第98話 遺跡に棲むモノ

 古代遺跡の陰から姿を現したのは英太やジーヴェトが口にしたように蜘蛛とも動物とも思える異様な姿をしていた。

 体長は1mほどと思われるが、全身は黒に近い茶褐色の毛に覆われ、4本の足は獣というよりは蜘蛛のように左右に大きく広げられている。

 見た目だけでいえば地面を歩くナマケモノに似ている。イメージし難ければ動画を検索してみると良いだろう。

 ただ、動きはナマケモノとは比較にならないようで、物陰から出てきたその生き物は意外に素早い動きでシェルプを取り囲み始めた。

 

「人間、って、伊織さんマジっすか?!」

 伊織の言葉で改めて見直しても信じられない。

「考えるな、感じるんだ!」

「燃えよド○ゴンかよ! いや、そういうネタはいいから!」

 即座に突っ込む英太。というか、どうして高校生がそのネタを知っているのだろうか。まぁ創造主古狸がオッサンだからだろう。

 

「……ねぇ、見た目じゃ信じられないんだけど、気配、というか魔力? それが本当に人間なんだけど?」

 なんと香澄の方は伊織の言葉をそのまま実行して気配を探ったらしく、異形の生き物の正体を伊織と同じ結論に導き出したらしい。

「なんか、光神教本部で見た改造された信者みたいな気配を感じるわね」

 古代魔法の専門家であるリゼロッドはさらに詳細に感じ取ったようで、嫌悪に顔を歪ませながら呟いた。

 一方それを愕然とした様子で聞いたのは砂漠の民であるサリアとラウラだ。

「ば、馬鹿な……」

「で、では、アレは我等と同じ祖を持つ者なのですか?!」

 シェルプの外に蠢く異形の存在が自分達と同じ、古代文明の末裔であることが信じられない。そのくらいショッキングな光景だったのだろう。

 

 車内でそんな話をしている内にシェルプは異形の者達に完全に包囲されてしまっていた。

 想定外の遭遇に停車していたためにもはや穏便に抜け出すことはできそうにない。

「っと、あんまり友好的な遭遇とはいかないみたいっすよ」

 包囲しての様子見は終わったのか、異形の者達が包囲を狭めて群がってくる。

 数は見える範囲では30~40体ほどだが、建物の陰にはさらに潜んでいる可能性が高い。

 英太は運転席の右側のレバーを前に押し、左側のレバーを手前に引く。

 と、シェルプは通りの極狭い範囲を回り出す。まるで遊園地のコーヒーカップのような動きだ。

 シェルプの操作は通常の車両よりも装軌式車両に近い。だから右側のタイヤだけを動かしてその場で旋回することができるのだ。

 英太はその動きで異形の者達を牽制して近づけないようにする。

 だが如何せんシェルプは遅い。

 最高時速がわずか40km/hであり、旋回するとなると実にゆっくりとした動きしかできないのだ。

 最初は驚いて距離を取った異形達も、その動きが脅威ではないと思ったのかしばらくすると慎重にだが近づいてこようとしている。

 

「ヤバッ! 伊織さん、どうします?」

「どう見ても歓迎してくれてるようには見えないな。ってか、こっち見てヨダレ垂らしてるし! 連中にとってはご飯が舞い込んできたって感じなんだろうよ。

 蹴散らすぞ! 一旦都市の外まで戻る。香澄ちゃんは進行方向に居る奴にミニミぶち込んでくれ」

「うっす!」

「え、ええ、わかった!」

 対応に困った英太が伊織に指示を仰ぐと、伊織はあっさりと融和的接触を放棄した。そもそも話が通じるとは思えない。言語的な問題以前に。

 

 方針が決まれば高校生コンビの動きは速い。

 英太が元来た道に向けてアクセルを踏み込むのと、香澄が上部ハッチを開けて身を乗り出すのは同時だった。

 直後、香澄のミニミから発射された5.56mm弾がシェルプに飛びかかろうとしていた異形3体をまとめて撃ち抜き、倒れた者達を巨大なパドルタイヤが踏んづける。

 自然環境を極力壊さないように配慮された柔らかなタイヤなので運が良ければ軽傷で済むかも知れない。

 

