第87話 砂漠の行商人

 見渡す限り岩と石と土ばかりの砂漠。

 ユーラシア大陸を思わせる異世界最大の大陸のほぼ中央に位置し、サハラ砂漠を遥かに超える面積の広大な乾燥地帯だ。

 その砂漠の外縁部、岩と土に覆われた土地にぽつんと大きな泉が出現したのはつい数日前のことだ。

 泉の大きさはおよそ直径100m。深さは15mほど。

 周囲は泉を中心に数百mの範囲で整地され、岩や大きめの石などは取り除かれている。

 整えられた地面も内側は滑らかな平地に、外側は農地として使えるように重機と耕耘機で柔らかく掘り起こされている。

 さらに農地との境には定間隔に井戸が掘られ利用できるようにしてあった。

 

 そんな急ごしらえに見えるオアシスに3台の大型トラックが入ってくる。

 もちろん伊織達の運転するオープンキャブタイプのもので、荷台には大量の木や藁のような枯れ草、それに大勢の男女が乗っている。

 泉の脇にトラックが停まり、荷台から降りると一瞬呆然と泉を見つめた後、絶叫のような歓声を上げた。

 何故かその中には何度もこの場所を見ているはずの、ルルイの集落の長、ケーバまで加わっている。

 そんな彼等の様子に、運転席を降りた伊織は苦笑いを浮かべながら肩を竦める。

 そして、保冷剤入りのベストと遮熱素材のローブを被ると、すでに同じ格好をしていたルアを抱き上げて、興奮した猿のような声を挙げ続ける集団に近づいていった。

 ちなみにルアは色素の薄い目を保護するためのゴーグルを掛けさせている。もちろん事前に日焼け止めクリームも塗りたくった。

 

「ある程度は整備しておいたが気に入ってもらえたか?」

 伊織がケーバと、その傍にいた3人の壮年の男に声を掛けると、彼等は勢いよく振り返り伊織に掴みかからんばかりに身を寄せた。

「不満などあるわけがない! これほどのオアシスがあれば一族の数が2倍しても飢えることも渇くこともないだろう」

「その通りだ! カブルが収穫できるまではしばらく掛かるだろうが、蓄えを運ぶのも手伝ってもらえるということなのだろう? それならば問題ない」

「しかし、我らにとって貴重な収入源だとはいえ紅石程度の物でこれほどのオアシスを探し、さらに農地として使えるように整地までしてもらえたとは。どう恩を返して良いかわからんな」

 口々にそう言うと、ケーバもまた何度も頷いて彼等の言葉を肯定した。

 ちなみにカブルというのは芋に似た根菜で、比較的乾燥に強くデンプン質の多い作物だ。砂漠の民ジュバ族の主食である。

 

 紅石と引き替えにオアシスを探すことを請け負った伊織達だが、実際に見つけることができた、集落を移すことができる環境の場所は4箇所だった。

 ケーバが長を務めるルルイのオアシス近隣で泉の水が枯渇する傾向にあった集落は6つあり、ルルイを含めて7集落が移り住める場所を探さなければならなかった。

 だが、水脈自体はいくつか見つかったものの畑を作れなかったり、周囲の土地よりも低くなっていて年に一度降るかどうかの雨で水没する可能性があったり、はたまた以前のオアシスと距離がありすぎて行商人が来られない場所であったりと、様々な問題で最終的に移り住むことができそうな場所が4つしか見つからなかったというわけである。

 ただ幸いなことに、見つかった全ての水脈が水質、保水量、規模、流量、流速がかなり高い水準であり、再び大規模な水脈の移動がない限り枯渇する可能性は低い。

 

 最初に見つかった場所は農地にできる面積が小さかったためにルルイよりも小さな集落が移ることになり、一番大きなオアシスとなるこの場所にはケーバ達を含む4つの集落が入ることになった。

 普通ならいきなり4つの村が合併になったら主導権を巡って揉めそうだが、4つの村は以前から交流がある上に、砂漠に生きるジュバ族の民は『一族は皆同朋』という意識が強いらしく全ての村の民が同等の扱いを受けられるのであれば特に不満は無いらしい。

