第94話 交渉の内幕と愚かな選択

 時間は少しばかり遡る。

 砂漠の民の都、ラスタルジアにあるコーリン一族の邸宅、その大広間に100名近い者達が集まり、ラスタルジアの長とその息子達3人を前に厳しい表情見せていた。

 息子達3人とは言わずもがな、ラウド、シラウ、リュカである。

 そしてその場には伊織達6人も同じように車座になって座っていた。

 

 クリディス伯爵領の街や村を視察した後、伊織はラウド達を連れてラスタルジアに戻って来た。

 そして長でありラウド達の父親でもあるコランにこれまでの事やクリディス伯との交渉などの全てを打ち明けた。

 その上で、この事がラスタルジアのみならずジュバ族全体に関わる事柄であるとして、力ある氏族だけでなく、小さなオアシスも含めた全ての長を集めて協議することになったのだ。

 当然トルーカ砂漠外縁の広範に点在する一族の長全てを集めるには通常の方法では時間が掛かりすぎるため、長の妻達と数人の子女達に協力してもらいつつ伊織達が手分けして兵員輸送車を使って集まってもらった。

 

 そして今、一通りの事情がコランから各氏族の長達に説明されたところである。

 各氏族の長達の反応はというと、一様にラウドとリュカに対する疑心と非難の目を向けている。

 当然だろう。

 氏族間で争うことすら忌避するジュバ族である。

 それなのに意見の対立があるとはいえ、兄弟間で争い、挙げ句シラウを襲撃までしたのだ。

 本当に殺そうとしたのかどうかなど大した意味は無く、その行動自体が砂漠の民にとっては大きな罪と見なされる。

 さらに、一族の長を差しおいて他国と交渉し、小さな氏族の移民を勝手に進めようとするなど、とても容認できるようなことではない。

 一部のオアシスの長には話をしていて、了承を取り付けていたことも説明されたが、それでも多くの長達としては寝耳に水の事柄であり、ましてや自らの一族の長の了承すら得ていないとなれば非難されるのは当然のことだ。

 たとえそれが私心からではなく、砂漠の民の将来を考えた末であっても勝手にして良いことではないのだ。

 

 そして非難はコランに対しても向けられる。

 これも当然であり、自分の息子がしでかしたことであり、しかも予てからリュカがジュバ族の南の王国への移民を主張していることに対して強い対応を行っていなかったからだ。

 結果として深刻な兄弟間対立を起こし、下手をすれば他国の干渉を許すことになったかも知れない。

 ジュバ族の都と称されるラスタルジアを統べる長としてはあまりに杜撰だったと言われても反論はできないだろう。

 なのでコラン達は長達の非難と怒りの言葉を全て受けた上で謝罪をした。

 ちなみにコランの後継者として認知されていたラウドを含めた兄弟達の処遇に関しては誰も、口にする者は居なかった。一族の中のことは一族が決めるのがジュバ族の習わしだからだ。

 

 そしてようやく本題に入る。

 結局のところコーリン一族の兄弟間対立もラウドとリュカの暴走も、力ある氏族以外の小さな氏族が厳しい環境に置かれていることと、西部のオアシス枯渇などの環境変化に対する危機感から発したものだ。

 事の是非はともかく、欲に駆られた行動ではなくジュバ族の将来を憂いた末のことだ。

 であれば根本原因を解決しない限りこれから先も繰り返される恐れがある。

 通常であればこの話題はラスタルジアの長であるコランが提起すべきことだろうが、つい先程糾弾されたばかりであり主導するには問題がある。

 と、いうわけで、伊織が口火を切ることになった。

 

「本来なら異国人である俺達が口を出すことじゃないのは承知している。

 物見遊山で訪れただけの他人がしゃしゃり出ることに不満を持つ者もいるだろう。だから、俺達がこれから話すことはあくまで選択肢のひとつだ。

 実際に、南の王国とは最低限の交易だけで済ませ、シラウが取り組んでいる山岳地帯の連中との交易が上手く行けば、少なくとも大きなリスクを負うこともなくこれまで通りの暮らしができるだろう。

