第79話 開戦、そしてやっぱり理不尽

「ドゲルゼイの軍勢が最終警戒線に入りました!」

 悲鳴にも似た報告が謁見の間に響く。

 その言葉を聞くまでもなく、広間に設置された大型モニターには王都シュヴェールの東に広がる穀倉地帯と平原の境目近くに広がるドゲルゼイ軍の威容が映し出されていた。

 ゴクリと喉がなる微かな音があちこちから漏れる。

 それも無理はないだろう。

 モニターの画面は個別に人の姿など確認できないほど遠くから映し出されているにもかかわらずほぼ全てが進軍してくる兵士で埋め尽くされている。

 間違いなく10万人は優に超えており、おそらくは15万近い規模だ。

 

 それに対してシャルール王国側の兵は騎士と正規兵が1万人ちょっと。志願によって集まった義勇兵2万5千を合わせても4万に届かない。

 普通に考えてこの兵力差で対抗できるはずもないのだ。

 だがこれを打ち破らなければシャルール王国は尽く蹂躙され、民は殺されるか連れ去られて奴隷として絶望の中で生きるしか無くなる。

 もはや退路はなく、せめてひとりでも多くの敵を倒し、ひとりでも多くの民を守ることしか選択肢は無い。

 だがこの光景を目にしても怖じ気づく者はこの場にいない。

 ただ悲壮ともいえる覚悟を胸に画面を睨み付けるだけだ。

 

 その中で一際苦しげに、悲しみさえ宿した厳しい表情を見せていた女王リュミエーラの耳にどこかのんびりとした声が投げかけられた。

「やれやれ、また随分と掻き集めたもんだ。あの様子じゃ占領した国や本国の警備もろくに残って無いだろうよ。

 まぁ、こっちの計画通りだから楽で良いが、どうやらまともに頭を働かせる奴はいないらしいな」

 そのあまりに楽観的な言葉を吐き出した男に視線が集まる。

 注目された男、伊織はといえば、その口元にはいつものニヤついた笑みが浮かび、その目はいかにも面白いといわんばかりに輝いてすらいる。

 

 驚いたように自分を見つめる女王の方に顔を向けた伊織はリュミエーラの頭に手を伸ばし、些か乱暴に頭を撫でて髪を乱す。

「なんだその目は? あの程度の数なら想定の範囲だろ? そのためにシャルールが一丸となって準備を進めてきたんだ。

 準備は万端、退路はないから逃げ腰になる奴なんていないし士気も高い。武器も装備も充分。信頼できる仲間と肩を並べ、帰りを待ってくれている家族や友人、恋人がいる。それに、俺達異世界の助っ人までいるんだ。

 それぞれがするべきことをしっかりとすれば負ける要素なんぞ欠片もねぇよ」

 グシャグシャになった美しい銀髪の頭をポンポンと優しく叩きながらなんでもないことのように言う伊織。

 

 まるで街中の小娘のような扱いを生まれて初めてされたリュミエーラは先程までの悲壮な表情などどこへやら、恥ずかしげに頬を染めて顔を伏せる。

 そんな様子を見ていた貴族や騎士達の顔にも笑みが戻る。

「そう、ですな。いくら数が多いとはいえ、奴等の切り札である飛竜や大型騎竜をイオリ殿達が抑えてくれるのですから数が多いとはいえ弱い者相手しか戦ったことのない騎士や歩兵など所詮は烏合の衆」

「まったくですな。昨日はイオリ殿に、あの、なんという名でしたか、食べたことのない異国の食事を振る舞ってもらいましたからな。美味いだけでなく力も湧いてきましたからドゲルゼイの奴等を切り捨てるのが楽しみでなりませんぞ」

「おおっ! 確かにアレは美味かった。それも王都にいる全ての者が同じものを口にするなど、放胆とはイオリ殿のような者のことでしょうな」

 

 いつの間にやら話題が昨日伊織が王都にいる全員に気前よく振る舞った『勝負の前に食う美味いもん』たるカツカレーに移っている。

 避難民を含め20万人以上に膨れあがった王都の人口。

 お馴染みのカレールーを使う、調理としては簡単なものとはいえ量が尋常なものではない。

 一食分だけとはいえ伊織が提供した米の量は60トンを超え、カツにしたロース肉にいたっては豚3千頭分にも及ぶ。

 王都のあちこちで数百人の女達の手によって準備され、由来の説明をしてから余すことなく振る舞われたのだ。

 もちろん辛さは抑え気味で子供や刺激物が苦手な人のために甘口も用意された。

 なので、今王都にいる者達のほとんど全てがこの縁起の良い異世界の食べ物で腹を満たし、同時に一体感を得ている。

 たかが食い物、されど食い物。

 同じ釜の飯を食うという言葉があるように、食事というものは身体だけでなく心にも大きな影響を与えるのだ。

 とはいえ、伊織が持ちだした材料を考えると、どれだけのものがどれだけの量溜め込まれているのか疑問が増えることになったのだが。

 

