第88話 バカ息子と砂漠の法

 引き車に大量の資材や食料を載せ、オアシスの長達やシラウ達行商人の一行を連れてバスまで戻ってきた伊織達を囲んでいるのは大勢の見物人と何やら喚き散らす男がひとり。

「なんだこれは! 貴様等は何者だ!!」

 大型バスのトランクルームは座席下の部分が両側に貫通する形で開いており、結構な量の荷物を載せることができるようになっている。

 今回長達が調達したのは食料や香辛料の他に綿布やロープ、バラジュの飼い葉、農具や種苗などそれなりの量があったがその程度ならば充分に載せることができる。

 それらをバスに積み込んでいる最中に騒動が始まるが、その声を聞いて長の家の前で槍を片手に見物人を睥睨していた警備の男数人が慌ててその喚いている男に走り寄っていく。

 ケーバ達に事情を聞いていた警備の男が説明するのだろう。

 

 伊織は特に関心を払うつもりはないらしく一度チラリと男の方を見ただけで、ルアを車内に戻してバスのエンジンを始動する。

 ルアは普段なら伊織から離れたがらないのだがさすがに昼間の気候は辛いのか素直に運転席横のガイド用補助席に座り、伊織の許可をもらってからクーラーBOXから棒アイス(ソーダ味)を取りだして食べ始める。

 伊織は同じく暑さでへばっていたジーヴェトにルアの世話を任せ、ついでにアイスとドリンクを口にする許可を出してから再び外に出る。ついでに入れ替わりにリゼロッドもバスに避難してきたが。

 伊織が外に出ると荷物も粗方積み終わっていたようだが、今度は先程喚いていた男とケーバ達が揉めているらしい。

 

「勝手にオアシスを移ったとはどういうことだ! それも新しいオアシスだと?! 我が氏族の許可なくそんなことをするとはどういうつもりだ!!」

「我らがオアシスを移すことに何故タスバの許しを得なければならんのだ。一族のことは一族の長が決める。助けが必要であれば他の一族に相応の代償をもって助力を乞う。それがジュバ族の習わしだ。

 泉が涸れかけ、支援を相談したときにそう言って拒んだのは貴様だろうが」

 男と主に話をしているのはケーバだが、どちらも睨み合うように険しい表情をしながら強い口調で言い合いをしている。

 

 大声を出している男は20歳くらいだろうか、ローブのフードを下ろし顔を露わにしている。そしてその背後に護衛だろうか、朱色の派手なフードを被った2人の人物が控えている。

 どうやらその若い男はケーバ達がオアシスを移したことに文句を言っているようだが、そもそもジュバ族は一族単位で生活し、形態としては封建制というよりも都市国家連合に近い。

 それぞれが自治権を持っていて、一帯の支配者という概念がほとんどないのだ。

 もちろん、この街や都のように一定以上の規模をもち、周辺の集落への影響力が大きい氏族もあるが、基本的にはそれぞれの集落のことはそこの長が決定し、必要に応じて連携したり相互協力したりしている。

 だから本来ケーバ達オアシスの集落が移転しようが滅びようが他の氏族に口出しされる謂われはないのだ。

 もちろんそうは言っても交易や協力する必要もあるので互いに情報交換や近況報告はおこなっているわけで、今回この街に来たのもそれが理由なのだ。

 

「なんすかね、あれ?」

「彼はこのタスバの街を治める氏族長の息子でドッタという名です。跡取り、と決まっているわけではないのですが、今は長の代理をしていますね。まぁ、あまり評判の良い男ではありませんが」

「この暑い中でご苦労なこった」

 英太がボソッと呟いたのをシラウは聞き逃すことなく簡単に素性を明かす。

 伊織は呆れたように肩を竦めた。

「とにかく! 我らはすでに新しいオアシスに集落を築いている。半数ほどは荷をまとめてバラシュと共に移動することになっている」

「7つの村が全て4つのオアシスにだと?! どうやってそれだけのオアシスを探したというのだ! 隠していたとでもいうのか!!」

 

