第81話 勝利!と、炎上する王都ドルビス
フットペダルを踏み込んでAV-8BハリアーIIの機首を上げつつ右に旋回させる。
モニターに映る2頭の飛竜に照準を合わせて操縦桿のトリガーを押す。
胴体の左側面から顔を出した25mm口径5砲身のガトリング式ロータリー機関砲から撃ち出された徹甲焼夷弾が飛竜を貫き、ほぼ同軸上にいた2頭はそれぞれふたりの騎兵を乗せたまま錐もみ状態で墜落していく。
地上までの高さは300mはあり、銃撃が致命傷でなかったとしても助かるとは思えない。
「とりあえずこれで打ち止めかな? ルア、どうだ?」
『えっと、見えるところにはもういないみたい』
総数500騎からなるドゲルゼイの飛竜部隊。
そのほぼ全てが今回のシャルール王国攻略のために投入されている。
この、現代地球と比較するといまだ未発達といえる異世界にあって、空からの攻撃は受ける側からすれば相当な脅威だ。
だがそれもあくまで相手が普通の軍であればの話であり、伊織の所有する現代地球の悪い意味での技術の結晶たる戦闘機が相手ではドラゴンに喧嘩を売ったカラスに等しい。
どれほど数を揃えようが近づくことすらままならず追い散らされ、25mm機関砲やハイドラ70ロケット弾によって為す術無く撃ち落とされていった。
さすがに500騎を一度に墜とすことまでは無理だが、2度ほど武装の補給のために機体を交換をしたが、まったく危なげなく壊滅させることができたというわけである。
なにしろ現代地球では戦闘機としては鈍足で空戦に難があるとはいえ、飛竜の飛行速度とは比べものにならない速度で飛び回り、補給のために離脱した隙に逃げようとしても戻ってきたハリアーⅡにあっさりと追いつかれる。
結局抵抗らしい抵抗もできず、わずか数騎が離れた森の中に逃げ込むのに成功しただけでほぼ全滅したというわけだ。
「リゼ、地上の様子はどうだ?」
『数が違いすぎるわ。かなり善戦はしてるけどギリギリね。層の薄い場所はエータとカスミが応援に入っているけど手が回ってない。
それと、イオリが予想した通り柵を埋め始めてるわ。もう少ししたら騎竜が超えてくるわよ』
リゼロッドが司令室となっている王城の謁見の間で沢山のモニターを見ながら状況を伊織に説明する。
寡兵に過ぎないシャルール王国兵がドゲルゼイ相手に奮闘できるのは各所に設置されたカメラとルアのドローンから送られる映像によって逐次状況を把握し、司令室から無線機で各部隊に即座に指示が送られるからである。
それによって常に先手を打つことでドゲルゼイに囲まれることを防ぎ優位に戦闘を継続することができている。
だがそれでもその状態がいつまでも維持できるわけではなく、しかも今戦闘に投入されている兵と義勇兵の数は2万に過ぎない。7倍以上の数が相手では薄氷を踏むようなギリギリの戦いになるのは無理もないのだ。
「んじゃ予定通り、一旦戻ってA-10で出る」
『ってことは次の作戦ね。私もすぐに出るわ』
『パパ、気をつけてね!』
リゼロッドとルアとの会話を打ち切りハリアーⅡの機首を拠点に向けつつ、伊織は今度は英太達と通信を繋ぐ。
「英太、香澄ちゃん、聞こえるか?」
『うわっつ?! あ、伊織さん?』
『ひょっとして、もう次の段階?』
「ああ。追い込み漁を開始するぞ。野盗になられても困るからな、できるだけ逃がさないように。あ、そうそう、あのやたらと目立つ祭りの山車みたいなヤツは放置で。1000くらいだったら一緒に撤退させても良いから」
『……また何か企んでるし』
「いやいや、人聞き悪くね? あの王様には無事に帰ってくるのを心待ちにしてる女性達が居るみたいだからな。
女性に『ひどい人』って言われるのはご褒美だが『嫌なヤツ』って恨まれるのは嫌だし。
まぁ、それは置いておいて、そっちも予定通り頼む」
『はぁ~、まぁ了解っす。こっちもすぐに乗り換えします』
会話が都合の悪い方向に行きそうになり強引に話を切り上げる伊織。
オッサンの悪巧みはいまさらなのでもはやツッコミは無い。
通信を切って程なく、地面を固めただけの簡易な滑走路の脇にハリアーを着陸させた伊織は、今度は別の機体に乗り込む。
