第91話 シラウの兄弟達

 トルーカ砂漠外縁にあるジュバ族の都ラスタルジア。

 そこから南南東に街道を進むとジュバ族が『南の国』と呼んでいるタラリカ王国へと辿り着く。

 といっても、そこはまだ王国の北端の街であり、伯爵の位を持つ貴族が治める領地だ。

 しかもそこまでですら荷車で一月近く掛かるほどの距離がある。

 ただ、ラスタルジアとタラリカ王国の街道の近くにはアラビス川やその支流が流れているので砂漠の外縁と比べてその旅程にそれほどの困難はない。

 

 その北端の領地、クリディス伯爵領はこれといって特色のない地だ。

 主要産業は木炭とガラス製品の製造、それからジュバ族との交易であり、貧しくも小さくもない一辺境領であり、タラリカ王国としてはごく普通の貴族領にすぎない。

 そんなクリディス伯爵領の中心であり、領主の居城のある街は伯爵家の名を冠したクリデリアと呼ばれている。

 タラリカ王国はトルーカ砂漠と接しているとは思えないほど緑豊かで温暖な気候であり農業も盛んだ。

 基本的に大陸南部は温暖湿潤な気候と肥沃な大地が多く、豊かな国が多い。

 それだけにかつてはいくつもの国が勃興盛衰を繰り返し領土争いを繰り広げた歴史があるが、ここ数百年はほとんどの国で国境付近での小競り合い以外は大きな争いはなく安定した治世となっている。

 

 だが、安定していることは必ずしも良いことばかりではない。

 特に権勢を拡大することに意欲を燃やす貴族や商人達は社会が安定していると現状よりも力をつけることが難しく、ある程度は国が乱れている方が都合が良いのだ。

 つまりそういった者達は硬直した国の情勢に不満を募らせているということ。

 クリデリア城の一室で数人の男達と酒を酌み交わしている領主、クリディス伯爵もその一人だ。

 

「砂ネズミ共はどうだ?」

「なにぶんラスタルジアまでは距離があるので今の状況は判然としませんが、計画は順調かと」

 クリディス伯爵が対面に座る男に訊ねると、男は美しいガラスのコップに注がれたワインのような酒を喉に流し込みながら答える。

「ずいぶんと時間が掛かっておりますなぁ。果たして本当にそれだけの価値があるのでしょうか」

「トルーカ砂漠で採れるという珪砂はかなり質が良いからな。遠い上に奴等が売り渋るので十分な量を手に入れられるというだけで我が領の利益になる。

 それになにより、あの街、ラスタルジアは美しい。

 あの街が手に入れられるなら多少時間を掛けるくらい苦にはならん」

 砂漠の都を思い浮かべているのだろうか、伯爵は半ば恍惚とした目で虚空を見つめながら語る。

 

「ですが、本当にあんな事で奴等が砂漠を捨てるのでしょうか? 少なくともラスタルジアは充分に豊かなはずでしょう?」

「豊かといっても所詮は飢えないというだけだ。布や木材、鉄器は我が領から買わなければ手に入らんし、奴等が売ることができるのは珪砂と紅石、多少の食料だけ。それすらも存分に買い叩いているからな。

 所詮はろくに通貨すら持っていない蛮族に過ぎん。ルジャディは厄介だがな」

「砂ネズミの暗殺部隊ですか。ルジャディが居ることで王陛下もラスタルジア攻略を渋っているとか聞きましたな」

 どうやら彼等が口にする『砂ネズミ』とはジュバ族のことのようだ。おそらくは王国の者から見た砂漠の民の蔑称なのだろう。

 

