第105話 帝国国境

 難民の代表の男の要請を断った伊織は、再びヒューロンに乗って街道を南に向かう。

「伊織さん、良いんすか?」

「うん? なにが?」

「伊織さんの事だから難民の人達に手を貸すかと思ってたんだけど。治療も本当に簡単な応急処置だけだったし」

 乗り込んだ直後はどことなく不機嫌そうだった伊織だったが、運転を始めるとすぐに元の飄々とした態度に戻っていた。

 そんな伊織に、英太と香澄が疑問を口にする。

 

「言ったろ? あれは完全に連中の自業自得だ。兵士は数が少ないんだから追い詰めれば暴発するに決まってる。そもそも兵士の任務は難民を追い払って元の場所に戻すことだ。無闇に反発すれば強硬な手段に出ざるを得なくなるさ。

 それに、国を捨てた経緯も考えが浅すぎる。女子供引き連れてぞろぞろと帝国に行ったところでそう簡単に生活基盤が調うはずがない。普通に考えて各集落で数人ずつ先行させて帝国の貴族なり代官なりに庇護を求め、受け入れを確約してもらわなきゃ移住したところで死ぬだけだ。

 極めつけは同行を申し出たことだな。

 なんの対価も提示せずに、ただ誰かに守ってもらえば良いって考えは相手にするだけ無駄だ」

「うわぁ、厳しい」

「持っていた荷物を見る限り戦火に焼かれて命からがら逃げてきたってわけでもなさそうだしな。自分達と家族をなんとしてでも守ろうと思うなら必死になって頭を使わなきゃならないし兵士に喧嘩を売るなんて真似できねぇよ。おおかた帝国の税が低いって聞きつけて先のことも考えずに現状から逃げ出したんだろうよ。他力本願の甘ったれなんざ構ってられるか」

 

 あまりに厳しい伊織の言葉だが、それに誰も異を唱えることはしない。

 英太も香澄も、自分の意思とは無関係に拉致され戦争の道具としてギリギリの生を掴んで生き残ってきた。

 ルアは母親以外に助けてくれる人は一人もおらず、街ぐるみで虐げられてきたのだ。

 英太達は伊織と出会わなければ運が良くてもグローバニエの奴隷のままだっただろうし、ルアにいたっては確実に死んでいた。

 そしてリゼロッドもジーヴェトも世界の厳しさや汚さを充分に知っている。

 そんな彼等から見れば、いかに重税で苦しい生活を強いられているからといって、何も考えず、準備すらロクにしない状況で故郷を捨てる軽率さと無謀さを擁護することはできなかった。

 

「ああいう連中は一旦助ければ最初こそ感謝してもすぐに図々しくなってくる。もちろん全員がそうというわけじゃないが、選別することができない以上は関わるべきじゃないだろうよ。

 ……とはいってもなぁ。多分難民はあの連中だけじゃないだろう。帝国との国境がどうなってるか」

「税率9割ってのも無茶苦茶だよなぁ」

「もっと切羽詰まった人もいるでしょうね」

「帝国が難民を受け入れるとも思えないわよね」

「皇帝が代わったばっかで余計な火種は入れたくないだろうよ。っつか、そうなると旦那も難しくねぇか?」

「まぁ、なんとかなるだろ。制限があるとはいえ商人達は出入りしてるわけだしな」

 

 伊織達がそんな会話を交わしながら移動すること3時間。

 大陸南部地域を縦横に流れる川の畔に到着する。

 川幅はおよそ30m。それなりに深さがあり、水量も多いようだ。

 この川の南岸から先が帝国の支配地域であり、北岸は周辺国の緩衝地帯となっている。事実上この川が帝国との国境線だ。

 ただ、国力に差があるため、南岸側はギリギリまで帝国の街や村が点在しているが、北岸側には街や村はかなり離れないと無い。

 そして川幅が比較的狭くなっている場所には木造の橋が架けられており、その北岸側に石造りの関所のような建物がおかれ、南岸側は砦のような大きく堅牢な施設が見て取れた。

 そしてその川の北岸側には推定で1万人を超える難民が集まっているのが見える。

 