アメリカのフェアチャイルド・リパブリック社が開発したA-10サンダーボルトⅡ。
機体に比較して大きな直線翼と機体後部に胴体を挟むように設置された不釣り合いなほど大きな2基のターボファンエンジンを搭載している。
米軍の実戦において数々の逸話を残した特筆すべき特徴である堅牢さはこの異世界ではあまり意味が無いので割愛するとして、最大の強みは11箇所もあるハードポイント(胴体や翼の下に兵装や爆弾を取り付けることのできる場所)に6tを超える武装を取り付けることができる搭載量と、A-10の代名詞ともなっている巨大な30mmガトリング砲GAU-8アヴェンジャーが装備されている。
大口径の砲身を7門束ねたこのガトリング砲の弾薬ドラムを含めた全長は6mを優に超え、とても攻撃機に搭載するような代物ではない。
ちなみに米軍で採用されているGAU-8の徹甲弾は劣化ウランが使用されているが、伊織は重金属汚染を避けるために鋼製の弾芯に変更している。
もはや環境に配慮しているんだかしていないんだか。
いずれにしても数ある地上攻撃機の中でも最も米軍に信頼され、幾度も持ち上がった退役の計画をその実力をもって退けてきた最強の特化型戦闘爆撃機である。
伊織が乗り込んだA-10はすぐに離陸態勢に入る。
大きな翼と大出力のジェットエンジンの力でA-10は短い滑走路でも離着陸が可能だ。そして実質的に今居る滑走路はこの機体のために造られたもの。
搭載されている武装は戦闘ヘリやハリアーにも搭載したハイドラ70ロケット弾のポッドやサイドワインダー、AGM-65 マーベリック、Mk82通常弾など限界一杯まで搭載されている。
力強いエンジン音を響かせ、わずか数百メートルの滑走で離陸したA-10の機首を戦場に向ける。
距離にしてわずか数kmしか離れていない主戦場では、隊列を整えた騎竜部隊が今にも突撃を開始しようとしていた。
「おっとっと、ちょっと遅れたか」
暢気な言葉と共に真っ先に放たれたのはメイン兵装である30mm機関砲だ。
ドッドッドッドッド!!
反動が機体にまで伝わってくるほどの大口径砲弾に晒された騎竜部隊はといえば、巨大な獣がまるでソフビ人形のように弾け飛び、飛び散った破片で周囲の騎竜や騎兵をなぎ倒す。
ドゲルゼイの部隊が受けた衝撃は凄まじく、進み始めていた騎竜も騎兵も、歩兵でさえ凍り付いたように足を止める。
「ポチッとな」
アヴェンジャーを一斉射してからドゲルゼイの軍勢の上空を通り越した伊織が旋回して再び騎竜部隊の前方に回り込み、今度はハイドラ70ロケット弾を連射。
10基を超えるロケット弾がドゲルゼイ軍の展開している場所のあちこちに着弾して爆発を起こす。
単発で殺傷範囲が直径50mを超える弾頭の威力でその場に居たドゲルゼイ兵の多くが原型すら留めることなく肉片となった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
数秒前まで絶対的な優位に立っていたはずのドゲルゼイの軍勢は、その自信も矜持も崩れ去り悲嘆と絶望の中で逃げ惑うことしかできない集団と化した。
さらにそこにA-10からMk82通常弾が投下される。
500ポンドの通常爆弾は着弾地点を中心に半径300mの範囲に猛威を振るう。それが続けざまに4回。
爆発に恐慌をきたした騎竜は騎兵を振り落として逃げ惑い、周囲にいたドゲルゼイ兵を踏みつぶし薙ぎ払う。
騎獣も騎士も歩兵も、誰もがもはや戦闘どころではなく、一目散に元来た道を、本国へ向けて逃走をはじめた。
「ま、待て! 貴様等逃げるな! シャルール兵に突撃すれば空から攻撃することなど……」
指揮官達は声を嗄らして命令を叫ぶがパニックを引き起こしたドゲルゼイ兵にそんな言葉は耳に入らない。
むしろ逃げるのを邪魔しようとした指揮官の一人は歩兵の持つ長槍で胸を突かれて騎獣の背から引きずり落とされる始末だ。
そしてその混乱は大本営であるドルヴァン王の周囲でも同じだった。
「な、なんだアレは。何が起こったのだ? 何故我が兵が逃げ出している!」
巨大な荷車に作られた櫓の上でドルヴァン王は目の前の光景に呆然と呟く。