「何人もの貴族や商人がルジャディの手に掛かったからな。叩き潰すのは簡単だがそのために有能な者を何人も殺されては割に合わんということだろう」

「そこで閣下は連中を懐柔して所領に移住させることにしたというわけですか。それができればルジャディまでも手に入れることができる」

「愚かなことに奴等は同族に対して過剰に同情的だ。我が領に理想を夢見させれば簡単に誘導できるというものだ」

「しかし、移住させるとして、奴等に与える場所はいかがなさるおつもりですか?」

「そんなものは西の森を開拓させれば良いだろう。ラスタルジアから出させてしまいさえすれば奴等に奪い返す力など無い。ただ、その前にルジャディだけは潰しておかねばならんが」

「それは、少々惜しいですな。ルジャディを思うまま使いこなすことができればより一層閣下の力が増すことでしょうに」

「欲張りすぎては身を危なくするから仕方あるまい。それより、ルジャディ達を集める方法を考えねばな。取りこぼすと面倒だ。

 もう少しだ、もう少しであの美しい街は私のもう一つの都になる。それに、砂ネズミの女はなかなか見目は整っているようだ。楽しみが先に待っていると思えばこの酒も美味く感じるものよ」

 

 ジュバ族の地を奪おうという企みを喜々として話す貴族達。

 手法としては単純で短絡的、そしてあまりに雑な企みではある。

 だが情報伝達手段が限られているこの世界ではそれなりに効果を発揮するのであろう。

 だが、彼等が口にしたルジャディという存在の、本当の恐ろしさと特異さを知っていたとすればこうまで頭の悪い会話は交わさなかっただろう。

 ルジャディの主任務は諜報と暗殺。

 甘言を用いて近づいてくる者を調べないわけがなく、当然この城にもその目と耳は紛れ込んでいる。

 部屋の中、貴族達に飲み物などを供するために隅に控えていた使用人の一人が音もたてず部屋から出て行ったことに貴族達が気付くことはなかった。

 そして、その貴族のみならず、ルジャディたちすら知らないこともある。

 ジュバ族の都、ラスタルジアには木っ端貴族や暗殺部隊など歯牙にも掛けず、企みを根こそぎ粉砕する者が滞在していることを。

 

 

 

 ラスタルジアは古代の都市跡を利用した都だ。

 街の中には古代の建物が数多く残っている。というか、大部分が建物を修復、補修して使用している。

 その中でも特に大きな建物がこの都を治めるコーリン一族の長が住む場所である。

 どうやら一族の他の者が住む建物や役場として使用している建物も含む周辺一帯が一つの施設だったらしく、建物の間は廊下のようなもので繋がっている。

 シラウの住んでいる建物もその一つで、伊織達はまずその中に案内された。

 この場にいるのはシラウと伊織、それからリゼロッドの3人だけだ。

 シラウの妻達には別の仕事があり、英太と香澄がその護衛として同行し、子供達とルア、ジーヴェトはシェルター住宅でお留守番している。

 万が一の護衛はジーヴェトだけとなるが、堅牢なシェルター住宅は部外者が侵入するのは不可能だし、不測の事態があってもジーヴェトは機転が利くしそれなりに腕も立つ。

 

「ん~、いくつか魔法の痕跡はあるけど劣化が激しすぎて読み取るのは無理ね」

 リゼロッドが建物内の隅々まで確認してからそう言って残念そうに肩を落とす。

「まぁ、それは仕方ないだろ。人が住んでるんだし、何より古すぎるからオルストみたいに埋まってでもない限り劣化するのは避けられんだろうよ」

「魔法、ですか? この建物に魔法が掛けられていたのですか?」

 伊織がそう言って慰めるが、シラウはそれよりも魔法という言葉に反応し、意外そうな顔で聞き返す。

 普段住んでいる場所に魔法が掛けられていたというのが俄に信じられないのだろう。

「といっても相当前に効果がなくなってるみたいだから気にしなくても大丈夫よ。

 ただ、建物の建築様式や都市の配置を見ると、下手をしたらオルストや光神教の大聖堂よりも高度な文明っぽいから残念だわ」

 リゼロッドの見立てではオルストやアガルタ帝国の遺跡よりも後の時代に作られたように思えるほど建物跡に使われている技術は洗練されているらしい。

 

