第108話 ようやく帝都到着、そして、馬鹿はどこにでも

「わぁ~!! スゴイ大きい!」

 ルアが窓越しに見えてきた帝都の光景にはしゃいだ声をあげる。

 帝都まではまだ数kmはあるのだが、それだけ離れていても両端が見えなくなるほどの規模だ。

 これまでにオルストの王都オルゲミアやアガルタの帝都に伊織達は訪れているが、グリテスカ帝国の都はそれらよりも遥かに規模が大きく、人口は50万人を超える。

 中近世然とした異世界としてはおそらく最大規模の都市であろう。

 

 盗賊と化した元公爵家の騎士達をあっさりと壊滅させた伊織達だったが、占拠されていた村の状況は予想以上に酷いものだった。

 一定年齢以上の男は、年寄り以外は子供も含めほとんど全員が殺されており、女性達もほとんどが奴隷同然の扱いを受けており、心身共に深い傷を負っている。

 もはや村に残った者達だけで生活を立て直すことなどとてもできる状況ではないため、シュラウズはコアの街まで生き残った村人を連れて行くことを決めた。

 伊織はシュラウズの要請を受けて大型バスを用意して村人を送り届け、同時にコアに駐在している辺境警備の兵士数十人を村まで乗せた。元騎士達の確認と調査、それから後始末のためである。

 その作業は翌日までかかり、結局帝都に向かうことができたのはそのさらに翌日のことだった。

 

 伊織達は車両を替えることなくエノクで街道を走り、途中で久しぶりに米国エアストリーム社製のキャンパーを出して宿泊した。

 当然その内装や装備にシュラウズは驚きまくっていたのだが、とりあえず本筋とは関係ないので割愛する。

 その後は特に他の街などに立ち寄ることはなく、こうして帝都を望めるところまで来たというわけである。

 帝都まであと少しというだけあって街道の幅はかなり広く、しっかりと整備もされている。

 そしてその街道はひっきりなしに隊商の荷車や人が行き交っており、当然のことだが伊織のエノクは目立ちまくっている。

 が、荷車や人が大勢街道を行き来している中で速度を上げるわけにもいかないので非常にゆっくりと街道を進むしかない。

 

 やがて帝都の街壁が間近に迫ってくると、街道の先に巨大な門が見えてくる。

 かつては旺盛な領土欲で近隣の国を侵略していたというだけあって、帝都は全体が高い街壁に囲まれており、中に入るには必ず門を通ることになる。

 無論伊織達であれば門を使わずに入ることもできるが、さすがに必要も無いのにそんなことをするわけもなく、大人しく帝都に入る隊商の列に並んで順番を待つことにした。

 門は荷車などの車両と徒歩の者で分けられているらしく、伊織は商隊の荷車の列の後ろにエノクを移動させる。

 警備の兵達が荷を確認するのでそれなりの時間が掛かるだろうと予想してのんびりと待つつもりだ。

 

 が、列に並んでわずか数分でエノクの方に10人ほどの兵士と20騎の騎兵が駆け寄ってきて、兵士は短槍を、騎兵はランスと呼ばれる騎兵用の槍を構えてエノクを取り囲んだ。

 すぐ近くに並んでいた荷車が慌てて列から離れて距離を取っていく。

「お~、なかなか素早いなぁ」

 伊織が暢気にそんな呟きを漏らしているうちにも歩兵と騎兵による包囲が完了し、騎兵の一人が騎乗したままエノクに近寄る。

「見慣れぬ荷車に乗っている者よ、所属と帝都まで来た目的を明らかにせよ! その上で乗っている者は全て降りてもらおう!」

 居丈高な物言いだが、これは致し方ないと言えるだろう。

 見たことのない得体の知れない荷車が近づいてくれば警戒するのも当然のことだ。

 なのでもちろん伊織が気分を害したわけではないのだが、その口を開く前に後部座席に座っていたシュラウズが動く。

 

「待て! 儂は北方騎士団のシュラウズだ。この者達は異国の者達だが訳あって騎士団に協力してもらっている。皇帝陛下に報告することがあって帝都に帰参した!」

 ドアを開けて街道に降り立つや否やシュラウズはそう声を張り上げる。

 名乗りを聞いたからか、それともシュラウズの姿を知っていたのか騎兵達は一斉に鞍から降りてシュラウズに敬礼する。

「団長閣下、失礼致しました! ですが、一応規則ですので、協力の内容と同行者の身分の開示をお願い致したく」

「うむ。この者達は大陸西部のオルスト王国からの旅行者だ。身分証は所持しているが真偽は確認のしようがない。古代の遺跡調査のために諸国を巡っているらしい。見ての通り我が国には無い技術を持っているために、辺境に押し寄せていた北部諸国からの難民の対処と、反乱軍残党の捜索及び討伐の協力をしてもらった。

