第107話 帝都へ出発、でもちょっと寄り道

 帝国北部の砦を出発した伊織達は街道を南に進み、半日ほどで難民達の食料を調達したコアという街を通過した。

 そしていざ一路帝都へ、と考えていたはずなのだが現在向かっているのは帝国の西、いくつもの村落が点在する辺境地域であった。

 帝国の西部は山岳地帯の麓にあたり、広大な森林が広がる熱帯雨林らしい。

 実際の帝国の支配地域はその森林の手前にいくつかある開拓村までで、森林には帝国に属さない少数民族の集落がいくつも存在している。

 帝国に属さないと言っても、帝国の鉄器や道具類と山岳地帯の鉱物や森林の希少産物による交易などは古くから行われており、それなりの頻度で商人が行き来しているそうだ。

 

「その交易の中継地点となっているのがコアの街なのだが、何度か交易商人の行方がわからなくなっておるようなのだ。

 もっとも今に始まったことではなく、辺境には盗賊の輩もいるのでこれまでにも被害はあったのだが……」

「被害が増えているんですか?」

「いや、被害と言うべきかわからぬということだ。警備兵が巡回しても異常は見られぬらしい。しかし現に帰ってこない商人がいるということは何かが起こっていると儂は思っている。

 警備兵は10名ほどの騎士で巡回しているから盗賊がいても姿は現さぬだろうからな。北方騎士団でも調べてはいるのだがとにかく帝国は広いのでな。

 新たな皇帝陛下が即位されてまだ日も浅いために帝都や主要都市以外の街や村はいまだに不安定な状況なのだ」

 道中で帝国の状況を聞いているときに出た話題で、シュラウズはそう溜息混じりにそうこぼす。

 

 そして、その話を聞いた伊織はあっけらかんと「んじゃその場所にちょっと行ってみるか?」と言ったのだ。

 元々一月近く掛かる道程は伊織の車両で移動すれば3日程度でしかない。

 少々寄り道して新皇帝への報告が数日遅れる程度は大した問題ではないだろう。それに帰りはヘリなり飛行機なりで砦まで送り届ければ逆に砦をシュラウズが空ける日数はさらに少なくなる。

 シュラウズは伊織の思惑が気になりながらも、帝国にとって直近の懸念事項である西部地域の問題解決のために改めて伊織に要請したのだった。

 そうして一行はコアの街から西の街道を山岳方面に向かっているというわけである。

 ちなみに車両はLAPVエノク軽装甲車に替えてある。ヒューロンAPCでは大きすぎて目立つし、威圧感が強すぎる。

 警備兵の集団よりも警戒されるだろうというのが伊織の主張だ。

 こんな得体の知れない荷車に乗ってるんだから大して変わらないというツッコミはどうやら聞こえなかったらしい。

 

 コアの街から山岳地帯の手前にある森林に入るまでの距離はおよそ200kmほど。

 その中間地点にある人口5000人ほどの街で交易商人達は水や食料を補給してから向かうらしく、そこまでは確認が取れているそうだ。

 その街から森林までは主に米に似た穀物や芋類を生産物とする農村が街道沿いにいくつか点在するだけという話だ。

 なので街を過ぎてからは非常にゆっくりとした速度でエノクを進めていた。

 人間の速度で言えば少し早めのランニングと同じくらいの時速10kmほどだ。

 おかげでリゼロッドとジーヴェトは座席で船をこぎ始めている。伊織はルアを膝に乗せてタブレットで積ゲー対戦中だ。

 退屈なのだから仕方がない。

 

「……緊張感ねぇ~」

「リゼさんとヴェトさん、完全に伊織さんに染まっちゃってるわよね。社会復帰できるのかしら」

「お主等を見ていると戦場を突っ切っている最中でも変わらぬように思えるな。くれぐれも帝国の敵に回ってくれるなよ」

 運転席と助手席で英太達言い合い、シュラウズは何か疲れたような表情だ。

 比較的常識人な高校生コンビは、帝国にくるまでに実際に戦場のど真ん中を突っ切ってきたことは口にしない。

 

