しく、風や潮の流れで予期せぬ方向に流されてしまうことがあるため、こうして船がすれ違う際にはできるだけ接近しないように早めに進路を調節する必要がある。

 だから今回も見張り台からの報告に操舵手は左側に舵を切って距離を保とうとした。それが一変したのは直後に見張り台から響いてきた緊迫した声が合図だった。

 

「接近してくる! 真っ直ぐ向かってくるぞ!! 救援旗無し!」

「海賊かもしれん! 僚船に信号を送れ!」

 船長が声を張り上げ、船員が両側にいる護衛船に旗で合図を送る。

 通常の船、商船が海上で他の船に接近する事はほとんど無い。船が接触してしまうような事態になればただでは済まないからだ。お互いにその認識があるので不用意に近づかないようにする。

 例外は船が故障したり、水、食料が枯渇するなどの緊急事態に見舞われた船が救援を求める場合だが、その時はマストや船首、船尾に救援旗と呼ばれる赤く染め上げた旗を掲げることになっている。

 後は、滅多にないが海域近くの国が臨検を行う場合もあるが、船が一隻だけというのはあり得ない。

 残るは商船を狙った海賊だ。

 

 だが海賊が護衛船を伴った船を襲うことは無い。

 返り討ちに遭う可能性が高いのだから当然である。

 だからこの船の乗組員達も、不審な船の接近に緊張はしてもそこまでの危機感は覚えていなかった。

 送った合図を見た護衛船2隻が離れていってしまうまで、だが。

「ど、どういうことだ?! ご、護衛船が、タッキングして離れていきます!」

「なんだと?! 向こうの船に向かっていったのではないのか!」

「接近船が、針路を塞ぎます! 海賊です!」

 パニックに陥る船長と船員達。

 無理もないだろう。

 グリテスカ帝国へ親善訪問するために王女たるターミヤが乗船しており、その護衛のために2隻の護衛船を伴っていたのだ。護衛船にはそれぞれ数十名の騎士が乗船しているはずだ。

 なのに、海賊が現れた途端、護衛船が逃げ出してしまうなど想像できるはずがない。

 

「姫様、船室へ戻られよ。儂が合図するまでは外に出ぬよう」

 真っ青な顔で立ち尽くすターミヤにオリューザが強い口調で促した。

「オリューザ?! い、いったい何が……」

「どうやら儂等は嵌められたようですな。事前に海賊共に姫様が通ることを伝え、海賊が現れれば護衛船を引き払う。なるほど、だからこの船に近衛騎士を置かなかったのですな」

 オリューザの言葉通り、この船には護衛の兵士は10名ほどしか乗っていない。

 本国を出る際、ターミヤの周囲にあまり武装した騎士がいるとただでさえ慣れない船旅が余計に落ち着かなくなるだろうという配慮であり、オリューザも納得していたのだが、こういう思惑があったらしい。

 

「まさか……そんな……」

 愕然とするターミヤに、オリューザがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「あの方はどうしても受け入れることができなかったようですな。ですが、思惑通りというのも些か面白くない。せいぜい足掻くとしましょう。なに、老いたりとはいえ儂とてかつては王国最強などと祭り上げられましたからな」

 その顔は先程までの穏やかそうな好々爺のそれではなく、いくつもの死線をくぐり抜けてきた歴戦の古強者のものだ。

「だ、駄目です! そんな……」

「心配は無用。海賊などにくれてやるほど儂の命は軽くない。姫は船室に居れ。良いな、儂が声を掛けるまで決して開けるでないぞ」

 かつて戦鬼と怖れられた老戦士の気合いに押され、ターミヤはそれ以上言葉を発することができず甲板を降りていった。

「さて、姫にはああ言ったが、優先すべきは姫の命よの。となれば無闇に殺すわけにはいかぬか。難儀なことだ」

 こぼすオリューザの顔は、それでもどこか楽しげに写った。

 

 