「さてと、んじゃそろそろこっちも動くとするか。

 言っておいたとおり、あのでかい鳥の部隊と重装騎獣だったか? そっちは俺達が受け持つからその他の部隊はそっちに任せる形になる。もちろんこちら側が片付いたら応援に回るからなんとか踏ん張ってくれ。

 言っておくが、勝ったらそれでめでたしめでたしってことじゃないからな。

 この後は荒らされた農地は元に戻さなきゃならないし、避難してきた連中も街や村に帰さなきゃいけない。

 やることは山積みなんだから死んで楽になろうなんざ考えるんじゃないぞ。

 死んだらドゲルゼイの兵達と一緒に畑の肥料にしてやるから、それが嫌なら生き残れよ」

 そう言い残し、伊織は手をヒラヒラと振りながら謁見の間を出ていった。

 貴族や騎士達はそれを決意を新たに見送る。

 

「俺達も準備しようか」

「そうね。リゼさんは後をよろしくね。ルアちゃんはここで待っててね」

「わかってるわよ。私は魔法で後方支援するし、ルアちゃんとヴェトはここでみんなのサポートに回るから」

「うん! 頑張るから、絶対に帰ってきてね?」

「アンタらが出張るなら負けはねぇからな。心配するだけバカらしい。ここでちびっ子とのんびり待ってるさ」

 次いで英太と香澄がそう言って準備運動のごとく肩を回しながら立ち上がる。

 

「エータ様、その、ご武運を。どうか無事に……」

 ウルウルした目で英太を見つめながらその手を取るユエフィラ王女。

「う、うん、が、頑張るよ」

「良かったわねぇ~、こんなにカワイイ王女様に言われて」

 どことなく香澄の言葉に刺があるように感じられるのは英太の願望が反映されているのだろうか。

 これから一大決戦が始まろうとはとても思えない雰囲気に、謁見の間にいる全ての者の肩から良い具合に力が抜ける。

「エータ殿、カスミ殿、ご武運を!」

「ご武運を!!」

 英太は照れくさそうに、香澄は小さく笑みを浮かべてその場を後にした。

 

 王宮を出た英太達はコブラに乗り込み王都の外に向かう。

 そして王都を半月状に囲んで両端が湖と繋がっている堀を越えるとそこには数百メートルの長さに及ぶ整地された地面と数機の航空機、3台の装軌式戦闘車両が置かれていた。

 そのさらに向こう側にはいくつもの壕と堀や壕を掘ったときに出た土を盛った壁が築かれている。そこが王都を守る最終防衛ラインとなる。

 壕や壁のところには数千の兵がすでに戦いに備えて待機しているが、この簡易駐機場兼滑走路には百名ほどの兵士が鎧も着けない簡素な服で佇んでいるのみだ。

 

 そんな中、一足先に来ていた伊織はパイロットスーツに身を包み、ヘルメットを足元に転がしてタバコを吹かしていた。

 だがその表情は常になく引き締まり、謁見の間で見せていたようなのんびりとした雰囲気は残っていない。

「来たか。いまさら言うまでもないだろうが、油断するなよ。

 確かにこの世界では装甲車は強力な兵器だ。けど、相手の数が多いってのは十分な脅威になる」

「わかってます。騎獣はできる限り距離を取って仕留める。兵士に弾は使わない、囲まれそうな気配は早めに察知する、ですよね?」

 伊織の忠告に、英太と香澄も素直に頷く。

 

 今回英太達が使用するのは雪原の辺境でドゲルゼイの部隊を殲滅するのに使用したスエーデンの装軌式歩兵戦闘車両CV9030IFVだ。

 この車両の武装は30mm機関砲ブッシュマスターⅡと7.62mm機関銃だが、機関砲の弾数は300発、機関銃でも3000発に過ぎない。

 10万を超える軍勢を相手にするにはまったく足りないし、そもそも銃や機関砲は弾さえあれば無限に撃てるというわけではない。

 連続して撃てば銃身(砲身)が加熱し、充分に冷めるまで再使用はできない。銃弾や砲弾が熱で暴発してしまうからだ。そのために通常は銃身を交換したりクールタイムを設けなければならない。

