第113話 港湾都市で事件発生!

 グリテスカ帝国が新たな皇帝の下に反対派を一掃し急速に国内を安定させていっていることは当然ながら周辺国にも伝わっている。

 そして他国と積極的に通商を結んでいることも帝国の使節を通じて徐々に通達され始めている。

 そのことに対する周辺国の受け取り方は様々だ。

 帝国が安定し、通商の活発化と国内の発展に大きく舵を切ったということは、国境を接する国にとっては侵略される可能性が下がったことを意味する。帝国が他国に侵略すればせっかく通商を結んだ国との信頼が崩れるだろうからだ。

 と同時に、ただでさえ広大な領土と大きな国力を持つ帝国がさらに力を溜め込むということでもあり、下手をすれば今度は武力ではなく経済力によって侵略されることになりかねない。

 

 だが現在のところそこまで考えが至っている国は少なく、帝国と対抗するだけの国力を持たない周辺国の多くはこの帝国の方針転換を知り、おおむね安堵の溜息を漏らしている。

 だがもちろんそれを歓迎しない国もある。

 帝国に対抗するためという名目で隣国と争っていた国や、圧政のせいで民が流出し始めている国は、帝国が内政重視の政策に転換して繁栄してしまえば、大義名分を失い、より豊かな生活を求めて優秀な人材が帝国に流れてしまうことになる。

 結局のところそれらの国は帝国の堕落と衰退に慣れてしまって危機感が欠如していたわけだが、そのツケをこれから支払うことになるのだろう。

 

 そして帝国の回復を面白く思わないもう一つが、帝国の混乱に乗じて国勢を高めようと目論んでいた国々だ。

 その国のひとつ、帝国の北東部に領土を持つマレバス王国の王宮で20代後半くらいの豪奢な服に身を包んだ青年が忌々しげに顔を歪めて眼前の男達を睨み付けている。

「どうなっている! 帝国は新皇帝と高位貴族の争いが長引くのではなかったのか? それが今や絶対的な権力を手中にしつつあるではないか!」

 強い言葉で責める青年。

 父王が急逝したため3年前に即位した若き国王である。

 

「帝国の皇帝に奇妙な異国人が手を貸しているようですな。なんでも、あり得ない速さで人を運ぶことができる空飛ぶ荷車を所持しているのだとか。そのせいで抵抗する間もなく貴族共が粛正されたとか。さすがにそんな者達の出現を予測するのは難しいでしょう」

 居並んだ男達の右端にいた壮年の男が眉を寄せながら国王を宥める。

「ではこのまま指を咥えて見ているしかないというのか! ここまでの準備にどれほど苦労したと思っている!!」

 その言葉に落ち着くどころか、ますます激高する国王。

 だがそれも無理はないと言えるだろう。

 

 マレバス王国は帝国と隣接する国の中でも比較的豊かで国力も高い。

 だがそれでも帝国と比べれば領土は10分の1、兵力も5分の1程度でしかない。

 過去には帝国に何度も領土を侵され、以前伊織達の協力で貴族を排除して直轄領としたタカリス伯爵領も元々はマレバス王国の主要都市のひとつだった。

 度重なる帝国からの侵略で国土は削り盗られ、幾度も理不尽な要求を呑まされた。

 そういった経緯から積年の恨みは根深いものがあり、帝国との関係は最悪と言っていい状態が永く続いている。

 マレバス王国の王家は国土回復を悲願として掲げ、今の国王であるフォーゲルブもまたそれを受け継いでいる。

 そして、若くして国王の座についたフォーゲルブが即位して3年。

 新王としてそろそろなんらかの実績を示す必要がある時期に千載一遇のチャンスが訪れた。

 

