第80話 地上戦

「英太、動き出したわよ」

 CV90の上部ハッチから上半身を出してバレットM82のスコープを覗いていた香澄が戦闘ヘルメットのヘッドセットを通して英太に状況を伝える。

『了解! 戦果は?』

「50匹ってところね。その倍くらいはいきたかったけど」

 英太達のCV90が居るのはシャルール軍が展開している平原の少し先に築かれた小高い丘状の盛地だ。

 王都シュヴェールの穀倉地帯の縁で未開拓の平原との境目のさらに先に位置している。

 

 この平原は太古にシュヴェール湖に流れ込む河が作ったデルタ地帯であり、幅10kmにも及ぶ平地だ。

 王都側の数km程度は開拓され肥沃な穀倉地帯となっているが、その先は手付かずの平原であり数本の河が流れ春から秋にかけて草に覆われるだけの荒れ地だ。

 いくつかの街道が分岐する地点でもあるが、王都に向けて進軍するなら間違いなくここが主戦場となる。

 農地が荒れるのを避けるために境界線を最終防衛ラインとして部隊を展開している。

 

 広い土地は大軍で攻めるには安く、守るのは難しい。

 特に騎竜部隊などという戦車さながらの戦力を擁するドゲルゼイ軍にとってはもっとも戦いやすい地形であるはずなのだが、伊織はあえてこの場所を戦場に設定した。

 その理由はもちろん彼等にとってもこの場所が一番都合が良いからである。

 以前に伊織が指摘したように一時的にドゲルゼイを退けたところでシャルール王国を取り巻く環境というのはそうそう変えられるものでは無い。

 仮にドルヴァン王が死んだとしても一旦軍事国家として周辺国を征服しはじめた以上、国の方針を転換することは容易ではない。

 アガルタ帝国も以前は拡張主義を執っていたがそれを脱却できたのは数十年の年月と、周辺国との戦いが膠着状態に陥っていたという理由があっての事だ。

 ましてやドゲルゼイ王国は征服した国の民衆を奴隷のように扱うという愚行を行っているので国策を転換することは事実上不可能だ。

 そんな国を相手にシャルール王国の安全を保つためには国体を維持できなくなるほどの徹底的な敗北をさせるしかない。

 

 そのために伊織はこの平原に様々な仕掛けを施した。

 そのひとつが短いながら短距離離着陸ができる滑走路であり、いまCV90が居る丘である。

 この位置からならばドゲルゼイ全軍を視野に入れて攻撃することができるのだ。

 ドゲルゼイ軍を叩くにはまず自慢の飛竜部隊と騎竜部隊を潰さなければならない。

 そこで伊織が飛竜部隊を英太と香澄が騎竜部隊を担当することになっているのだが、伊織のハリアーⅡに続き香澄もまた戦端を開いていた。

 英太との話を終えた香澄はハッチを閉じて砲手席に戻りつつ、車内にいるシャルール兵にバレットM82を渡す。

 受け取ったシャルール兵は慣れた手つきでマガジンを交換し、チャンバーに初弾を送り込んでから安全装置を掛けて車内の壁に固定させた。

 

 香澄の初弾はハッチの上からバレットM82を使った長距離射撃である。

 以前、グローバニエでジギに逃れた魔術師オードルによって召喚された現代地球の傭兵との戦いの後、伊織によって徹底的にアンチマテリアルライフルの扱いを叩き込まれ、今や2000m級の超長距離精密射撃ができるまでに腕を上げた香澄は、ドゲルゼイ軍の要である騎竜部隊を少しでも削るために相手が視認できないほどの距離から狙撃したのである。

 戦果としては香澄的には不満があるようだが初弾からわずか数分で50頭ほどの騎竜を撃ち抜いている。

 とはいえ騎竜部隊は総数2000の主力部隊である。その程度では焼け石に水にすらならない。

 しかし騎竜の移動速度はサイやゾウの速度などから推測しておよそ時速40km程度は出せるだろう。戦闘車両が一台だけで全てを止めることはできない。

 騎竜が一騎でもシャルール軍に突入すればそれだけで陣形が崩れかねない。

 なので、当然伊織は騎竜部隊を止めるための手段も構築済みである。

 それはすぐに効果を発揮した。

 

 