 詳細に関しては直接儂から皇帝陛下にご報告申し上げる。

 帝国滞在中の彼等の行動については儂が保証する」

 

 シュラウズがそう説明すると、騎兵達だけでは判断がつかなかったのか2騎がその場から離れ、門の所に戻っていった。

 そしてしばらくして戻ってきた騎兵が最初に声を掛けてきた騎兵に耳打ちすると、その騎兵が頷いて兵士達を下げさせる。

「団長閣下の保証があるということで帝都への立入を承認致します。ただし、皇帝陛下の許可が下されるまでは異国の方々は第二壁までと制限をさせていただきたい」

 騎兵がシュラウズにそう申し出ると、シュラウズも頷いて了承した。

「第一壁の門まで騎兵が先導しますので、貴族用の門からお入りください」

「うむ。手数を掛ける」

 こうして伊織達の帝都への立入が認められたのだった。

 

「手間を掛けさせてすまぬな。それに非礼もだが」

 エノクの車内に戻ると、シュラウズはそう頭を下げる。

「いや、行き届いているとまでは言えないが、体制が変わってそれほど経っていないのになかなかちゃんとしてるじゃないか」

 伊織の微妙な褒め方に苦笑するシュラウズ。

 エノクは騎兵の後について列から外れ、別の門を通る。

 どうやらこちらは貴族や賓客、伝令などが通るための門らしく、並ぶことなくすぐに門が開かれた。

 

「うわぁ~……」

「すっげぇ」

「もっと建物が密集してるかと思ったけど、そうでもないのね」

「このあたりって暑そうだから風が通らないと辛いからじゃない?」

 門を通るともうそこは帝都の中だ。

 目の前に広がっているのは統一感のある建物の数々と無数の路地。

 だが香澄の言うように意外に建物と建物の間は広く、規模の割にはあまり密集しているという印象は受けない。

 ルアは感嘆の声をあげ、香澄とリゼロッドは街並を見て感想を言い合う。

 もっとも一人だけは見ている場所が違うようで、

 

「エータ君よ、薄着のネーチャンばっかり見てっと女性陣から嫌われるぞ」

「んな?! み、見てないっすよ!」

 伊織の言葉に目茶苦茶慌てる英太に、香澄が絶対零度の視線を向けた。

 リゼロッドは『仕方がないわねぇ』といった表情だ。

 

 グリテスカ帝国は大陸の南部に位置し、その版図の中央のやや南に帝都は位置している。

 地球と比較すると、おそらくインド南部や東南アジアと同じ位の緯度にあたると思われる。

 つまり何が言いたいかというと、リゼロッドの言葉にもあったように、気候的にかなり温暖な地域、もっと言えば結構蒸し暑いのである。

 必然的に住民の服装は簡素で涼しげな物が多く、特に女性の衣服は露出がやや多めなのだ。

 イメージとしてはやや胸の生地面積が広めのパレオ付きビキニである。

 健全な、いや、禁欲的とすらいえる青少年としては頼りない生地を盛り上げる胸やチラチラと見える太もも、ラインがはっきりと見えるヒップなどについ目が行ってしまうのは仕方がないことではある。

 同じ年頃の女子からどう見えるかということを考えなければ、だが。

 ちなみに慣習なのか、年齢が上の女性はインドのサリーのような布を身体にゆったりと巻き付けており露出は控えめだったりする。なかなかに読者好みの風習が根付いているものである。

 

 英太が後部座席の隅で小さくなるのをミラー越しに見てひとしきり意地悪く笑った伊織が、シュラウズに別の話題を振る。

「そういえば、騎兵が第二壁がどうとか言っていたが?」

「ああ、そういえばそれは説明していなかったな。

 帝都は見ての通り城塞都市だ。かつての帝国は領土を拡大して周辺国と敵対していたから帝都の守りは特に重要視されていたからな。

 とはいえ、最初から今の形になったわけではなく、穀倉地帯の中心に城壁を築いて都としていたのだが人口が増えるに従い、帝都も拡張している。

 これまでに3度、都を広げていて、城壁自体はそのまま残されているのだ。

 今現在、宮殿を囲む城壁を第一壁、最初の都の城壁を第二壁として、その内側は貴族の邸宅が集まっている。第二壁から第三壁は大店の商家や比較的裕福な民の家が、第三壁から今の街壁までが一般の民が暮らしている」

