第84話 砂の民族

 砂漠と聞けば多くの人が思い浮かべるのはサハラ砂漠に代表される砂砂漠すなさばくだろう。

 しかし砂漠とは降雨が極端に少なく砂や岩石が多い土地の総称であり、いくつかの定義はあるものの岩石やれき、砂、塩湖などで形成されており、イメージされやすい砂ばかりの砂漠は全体の2割ほどだ。

 そして、この大陸にももちろん砂漠は存在する。

 

 ユーラシア大陸を思わせる広大な大陸の中央部。

 西部、南部、東部を山脈や山岳地帯に囲まれ、北部は厳寒の平原というこの場所は海に面している北部の水蒸気が季節風の影響で夏は南下せず、冬は海が凍り付くために非常に乾燥した内陸性砂漠が広がっている。

 その面積たるや地球のサハラ砂漠の2倍以上という途轍もない広さだ。

 大陸南部や東部地域の人間から“無の大地”、“死の大地”などと称され、乾いた風を意味する言葉の『トルーカ砂漠』と呼ばれている。

 砂漠の外縁部は剥き出しになった岩盤と所々に針のような葉を持つ低木が生えるだけの岩石砂漠で、その内側は砂の大きさが2mm以上の礫砂漠、さらに内側が細かな砂がどこまでも続く文字通りの砂漠地帯だ。

 

 そんな広陵とした不毛地帯ではあるが、それでも外縁部の岩石砂漠や礫砂漠には地下水がわき出るオアシスがいくつか点在しており、当然のようにそこには人の営みが存在していた。

 そんなオアシスのひとつ、わき出る泉を中心として日干し煉瓦で作られた建物が立ち並ぶ集落は、現代地球のペルー南西部にある小村ワチカナに近い印象の中規模村落である。

 その集落の生命線である泉の辺で、数人の男女が厳しい顔をして泉を見つめていた。

「ここまで水が減ってはこれ以上ここに留まることはできぬ、か」

「今ではこの水は飲むことすらできん。あと数日もすればバラジュですら飲めなくなるだろう」

「女達が日暮れまで掛かって水を汲みに行っているが、そこすらも干上がりかけているらしい。そもそもあまり良い水とは言えぬしなぁ」

 

 砂漠地帯において水は言うまでもなく命と等価といえる大切なものだ。

 水がなければ集落を存続させることはおろか、重要な家畜であるバラシュを維持することはできず、そもそも人間自体生きていくことができない。

 泉の水が涸れれば別のオアシスを奪うか、他の集落に受け入れてもらうか、死ぬしか道はない。

 しかし、聞くところによると歩いていける周辺の集落ほとんどで水が大幅に減ってきているらしい。その状況では他の集落の住民を受け入れることなどどう考えても無理だろう。

 残る方法はより大きな街に行くことだ。

 

 この集落から2日ほどの距離には周辺に大きな影響力を持つ力ある氏族が治める街がある。

 その街は山岳地帯から流れる川があり、水路によって街のいたるところに水が供給され生活用水として利用されている。井戸も街のいたるところにあるという。

 砂漠地帯にあってそれほど豊富な水がある場所は数えるほどしかなく、それだけ有力な氏族ということだ。

 その氏族の評判もけして悪くはないので、この集落の者達が必要以上に虐げられることもないだろうと思われた。

 だが、

「あなた……」

 男達の中で特に深刻そうな表情で泉を見つめていた男の傍らにいた女が不安そうに男を見る。

 見られた男の方はといえば、痛みに耐えるようにギュッと目を瞑った。

 

 男はこの集落の長であり、女はその妻だ。

 長という立場からすれば集落を捨てて、自らに付き従う民達を他者に委ねる。それもより弱い立場としてとなれば身を切るほどの辛さであろう。

 しかし元来厳しい自然環境の中で暮らす砂漠の民は同族に対し助け合うことを当然と考えているし、身内に対する厳しさと他者に対する慈悲深さを兼ね備えている。

 水場を巡る争いはあれど死者が出るほどの戦いに発展することは、大昔はともかくここ数世代は起こっていない。それだけ他の集落へ無理な要求をすることをしないからだ。

 だが集落を捨てて他の氏族の庇護下に入るには相応の代償を払う必要があり、その内容は古くからの習わしで決められており、今では因習とすら呼ばれているものだ。

 

