第83話 北部諸国連盟発足とシャルールからの報酬

 シャルール王国の至宝と呼ばれるシュヴェール城。

 装飾そのものは多くないが純白の大理石で覆われた壮麗な謁見の間は、ドゲルゼイとの戦いの際は大画面のモニターや通信設備が所狭しと置かれていたが今はそれも全て撤去され、いくつもの長机が円形に配置されている。

 一番奥側の席にはシャルール王国の女王であるリュミエーラと宰相であるオリーベンが並んで座っており、その後ろ側にいくつか用意されている椅子に文官らしき人物が数人いる。

 そしてリュミエーラの右側に用意された長机にはオリーベンが出迎えたフォアリセ王国の王女であったクリーナ・ファン・タットルリーヴェとコッホグ将軍。

 背後の席に数人の者がいるのも同じだが、そちらは兵士なのか目つきが鋭く鍛えられた体躯をしている。

 用意された他の席に座っているのも大旨同じような構成のようで、ひとつの長机に代表者がふたり。背後の席に補佐官のような役割の者達が座るという構図となっている。

 印象としては地球の国連の安全保障理事会の光景に近いだろうか。

 フォアリセ王国の王女が参席していることから、この場がシャルール王国内の会合でないことは明らかだ。

 

 ドゲルゼイ王国のドルヴァン王がシャルール王国に侵攻した日から二月が経過している。

 戦いの被害自体は少なかったシャルール王国だったが、それでも避難していた街や村の人々が元住んでいたところに帰り、戦場となり大きな穴やら塹壕やら土壁やらを元の状態に戻すのはさすがに重機類を使ってもそれなりに時間が掛かるものだ。

 住民の重要な働き手でもあった戦いに参加した義勇兵もそれぞれの場所に帰っており、それらの作業は伊織達と兵士達によって進められていた。

 幸いなことに最終防衛線を越えられることはなかったので農地には影響がなく、荒れた平原は数年も経てば戦いがあったこともわからなくなることだろう。

 アガルタ帝国から買い付けた食料なども物資も一月ほど前から続々と届けられるようになり、シャルール王国だけに関して言えばすっかり元の平和な状態に戻っている。

 

 そんな状況の中、ドゲルゼイから解放された国々の主要人物達がここ、シャルール王国に集まっている。これはリュミエーラ女王の呼びかけによるものだ。

 ドゲルゼイがシャルール王国を侵略するために各地に展開していた軍をほとんど根こそぎ掻き集めたために、侵略し占領されていた旧大陸北部諸国に残っていたのはわずかな守備兵力のみ。

 ドゲルゼイの軍勢がシャルール国内に入り、もはやそうそう戻ることができなくなったタイミングで各地で反乱勢力の一斉蜂起が起こり、残留していた兵士達は鎮圧はおろかまともに抵抗すらできずに尽く全滅した。

 武器を取りあげ徹底的に弾圧したことで抵抗勢力を根絶やしにしたと思い込んで守備を疎かにした報いを受けた形だ。

 とはいえ、ドゲルゼイ側もまさか手薄になった途端に各地でほぼ同時に占領地の民衆が、それも剣や槍、甲冑などの完全武装で襲撃するなど想像もしていなかっただろう。

 ましてや、少数とはいえ用心のために残された騎竜部隊の分隊はたとえたった一頭だけだったとしてもそう簡単に倒せるものではないと高をくくっていたはずで、それが何の役にも立たずにあっさりと倒されるなど夢にも思わなかったに違いない。

 

 結果として各占領地にいたドゲルゼイ兵や兵士達相手に商売をしていた商会、ドゲルゼイからの入植者は蜂起した各地の民衆によってほとんどが殺されるか捕らえられるかしたのだ。

 シャルールに侵攻したドゲルゼイの軍勢も逃亡できたわずかな兵を除き、約半数が戦場で死に、残りは捕虜としてシュヴェール湖に浮かぶ流刑島に運ばれている。

 ちなみに元々その島で刑に服していた罪人達は義勇兵としてドゲルゼイとの戦いに加わっており、元の罪状とその戦いぶりを総合的に検証した上で減刑や赦免が行われた。

 そういったこともあり、ほぼ全ての兵を失ったドゲルゼイ王国が報復行動を執ることは不可能だ。そもそも王都であったドルビスも各地を奪還した各国が派遣した連合軍によって完全に滅ぼされており、もはや自力で国を維持することはできないだろう。