 グヴィィィィィン……。

「ひゃぁぁっほぅぅ!!」

 ハーフタイプのウエットスーツを下だけ履いた英太が波の頂点で大きく弧を描いて宙返りをかます。

 乗っているのは立って操縦するタイプの一人乗りジェットスキー。今はウェーブランナーと呼ばれているが、アクティブな曲乗りができるこの水上バイクを英太は大層気に入ったらしく大はしゃぎで乗り回している。

 その反射神経と運動神経はさすがと言うべきで、これまで乗ったことがなかったにもかかわらずわずかな時間で自分の手足のように操って見せていた。

 

 その英太の向こう側では香澄がルアを後ろに乗せて大型の水上バイクで海面を切り裂いている。

 香澄はハーフタイプのウエットスーツ(上下)、ルアはワンピースタイプの水着、ある特定の層には絶大なる支持を得ているいわゆるスクール水着にライフジャケットを装着している。

 ルアも楽しんでいるようで、少し離れた浜辺にも歓声が聞こえてくるほどだ。ひょっとしたら戻って来る頃には声が嗄れてしまっているかもしれない。

 そして、集団の中心たるオッサンはというと、ビーチパラソルの下でビーチチェアに寝そべりながら右手に黒ラベル、左手には炙ったカワハギ。

 まんま昭和な家族サービス中の親父である。ちなみに服装はというと、甚平姿なのだから異世界にそぐわないったらない。

 

「旦那ぁ、俺ももう一本もらって良いか?」

「あ、私も頂戴! ヱビスね、金色のやつ。ジーヴェト、ついでに取って」

 年少組の元気の良さを見てから年長組を見るとギャップが酷い。

「若い連中は元気だねぇ。このところの騒動で俺はぐったりだぜ」

 ジーヴェトがスーパードライの缶を開けながら愚痴る。

「何言ってんのよ。ほとんどイオリとエータが動いて、アンタは付いてっただけじゃない」

「ほっといてくれよ。しょうがねぇだろ、旦那のお仕置きで動けなかったんだから。ったく、なんだよあれ、3日も立てねぇから危うく漏らすとこだったんだぜ」

「アレは伝説の勇者が編み出したという異世界式電気アンマという奥義だ。魔王の側近を無傷で陥落させた素晴らしい技らしいぞ」

 カワハギをムシャムシャと齧りながらそう嘯く伊織を呆れた目で見るリゼロッド。

「また適当なこと言って。まぁ、面白かったから良いけどね」

「良くねぇよ!」

 そんなふざけた会話を交わしながら、今度はバナナボートに乗ってはしゃいでいるルアを目の端に捉えながらのんびりとした休日といった様相である。

 

 伊織達が楽しんでいるのは港湾都市であるキーリャの郊外にある海辺だ。

 どうやらこの異世界でも海で楽しむという文化はあるらしく、浜辺には複数の男女や子供が遊んだり泳いだりしている。

 温暖な帝国の、それもさらに南部ともなれば元々衣装は露出が多くて健全な男子高校生である英太は目のやり場に困った挙げ句、必要以上に香澄の顔ばかりを見つめて照れたJKに足をゲシゲシと蹴られたりしていたのだが、ビーチともなればその比ではなく、ほとんど下着姿の男女が、もちろん透けない合成繊維などがあるわけもなく濡れてスッケスケの恰好を見て真っ赤になって視線を地面に固定していたために蹴躓いて香澄を押し倒したりした。

 なかなかラッキーな青春模様である。

 

 マレバス王国の王宮を木っ端微塵に爆破した伊織達は、混乱に乗じて王国に侵攻したりしないよう周辺国に釘を刺して周った後、働いた分はしっかりと休むとばかりにバカンスに来たというわけだ。

 伊織達の尽力、というか、圧倒的な武力を目の当たりにした周辺国や国内の不穏分子もすっかり大人しくなったこともあり、帝国の情勢は急速に落ち着きを取り戻している。

 後はブランゲルトを中心とした帝国の貴族や官吏達がするべき仕事だろう。

 伊織の当初の目的である、ジュバ族が暮らす砂漠地帯に戦火が及ばないようにする状況はほぼ成ったと考えて良い。

 だがせっかく来たのだから帝国内の古代遺跡もいくつかは見て回ろうということでもうしばらくは滞在する予定となっている。

 今は内務や各領地の官吏達が遺跡に関する資料をまとめてくれるというのでそれを待つくらいしかすることがない。時折ブランゲルトから各地への送迎を依頼されたりもするが。

 