「やっぱりいるわねぇ」

「けど、こんなに集まってるのにこっちの国の兵士は連れ戻したりしないんすかね?」

「多分だけど、この先は帝国だから刺激したくないんじゃない?」

 おそらくは香澄の言うとおりだろう。

 だから難民達がここに辿り着く前に兵士を使って追い散らそうとしたのだ。

 手に持てる荷物だけなら辿り着くこともできるだろうが、街道にいた難民達のように荷車や牽き車と一緒なら街道さえ塞いでしまえばここまで来ることが出来なくなる。

 ただ、帝国側も決して難民達を歓迎していないようで、北岸の関所の周囲には数百名の兵士が武装して立哨しており、難民を近づけさせないようにしている。

 

 伊織はヒューロンをゆっくりと関所に向けて進ませていく。

「待て! この荷車はなんだ! 所属と目的を言え!」

 関所まで100mほどまで近づくと、20名ほどの兵士が槍を構えて行く手を塞ぐ。

 伊織は兵士達の前でヒューロンを停車させると単身で車を降りる。

「大陸を巡る旅をしている者だ。人数は子供が一人、女性が二人、男が三人。多少の商品と貴金属の売買はするつもりだが、基本的には観光が目的だ。それと、古代文明の遺跡研究もしているのでもしグリテスカ帝国内に遺跡があるなら見ておきたい」

 20名の兵士に一斉に槍を突き付けられても飄々とした態度を崩さない伊織に、誰何してきた兵士も戸惑ったような顔で同僚と顔を見合わせる。

 

「そ、その荷車はなんだ? 馬が牽いていないのに進む、魔法の力か?」

「そんなようなもんだな。といっても売ることはできないし、特殊な燃料や技術が必要なんで、仮に帝国が手に入れてもほとんど使いものにならずに邪魔なだけの置物になるだけだ。そうそう、帝国は新しい皇帝陛下が即位されたと聞いた。会ってみたいとは言わないが、祝いの品は献上させてもらおう」

 伊織の言葉に、兵士が少し考えた上で出した結論は、責任者に確認するから待つようにということだった。

 伊織は当然それを了承し、ヒューロンにもたれ掛かりながらタバコに火を着ける。

 

 ヒューロンの大きさは全長が8.5m、全幅2.6m、高さは3.1mもある。

 こちらの世界の荷車と比べてかなり大きい。しかも全体が金属で覆われているのだから、はっきり言って目立つ。存在感がありすぎる。

 そんなわけで、いつの間にか周囲には難民達も集まってきており、怪訝そうな、あるいは不安そうな顔で伊織や兵士達を見ていた。

 だが伊織はもちろん、兵士達もそんな難民達など見えないかのように無視している。

 

 伊織が二本目のタバコを吸いきった頃、南岸側から簡素ながら質の良さそうな鎧とマントを身に纏った初老の男と文官らしき男が歩いて橋を渡ってきた。

「貴公が大陸中を旅しているという者か。儂はグリテスカ帝国北方騎士団の長を命じられているシュラウズという。こちらは事務官のピネスだ」

「ご丁寧にどうも、伊織だ。騒がして申し訳ない。他の者も挨拶させたいが、なにぶん子供と女がいるのでな。対応が決まれば改めて紹介させてもらいたい」

 小さく笑みを浮かべながら伊織が応じ、手を差し出すとシュラウズはガッシリとした手で握り返した。

 

「帝国は他国の者を殊更に拒むものではないが、今は色々と問題があってな。胡乱な者を入れるわけにはいかん。貴公はただ者ではなさそうだが、改めて目的を伺いたい」

「う~ん、といわれてもなぁ。そこの兵士さんにも言ったが、特別何か目的があるわけじゃない。好奇心の赴くまま大陸中を廻ってるだけだからな。もっとも、以前の帝国は腐敗しまくってたらしいからその時だったら来ようとは思わなかっただろうよ」