 王国の貴族がラスタルジアに色気を出しているといってもルジャディを上手く使えば防ぐこと自体はそれほど難しくない。

 だが、この砂漠地帯はジュバ族が思っているよりも遥かに多くの資源に恵まれている。それを使うも使わないも各氏族の長達が決めればいい」

 

 伊織の言葉に長達は微妙な表情だ。

 言葉の通りに異国人がジュバ族のあり方に口を挟むということに、事情と経緯の説明をされたとはいえ、面白く思うはずもない。

「いや、イオリ殿は我等のオアシスが涸れたときに新たなオアシスを作り、一族の移住を手伝ってくれた恩人だ。恩人の言葉を疑う理由はない。

 イオリ殿が我等を騙すつもりならそのような事をするはずもないし、彼等がその気になれば謀る必要すらなく我等は全てを失うだろう」

「そのとおりだ! ルタウの長たる儂もケーバと同じくイオリ殿の言葉を信じる」

 雰囲気を変えたのは、伊織達が最初に訪れたオアシスの長であるケーバと、同じく新たなオアシスに移住した一族の長達だった。

 その近隣の街タスバの長もそれに同調する。

 砂漠の民は横の繋がりが強い。そして同朋の言葉には素直に耳を傾ける。

 

 ケーバ達の言葉に残りの長達も、まずは話を聞こうという流れになる。

 それを見て伊織は砂漠の資源やその活用法、そして南の王国との向き合い方に関する説明を始めた。

 一通りの話を聞いた長達だったが、やはりそう簡単に理解できないのか疑問や質問が飛び交う。

「我等にとって火を維持するのは容易ではない。薪にできる木は少ないしバラジュの糞も日に一度煮炊きするのが精一杯だ。本当にそのような事ができるのか?」

 一人がそんな疑問を投げかけると、伊織は傍らに置いてあった布袋を開けて中身を床にぶちまける。

 中から出てきたのは真っ黒な石の欠片で、光沢のある物が大部分だ。

 

「これはラスタルジアの東、バラジュで2日ほどの場所にある場所で採れた“石炭”と呼ばれる、燃える石だ。

 東側に商隊を送っているサリアが黒い山と呼んでいた場所を少しばかり掘ると簡単に採掘できる。

 石炭にも種類があるが、そこの物はかなり質が良くて中心で採れるのはほとんどが無煙炭と呼ばれる不純物のほとんど含まれない物で、その周囲も瀝青炭れきせいたんという、燃やすと多少臭いは出るが良質の燃料になる。そして無煙炭なら鉄やガラスの製造にもってこいだからな。

 残念ながら周囲にオアシスが無いから水は運ばなきゃならないが、雨が少ないから露天掘りで充分に採掘ができる。まぁ、注意しなきゃならないことが色々あるが、それはまた別に教える」

 そう言いながら伊織は小さな炉に石炭を入れてバーナーで火を着け、長達に見せる。

 サリアも黒い山のことは知ってはいても、わざわざ石を燃やしてみるようなことをしていなかったので石炭の存在を知らなかった。そもそも質の高い石炭というのは逆に着火性は悪いので尚更だ。

 

 伊織は他にも西の山岳地帯近くで銅鉱脈や北東で大量の酸化鉄の鉱脈も見つけている。

 伊織から見ればトルーカ砂漠は決して不毛の大地ではなく、地球と比較しても稀に見るほどの鉱物資源に恵まれているのだ。

 ただし、輸送手段が限られるためそれほど大規模な開発や採掘は難しいだろうが。

「つまり、貴殿の言うとおりの物を作って南の王国に売れば様々な物を買うことができる。それぞれの氏族が仕事を分担すればジュバ族全体が豊かになれるということか」

「もちろん軌道に乗るまでにはそれなりの時間が掛かるし、普段の仕事に加えて新しい産業を興すんだから苦労はするだろうよ。それでも今よりは楽で便利な生活になるはずだ。

 だが豊かになるということは良いことばかりじゃない。

 特にジュバ族は国としてまとまってるわけでも他国の干渉をはね除けるだけの兵力を持ってるわけじゃないからな」

 