「にしても、さすがに連日ビーチで駄弁るのも飽きるからそろそろ何かしたいんだよなぁ」

「のんびりするのが良いって! 旦那が動くと絶対また何かに巻き込まれるから!」

「ごめん、こればっかりは私もジーヴェトの意見に賛成。ただ、ねぇ、イオリが動かなくても結局巻き込まれるのよねぇ。ほら」

「……うげぇ。マジかよ」

 言いながらリゼロッドが通りの方を顎でしゃくり、そちらに目を向けたジーヴェトが心底嫌そうな呻き声をあげた。

 

「あ、あの、い、忙しいところ誠に申し訳ありません!」

 浜辺の手前で馬を降りた兵士が伊織達の所に真っ直ぐ駆け寄り、直立不動で敬礼しながらそう声を掛けてきた。

 当然ながらどこをどう見ても忙しくなどない。

「皇帝陛下から、イオリ殿に至急願いたい儀があるので領主邸へお越しいただきたいと」

 ひと息にそこまで言うと、兵士は緊張のためガチガチになりながら返答を待つ。

 どうやら帝国内外に伊織達の所業が伝わっているらしく、このところ兵士や官吏は彼等をひどく畏怖しているようだ。

 まぁ、当然ではある。

 なにしろ仲間を誘拐しようとして、それも未遂に終わったにもかかわらず1万を超える軍を完膚無きまでに叩き潰し、王宮まで瓦礫の山に変えたのだ。

 そんな相手の気分を害してしまえば事は自分だけに留まらないわけである。

 

「やれやれ、まぁ、暇だし?」

 面倒そうな言い種ながら、いそいそと立ち上がる伊織。つくづく退屈が苦手のようである。

 兵士の姿が見えていたのだろう、英太達も海から戻ってきて、事情をリゼロッドから聞くと素早く水上バイクを片付け始めた。

「あ~ぁ、エータもカスミもどんどんイオリに行動が似てくるわよね」

「はぁ~、だな」

 リゼロッドとジーヴェトの呟きは彼等に届くことなく消えていった。

 

 

 

 港湾都市キーリャを治める領主レブラン伯爵の邸宅にブランゲルトは逗留している。

 伯爵の陞爵や領地の加増に伴う手続きや、通商を行うことになった国々への新たな航路の調査などの諸問題に対応するためである。

 本来ならブランゲルトが直接出向く必要などないのだが、伊織達がキーリャに滞在しているため、ブランゲルト自らがお目付役のような形で来ているのだ。

 と言っても、2日に一度は伊織か英太が帝都まで送迎して重臣達の報告を聞いたり指示を出したりしているので特に問題は無い。

 

「楽しんでいるところ呼び立てて申し訳ない」

 応接室に通された伊織達は、着くなりブランゲルトからそう切り出された。

「少々困ったことが起きた。貴公等の力を借りたい」

 ブランゲルトから直接力を借りたいと言われるのは珍しい。それだけ緊急事態と言うことなのだろう。

「帝国から西にクラントゥ王国という国があるのだが知っているか?」

「いや、そっちは行ってないからな」

「貴公が居たというオルスト王国と帝国のちょうど中間にある国だ。山脈と南海に挟まれた国土で鉱物資源が豊富な他はそれほど特徴があるというわけではないが、国力はそれなりに高くて、大昔には帝国と海で一戦を交えたこともあるらしい」

 ブランゲルトはまずクラントゥ王国という国から説明を始める。

「近年は帝国とも船による交易が盛んになっていて関係は悪くない。鉱石の製錬、加工技術も優れていて、帝国としても重要な商売相手でもある。

 その国の第2王女であるターミヤ・レム・サリゼア殿下が余の戴冠の祝いという名目で親善大使として訪れることになっていたのだ」

 そこまで言って一旦言葉を切るブランゲルト。

 