 怨敵である帝国で第3皇子によるクーデターが起こり、前皇帝と実権を握っていた多くの貴族が捕らえられ粛正されたのだ。

 当然帝国内は大混乱に陥り、それまでの圧政や不正による民衆の不満が噴出、新皇帝派と旧来の貴族派で争いが起こる、筈であった。

 だがそんな目論見とは異なり、新皇帝は驚くほどの手腕を発揮して民衆の暴発を防ぎ、逆に支持を高めることに成功した。

 そうなると粛正を免れた貴族達も迂闊に動くことができなくなり、水面下での争いに移行せざるを得なかった。

 そのことはフォーゲルを大いに落胆させたが、それでも諦めるにはまだ早すぎる。

 表面上は従っていても帝国の貴族の大半は、それまでの利権を奪い権力を制限する新皇帝に対して強い不満を持っている。

 中枢にいた大貴族が処刑されたことで中心となる人物がおらず、まとまって反抗することができずにいるだけだと考え、秘密裏にそれらの貴族とコンタクトを取り反乱の計画を進めていった。

 

 兵力がマレバス王国の5倍といっても、帝国の兵の半数は貴族が抱える領兵だ。

 大貴族の所領が接収されたとはいえ、残りの貴族が抱える兵はまだ多く、それにマレバス王国が助勢すれば充分に勝機がある。

 フォーゲルブは宰相のその言葉に後押しされて準備を整えていった。

 帝国との国境近くに兵を集め、兵糧も充分に準備している。

 後は帝国の貴族が挙兵するのに合わせて軍に国境を越えさせるばかりまでこぎ着けていたのだ。

 もちろん貴族達とはすでに話はつけてあり、見返りとしてマレバス王国のかつての版図の返還と賠償をしてもらうことになっていた。

 だが、結局その計画は皇帝がいち早く貴族達の反乱を察知して、計画に参加していた全ての貴族を捕縛したことで完全に頓挫したのである。

 

「帝国は反抗的な貴族を全て排除することに成功し、残っている貴族は皆穏健派ばかり。

 帝国軍がその粛正で被った被害はほとんどなかったようですから、このまま我が国が帝国に戦いを仕掛けても勝ち目はほとんど無いでしょう。

 ですから、計画を見直さなければなりませんな」

 先程の男、マレバス王国の宰相を務めるムスヴェリスの言葉にフォーゲルブが眉を顰める。

「見直し、だと? まだ打つ手はあるというのか?」

 フォーゲルブが訊ねると、ムスヴェリスは得たりとばかりに頷いた。

 

「今の皇帝に不満を持っているのは貴族だけではありません。貴族と癒着して利権を貪っていた商人や罷免された兵士、追放された役人などが数多くおります。

 それらの者達と裏社会の連中を引き合わせてありますから、まだ我々の手駒は帝国内にあると考えていただければ。

 皇帝が有能なのは確かでしょうが、ここまで短期間に体制を整えることができているのは間違いなく力を貸しているという異国人によるものです。

 何故そのような者が皇帝と繋がっているのかは不明ですが、おそらくはなんらかの見返りが約束されているのでしょう。

 確かなのは、その異国人が考えられないほどの道具を所持し、それによって皇帝が大きな力を得ているということ。それから、その異国人は少数であり、その中には若い女や子供が含まれていることです。

 その者達をこちら側に引き込むことができれば天秤は一気にマレバス王国に傾きます」

 

「それはそうだろうが、そんなことができるのか?

 皇帝に協力しているということはそれなりの関係を築いているか相当な見返りがあるからだろう?」

「それについては考えがあります。並外れた力を持つとはいえ少数では隙を見せるときが必ずありますからな。我等が張った網はまだまだ機能しております。お任せいただければ異国人達をマレバス王国に引き込んで見せましょう」

 フォーゲルブは半信半疑ながらムスヴェリスの自信ありげな言葉に頷いてみせた。

 

 

 

 水辺に面した通りは多くの人が行き交い、あちこちで露店が客を呼び込む声が響いている。

 通りを歩く人々の表情は明るく活気に満ちており、見える範囲ではそれほどみすぼらしい風体の者も居ないようだ。

「おっちゃん、その串焼きを……」

「ルアも食べたい!」

「……2本、いや、7本くれ」

 ルアの声に続いて手を挙げた面々を見て伊織が注文を訂正する。

 

