第109話 オッサン、皇帝と対面す

 グリテスカ帝国の帝都。

 大陸南部随一の大国であり、その中心である帝都のさらに中心にある王宮はその国力に見合う壮麗なものだ。

 敷地はいくつかの区画に分かれており、各省庁や行政機関のある行政区、賓客が滞在する迎賓区、皇族が執務をおこなったり謁見をする建物がある宮廷区、王族の居住する区画などだ。

 ただ、今はその大半が閉鎖されており、使われているのは行政区の半分と宮廷区の一部、それから居住区の数部屋だけである。

 

 その理由は半年ほど前に即位した新たな皇帝が、帝国に巣くっていた無能な貴族とその紐付きで同じく無能な官吏を軒並み排除したために王宮内で働く人員は大幅に減った。

 後宮も閉鎖され、寵姫とその侍女は、罪のある者は処罰され、無い者は家に戻されるか慰労金を渡されて王宮から去った。

 そうしてかつての1~2割程度の者しか王宮には残っておらず、結果的に大部分の施設が使われなくなったというわけだ。

 にもかかわらず、施政自体に問題が出ていないというところにどれだけ無駄な人員が王宮に蔓延っていたのかを如実に表している。

 そして、人が減っているのに、残った者達は「以前よりも仕事がしやすくなった」と喜んでいる始末である。

 

 その王宮の、宮廷区にある一室で、二人の男が対面していた。

 一人は体格の良い初老の男であり、もう一人は30歳くらいの男だ。

「そうか、ご苦労だった。逃亡した残党を始末できたのも良かったが、特に北部諸国からの難民の対処ができたのは大きい。その方法ならば他国も何も言えないだろう。考えうる最上の対応だ。北方騎士団とコアの街には報賞を与えねばな。それに必要な物資は充分に供給させよう」

「ありがとうございます。とはいえ、その功の大半は異国の者達のものですがな」

 初老の男、シュラウズが苦笑気味に返すと、眼前の男が笑い声を上げる。

「わずか一刻で河に橋を架け、数万人分もの食料を一日で運び、訓練された30名からの騎士を歯牙にも掛けず殲滅するか。俄には信じられないが、貴様がそのような嘘を言う理由もない。興味深いが、それだけに帝国にとって危険でもあるな」

 

 言葉の途中で不意に真剣な目をシュラウズに向ける男。

「陛下の懸念はもっともなことだと儂にも思います。ですが、迂闊に手を出せば火傷では済まぬでしょう。儂に見せたのが手の内の全てなどとはとても思えませんからな。無論陛下の命とあらばいかなる犠牲を払おうとも戦いますが」

 シュラウズの言葉に、皇帝、ブランゲルトは苦笑いを浮かべながら首を振った。

「貴様がそこまで言うとはな。だがその心配は無用だ。危険だからと何もしていない者を害すればこの国は滅びの道を辿ることになるだろう。その者達が帝国に仇なさぬかぎりわざわざ敵対する必要もあるまい」

 ブランゲルトがそう言うと、シュラウズはホッとした様子で頷いた。

 

「しかし、その異国の者達が持つ不可思議な道具には興味を引かれるな。馬が牽かぬ荷車なら東方の国にあるという話は聞くが他の道具は聞いたこともない。一度実物を見てみたいものだ。我が国でも運用ができるのなら買い取っても良いかもしれん」

「どうでしょうか、かの者達は隠すつもりはないようですが、手放す気があるかは……」

 シュラウズの言葉は部屋の扉を叩く音で中断される。

「……入れ!」

「失礼致します! 皇帝陛下と北方司令官閣下に急ぎご報告がございます」

 伝令の騎士がそう言うなりブランゲルトに報告書と思しき書類を手渡す。

 

 行政区の官吏によって書かれた数枚の報告書に目を通していたブランゲルトであったが、読み終えるや否や声を上げて笑う。

「陛下?」

 突然の哄笑にシュラウズが戸惑うが、そんな彼にブランゲルトは報告書を突き付けて読むように促した。

「? ……こ、これは!」

 そこに書かれていた内容。

 曰く、シュラウズが身分保障をした異国人が、所有物を強奪しようとしたと主張してパパリクト伯爵を拘束し憲兵に突き出したということが書かれていた。

 パパリクト伯は縛り上げられ、その私兵は全員が重傷を負っているということだった。死者はおらず、現在までに聞き取れた範囲での事情も記載されている。

 