 当面は4人の長が話し合って新たな集落を運営していくことで同意しているそうだ。

 残りのふたつのオアシスにもそれぞれ別の村が移り住むことになっており、村人の半数が住居などの準備のために先に新しいオアシスに移動しており、残りの村人が持っていく物の整理や作物の収穫などを進めている。

 

 このオアシスもそれは同様で、トラックには当面の生活に必要最小限の食料と住居を作るための資材が積み込まれており、そのための村人も同行しているのだ。

 とにかくこの酷暑と厳寒が一日のうちに訪れる日較差の大きい大陸性気候のトルーカ砂漠では住むところをまず確保しなければ数日と過ごすことができない。

 なのでまず作らなければならないのは住居である。

 地球の西アジアやアフリカ北部の乾燥地域で多く見られるように、この地域でも主要な建材は日干しレンガだ。

 粘性の高い土や泥などに藁や家畜の糞などを混ぜて型に流し、天日で乾燥させたもので、少なくとも紀元前4000年前頃には古代メソポタミアで作られ始め、現代でも雨の少ない乾燥地域では一般的な住居建材として使われている。

 焼成していないために雨には極端に弱く、強度も高いとはいえないが、特性として断熱・蓄熱性があるために昼間の強い日差しの中では夜間や早朝の冷気が残って部屋の中が暑くなるのを防ぎ、逆に夜間は昼間の熱気によって屋内が冷えすぎるのを防ぐ。

 

 日干しレンガの材料となる干し草やラクダに似た家畜であるバラジュの糞は住んでいたオアシスから持ち込んでいるし、大量の土は泉を掘ったときに出た物が泉脇に小山を造っている。

 念のため伊織が山岳地帯で粘土層を掘り、ダンプ一台分を農地の外側にまとめて置いてある。

 なにしろ4つの集落全ての民が移住するわけだから大量の日干しレンガを作る必要があるのだ。

 当面はバラジュの革でできた野営用のテントで寝泊まりしつつ協力して最低数の家を建て、残りは全員が移住してきてから少しずつ建てていくことになっている。同時に農地の整備もしていかなければならない。

 そちらに関しては伊織達は手を貸すつもりはなく、彼等もまた当然のように自分達で全て行うつもりだった。

 

「まぁとりあえず、移転先は気に入ってもらえたと思って良いのか」

「ああ。感謝している。約束通り紅石は手に入れられるだけ持ってきている」

 ケーバはそう言って革袋一杯に詰め込まれた紅石を伊織の方に差し出した。

 どうやら他の村の分も集めていてくれたらしい。

「大した数ではないがオアシスを探している間にもできる限り砂竜を狩って集めておいた。行商人には他にもいくつか売れる物は残っているので気にせずに全て受け取ってくれ」

「いまだにこんな物で良いのか不安だがな」

 伊織にとって紅石は古代魔法の情報とベリク精石に次いで手に入れておきたいアイテムなのだが、トルーカ砂漠のジュバ族にとっては用途の限定される少々希少価値があるという程度の物でしかない。

 そして伊織の方に買い叩こうという意思が無いためにこうした認識のギャップが生まれるわけだ。

 とはいえ伊織にいちいちそれを訂正するつもりがないので長達としてはいまだに戸惑いの方が強い。

 

「パパ、それじゃあ、もう行くの?」

「ん~、元のオアシスに残っている連中と家畜は自分達で移動するって話だから、とりあえずケーバの言ってた街に行ってみるか。遺跡のことも調べておきたいし」

 ここ数日伊織達が忙しくしていたためにあまり甘えられなかったルアが伊織の腕に抱えられてご満悦の表情で訊く。

 サングラスで瞳は見えないがきっと喜びにキラキラと輝いていることだろう。

 伊織としても目的は果たしたわけだしこれ以上ここに留まる理由はない。

 資材と村人の半数は新しいオアシスに運んだし、残りの村人は必要な荷物をまとめて家畜と共に自力でそれぞれのオアシスに移動することになっている。

 であれば、話に聞いていた古代の遺跡に築いた砂漠の民の都とやらを目指しても良いだろうと考えていた。

 ケーバが言うには元のオアシスから徒歩で2日ほどの場所に大きな街があり、力のある氏族がそこを治めているらしい。

 山岳地帯から川が流れているために水が豊富な場所だそうだ。

 