 伊織の言葉に、コランも含めた長達が難しい顔で黙り込む。

 伊織は良いことばかりではなく考えられるリスクも全て話した。

 大陸北部のフォアリセ王国の時と同じく、いつまでも伊織達が居るわけではない以上、自分達だけで問題に対処できるだけの体制を作らなければあっという間に富みは奪われてしまうだろう。

 だからこそ豊かになろうとするのならば必要となってくるのは後ろ盾の存在だ。

 幸いなことにジュバ族の集落のほとんどは南側のタラリカ王国のみと接しており、他の国は最低でも乾燥地帯を10数日縦断しなければ辿り着くことができない。

 オアシスや湧き水の場所を知らない他国がラスタルジアまで来ようと思ったら物資のほとんどを水で占められてしまうだろう。

 なのでタラリカ王国だけを押さえればジュバ族の安全は保証される。

 

「だが我々が南の王国の配下となるというのは……」

 長達の躊躇いはそこに集約されている。

 これまでジュバ族は自分達で全てを決め、他者の干渉を受けずに何百年も暮らしてきた。

 ルジャディを組織するなど、相応の努力はしてきたものの、根本は苛烈な気候と乾燥という天然の防壁によって守られてきたことが大きい。

 だが資源を活用して豊かになればその要害すら超えて攻め入る動機を与えることになる。

 そこで伊織が提案したのが王国の傘下に入り、王家に利益を提供するのと引き替えに自治権を確保するという方法だ。

 元々統治するにはトルーカ砂漠は遠すぎる上にすでに記したように過酷すぎる環境なのでジュバ族以外の者が移り住むのは難しい。

 王国としては名目上版図に組み込んだ上で十分な利益が得られるのであれば直接統治することに拘る理由はない。

 

 同時に、王家の直轄自治領となれば仕えるのは国ではなく王家となり、他の貴族からの干渉をはね除けることができる。

 王家としても新たな資源を利用した希少な産物が手に入るのみならず、これまで一切の干渉を許さなかったルジャディとの太いパイプが出来る事になり、同時に彼等に鎖をつけることができる。

 そしてそれは新たな産業が軌道に乗るまでの間、租税を免除する見返りとして機能するだろう。

 後はジュバ族の心理的な抵抗感だけの問題となる。

 

「……だが、我等のように川辺に街を持つ氏族ですら余裕など無い暮らしをしている。まして我等が力を貸している小さな氏族は飢えぬのが精一杯だ。

 西で起こったようにオアシスが涸れるなどということがあっては共倒れになってしまうだろう。

 これまで通り、ジュバ族のことはジュバ族が決められるというのならば見た目の形など大きな問題ではないと思う」

「しかし、南の王国が約束を守るとは限らんだろう」

「それは配下にならなくても同じことだ。ルジャディに負担を押し付ける形にはなるが、人員の拡充と負担の軽減のために習わしを見直し、我等にできる最大限の支援をしなければならないのではないか?」

 議論は白熱し、そのまま夜通し続けられた会議の結論が出たのは明け方になった頃だった。

 

 翌朝、一旦シェルター住宅に戻っていた伊織達が再び長の邸宅へ訪れると、力ある氏族の一人が結果を伝える。

「我々は貴公の提案を受け入れることに決めた。

 異国人である貴公等にこれ以上世話になるのは心苦しいし、恩を返す当てもないがどうか力を貸していただきたい」

 長達が一斉に頭を下げ、伊織はそれに頷いて応えた。

「んじゃ、早速王国に行って交渉を成立させちまおう」

 まるでこの結果が分かっていたかのようにあっけらかんとそう言うと、伊織は王国に訪問するための人員を選定させる。

 ラスタルジアからは長のコランとルジャディを統括しているラウド、暫定的に長の後継者として指名されたシラウの3人。力ある10の氏族は長全員が、小さな氏族は近隣の集落から代表を決めて総勢で30名が選ばれる。

 

 その間に伊織は邸宅の前に魔法陣を敷いて異空間倉庫を開き、V-22オスプレイを出す。

 ちなみにリゼロッドとルア、ジーヴェトは変わらずシェルター住宅でお留守番だ。

 タラリカ王国の王都までの距離は1200kmほど。

 離着陸の場所や人数を考えると移動手段はそれしか無い。

 代表の選定を終えて外に出てきた長達がオスプレイを見て大騒ぎしたが、まぁそれは大した問題ではない。

 そして落ち着いた一同が機体に乗り込み、離陸してから約3時間。

 ラスタルジアの数倍はあろうかという規模の街が眼下に見えてくる。

 街の中央には一際大きな建物と広大な敷地。

 タラリカ王国の王宮だ。

 伊織はその王宮のど真ん中、一番大きな建物の前にある広場に躊躇することなくオスプレイを着陸させる。

 