 数十台数百台をひとつの部隊として運用するなら問題ないのだが、今回装甲車を運用できるのは英太と香澄だけであり、操縦を英太が、攻撃を香澄が担当する以上戦いに使えるのは一台のみということになる。

 そうなればいくら不整地に強い装軌式の車両とはいえ、大型の騎獣などに囲まれれば身動きが取れなくなる可能性もある。敵中に孤立することになるのだ。

 頑丈な装甲車の中にいようが安心できるわけがない。

 

 だが、この不利な状況にあっても伊織はシャルールの兵士に銃器や戦闘車両の操作を教えることは無かった。

 操作を誤ると味方に甚大な被害が出かねないし、場合によっては英太達にすら危険が及ぶからだ。

 代わりにシャルールの兵士達には補給とライフルや機関銃の銃身交換、弾薬の補充を繰り返し練習させ、戦闘が開始されて弾薬を撃ち尽くした戦闘車両や戦闘機の補給と戦闘車両内での補助作業を担当させることにしたのだ。

 そのために車両も戦闘機も複数台用意されている。

 英太達は必要に応じて車両を乗り換え、その間に兵士達が補給を行うという作戦なのである。

 

 ドゲルゼイが周辺国を征服できた要因である主力部隊は3種。

 空からの先制攻撃で敵を崩したり本営を直接攻撃するための飛竜部隊、通常の騎獣よりも遥かに大きな地竜と呼ばれる獣に騎乗して敵の主力を蹴散らす騎竜部隊、それから主力となる通常の騎獣と歩兵で構成される部隊だ。

 そこで、飛竜部隊は伊織が、騎竜部隊を英太と香澄が担当し、戦闘が不能になるように徹底的に排除することになる。

 主力の部隊は壕や壁を利用しながら貴族達に率いられたシャルールの兵が相手をする。

 義勇兵達は後詰めと迂回してこようとするドゲルゼイ部隊の牽制を行うことになっている。

 

 伊織は以前同じ世界から召喚された傭兵部隊と戦った際に使用したAV-8BハリアーⅡを使う。

 ハリアーⅡは垂直離着陸できる機体だが、それでもフルに武装した場合は垂直離陸は難しいため、短距離離陸することになる。

 武装は25mm機関砲ポッドとハイドラ70ロケット弾を19発搭載したミサイルポッドが4基という仕様になっている。

 ハリアーⅡを選んだ理由は前回はただ飛んだだけで見せ場がなかったから、というわけではもちろん無く、せいぜい時速100km~200kmでしか飛べない飛竜を相手にする場合、低速で飛ぶことを想定されていない超音速機では速度差が大きすぎて戦闘が難しいからである。

 攻撃ヘリでも良いのだが、パイロットだけでも攻撃が可能とはいえ基本的に操縦とガンナーが分かれているアパッチよりも単座のハリアーの方が空戦は適しているし、武装搭載量もハリアーⅡの方が多い。

 ただ、当然の事ながらこれも伊織の操る一機のみで500騎ほどは居るとされる飛竜部隊を壊滅させるには火力の総量が足りないので複数機でローテーションする必要がある。

 この場所にはもう一種、航空機が置かれているがその説明はもう少し先になる。

 

「んじゃ、征ってくるわ。くれぐれも無理はすんなよ」

「了解っす!」

「映画とかだとこういうときの台詞って『幸運をグッドラック』よね。まぁ伊織さんだし、悪運の方が逃げていきそうだけど」

「……最近のJKって辛辣すぎね? 英太、今度香澄ちゃんの寝顔を写真に撮って引き伸ばして飾ろう! 撮影は任せるから」

「伊織さん、俺に何か恨みでもあるんすか?!」

 つくづくシリアスが長続きしない連中である。

 

 

 

 

「閣下、間もなく飛竜部隊が攻撃を開始する予定です」

 巨大な獣に跨った豪奢な鎧を纏った男に、別の獣に乗った副官の男が近寄ってそう報告する。

「ああ、わかっている。

 だが、シャルールの連中、何を考えてるんだ?