「はいよ! にいさん異国の人かい? ひとりは随分立派な恰好だが」

「そんなとこだ。随分と賑やかだが、この街はいつもこんな感じなのか?」

「おうさ、この街は交易の船がひっきりなしに来るからなぁ。それに領主様がちゃんとしてくれるから人が集まるんだよ。最近は新しい皇帝様のおかげで税も安くなったからな。おかげで息子も良いお嬢さんを嫁にもらえたしありがたい限りってもんだ。はいよ! 熱いから気をつけてくれよ」

 人好きしそうな小太りの親父が機嫌良く話し、焼き上がった串焼きを木皿に載せて差し出してきた。

 海老に似た甲殻類とズッキーニのような野菜を交互に串に刺して焼いた物だ。

 伊織は受け取った木皿から串をひとつ取り、残りをルア達にも取らせてから返す。

 

 串焼きは香辛料と塩で味付けされているらしく一口齧った伊織が口元を綻ばせる。

「美味いな」

「おいしい! あ、ちょっと辛い」

 ルアには少しばかり刺激が強かったようだが、それでも美味しそうに残りに齧り付く。

「ふむ、余も食べてみよう」

「へ、陛下?! そのような……」

 一緒に居たブランゲルトも串焼きを齧る。

 その後ろに居た平民のような服を着た護衛騎士が慌てるがお構いなしだ。

 ブランゲルトは仕立ての良さそうな服ではあるが、それでも裕福な商人と思われるといった程度の服装であり、知らなければ皇帝だとは誰も思わないだろう。

 ありのままの庶民の生活が見てみたいと言いだした皇帝を、仕方なしにブランゲルトに最初から協力的で領主としての評価が高い貴族領、そして治安も良いこの港湾都市に視察させることになり、伊織と共にやって来たというわけなのだ。

 なので伊織達の他に護衛は最小限。

 それも、一見して騎士だとわからないように甲冑も身につけていないし長剣も佩いていない。短剣を隠し持っているだけだ。

 

 串焼きの屋台の前で伊織が買おうとしたときにちゃっかりとブランゲルトも手を挙げて要求していたのだ。

 もちろんブランゲルトが皇帝になってから毒見なしに食べ物を口にするのは初めてのことである。

「伊織達が口にしているのだから問題なかろう。うむ、確かに美味いな」

 幸い先程護衛が口にしてしまった「陛下」という言葉は周囲の人には聞こえなかったらしく店主がブランゲルトの正体に気付くことはなかった。

 ブランゲルトは満足そうに串焼きを食べ終えると、通りを歩いている人々を見つめて何度も小さく頷いていた。

 

「この街を治めるレブラン伯は良い統治をしているようだ。そのような貴族ばかりなら余が皇帝の座に就く必要など無かったのだがな」

「そうじゃなかったから腐ったんだろうさ。そのままならこの先この街も他の領地のようになるだろうよ」

「そうでも思わなければやってられんよ。誰が好きこのんでこんな面倒な立場になりたいものか」

 少々ウンザリした表情のブランゲルトが本音を吐露する。

 虚栄心や権力欲の強い者ならば羨むであろう地位も、それを望まない者からすれば面倒でしかない。

 実際に、皇帝という立場は自由な時間などほとんど無く常に命の危険を感じながら政務に忙殺されるだけの日々だ。

 こうして街の視察がかなうなど、伊織達が居なければいくら望んだところで実現することはなかっただろう。

 

