第99話 伊織の本気

 古代都市の中にある広場、中央部分にいまだなみなみと水を湛える広さ数百㎡はある広い空間の中に横たわっていた巨大な生物。

 尾の先端までの体長は20mを優に超え、見た目から推測される体重はおそらく20t近くになるだろう。

 長めの首と尻尾、肌はワニのように分厚くゴツゴツとした質感で堅そうに見える。

 そしてなにより背中には翼竜のような皮膜の翼を持っていた。

 どこからどう見ても伝説上のドラゴンである。

 

 これまでに竜脚類や角竜類、翼竜類のようないわゆる恐竜(正確には翼竜や首長竜は恐竜ではないのだが、面倒なので一緒くたに恐竜類ってことで)は伊織達も見ているし、サルファの民やドゲルゼイ王国などでも使役されていた。

 地球ではすでに絶滅してしまっているが過去には実際に生きていた生物でもある。

 だが眼前の水場に身を横たえているドラゴンらしき生き物はそれとはまったく異なる、生物学を根底から覆す外見をしている。手足と翼を別に持つのは地球では昆虫類くらいなものなのだ。

 

「ここを住処にしてるんですかね? というか、餌あるの?」

「砂竜とか蜘蛛人間みたいに地脈からエネルギーを得てるってことじゃない?」

 英太と香澄がドラゴンの挙動に注意を払いながらも疑問を口にする。

 ドラゴンから見てこちらは車輪の付いた鉄の箱であり伊織達の姿は見えないはずだが、それでも見たことのない闖入者に興味をそそられたのかそれとも警戒しているのか、今や完全に頭を上げてパトリアを睥睨している。

「襲いかかってきますかね?」

 英太の口調は軽いものの表情は緊張で強張っている。

 頑丈な装甲車といえど、さすがに20mを超える巨大生物と戦うことを想定されているわけではない。

 伝説のドラゴンに酷似しているとは言っても装甲自体を貫くほどのことはさすがにできないだろうが、あれだけの巨体にぶつかられでもすればひっくり返ってしまうことは充分あり得るし、下手をすれば装甲が歪んで脱出できなくなる可能性だってある。

 巨大ということはそれだけで十分すぎるほどの脅威なのだ。

 

「まぁ待て。もしかしたらしゃべったり褐色美女に変身できたりするかもしれん」

「なろう系かよ! そんなのあり得るんすか?!」

 あるわけがない。

 声帯の形状云々は置いておくとしても、頭だけでゾウよりも大きな生き物がしゃべったところで周波数が低すぎて人間の耳に聞き取れるとは思えないし、質量保存の法則から言って仮に美女になったところで体重は変わらない。

 推定体重20tの美女。悪夢である。

 オッサンのそんな戯れ言に英太がツッコミを入れていると、ただ見ているのに飽きたのかドラゴン(仮)はパトリアから目を外すことなく立ち上がる。

 するとその巨大さがさらに顕わになった。

 

 足はワニやトカゲのように身体の両側ではなく、象やサイのように身体の下側でしっかりと体重を支えており、背中までの高さは7~8mほどもありそうだ。

 大きさは一般的な2階建てアパートとほとんど同じくらいだ。この巨体で動き回れるというのが俄には信じられないほどである。

「こっちに向かってくるわよ。伊織さん、どうするの?」

 香澄が焦ったように指示を仰ぐ。

 パトリアからドラゴンまでの距離は200m近くあるが、あの歩幅ではここまであっという間に着いてしまうだろう。

「英太はパトリアを後退させて距離を取ってくれ。

 アレはどう見ても天然物じゃなさそうだから排除しよう。香澄ちゃんはブローニングM2(車載重機関銃)で迎撃。倒したらちょっと調べたいからミンチにはしないように」

 

「「了解!」」

 指示を受けて英太はパトリアの正面をドラゴンに向けたままバックさせ、香澄は砲座に着いてM2の照準を覗き込みつつ安全装置を解除させる。

 パトリアが動き出したことで敵と認識したのか、ドラゴンは威嚇するように地面に響くような咆吼を上げて一気に走り寄ってくる。

 そこに香澄がM2の12.7mm弾を撃ち込んだ。

 ドッドッドッドッド!!