 すなわち、氏族の保護を受けるには、庇護に入ろうとする者の長は妻、あるいは娘を差し出さねばならなない。

 

 

 

 

 伊織、英太、香澄、ルア、リゼロッド、ジーヴェトの6人はシャルール王国を出立してから東の諸国を経由してから進路を南へと向けた。

 大陸西部と大陸中央部を隔てる大山脈を迂回する形だ。

 当初はそのまま北部沿岸を東に抜けるつもりだったのだが、大陸中央部に広大な砂漠地帯があり、その外縁南西部に遺跡を流用した大きな都市が存在するという話を伊織がどこからか聞きつけたのだ。

 南に向かう前に一度観測用ヘリで砂漠上空を飛んでみたのだが数百km移動してみても果ての見えない広大さに、さすがの伊織も外縁部を移動経路に選択することになった。

 

 移動に使う車両はヒューロンAPCだ。

 これにも理由があり、緯度としては温帯に分類される場所であっても内陸砂漠は夏期の昼間の気温は45℃を超え、逆に夜間は放射冷却の影響で氷点下まで気温が下がる。そんな環境では迂闊に車外に出ることもできない。

 それに移動途中で休憩する際にいちいち外に出て異空間倉庫を開くのは手間なので車内で休憩するとしても、エノクやランドクルーザーでは狭くて身体を伸ばすことができないのだ。

 走破性が高く、過酷な環境でも使用できるように作られている軍用の兵員輸送車でも良いのだろうが、基本的に軍用車両は居住性をあまり考慮していない物が多い。近年の車両ではかなり改善しているとはいえ、いまだに空調装備は脆弱で車両の駆動音もかなりうるさい。ましてや装軌式車両など言わずもがなである。

 

 その点ヒューロンAPCは想定している顧客にアラブの富豪も含まれているために空調装備はしっかりとしているし、中央部のベンチシートを外して内装を変えることも可能だ。

 というわけで、伊織が出してきたのが上記の車両なわけだが、これまで幾度か使用してきた車両を改造したのか、それともメーカーに特注で作らせたのか、運転席のある車両前部はこれまでと同じながら荷台部分は断熱材の用途を兼ねた手触りのよい合皮製クッション材で全面が覆われ、ゆったりとして移動可能なリクライニングシートが8席分。シートを壁際に移動すれば床から折りたたみ式のテーブルまで引き出すことができる仕様になっていた。もちろん車体後部にはギャレーやトイレも完備している。

 

 急がなければならない旅ではないし、そもそも光神教から回収した資料をリゼロッドが調べ終わらなければ始まらない。

 シャルール王国には結局半年近く滞在していたが、ドゲルゼイ王国との戦争準備にリゼロッドもかり出されていたために資料整理に使えた期間は半分もなかったのだ。

 なので当初の予定通り大陸のあちこちを周りながら資料の分析を進めつつ、遺跡があればそれも探して賢者の石の材料を集めることにした。

 とはいえ、賢者の石の材料に関しては光神教の施設に保管されていた大量のベリク精石も回収できているのである程度目処が立っているらしい。

 そんなわけでシャルール王国に行ったときと同じく、割とのんびりとしたペースで移動しているわけだ。

 

 走行中は危険防止のために進行方向に向けて4列に並んでいるシートを回転させつつレールを移動させて壁際に付ける。

 そして空いた空間の床にある取っ手を引き上げると幅1.2m、奥行き60cmのテーブルが出来上がる。

 香澄が飲み物などを用意している間に伊織が簡易異空間倉庫を開いて出来合の食事を準備する。

 この日は持ち帰り食事の定番、牛丼である。

 すでに何度か食べさせられているメニューなのでルアやリゼロッドにも抵抗感はない。ちなみにジーヴェトは食の好みが大雑把なので基本的に何でも食べる。

 食後のデザートは庶民の夏の定番、ガ○ガ○君のソーダ味だ。

 車の外は凶悪なほど照りつける太陽のせいで46℃近くあるのだが車内は快適そのもの。

 考えられないほどの贅沢と言えるだろう。

 