「つまり、貴族達の住んでいる場所へは入れないが、それ以外なら入っても良いってことか。まぁ、特に貴族街なんざ用はないから別に構わないな」

 

 伊織達が窓から見える街並を楽しみつつのんびりとしたペースで進むこと数十分。

 一際高い城壁と巨大な門の前で先導していた騎兵が立ち止まり、馬を降りた。

 それを見てシュラウズも席を立ってエノクのドアを開ける。

「それでは儂は陛下への報告に行ってくる。貴公等は帝都で宿を取るのであろう?」

「ああ、せっかくだからしばらく帝都を観光させてもらうさ。何か連絡があれば渡したヤツを使ってくれ。帰りは約束通りちゃんと砦まで送るから安心してくれ」

 事前にシュラウズにはトランシーバー型の無線機を貸し出してある。もちろんそれは砦まで送っていく約束を交わしたからだ。

 帝都はかなり広いと聞いていたし、宿などを事前に決めているわけではない。そもそも宿が気に入らなければどこかの空きスペースにキャンパーなりシェルターハウスなり出して寝泊まりするつもりだ。

 そうなればシュラウズはどこに居るかわからない伊織達を探すという余計な苦労をする羽目になる。

 もっとも、リゼロッドとジーヴェトは『イオリ(旦那)達が居るところなんてすぐに分かるだろう』などと言っていたが、その理由をいちいち聞いたりしない。

 

 ともかくそんなわけで、無線機を使えば帝都のどこに居てもすぐに連絡を取ることができるのでシュラウズに操作方法を教えて持たせることにしたというわけだ。

 もちろん伊織の方から連絡をすることもできる。

 シュラウズはわかったとレシーバーを手で示しつつエノクを降り、門へと歩いていった。

 残された伊織達は騎兵に2、3の注意事項を聞いた上で自由にしていいと許可を受ける。ただし、帝都を出る時はシュラウズに確認が必要らしい。

 シュラウズに身元保証人となってもらっているのでそれも当然だろう。

 

「んじゃまぁ、とにかく移動するか」

「パパ、お腹空いた」

「そうね、どうせなら市場の方に行って、屋台で何か食べましょうよ」

 リゼロッドの提案に従い、伊織はエノクを再び発進させる。

 道中である程度帝都内の立地は聞いているのでだいたいの場所はわかる。

「やっぱりこれだけの街だと地図が欲しいよなぁ」

「シュラウズさんの立場もあるから、許可取ってからね」

 帝国の地図も作成はしているのだが、全体の地図を優先したために帝都の中の地図までは作っていない。

 ただ、シュラウズが伊織達の身分を保証している以上はあまり勝手な事をするわけにはいかない。

 とはいえ、まだどのくらい帝都に滞在するか決めていないので作成するにしてももう少し先の話になるだろう。

 

 帝都内の通りは広く、そこここで荷車の往来もあるようだ。

 大型の荷車と同程度の大きさのエノクなら問題なく進むことができるだけの道幅があり、その通りを周囲の人達から驚いた顔を向けられつつ広場があると思われる場所に向かう。

 50万人以上が暮らす帝都だけあって通りは多くの人々が行き交っていて活気に満ちている。

 もちろん車道と歩道が分けられているわけでもないのでエノクは時速5kmほどのゆっくりした速度で進んでいくが、帝都の人達も初めて見る動物が牽いていない荷車に不用意に近づいたりしてこないのでそれほど危なくもない。

 

 だが、そこはそれ、そんな目立つ車両が進んでいけば絡んでくる愚か者はどこにでも居るものだ。

 市場のある広場が通りの先に見えてきた頃、一台の馬車がエノクを追い抜き、行く先を塞ぐように停止する。

 さらには馬に騎乗した騎士らしき男達が4人、エノクを取り囲み、馬車からも2人の男が降りてきて近づいてきた。

「これって、やっぱりテンプレ展開っすかね?」

 想い人からの針のような視線から逃れるチャンス到来とばかりに身を乗り出す青少年。何を期待しているのか丸わかりである。

「見るからに貴族っぽい馬車だしね。伊織さんのお馬鹿ホイホイに引き寄せられてきたんじゃない?」

 酷い言い種である。

 

「荷車に乗っている者は降りよ! そのような怪しげな物で栄光有る帝都の中を走るなど、下賎な平民風情に許されることではない! 帝国貴族たるパパリクト伯爵閣下が接収するゆえ、即刻その荷車を引き渡せ!」