 下生えの草を薙ぎ払いながらもの凄い迫力で突進してきた騎竜部隊の先頭近くに居た数十頭がつんのめるように転倒し、騎士と槍兵を振り落とす。

「うわぁっ!?」

「ぎゃぁぁっ!」

 あちこちで同じような転倒が起こり、振り落とされた兵達は後続の騎竜に撥ね飛ばされたり踏みつぶされたりしている。

 中には転倒した騎竜を踏んでしまい、それが原因で転倒するという連鎖事故も発生。

 部隊の指揮官が事態に気付いて突進を停止させるまでに進んだ数百メートルで百頭以上が転倒し、その大半が乗り手を失ったり騎竜自体が傷ついて戦闘できなくなっていた。

 

「何が起こった!!」

「あ、穴です! 人の肩幅ほどの大きさ、背丈ほどの深さの穴が無数に掘られています!」

 ドガッ!

 指揮官の男が報告を聞いて怒りのあまり騎竜の鞍を殴りつける。

「くそったれ!! ふざけた真似しやがって!」

 巨大な獣である騎竜が突進すれば人間の力で止めることなど不可能だ。

 だからこそドゲルゼイは飛竜部隊で敵を攪乱した後、騎竜部隊が突入して敵軍を蹴散らすという戦術で勝利を積み上げてきた。

 だがいくら巨大で強い地竜と呼ばれるほどの獣であっても所詮は生き物である。万能でもなければ弱点もある。

 

 騎竜は身体の構造上前に走っているときは足元が視界に入らない。しかも体重が重いので足場が悪いと転倒することがままあるのだ。

 地球のゾウやサイがそうであるように、野生の状態の地竜は成長すると天敵が居ないためにそうそう全速で走ることなど滅多にない。

 だから少々足場が悪かったり穴があったりしても足を取られることなど無いのだが、騎竜は突進のためにかなりの速度で走り、しかも鉄の鎧を前面に着けているためさらに視野が狭いのだ。

 意図的に地面に無数の穴を掘られた場所では迂闊に走らせるわけにもいかない。

 

「っ!! 槍兵を数名徒歩で先行させろ! 穴を掘ったといってもそれほどの数は無理なはずだ。穴が無くなる場所までは走らせず、騎兵が手綱を引いて騎竜を誘導しろ」

 幸いある程度部隊を突進させたため後続の本隊との距離は空いている。追いついてくるまでにはそれなりに時間が掛かるはずだ。

 そう考えた指揮官だったが、その穴の地帯は予想よりも広く、200m近い長さで続いていた。

 しかも、抜けてから改めて突進させるという指揮官の目論見が不可能だということもすぐに理解することになる。

 

「……な、なんだ、これは……」

 穴が掘られた地帯の先、不自然に立てかけられた背の高い草を槍兵が槍先で振り払うとそこにあったのは人の胸ほどの高さに太く長い金属の棒が柵のように張り巡らされたものだった。

 建築構造用のH型鋼材、それも高層建築に使われる超鋼極厚の物を横にして柵に仕立てたもので、およそ20m間隔で同じ素材の鋼材が杭打ちされ、ボルトで固定されている。それが見渡す限り延々と左右に広がっているのだ。

 別に網や板が張られているわけではなく、人が通るにはそれほど困ることはない。

 だが、騎竜部隊としては進軍するのを完全に阻むものだ。

 騎竜では下を潜ることも上を飛び越えることもできない高さの柵に指揮官は立ち尽くすことしかできない。

 

「っ! き、騎竜を使って叩き壊せ! 引っ張って引き抜くのでもいい!」

「む、無理です! ビクともしません! 斧を叩き付けても傷を付けるのが精一杯です!」

 ドルヴァンがもっとも信頼する指揮官である男は、完全に理解を超えた事態に思考が固まってしまう。

 彼等の常識ではこんな鉄柵など存在自体があり得ないのだから無理もない。

 騎竜の突進を阻むなら頑丈な石壁を築くか深い堀を造るしかないはずであり、地竜の力を持ってしても壊せないような柵を作ることなどできるはずがない。

 当然である。

 伊織が持ち込んだのは高層建築に使われる硬度、靱性に優れた鋼材のさらに通常よりも分厚いものだ。

 それを4mの深さまで打ち込んだ同系の鋼材で支えているのだからディスクグラインダーか酸素ガスでも使って切断しない限り取り除くことなどできるはずがない。

 