「くくく、面白い男達だ。報告書ではかなり暈かした表現となっているようだが、急いでいた分随所に困惑と頭痛が滲み出ているから対応した役人は相当困り果てていたのだろう。

 その者達には後で詳しく訊くとして、シュラウズ」

「は、はい」

「貴様の連れてきた異国の者達と話がしたい。この度のパパクリフトの件は勿論、少々の無礼は不問にする故、王宮まで出向いてもらいたいと伝えてくれ。

 そうだな、所持品を検めることはしないし、武器の携帯も認めると付け加えよ」

「な?! 陛下、それは!」

 機嫌良く命じるブランゲルトに、シュラウズは勿論、報告書の対応に関する指示を受けるために待機していた伝令の騎士も慌てた声を上げた。

 

「何を驚く? かの者達が得体の知れない魔法で虚空より様々な道具を取り出していたと言っていたのはシュラウズであろうが。そのような者の所持品や武器を取りあげることに何の意味がある。

 それに、帝国軍が手こずり、逃亡を許した貴族兵の残党を瞬殺するほどの手練れを招こうというのだ、護衛など大した障害にもならぬだろうよ。

 でなければ、こうまで遠慮呵責なく帝国貴族を名乗る者を盗賊呼ばわりできるはずがなかろう。その気になればいつでも自分を殺せるような相手を警戒する意味などあるまい」

 皇帝という身分を持っていながら、まるでそのことを気にしていないかのようにあっけらかんと言ってのけるブランゲルト。

 しかもこの皇帝は一度決めるとそう簡単に意思を翻すことがないのはシュラウズも、普段側に仕える騎士達も知っている。

 結局、騎士の縋るような視線にもシュラウズは首を振ることしかできず、伊織から渡された無線機を手に取るしかできなかったのである。

 

 

 

 帝都の広場近くで絡んできた伯爵を名乗る盗賊をサクッと片付けて憲兵に突き出してからおよそ一刻(2時間)。

 広場の屋台で串焼きやパニーニのように具材を挟んだパンなどで腹を満たした伊織達はシュラウズからの連絡を受けて王宮までやってきていた。

 広場からエノクで第二壁まで来ると、すでに連絡を受けていたらしい騎士の先導で貴族街を抜け、王宮を囲む第一壁の門を通過する。

 そして広い庭園を貫くように敷かれた石畳を通って一番手前にある建物の前にエノクを駐める。

 

 その建物の入口で待っていたのはシュラウズと全身に甲冑を纏った10人ほどの騎士、それから文官風の服を着たひとりの男だ。

 男の見た目は30歳になるかどうかといったところか、それなりに鍛えているらしく厚みのある身体が衣服越しにも見て取れる。

 伊織がエノクを降り、他のメンバーも後に続く。ちなみにルアはリゼロッドが抱っこしている。

 

「急に呼び出すことになってすまぬな」

 シュラウズが気まずそうに詫びると、伊織は口元に小さく笑みを浮かべて首を振った。

「いや、街中で盗賊を捕まえて引き渡したからな。事情くらいは聞かれると思ってたから問題ないさ。飯を食う時間はあったしな」

 あの貴族のことはあくまで盗賊という扱いをするつもりらしい。

 伊織はシュラウズからその側にいる男に向きを変え、そして、優雅な仕草で一礼する。

 

「皇帝、ブランゲルト陛下には初めてお目に掛かる。故あってシュラウズ閣下と知己を得て帝都まで赴かせていただいた伊織と申します。後ろは私の仲間達で、大陸西部より古代遺跡の探索と研究のために諸国を巡っております。以後お見知りおきを」

 伊織の言葉に一瞬さざめき立つ。

「え、マジ? いきなり皇帝の登場?」

「伊織さんはどうしてこうも色んな人を引き寄せんのよ」

 後ろから何やら聞こえてくるが少し静かにしたほうが良いだろう。

 周囲の騎士達は驚きと不審で警戒感をこれでもかと表している。

 

「……何故わかった?」

 文官の姿でブランゲルトがそう訊ねるが、無理もないだろう。

 シュラウズは皇帝の容姿について伊織達に語っていない。臣下として皇帝の情報には細心の注意を払っておりせいぜい大まかな年齢くらいしか口にしていないし、伊織もまた聞こうとはしなかった。