 ドラゴンの顔や胸に命中し、血が吹き出る。

 が、普通ならばどれほど堅い鱗や甲羅を持っていようがなんの意味も持たないはずの、20mmの防弾鋼版をも貫く威力を誇る重機関銃の弾丸を喰らったドラゴンは命中の勢いで流血して足を止めたものの倒れることなく、むしろ怒り狂ったように吠えている。

 その声はパトリアのボディまでも振動させるほどの大音響だ。

 

「うそっ!? 効いてないの?!」

「マジかよ!」

 その様子を見た香澄と英太が驚きの声を上げる。

 あれだけの巨体だけに、数発程度では殺せないことは想定していたが、まさか軽傷程度しか負わせられないとは考えていなかった。

 そしてこうなると窮地に立たされるのは伊織達の方となる。

 ただでさえ手負いの獣は危険極まりないのに相手はパトリアよりも遥かに巨大なドラゴンである。

 負った傷の痛みに悶えるように身体を捩りながらパトリアに向かって猛然と襲いかかろうとしている。

 

「ヤバッ!?」

 ドラゴンが跳びかかろうと足に力を入れた瞬間、その気配を察知した英太はパトリアを右に急発進させた。

 間一髪、一瞬前までパトリアのいた場所にドラゴンが着地するもすでに脇をすり抜けるようにパトリアを走らせた英太は一旦広場から撤退することにした。

 伊織もその判断が間違っていないと考えているのか異を唱えない。

 英太は遺跡の通りを縦横に走らせ追ってくるドラゴンを振り切ろうとする。

 パトリアは大型軍用車両としては意外に小回りは利くが、それでも土地勘の無い場所で背後に気をつけながら自在に操れているのは見事と言えるだろう。時折蜘蛛人間を引っかけたり踏みつぶしたりはしながらも、なんとかドラゴンに追いつかれることなく徐々に引き離していく。

 もっとも、遺跡内を右に左に、限界まで速度を出しながらの移動は、運転している英太や銃座で車両の動きを予測しながら追いすがるドラゴンを照準に固定し続けている香澄、戦闘機すら自在に乗りこなしている伊織を除いた残りの面々はシートにしがみつきながら息も絶え絶えといった感じだが。

 

 香澄もパトリアを追いかけてくるドラゴンに度々重機関銃の弾丸をお見舞いしているのだが、ある程度は知能があるのか、ドラゴンは狙いを絞らせないように蛇行したり片方の前足で顔を防御したりしてなかなか致命傷を与えることができない。

 ダメージを与えられていないわけではないが、大型動物を22口径の拳銃で相手しているような手応えの薄さだ。

 このままでは倒す前に弾帯の交換や銃身の調整が必要となり継続攻撃ができなくなる。そうなれば手元のM4カービンの5.56mm弾では傷すら付けられない。

 最後の手段としては携帯対戦車パンツァーファウスト3も載せてはあるが、巨体の割に動きが素早いドラゴンに、走る車両の中から命中させる自信は香澄にはない。

 

「っと! うわっ?!」

 ようやくドラゴンを数百mほど引き離し、通りを抜けたパトリアがまた広場のような場所に出る。

 途端に英太が叫び声を上げた。

 理由はすぐに他の者も理解することになる。

 先程ドラゴンと遭遇することになった場所とほとんど同じような広場には、やはり同じような噴水があり、これまた同じくドラゴンまでが鎮座ましていた。

 しかもパトリアとドラゴンの追いかけっこの騒動を察知していたのか、こちらのドラゴンはすでに戦闘態勢である。

 

 英太は方向転換することも考えたが、そうした場合は今度はパトリアの側面に取り付かれる恐れがある。

 なのでそのまま新たなドラゴンの方に進んで直前に横をすり抜けることを選んだ。

 ドラゴンはパトリアを迎え撃つかのようにその場で待ち構え、直前で右側に進路を変えたパトリアに向かって大きく吸った息を吐きかける。

「うげぇ?!」

「うそぉ?!」

 ドラゴンの口から吐き出されたのは臭い息でもゲ○でもなく、真っ赤な炎だ。

 火を吹くドラゴン。

 実にファンタジーである。

 

「う~ん、多分身体の中にメタンガスを作る細菌を飼ってるんだろうなぁ。知ってるか? 人間のオナラにもメタンガスが含まれることがあって燃えるらしいぞ? アレも身体に溜め込んだメタンガスを、オナラじゃなくゲップで出してるんじゃないか? んで、歯で火打ち石みたいに火花を出して、ひょっとしたら魔法かもしれんが、点火したと。可能性としては無いわけじゃない、かもしれん。

 名付けて“ゲップ火炎放射器”だな」

「そんな解説いらねぇ!! あと、ネーミングに緊張感がねぇ!!」

 モニターを見ながら暢気なことを曰う伊織にイラッとする英太。

「そんなこと言ってる場合?! 最初のが追いついてきたわよ!」

 伊織と英太の掛け合いを香澄の鋭い声が遮る。

 