 だがそれでも場数だけは踏んでいる指揮官である。

 すぐに我に返るとするべきことをすぐに頭に思い浮かべる。

「伝令を出せ! 本隊に騎竜部隊が足止めされたことを伝えろ!」

 命令に数人の槍兵が応じて自らの足で本隊に向かって走っていく。

 それを見送りながら同時に指揮官の男は撤退の方法を考える。

 今回の戦いは今までのものとは違っている。

 唯一無二の部隊だった飛竜部隊は謎の鳥によって次々に墜とされ、絶対的な攻撃力を誇っていたはずの騎竜部隊までが行く手を阻まれ事実上無力化された。

 それに、突撃直前に受けた正体不明の攻撃。

 どこから攻撃されたのかすらわからず、どんな攻撃も受け付けないはずの甲冑で覆われた地竜を容易く屠った。

 

 このまま無策で突撃すればドゲルゼイにとって致命的な敗北をするかもしれない。

 そこまで思い至ったとき、男の背中に冷たい汗が流れる。

(陛下をなんとかして説得しなければ。怒りに震えていようとあの方ならば冷静に判断できるはずだ)

 他の者が言い出したなら勘気に触れるだろうが、自分なら、長年の盟友である自分なら聞き届けてくれるはず。

 そう自分に言いきかせ、撤退の指示を出そうとした指揮官の男だったが、すでにその時期はとっくに過ぎていた。

 

 ドゥッ、ドガンッ!!

 遠くから響いてきた爆音、その直後、ほとんど間髪入れずに動きを止めていた騎竜部隊の中で凄まじい音が響いた。

「うぎゃぁ!!」

「ひぃぃぃっ!!」

 グゥオォォォン!

 途端に周囲に響く悲鳴と騎竜の叫び声。

 ズドォン!!

 再び響く爆音。

 しかもそれは数秒間隔で幾度も幾度も続く。

 周囲にいた騎兵や槍兵だけでなく堅牢な鎧に守られた無敵なはずの騎竜までもが数頭まとめて瞬時に傷つけられ藻掻きながら暴れ回る。

「慌てるな! 散らばれ! 柵に沿って騎竜を走らせろ!」

 指揮官の男が大声で怒鳴りながら自らも自分の騎竜に飛び乗り走らせる。

 

 理解不能の攻撃にパニックになっていた騎兵達も戦歴豊かな熟練兵ばかりだ。指揮官の命令に即座に反応して動く。

 打ち込まれたのがCV90の30mm機関砲から発射された榴弾であり、穴を避けるために多くの騎兵や槍兵が騎竜から降りていたことで混乱の割には死傷者は多くない。

 やはり広範囲に兵士を死傷させることを目的とした榴弾では一度の炸裂でそれほど多くの騎竜に致命傷を与えることは難しく、騎竜の身体の影になっていた兵士達にも影響は少なかったのだ。

 しかし指揮官や副官の奮闘も虚しく、まだ彼等の受難は終わっていない。

 

 

 ゴォォォォォ……

 機関砲を撃っていた英太達のCV90が騎竜部隊が移動しはじめたのを柵の内側で追う。

 想定よりも榴弾による騎竜部隊の損失が少なく少々の焦りがある。

 とはいえ、30mmの榴弾では騎竜を倒すのは難しいということは予想していた。

 あくまで榴弾は対人を想定した兵器であり、騎獣程度ならともかくあれほど巨大な獣では至近距離にいた数頭程度しか被害は広がらない。要は被弾した数頭が壁になり飛び散る破片を遮ってしまうからだ。かといって徹甲弾を使った場合、柵に直撃すれば破壊してしまう恐れがあったため榴弾を使わざるを得なかったのだが。

 それにやはり実戦経験の多さからか、騎竜部隊はパニックから立ち直って態勢整えるのが早い。

 今後のことを考えると最低限飛竜と騎竜は徹底的に壊滅させる必要があるのに思ったほど戦果が上がっていないのだ。

 それに柵も戦場を完全に分断できているわけではなく、数km先で堅く分厚い岩盤が露出していたために杭が打ち込めず途切れてしっているのだ。そこまで行かれると内側に入られてしまう。

 

『追いついた!』

「そのまま追い抜いて。頭を抑えるわよ」

『了解!』

 英太の返事を聞きながら、香澄は砲塔を回転させて今度は副武装である7.62mm機関銃を向ける。

 そして柵越しに騎竜部隊を追い越しざま連射する。

 穴だらけの草原を抜けてきたことで騎竜部隊は柵ギリギリの位置を3~4列で走っているためそれほど貫通力が高いとはいえない7.62mm弾でも充分に騎竜の身体を穿つことができる。