その直後、ドルヴァンの頭上を低空飛行のままA-10が轟音を響かせながら通り過ぎた。
「!! っうっっ?!」
低空飛行とはいえ高度は2~300mはある。だからさほど風が起きたわけでもないのだがその音だけで櫓がビリビリと振動し、ドルヴァンは思わず玉座の手摺りを掴んで身を固くする。だが矜持か意地か、何とか悲鳴を上げることだけは避けられたようだ。
この瞬間、怒りに燃えていたはずのドルヴァン王ですら理解せざるを得なかった。
(あ、アレは無理だ。絶対に勝てぬ)
攻撃しようにもすでに飛竜部隊は残っておらず、仮に無傷で部隊が残存していたとしても歯牙にも掛けられず追い散らされるだけだろう。
そして鳥の姿をした悪魔のようなものが何かをする度につんざくような爆音が響き数十数百単位で兵が死んでいく。
ドゲルゼイの兵達は反撃することはおろか抵抗すらろくにできず、逃げることもままならない。
「へ、陛下! どうか本国へ撤退してください!」
半刻ほど前に退くことを進言した家臣はドルヴァンの勘気に触れて粛正された。
だがその時よりももっと直接的に敗北を示唆されても、ドルヴァンにその言葉を否定することも退けることもできなかった。
隠しきれない恐怖をその顔に表しながらガクガクと首を縦に振る。
「わ、わかった。撤退する。騎竜部隊に周囲を固めさせろ」
「騎竜部隊の指揮系統は機能しておりません。それに騎竜に囲ませたら目立ってしまいます。
この車を牽いている地竜を外し鞍を乗せます。警護の騎竜を含めて6騎程度であればそれほど警戒されないでしょう。
ですが兵どもが逃げている街道ではなく、ここから真っ直ぐ南に向かい森を抜けたほうが良いと思われます。陛下の後から少数に分散させながら騎兵と歩兵部隊、輜重を向かわせますので、森の中で合流してください」
どこにでも優秀な人材は居るものだ。
どうやらドゲルゼイも例外ではないらしく、参謀の一人が至極真っ当で適切な提案を行い、ドルヴァンが頷くとすぐに周囲の兵に指示を出した。
さすがに王の近衛のような役割を担っている大本営の兵だ。爆撃に動揺はしていてもいまだに秩序を保っている。
ドルヴァンは暴君ではあるが無能というわけではない。
元々その才覚によってうだつの上がらないはずの侯爵家3男という立場から多数の兵を率いる指揮官にまで成り上がり、その兵や取り込んだ下級貴族達を率いてクーデターを起こしたのだ。
そして優秀でドルヴァンに従順な者を積極的に登用してきており、この参謀もそのひとりというわけだ。
その後ドルヴァンは玉座の載った荷車から外された騎竜に乗り、5騎の騎竜と30名ほどの騎兵と共に戦場を離脱した。
それから多少の時間差で歩兵を含めおよそ1000の兵がドルヴァンの後を追い、森の中で無事に合流してドルビスへと撤退していった。
だが彼等は気付いていない。
伊織とシャルール兵があえて南側を手薄にしていたことを。
ドルヴァン達の離脱に気付いた他の兵が続こうとしたときは伊織のA-10によって阻止されたことを。
そして、ドルヴァンが帰ることのできる場所など、どこにも無いということを。
一方、A-10による爆撃で追い散らされたドゲルゼイの兵は秩序も何も無く一斉に東へ、彼等が進軍してきた街道に向かって逃走する。
戦場となった平原はシュヴェール湖に流れ込む河が途方もない長い年月を掛けて形作ったデルタ地帯だ。
そして街道は大昔に涸れてしまった河のひとつに沿うような形で東に向かって伸びている。
だから平原の入口にあたる場所は丁度漏斗の先のように狭まり、両側は十数メートルほどの高さの崖になっている。
といっても幅はそれでも300m近くあり、ドゲルゼイの行軍に支障はなかった。
その狭まった谷のような場所にドゲルゼイの兵が殺到し、まるで高速道路の料金所前のような渋滞が起きる。
いまだに10万を超える兵が一斉に殺到したのだから当然である。
「今よ!」
街道を挟む崖の上には数百人のシャルール兵が待機しており、その中には伊織との通信を終えてから大急ぎでLAPVエノク軽装甲車を運転して戦場を迂回してきたリゼロッドの姿があった。
リゼロッドがドゲルゼイ兵が谷間に殺到したタイミングで合図を送る。
直後、
ズドムッ!!