「つ、着いた、のか?」

「ゆ、夢でも見ているのではないか?」

 長達はそんなことをブツブツと呟きつつも、伊織に促されて外に出る。

 その前に高校生コンビはすでに完全武装状態で警戒しつつ外にいたのであるが、その心配は完全に杞憂に終わっていた。

 オスプレイが着陸した途端に城から百近い騎士が飛び出してきたことは想定内であったが、その騎士達は見慣れぬはずのティルトローター機に警戒するのではなく、オスプレイと城の間に道を作るように整列したのだ。

 まるで賓客を迎える式典のような光景に、非常識な事態に慣れた英太達も唖然とする。

 

 その後、おっかなびっくり降りた長達に続いて、最後に伊織が降りると騎士達から息を呑むような呻き声とピリッとした緊張感が伝わってきた。

 すぐに一際豪奢な甲冑に身を包んだ壮年の騎士が一人足早に前に躍り出て声を張り上げた。

「イオリ殿、お待ちしておりました! 王陛下より案内を命じられております! お手間をお掛けして申し訳ありませんがこちらへおいでください!」

 どう考えても初対面ではあり得ない対応である。

 というか、騎士達の態度は完全に伊織に対して畏怖を覚えているようにしか思えない。

 

「伊織さん、まさかと思うけど……」

「……なにやったんすか?」

 この時点でオチの見えた香澄と英太が冷たい視線を伊織に向ける。

 頭を掻きながら目を逸らすオッサン。

「いや、なんだ、交渉するにしてもいきなり来たら門前払いされるだけだろ? だから事前にちょっとばかしこの国の国王と話をしただけだぞ? いや、ホントに」

「それ絶対にローマ字の“OHANASHI”ですよね?!」

「どうりで無防備に着陸したと思ったら……」

 自分達の知らないところですでに派手にやらかしていたことを知って呆れる二人。

 

 この後、ジュバ族と国王との交渉は拍子抜けするほどあっさりとまとまり、ジュバ族の集落は全て王家直轄自治領として組み込まれることが正式に決まり、全ての貴族と領地に告知されることになった。

 そして10年間の租税免除と、今後ルジャディへの依頼は全て王家を通して行うこと、それと王家はルジャディへの命令権は有しないがルジャディもジュバ族に不利益をもたらさない限り原則的に王家からの依頼を優先すること、ルジャディが得られた情報はジュバ族に関わる事柄以外は全て国王に報告することという協約が結ばれた。

 王家にとっても充分に利のある内容であり、相応の支援も約束されたことから双方にとって無難な内容と言えるだろう。

 

 

 

 ガシャン!!

「クソッ! 砂ネズミ風情が私を虚仮にしおって! 絶対に許さんぞ!!」

 計画を根底から覆されたクリディス伯爵は手に持っていたゴブレットを壁に叩き付けた。

 ラウド達が立ち去ってから一夜明けてもクリディス伯の怒りは一向に納まる気配は無く、酒を呑んでも酔いすら回らないほどだ。

 呼び出された領兵長と内務官もどうして良いのか分からず、ただその怒りが己に向かわないことを願うしかない。

 

「兵長! 兵を集めてラスタルジアを征服しろ! 予備費を全てつぎ込んでも構わんし備蓄している食糧も必要なだけ使え! ただし、早急にだ!」

 クリディス伯の命に領兵長が目を剥く。

「し、しかし、そんなことをすれば国王陛下の命に背くことになってしまいます!」

「そ、それはあまりに危険です。王家直轄領に兵を出したと知れればどのような罰を受けることになるか」

 慌てて止めようとする二人に、伯爵はフンッと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「陛下から砂ネズミ共の領地が直轄地になったという正式な通知はまだ受け取っておらん。奴等の持っていた物が本物などとどうして証明できるというのだ?