「パパ、ブルーベリー食べていい?」

「いいぞ。けど、アイス食べたばかりだから少しにしておけよ」

「うん!」

 最近になってようやく子供らしく遠慮のないおねだりが出るようになってきたルアが伊織の袖を引っ張りながら訊き、無事に許可を得るとギャレーにある冷蔵庫の冷凍室からタッパーに入った果実を取り出し、大さじ3杯ほどの量を器に取り分ける。そして嬉しそうにその器とスプーンを持って伊織の膝に乗った。

 どうやら並んで座っていたのをチャンスとばかりに戻る場所を変更したようだ。

 もちろんすでに食べ終わっていた伊織も駄目とは言わず乗っかったルアの頭を撫でた。

 

「随分気に入ったみたいっすね、それ」

 英太の言葉通り、最近のルアは食後に必ずと言って良いほどこの果物を食べる。

 見た目がブルーベリーとよく似たこの果実はシャルールで買った物だ。

 シャルールを含む大陸北部の森に自生する低木から初夏の頃実を付けるのだが、シャルールの民は長い冬の貴重なビタミン源として村や街の女達が総出で収穫し、ジャムやコンポートにして保存しておくらしい。

 若干色が黒みがかって濃いのと少しばかり小さいのを除けば収穫時期といい用途といい本当にブルーベリーそっくりである。名前は別にあるのだがあまりに似ているので伊織達の間ではすっかりブルーベリー呼びが定着してしまった。

 味も甘酸っぱくて現代日本人である英太達が食べてもかなり美味しい。

 王都シュヴェールではさすがに総出で収穫するのではなく周辺の集落から商人が買い付けて販売しているのだが、伊織が気に入ってかなり大量に買い取ったのだ。

 もちろんそのままではすぐに傷んでしまうので洗ってから冷凍にしてある。

 ちなみに買い取った量は少なく見積もっても数百キロはあっただろう。買いすぎである。王都の人達が買えなくなってしまったらどう詫びるつもりなのだろうか。

 

「ん~、凍ってるのが良いんじゃないか?」

 ルアから一粒もらって口に放り込んだ伊織が答える。

 そう言う英太や香澄も日に一度は食べていたりするのだ。

「伊織さんが買い付けたのこれだけじゃないでしょ? 市場の人が呆れてたわよ」

「いや~、あの国は美味い物多かったからなぁ。特に湖で捕れるロブスターみたいな海老、アレはたっぷり買ったからな。近いうちにバーベキューでもして食おうかと」

 皮肉っぽく香澄が言うがそんなのは知らんとばかりにホクホク顔で応じるオッサン。

 実際、何人で食う気だ? と聞きたくなるほどたっぷりと仕入れた海老やカニも全て冷凍されて異空間倉庫にストックされている。近いうちに飽きるほど食べることになるだろう。

 

「でもよぉ、やっぱ勿体なかったんじゃねぇか? 旦那なら王様にだって成れたかもしれねぇんだろ?」

 慣れないアイスキャンディーを溶けない内にと慌てて食べたせいで頭痛に悶えていたジーヴェトが、シャルール王国の話題が出たことでずっと疑問に思っていたことを訊いてみる。

 だがそれに対する伊織の答えはあっさりとしたものだった。

「なんでそんな面倒なものにならなきゃいけないんだよ。いいか? 君主なんてもんは常に監視されて仕事に忙殺される、金があろうが買い物ひとつ自由にできないし、できたての飯も食えない、言葉のひとつにすら細心の注意を払わないといけないブラック企業が裸足で逃げ出すような劣悪さだぞ?