 香澄の言うとおり、パトリアを追っていた最初のドラゴンも追いついてきたらしく、幅数百mほどの広場に巨大なドラゴンが2体。

 そのドラゴン達は互いに争うことはなく、まるで連携するようにパトリアを挟み込むように動いていた。

 厄介なことにパトリアが通れるほどの路地はドラゴンの背後にある2本だけのようで、要するにドラゴン達を躱してすり抜けないと広場から脱出することができないのだ。

 ドラゴン達の方も一度脇を抜けられたことで学習したのか、一気に襲いかかるのではなく素早く左右にも動けるように警戒しつつ距離を詰めてきている。

 

「やれやれ。しゃーないから少しはオジサンも働くとするかね」

 M2重機関銃をぶち込んで牽制している内に脱出しようとタイミングを計っていた英太と香澄の耳に、そんなのんびりとした声が飛び込んでくる。

 思わずふたりが声の方に目を向けると、伊織は両腋のホルスターにデザートイーグル、両太腿にはさらに巨大なリボルバータイプの拳銃を差し、左手にバレットM82A1、右手と背中には予備として積んでいた英太愛用の特殊鋼材製の日本刀、しかも大太刀仕様。

 腰にはM82やデザートイーグルの弾倉をこれでもかと差し込んだ弾帯を巻き、胸にはアップルグレネードという通称で知られる丸いM67手榴弾が6個ぶら下がっている。

 ラ○ボーやコ○ンドーも真っ青な一人軍隊仕様の出で立ちである。

 全ての装備の合計重量は40kgを超えているだろう。

 

 唖然とする英太と香澄、心配で泣きそうになっているルア、肩を竦めるだけのリゼロッド、アクロバティックな車内でぐったりとして意識が半ば朦朧としている他の面々を余所に、伊織はパトリアの後部ハッチを開け、ロープの束をふたつ蹴り出すと外に降りた。

「あのドラ共は俺が引き受けるから隙を見て広場を抜けろ。遺跡の外で待っててくれれば適当に戻るから待っててくれ」

 まるで近所のドラ猫を相手にするかのようになんの気負いもなくそう言うと、伊織は返事を待たずにハッチを閉める。

 

「ちょ、いくら伊織さんでもヤバいって」

 ようやく香澄が声を上げるがすでに意味が無い。

 それでも援護くらいはしようと砲手席の照準モニターでその姿を見る。

 英太とルアも車内それぞれのモニターを食い入るように見つめる。

 どのみち伊織が降りた以上援護することしかできない。

 

 そんな彼等の見守る中、パトリアを降りた伊織は太刀を地面に突きたててロープを解いて左手首に軽く巻き付ける。それが終わると右手で太刀を引き抜いて肩に担いだ。

 ドラゴン達はパトリアから降り立ったさらに小さな人間に、それでも警戒しているのか様子を窺うように唸り声を上げながら身を低くしていつでも跳びかかれるような態勢をとっている。

「さて、ロクでもない連中に生み出されたのには同情するが、滅びた街に縛られ無限の時を家畜のように生きるのはもっと不幸だろう?」

 静かに語りかけるような口調。

 伊織の目に浮かんでいるのはドラゴン達への殺意でも闘志でもなく、ただ憐れな者を見るような悲しげな色だった。

 

 ドラゴン達がこの世界に自然に生まれたもので無いことは明らかだ。

 ベースとなった動物は居たのだろう。

 だが巨大な身体に鋭い爪まではともかく、翼竜のような翼はその身体と比して明らかに小さい。通常動物が飛ぶためには翼は身体の数倍の大きさが最低でも必要だ。それに普通は前足が翼としての役割を持ち、翼が独立した器官として存在するのは前述したとおり昆虫類だけである。

 そして昆虫類は飛ぶためのためだけに別の脳を持っている。でなければ制御できないからだと考えられている。

 だがドラゴンにはそれは無く、おそらくは伝説のドラゴンを模すためだけに翼竜の翼を強引に合成したのだろう。

 そもそも自然に生きる動物が12.7mm弾の直撃に耐えられるわけがないのだ。何らかの魔法処理が身体に施されているからこそあれだけの耐久性を持っているとしか考えられない。

 それに、これだけ派手に追いかけっこしていたにもかかわらず建物に損害を与えることも、途中で幾人も出くわした蜘蛛人間達に危害を加えることもしていない。

 そこから導き出されるのは、ドラゴン達が都市と住民を守るために生み出され、すでに都市が滅んだ後もその命令に縛られている悲しい合成生物であるということだ。

 

 ジャキ。

 伊織がバレットM82のチャンバーに銃弾を送りこむ。

 その音が合図になったのか、正面側のドラゴンが伊織に向かって駆けだした。

 ダンッ! ダンッ!