 そしてついに部隊を追い抜くと、先頭に向かって銃身の限界まで撃ちまくる。

 途端に先頭近くに居た数十騎は瞬く間に騎竜ごと死体へと変わる。

 結局今度は騎竜部隊は逆側へと逃走することになったのだった。

「なんとかなったわね」

『とりあえず一旦車両の交換しておこうか』

 英太の提案に香澄も同意し、CV90を拠点へと向けた。

 

 

 

「騎竜部隊は何をやっているんだ!」

 騎兵と歩兵からなるドゲルゼイ軍の本隊の中央で巨大な荷車、と言って良いのか、2頭の地竜が牽く馬車数台分はありそうな大きさの荷車にしつらえられた玉座でドルヴァンが怒鳴り声を上げる。

 その声は荷車に備え付けられた魔法道具によって拡声され、周囲の兵達はその怒りに脅えるように肩をすくませる。

 玉座は戦況を見て取れるように5メートルほどの高さの櫓の上に作られており、当然ドルヴァンからは先陣を切った飛竜部隊も本隊よりも先行している騎竜部隊の動きも見えている。

 だがドルヴァンにとって残念なことに、逃げ惑う飛竜や騎竜の動きは見えても、それが何故なのかまでは知ることができない。ただ右往左往しているのと見慣れぬ鳥や荷車が時折見えるだけだ。

 

 そこに騎竜部隊からの伝令が届く。

「チッ! おのれシャルールめ、小賢しい真似を!」

 騎竜の突進を妨害するための穴だらけの場所や鋼鉄の柵の存在を聞いたドルヴァンが怒りに顔を紅潮させ、額には今にも切れそうなほどの血管が浮かぶ。

「へ、陛下、飛竜部隊も騎竜部隊も使えないとなれば、一旦退いて態勢を立て直すべきかと、ヒッ?!」

 予想外の苦戦に、側で控えていた軍指揮官の一人が至極真っ当な進言をするも、その男は自分に向けられたドルヴァンの形相に声を詰まらせる。

 

「貴様、今何と言った? 小賢しい、身の程知らずなシャルールを前に、退け、だと?」

 慌てて首を振る男。

「い、いえ、私はただ、ここは一度態勢を整え直すべ、ぐぼぁ!!」

 言い終えぬうちに男の喉には剣が生えることになった。

 ドルヴァンが目にも留まらぬ速さで剣を抜き男の首に突きたてたからだ。

「臆病者などドゲルゼイにはいらん! シャルールがどんな小賢しい策を弄そうと所詮数万程度の戦力に過ぎん!

 言ったはずだ! 俺に逆らった国は徹底的に滅ぼす! 貴様等は数倍の兵をもっても勝てぬとでも言うつもりか!」

 

 ドルヴァンにとっては戦力とはすなわち数だ。

 もちろん相手によっては策で勝つことはできるだろう。だがそれは相手が無能だからであって、油断さえしなければ戦いは数が多い方が必ず勝つというのがドルヴァンの持論だ。

 飛竜や地竜は単に兵の消耗を抑えて楽に勝つための道具のひとつに過ぎない。

 兵の消耗を気にしなければ圧倒的な数でもってどんな国であっても蹂躙できる。

 ましてやここシャルールの兵は1万程度。義勇兵や徴兵を集めても5万には届かないだろう。

 3倍以上の戦力で攻めればどのような策があろうがシャルールに抗う術などあるはずがない。

 そしてそれは戦いにおけるある種の真理である。

 ただし、それは敵が理解できる範囲の武力であればの話だが。

 

「邪魔な騎竜部隊を下がらせろ! 全軍を突入させる!!」

 まずは邪魔なシャルール兵をどこかに潜んでいるであろう伏兵ごと叩き潰す。その後に態勢を整えて一気に王都を墜とす。

 ドルヴァンの命令は大軍ならではの正面攻略である。

 その結末がどうなるか、予見していたのは皮肉なことに邪魔と断じられた騎竜部隊の指揮官だけであった。

 

 