「最近の俺に対する扱いが雑になっている件」

「なんすか、そのラノベタイトルみたいなのは」

「伊織さんの真面目なときと不真面目なときの落差が大きすぎるからでしょ! もうちょっと真面目にやったら?」

「やってるってばよ。ほら、そろそろお客さんが登場しそうだぞ。ルア、ドローンを揚げてくれ」

 わざとらしく文句を言ったあと、伊織は前方を指さす。

 途端に目つきが変わる英太と香澄。

 香澄がエノクのルーフを開けてドローンを屋根に乗せるとルアがすぐに離陸させる。そして香澄はルーフから頭だけを出して双眼鏡を覗き込んだ。

 

「女の子が追われているわ。50mほど離れて剣を持った男が4人。狙撃する?」

「いや、女の子と男達の間にエノクを割り込ませてくれ、速度は上げなくて良い。ルアは気付かれないように男達の後を追ってくれ」

「了解っす」

「うん!」

 俄に慌ただしくなる車内。

 シュラウズには伊織達の行動の意味が半分以上理解できなかったが、伊織に車内に待機して外に出ないように言われ、ますます困惑するのだった。

 

 

 

「奇妙な荷車が近づいてくるだと?」

 寝台に腰掛けたまま手に持った杯を呷った男が片眉を上げて聞き返した。

 傍らには半裸の少女が酒の入った陶器の壺を手に控えており、男の声にビクリと首を縮めさせる。

「間違いない。街道を担当してる見張りが遠見筒で見たと鴉を飛ばしてきた。荷車だけで馬が牽いていない奴だそうだ。大きさは2頭引きの荷車と同じくらいらしい」

 報告してきた男が頷いて見張りが送ったと思われる紙片を見ながら補足する。

 地球では古代から近代に入るまでの長い期間、緊急の通信に鳥、特に鳩を使っていたことがある。帰巣本能を利用した方法だが、それとは別に鳥の種類と訓練次第ではある程度の命令を聞くようにできる。

 特にカラスなどは知能が高く人を識別することもできるので短距離ならば相互通信の役割をこなすことも可能だ。

 

「……北方騎士団か、それとも皇帝直属の部隊か。一台だけだっていうなら偵察の可能性が高いだろう」

「しかし、馬の牽かない荷車なんてあるんですかね?」

「噂でしか聞いたことがないが、東方の国に魔法で動く荷車があるらしい。あの強欲な簒奪者のことだ、どうにかして手に入れたのかもしれん」

 強欲な簒奪者とは暴力的な手段で皇位を奪った新しい皇帝のことだろうか。

 大陸の東にある国は魔法という技術がかなり発達しているという噂は大陸南部でもよく聞く話だ。

 古代には魔法でなんでもできたというお伽噺は誰もが聞いたことがあるが、実際には眉唾だと思われている。実際に大陸南部では魔法はほとんど使われておらず、ごく一部の呪い師が古代魔法と称して胡散臭い手品を見せる程度でしかない。

 だが、大陸東部では古代の魔法が今も使われており、大陸西部でも魔法を使う者は多いという話は交易商人の口から広まっていた。

 それに、東部の国とは交易も行われていて、魔法を封じ込めた道具がいくつも帝国に入ってきており、報告してきた男の言葉にも登場した遠見筒も遠くの物を見るための魔法道具のひとつだ。

 

「そろそろ潮時だな。そんなものを持ち出してきたってことは西部が目を付けられたってことだろうよ」

「きゃぁっ!」

 寝台に座っていた男がそう言いながら立ち上がる。

 その勢いに傍らの少女が悲鳴を上げてガタガタと震える。

 かなり大きな男だ。

 身長はおそらく2m近く、剥き出しになった腕は丸太のように太い。それも鍛え上げられた筋肉で覆われているのだ。

 男の年齢は三十代半ばほどだろうか、厳つい顔とボサボサの髪は粗野な雰囲気をかもしているが、動きには無駄が無くなんらかの訓練を受けた者という気配がある。そしてそれは他の者達も同じような印象を受ける。

 