「……特に目的は定めていないと?」

 シュラウズの目が厳しさを増す。

 

「強いて言えば、そうだな。断片的な噂だけだが、新しい皇帝陛下ってのがかなりのやり手だって話だから興味が湧いた、それだけだよ。一通り見て回ったら次は東に行くつもりだ」

「なんとも捉えようのない男だな貴公は。して、実際に帝国を見て、気に入らなければどうする?」

「どうもしない。もちろん降りかかる火の粉は払うが、いちいち他の国の内情に口出しする理由はないからな。その時はさっさと次の場所に行くさ」

「もし儂が貴公の入国を拒否したらどうする?」

「その時に考えるが、まぁ多分別の場所から入ることになるだろうよ。そもそもその気になれば簡単に帝国に出入りすることはできるからな。適当な場所から国境を越えたり、空から入ったり、力ずくで押し通ることもできるぞ」

 

 質問を重ねるシュラウズに平然と言ってのける。

 さすがに伊織のこの言葉にはシュラウズも唖然とした。

 当然だろう。国境の守備を任されている騎士団のトップに向かっていつでも進入できると豪語しているのだから。

 しかも声を殺すこともしていないのでシュラウズの後ろに控えている守備兵にも丸聞こえだ。

 すぐさま兵士達が厳しい表情で槍を構える。だが、それをシュラウズは片手をあげて制した。

 

「面白い男だな。それに底が見えん。良いだろう、皇帝陛下に仇なさぬ限り貴公等を歓迎する」

「閣下?! よ、よろしいのですか?」

 シュラウズの言葉に兵士達はギョッとした顔をし、ピネスは慌てて聞き返す。

「構わん。この男の言葉通り、追い返したところで簡単にもぐり込まれてしまうだろうし、排除するとなるとおそらくはここの全兵力を投入せねばならん。陛下から預かった兵士が無駄に命を散らすだけだ。ならばこちらが把握できる形で通した方がマシというものだろう」

 伊織に倣ったのかシュラウズの方も随分と明け透けな物言いで文官に意図を説明する。

 

 納得したわけではないだろうが、渋々といった体でピネスが頷くと、シュラウズは改めて伊織に顔を向けた。

「だが、その巨大な荷車を通すことはできんぞ。見たところ相当な重さがあるのだろう、橋が壊れるのは困る」

 もっともな言い分である。

 公表されていないがヒューロンAPCの重量は20t近く、木造の橋ではおそらくその重さに耐えられないだろう。

「そりゃごもっとも。片付けるからちょっと待っててくれ」

 伊織はそう言っていつものように宝玉を地面に並べて異空間倉庫を開く。

 そして英太を残して全員を降車させた。もちろんルアは伊織の腕の中に抱き上げられている。少々甘やかし過ぎのような気がする。

 

 そしてその光景を見ていたシュラウズや兵士達はというと、全員がお口をぱっくりと開けて呆然としていた。

 文官のピネスにいたっては人間の口はそんなに開くのかと思うくらい顎が落ちている。

 まぁわからないでもない。

 目の前で繰り広げられているのは見たことも聞いたこともない魔法であり、巨大といっていい荷車が何も無かったはずの空間に消えていったのだ。

 そして荷車を動かしていたと思われる若い男、つまり英太が出てきた後はまたなんの痕跡も残さずに魔法は消え失せた。

 驚かない方がどうかしている。

 

「貴公は、いや、聞いても詮の無いことか」

 ヒューロンを片付けている間にルアや香澄達の紹介を済ませ、最後に英太の名をシュラウズに告げたのだが、どこまで認識できたかは怪しいものだ。

 シュラウズは色々と諦めたような顔で首を振り、伊織達に先導して関所を通り橋を渡る。

 橋は見た目通り木製のものだがかなり頑丈に造られているようで伊織達やシュラウズ、10名ほどの兵士が一度に渡っても軋みもしない。

「このくらい頑丈なら装甲車でも通れそうっすね」

「渡るだけならいけるかもしれんが、橋桁に何カ所か仕掛けがしてあるから難しいだろうな。少なくとも強引に突っ切ろうとすれば橋自体を崩されるぞ」

 当たり前のように伊織がいった一言にピネスの肩がビクリと震える。

 