 見たところ1万くらいしか居ないようだし、陣形も、なんだありゃ? 真ん中を開けて両翼だけなんて見たことねぇぞ。あれじゃ王都までどうぞと言ってるようなもんじゃねぇか。

 そもそもシャルール程度がドゲルゼイに逆らうなんざ正気とは思えん」

「自棄になったのではないですか? 降伏したところでまともな生活は送れませんし、それくらいならいっそのこと、って考えても不思議じゃないと思いますが」

 そう話す彼等の周囲には歩兵はおらず、同じような巨大な獣に騎乗する騎兵達で占められている。

 

 獣は体高がおよそ2メートル、体長は4メートル近いだろう。

 外見は剛毛に覆われたサイのようでもあり、大きめの頭部と前に突き出した3本の角が太古の角竜類トリケラトプスを思わせる。

 そしてその巨体は前面を鉄でできた鎧で覆い、背には鞍が載せられ騎兵と5メートルを超える長槍を持った槍兵の二人が乗っている。

 彼等こそがドゲルゼイの誇る騎竜部隊と呼ばれる連中である。

 体重がおそらくは3トンを超えるであろう巨体で、なおかつ前面が鎧で守られていれば人の力でその突撃を止めることなど不可能だ。

 実際、地球でも縄張り意識の強いサイにRV車が引っ繰り返されるなんて事件も起こっている。

 強さではそれ以上と思われる騎竜に突進されれば普通の軍などあっという間に蹴散らされてしまうだろう。

 

 この獣は元々山脈に近い寒冷地帯に生息する地竜と称される草食性の生き物だ。

 子供の頃から育てると人によく馴れ、力も強いので麓の集落などで農耕用として飼育されることもある。

 普段は群で生活するが子育てのときは群から離れて母親が子育てをする性質がある。

 ドゲルゼイはそれに目を付けて生まれたばかりの子供を狙って数十人で母親を狩り、残された子供を連れ帰って飼育、訓練をしたのだ。

 部隊の数としては2000騎ほどでしかないが、突破力は他の追随を許さない。

 飛竜部隊と共にドゲルゼイ軍には欠かせない戦力である。

 

「しかし、あのシャルールが陛下をあそこまで怒らせたってのがいまだに信じられん。そんなことをしたって連中にはなんの得もないだろうに」

 眉根を寄せてそう独りごちる指揮官の男。

「どうせ敵対するならいっそのこと、という意味では?」

「怒らせようが怒らせまいが、敵対した以上は連中の運命に変わりはないだろうぜ?

 それに、寝所の奥まで侵入して陛下が起きるまで待って、んで危害を加えたって話なんだが、陛下から直接聞いてなきゃ大笑いしてるところだ。

 それ自体も信じられねぇが、そこまでできるのに陛下を殺そうとはしてねぇ。しかもわざわざシャルールに手を出すななんて言ってたらしい。

 いったい何がしたいんだか」

 

 その時の状況をここまで詳しく、それもあれだけ怒り狂っていたドルヴァンから直接聞いたという。いまだにドルヴァンの怒りは収まっておらず、今回の出征にも総司令官として同行しているほどなのに、だ。

 その理由はこの男がドルヴァンの盟友とも言うべき存在であり、幼少の頃から交友があり、クーデターにおいてもドルヴァンと共に中心的な役割をこなしていたからだ。

 それもあって軍権においてはドルヴァンに次ぐ権力を持ち、ドゲルゼイ軍の要ともいうべき騎竜部隊を率いている。

 

「それはわかりませんが、どちらにしてもその黒目黒髪の男を捕らえればはっきりするのではないですか?

 それより、我々もそろそろ動く頃合いかと思いますが」

 どうやらこの副官の男は粗野な者が多いドゲルゼイ軍の中にあってかなり沈着な気性をしているようだ。

 会話していてもほとんど表情を動かすことなく、淡々とした口調で指揮官に応じている。

「それもそうだな。よし、俺達も進むぞ! 騎竜兵ども、飛竜部隊に遅れ……なんだありゃ?」

 

 指揮官の男の言葉は、遥か先の空を飛ぶ飛竜部隊に目をやった直後困惑によって遮られることになった。

 巨大な飛竜が豆粒程度にしか見えないほどの距離だが、それでも尚威容を誇っていた筈の部隊。

 その群の前に翼を広げた鳥のような影が迫ったかと思うと、飛竜が次々に錐もみしながら墜落していく。

 これまで幾度も先陣である飛竜部隊の活躍を目にしてきた。

 この世界において空から攻撃できるというのは絶対的な優位をドゲルゼイにもたらしたのだ。

 もちろん上空からの攻撃は手投げ槍や投石くらいしかできないので攻撃力という面では力不足となるが、反撃する手段が弓矢くらいしかない状況では攻撃力の小ささを補って余りあるほど有効に働く。

 