「どうしますか? 逃げるにしても用意が間に合わなそうですし、一旦身を隠しますか」

「慌てるんじゃねぇ。少数の偵察部隊くらいどうとでもなるだろうが。それよりここを離れるならその荷車を手に入れてぇ」

 男がそう言ってニヤリと口元を歪めると、周囲の男達も酷薄な笑みを浮かべながら小さく頷く。

「おい、女っ!」

「ひぃっ?!」

「いつものようにこの村にその連中を連れ込むんだ。今回は特に警戒しているだろうからヘマするんじゃねぇぞ。失敗したら母親と妹はボロボロになるまで犯して父親と同じところに送ってやるからな。その代わり上手くいったら俺達は明日にはここから居なくなってやる。いいな?」

 男の言葉に、真っ青な顔で震えながら何度も首を縦に振る少女。

 

「他の連中にも言い含めておけ。それから人質を倉に閉じ込めて周囲に油を撒くんだ」

 その言葉を聞いて少女が男の足元に縋り付く。

「お、お願いです! ちゃんとやります! だからそれだけは!」

 だが男は少女を乱暴に蹴り飛ばすとつまらなそうに吐き捨てた。

「てめぇらが裏切らないようにだ。火を着けられたくなかったら、わかってるな?」

 残酷な宣告に、少女は痛みと悲しみで涙を流しながらも何度も頷いてヨロヨロと立ち上がった。

 

「奴等がコイツを保護して村に入ってきたら荷車を奪う。できるだけ荷車は傷つけたくないから矢は使うなよ」

「全員で掛かるか?」

「ああ。村に入ったら柵を閉じろ。なぁに、荷車一台じゃせいぜい騎士が数人ってところだろ、すぐに片付く」

「少しは手応えがあると良いんだがなぁ」

「ふん、腕がいい奴は俺がもらう。期待できんだろうがな」

 男達は偵察部隊と見越した者を嬲り殺しにする未来を想像して暗い笑みを交わす。

 引き込もうとしている連中が、自分達の想像を遥かに超える化け物であると知ったときには全てが手遅れなのだが。

 

 

 

「あ、あの、あ、ありがとうございました」

 英太が追われていた少女と男達の間にエノクを割り込ませると、男達は慌てたように足を止めて左右にばらけながら逃げ出していった。

 少女の方はその場にへたり込みながら息荒く肩を上下させ、エノクを降りた伊織に何度も礼を言っている。

「なに、別に大したことじゃないから気にすんな。追ってきていた男達に心当たりはあるか?」

「あ、えっと、いえ、多分野盗かなにかだと、その、声を掛けられて、恐くなってすぐに逃げたので……」

 少女が伊織やエノクの方を気にしながらおずおずとした口調で答える。

 助けられたというのに少女の顔色はいまだに悪く、怯えているかのように身体を小刻みに震わせていた。

 

「ふ~ん……まぁいいか。俺達は単なる旅行者だから野盗を討伐する義務は無いが、一応街に戻ったら衛兵にでも報告しておこう。

 それより、この近くの村の人か? 戻れるか?」

「あ、あの! そ、その、ま、まだあの人達が近くにいるかもしれなくて、村まで一緒に来ていただけないでしょうか。お、お礼もしたいですから!」

 少女の縋るような目と懇願に、伊織は安心させるような笑みを浮かべて頷くと、少女に手を貸して立ち上がらせた。

「怪我はしていないようだな。あの荷車は荷物があるから乗せられないが、送っていくから安心してくれ」

 そういって少女を促して歩き始める。

 英太はそのさらに後ろをエノクでゆっくりと付いていった。

 

 村は少女のいた場所からそれほど離れておらず、ほんの10数分ほど歩くと村を囲む柵が見えてくる。

 獣除けなのか、それとも侵入者防止なのか2m近い長さの腕ほどの太さの丸太が10数cm間隔でぐるりと村の周囲を覆っているようだ。

 村の入口は幅4mほど柵が途切れており、閉める時のために木製の扉が横に置かれていた。

 先導する少女の後に伊織とエノクが続く。

 時折伊織が耳に手を当てながらボソボソと何事かを呟いていたりするのだが、緊張している様子の少女は気付いていない。

 