「ほう? どうしてわかる?」

 シュラウズが苦笑を口元に浮かべながら訊ねると、伊織が軽く肩を竦めた。

「橋脚と橋脚の中間部分の橋桁に不自然な隙間がある。隙間無くピッタリと組むと上手く崩れないからな。それに橋脚と橋桁の接合部に目立たないように魔法陣が刻まれてるから注意して見ればわかるさ。もし敵が攻めて来て橋を渡ろうとしたときに遠隔で魔法を起動させて崩す仕掛けだろう」

「ほ、本当だ。全然気付かなかったわ」

「私も」

 魔法に関しては相当な自信のあったリゼロッドと伊織の魔法系統の弟子とも言える香澄が慌てて伊織の言った場所を確認し、悔しそうに唇を噛んだ。

 

「本当に底が知れんな、貴公は」

「いろいろと経験してるからな」

 シュラウズの言葉に短く返す伊織。

 詳しく説明する気がないことを察してそれ以上訊ねることはしない。

 そうして橋を渡るとその先に大きな扉を備えた門があり、そこからはグリテスカ帝国の領土だ。

 砦の構造は簡素だが、門を通過した敵に周囲から矢を射掛けられるように広場を囲むように壁が造られている。

 

「さて、貴公等を通過させるのは良いとして、いくつか注意してもらわねばならんこともある。少し時間をもらってもよいかな?」

「構わないさ。こっちもある程度情報を聞いておきたいからな。避けられるなら事前に聞いて余計なトラブルは回避したいし」

「どの口が言うのやら。いっつも自分から首突っ込んでるくせに」

「「「まったくだ(わ)ね」」」

「そこ、うるさい!」

 国境を守る砦の中で、周囲に帝国兵が大勢いる中でまったく緊張感のない態度の伊織達を一種異様なものを見るような目で見るピネスや警備兵。

 だがそれもシュラウズとしては予想済みだったのか、気にする様子もなく彼等を建物の中、おそらくは彼の執務室であろう場所に案内した。

 

 軍事施設らしく飾り気のない屋内は、作戦会議等にも使われているのか中央に大きな円卓があり、その奥側にいくつかのデスクがおかれている。

 シュラウズはその無骨な円卓に伊織達を促し、自らもその対面に座った。

 ピネスはというと、少し考える素振りを見せた後、デスクからいくつかの書類と会話を記録するためか何も書かれていない紙束を手にシュラウズの左側に座る。そして別の兵士に指示を出して飲み物の準備を指示した。

 そしてそれを待つ、こともなくおもむろに伊織が手に持っていた荷物からロール状に巻いた紙を取り出して円卓に広げる。

 

「帝国の法律やらなんやらは後で聞くとして、とりあえずどこからどこまでが帝国なのか、街の場所と名称、特産物なんかを教えてもらえるか?」

 とことんマイペースに自分の質問をぶつける伊織。一切遠慮する気は無いらしい。

 だが当然シュラウズ達はそれどころではない。

 これまた伊織達にとっては見慣れた光景となっているが、広げられた伊織謹製の地図は航空写真を基に作られたものでこの世界では考えられないほど詳細で完璧な位置関係、地形が記載されている。

 しかもその地図の大きさは1030mm×1456mmという、これも作成不能な大きさの紙に印刷されている。しかもフルカラー。

 