 

「我が国の呼びかけに応じ、こうして集まってくださったこと、お礼申し上げます」

 最初に口を開いたのはシャルール女王リュミエーラだ。

 リュミエーラは一同の顔を見回すと穏やかな笑みを浮かべたまま謝意を述べる。

「……我々も、まずは貴国に礼を述べねばならんだろうな。

 貴国の支援によって我々はドゲルゼイから国を、民を取り戻すことができた。

 貴国にも目論見はあろうが、それでもそれがなければ我らがドゲルゼイのくびきから逃れるのはもっと先になっただろう。

 貴国がもたらしてくれた武具と情報にフォアリセ王国の全ての民を代表して感謝する」

 王女という立場とは思えないほど粗雑な物言いながら、クリーナは立ち上がってリュミエーラに真っ直ぐ目を向ける。

 

「我が国も、貴国には感謝している。

 我々はドゲルゼイからの圧政に対して組織だって抵抗することができていなかった。

 各地にちりぢりになって野盗のごとき有様でドゲルゼイの商隊に嫌がらせをするのが精一杯だった。

 貴国のおかげで我々は武器を手にしてまとまることができた。どれほど礼を言っても足りんだろう」

「我が国は王族が尽く殺され、高位貴族もそのほとんどがドゲルゼイの手に掛かった。

 ごくわずかな者達が森に潜んで捲土重来を期していたが、これほどまで早く国を取り戻せたのは貴国のおかげだ。感謝している」

 クリーナに続いて他の国の代表達も立ち上がり口々に謝意を表した。

 

「我々にとってドゲルゼイ王国は共通の敵でした。

 春に行われた侵略を我が国が退けたとしてもドゲルゼイ王国があのまま健在であればいずれは再び脅威に曝されることになるのは明らか。

 だからこそ、侵略を受けた国と連携する必要があったのです」

「ふん。そのために私達に武器を与えてドゲルゼイを滅ぼしたってわけだな。

 だがそのことは別にかまわない。私達にも充分に利益があったことだしな。

 その上で、聞いておきたいことがある。

 ……その男は何者だ?」

 リュミエーラの言葉にクリーナがひとつ鼻を鳴らしてから頷き、次いで少し離れた場所で椅子に座りながらタバコを吹かしていたひとりの男、伊織を指さした。

 

 シャルール王国が占領された国々の人間に武器を与えた理由は簡単だ。ドゲルゼイ王国が、あのドルヴァン王がいる限り何度侵略を退けようが安心できない以上、ドゲルゼイを滅ぼすしか道はない。

 それはわかりきったことだが、実際にそれを成すのは普通に考えれば不可能に近いはずだ。

 ましてや侵攻を受けた国々の抵抗組織、と言えば聞こえは良いが、実際にはろくな装備も持たず、人員すら乏しい。国民も気持ちはともかく生き残るのに精一杯で支援してくれるだけの余力はないのだ。

 冒頭で強がってはみたものの、クリーナにもフォアリセ王国の開放の道筋を描くことができなかったのだ。

 

 クリーナは次期国王と定められていた弟と主力たる近衛騎士を逃がすために自ら囮になってドゲルゼイに捕らえられた。

 その後は弟の行方を知ろうと凄惨な拷問が加えられ、瀕死の状態となっていたところをコッホグ率いる残党部隊によって救出された。

 それを表しているのが顔に残された火傷の痕や全身の傷だ。

 治療の甲斐あって回復してからは分散して王都や大きな街に潜伏しながら人員を集め反抗の機会を窺っていた。

 フォアリセ王国の場合は王族が生き残っており、他の貴族や多数の騎士、兵士がいたために何とか組織をまとめることができていたが、大部分の国は中心となる人物も少なく、連携もとれないまま個別に反乱が起きては鎮圧されるということが繰り返されるばかりだったのだ。