「イオリ殿、街に向かうのなら我々を連れていってもらえないだろうか? 村を訪れていた行商人に村が移転したことを伝えなければならないのだ。それに、街の氏族長にも話を通しておきたい。

 もちろん無理にとは言わないし、その時は自分達で行くだけだ。それに帰りはいくらか必要な物を買うから送ってもらう必要はないのだが」

 ケーバの申し出に伊織は少し考えた後頷いた。

「そうだな、道案内があるに越したことはないからかまわないぞ。ああ、なら他の村にも寄っていくか」

 そうして新たなオアシスの長達を連れて川辺の街に行くことになったのだった。

 

 

 

 それほど大きくない、幅10mほどの川の両岸に長細く広がる街並。

 古代のエジプトを舞台とした映画にでも出てきそうな光景の街だが、水辺ということもあって昼間でもそれほど気温が高くないのか通りにはかなりの人が行き交っており、活気に満ちている。

 そして今、街の通りは驚愕のあまり固まってしまった人達で溢れており、中には腰を抜かしたのかへたり込んだまま動けなくなっている者すらいる。

 理由はもちろん、どこに行こうと一切自重する気がないオッサンのせいであり、具体的には4つのオアシス、正確には元7つのオアシスの村の長とその妻を乗せるにはヒューロンでは小さすぎるということで伊織が引っ張りだした大型バスがゆっくりと通りを進んできたからである。

 

 使用したのは日野自動車が製造販売するHINOセレガ スーパーハイデッカである。

 全長12m、座席数40席以上という大型観光バスだ。

 不整地を走行することを想定していないが剛性の高いしっかりとしたフレームは速度さえ控えれば未舗装でも支障はない。

 もちろん空調も高性能であり車内にはトイレも完備している。

 この世界の人からすれば家がそのまま移動しているかのような代物であり、動いていること自体信じられないだろう。

 しかも動物が牽いているわけでもないのだ。

 英太や香澄達は改めて伊織の非常識さに呆れているが、止めなかった時点で同類である。

 彼等もまた砂漠の炎天下を街から離れた場所で車を降りて歩きたくなかったのだ。

 

 そしてバスに乗っているこの世界の住民であるジュバ族の面々はといえば、移動を始めた当初からはしゃぎっぱなしであった。

 もちろん彼等も心の底から驚いてはいるのだが、これまでに何度もヘリだのトラックだのに乗っているし、オアシスを整備するのに重機類が動いているのを間近に見ている。

 厳しい自然環境の中で生きているからなのか、伊織達が持ち込む想像も付かない機器のアレコレにあっさりと順応してしまっているようで、まるで新しいアトラクションを目にした子供のような心境で楽しんでいるのだ。

 そんな中で乗り込んだ大型バス。

 車内は外の酷暑が嘘のように涼しく、紫外線を防ぐスモークガラスは砂漠の強い日差しを柔らかくする。設置されているウォーターサーバーで清浄な水は飲み放題で、歩いて2日以上掛かる道もわずか半日程度で到着した。

 はしゃぐなというほうが無理だろう。

 

「んで、どっちに行けば良いんだ?」

「この先にある大きな家が氏族の長が住んでいる所だ。その前まで行ってほしい」

 ジュバ族の習わしでは一族に大きなことがあった場合、近在の力ある氏族に長やその後継者、妻などが挨拶に出向くことになっているらしい。

 領地や支配という概念が無いジュバ族だが、力がある者は同朋のために力を尽くす務めがあるというのもまた長年の習わしだそうだ。

 そのためにも小さな一族はその都度大きな一族に報告する必要がある。

 当然、これまでにもオアシスの水が涸れかけていることも報告していたのだが、それに関しては習わしの弊害もあって助力を求めることはしていなかった。

 今回は住んでいたオアシスを移すという大きな変化であるために、長とその後継者、妻達を全員引き連れてやってきたというわけである。

 もちろん乗車定員に余裕があったというのが一番の理由なのだが。

 