 その飛竜部隊がどういう理由からか見る間に墜とされていく。

 確かに飛竜部隊の近くに飛来した鳥のようなものは飛竜よりもさらに大きいようにも見えるが、それでもぶつかったような様子はない。

 すぐに飛竜達もその鳥のようなものから逃げるように距離を取ろうとした。

 だがその鳥は信じられないほどの速度であっさりと飛竜に追いつくと、また一騎墜ちていく。

 指揮官の男にとって目にしている光景はとても信じがたいものであり、同時に受け入れることができないものだ。

 ドルヴァンが飛竜部隊を拡充して戦術の柱のひとつとすることを決めたとき、指揮官の男も賛同した。

 そしてそれは見事に的中してこれまで幾度も先陣を切って敵を翻弄してきたのだ。

 それが今は敵の本陣まで辿り着くことすらできずただ数を減じていく。

 

 言うまでもなくこの鳥は伊織のハリアーⅡであり、騎竜部隊の指揮官には知る術は無いものの飛竜達が墜ちていくのは25mm機関砲で撃ち落としたからである。

 ジェットエンジンの轟音と圧倒的な速度で飛竜部隊を掻き回し、機関砲をわずか数発撃つだけで確実に飛竜を墜としていく。

 そうして翻弄しつつ飛竜を誘導して、数騎が近づいたタイミングを逃さすハイドラ70の空中近接信管を用いた弾頭で複数の飛竜をまとめて屠る。

 飛竜は空を飛ぶという特性から耐久力は低いと予想していたがどうやら当たりらしい。

 とはいえ相手の数は500騎だ。

 かなり弾薬を節約した攻撃とはいえ程なく機関砲が弾切れとなり、ハイドラ70も残り少なくなるといくら伊織でも帰還するしかなくなる。

 

 そうして飛竜部隊に多大な損害を与えたハリアーⅡが姿を消すと、ちりぢりになっていた飛竜部隊は改めて編隊を組み直す。

 おそらくは再びあの空飛ぶ鋼鉄の暴虐が戻ってくる前に逃げ去りたい気持ちが強いのだろうが、彼等もまたドゲルゼイの王、ドルヴァン意に背くことは許されない。

 ドルヴァンが怒髪天を衝く勢いでシャルールを滅ぼせと命じた以上、損害を受けたからといって退却するわけにはいかないのだ。

 だがそれは同時に死地への旅路に他ならない。

 ようやく部隊の態勢を立て直した直後、再び飛来したハリアーⅡによってまたもや蹂躙されることになったのだった。

 

「なにが起こったんだ? あの鳥はなんだ? どうして飛竜達が墜ちていくんだ!」

「わ、わかりません。もしかするとシャルールには空飛ぶ飛竜を攻撃する魔法の類があったのかもしれませんが」

 混乱して喚き散らす指揮官に、さすがに副官も冷静さを失った声で応じるしかない。

「チッ! だがドゲルゼイは飛竜だけじゃねぇ! 主力はあくまで俺達騎竜部隊だ!」

 指揮官がそう吐き捨て、前進を命じるために腕を振り上げた直後、副官とは逆側にいた騎竜の頭が不自然に揺れ、そしてそのまま崩れ落ちた。

 

「う、うわぁっ?!」

 足元から崩れ落ち横倒しになった騎竜に振り落とされた騎兵と槍兵が悲鳴を上げる。

「な?!」

 指揮官の男が驚きに目を見張る。

 が、そんなことはお構いなしに、今度はそのさらに隣の騎竜が崩れ落ちる。

「こ、攻撃された?!」

「馬鹿な! 騎竜が死んでるぞ!」

 騒然となる騎竜部隊だが、その間にも次々と10頭もの騎竜が死んでいく。

 

「攻撃だと?! いったいどこから?」

「か、閣下! このままでは」

 理解不能の攻撃。

 巨大で丈夫な体躯に矢も槍も通さない鎧に守られた騎竜が為す術無く死んだ事に混乱する指揮官と副官。

 シャルール軍がいる前方に目を懲らしても微かに陣形を取っている兵の姿が見えるばかりであり、攻撃をしてきたであろう姿などどこにもない。

 彼等の常識ではシャルール軍の位置から騎竜に攻撃を仕掛けるなどできるはずがない。

 

 だが飛竜部隊と同じく、こちらも下がることなど出来はしない。

 許されないというよりも、騎竜部隊の後方にはドゲルゼイ軍の本隊である騎兵と歩兵部隊が居るために実態として下がる余地が無いのだ。

「くそったれ!! 突撃するぞ!」

 やむを得ず指揮官の男が命令を下した。

 だが彼等もまた理不尽な暴虐に晒されることになる。

 

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