「お、おい、追ってくるぜ!」

 後部を睨みながらジーヴェトが叫ぶ。

 蜘蛛のような走り方なのに結構な速度で移動ができるようで、シェルプに追いつけないまでも殆ど離されることなく追走してくる異形の者達。

 ほどなく建物が途切れて都市の外側に出る。だがおよそ10体ほどの異形はそのまま追いすがってくる。

「英太、このまま外周を走ってくれ」

 伊織はそう指示すると後部の窓を開ける。そしてM4カービンを手にすると間髪入れずに追ってくる異形に向かって引き金を引いた。オートではなくセミオートの単発撃ちだ。

 異形達は頭や腹部、脚部、腕などそれぞれ異なる部位を撃ち抜かれ、次々に脱落していく。

 そして1分もしないうちに追ってきていた異形は全てその場に崩れ落ちるように動けなくなると、伊織はシェルプを異形達のところに戻させた。

 

 シェルプが石畳の上で藻掻いている異形に近づくと、伊織はM4を持ったまま飛び降りる。

 そして威嚇するように唸り声を上げる異形達の様子をひとしきり観察してからリゼロッドを呼んだ。

「どう思う?」

「……古代文明の研究、辞めたくなってきたわ」

 伊織が異形のひとり(1匹?)を暴れないように拘束し、それをリゼロッドが目視や魔法を使って調べる。

 一通り調べ終えたリゼロッドに伊織が訊ねると、心底げんなりとした表情で肩を落とす。

 

「やっぱりか」

「ねぇ、イオリはこれを予想してたの?」

「どういうことっすか?」

「コイツら、なんなんです?」

 伊織とリゼロッドが顔を顰めながら話していると英太と香澄も武装を整えてシェルプを降りてきた。

 シェルプのルーフからはジーヴェトが上体を出して周囲を警戒している。

 追ってきていたはずの異形達は、追いすがった者達が倒されたのを見たのか都市の中に逃げたようで見える範囲には近づいてくる者は居ないようだ。

 だがまたいつ襲ってくるかわからないので立ち話をしているわけにはいかないだろう。

 

 とりあえずシェルプの車内に戻った伊織達は、昨夜の場所まで戻り車両をパトリアAMVに交換することにする。

 さすがにアクティビティ用の民生車両ではいつ襲いかかってくるかわからない異形の人間や砂竜相手に不安があるからだ。

 昨夜も使っていたので資材や弾薬などは充分に積まれており単に車を入れ替えるだけで済む。

 天井が高くないので少々圧迫感はあるものの15名の乗員兵員を乗せられる容積はあるのでそれほど狭くはない。

 

 さすがにあの異様な人間達に取り囲まれたことで怯えたのか、ルアが抱きついて離れようとはしないので伊織はそのまま膝に乗せてシートに座る。

 その隣にはリゼロッドと香澄、英太、対面側にジーヴェトとサリア、ラウラが席に着く。

 最初に口を開いたのはサリアだった。

「アレは、あの異様な生き物が俺達の祖の末裔なのか? 俺達と同じ人間、なのか?」

 サリアは自分達ジュバ族は古代都市に住んでいた人間の末裔だと聞かされてきた。そのことはジュバ族の誇りのひとつにすらなっていたのだ。

 それだけに聖地で生き残っていた人間が異形の化け物になり果てていたことがショックだったのだろう。

 口には出していないがラウラも同じのようで、顔色を青くして俯いている。

 

「まぁちょっとばかし気持ち悪いのは確かだな」

「いや、そこはちょっとばかしとか軽く流すところじゃないと思うが」

 ジーヴェトのツッコミに小さく肩を竦める伊織だったが、続けた言葉にはサリア達だけでなく英太と香澄も絶句することになった。

「正確に言うと、アレは古代都市の末裔じゃない。古代都市の住民の、成れの果て、だ」

「は?!」

「え、どういうこと?」

 言葉の意味がわからず素っ頓狂な声を上げたのはサリアとジーヴェト、聞き返したのは香澄だ。

 

「あの気持ちの悪い猿みたいな人間、アレには高度な魔法と外科処置が施されていたわ。

 光神教の本部で大主教に改造された信者がいたでしょ? 内容としてはアレに近いわね。しかも術式はかなり古くて劣化してる。

 この都市にいる全てがそうかはわからないし、絶対にとは断言できないけど、状態から考えてこの都市の住人が変質したものの可能性が高いわ」

「あの大主教ほどじゃないがかなりの再生能力を持っていたな。さすがに頭を吹っ飛ばした奴は死んだようだが。

 術式は多分地脈のエネルギーを取り込むのと、再生能力の向上、劣化の抑制、つまりは不老不死を魔法で実現しようとしたんだろうよ」

 リゼロッドと伊織の説明に、英太と香澄はなんとかついていけたようだが、サリアとラウラはもともと魔法の知識がほとんど無いし、光神教のことも知らないのでいまいち理解できていない。