 かといって好き勝手振る舞えば今度は暗殺や裏切りに脅えなきゃいけない。誰も信用なんかできなくなるし安心して食事も睡眠も取れやしねぇ。

 いくら絶世の美女がオマケに付いてきたとしても好きこのんでそんな殺伐とした人生送るなんざ嫌なこった」

 身も蓋もない台詞である。

 

「言われてみればそうよね。今の伊織さんの方がよっぽど好き勝手生きてるし」

「力もあるし、あり得ない道具や武器もある。お金だっていくらでも稼げる。それに比べれば大国の王様よりもよっぽど自由よね」

 香澄とリゼロッドが苦笑気味に言う。

「そんなもんかねぇ。名誉とか権力とか、程度の差こそあれ欲しいと思うんだけどなぁ。まぁ俺はアンタら見てたから身の丈に合わない権力持ちたくないけどよ」

 釈然としないといった表情でジーヴェトがつぶやくが、とりあえず疑問は解けたのだろう、それ以上その会話を続けようとはしなかった。

 が、すかさず伊織が話の矛先を英太に向ける。

 

「英太の方は良かったのか? あのお姫様がかなりご執心だったみたいだし、何なら今からでも戻るか? 苦労しない程度の装備や設備は残してやるぞ?

 ……童貞卒業するチャンスを逃していいのか?」

 最後のは耳元に口を寄せて小声でつぶやいた。

「ちょ?! か、勘弁してくださいよ! 俺にそんな気ないですってば!」

「え~? 英太も満更じゃなさそうだったじゃない。それにあれほどの美少女に言い寄られることなんてこの先の人生、多分もうないわよ?」

 容赦ない香澄思い人の言葉に見えない長剣で心臓を滅多刺しにされながら心の中で血の涙を流す英太。

 そんなふたりをニヨニヨと嫌らしい笑みを浮かべながら見る伊織とリゼロッド年長者達

「な、なんですか?」

「「別にぃ~」」

 

 

 休憩を終えて再びヒューロンを走らせる。

 砂漠地帯とはいえ外縁部は小さな岩山や所々に砂漠特有の小さな葉を持つ灌木が生えている。

 他にも稀に降る雨が形作ったと思われる轍のような水の流れた跡や窪地もあり、必ずしも車が通りやすい場所ばかりではない。

「ん? 英太、停めろ!」

「え? あ、はいっ!」

 ズザァァッ!

 いくつもの大きな岩が点在する場所を通っていたとき、不意に助手席に座っていた伊織が英太を制止する。

 見通しが良いとはいえない場所だったため元々それほど速度は出ておらず、数m車輪を滑らせただけでヒューロンが止まると、伊織が外に出た。

 

 続いて香澄と英太も車を降りる。

 途端に痛いと感じるほどの日差しと息苦しくなるほど熱せられた空気が喉をヒリつかせた。

 ヒューロンから10mほど離れた場所で立ち止まっていた伊織に近づき、その視線を追う。

 と、岩山の陰に隠れるように10人ほどの人影があった。

 日差しを遮るためだろう、白いローブのようなもので全身をすっぽりと覆い、数人が頭に一抱えはありそうな大きな瓶を載せている。

 アフリカや中央アジアの農村部の映像で見る現地の人を連想させる光景だ。

 そしてその中のふたりの手に握られた槍のような物は伊織達に向けられていた。

 

「――――! ――――――!!」

「俺達はあなた方に危害を加えるつもりはない。俺達が驚かせたせいで水瓶を落としたのだろう?」

 槍を持った人物が何か叫んでいるが、言語が異なるのか聞き取ることができない。

 伊織は敵意のないことを示そうと両手を上に挙げながら穏やかな口調で話しかけた。

 英太達が見ると、確かに数人の人影の足元に瓶の破片のようなものが散らばっており、その周囲がわずかに濡れたように色が変わっている。

 

「誰、か? 水、大切、今、戻れない、悲嘆……」

 伊織がしばし相手の反応を見ていると、頭に載せていた瓶をゆっくりと地面に下ろし、一人が数歩前に歩み出て片言で応じた。

 目深に被ったフードと強い日差しのせいで顔はわからないが、声からして女性のようだ。

「驚かせたことを詫びる。大切な水だったんだろう、普通の飲み水でよければ代わりのものを用意する」

 伊織が聞き取りやすいようにゆっくりと言うと、その人物は少し考えるような素振りを見せた後、槍をもった者に何か言ったようだ。

 二人は槍の先を上げて数歩後ろに下がる。

 