 ドッタが一際大きな声でケーバ達に詰問すると、一瞬長達の視線が伊織に向いた。

 それを見逃さず、今度は伊織に対してドッタが尊大に声を掛ける。

「おい、貴様がオアシスを見つけたのか? それにこの奇怪な荷車も貴様の持ち物なのだろう! 今日からはタスバのために働け!」

 当たり前のように言い放つドッタの態度に、伊織は怒りを露わに、したりはしなかった。

「英太、今日の晩飯は素麺で良いか? こんだけ暑いと冷たい物を食いたい」

「良いっすけど、日が沈んだら寒くないっすか?」

「そうね。そうなったら今度は鍋食べたいとか言いそう」

 完全にドッタを無視して夕食談義に花を咲かせる異世界トリオである。

 もはや恒例となりつつあるこの手の勘違い権力者をいちいち相手にするのが面倒なのだ。

 ついでにルアが車内なので安心して煙草を燻らすことができるので少々暑いが我慢できる。

 

「き、貴様! 聞こえないのか!」

「う~ん、これだけ気温差が激しいと食事考えるのも面倒なんだよなぁ」

「いっそアミダで決めたら? どうせ今考えても気が変わりそうだし、伊織さんなら出来合いの料理も溜め込んでるでしょ?」

「個人的にはラーメンとか食いたいけど。暑くても寒くてもOKだし」

 さらに無視。

「こ、このっ!」

 徹底的に無視する態度にドッタが激高し伊織に掴みかかる。が、

 スカッ。

 伊織がタイミング良く一歩横に移動し、ドッタの伸ばした腕は見事に空振りする。

 

「たまにはくじ引きで食事当番でも決めるか? 使う食料もくじ引きで」

「それ、絶対変な食材混ざりますよね!? シュールストレミングとか入れられると困るんですけど!」

 ヒョイッ。

「作るのは良いんだけど、ルアちゃんは伊織さんのご飯が一番好きなのよね」

 スカッ。

 ドッタに目を向けることもなくまるで居ないかのように会話を続けながら、それでいて掴みかかろうが殴りかかろうが掠りもしない。

 怒りのあまりムキになって手を振り回すが触れることさえ叶わない。

 プライドなのかそれとも契約の内容に関わるのか、護衛らしき朱色のローブに手伝わせることはなく、必死の形相で伊織達に手を伸ばす。

 時折フェイントを混ぜたり対象を伊織から英太や香澄に移したりもするが、この男程度の動きでは彼等を捕まえることなどできるはずもなく、たった数分で息が上がり、表情も半ば泣きそうになっている。

 ある意味かなり酷い扱いである。

 

「おい! お前達、奴等を捕まえろ!」

 とうとう痺れを切らしたのか、ドッタは背後に控えていた朱色ローブの男達にそう命じた。

「……それは契約内容を変更するということか?」

「そ、そうではない! 追加の依頼だ」

 どうやら彼等はドッタの部下というわけではなく、何らかの契約を交わしているらしい。

「イオリ殿、彼等はルジャディです。戦わない方が良い」

「ルジャディ? 傭兵か?」

「都を治める長が抱える戦闘部隊です。一定の条件で他の一族にも貸し与えていて主に長の護衛を務めているはずです」

 ドッタが男達と条件交渉を始めた隙にシラウが伊織にそう耳打ちする。

 が、いいかげん面倒になっていた伊織は手っ取り早い手段に出た。

 

 伊織はおもむろに懐からSIG P320-X5を抜き、ドッタの足元に銃弾を撃ち込む。

「な、な?!」

 驚いて振り返ったその顔を掠めるようにもう一発。

 そして動こうとしたルジャディのひとりの腋近くにも。

 全てがほんの1秒足らずの間で、撃たれた3発の銃弾に誰ひとりとしてまともに反応することもできず顔へ痛撃を加え、朱色のローブに穴を穿った。

「ゴチャゴチャうるせぇ。街ごと捻り潰されたくないならいちいちちょっかいかけてくんな」

「うわぁ、発想が魔王様だ」

「向こうの方が圧倒的に悪いのに伊織さんの方が悪党に見えるわよね」

 高校生コンビの感想は周囲の人の心情を代弁している。

 

「何の騒ぎだ!!」

 ドッタがへたり込み、ルジャディのふたりも硬直する中、鋭い声が響く。

「と、父さん……」

 声の主は長の家から姿を表した壮年の男のようだ。

 ドッタの呆然とした呟きから、この男が街の氏族の長であるようだ。

「ザビンさん、お久しぶりです。腰を痛めたと聞いているが?」

「おお、ケーバか。少々張り切りすぎてしまってな。

 それはそうと、あまりに外が騒がしいので出てきたのだが、いったいどうなっているんだ?