 ジーヴェトはそもそも理解するつもりが無いようで、単に嫌なことを聞いたという感じで顔を顰めているだけだ。

 

「不老不死って、本当に可能なんですか?」

「魔力を高めることで寿命を延ばしたり身体を若く保ったり出来るっていうのは知ってますけど」

 身体を若く保つという言葉にラウラが反応するも、それはスルーして伊織が答える。

「肉体そのものを不老不死か、それに近い状態に保つこと自体は不可能じゃない。そもそも自然界にはハダカデバネズミのようにほとんど老化しない動物や、成熟すると幼生体にもどるクラゲのような寿命が存在しない生き物だっているしな。

 肉体にだけ魔法を施した場合はあの大主教みたいに限界を超えた細胞が癌化するが、幽体にまで魔法効果が及ぶように調整すれば肉体の老化を完全に無くすこともできる。

 ただ、精神の方はそうじゃない。

 高度な社会性を持つ人間なんかの生き物は思考や行動に占める本能の割合が小さい。そういう生き物は生きているだけで精神が疲弊していくし、いずれ繰り返される日常に耐えられなくなってくる。

 そもそも個人のやりたいことなんざ、数百年も生きればやり尽くすからな。惰性と本能だけで生きられるほど人間の精神力は強くないんだよ」

 

「………………」

 絶句する一同。

 リゼロッドが推定したように古代王国が滅んだのが1800年以上前だとしたら、この都市の住人はその時から生きていることになる。

 同じく都市に暮らしていた住民の末裔がジュバ族として砂漠の外縁で暮らすようになったことを考えると、そういった魔法措置が施されたのは都市でも特別な地位にいた者達やその家族だったのだろう。

 都市が滅び、豊かな生活を捨てることなどできずにこの場所に留まっているうちに周囲は砂漠化し、そうなれば移動することもままならない。

 もしかしたら他の地域に移り住んだ者達もいたかもしれないが、滅んだ街の、緩やかに荒廃していくだけで変化のない環境。地脈からエネルギーを得るので少なくとも飢えで死ぬことはなく、病気もなく、少々の怪我はすぐに治ってしまう。

 どんな人間でも数百年も持たずに精神が壊れてしまうだろう。

 一応は脳が破壊されれば死ぬようだが、その勇気を持てなかった者はいずれただ肉体的に生きているだけの屍となるのだ。

 蜘蛛のような四つ足での動きや毛に覆われた身体は環境に適応した変化に過ぎないのだろう。

 

「実際に、本当にアレがこの都市が滅びる前から生きていたかどうかまではわからん。だが都市の荒廃具合から見て高度な魔法措置を施せたのは相当な昔なのは確かだ。普通に考えたら都市が滅ぶと同時にそういった施設や技術は失われてると考えるのが自然だろうよ」

 伊織は話をそう締めくくった。

 光神教の本部になっていた遺跡に残されていた資料から、古代魔法文明が高度な魔法文明によって栄えた理想郷などではないことはわかっていたものの、まさかここまで異様な形で発展していたとは思っていなかったリゼロッドは心底うんざりとした表情を隠そうとしていない。

 古代都市の末裔たるサリアに到ってはショックのあまり吐きそうな顔をしたままだ。

 

「そんで、これからどうします? 諦めます? それともせっかくだから中心部まで行きますか?」

「行くならあの蜘蛛人間への対応をどうするのか決めないと」

 いち早く立ち直ったのは英太と香澄だ。

 ふたりは元々古代文明にそこまで思い入れはない。あくまで元の世界に戻るために必要だから探索しているに過ぎない。それなりに楽しんでいたのは確かだが。

「そうだなぁ……リゼはどうしたい?」

「こうなったらとことん調べてやるわよ! 街がこの状態なら資料も大量に残ってる可能性が高いし、もしろくでもない資料がそのままだとしたらいつか誰かがそれを手に入れるかも知れないしね」

 リゼロッドの指摘は尤もなことだ。

 

 リゼロッドに古代魔法文明時代の魔法を悪用するような野心はない。

 高度な魔法を復活させたいという思いはあるが、それはあくまで魔法を便利な道具としてもっと活用したいだけであり、国や世界を揺るがすような危険極まりない魔法など永遠に闇に葬ってしまいたいと思っている。