 とはいえ、いつまでもこうしてぶらついているわけにもいかない。

 事前に視察することは伝えてあるものの、領主であるレブラン伯爵に会う前にいつまでも街を見て回ることは礼儀に反する。

 あくまで今は領主の館を訪問する道すがら立ち寄ったに過ぎないのだ。

 屋台の横にある箱に食べ終わった串を放り込んで歩き出す。

 生まれたときから皇子としての立場がついて回っていたブランゲルトがこうして自分の足で街を歩くことも初めての経験だ。

 伊織の送迎で各都市を巡ったときも歩き回ることなどあるはずがなく、それでも演説のために民衆の前に立ったときは新鮮な感動に身を震わせたものだ。

 それが今や馬車や荷車ですらなく、自ら地面を踏みしめて帝国庶民と同じ場所を歩き、同じものを見ている。

 

「余は、この者達の皇帝であらねばならないのだな」

「それを感じられたってことは、ようやく地面に足がついたってことだろうよ。クソ狭い王宮の中でタヌキ共と顔を突き合わすだけじゃ見えないものがあるってことだ」

 あっけらかんと言った伊織に苦笑いを返すブランゲルト。

「イオリは何者なのだ? 異界からの旅人でありながら余よりも為政者というものを理解しているようだ。全てを見通す眼を持ち不可能を可能にする、お伽噺の神か悪魔のように思える」

 伊織はその言葉には答えず、口元をニヤリと歪ませただけだった。

 

 通りを真っ直ぐに進み、やがて大きな館が見えてくる。

 領主であるレブラン伯爵の邸宅であり、キーリャの街の役場でもある建物だ。

 交易の要衝として発展したこの港湾都市に城砦としての機能はなく、あくまでそこは大きな邸宅といった外見だ。

 一応役場と邸宅は別の建物になっているようで、役場と邸宅の間には柵があり門は邸宅の方にのみ設けられている。

 ブランゲルトに従っていた騎士のひとりが先に走って行き、皇帝の到着を知らせる。

「ん~、一緒に行ってもあんまり意味無いし、私達はもうちょっと街を見てきていいかしら? ルアちゃんもどう?」

「うん、行く!」

 門に到着するとリゼロッドがそう言いだした。ルアもそれに追従する。

 

 以前は伊織の側を片時も離れようとしなかったルアだったが、ここ最近は自分の意思で行動することも多くなってきている。

 といってもひとりでというわけではなく、常にリゼロッドや英太、香澄の誰かが一緒に居るというのが前提だし、伊織と居るときは相変わらずべったりと張り付いているのだが。

 リゼロッドの言葉に伊織は珍しく眉根を寄せて考え込む。

「ルアもか、けど、この街のことはまだあまり調べられてないんだよなぁ」

「過保護すぎるわよ。この街の治安はかなり良いみたいだし、変な場所に行くつもりはないわ。聞いた話だと大道芸を見せる旅芸人が集まっている場所があるみたいだし、青空市場みたいな所もあるらしいわよ」

「旦那と一緒に居てもすること無いから俺が付いてくさ。嬢ちゃんからは目を離さないからよ」

 ジーヴェトも口添えしたことで伊織は溜息を吐きつつ許可を出した。

 

「ルア、絶対にふたりから離れるなよ。日が傾く前には必ずここに戻って来るように。それから、万が一の場合の対応は覚えているか?」

「うん!」

 真剣な目で言いきかせる伊織に、ルアも真剣に返事を返す。

「なんか、伊織さんの過保護っぷりが加速してるような」

「何年かしてルアちゃんに彼氏ができたらどうなるのかしら。相手の男の子、行方不明になるんじゃない?」

 高校生コンビが呆れたように言い合う。

 

「よろしければ領兵を案内と護衛につけましょうか。あまり大人数では楽しめなくなってしまうでしょうが、信頼できる者を5名ほど連れて行ってくだされば間違いなく安全だと思います」