「それであれば長の建物と役場の建物に案内しましょう。

 あちらには地下もあるのですがほとんど使われずに倉庫になっています。不思議な文様や中が空洞になっている場所でそのままになっているのもありますから」

 伊織達の目的は古代魔法王国時代の遺跡の調査であり、そのためにタスバの街からシラウをオアシスに案内したわけだ。

 とはいえ、古代都市の遺跡といっても今はジュバ族が住んでいる場所なのでその状態には元々期待していなかった。

 人が住めば過去の痕跡は薄れていくものだからだ。

 ただ、思いの外高度な文明の痕跡を見て欲が出てしまったというだけだ。

 そもそも光神教から回収した資料の整理と解析も途中なのでこれ以上資料が増えても手が回らない。

 というか、異世界からの召喚魔法に限定していてもその資料は膨大で、手に入れた資料全てとなると間違いなくリゼロッドが残りの生涯を全て費やしても終わらない。単に好奇心の虫が騒いでいるだけである。

 もっともこの砂漠にも好奇心の赴くまま物見遊山で来たわけなのだから本筋からは外れていないのだが。

 

 シラウの先導で今度は再び長の家へ。

 昨日来たばかりだがその時はすぐに長の元へ案内されたので他の場所には行っていない。

 長とその妻や成人していない子供達が暮らすこの家は小国の王城といっても差し支えない規模をもっている。

 入口には一応警備兵が数人控えているが、シラウの顔を見るとすぐに道を空けてくれた。

「言い伝えでは我々の祖先がラスタルジアに来た時、この建物はほとんど倒壊していたそうです。ですので地上にある部分はその後に新しく作られたという話ですね。

 ただ地下はほとんど当時のまま残っているみたいですよ。倉庫代わりに使っているだけで普段は滅多に人が入ることはありませんから」

 シラウがそんな説明をしながら廊下を進むと、前方から歩いてきた人物に気付いて足を止める。

 

「シラウか、久しぶりだな」

「ラウド兄上、リュカも……お久しぶりです」

 会話の内容からしてシラウの兄弟なのだろう。だが、その表情に和やかなものはなく、双方がどこか警戒しているような気配を漂わせている。

 と、ラウドと呼ばれたほうの男が伊織に目を向けた。

「貴公がシラウに連れられてきたという異国の男達か。俺はコーリン一族の長子、ラウドだ」

 ジロリと睨め付けるラウドに、伊織はニヤリと口元を歪める。

「こいつはご丁寧にどうも。昨日は手厚い歓迎をしてくれたようで、礼を言ったほうが良いのかな?」

 

 ラウドの眉が跳ね上がる。

「なんのことか分からんな」

「俺達が長と面談している時にずっと監視してただろ? それに都の外で襲撃するようにも指示してたようだし、試すのはあれで終わりかい?」

 伊織の返しに、ラウドが黙り込む。

「イオリ殿、どういうことですか? 試すとは、いったい……」

「おいっ! 貴様の目的は何だ。なんのつもりでラスタルジアに来たんだ!」

 シラウとリュカがほぼ同時にイオリに詰め寄る。

「このラウドって男は、ある程度は鍛錬を積んでいるんだろうが、それでもルジャディ達ほど気配を消すのは上手くない、ってか下手くそだ。だから昨日俺達を覗いていたのもバッチリ覚えてるってわけだ。

 んで、コーリン一族の長子ってことは一番重要な組織であるルジャディを統括してる立場なんだろ? だったら昨日の襲撃も命令したってこと。さらに、どうにもあの襲撃には、絶対にシラウや俺達を殺そうとまでの意思を感じなかった。だから試しだと思ったんだよ」

 