 普通に考えてそんな烏合の衆を支援してまで動かそうとは思わないだろう。

 そこにやってきたのがクリーナが指さした男だ。

 

『国を取り戻す気はあるか?』

 前触れなく突然現れた男にクリーナ達は当然警戒した。

 ドゲルゼイの警戒網に掛からないように慎重に隠れる場所を変えながら行動していた。

 少しずつ戦える人間や協力者を増やしつつも武器や物資は乏しく、時折ドゲルゼイに追われたり脱落したりと歯の抜けるようにせっかく増やした人員が欠けていく。

 そんな先の見えない状況の中で現れた怪しい男を信じられるわけがない。

『なんのつもりだ!』

『ドゲルゼイを滅ぼす。協力するなら力を貸そう』

 悪魔の囁きだ。

 あの大国を滅ぼすと言ってのけた男に驚くが、もしそれが罠なら自分達は希望の芽が潰えることにもなる。

 

『まぁ、信用できないだろうから、どう取るかは好きにしてくれ。

 とりあえず1万人分の武器と食料を用意してある。それからフォアリセ国内の詳細な地図とドゲルゼイの兵士の配置、アンタら以外の抵抗組織の潜伏先のリストだ。

 おそらく近いうちにほとんどの兵士がシャルール王国侵攻のために動員されるはずだ』

 男がそう言って手渡してきた紙にはクリーナも驚くほど詳細な地図に、言葉通りの内容と武器や食料が隠してある場所、それも待ち伏せや包囲がし辛く複数の逃走経路が用意できる場所が記載されていた。

 それ以上言葉を重ねることもなく男は立ち去り、試しに確認に行かせた兵士は確かにその場所から大量の武器防具と食料を確保した。

 半信半疑ながら急いで他の抵抗組織とも連絡を取り計画を練った。

 

 次に男が姿を現したのは一月後。

 その時にはすでに王都をはじめ主要都市の奪還をあらかた終えてドゲルゼイ兵の残党とフォアリセ国内を我が物顔で好き勝手していたドゲルゼイ人の商人達を掃討を行っていたが、以前と同じように突然現れた男はすでにシャルールに侵攻したドゲルゼイ軍が壊滅したこと、それから王であるドルヴァンが戦場から逃亡しドルビスに向かっていることを告げた。

 事ここに到っては男の言葉を信じるしかなく、男の主導で他国の組織と連絡を取りながら兵の一部を割いてドルビスへ向かった。

 後は知っての通りである。

 

 その男がこの場にいる。

 そのこと自体は驚くことではない。だが肝心のその男はまるで自分は無関係だとでも言うかのように離れた場所で傍観者に徹していたのだ。

「ソイツは私達に武器を渡した。そのことは感謝しているが、はっきり言って得体が知れなさすぎる。

 持っていた道具類を見ても北部の人間ではないだろう。何が目的だ?」

「彼は私達の要請に応じてくれた方です。

 彼等の力が無ければドゲルゼイを退けることなどとても叶わなかったでしょう」

 リュミエーラが取りなすように言うが、クリーナは男、伊織を睨んだままだ。

 

「ん? 俺か? 俺はそこの美人な女王様に頼まれた、まぁ、傭兵? みたいなもんだ。

 目的も何も、最初に言った通り、将来にわたってドゲルゼイを大人しくさせるには滅ぼしたほうが早かったんでな。

 中途半端にすると色んな国に残党が分散したり野盗になったりするかもしれない。こっちは数が少なすぎてドゲルゼイ本土までは手が回らない。だから協力してもらっただけだ。

 こっちはこっちの都合で動いただけで恩を売る気も無いから気にすんな」

 口からリング状の煙をポカポカと浮かべながら面倒そうにクリーナに答える伊織。

 どうやらまともに相手をするつもりがないようだが、クリーナ達にしてみれば乾坤一擲、全てを賭けて決死の思いでようやく国土を取り戻すことができたのだ。思いの温度差に微妙な空気が流れる。

 