「こ、これは、貴公、これをどこで?」

「俺が作った。心配しないでも他の国の連中には見せていないし、今のところ見せる予定もない。あくまで俺達の旅のために作ったものだからな。

 ……必要なら同じ物を何枚か提供するぞ?」

 ピネスがかぶりつくように広げた地図に顔を近づけて写し始めようとしたので苦笑いで伊織がそう言う。

「もはや恐ろしいと思うことすら超越しておるな。くれぐれも皇帝陛下と敵対することがないように祈るしかないか」

「おや? まだ排除するって選択肢もあるんだぞ?」

「この砦どころか、北方騎士団全てが相手でも戦える自信があるような者達を相手に強硬手段など取れるわけが無かろう」

 半ば開き直ったような言い方だったが、シュラウズは本気でそう考えているようにも見える。

 

 とりあえず、地理や習俗、法律や禁止事項などの帝国内を旅するのに必要な情報収集と帝国官吏としての要求や要請に関しては英太と香澄、ジーヴェトがピネスとやり取りすることになった。

 なにしろ内容が幅広くて多いためにそうしなければ話が進まない。

 円卓の半分を英太達に割り当て、伊織とルア、リゼロッドで改めてシュラウズと向き合う。

「その子は貴公の娘なのかな?」

「血は繋がってないがな。事情があって引き取る事にした。目が気になるか?」

 間近に相対したことでルアの左右の瞳の色が異なるのに気付いたシュラウズが一瞬驚いたような表情をしたのを見逃さず伊織が訊ねるとシュラウズは首を振る。

 

「いや、初めて見るので驚いただけだ。そういう者が生まれることがあるというのは話に聞いたことがあったのでな。東方の国では神聖視されるらしいが」

 伊織達やジュバ族の子供達は瞳のことを口にすることがなかったせいかルアはすでに瞳を見られても怯えるようなことは無くなっている。

 今もルアを見るシュラウズに蔑んだり嫌悪するような態度は見られなかったために目のことが話題に上がってもそれほど気にしていない様子で伊織の隣で大人しくしていた。

「神聖視、ねぇ。一応注意はしておくことにするか。忠告感謝する」

 そうしてしばらくは腹の探り合い、とまではいかないが言葉を選びつつシュラウズが伊織の目的や行き先などを聞きだし、伊織がそれに答えるといった形で問答が続いていった。

 

「それで、帝国としては難民達をどうするつもりなんだ?」

 一通りの質疑を終えたところで伊織が逆に質問を返した。すると、シュラウズは難しい顔を見せる。

「こちらとしては苦慮している、といったところだ。すでに相当な数の難民が集まってきているし、中には強引に河を渡って帝国内に進入した者もいるのだ。だが河はそれなりに幅も深さもあるし流れも速い。現に十数人が流されて川下で亡くなっているのが見つかっている」

「いっそ受け入れたらどうだ? このままだと受け入れない帝国に対して逆恨みしかねないし、どちらにしても何らかの方法で入り込むぞ。そうなれば確実に治安が悪くなるだろう。

 地図を見たところこの周辺に点在している森を切り開けば開墾もできそうだし、受け入れた上で開拓民として移動範囲を限定して監視したほうが管理もしやすいだろう?」

 伊織の言葉にシュラウズは難しい表情のまま腕を組む。

 

「それは考えなかったわけではない。だがそうすれば周辺国を徒に刺激することになる。今の皇帝陛下に周辺国と争う考えは無い。それに、開拓させるにしても収穫を得られるまでは食料を支援しなければならんが、食料自体はあってもこの辺境まで食料を充分に持ってくるのは容易なことではない」

 現代地球においてすら難民問題はもっとも解決の難しい問題のひとつだ。

 いや、逆に移動手段が多く社会が複雑化した現代地球の方が難しくなっていると言うべきか。

 一般的に難民というのは『武力紛争や人権侵害などを逃れるために国境を越えて他国に庇護を求めた人々』のことを指す。

 その定義で言えば今帝国との国境に集まっている周辺国の人々は難民ではなく、重税や貧困から逃れるために帝国へ移住を希望する『経済移民』となる。

 帝国がその移民を受け入れると言うことは、同時に周辺国の労働生産者を奪う行為であり、周辺国の国力を損なう敵対行為と見なされるだろう。

 さらに、受け入れたとしても移民達が飢えれば何をするか容易に想像できる。食うために国を捨てたのに食えなければ野盗になるか、都市部に入り込もうとするだろう。どちらにしても真っ当な手段で稼ぐことはできず大量に犯罪者が生み出されることになる。これは放置しておいてもいずれそうなってしまう問題だ。