 イオリはリュカをガン無視してシラウに対してだけ言葉を返す。

「おい! 聞こえないのか!」

 感情を爆発させたリュカが伊織の肩に手を伸ばし、そしてひっくり返った。

「な?! い、痛たたたた、は、放せ!」

 伊織がしたのは合気道でいう“小手返し”だ。

 伸ばしてきたリュカの手首を掴んで手の甲を捻り外側に転がす。ついでにそのまま腕を極めてねじり上げた。

 それを片手だけでしたわけだが、リュカは俯せに蹲って悲鳴を上げる。

 ルジャディにも体術はあるのだろうが、見たことのない技をごく当たり前のように伊織が見せたことにラウドの表情が引き攣る。

 そして伊織が懐からデザートイーグルを抜いてリュカに向けたところで慌てて制止の声を上げた。

 

「ま、まて! リュカの無礼は詫びる。これ以上は口を挟ませない。だから放してやってくれ!」

 その言葉にあっさりとリュカの腕を離し、デザートイーグルをホルスターに戻す。

 伊織としてはラウドやルジャディが伊織達の持つ銃の存在とその威力を理解していることが分かれば目的は達したということなのでこれ以上リュカを捕まえておく意味がない。

 伊織達がこのラスタルジアで銃を使ったのは襲撃を撃退したときだけだ。

 その時はルジャディの耳元を狙って撃ったのでそれだけで銃が武器であることを判断するのは難しい。予備知識が何も無ければ単に轟音を響かせてルジャディの動きを止めたことしか分からないはずだからだ。

 しかし、タスバの街にいたルジャディは別だ。

 その時は銃は違うものの纏っていたローブに穴を開け、バカ息子の足元や顔近くに撃ちこんでいる。

 ラウドの慌て方からおそらくは単なる推測ではなく、確信を持ってデザートイーグルを武器だと認識していたのだろう。

 

「貴公は何者だ? 何故シラウに味方する。西で新たなオアシスを作り出したとも聞いた。何が目的なのだ?」

「兄上、彼等は古代の遺跡を調査しながら旅をしている異邦人です。私が都の案内と引き替えに何か我々に役に立つような知識を得られないかと私が頼んで同行してもらったのです」

 ラウドが伊織に改めて問いかけるも、それは二人の間に割り込んだシラウが答えた。

 シラウの表情は先程よりもさらに厳しいものになっており、睨むように、いや、完全にラウドを睨み付けている。

 そりゃあ、自分をルジャディに襲わせたのが眼前の兄だということが確定したのだからそんな目つきにもなるだろう。

 

「……ふぅ~、本当に命の危険を感じるようにお前を襲えと指示したのは確かだ。詫びるつもりはないがな」

「兄上っ、貴方は!!」

 悪びれることなく襲撃を認めたラウドにシラウの口調がさらにきつくなる。が、そこに伊織が割って入った。

「ほい、そこまで。これ以上は修復不可能になるから止めておけ」

 兄が血の繋がった弟を部下を使って襲わせた。充分修復不可能な事態だと思うのだが伊織の認識は異なるらしい。

 シラウは不満そうに伊織を見たものの、それ以上は何も言わず一歩下がることで渋々ながら受け入れたことを意思表示した。

 

「で? お前さんもシラウのことを邪魔だと思っているのか?」

 伊織がようやくリュカに目を向けて訊ねた。

 先程散々な目にあったせいだろう、見られたリュカはビクリと肩を振るわせたものの、踏みとどまりつつ「そうだ!」と返す。

「我らジュバ族はもっと外に出て行くべきだ。

 力ある氏族は良い。水が豊かな場所に街を築いているからな。だが他はどうだ? 小さなオアシスでは一族が飢えないのが精一杯だ。

 南の王国は豊かで水も豊富だ。そこに領土をもらいラスタルジア以外の者を移住させるべきだ。

 しかしシラウも他の氏族の長もそれを受け入れん!