 氏族の長が住むという家も日干しレンガで作られているというのは他の家と同じである。

 強度の問題だろうが平屋の造りではあるものの、面積はかなり広く、また川のすぐ側という好立地が長という立場を象徴しているのだろう。

 その家の前にバスを停めると、家の中から数人の男が槍を持って飛び出してくる。

 警備兵のような役割の者達だろうが、炎天下の中で立っていたら危険なので普段は屋内で待機しているようだ。

 男達は槍を構えてはいるものの、見たことのない巨大なバスを前に驚愕のあまり呆然としてしまっており、構えもかなりへっぴり腰になっているのも責められない。

 

「ルルイのオアシスのケーバだ。氏族の長に報告することがある。取り次いでくれ」

 開いた扉から一番最初に降りたケーバが槍を突き出している男達に落ち着いて様子で言う。

 男達は戸惑った表情で互いの顔を見合わせる。

 得体の知れないものから見知った人物が出てきたのだから、どうして良いのかわからなくなったのだろう。

「ケーバ? た、確かにその顔は間違いないが、ど、どういうことだ?」

「他の長達もいるぞ。この乗り物は我らに力を貸してくれた異国の者達のものだ」

 ケーバの説明と続いて降りてきた他の村の長達の顔を見て男達も槍を下ろす。

「そ、そうか、だが長はここ数日床についているので会うことはできん。ドッタさんが代わりを務めているが今はいない。日暮れまでには帰ると思うが」

「長が? 病か?」

「い、いや、腰をやってしまっただけだ。一応起き上がれるようにはなっているが」

「またか……そういえばしばらく前にまた新しい妻を迎えたと聞いたな」

「まぁな。8人目だ。来年には26人目の子供が生まれるんじゃないか?」

 ケーバ達の様子にようやく落ち着きを取り戻したらしく、男達はそんなことを言いながら長と会えないことを告げる。

 

 この街の氏族の長はそれなりの歳だがまだまだお盛んのようだ。

 ジュバ族は何故か生まれてくる男女の比率が偏っているらしく女性の方がやや多い。

 そのため、男が複数の妻を持つことが普通だということだが、それだけに男は家族を養わなければならず、実際に迎える妻は2人か多くても4人程度であるらしい。

 逆に1人しか妻が居ないのは甲斐性が無いと思われるらしいが。

 それでも8人というのはかなり多い。

 事実、この街の長は若い頃から女好きで知られている。

 まぁ、そうはいっても節操がないわけではないし無理強いすることもないので、話している男達の口調にも苦いものは混ざっていない。

 

「むぅ、ドッタか」

「やむを得んか。宿泊所は空いているか?」

「昨日から商隊が来ているから使っているかもしれん」

 長の代わりを務めているのがドッタという男だと聞いて渋い顔をするが、別の長が宥める。

 夕方に戻るというのならこの日は街に泊まることになるのだが、この街には宿屋などはなく、代わりにあるのは日干しレンガで壁と屋根を作っただけの宿泊所と呼ばれる場所だ。

 ケーバ達のように所用で街を訪れる者や商隊、行商人などが自由に使うことができ、街の者達が維持管理を行っている。

 当初の予定では氏族の長への報告をおこなった後は街で必要な物の買い出しをしている間に伊織達は情報収集を行い、日暮れ前には再びバスでオアシスに送り届けることになっていた。

 商隊が来ているのは都合が良かったと言えるが、宿泊所が空いていないのにドッタが戻るまで帰れないのも困る。

 