 王国の決定は全て陛下より直接聞かされるか、正式な使者が届ける通達によって初めて効力ができるのだ。

 それまでは奴等に兵を送ったところで咎められる理由など無い!

 いいか、すぐにだ! すぐに兵を率いて必ずラスタルジアを手に入れろ!」

 もはやクリディス伯の言い分は屁理屈でしかない。

 だが実際に、正式な使者を迎える前であればそのような言い訳が通る余地があるのも事実だ。

 

 結局、領兵長も内務官もクリディス伯を説き伏せることはできず、最低限の治安維持の警備兵を除いた領内の兵力、総勢4000名がラスタルジア侵攻に向かうことになった。

 出発して数日以内に王家からの使者が到着しなければ、それから先は命令の撤回はできない。

 気が進まないながらも領兵を集めて準備を整えた兵長はトルーカ砂漠に向けて出発する。

 砂漠地帯に入る手前の最後の村で水と食料を強引に徴収し、二日ほどゆっくり身体を整えてから出立する。

 そこからさらに数日。

 周囲の色彩は土と岩の赤みがかった褐色ばかりとなり、遠くに微かに見える南の山々以外に緑は見えなくなる。

 

 ジュバ族の都であるラスタルジアはクリディス伯曰く美しい場所だというが、荒涼とした大地からはそんな気配は微塵も感じられない。

 そんな環境に加え、これから先にしなければならないのはジュバ族の蹂躙である。

 伯爵からはジュバ族の女はできる限り無傷で捕らえて護送しろと命じられていることもあり、兵の士気は著しく低い。

 ただでさえ厳しい環境に、得られる恩恵もほとんど無いとなれば士気など上がるはずもないのだ。

 

 夜が明けきらぬ内に野営地を片付け、日が高くなるまでの間にできるだけ進軍する。この気温差もかなり体力を消耗する。

 そして、いよいよ日が強く、気温が高くなってきたことで、兵長が日差しを遮るための天幕の用意を指示しようとしたその時、遠く、彼方から空を黒い点が近づいてくるのに気付く。

 最初は鳥か何かかとも思ったが、どう見てもかなりの距離がありそうなのにはっきりと見える黒い影。

 自分の感覚を信じるのであればかなりの大きさがあるように思えた。

 やがてさらに大きくなってくる影と、微かに聞こえる奇妙な音。

 周囲の兵達の多くもソレに気付く。

 

「なんだ、アレは……」

 見たことのない異様な姿に呆然と兵長が呟いた直後、ソレから何かがもの凄い速度で放たれたのが見えた。

 そして、兵達の誰ひとり何の反応もできないうちに、兵糧を積んだ荷車が爆発する。それも続けざまに数度。

 数十台の荷車からなる輜重が瞬く間に粉々に砕かれ、炎に巻かれる。

「う、うわぁぁぁ!!」

「何が、いったい何だ?!」

「か、神の怒りだ!」

 突然の事に何が起こっているのかまったく理解できず逃げ惑う領兵達。

 

 それは領兵長も同じだ。

 砂漠地帯と接する領地で生まれ育った彼等は野盗や盗賊団相手の戦闘以外で実戦経験はほとんど無い。

 タラリカ王国の東部や南部では国境での戦闘を経験した兵士も多いだろうが、北部は他国とほとんど接していないために機会がないのだ。

 だから突然の攻撃に何をしたらいいのか分からず右往左往するしかない。

 だが更なる暴虐によってそれすらできなくなる。

 

 バラララララ……

 ダッダッダッダッダ!!

 空気が破裂するような奇妙な音と共に響いてきた低く、恐ろしい音。

 その直後に響く兵士の悲鳴と飛び散る血しぶきや肉片。

 もはや兵士達は逃げることも忘れて呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 やがて空を縦横無尽に飛び交っていた悪夢が立ち去ると、4分の3ほどまで討ち減らされた領兵が残される。

 輜重は全て失われ、茫然自失となった烏合の衆。

 ラスタルジアへの侵攻どころか、クリディス伯爵領へ戻ることすらできるかどうか。

 それを考えられるようになるまでも、しばらくの時間を要するだろう。

 

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