「……我々の中であの強大なドゲルゼイが一夜にして滅びることを想像していた者などおらぬだろう。そのような事ができるとすれば神か悪魔の仕業としか思えぬ。

 だが、我らもまたドゲルゼイの支配から民を救い出すことができるのならたとえ悪魔に魂を売ろうとも躊躇う選択はなかった。

 貴公等が何者で、何を企図して我らに力を貸したのかなど問うても意味が無い。

 10万を超えるドゲルゼイの大軍を歯牙にも掛けぬような者達に我らが抗することはできぬからのだからな」

 さらに表情の険しくなったクリーナがさらに言葉を重ねようとするのを制するように、これまで静かに瞑目していた初老の男が口を開いた。

「ホーリアス殿……」

「願わくば、ようやく地獄のような日々から解放された民が再び絶望せずに済むようにしてもらいたい」

 

 諦観ともとれるような言葉でありながら、それでもなお誇りだけは捨てぬという気概を感じさせる、穏やかで芯の通った眼差しで伊織を、そしてリュミエーラを見つめるホーリアスと呼ばれた男。

 13年前、軍備を整えたドゲルゼイが最初に侵攻したリース王国で公爵家の嫡男であった人物であり、以降、山岳地帯に隠れ里を作って抵抗活動を続けてきた。

 幾度も敗れ、民の苦しみを目の当たりにして我が身の力のなさを呪ってきた男の言葉はこの上ない重みをもっていた。

 その男の強い目をリュミエーラは真っ直ぐに受け止める。

 

「我がシャルール王国が望むのは永続的な平穏と繁栄です。

 二度とドゲルゼイのような国が現れることのないような枠組みを作り、それに諸国が加わってくださることを望んでいます」

 リュミエーラはそこまで言って、その後をオリーベンが引き継ぐ。

「ドゲルゼイ王国は実質的にすでに国としての形を失っております。

 かの国は多くの鉱山と豊かな穀倉地帯を持つ豊かな国でもありましたが、我が国とは遠く離れております。それに諸公らの国と異なりシャルールはドゲルゼイの侵略を防ぐことができたために損害はそれほど多くはありませんでした。

 よって、我が国はドゲルゼイ王国に対する全ての要求を放棄します。

 ドゲルゼイ王国の領土、資産、民衆の処遇に関してはシャルール以外の6国で協議していただきたい。

 希望としては争うことなく平等に分配してくれることを望みます」

 

 ザワリと集まった面々がざわつく。

「戦勝国たる貴国がドゲルゼイから利を得ることを放棄すると?」

 疑わしいといった表情でクリーナが聞き返し、それにリュミエーラはあっさりと頷いた。

「6国に比して損害は大きくないとはいえ、我が国の辺境地域もドゲルゼイによって荒らされ多くの犠牲も出ています。先の戦いでも少なくない者が死傷しているのも事実。

 ですが、最大の貢献者であるイオリ殿達が多くを望んでおらず、また、利を得る事で6国よりもシャルールが強大になってはいつか同じような悲劇が起こらないとも限りません。

 また、多くの被害を被り深い傷痕の残った6国が不安定のままでは流民が我が国に流れてきたり野盗と化すこともありましょう。

 我が国の安寧のためにも一日も早い諸国の復興が必要です。

 ドゲルゼイの資産はその一助にすべきと考えています」

 

「短期的な利益よりも長期的な安定を望むということか」

「その通りです。どちらにせよドゲルゼイとシャルールは距離がありますので領地を切り取ったとしても飛び地になり旨味は少ないですからな。

 ただ、ドゲルゼイの遠征軍がもっていた物資と鹵獲した騎獣に関しては戦利品として確保させてもらいました。

 どの国にとっても脅威となる騎竜は全て処分し、武器防具は鋳つぶして農具や荷車の部品にする予定です」

「その程度は論じる意味もないでしょうな。当然の権利であろうし、そもそも輸送の手間を考えれば提供されたとて困るだろう。

 それより騎竜を戦力として組み入れぬと約束してくれるのは安心できる。とはいえ、貴公が居るのであれば同じ事だが」

 