 見慣れぬ物はあるわ、凄まじい音は鳴るわ、バカ息子は腰を抜かしているわ。

 とにかく中に入ってくれ。暑くて敵わん。そこの異国の方々もどうぞ。それとシラウさんもだ」

 

 伊織とドッタの成り行きを見守っていた長達が家の前まで歩み寄ってザビンと呼ばれた長と親しげに挨拶を交わす。

 ケーバ達とザビンの関係は悪くないらしく、ドッタの時とは違って交わす言葉に刺々しさは感じられない。

 ザビンは大らかな気質なのか、軽い口調で疑問を投げかけつつ家の中に招き入れた。

 

 

 長の家の居間に通された長達と伊織の一行に水が供された。が、伊織はそれをあえて拒否する。

 その行動を不審に思ったザビンがともかく事情をケーバ達に尋ねた。

「……そうか。まずは謝罪をさせてもらいたい。申し訳なかった」

 言い訳することなく伊織達に頭を下げるザビン。

「それから、長達も、すまなかったな。オアシスの水が減っているという話は聞いていたがそこまで危機的状況だったとは知らなかった」

「それはもう良い。彼等のおかげで新しいオアシスを手に入れられたからな」

「異国の者達に借りを作ってしまったな。

 それで? ドッタ、北のいくつのもオアシスが涸れたってのは俺は聞いてないんだが、何故言わなかった? ああ?」

「あ、うぅ……」

 

 伊織や長達に向ける神妙な態度から一変、ドッタに厳しい目を向けるザビン。

 その口調に縮み上がるドッタはしばらくの沈黙の後渋々理由を話し始めた。

 要約すると、オアシスの水が涸れれば村はこのタスバの街に頼るしかなくなる。そうなれば習わしで長達は妻や娘を差し出すことになるが、ザビンは新しい妻を迎えたばかりであり、女達はドッタ達息子に宛がわれるだろう。

 ドッタは父に似てかなりの女好きであり、いまだ妻はひとりしか居ないが女遊びを繰り返している。

 妻がひとりだけなのはドッタがまだ一人前だと認められておらずザビンにふたり目の妻を許してもらっていないからだが、長達から差し出された女が妻になれば必然的に一人前として扱ってもらえると考えたらしい。

 

「はぁ、バカだとは思っていたがここまでバカだと笑うしかないな。

 確かに習わしじゃ迎え入れるのなら妻なり娘なりを差し出してもらわなきゃならん。だがそれは一時的に預かるだけだ。

 一定期間人質代わりに留め置いて、村の者達が街に馴染んだら適当な理由をつけて家に戻すんだよ。じゃなきゃ余計な火種が残るからな。

 お前にふたりめの妻を認めないのはお前が半人前の仕事しかできないからだ。

 その仕事すら満足にしないで女遊びをした挙げ句、随分と好き勝手なことをしてたらしいな。他からも報告は聞いている。

 今回も意味もなく長達を怒らせ、異国の者達にまで無礼な態度を取るとは、もう呆れてものも言えん。

 街の氏族の長とはいってもあくまで一族の長というだけであって他の長と同格だと何度言っても理解していないようだしな。

 最後の機会をと思って代行をやらせてみたが、結果はこの通りだ。

 ドッタ、お前を家の系譜から外す。いいな?」

 

 冷徹なザビンの言葉にドッタは慌てる。

「と、父さん、そんな!」

「長は一族の全てを背負う。だからこそ一族は長に敬意を払い従う。

 お前のように表面的なことだけを真似て他者を軽んじるような者に一族を任せることなどできるか」

 どこまでも厳しい父の言葉にドッタはガックリと項垂れるしかなかった。

 そしてザビンに部屋からの退出を言い渡されトボトボと去っていった。

 

「見苦しいところを見せて申し訳なかった。

 奴は俺の悪いところばかりが似てしまってな。自信家で女好き、俺も反省しなければならないだろう。最近は嫁にかまけて街のことを息子達に任せきりにしてしまっていたし。長達には改めて習わしに従って詫びを送らせてもらう」