 ドルヴァンの突撃命令で走り出す歩兵達。

 穴や柵があるために騎兵も騎獣を降りて歩兵に加わる。

 彼等のほとんどは騎竜部隊の醜態を直接見ておらず、そのせいか突撃命令を受けても顔に悲壮感は無い。

 歩兵や騎兵達もこれまでの戦いの体験から自分達が苦戦することなど想像していなかった。

 周囲を見回しても目に映るのは味方ばかりであり、敵は通ってくださいとばかりに中央部を開けた左右にわずかな数しか見えていないのだから無理もないのかもしれない。

 素行のよろしくないドゲルゼイ兵とはいってもドルヴァン王の怒りを買わないために厳しい訓練を重ねてきた職業軍人達だ。

 途中、穴だらけのエリアや鉄柵を潜るときに多少速度は落ちたものの、数kmの距離を駆け抜け、シャルール兵が展開する場所近くまでなだれ込む。

 そこにシャルール兵から無数の矢が射掛けられた。

 

「ぐっ!」

「うわぁっ!」

 雨の様に降り注ぐ矢に負傷し、倒れていくドゲルゼイ兵。

 盾を持っている兵もそれなりにいたが飛来する矢の密度が高く、とても全身を守れるほどではない。

「弓で応戦しろ!」

 弓兵部隊の指揮官が怒鳴る。

 だがそんな命令はされるまでもなく当然弓兵は応戦している。だがドゲルゼイの矢はシャルール兵には届かず、一方的にシャルールの矢だけが飛来してきている。

 

 寡兵であるシャルール側が大軍相手に戦うには乱戦を避けなければならない。 そのためには遠距離からの攻撃は不可欠である。

 そこで伊織はシャルールに元の世界で長い歴史の中で改良され続けた複合弓の製法を伝えることにした。

 複合弓コンポジットボウは複数の異なる素材を組み合わせることで単一の素材で作られた単弓よりも強い張力をもつ弓のことだ。

 さすがに滑車を組み合わせるコンパウンドボウは無理だが、複合弓ならば素材と製法さえわかればこちらの世界でも作ることができる。

 伊織が教えたのは複数種の鋼版と木材を組み合わせた比較的近代のもので、強い張力を得られる強力なものである一方、複数の素材を貼り合わせるのに時間が掛かるために本来は製作にかなり手間と時間が掛かる。

 しかしそこは細かい事には頓着しないオッサンである。

 こちらの世界で作る場合の製法を伝えた上で、複数の工作機械と現代地球の接着剤を惜しむことなく提供して短期間で弓と矢を大量生産。

 張力が高くなったことで難易度が上がった弓の取り扱いを充分に特訓することもできている。

 シャルールはその弓兵を信長の三段撃ちのように隊列を交代させながら間断なく射掛けて矢の雨を降らせたというわけである。

 

 だが序盤こそその弓の威力で一方的にドゲルゼイ兵を攻撃していたシャルール兵だったが、やはり圧倒的な兵力の差で次々に押し寄せる歩兵を抑えきることはできず徐々に押し込まれていく。

「今だ! 突撃しろ!!」

 一瞬矢の雨が途切れた隙を逃さずドゲルゼイの歩兵がシャルールの陣地に突っ込む。だが、

「い、いない!?」

「馬鹿な!!」

「見ろ! 穴があるぞ!」

 200mほどの距離を盾で上体を庇いながら走り抜けたドゲルゼイ兵が、つい先程までシャルール兵がいたはずの場所まで辿り着くとそこには誰も居ない。

 

 すぐに数人が地面に空いた直径2mほどの穴を見つける。

「くそったれが! ネズミみたいな真似しやがって!」

 吐き捨てる部隊指揮官。

 だがその直後、再びドゲルゼイ兵に矢の雨が降り注ぐ。

「穴に入れ! あそこまで繋がってるはずだ! 奴等を追うんだ!!」

 命令を待つまでもなく歩兵達は矢を避けるために穴に飛び込み、トンネルを潜って逃げたシャルール兵を追うために入っていく。

 そして数十人が地下のトンネルに入ったタイミングで、ドスンッ、という鈍い爆音が響きトンネルの入口が崩落する。それも複数の穴から同時に。

 見ればシャルール兵のいる方からも土煙が上がっているようだ。

 間違いなく彼等のしたことであり、これによってドゲルゼイの歩兵は数百人一瞬で生き埋めとなった。

 騒然となるドゲルゼイ兵。

 そこに地響きを立てながら英太達のCV90が突っ込む。

 同時に主砲の30mm機関砲が火を吹き、間髪入れず7.62mm機関銃が続く。

 今にもシャルール兵に襲いかからんとしていたドゲルゼイ兵はあっという間に蹴散らされることになった。

 