 そうして伊織達が村の中に入り、入口近くの広場のような場所に辿り着いたところで入口の柵が閉ざされた。

 その直後、正面にある比較的大きな建物から数人の男が出てくる。

 先頭に立っているのは2m近い大柄な男だ。

 そして同時に他の家からも次々に剣や弓を持った男達が出てきて伊織とエノクを取り囲んだ。もちろん入口の柵の前にも数人が逃げられないように塞いでいる。

 どう見ても単なる盗賊ではなく、もちろん村人にも到底思えない。訓練された兵士の動きである。

 その数は総勢30人近い。

 

「お~お、ぞろぞろと出てきたなぁ。まぁ手間が省けてこっちとしては助かるが」

 キンッ、シュボ。

 伊織はそれを見て、ポケットからタバコを取り出してオイルライターで火を着けると、大きく息を吸ってから煙を吐き出しつつ暢気な口調で言う。

 その態度に、大柄な男が眉を顰めながら伊織を睨み付けた。

「随分と余裕があるようだな。娘に騙されてノコノコやってきた馬鹿が、俺達をただの盗賊だとでも思っているのか?」

 嘲るようなその言葉に、伊織は一瞬意表を突かれたように黙ると、次の瞬間腹を抱えて大笑いを始める。つまりは大爆笑。

 

「く、はははは! い、いやいや、あれで騙せたと思って、くふっ、思ってたのなら相当、ブフっ、あ、駄目だ、面白すぎて笑いが」

 今にも地面を転がりそうなくらいの笑い方に、男の額に青筋が浮かび顔が焼けたように紅潮する。

「……何がおかしい」

「く、くくく、最初からこの村が馬鹿共に占拠されてるのは知ってたぞ。なにしろこの娘を追ってた連中は逃げた先がここだったからな。それにこの娘も追われてたにしては様子がおかしかったし、昼間だってのに家の外に出ているのが年寄りだけ。こんなもん、気付かない方がどうかしてる」

 伊織がそう言うと男は忌々しげに舌打ちした。

 

「チッ、まぁいい、わかってて飛び込んでくるなんざ、どっちにしても馬鹿のすることだ」

 男がそう言って腰に下げた剣に手を添える。

 だが、男が次の動きを見せる前に別の方向から掛けられた声に中断させられることになった。

「さて、この男に貴様程度が何かできるとは思えんがな」

「?! き、貴様、シュラウズか! どうしてここに」

「交易商人が幾人も行方不明になっていると聞いておったのでな。彼等に頼んで連れてきてもらったのだよ。久しぶりだなゼンビウス。まさかこんなところに潜伏しておるとはな」

 

「ん? 知り合いか?」

「うむ。かつて帝国で権勢を振るっていた公爵家に仕えていた騎士よ。といっても騎士などとは名ばかりの無法者だがな。市井の民にやりたい放題、人の命など何とも思っておらん鬼畜よ。それに腕が立つ者がいれば誰彼構わず戦いを仕掛ける戦闘狂でもあったな。こやつの率いる部下達も似たようなものだ。

 皇帝陛下の命で公爵領を接収したときに逃げおおせたと聞いていたが、まさか帝国の東からここに来ていたとは思わなかった」

 シュラウズがゼンビウスを睨み付けながら伊織に説明する。

「なるほどねぇ。ようするにお尋ね者ってわけだな。ところで捕縛した方が良いのか?」

「いや、こやつは強さだけは本物なのだ。捕縛しようとすれば兵士が犠牲になりかねんから生死は問わないということになっている」

 

「……貴様等っ!」

 完全に無視された状態で言葉を交わされるのも我慢ならないが、それよりもまるで自分達がすでに追い詰められているかのような物言いが許せず怒りを顕わにするゼンビウス。

「伊織さ~ん、準備オッケーっすよ」

 そこにさらに追い打ちを掛けるように英太と香澄がエノクから姿を現す。

 英太は手に太刀を、香澄はいつもの標準装備に加えてM4カービンを持っている。

 だがそれでもたった4人でしかない。

 しかもゼンビウスから見たら一目で武器と呼べるものを持っているのは英太とシュラウズだけで、香澄が持っているものは到底武器には思えなかったし、伊織にいたっては丸腰にしか思えない。せいぜい懐に短剣などを忍ばしている程度だろうと考えていた。