 伊織達のおかげで今後の研究や生活の資金に不安は無い、どころか今ではちょっとした大商人を超える財宝を手に入れている。

 オルストで見つかった遺跡から得られた財宝はほとんどリゼロッドがもらい受けることになったからだ。一応は伊織達との共有資産となってはいるが、伊織達が元の世界に戻ることができれば不要になるし、伊織達はグローバニエ王国を出奔するときに持ち出した財貨を返却せずに、どこに行っても換金できるような貴金属や宝石に替えているので資金には困っていない。

 だから金銭も栄達もリゼロッドは望んでいないし心ゆくまで趣味に没頭できる羨ましい環境なのだ。

 

「そうだな。せっかくだから遺跡を探索するとしようか。んで、ヤバイものがあったら壊しちまおう。

 住民の成れの果ては、わざわざ狩りはしないが邪魔するなら遠慮は無用、ってところか。とにかく安全第一ってことで」

「「了解!」」

「残すのは紙資料だけでいいわよ。魔法具も持ち帰るのは恐いし」

 そうして方針が決まる。

 サリアとラウラの意見は聞かない。

 判断するだけの知識が無いことがわかっているし、古代文明の技術はジュバ族や南の王国に手に負えるものではない。むしろ何も知らないままに全て消失した方が良いだろう。

 

 その後少しの休憩を摂ってからそのままパトリアAMVで再び都市の中に進入した。

 できれば事前にドローンなどで上空から都市の状態を確認したかったのだが、やはりここも地磁気の乱れが強いらしく計器類の誤作動が起きている。

 なので電波操縦のドローンは使えず、慎重に地表を移動するしかない。

 とはいえ、民生車両であるシェルプから“緑の戦車”という異名を持つパトリアに替えたことで安心感はだいぶ増している。

 それに都市の中は入ってすぐの場所こそ2mほど砂が積もっているものの奥に行くほど地面の砂は少なくなってきている。

 であれば8輪駆動車のパトリアは問題なく進むことができた。

 そして、先程は数百m程度で蜘蛛人間達に囲まれたが、今回は遠巻きに見ている気配はあるものの近づいて来ようとはしなかった。

 先程撃退されたことと車両がより大型で威圧的なものに変わったという部分が大きいのだろう。

 

「意外に暑くないっすね」

 パトリアの運転をしながらの英太の呟きに伊織が片眉を上げる。

「そういえばそうだな」

 パトリアにも一応空調設備は搭載されている。

 だがブッシュマスターほど強力なものではなく、しかも鋼版に覆われた車体は直射日光を浴びて加熱している。

 当然車内は空調が心許ないほど温度が上がるのだが、それでも我慢できないほどではない範囲で納まっていた。

 英太の言葉を聞いた伊織は上部ハッチを開けて車外に身を乗り出した。

 

「どうやら水があるようだな。

 考えてみれば、いくら地脈からエネルギーを得ていたり、魔法で再生能力が高まっているとはいっても水まで不要というわけじゃない。

 どこかに、というか、多分都市のあちこちに水路や井戸があって、まだ水が湧き出ているんだろう」

 都市の周辺と比べて明らかに下がっている気温を確認して伊織が言う。

 その言葉の通り、都市の気温はジュバ族の都ラスタルジアの中と同等か、低いくらいだ。

 となれば単に井戸があるだけでなく、蒸散冷却されるだけの水路や河川、泉などが都市の中にあるはずだ。

 それもこれだけの規模の都市であれば複数箇所なければこれだけ気温が下がるわけがない。

 

 やがてそれは都市の広場らしき開けた場所の中央に設けられた噴水をなみなみと満たす水を見て正しいことが証明された。

 と同時に、そのすぐ傍らに蜘蛛人間の群とは比較にならない存在がこの都市に生息していることを彼等に告げることになった。

 

「なぁ英太」

「……なんすか?」

 上部ハッチから降りてきた伊織が運転席に設置された外部モニターを見ている英太に話しかける。

「アレ、なんに見える?」

「……でかいっすね」

「でかいよなぁ」

「生きてるっぽいっすよ」

「っつーか、こっち見てるな」

「「まぁ、異世界だし、居ても不思議じゃないよな?」」

「そんなこと言ってる場合?!」

 

 伊織と英太がモニター越しに見つめる先。

 噴水のすぐ脇で身体を横たえている巨大な生物。

 それは、剣と魔法の世界の定番、翼を持つ巨大な爬虫類。

 ドラゴンだった。

 

「「ファンタジ~~!!」」

 

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