 

 ドゲルゼイとシャルールの戦いは、一方でドゲルゼイ兵を圧倒する場面はあるが全体としてはそうもいかない。

 今現在の構図はドゲルゼイ兵15万対シャルール兵1万5千。

 局地的にドゲルゼイを蹂躙しようが他の場所ではその圧倒的な戦力差を覆すことができるわけではない。

 伊織のもたらした複合弓の威力と各地に築かれた塹壕やトンネルによって善戦してはいるものの、それはギリギリのところで踏みとどまっているに過ぎない。

 徐々に各所でシャルール兵の限界を迎えはじめており防衛線も崩れだしてきていた。

 

「突撃っ!!」

 ドゲルゼイの猛攻に押され、今にも崩壊しそうになっていたシャルール兵の部隊の右側からおよそ千の騎兵がドゲルゼイの歩兵に向かって突っ込む。

 先頭に居るのは以前伊織に向かってシャルール貴族の覚悟を見せつけた初老の男だ。

 騎兵のすぐ後ろにはきちんとした装備に身を固めた義勇兵が続く。

 正規兵ではないといっても義勇兵達も自分達の家族や恋人、友人を守るために決死の覚悟で剣を手にしている。

 彼等は土が盛られた低い壁の影に身を潜めてドゲルゼイ兵を待ち受けていたのだ。

 完全な奇襲に浮き足立つドゲルゼイ兵。だがそれでも数の上では圧倒的な劣勢だ。

 騎士達は騎獣を縦横に走らせながら奮戦するが、それもドゲルゼイの歩兵に阻まれ身動きが取れなくなっていく。

 

 崩れはじめた均衡は、徐々に近づいてくる地響きによって決定的な傾きをもたらせた。

 ドルヴァンの命令で一旦下がらされた騎竜部隊だったが、歩兵の一部を動員して柵の周囲に土を運ばせて小さな丘を作った事で柵を越えることができたのだ。

 それに合わせてドゲルゼイの歩兵達は左右に分かれて下がり、騎竜が通る道を作る。

 こうなるとシャルール兵にはドゲルゼイを抑えることはできない。

「くっ! 退けぇ!!」

 初老の貴族が声を張り上げる。

 だがこれに応えるシャルールの兵は傷つき、疲弊している。

 ドゲルゼイ兵が下がったために何とか命を繋いだ義勇兵達と共にまるで敗残兵のように身体に鞭打ちながら這々の体で塹壕まで撤退をはじめた。

 

「勝ったな」

 ドゲルゼイ兵の中から少々気の早い呟きが漏れた。

 だがそれを咎める者はおらず、むしろ歩兵達の表情はようやく訪れる蹂躙の予感に笑みさえ浮かんでいる。

 そして、土煙と地響きを伴って今まさにドゲルゼイ最強の騎竜部隊がシャルール陣地に突入しようとしたその時、ドゲルゼイ軍崩壊が始まった。

 

 ゴォォォォ……

「な、なんだ?」

 突如響いてきた聞いたことのない轟音に騎竜部隊の指揮官が幾度目かもわからない戸惑いの声を上げる。

 地面を震えさせながら走っていた騎竜達でさえ困惑したかのように足を緩める。

 直後、王都の方角から巨大な、飛竜を遥かに上回る鳥のような影が、徐々に甲高くなる音と共に飛んでくるのに気付く。

 

 ドッドッドッドッド!!

「う、うわぁぁ!!」

「ひぃぃっ!!」

 鈍く大きな音とほぼ同時に先頭近くに居た騎竜が十数頭、肉塊になって周囲に飛び散る。

 そして、いよいよ眼前に迫った鳥のようなモノが目に映ると、ドゲルゼイの兵達は動くことすらできず立ち尽くすことになった。

 

 ソレは鳥のようで、その実、鳥とは似ても似つかない。

 不格好なまでに左右に大きく広がった翼と不釣り合いなほど大きな2機のジェットエンジンを機体後方に持つ、その異常なまでの堅牢さと現代戦闘機としては他に類を見ないほどの鈍足を併せ持つ、空飛ぶイボイノシシの異名で知られる地上攻撃に全振りした特定戦略戦闘爆撃機。

 フェアチャイルドA10サンダーボルトⅡ。

 その威容が姿を現したのだった。

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