「日を改めるしかないな。とりあえず商隊に新しいオアシスの場所を告げて買い出しを済ませよう」

 村の長の1人がそう提案し、ケーバ達もそれに頷く。

「それはいいがこんなバカでかいので街を動かれるのは困る。ここに置いておくか街外れまで動かしてくれ」

 ここまでの道でもそうだったがバスが動き回れば街の者達が驚いて思わぬ事故に繋がりかねない。男達の要求もある意味当然のものだ。

 ケーバはバスの中にいる伊織達にそれを伝え、その場にバスを残したまま徒歩で移動することになった。

 

「あ、意外と涼しいっすね」

「水辺だからだろうな。川からの風も流れてるようだし、オアシスよりもかなり気温は低そうだ」

 英太と伊織がそんなのんびりとした会話を交わすのを横目に、香澄とリゼロッド、ルアは興味深げにキョロキョロと周囲を見回している。

 ジーヴェトだけは暑さに辟易しているらしく、ローブを目深に被って口数も少なく、伊織に貰った半冷凍状態のミネ○ル麦茶のペットボトルをチビチビ飲みつつ大人しく後ろを歩いている。

 

 しばらく歩くと市が立っている場所に出るが、正午近い時間帯のせいか人の姿は疎らだ。

「おや? ルルイの長と奥方ではありませんか?」

 ケーバ達は必要なものを買い出しに、伊織達が街の人達に砂漠の都についての情報収集に分かれようとした矢先、市の屋台から声が掛けられた。

「ん? おおっ! シラウさんか!」

「おひさしぶりですねぇ。ルタウとカララの長も、揃って街まで来られるとは珍しいこともあるものですね。

 ……ひょっとしていよいよオアシスの水が? ですがその割に随分と表情が明るいようですが」

 シラウと呼ばれた明るい雰囲気の青年が親しげにケーバ達と言葉を交わす。

 

「ああ、そのことで氏族の長に話があったのだ。

 だが彼等のおかげで新たなオアシスに移り住むことになった。それを伝えたくて市に来たのだが、シラウさんに会えたのは丁度良かった」

「新たなオアシス、ですか? まさか人の住んでいないオアシスが見つかったのですか?!」

 驚くシラウに、ケーバ達は伊織達を紹介し、事の経緯を説明する。

「信じられませんが、確かに先程何やら巨大な箱が自ら動いて街に入ってきたと耳にしたばかりです。

 よろしければもっと詳しくお話を伺ってもよろしいですか? 新しいオアシスの場所も訊かなければなりませんし、その間に必要なものは揃えさせます。それに都のことならば私が答えられると思います。私達は都から来ていますからね」

 聞けばこのシラウという青年は砂漠の民の都から商隊を率いて行商に回っているらしく、ケーバ達の村にも月に一度程度訪れているということだ。

 ケーバ達が村を移したことを伝えたかった行商人というのも彼の事だったらしく、大して利益にもならない外れの村々を巡ってくれるシラウのことをかなり信頼しているようだった。

 

 伊織もシラウの申し出を受けることにした。

 他の場所よりは多少マシとはいえ、砂漠地帯の真っ昼間に動き回るのはできれば避けたいからだ。

 シラウに案内されたのは市の近くにある宿泊所の中だ。

 宿泊所の建物の横には幌の屋根だけの場所があり、そこには馬とラクダが合わさったような動物、バラジュが10数頭繋がれていて、のんびりとしゃがみ込んでいる。

 部屋の中は仕切りもなく、ガランとした広間に柱が数本立っているだけで、床は分厚い絨毯のようなものが敷かれている。

 本来の床は剥き出しの土だということなので絨毯は商隊が持ち込んでいる物なのだろう。

 

 シラウに促されて中に入った伊織達とケーバ等のオアシス村の面々は絨毯の上に直接車座になって座った。

 すぐにシラウに付き従っていた数人の女性が木製のコップに水を入れてそれぞれに配る。

 この水の貴重な砂漠では水を出すというのは相手を歓迎しているという意思表示でもあり、一行は疑うことなくその水で喉を潤した。

 伊織達を部屋に案内してから少しばかり外に出ていたシラウが戻ってきて座る。

「今、商隊の者が長の家の前にある、アレはなんと表現して良いのか分かりませんが、煌めく家のようなものを見てきたようです。

 その者の話では、見たことも聞いたこともない物だったということですので、ルルイの長の話を信じることにします。

 新しいオアシスを見つけた、というか、作り出したというのはいまだに信じられないような気持ちではありますけどね。

 