 帝都の市井の間では様々な噂は流れているだろうが、間近で見たことがある者など居るはずもなく、こうまで確信を持って断定できるほどであるわけがない。

 この場ではせいぜい位の高い文官くらいにしか見えないはずなのである。

 

 問われた伊織はというと、小さく溜息を吐いて肩を竦める。

「服装が文官風でも動き方が違います。それに騎士達の意識は常に貴方に向いていたし、貴方になにかあればすぐに動けるような位置取りをしている。それになにより、貴方の気配は為政者のそれだ。察するのは難しくありませんよ」

 簡単な種明かし。

 言われれば納得するしかない単純なものだが、実際にそれができる人間などそう居るものではない。

 騎士達の伊織に対する警戒心は一層高くなり、手を動かしてさえいないもののすぐにでも剣を抜けるような態勢をとっていた。

 

「ふふふ、はっはっは! 面白い! シュラウズが動かされたのも納得するしかないな! 良い。態度も言葉も自由にせよ! 礼など不要だ!

 グリテスカ帝国第16代皇帝ブランゲルト・ラーム・カリス・ネチェルが貴公等を我が賓客として遇すると宣言する!」

「へ、陛下?!」

 驚く騎士達を尻目にブランゲルトは実に楽しそうに伊織に歩み寄って右手を差し出した。

「そうかい、んじゃこっちも楽にさせてもらおう。改めて、俺は伊織、こっちは同郷の英太と香澄、んでそっちが大陸南西部にあるバーラ王国の遺跡研究者のリゼロッドと、抱っこされているのは俺の娘、ルアだ。あと、厳ついオッサンが大陸西部のアガルタ帝国出身のジーヴェトだ」

 いくら礼が不要と言われたとはいえ、すぐに不遜な態度が取れるのはこの男くらいだろう。シュラウズは顔を引き攣らせ、香澄達は呆れ顔である。

 

「うむ。いろいろと話は聞きたいが、その前に貴公の乗って来た荷車が見てみたいのだが」

「伊織でいいぞ。見せるのは構わんが、譲ることはできないし、そもそもこの国で運用するのは無理だぞ、特殊な燃料も必要だし整備できなければすぐに動かなくなるからな。

 ……乗ってみるか? シュラウズや護衛も何人か一緒に」

「是非頼みたい。とはいえ、王宮から出るわけにはいかんのが残念だが、庭園を回るくらいなら良かろう」

 騎士達が止める間もなくエノクに近寄ったブランゲルトは車の周囲を興味深げに観察しはじめ、慌てる騎士の言葉を制して伊織が開けたドアから中に乗り込んでしまう。

 

 結局、諦めた顔で互いの顔を見合わせたシュラウズと騎士が数人、ブランゲルトの後を追って車内に入る。

 そして英太達を外に残したまま伊織が運転席に座ってエノクを発進させた。

 さすがに速度は10km/hほどのゆっくりとしたもので、石畳で舗装された庭園を進むエノクを残った騎士が走って追いかけるといったものになった。

「おおっ! これはすごい! シュラウズはこれに乗って北部砦から帝都まで2日で来たのだな? ということはもっと速く走れるということか」

「え、ええ、イオリ殿の話では乗り心地を考えなければ1日ほどで到着できるとか」

 車内で窓から身を乗り出さんばかりに外を見ながら弾んだ声を上げるブランゲルトにシュラウズが自身の体験を挟みつつ話を聞かせる。

 

 広い王宮とはいえ庭園を回ってもせいぜい数kmにも満たない距離でしかなく、追いかけてくる騎士達の体力が尽きる前に建物の前に戻ることになった。

「イオリ、感謝するぞ! 実に得難い経験だった。世界は広いな!」

 まるで子供のようにはしゃぎながらエノクを降りたブランゲルトが伊織の肩を叩きながら親しげに話しかける。

「……なんだろう、あの皇帝陛下、どことなく伊織さんと同じ匂いがするんだけど」

「言わないでよ。この先が思いやられるんだから」

 高校生コンビの呟きは、幸か不幸か他の人に聞かれることはなかった。

 