「うむ。そうしてもらおうか。イオリ、それでどうだ?」

 やり取りを聞いていた門番の兵士がそう提案してくる。

 伊織達のことは知らなくても皇帝と供にいるということで重要な人物達であることは察したのだろう。

 それにブランゲルトが鷹揚に応じ、伊織は少し考えた上でリゼロッドに判断を委ねる。

「……そうだなぁ。あまり大仰だと返って目立ちそうだが、案内は助かるか。リゼはどう思う?」

「そう、ねぇ。道は誰かに聞けば良いから別に必要ないと思うわよ。……けど、せっかくの申し出を断るのは悪いし、案内があるなら時間を無駄にしなくても済みそうね。お願いしようかしら。ルアちゃんもそれで良い?」

 

 リゼロッドは慎重に言葉を選びつつ提案してきた兵士の反応を窺い、含むところが無いと判断して受け入れることにした。最後にルアにも確認する。

 伊織は腕輪を起動して簡易異空間倉庫を開き、ジーヴェトの長剣や軽甲冑(伊織謹製)とルアのリュックを出してきて手渡す。

 ルアのリュックは白いモフモフのウサギ型の可愛らしいぬいぐるみタイプでお気に入りのものだ。

「本当に過保護ねぇ」

 呆れるリゼロッドを軽く睨み付け、いかにも渋々といった体で到着した兵士を連れたルア達と別れる。

 

 その後、伊織と英太、香澄の3人はブランゲルトと共に領主邸の中に通され、レブラン伯爵と対面した。

「ようこそおいでくださいました。通りを歩いてこられたとか、陛下の目にはこの街はどう映りましたでしょうか」

 レブラン伯爵は50代半ばほどの穏やかそうな男だった。

 代々この街を含めた大河河口周辺の領地を治め、穏健で堅実な運営を行っていることで知られている。

 中央の権力争いからは距離を置き、皇帝個人にではなく、皇帝という地位に対して忠誠を尽くすという立場を貫いている。

 穏やかそうな印象とは裏腹に、ある意味芯の通った人物と言える。

 ブランゲルトに対しても即位までは一切の要請に応じなかった反面、即位するとすぐにレブラン伯爵自ら帝都まで赴き、恭順の姿勢を見せた。

 ブランゲルトが発した減税や制度変更の通達にも異を唱えることなくすぐに実行するという徹底ぶりだ。

 

「貴公が優れた為政者であると再確認させてもらった。この領地の民は不満無く過ごしているように見えた。これも伯爵のみならず、レブラン家が長年培ってきた成果であろうな。

 余は貴族を排するつもりはない。帝国を腐らせた貴族を粛正し領地を取りあげたがそれはあくまで帝国にとって害となる者を排しただけだ。広大な帝国を直接統治などできるはずもなく、これからも有能で誠実な者には領地を与えていこうと考えている」

 ブランゲルトはまずそう言って伯爵を労った。

 反抗的でない貴族の間にも、ブランゲルトに対して不安を感じている者が多いというのは把握している。

 多くの貴族が粛清され、領地は尽く直轄領として召し上げられたからだ。

 そうなれば当然、残った貴族達は自分達もいつか同じ目に遭うのではないかと考えてしまうだろう。

 

 ブランゲルトとしては皇帝の意思が直接繁栄される中央集権、皇帝親政の体制を作りたいという想いはある。

 だが現実問題として帝国の領土全てを直接統治することなど不可能であり、大部分は権限を制限した上で封建制で統治しなければならない。

 権限の制限とは私兵の制限と税徴収の制限だ。それをしなければいずれまた同じように帝国が腐敗してしまう。

 だからこそブランゲルトの意思に反しない貴族を排除することはせず、むしろ厚遇する必要があるのだ。

 

「さしあたって、この領に隣接するふたつの元伯爵領を貴公に任せたい。それと子爵以下の下位貴族の推薦権も与える。それに伴って侯爵へ陞爵してもらうつもりだ。

 新たに加える2領は問題が多く残っている故、正式な編入手続き後5年間は皇室への租税を免除する。

 これらをもって貴公の長年にわたる帝国への忠誠と貢献に報いたいと考えているが、どうか?」

 ブランゲルトの言葉に、少しの間を置いてからレブラン伯爵の顔が歓喜に染まる。そして両膝を床に着け、深々と頭を下げた。

「皇帝陛下のお言葉、なによりも嬉しく思います。父や祖父、これまで領地を懸命に守り育んだ我がレブラン家を代表してお礼申し上げます。

 卑小の身なれど、陛下の期待にお応えできるよう我が身を賭して励みたいと存じます」

「うむ。それでは受けてもらえるのだな」

「はっ! 謹んで拝命致します」

 