 最後にそういって頭を下げたザビンと長達が何やら言葉を交わしながら最後に握手をした。和解の印ということなのだろう。

 伊織は興味なさげに鼻をほじっているだけだったが。

 

 

 街で少々のゴタゴタはあったものの予定通り荷を積み終え、いや、予想外に十分な資材と食料を調達できた伊織達はシラウ達商隊の者も乗せて帰路についていた。

「今回は伊織さん大人しかったわね」

「確かに。拳銃ぶっ放しただけで誰も怪我してないし!」

「酷くない?! いつもいつも騒動を起こしてるみたいで人聞き悪いぞ?」

「……民主的手段で結論を出しましょうか?」

「降参します!」

 ザビンと長達の話に珍しく一切口を挟まなかった伊織をからかう香澄と英太に冗談っぽく肩を竦める。

「まぁ、鬱陶しかったがそれだけだったし、こういう地域ってのは独自の規範みたいなのがあるからな。ちょっと訪れただけの俺達が掻き回すのも良くないだろ」

 いったいどの口が言うのかと思うが、街の長が思ったよりもまともだったので口を挟む必要も無かったというのが本当のところだろう。

 

 やがてバスは街と最初のオアシスの中間点にある場所に到着した。

 水脈は見つかったものの周囲に岩が多くて村を作るには適さなかった場所だ。

 伊織はそこに深さ10mほどの堀井戸を作っておいたのだ。

 形としては時代劇などに登場するような、周囲に石を積んだオーソドックスなもので、砂などが入って埋まらないように木板の蓋と重しが乗せられている。

「素晴らしいですね。水も綺麗で充分飲むことができます。

 この場所にこれだけの水があれば運ぶ水も少なくできますし、バラジュにも負担が掛かりません。もう少し整備すれば大規模な商隊でも使えそうです」

 自ら商隊を率いるシラウはこの井戸がかなり気に入ったようだ。

 聞けば、西にある山岳地帯の麓にはジュバ族とは違う別の種族の集落があるのだが、砂漠にはない様々な品を交易したいと考えていたらしい。

 だが山麓の集落と交易をするにはある程度大規模な商隊を組む必要があり、それだけの商隊が水を得ようとするのはタスバの街にかなりの負担を掛けるため躊躇していたそうだ。

 

 タスバの街には川が流れていて比較的水は豊富だが、それでも飲み水は井戸から汲み上げるしかなく、その数は街でふたつしかないのだ。しかもこの井戸ほど水質は良くないらしい。

 この砂漠では大陸西部のような荷車は使えないため、荷はラクダのようにバラジュに背負わせるしかない。

 その荷でもっとも重量があるのが水であり、欠かすことができないのだから、この場所で水が得られるのなら負担は相当少なくて済む。

 都からの道中には水しか売れる物のないオアシスがいくつかあるのでここで補給ができれば問題ないらしい。

 

「この井戸を是非商隊に使わせていただきたいのですが」

「その辺りはケーバ達と話してくれれば良いんじゃないか? 俺達はついでに掘っただけだし、その後のことはどうでもいいからな」

 実際、伊織がこの場所に井戸を作ったのは、新しいオアシスがタスバの街から1

、2日程度とはいえ離れてしまうことで行商人が寄りつかなくなっては困るだろうと考えたからだ。

 同時にオアシスとオアシスの距離も離れる集落もあるのでその間の場所にも同様の井戸が掘られている。

 あくまでアフターサービス的な感じで作っただけなのでその後の管理や整備は丸投げすることを伝えてある。井戸など使わなければ数ヶ月と経たずに埋まってしまうだろう。

 

「そうはいきません。ジュバ族は恩恵をもたらせた者は相応の対価でもって遇すべしという習わし、いえ、法があります。

 同朋である集落の者達を救ってくれたことも、新たなオアシスを見つけたのではなく造ったというのもジュバ族への恩恵です。

 人が住むのではないのに井戸を掘るなど我々にはとてもできませんが、これがあることで我々ジュバ族がどれほど助かることか」

 熱のこもったその口調に、伊織達は顔を見合わせた。

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