 ひとしきりエノクを堪能したブランゲルトは伊織達を建物の中に誘い、場所を変えて歓談することになった。

 案内されたのは入ってすぐの場所にある応接室だ。

 といっても賓客をもてなすための部屋でもあり、広さは50畳以上はあるだろう。

 豪奢なソファーがいくつも置かれ、その一つにブランゲルトは腰を落ち着かせる。

 その対面に座るのは当然伊織だ。英太達はその両側に分かれて座る。

 ルアはリゼロッドの腕から降りて伊織の隣に座っている。

 ちなみに、刀や剣、銃器類はエノクの車内にまとめて置いてあり、ジーヴェトが一応の見張りとして傍に待機している。これは本人のたっての希望である。

 仲間はずれにするつもりなどなかったのだが、本人が絶対に同席したくないと強く主張したために仕方がないのだ。

 理由はあえて問いただす必要はないだろう。

 

「実に楽しい体験だった。が、その前に、改めて、北部砦に押しかけていた隣国の難民に対する処遇への助力。礼を言わせてもらおう。脱走兵の殲滅もだ」

 そう口にするブランゲルトの表情は先程までとは一転して為政者としての威厳に満ちたものだ。

「国力を取り戻すために無能な貴族を排し、民衆の活力を取り戻すために様々な施策を実行してきたのだが、そのことが周辺国にも伝わっているらしくてな。食い詰めた者達が帝国内に入り込んできているのが喫緊の課題となっていたのだ。

 特に北部諸国からの難民は数が多くて対処に苦慮していたのだが、貴公等の働きで当面の問題を回避できた。その状態を維持するだけならなんとでもなるだろう」

 実際にブランゲルトとしても北部に押し寄せてきていた難民は頭の痛い問題だった。

 

 腐敗しきった帝国の貴族に対して民衆の不満は爆発寸前にまで高まっていた。

 もし抑圧され限界を超えた民衆が反乱を起こせばその流れは瞬く間に帝国全土に広がり、民衆を抑えるためには武力で鎮圧するしか方法がなくなる。

 だがそれをすれば領土は荒廃し、再生不可能なまでに国力を落とすことになっただろう。

 いくら大軍を擁しようとも食料を担う民衆がいなければ軍を維持することなどできるわけがない。

 そうなれば周辺国はここぞとばかりに帝国に牙を剥き、数年も保たずに帝国は滅びるしかない。

 

 それを避けるために、不満の源泉である貴族達を粛正して民衆の溜飲を下げ、不満を解消するために大幅に税を引き下げた。

 原資はこれまでの長い歴史で貴族や貴族と癒着していた大商人達が溜め込んでいた莫大な財産だ。

 数十年分の国家予算に匹敵するその財宝があれば国力を維持したまま民衆の生活を改善することは充分にできる。

 民衆に帝国が変わったことを印象づけるには小出しにするのではなく一気にしなければならない。でなければ効果は限定的なものになってしまう。

 

 ブランゲルトは地位や生まれに囚われることなく有能な者を登用し、生活を圧迫していた租税を引き下げ、腐敗した官吏や衛兵を追放し、公衆衛生を改善させた。

 そうした積み重ねによって短期間に民衆の暮らしを改善したことで反乱の芽を潰すことには成功したものの、今度は別の問題が発生することになる。

 帝国ほど酷くは無いものの、周辺国の民衆もまたかつての帝国民衆と同じような不満を抱えていた。

 それらの者達の耳に、急速に良くなった帝国の庶民の話が交易商人達の口から届くようになると、当然自らの境遇と比べてしまい、そこから抜け出すために国を捨てる者が出てきたのだ。

 元々彼等には国に対する帰属心などほとんどない。単に生まれた土地がその国の版図にあるというだけで、税だけむしり取って何もしてくれない国に恩義も執着もないのだ。

 

 結果として周辺国からは今も続々と国境を越えて帝国内に入ろうとしてきているというわけで、その中でも特に数が多かったのが北部で国境を接している国からの難民なのだった。

 その難民を、帝国内とはいえ北部辺境の開拓に充てて農地を増やせばゆくゆくは自給自足させることもできるし、勝手に住み着いただけだという形が取れれば帝国を糾弾することもできなくなる。

 帝国としては当面の食料と開拓に必要な道具類だけの負担で将来的な国力の増大を図ることもできるのだ。

 

「何のことだ? 俺達は自分達が通るために必要だったから勝手に橋を作っただけだ。まぁ、撤収しようとしたら難民が勝手に渡り始めたから撤去できなくなってしまったんだけどな」