 このままでは遠からずジュバ族は滅びるかもしれんのにだ!!」

「だからといって生まれ育った場所を捨てるなどできるはずがないだろう! それに南の王国が豊かでも同じようにジュバ族が豊かになれるとは限らない!」

 

 互いの政治志向の違い。

 私欲がなかったとしても容易に埋められるものではないのだろう。

 リュカとシラウの主張は平行線のままで、方向性が真逆なだけに妥協点を見いだすことは難しい。

 だが実際にシラウを襲撃するところまで来ているとなると放置することもできない。

「で? ろくに準備することもせずに慌ててシラウと俺達に襲いかかったのは、新しいオアシスが見つかったからか?」

 伊織が口を挟むとリュカが忌々しげに伊織を睨んで頷く。

 

「そうだ。西の集落のオアシスが枯れかけているというのは俺達も知っていた。そしてタスバの氏族にそのすべてを助ける力が無いこともだ。水の涸れたオアシスの氏族全てを受け入れればタスバは破綻する。そうなれば移住の話も受け入れたはずなのだ」

「呆れた! 私達がオアシスを見つけて、涸れたオアシスから移住させたのが気に入らなかったってわけ?」

「ルルイやルタウのオアシスの長達は身を割かれるほどの苦難の中にあったのにリュカはそのようなことを考えていたのか!」

 呆れるリゼロッドと怒りを露わにするシラウ。

 その様子を伊織とラウドは冷めた目で眺めていた。

 

「で? あっちの頭がお花畑の小僧の考えはともかく、お前さんは何を考えてルジャディを動かしたんだ? 

 諜報と暗殺を生業とした組織を取り纏めてるんだ、南の王国とやらの思惑はどうあれ、そう簡単な話じゃないことくらいは分かってるんだろ?」

「……あの国の、いや、王国の北端を統治する男の狙いはラスタルジアを無傷で手に入れることだ。

 我々がそんな思惑に乗せられるわけにはいかん。だが、ジュバ族は貧しい。このままでは……」

「ルジャディを他国に売らなきゃならなくなる、か?」

「?!……貴様、なぜ」

 ラウドが目を剥いて伊織を見る。

 初めて恐怖に似た感情がその目に宿り、顔が青ざめる。

 

「廊下のど真ん中でなにやってんだよ。相変わらず仲悪すぎんだろ?」

 不意に伊織達の背後から呆れたような、のんびりとした声が投げつけられた。

 言い争いを続けていたシラウとリュカもその声に口を噤み、互いに距離を取る。

「サリア、お前も戻っていたのか」

「チッ、まぁいい、これ以上話していても時間の無駄だ」

 シラウは険しい表情を少し穏やかなものに戻し、リュカも言葉通り新たに現れた弟の前で口論を避けるためか矛を収めることにしたようだ。

 舌打ちして伊織達の横を通り出口に向かう。ラウドもそれに続いた。

「ああ、一応言っておくけど、次は無いからな・・・・・・・

 聞こえていたのかどうなのか、一瞬ラウドの足が止まりかけ、しかし何も言うことなく立ち去っていった。

 

「まーた、一族の行く末なんて小難しいことで喧嘩してたのかよ。んなの長が考えることだろ? 俺達はそれに従えば良いのになんでいちいち争うかなぁ。

 あ、アンタ達が異国から来た人達だね?

 俺はサリア、長の6番目の子供で東に向かう商隊を率いている。よろしくな」

 新たに加わったサリアという青年が、朗らかに、というか、軽薄な感じでまくし立てた。

 これまでに会ったシラウの兄弟達とは明らかにタイプが違い、とにかく軽い。

 年齢は20歳くらいだろうか、どこか子供っぽさを残した面立ちはなかなか整っており、悪戯めいた表情と相まって人なつっこさを感じさせる。


「で? 異国の連中がどうしてこの屋敷に?」

 ひとしきり自己紹介を交わしてからサリアが伊織に向かって訊ねた。

 それにシラウが答える。

「彼等は古代遺跡を研究しているらしい。だからちょっと地下を見せようと思って案内してるんだ」

 リュカ達とは違いサリアとの関係は悪くないのだろう、シラウの口調もだいぶ砕けたものになっている。

「地下? んじゃ俺も一緒に行くよ。ガキの頃から遊び場にしてたからシラウ兄さんより俺の方が詳しいぜ。それに異国の話も聞いてみたいからな、良いだろ?」

 サリアの提案に少し困ったような顔でシラウが伊織の顔を伺う。

 