「まぁ、実際に行ってみればわかるから俺からは何も言わないさ。場所は一応地図を用意してるが、これまでのオアシスよりも東側で少しばかり遠くなっている。

 その代わり、途中の3箇所ほどの場所に水脈が通っていたんで水の補給ができるように井戸を作っておいた。

 農地には適さないようだから村は作れないだろうが、天幕を張って野営するくらいならできるだろうよ」

「それは……ありがたいことですね。それにこの素晴らしい地図。これならば今までどおり村を回ることができそうです」

 シラウは伊織から手渡された地図から目を離さず答える。

 目印となる地形が少ないために縮尺は小さくなっているが航空写真を基にしているので位置関係はかなり正確だ。当然この街も地図には記されている。

 一通り地図を目に焼き付けてから、シラウは伊織に地図を写させてほしいと頼むが、伊織はそれをそのまま渡したので写す必要はない。

 

「イオリ殿、でしたね、ものは相談なのですが、私とあと数人を一緒にあの乗り物で新しいオアシスに連れて行ってはもらえないでしょうか。

 代わりに今回長の方々が求める商品は無償で提供させていただきます。それと、都への案内もいたしましょう。

 私は都を治める氏族の血族ですので、本来見せることのできない場所への立入も口利きします。それに、紅石なら私達もそれなりの量を用意することができます。

 いかがでしょうか?」

 唐突とも思えるこの申し出に伊織は片眉を上げる。

 次いで英太と香澄に視線を向けた。

 

「他の場所でオアシスを探して欲しいとか地図を作って欲しいという要求をしないなら良いんじゃないかな?」

「ああ、確かに。なんだかんだで結構滞在が長引いてるし。もちろん伊織さんが決めたことなら文句はないけど、全部聞いてたらキリがないよな」

「ってことだ。俺達にも目的があるし、紅石とやらもここの長達が頑張ってくれたおかげで充分な量を確保することができた。これ以上は特に欲しいものは無いからな。

 もしかしたら欲しい物がでてくるかもしれないが、当面別の依頼を受けるつもりはない。それでも良いなら同行は許可しよう」

 香澄と英太の意見を聞いてから伊織がそう結論を出すとシラウはあっさりと頷いた。

「かまいません。一番の理由は一刻も早くその新しいオアシスを見てみたいということと、あとはあなた方に対する好奇心ですから。

 確かに新しいオアシスを見つけた技術やこの地図にも興味はありますけど、命を賭けるようなものでもないですからね」

 こうしてしばらくの間珍客を同行させることが決定した。

 

 その後は長達が中心となってシラウと話に花を咲かせ、一刻ほどで長達が求めた資材が揃い、シラウの方も同行するメンバーを選定し終えた。

 同行するのはシラウとその妻だという2人の女、護衛を兼ねた男が3人と下働きだという女が2人だ。

 商隊は任せられる者がいるということで、今回はケーバ達の村に向かう必要がないのであと数日この街で商いをしてから別に都に戻ることにするらしい。

 持ち帰る資材や食料を大八車のような引き車に載せ、バスまで戻る。

 余程珍しいのか、いまだ日が高いというのにバスの周囲には人が集まり、即席の観光場所のような感じになっていた。

 

 幸い、この街の住民達はバスを近寄って見ているだけで触ろうとはしていないし、引き車が近づくとあっさりと道を空けてくれる。

 伊織がバスの横にある荷物置き場の扉を開き、ケーバ達が協力して資材を積み込んでいく。

 と、突然大きな声が辺りに響き渡った。

 

「なんだこれは! 貴様等は何者だ!!」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る