 スタンディングでの片手撃ち。

 重量10kgを超えるアンチマテリアルライフルでするような撃ち方ではないのだが、伊織はわずかも身体をブレさせずに迫り来るドラゴンの目を正確に撃ち抜いた。それも両目を。

 グォォォォン!!

 12.7mm弾はドラゴンの身体を撃ち抜くには力不足でも、さすがに身体の柔らかい部分まで桁違いの耐久性を持っているわけではない。

 さすがのドラゴンも激痛に耐えかねて暴れ回る。

 前足と尾を目茶苦茶に振り回し、それでも襲いかかるのは諦めていないのか闇雲に突進する。

 とはいえ目が見えないせいで伊織の方ではなく見当違いの方向に突っ込んで建物に激突する。そして飛び出してきた蜘蛛人間や建物を薙ぎ払いながら暴れ回る。

 伊織は慌てることなく近づくと、振られた尾が飛んできた瞬間に太刀を一閃して切り落とした。

 

「……すげぇ」

 モニターでそれを見ていた英太が呆然と呟く。

 M82を片手で撃ったことも、12.7mm弾すらも通じないドラゴンの尾を一太刀で切り落とす技も、とても人間業とは思えなかった。

 ここまで旅をしてきた彼等にして、伊織が本気を出して戦うのを見たのは初めてだったのだ。

 伊織の身体には魔法を補助するための刺青が彫られており、おそらくはあの動きも身体強化などの魔法によって可能になるのだろうとは想像できるが、それでもどれほど鍛えたところで英太がその領域に到達するイメージを持つことはできなかった。

 

「っつ!! 英太! 街の外に出るわよ! CV90を出すわ!」

「は? っ! わ、わかった!!」

 戦う伊織の姿に、香澄が弾かれたように叫ぶ。

 その言葉に言外の意思を読み取った英太はパトリアを急発進させる。

 最初の頃、二人で決めた思い。

『足手まといのままにはならない』『伊織と並び立つくらいの実力を身につける』

 実力差は簡単には埋まらない。ならば二人ができるのは力を合わせ、頭を使い、工夫することだ。

 この都市遺跡にあとどのくらいドラゴンが居るのか分からないが、出くわす度に伊織に頼ることなどできない。

 12.7mmが力不足ならそれ以上の攻撃力を持つ車両に替えるまでのことである。

 それに思い至った二人は、暴れ回るドラゴンの脇を抜けて限界速度で都市の外を目指した。

 

「お~ぉ、張り切ってるねぇ」

 走り去るパトリアを見て伊織はニヤリと口元を綻ばせる。

 英太達が逃げるためではなく戦うために離脱したことを察しているかのようだ。

 その間にも暴れ回るドラゴンの皮膚の薄い場所を狙ってM82で撃ちまくる。

 と、同時に、左手にロープを巻き付けたまま周囲を走り回ってドラゴンの手足と尾の動きを阻害していく。

 そうしてほどなく、長さ200mのロープはドラゴンの体中に巻き付いて身動きが取れなくなっていった。

 必死に藻掻くドラゴンだったが、太さ10mm程度のロープは引きちぎられることもなく、むしろ暴れるほどに手足に食い込んで動けなくなっていった。

 もちろんこれも普通のロープではない。

 日本の繊維会社東洋紡が米国ダウケミカルと共同開発したポリパラフェニレン・ベンゾビス・オキサゾール繊維で、有名なアラミド繊維の2倍以上の強度と650℃まで耐える難燃性を持つスーパー繊維で作られた特殊なロープである。

 ドラゴンの力がどれほど強かろうが、わずか1mmの太さでも自動車すら持ち上げられるほどの強度を持つ繊維に勝てるわけもない。

 

 ならばとドラゴンは口を大きく開けて火を吐こうとする。

 だがそれを待っていたかのように伊織はその口の中にピンを引き抜いた手榴弾を放り込んだ。

 なまじ頭が大きいだけに投げ込まれた手榴弾は喉の奥まで入り込み、数秒後破裂する。

 これが致命傷になった。

 15mの範囲に致命的な破片を撒き散らすM67手榴弾はドラゴンの喉奥で破裂し、首を内側から破壊し尽くす。

 最後の力で数秒藻掻いたドラゴンも、数回痙攣した後は動くことがなかった。

 