「水、ある、本当か? 水瓶、3つ、割れた」

 代わりにさらに数歩前に出た先程の人物が伊織に問う。

 イントネーションが異なるしかなり辿々しいところから、この人物達は普段異なる言葉を話しているが、この者だけは多少大陸西部の言葉を話すことができるようだ。

 伊織はその問いに頷くと、そこで待つように手でジェスチャーを行いヒューロンのさらに後ろ側に移動し、宝玉を並べる。

 いつもの工程を経て異空間倉庫を開くと、英太を呼んで中に入る。

「―――!! ――? ――――!!」

 突然空間に現れた異様な光景に驚いたような声を上げるローブの人物達。

(このところすっかり慣れちゃってたけど、そりゃ普通は驚くわよねぇ)

 一人残っていた香澄は苦笑いだ。

 

 数分が経った頃、異空間倉庫から荷台に大きな水タンクを載せた1tトラックが出てくる。

 運転は英太がしているようで、伊織は荷台に乗ったまま香澄の近くまでゆっくりと近づき、停止する。

 そして荷台から数個の白い半透明のポリタンクを降ろし、水タンクからホースを伸ばして注いだ。

 とりあえず20Lのポリタンク3個を水で満たし、その間に英太が持ってきた木のコップにも入れる。

 そしてローブの人物達に見えるようにその水を飲み干し、さらに別のコップにも入れてローブの人物に差し出した。

 

「毒なんかは入っていないが、味が大丈夫か飲んでみて欲しい」

 伊織はそう言ってコップを手渡し、一歩下がる。

 言葉があまり通じていないので相手を安心させるために過剰なほどの気遣いを見せていた。

 現代日本で育ち、こちらの世界でも比較的水の豊富なグローバニエ王国で過ごしていたために英太や香澄にはわからないようだが、地球でも様々な地域に行ったことのある伊織は砂漠地帯で水がどれほど貴重なのか知っている。

 ガソリンよりも水の方が高価な地域は珍しくないし、たったひとつの井戸を巡って殺し合うなんてことも普通にあるのだ。

 意図したことではないとしても、ヒューロンに驚いたこの人物達がその貴重な水の入った瓶を落としたことに少なからず罪悪感をもったためにこのような行動を取っているのだ。

 もしかしたら水瓶を落とした人物が罰を受ける可能性もあるのでそしらぬ顔はできない。

 

 ローブの人物はしばしコップの水を見つめ、最初はほんの少し口をつける。

 そして驚いたような仕草をした後に、傍らに控えていた槍を持った人物にも渡して飲ませた。

「とても、美味、水、感謝」

「それは良かった。とりあえずこれだけ用意したが足りるだろうか? この容器もそのまま使ってかまわないし、足りないならまだあるが。それと、ここで飲むなら好きなだけ飲んでくれ」

 伊織がそう言いつつ、人数分のコップを用意して見せた。

 するとローブの人物がフードに手を掛けて後ろに下ろす。

 露わになったのは30歳前後の褐色の肌をもつ女性の顔だ。

 

「水、大切、飲む、嬉しい、大丈夫か?」

「見ての通り、まだまだ沢山入っているし、足りなければ他にも持っているから大丈夫だ。百人や二百人が飲んでも余裕だから安心してくれ。

 大切な水を無駄にしてしまったお詫びだと思って欲しい」

 伊織はコップに溢れるほどなみなみと水を注ぎ女に手渡すと、女はそれを何かを話しながら別の者に渡す。

 受け取った者はフードをはね除けておそるおそる口を付けると一瞬驚き、残りは勢いよく喉に流し込んだ。

 その間にも伊織と英太がコップに水を注ぎ渡していく。

 余程喉が渇いていたのか、皆一度では足りず幾度かおかわりをしてようやく満足したようだった。

 

「感謝、する。聞きたい、水、沢山、もらう、できるか? 買う、紅石ある」

 どうやら水を沢山持っているのなら売って欲しいということらしい。

「伊織さん、どうするの?」

「う~ん……」

 結論は、いわずもがな、であろう。

 

 

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