谷の入口にあたる地面十数カ所から同時に鈍い爆音が響き、土煙が上がる。
そして奥行き100m、幅は崖から崖まで谷を塞ぐような形で地面が陥没する。
深さ自体はそれほどでもなく精々10mに満たないほどだが、陥没した地面の底には先端を尖らせた高さ2mほどの杭が無数に立てられており、数千ものドゲルゼイ兵が騎獣ごと転落して串刺しになる。まさに針山の地獄絵図そのものだ。
当然ドゲルゼイ兵達はそれ以上先に進むことなどできない。
一瞬何が起こったのか理解できずに呆然と立ち尽くすドゲルゼイ兵。
地面が陥没する前に谷を抜けることができたのは数百程度でしかないだろう。
構造としては単純な落とし穴でしかない。
だが鉄骨の支柱で支えられ、コンクリートの板と上に被せられた土砂によって大軍の通過にも耐えていた地面は爆薬によって支えが崩され、多くのドゲルゼイ兵を呑み込んだ。
街道は完全に塞がれ、そこを通ってドゲルゼイに帰ることはできない。
数秒か、数十秒か、硬直していたドゲルゼイ兵達がそれに思い至ると乾いた砂地に水が染みこむように瞬く間に恐怖が広がっていく。
それは街道に大穴が空いたこともどうして先にいる兵達が動かなくなったかも知ることができない後続の者達にも伝播する。
やがて同時多発的に悲鳴が上がり、パニックが起こる。
集団恐慌というのは恐ろしいものだ。
10万もの大軍であり、街道が陥没したところもその穴も、見た者はごく一部に過ぎない。
だがその結果もたらされたパニックはあっという間に全軍に広がり、恐怖のあまりへたり込む者、ただただ喚き散らす者、絶望のあまり気を失う者まで居る。
当然ながらその場から必死に逃げ出そうとする者も多く、南北の崖を駆け上ろうとしたり、バラバラに散らばりながらシャルール側やドルヴァン王が逃れたほうへ逃走を図る者も続出する。
だがそのいずれも成功させることはできなかった。
崖を上がろうとした者達は崖上に潜んでいたシャルールの義勇兵によって槍で突かれ落ち、平野を逃げた者達は、
ダダダダダ……
「うぎゃぁぁ!!」
「ヒィィッ! こっちも?!」
CV90から8輪の高機動装輪装甲車であるパトリアAMVに車両を乗り換えた英太達によって回り込まれ押し戻されてくる。
高速移動に向かない装軌式のCV90ではバラバラに逃亡を図るドゲルゼイ兵を追い切れないと判断し、機動力があり不整地走破性も高いパトリアAMVに変更したのである。
さらにすでに騎竜はほとんど残っていないので大口径機関砲は不要となったために、香澄は砲座のハッチを開いてM240機関銃を撃ちまくる。
弾が切れればそれを車内のシャルール兵に渡して代わりのM240を受け取り、その間に兵士が銃身と給弾ベルトを交換する。
おかげで香澄は憂いなくほぼ無制限に逃亡したドゲルゼイ兵を追い散らすことができるというわけである。
はっきり言って鬼の所行であり、ドゲルゼイ兵達にとっては悪夢としか言いようがない。
英太達とは逆側に逃げたドゲルゼイ兵には伊織のA-10が上空から容赦ない攻撃が加えられているのでそっちはもっと悲惨である。
まさに先に伊織が語ったように漁船で小魚の群を追う『追い込み漁』という表現が相応しい様相となっている。
結局、逃げ出した兵達は再び逃げ場を失った街道まで追い込まれ、今や10万を切るほどまでにその数を減らした軍勢は直径わずか1kmほどの範囲にひしめき合うことになった。
そこにダメ押しの一撃が加えられる。
ドゲルゼイの軍を見下ろす崖の上に立つリゼロッドの手にはいつもの緋色の宝玉付の指輪が光を放つ。
「いくわよ!