 伊織はあくまで建て前を押し通す。

「ふむ、とにかく、結果的に助かったことは確かだからな。では、帝国として見知らぬ旅人に感謝しておくことにしよう。

 ああ、もう一つ感謝しなければならないことがあるな。

 帝都で旅人の所持品を強奪しようとした盗賊が、我が国の貴族の地位にあることが判明した。

 そういった輩はある程度片付いたと思っていたのだが、どうやら生き残っていたらしい。

 その者の領地と財産は没収して、その貴族と盗賊行為を働いた者は全員鉱山での苦役に従事することが決まった。

 ついでにその者と親しかった者や似たようなことをしている他の貴族も調査し、同様の処分を下すことになる」

 

 どうやら伊織達がぶちのめして憲兵に突き出した貴族は帝国によって適切に処分されることになったらしい。

 引き渡した際も憲兵は伊織達の話をきちんと聞いていたし、何人かの憲兵が広場近くの帝都民に聞き取りをおこなっていたようなので、貴族といえど法によって裁かれる体制が調っているということだろう。

「それにしても、調書を作成した官吏がかなり困っていたようだ。縄で見たことのない複雑な縛られ方をしていた上に縄を切ることもできず随分と難儀したと言っていたぞ。

 まぁ、パンツ一枚で海老ぞり状態で亀甲縛りされる犯罪者などおそらくは見るのがはじめでだろう。

 しかもご丁寧にアラミド繊維の10mm径のロープでは切断することもできないので結び目を解くしかない。

 ほとんど嫌がらせである。さすがにブランゲルトが直接見たわけではないだろうが。

 

「降りかかる火の粉は払わなきゃ面倒なことになるからな」

「むしろ面倒を起こしたくてしているのではないかと思うがの」

 シュラウズが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながらツッコムが、この老人も伊織との付き合い方がわかってきているようで何よりである。

 英太と香澄は同意するように何度も頷いているし。

「帝国のゴミ掃除につき合わせたのは申し訳なかったが、これで馬鹿な事をしようとする貴族も減るだろう。パパリクトの目的は珍しい物を余に献上して歓心を買うことだったようだしな。

 いまだに前体制のやり方が通じると思っているところが度し難い」

 

「権力が硬直化すると腐敗が横行するのはどこの世界でも同じだろうな」

「そうね、権力はいつか必ず腐敗するというのは歴史が証明しているわね。もっとも、腐敗の内容はいろいろあるようだけど」

 リゼロッドが皮肉げに言葉を加える。

 念頭にはトルーカ砂漠にあった魔法王国の末路があるのだろう。

 

「貴公等からは興味深い話が数多く聞けそうだ。

 滞在先が決まっていないなら王宮に留まったらどうだ? 異国の者の意見が聞きたいという事も多いし、代わりに帝国内での行動には便宜を図ろう。無論法を犯さない範囲ではあるが」

「ありがたい申し出だが、香澄ちゃんとリゼはどう思う?」

「ん~、宿を取ったらまた騒動になりそうだし、良いんじゃない?」

「私もそう思うわ。あ、差し支えない範囲で構わないけど、歴史や地理、伝承なんかの書物があれば閲覧させてもらえないかしら」

 伊織の影響で彼女らまで大国の皇帝を前にしているとは思えないほど遠慮がなくなっている。

 

「ルアはどうだ?」

 伊織が訊ねると、ルアは躊躇することなく頷いた。

「ここ、イヤじゃないよ。パパと一緒だし」

「俺も良いっすよ」

 全員一致のようだ。

 ジーヴェトがここにはいないが、まぁ、答えは聞くまでもない。

 

「と、いうことで、世話になる。あ、少々模様替えはさせてもらうがちゃんと元に戻すから安心してくれ」

 トイレとか風呂とかを追加して魔改造する気満々な伊織。

「うむ。なんならこの国に骨を埋めてくれても良いぞ。とにかく好きなだけ居るといい。

 そうと決まれば場所を移す。

 全員が滞在できる離宮を用意せよ。それから宴の用意もだ。

 今宵はたっぷりと親睦を深めようではないか」

「んじゃ、俺は酒を用意しよう。とっておきのワインとウイスキーがある」

 旧来の友人のような雰囲気でブランゲルトと伊織はニヤリと笑みを交わしたのだった。

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