 代表の一人が伊織に目を向けて言った。

 不満がある様子でも含むことがあるわけでもなさそうだが、それでもやはり気にしないわけにはいかないのだろう。

 国力にさほど差があったわけでもないのに自分達の国はまともに抵抗もできずにドゲルゼイに蹂躙され、シャルールは圧倒的といえるほどの勝利を得た。

 異なるのはこの得体の知れない異国人達の存在だけだ。

 今は共闘した者同士無理は通さなくとも、いずれは、と考えてしまうのは無理もないことだろう。

 それがわかっている伊織もひとつ肩を竦めただけで、何かを口にすることはなかった。

 

 そんな空気を感じたのか、リュミエーラがこの日6国の諸公を集めた本題に入る。

「……我がシャルール王国リュミエーラ・ファン・ラ・ミュールがリース王国、フォアリセ王国、ゲルニア王国、ウルム王国、ライプル王国、クルガン王国の各諸公に提議します。

 北部7国による相互防衛条約及び通商条約の締結と、諸問題の解決と利害調整のための合同機関の設立、並びに、年に一度の諸公会議の開催を求めたい」

 再びざわめく代表者達。

 リュミエーラの提案した内容は現代地球の価値観ではさほど突飛なものではない。というか珍しくもないものだ。

 だが封建的なこの異世界においてはかなり斬新なものでもある。

 とはいえまったく受け入れられない発想というわけでもない。

 もっと小さな単位、例えば小さな街や村などといった比較的近い地域では普通に行われていることでもあるからだ。

 そういった街や村では近隣に盗賊や危険な獣が現れれば協力して討伐したり、問題が発生すれば話し合って利害を調整し解決したりする。

 ただ国家という大きな単位では軍事同盟や貿易以外では相互に協力するという体制になっていないだけだ。

 

「ドゲルゼイがリース王国に侵攻した時、もし残りの6国が速やかに連携してドゲルゼイと対峙していたら、かの国があそこまで伸張することはできなかったでしょう。むしろ即座にドルヴァン王を掣肘しリース王国から撤退させることもできたはずです。

 ですがそれは叶わず、ますます国力を高めたドゲルゼイは瞬く間に他国へ浸食しました。

 この度の提議はそれを繰り返さないためのものです」

 クリーナもホーリアスも、他の国の代表者達も随伴してきた文官達と小声で協議をしているようだ。しばし謁見の間はざわめきに包まれる。

 この場に参席しているのは各国の新しい首脳達や次席にあたる人物達ばかりであり、国家間のかなりの部分を決定するだけの権限を持っている。

 国土解放の立役者と目されたシャルール王国からの要請で集まった以上、戦後処理の何らかの交渉がなされると考えられていたからだ。

 やがてリース王国のホーリアスが口を開いた。

 

「シャルール王国女王リュミエーラ陛下の提案に、わがリース王国は賛同する。

 詳細については専門の組織を立ち上げて調整する必要はあるが、相互防衛、公平な通商、調整機関の設立に関しては必要と考える」

「フォアリセ王国も賛成だ。

 だが、当面はシャルール王国主導になるとしてもある程度復興が進んだ後は各国の持ち回りにしてもらいたい。

 それから合同機関を置く場所は立地的な中間点に設けることを提案する」

「我がゲルニアも賛同する」

「ウルム王国もだ。ただ、我が国はドゲルゼイによってかなりの被害を受けていて数多くの民が虐殺された。復興に関しても支援を願いたい」

「クルガン王国も異論はない。

 復興の資金に関してはドゲルゼイの資産を分配する際に被害の度合いを考慮する必要があるように思う。そのための予備調査と接収した資産の管理をシャルール王国に担ってもらいたい」

「我がライブル王国も賛成だ」

 

 こうして各国の賛同を得られたことでリュミエーラが提案した相互協力体制、後に『北部諸国連盟』と名付けられた多国間協定が結ばれた。

 この一月後、旧ドゲルゼイ王国の王都、その中央広場で7国の首脳や詰めかけた各国の民衆の見守る中、フォアリセ王国に捕らえられていたドルヴァン王が処刑された。

 自分の足で立つことすらままならないほどの拷問を受け痩せ細った身体ながら最期まで怒りに目を燃やしていたのは、暴王ながら身ひとつで大国を築いた男の矜持だったのだろう。