 

 最初に動いたのは、村に案内した少女の近くに居た男だ。

 巻き込まれないように伊織から離れていた少女の腕を掴んでその首に剣を突きつける。

「抵抗すんじゃねぇぞ、この娘の……」

 男の言葉が最後まで口から出ることはなかった。

 ゼンビウスにも認識できないほどの速さで伊織が懐から銃を抜いたとほぼ同時に響いた渇いた破裂音と共に額のど真ん中を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちる。確認するまでもなく即死である。突き付けた剣を動かすことすらできず死んだ男の姿に、傍らの少女は腰を抜かしてへたり込んでしまう。

 続いてさらに数発の銃声が、今度は香澄のM4カービンから響く。

 同じように近くに居た村人を盾にしようとした男や弓を構えようとした男に容赦なく銃弾を浴びせる。

 

「ぐわぁっ!」

「ぎゃぁっっ!」

 当然英太も行動を開始している。

 放っておくと伊織と香澄だけで全て片付けてしまうので見せ場を無くさないためにも必死なのである。

 伊織の発砲と同時に身体に魔力を巡らせ、一気に右手側の集団に飛び込むと一太刀で3人の胴体を上下に分離させた。

 そして返す刀でさらに一人を今度は左右に分離させる。テレビショッピングも真っ青な見事な切れ味だ。

 

「チィッ! 距離を詰めろ! 囲んで斬りつけるんだ! 荷車も襲え!」

 一瞬呆気にとられたものの、ゼンビウスはすぐさま気を取り直して矢継ぎ早に指示を叫ぶ。

 だが当然そんなことができるはずもなく、英太と香澄によって瞬く間に男達は数を減らしていく。

『パパ! 家に火を着けようとしてる!』

 伊織が耳につけている小型のインカムからルアの声が響く。

「場所は?」

『パパの左、窓のない建物!』

 伊織はそちらに目を向けるも、建物は見えるが火を着けようとしている人間を見つけることができない。死角になる位置にいるのだろう。

 

『ダメっ! 間に合わない!』

 慌てたルアの声がインカムから聞こえた直後、黒い煙が建物の後ろから立ち上り、すぐに伊織から見える位置にも火が回ってきた。

『任せなさい! λΠυヽ▽〇Θκ!」

 インカムから別の、リゼロッドの頼もしい声と意味不明な呪文が漏れ聞こえてきた直後、勢いよく広がっていた炎と煙は唐突に、まるで最初から何も無かったように消失した。

 よく見ると壁などには焦げ後が少し残っているので、本当に火だけが根こそぎ消え去ったということだろう。

 当然これはリゼロッドが事前に用意していた魔法を発動したために起こったことだ。

 

 伊織は最初に商人が行方不明になっていて、襲われた痕跡が見つかっていないことを聞いた段階で街道沿いにある村が盗賊に占拠されたか、それとも村自体が盗賊となっていることを予測していた。

 盗賊がわざわざ丁寧に痕跡を消すというのは不自然だし、自分達に必要な道具類を運んでくる商人を森や山岳地帯の少数民族が襲うとは考えにくい。

 ましてや交換した物品を持って帰って売ることで利益を出す商人が自らの意思で帰らないのはもっとあり得ないだろう。

 そう推測を語った伊織が最後にボソッと『ラノベでもそういったシチュエーション多いし』と言ったのは全員がスルーした。

 

 そして疑いの目で見ていれば少女がたった一人で追われている状況も、追いながらも追いつくつもりのなさそうな男達の行動も、伊織達が割り込んだ直後から少女に追ってきた男達を気にする様子が見えなかったことも、さらには得体の知れない伊織達を村に連れて行こうとしたのも不自然でしかない。

 それを裏付けるためにルアがドローンで上空から逃げ去った男達の動向を確認し、それをインカムで聞きながら伊織が他のメンバーにあれこれ指示を出していたというわけである。

 つまり最初からゼンビウスの思惑も行動も筒抜けであり、伊織達を村の中に引き入れた段階で詰んでいるのだ。

 だからこそ人質を管理しやすいように一箇所に集めていることも、裏切りに備えて火を着ける準備くらいはしているだろうと予想して準備をしていたというわけだ。

 