 

「だったら、ひとつ案があるんだが。俺達の入国を認めてくれた礼として手を貸すぞ」

 伊織はそう前置きして、ひとつの提案をシュラウズに話し始めた。

「……そのようなことが、本当にできるのか?」

 信じられないという表情のシュラウズに、伊織は何でもないといった余裕の顔だ。

「できないなら提案しないぞ。少なくともこれなら周辺国が文句を言ってきても黙らせることができるし、当面の問題は回避できる。

 もちろん将来的にはいくつもの課題は残るが、今の状態を放置しておくよりは対応が取れるだろう」

「そうか……わかった。失敗しても今とそう変わらんからやってみても損はないだろう。報酬に関しては上手くいってからだが、それなりに出させてもらう。釣り合うかは分からんがな」

「良いのか? 王都なりにお伺いを立てなくて」

「辺境北部に関しては儂に権限が与えられている。この程度であれば儂の責任で処理できるだろう。後で陛下には直接説明する必要はあるだろうがな」

 こうして伊織の悪巧み、もとい、提案によって難民問題が処理されることになったのだった。

 

 

 翌日、伊織達一行はせっかく渡った帝国から、再び橋を歩いて河を渡った。

 そして関所の前の広場に宝玉を並べる。

 もちろん異空間倉庫を開くためである。

 警備兵が見守る中、空間が揺らいで倉庫が開く。

 一度見ているし今回は事前に通達がなされていたために動揺する気配は無い。

 そして、伊織、英太、香澄、リゼロッドの4人が異空間倉庫の中に入る。ジーヴェトとルアは外でお留守番である。彼等には周囲に人が近づかないようにする役目もあるのだ。実際には警備兵によって難民達が近づかないようにされているので大して意味は無いが。

 

 やがてゴーという音と共に大きな、それはもう大きな車両が異空間倉庫から姿を現す。それも続けて4台。

 現代人が見ればすぐに大型トラックとわかるその車両の荷台には大きなクレーンのような設備や鋼材を組み合わせたような板が載せられている。

 先頭の車両が停車するとジーヴェトが助手席のドアを開け、ルアが先に、続いてジーヴェトが乗り込んだ。

 リゼロッドが運転する4台目のトラックが通過した時点で異空間倉庫は閉じている。

 呆然とそれを見守っている警備兵や数十m離れて興味深げに見ていた難民達が呆然と立ち尽くす中、伊織達のトラックは川沿いを下流に向けて進んでいった。

 



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さてさて、またまた新装備が登場です。

ヒントは複数のトラック。さてオッサンは何をするつもりなのでしょうw

いよいよ帝国に、と思ったら余計な仕事を引き受けたようなので、新皇帝との対面はもう少しお待ちを。


話は変わって、古狸の別作品『実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました』の発売まで一月を切りました。

各書籍通販サイトで予約受付が始まっておりますので、どうかご購入いただけると嬉しいです。

売れないことには続巻もできませんので、ご協力くださいませ!


hontoのオンラインストアで受付しているサイン本ですが、またまた上限に達してしまい受付が停止してしまっています。せっかく購入してくれようとした方にはご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。

週明けにも再々増冊ができないか確認してみようと思っていますが、できるといいなぁ……


なお、近況ノートに特典に関する情報も書いていますので、それもご確認頂けると嬉しいです。

同じく、近況ノートにキャラデザのラフ第5弾も掲載しています。今度は女の子!


それではまた来週の更新をお待ちください。

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