 さらに、シャルール王国の捕虜となった兵士達と、旧ドゲルゼイ領地に居たドゲルゼイ人は他の6国に均等に引き渡され、過酷な労役に就くことになった。

 女子供まで含めてというのは現代地球で生まれ育った英太や香澄にとって思うところがないわけではなかったのだが、親兄弟や子、恋人、友人を殺された諸国の感情を思えば止めることはできない。

 

 こうして大陸北部地域からドゲルゼイ王国の名は完全に消滅し、かつての国民も遠からず同じ運命を辿ることとなった。

 その後、数十年を経て各国は復興を果たし、北部諸国連盟はアガルタ帝国北部の西部諸国の一部や東部の国にも拡大して繁栄していくことになるのだが、それはまた別の話となる。

 

 

 

 

 大陸北部に短い夏が訪れている。

 昼間の時間は一日のほとんどを占めるようになり、あと半月もすれば夜がこない白夜が数日続く季節だ。

 この季節はオーロラが冬とはまた違う色合いになる。

 明るさと鮮やかさは極夜の頃のほうが圧倒的だが、この、夜中でもうっすらと空が紫色に輝いているかのような季節の、優しい色合いで刻一刻と変化するオーロラもまた素晴らしいものだ。

 そんなシャルール王国の、至宝と呼ばれるシュヴェール城を望む小さな丘。

 王都の外れに近いその場所は、元々あったところではなく王都を囲む堀を造ったときの土を盛った人工的なものだ。

 

 その丘の上に小さな家が造られていて、家の屋根の上はテラスになっている。

 雪の多いこの国には珍しい仕様となっているこの家はもちろん伊織が作ったものだ。

 といっても現代機器はほとんど置いておらず、石造りの土台と木造の家屋という、どちらかといえばこの世界の中産階級が住むような比較的簡素な造りの家。

 その家の屋上テラスに一人のオッサンと、息を呑むほど美しい女性が小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。

 いうまでもなく伊織とシャルール王国の女王リュミエーラである。

 その二人の間には銀のバケツに入った数本のワインとワイングラス。そして数種類のチーズやチョコレートが並べられた皿が置かれている。

 

「おし! 英太、準備は良いか?」

『OKっすよ! いや、マジで楽しいんすけど! 俺が打ち上げちゃって良いんすよね? 実は伊織さんがそっちから遠隔で操作するってのはナシっすよ!?』

「…………」

『え? まさか、マジっすか?!』

「冗談だって。良いから全部やっちゃってくれ。ただ、タイミングだけは気をつけろよ? 調子に乗って10分で全部終わりとかは勘弁してくれよ」

『まっかせてくださいって!』

 その言葉を最期に伊織がトランシーバータイプの無線機をテーブルに放りだした。

 

「さて、準備できたみたいだから始まるぞ」

「イオリ様、はい! 楽しみです」

 悪戯っぽく口元に笑みを浮かべて伊織がそう言うと、リュミエーラも上品な笑みを浮かべて居城であるシュヴェール城のほうに目をやる。

 そして数秒後、

 シュッ、ヒュ~……ドーンッ!

 シュッ、ヒュ~、ドンッ、パラララ……

 現代日本ではお馴染みの、夏の風物詩ながらここ1年ほどはとある伝染病の影響でご無沙汰している音が鳴り響く。

 

「これは……なんて綺麗な……」

 丘の周囲あちこちからも大きな歓声が聞こえてくる。

 美しいオーロラを見慣れているこの国の人達も、オーロラを背景にわずかに地平を朱に輝かせた闇に咲く大輪の花火は、初めての経験ということもあり一際美しく見えることだろう。

 

 北部諸国連盟が発足し、ドルヴァンが処刑されてドゲルゼイの残滓は完全に消滅した。

 これをもってシャルール王国を襲った苦難はようやく取り除かれたことになる。

 他国に比べれば被害が少なかったとはいえ、それでも多くの者が犠牲になり、住むところや家族を奪われた。

 それを慰撫し、新たな道を進むことを記念して伊織が計画したのがこの花火である。

 地球において花火の歴史は古く、通信手段として黒色火薬が使われた紀元前にまで遡るとされている。

 魅せるためのものとしては14世紀頃のイタリアが起源といわれているが、日本でも江戸時代には娯楽として流行したらしい。

 ただ鮮やかな色合いの火花はマグネシウム、ストロンチウム、バリウムなどの金属化合物が必要なので近代に入ってからだ。

 