 片方のドラゴンとの戦闘を終え、伊織はM82をドラゴンの身体に立てかける。

 M82の弾倉に込められている銃弾はわずか10発。

 予備弾倉も大きいためにそれほど持ち歩くことはできず、すでに弾は撃ち尽くしているのだ。

 代わりに伊織が取り出したのが太腿のホルスターに差していたバカでかい拳銃だった。

 拳銃として実用性を考慮すれば最強なのは.50AE弾を使用するデザートイーグルなのだが、実は威力だけで言えばそれを上回る拳銃もある。

 その中でも実用性を無視して威力だけを追及した拳銃が、今伊織の手にしている超大型リボルバーPfeiferパイファーZeliskaツェリスカだ。

 オーストリアのPfeiferWaffen社が開発したこのハンドガンは大人の人差し指ほどもあるライフル用の.600N.E.弾という、7.62弾を超える威力を持つ弾(威力を表すエネルギーは3倍を超えるが初速や貫通力は7.62弾の方が上)を使用し、銃自体の重量は6kgを超える、最強の拳銃という称号を得るためだけに作られた代物である。

 伊織は片手で軽々と扱っているが、これは伊織がおかしいのであって普通の人はバイポッド(2脚)を取り付けたり地に伏せた状態で土嚢の上に乗せて撃たないと大怪我をする。というか、そうしても怪我をする可能性が高いくらいだ。

 

 そんな馬鹿馬鹿しい銃を片手に持ちつつ踵を返す伊織。

 その向かう先はもちろんもう一方のドラゴンだ。

 向かってくる小さな人間に、ドラゴンは威嚇の咆吼を上げる。

 だが目の前でドラゴンが屠られたのを見てかなり警戒しているようで、翼を広げて巨体をさらに大きく見せながらすぐに動ける態勢のまま注意深く伊織を見つめている。

「おいおい、そんなに小さくなってどうしたよ? すぐに楽にしてやるから始めようや」

 太刀を小脇に抱えて器用にタバコに火を着けると、伊織はむしろ優しげに見える微笑みを浮かべながらドラゴンに銃口を向けた。

 

 

 

 一方、広場を後にした英太の運転するパトリアはわずか数分で街を抜けて都市外縁の野営場所まで戻っていた。

 速度が倍以上違うためにシェルプの時とは違い蜘蛛人間が追いすがってくることもなく排除する手間もない。

 英太がパトリアを停止させると、香澄はすぐさま車から飛び降りて異空間倉庫を開くための宝玉を並べ始める。

 一度創れば異空間倉庫を開くのは比較的簡単だとはいえ、そのための宝玉は正確な配置で並べなくてはならない。

 伊織ほど手早くとまではいかず、焦りを抑えながらなんとか並べ終えて開くと、英太がその中に飛び込んでものの数十秒の後にスエーデン製の装軌式歩兵戦闘車両CV9040で再び現れる。

 

「私と英太がCV90で行くからパトリアはリゼさんがお願い。ルアちゃんとジーヴェトはそのサポートね」

 CV90に乗り込みながら香澄がそう言うと、リゼロッドが頷いて了承する。英太ほどの運転や機銃での戦闘はできなくても通常運転くらいはできるのだ。

 ルアも不安そうな顔をしながらも力強く頷く。

 いつの間にやらジーヴェトが呼び捨てになっているのはご愛敬だ。

 

「待ってくれ! 邪魔はしないから俺もそっちに乗せて欲しい。頼む!」

 ここまでほぼ空気だったサリアがそう叫び、香澄が眉を寄せる。

「こっちに乗ってもあんまり意味無いんだけど。それに装軌式車両だから乗り心地悪いわよ? 酔われても困るし」

「俺の事は放って置いてくれて構わない。絶対にカスミとエータの邪魔はしないから!」

 やんわりと邪魔だと言外に漂わせながら断るも、サリアはさらに言い募る。

「……乗るなら急いで。すぐに伊織さんのところに戻るから。乗ったらベルトを締めて、舌を噛まないように口を閉じてて」

 結局、問答の時間が惜しい香澄が折れてサリアの同乗を許可することにした。

 

 その言葉に慌てて乗り込むと、すぐに香澄が扉を閉じてサリアをシートに座らせてベルトを締めさせる。そして何も言わずに砲手席に座った。

「行くよ」

「ええ」

 英太と香澄の会話もそれだけ。

 CV90は再び都市遺跡の中に進路をとった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る