おそらくはどこぞのオッサンが持ち込んだヒーロー物の影響であろう、大仰なポーズと必要も無いのに大声で叫ぶ魔法名。
研究の息抜きにとうそぶきながらルアと一緒になってドハマリして見ていた特撮物を彷彿とさせる。
まぁ、そんなお遊びとも思えるかけ声とは裏腹に、魔法の効果は絶大なものだった。
ドゲルゼイ兵のほとんどをすっぽりと覆うほどの範囲の地面に突如として魔法陣が出現し、同時にその場に居た兵達の身体に凄まじい圧力が掛かる。
鍛えられた兵士だからか、崩れ落ちたり身動きが取れないほどでは無いが、それでも手に持っていた武器を取り落としたり、剣や槍を杖代わりにしなければ態勢を維持できない者も大勢いる。
どこかで見たような光景だが、それもその筈。
この魔法は以前アガルタ帝国の王都にある大聖堂で突入してきたオッセル率いる衛兵に光神教の大主教が使った仕掛けと同じものだ。
遺跡と古代魔法の研究者であるリゼロッドは当然のようにその魔法を解析し、今回、ドゲルゼイ兵を追い込む予定地であったこの場所に仕掛けておいたのだ。
なにしろ準備期間はたっぷりとあったので魔法陣の隠蔽も大軍が通過しても阻害されないような仕掛けも施し、発動を待つばかりという状態で待機させていたというわけだ。
なので別にこれ見よがしのポーズも呪文も必要なかったりする。
「よし、今だ! 掛かれ!!」
身動きがままならなくなったドゲルゼイ兵に、今度は上に隠れていたシャルールの義勇兵達が崖から駆け下り、襲いかかる。
彼等が魔法陣の範囲に入ってもドゲルゼイ兵のような影響は見られない。
これもまた光神教の大聖堂で神官達が身につけていた魔法具と同じ効果のものを持たせてある。
こうなってはたとえいまだに5倍近い数が居るとはいえ、戦闘もままならない状態では勝負になるはずもない。
戦いはあまりに一方的で、ほとんど単なる虐殺に近い。
「こ、降参する! 武器も捨てる!」
「た、助けてくれ!!」
「どんなことでもする! 命ばかりは!!」
義勇兵が突撃を開始してわずか十数分。
ドゲルゼイ兵達は手に持っていた武器ばかりか、懐に隠していただろう短刀までも放りだし手と膝を地に着けて降伏し始めた。
最初は数人が、それを見た他の者も次々と後に続き、程なくその場で立っているのはシャルール兵だけとなった。
こうして15万の大軍を擁してシャルール王国を蹂躙せんと侵攻してきたドゲルゼイの軍勢は完全に壊滅した。
平原の南側に広がる森を抜け、無事に戦場を離脱することに成功したドルヴァン王の残存部隊は、一月以上掛かる道のりを20日ほどで駆け抜け、這々の体で王都まであと一日の距離まで戻って来ていた。
出陣の時は15万もの大軍で意気揚々と進軍したが今やドルヴァン王に帯同しているのはわずか800足らず。
この状況を人目にさらすのはさすがにドルヴァンの矜持が許さず、途中にある占領した国の街やドゲルゼイの街には立ち寄らず、日に日に乏しくなる物資を食いつぶしながらようやくここまで辿り着いたといった感じだ。
兵達の疲労は限界に近く、到着があと数日も遅れれば食料も枯渇するところだった。
だが、もし途中の街に立ち寄っていたとしたら、現在ドゲルゼイが置かれている状況をもっと早く知ることができていただろう。
この期に及んでもまだドルヴァンはシャルールへの復讐を諦めては居ない。
しばらくすれば戦場に残してきた残りの兵達も帰還するだろうと考え、更なる軍備の増強とあの得体の知れない鳥や荷車への対抗手段を考えるつもりだった。
だが、
「なんだ、アレ?」
「空が赤くないか?」
空気の澄んだ日の昼間であれば微かに王都が望めるくらいの距離。
すでに日が沈み、暗闇に支配される薄曇りの空の彼方が赤く微かな光を放っているのに兵達が気付き、ざわめきが広がる。
「何があった?」
「へ、陛下。その、ドルビスの、王都の方角の空が赤く……」
不安をかき立てるその光景に、報告してきた参謀の一人の顔は何ともいえない表情を浮かべている。
「ま、まさか……」
すぐさま野営を中止し、暗闇の街道を急ぐ。
そして数刻。
ドルヴァンと残存兵の目に映ったのは、王都ドルビスから無数に立ち上る黒煙と、真っ暗な空を赤く染める炎だった。
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