 そんな現代日本が誇る打上花火が次々と打ち上げられる。

 今頃英太が大はりきりで着火装置のスイッチを操作していることだろう。

 香澄やルア、リゼロッドは少し離れた場所で堪能しているはずだ。

 リュミエーラもしばし陶然と夜空に輝く華を見つめていた。

 そのオーロラと花火の共演は30分ほど続いた後、一際大きな10号玉(尺玉)が打ち上がって終了した。

 そして再び夜空を染めるのがオーロラだけになって数十秒後、王都のいたるところから住民達の打ち鳴らす拍手が、まるで地鳴りのように響く。

 中には嗚咽のようなものも混ざっているようで、様々な思いが去来しているのだろう。

 

「とても美しく、素晴らしいものを魅せていただきました」

「いや、俺もオーロラをバックに花火ってのが見てみたかったからな。

 まぁ、大陸北部の新しい時代の幕開けを祝う、ちょっとしたご祝儀代わりだ」

 改めてテーブルを挟んで向かい合う伊織とリュミエーラ。

 伊織がワインの蓋を開けるのをもの言いたげに見つめるリュミエーラだったが、グラスにワインが注がれ、それを手渡されると意を決したように口を開いた。

「イオリ様、このままこの国に、わたくしの側に留まってはいただけませんか?

 望まれるのならイオリ様が王位に就かれたとしても反対する者はいないでしょう。むしろイオリ様が王であれば皆が安心して暮らせます。

 もちろんわたくしが誠心誠意お仕えします。そ、その、どのようなことでも……っ?!」

 

 潤んだような目で伊織を見つめつつ言葉を重ねるリュミエーラの唇に、伊織は人差し指を当てて遮った。

「俺には未熟だが懸命にこの世界で生き残っていた奴等を元の世界に帰す責任ってやつがある。まだまだひよっこだから目が離せないんでな。

 この国は良い国だ。国民は真面目だし貴族は自分達の責任をしっかりと果たす気概がある。それに女王も美しいし、な。

 だがだからといってこの国に骨を埋めるまでは考えられないさ。

 第一、俺が望んだ報酬は最初に言ったとおりだ。それ以上を無理に果たす必要はないだろうよ」

「わ、わたくしは!」

 パンッ!!

 なおも言い募ろうとしたリュミエーラを、柏手を打って黙らせる。

 伊織の表情は、どこか淋しげでありながらどこまでも穏やかで優しげだ。

 

「……ふぅ……わかりました。勝手を言って申し訳ありません」

 やがて諦めたように肩を落とし、リュミエーラが笑みを浮かべる。

「さて、んじゃ、報酬をもらおうか」

「でも、本当にこんな事が報酬でよろしいのですか?

 イオリ様達がシャルールにしてくださったことは他の誰にも為し得ないほどなのですよ?」

「ん? 最高の景色を見ながら最高の美人の酌で酒を呑む。

 それも極上のワインと極上のツマミがあるんだ。

 これ以上の報酬がどこにあるんだ?」

 そう言った伊織の口元にはいつもの悪戯めいた笑みが戻っていた。

 

 

 

 

 大陸北部の国、シャルール王国。

 北部諸国連盟発祥の地であり、数百年にわたって北部地域の中心であり続けた。

 他国にはない技術で作られた強弓を使う弓兵は並び立つ者がないほど精強で、幾度かあった他国からの侵攻においても誰ひとりとしてシャルールの部隊に近づくことすらできなかったと言われている。

 そのシャルール王国の王都にあるシュヴェール城は至宝と呼ばれ美しい姿を保ち続けた。

 その王都の一角にある小さな丘には小さな家がひとつだけ建っており、歴代の王族は白夜と極夜の日に家の屋上でシュヴェール城を眺めるのを義務づけられていたという。

 極上のワインとチーズ、それから人数よりもひとつだけ多いグラスを用意して。

 

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