 レブラン伯爵としてはブランゲルトに対して後ろめたいことなど何も無い。

 だが、それでもこの新たな皇帝がこれまでしてきたことを考えれば不安を拭うことはできなかった。

 今回の領地行幸でも何を言われるか戦々恐々としていたのは確かであり、万が一の時は妻や子、婿や嫁などの一族郎党を国外に逃がすことまで考えていたほどだ。

 それが一転して領地の加増と陞爵という思いもよらない決定に、しばらく呆然としてしまったほどだ。

 もちろん完全に安心できるというわけではないが、これまでのブランゲルトの言動から考えて、与えてから難癖をつけて粛清するなどという非道な真似はしないだろうと思われた。

 

 ブランゲルトは先に口にした内容が記された書状を伯爵に直接手渡し、彼は内容に間違いや不備がないことを確認する。

 これで領地の加増と陞爵、税の免除と下位貴族の推薦権という伯爵に対する報奨は公式なものとなり、ブランゲルトであってもレブラン伯爵に大きな失態が無い限り覆されることはなくなった。

 伯爵は受け取った書状を大切そうに抱え、ブランゲルトの許しを得たうえで保管するために一度部屋を出ていく。

「随分気前が良いんですね」

「優秀な者や忠節を尽くす者にしっかりと報いなければ余計な火種を生むだけだからな。それに伯爵のような行動が一貫している者は信頼できる。なにしろ多くの貴族が不正に手を染めている状況でも堅実に領地を守っていたのだからな。まさに貴族の規範として称える必要があろう」

 ブランゲルトとしても頑迷な気質のあるレブラン伯爵が報奨を受けてくれるかわからなかったためホッと息を吐いていたのだ。

 彼に含むところはないが、変に意固地になられて領地の加増や陞爵を固辞されては困ったことになる。

 

 しばらくして戻ってきた伯爵と、今度は和やかな空気の中で談笑となった。

「ふむ、ここでは今のところ不穏な連中は見られんか」

「そうですな。船乗りは気性の荒い者が多いので判断が難しい部分がありますが、以前とそれほど雰囲気に変わりはないと思われます。逆に違法な取引や密輸などは減っているようです。衛兵長の話では闇取引の拠点が別の街に移ったのではないかということですが」

 雑談の中で、貴族達が抱えていた私兵の残党の話になる。

 このところ帝都を含めた主要都市で傭兵崩れが中心となっていると思われる過激な集団が報告されているからだ。

 街道に出没して野盗を行ったり、貧民街を拠点にして犯罪行為を繰り返しているらしい。

 

「帝国に新たに生まれた過激な集団、ねぇ。よし! 帝国過激団と名付けよう!」

「サク○大戦かよ! いや、そのネタこっちの人わからないですから!」

「どうして伊織さんは真面目な話を混ぜっかえすのよ」

 基本的に伊織達は聞くだけで話に加わることはなく、横でしょうもない会話を小声で交わすだけだ。

 あれこれと手を貸したり他国と通商することを進めたりする割に、帝国の内情に口を挟むつもりはないらしい。

 レブラン伯爵はそんな彼等を訝しげに見るものの、ブランゲルトが許しているので問うことはできずにいるようだ。

 

 ピーピーピーピー!

 しばらく談笑を続け、そろそろ部屋を移ろうかという時刻になった頃、突然伊織の胸から電子音が鳴り響いた。

「っ!! 何かあったな」

 伊織がいつになく厳しい顔で立ち上がった。

 

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