 見事なくらいのテンプレである。

「馬鹿だ、馬鹿が居る」

 ジーヴェトが思わず呟く。

 その表情は、また面倒なことしやがってと言わんばかりに嫌そうだ。

 そして当然、オッサンが素直に従うことなどあるわけが無く、ジーヴェトの予想した通りの展開が始まる。

 

 前を塞がれて一旦停止していたエノクを、突っ立って偉そうに口上を曰った騎士姿の男に構わず再び前進させる。

「なっ?! ちょっ、うわぁ!」

 エノクのバンパーに小突かれ慌てて飛び退く騎士。

 そしてそのまま伊織はゆっくりとした速度で前を斜めに塞いでいる馬車に衝突させる。

 追突という形ではなく、なまじ斜めに停められているのと、伊織がわざと真横からぶつけるようにしたために馬車の木製の車輪が横からの圧力に耐えられず車軸が折れて箱型の荷台が斜めに倒れる。

「な、なな、なぁ?!」

「う、うわぁっ!」

 慌てた様子で馬車の中から1人の騎士と40歳くらいの小太りの男が這い出てくる。

 

 男達が逃げ出すまでエノクを止めていた伊織だったが、それ以上人が残っていないことが確認できると、さらにそのまま車両を前進させた。

 メキメキ、バキッ、ゴシャッ!

「うおっとぉ!」

「きゃあっ!」

「キャッキャ、あはは、すごぉい!」

 車内からも悲鳴だの歓声だのが上がるがもちろん伊織はどこ吹く風だ。

 荷車を牽いていた馬が2頭、パニックになって前足を上げて暴れるも、繋がっている荷車がエノクに乗られてビクともしないので逃げることができない。

 やがて大きく車体を揺らしながら馬車を踏みつぶしたエノクが残骸を乗り越えてから停止。

 そしてようやく伊織が英太と香澄を伴って車から降りる。

 

「邪魔だからさっさと片付けておけよ」

 自分がやっておきながらあっさりと言い放つ伊織に、さすがに高校生コンビも呆れた目を向ける。

「き、きき、貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!」

 何が起きたのか理解できず、伊織が懐からタバコを取り出して火を着けるのをポカンとして見ていた騎士と貴族らしき男だったが、伊織の口から盛大に煙が吐き出されてようやく我に返り、騎士のひとりが声を上げた。

「ん? 目の前に人の物を奪おうとした盗賊が出てきたから道を塞いだ障害物を荷車で踏みつぶしただけだが?」

「同じ内容でも言い方ひとつですっごく印象が変わるわよね」

「伊織さんの前に出てきた時点で終わってるんだからしょうがないって」

 

 あまりに予想外な返答に唖然とする騎士達を余所に、好き勝手言い合う面々。

「……ど、どうやら自分達の立場がわかっていないようだな。ここにおわす御方は偉大なるグリテスカ帝国の高位貴族、パパリクト伯爵閣下なのだぞ!」

「……で?」

「っ! どうやら異国の者のようだが、我が帝国では平民は貴族に絶対服従と決まっている! 貴様等の無礼は到底許されるものではないのだ!」

「だから?」

「っく、貴様等は今すぐ伯爵閣下に平伏して許しを請うがいい!」

「で?」

「っ!! き、貴様、なんだその態度は!」

「だから?」

 がなりたてる騎士を前にタバコをプカプカ、鼻をホジホジ。

 いかにも真面目に聞く気がないとばかりの言葉を繰り返すだけの伊織に、騎士達の顔がどんどん怒りで紅潮していく。

 

「落ち着くがよい。異国の蛮族なれば礼儀を知らぬのも仕方がないことだろう。これ以上帝都を騒がせるのも本意ではない。

 無礼と我が被った損害は不問に付すかわりに貴様の荷車を引き渡してもらおう。拒否は許さぬ。帝国を追われたくなければ大人しく従うことだ」

 半ば腰を抜かしてへたり込んでいた小太りの貴族が、ようやく持ち直したのか大袈裟な仕草で大物ぶった態度を装いつつ最初の要求を繰り返した。

 帝国を追われるなどという明確な脅し文句だが、相手が悪すぎる。

「嫌に決まってるだろうが、馬鹿じゃないのか? それとも帝国貴族ってのは人から物を強奪する盗賊を意味するのか?

 こちとら腹が減ってるから早く飯が食いたいんだ。くだらないことに付き合ってられるかよ」

 

「んなぁ?!」

「き、貴様ぁ!!」

 ついにキレたらしい騎士が剣を抜き放つ。

 ……お馬鹿はどこにでもいるものである。

 



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