「別に良いぞ。ついでに東の街やオアシスの話を聞かせてくれ」

「よっしゃ! 東のことならなんでも聞いてくれ。っていっても、西とそんなに変わらないと思うけどな!」

 軽く請け負うサリア。

 意外に伊織との相性も良いのか、調子のいい態度も嫌味に感じることは無く会話を弾ませながら地下探索に向かうのだった。

 

 

 一刻ほどの後、長の屋敷の地下を調べ終えた伊織とリゼロッド、シラウ、サリアの4人はジムニーSJ30Fに乗って都の外にあるシェルター住宅に向かっている。

 サリアまで同行しているのは、シラウが昨日襲撃されたことと、今現在、伊織の保護を受けて家族ともどもそこに滞在していることを聞いたサリアが『俺も見てみたい!』と言い出したからだ。

 残念ながらというべきか、予想通りというべきか、屋敷の地下は特に収穫はなく、単に古代遺跡の建築技術の高さを再確認したという成果に留まった。

 ただ、オルストやアガルタの遺跡とは異なる建築様式に興味はそそられたので無駄だったというわけではないだろう。

 

「おおっ、すげぇ! 都の外まであっという間だ! こんなので集落を回れるならもっと頻繁に商隊を回すことができるんだけどなぁ」

「特殊な燃料も必要らしいし、我々に運用するのは無理だよ」

「わーってるって! 身の丈にあった物を上手く使うことを考えろ、だろ? ちゃんと考えてるよ」

 基本的に素直な気質なのか、口調は軽いが無責任な言葉を出すことはなく都を統べる一族の者という自覚はあるらしい。

 シラウもこの若い弟のことは買っているらしく、時に諭すようなことを言いながらも基本的にうるさいことは言わないようにしているようだ。

 

 ほどなく都の街門を出て進路を北に向けるとシェルター住宅が見えてきた。

 その異様な形と存在感にサリアは口をポカンと開けて呆然とする。

「なんだよ、コレ……鉄? 石? の、箱? 目茶苦茶でかいけど、本当に人が住めるのかよ」

「私も最初に見たときは腰を抜かしそうになったよ。しかもたった一刻(2時間)足らずで現れたんだからね」

「ああ、うん、俺、イオリ達とケンカするの止めとくわ。なんか、おっかねぇ」

 口調は軽いが物わかりは良い弟のようだ。

 

「あ、伊織さん、おかえりなさい」

「こっちは問題なかったっすよ。リゼさんの方はどうだったんすか?」

 香澄と英太もちょうど戻ってきたところだったのか、コブラからシラウの妻達を降ろしてシェルター住宅の扉を開けようとしていた。

「まぁ詳しい話は飯の時にでもするさ。んで、こっちはシラウの弟らしい、って、どうした?」

 同じくジムニーを降りた伊織達がサリアを紹介しようとすると、そのサリアは香澄の方を呆然と見つめている。

「あ、あの、何か?」

 視線を向けられた香澄が居心地悪そうに身を引きながら訊ねる。

 

「あ、ああ、その、貴女の名を聞かせてもらえないだろうか」

 どこか上の空に聞こえる口調でそう香澄に声を掛けるサリア。

「えっと、香澄、ですけど?」

 名前を聞いた途端、サリアは一瞬で距離を詰めて香澄の手を両手で包むように握る。

「え? は?」

「カスミ、どうか私の妻になってくれ!」

 一瞬静まりかえる。

 直後、香澄と、ついでに英太の絶叫が響いた。

「「はぁぁぁぁ?!」」

 

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