「そういう言い方をするって事は、その王女様が来れなくなったのか?」

「うむ。来られないというよりは、クラントゥ王国を出立したという知らせは受けているのだが予定日を過ぎても到着しておらぬのだ。となれば、途中で何か起こったとしか考えられぬ。クラントゥ王国からここキーリャまでは船でおよそ10日ほど。だがこのところ海は穏やかで遭難というのも考えづらい」

「他に何か考えられる事って無いんですか?」

 香澄の質問に、今度はレブラン伯爵が答える。

「考えられるとすれば、海賊でしょうな。キーリャの沖合から西には時折海賊が出没して商船を襲うのです。南海にはいくつもの島がありますが、そのいずれかに拠点があるのだろうと考えているのですが見つかっておりません」

「仮にも王女が乗っているなら護衛の船くらいは一緒に居るんじゃないのか? そんな船を海賊が狙うかね?」

 そこまで黙って聞いていた伊織が眉根を寄せる。

 

「普通は狙いません。基本的に海賊は素早く逃げられるように一隻の船で行動しますから、複数の船からなる船団を襲うはずがないのです」

「だが、クラントゥ王国も一枚岩ではないのでな。情報によると外交方針でいくつかの派閥が対立しているらしい。

 今回の親善訪問も帝国に対してなんらかの働きかけをする目論見があったはずだ。なんらかの妨害があったとも考えられる」

「大使に未婚の若い王女を寄越しただけでも垣間見えますが」

 

「で? 俺達に何をさせたいんだ?」

「無論、ターミヤ殿下の捜索だ。帝国として落ち度があったとは考えていないがクラントゥ王国に難癖をつけられてはたまらんし、海賊を放置していたと言われかねんからな」

 ブランゲルトの言葉に伊織は珍しく難しい顔で首を振る。

「もし襲ったのが海賊だとして、王女さんが無事に済んでいるとか限らないぞ」

 伊織の言葉も当然の懸念だろう。

 普通は襲った船に若い女が居れば、海賊達がなにもしないなどあり得ないだろう。さんざん陵辱された上で飼われるか売られるか殺されるか。いずれにしても若い女としては癒えることのない傷を負うことになる。

 仮に伊織達が救出することができたとして、それが救いになるとは限らない。

 

「ご指摘はもっともですな。ですが、もし王女殿下を襲ったのが赤髪のレイアなら殿下は無事である可能性が高いのです。無論あの海域を狩り場としている海賊は他にも居りますから一縷の望みではありますが」

「なんだか楽しそうな二つ名が出てきたよ」

「うわっ、ファンタジーっぽい!」

「あ~、そこ、うるさい」

 とうとう高校生コンビもどこか壊れてきているようだ。

 脱線を伊織が強引に引き戻す。

 

「赤髪のレイアというのはこのキーリャ沖近くに出没する女海賊らしい」

「なに、その素敵ワード! あ、すまん」

「う、うむ。その連中はレイアという女が率いているからか、船を襲っても身代金が取れそうな者以外、女には手を出さないらしい。それどころか女と子供は食事を与えたり岸に送り届けたりするのだとか。掠われた女も身代金が支払われれば無事に帰すそうだ」

 ブランゲルトも、自分で言っておきながら半信半疑といった様子だ。

 ただ、レブラン伯爵の話ではかなり信憑性が高く、この領地の衛兵も何度もそういった婦女子を保護したことがあったとか。

 中には女に手を出そうとした部下を切り捨てたのを見た者も居るらしい。

 

「我々では何処かもしれぬ島に潜伏する海賊を捜し出すのは無理だ。だがイオリならばできるのではないかと思ってな。今後の事を考えるとクラントゥ王国との関係は維持しておきたいし、王女を保護出来れば有利なカードを手に入れることにもなる。頼めないだろうか」

 ブランゲルトが真剣な顔で伊織に頼み込む。

 それに対し、伊織は暫く考えたうえで小さく息を吐き、頷いた。

「あまりうちの若い奴に残酷なものを見せたくないが、そのレイアとかいう女海賊に望みを賭けてみるか。

 引き受けた」

 

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