「ん~と、次はなにかあるか? よくあるパターンだと森からモンスターが溢れてくるっての定番なんだが」

「その行動予測をラノベから引っ張ってくるのやめましょうよ。緊張感なさ過ぎっすよ」

 火の手が上がった直後、その連中を逃がさないように走っていった英太が抜き身の太刀を肩に乗せて戻ってきて、すぐにツッコミを入れる。

 香澄はルアとインカムでやり取りしながら残党が残っていないか確認しているようだ。

 

「き、貴様等は何者なんだ……」

 瞬く間に部下達を殲滅されたゼンビウスが呆然と呟く。

「異国の旅行者よ。運がなかったな、この者達が居なければ儂がここに来ることは無かっただろうし、本格的な調査ももっと先になっていただろう。小部隊では貴様等を討伐することはできなかったかもしれん。あるいはまた逃げられただろうな」

 シュラウズの言葉に、ゼンビウスが小さく息を吐いた。

「俺もここまでか。まぁいい、最後に一人でも道連れにできるよう暴れてやるさ。戦って死ぬならここまで生き残った甲斐もあっただろうよ」

 誰に言うともなくそうつぶやくと、ゼンビウスは今度こそ剣を抜き放つ。

 小柄な人間の背丈ほどもありそうな大剣。

 禍々しさを感じさせずにいられないそれを構えようとしたゼンビウスだったが、彼の最後の望みは叶えられることは無かった。

 

 ズダンッ!

 一発の銃声が響き、ゼンビウスは声をあげる間もなく倒れる。

「な?!」

 何が起こったのかわからない。だが再び立ち上がろうにも右足に力が入らず腕の力で上体を起こすのが精一杯だった。

 続いてもう一発の銃声で、今度は支えていた腕の片方に激痛が走り地面を転げ回る。

「あ~、悲壮な覚悟を決めたところに申し訳ないんだが、こっちはテメェの自己陶酔に付き合う気はないぞ。

 いいか?

 テメェは、その鍛えた身体も、研いた技も、立派な体躯も、何も役に立たずに、俺達に毛一筋の傷も負わせることもできず、記憶にも残らず、ただここで死ぬんだ。

 殺される理由は法を犯したからでも、村を襲ったからでも、帝国の将来のためでもない。たまたま俺達が来て、目障りだったからだ。

 良かったなぁ。好き勝手してきた無意味な人生が、無意味に終わるんだ。嬉しいだろう?」

 

 淡々と、噛んで含めるように言う伊織の表情には言葉通り何の色も浮かんでいない。路傍の石でも見るような、痛みに悶える姿も、悔しげに歪む表情もなにも見えていないようだった。

「き、貴様! ふざ……」

 ズダン!

 今度は腹部に焼けた鉄を流し込まれたような熱を感じた。

 腹部の傷は致命傷であってもすぐには意識がなくならない。

 痛みは徐々に遠のき、身体が凍えるような寒さを感じてきても意識だけははっきりとしている。

 もはや指一本すら動かすことができなくなったゼンビウスを襲ったのは、猛烈な恐怖だった。

 

 ゼンビウスは武人だ。

 死が身近な戦場を駆け回り、強い者と戦うのを生き甲斐にしてきた。

 生と死の狭間を心地良く感じ、死ぬ覚悟すらできている。

 それを伊織の言葉が完膚無きまでに叩き潰した。

 無意味な生、無意味な死、血反吐を吐きながら鍛え上げたこれまでの努力すら否定され、事実、相手に何ら報いることもできず死を迎える。

「おぉぉぉぉぉ……」

 最期に残したのはただ呻くような嘆きだけだった。

 

 


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遅くなって申し訳ありませんでした。

なんとか更新です。


それから、勝手を言って申し訳ありませんが、次週はお休みさせていただきます。

なので、次回更新は2月6日となります。

楽しみにしてくださっている読者様には本当に申し訳ありません。

でもエタったりはしませんので、少しばかりお時間をいただきたいと思います。


どうかお待ちいただけますよう、よろしくお願い致します。

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