第72話 頂上決戦的なイジメ

 総大主教にして大公であるホルカリウスのいる書斎の扉を背に守るようにしてカリファネスと対峙する英太&香澄の高校生コンビ。

 戦いの口火を切ったのは香澄の放った銃弾だ。

 ちなみに香澄は狭い屋内で戦うことを想定して取り回しの悪いミニミ軽機関銃やM4カービンではなく、愛用拳銃であるファイブセブンと同じ弾薬を使用する個人防衛火器PDWであるベルギーのFN社製FN P90という特殊な形状のサブマシンガンを選んでいた。

 この銃は最大50発のマガジンを装着でき、トリガーの絞り加減でセミ/フルオートを切り替えることが可能だ。しかも全長が500mmしかなく反動も小さいので屋内で使用する特殊部隊用の装備として40カ国以上で採用されている。

 

 ダン、ダン、ダンッ!!

 香澄の発砲とほぼ同時に信じられない速度でカリファネスの足元に魔法陣が浮かび透明な膜のようなものが身体を包んだ。おそらく魔法による結界や防護壁のようなものだろう。自信満々で繰り出したところを見ると相当な自信があったと思われる。

 が、初速700m/sで魔法障壁に衝突した5.7mm口径のフルメタルジャケット弾はあっさりとその自信を打ち砕き、カリファネスの腹部を貫いた。

「グゥッ?!

 な、なるほど、聖騎士達の身につける聖鎧をものともせずに倒したのはこの武器によるものですか。

 私の結界はそれよりも強度があるはずですが、どうやら足りないようですね」

 

 直後は痛みに顔を歪めたものの、それもすぐに消え平然とした口調で初撃の感想を口にするカリファネス。

 身につけている法衣も弾痕に少々の血が着いているだけでそれ以上広がることはなかった。

「効いて、ないってか? ウソだろ?」

 英太が驚いて目を見開く。

「ふっふふふ、確かに素晴らしい武器のようですが、これでは私を倒すことはできませんよ。

 私の身体は限りなく神に近づきました。どれほど傷つけようと何度命を絶とうと私を殺すことなどできません。

 それだけでなく、私はいくつもの神の業をも得たのです!」

 

「ああ、そうかい!」

「ぬっ?!」

 ガギッ!

 バチンッ!

 得意気に口上を曰うカリファネスに英太は一瞬で肉薄し、渾身の力を込めて横薙ぎに刀を振るう。ニヤニヤと偉そうに笑うのが心底うっとうしかったのだろう。

 刃が障壁にぶつかった瞬間わずかに勢いが止まるが英太が構わず振り抜くと何かが弾けるような音と共に抵抗が消失する。

 直後、カリファネスの脇腹に切っ先が届き血が噴き出す。だがそれもほんのわずかの間だけ。出血量はちょっとした鼻血程度でしかなくほとんどダメージを与えているように見えない。

 さらに香澄が間髪入れず今度はカリファネスの顔面目掛けてP90をぶっ放す。

 少なくとも5発の銃弾が顔面を、頭蓋を貫き、潰れたトマトのように血と脳漿を撒き散らす。

 

「うわぁ、気持ち悪ぅ」

「巻き戻ってるというよりは凄いスピードで再生してるって感じ? 気持ち悪いけど」

 法衣に包まれた胴体の損傷はどうなっていたのか分からなかったが、剥き出しになった頭部がもの凄い勢いで修復していくのを見て英太と香澄が嫌そうに顔を歪める。

 障壁に関しては問題ない。

 どうやらカリファネスが危険を感じた時点で自動的に展開するような魔法になっているようだが、強度としてはそれなりでしかない。

 普通の弓矢や剣撃程度なら充分防げるのであろうが3mmの鋼版を貫く威力を持つ5.7×28mm弾や召喚勇者(オッサン強化ver)の斬撃を防ぐには足りていない。

 だが脳を破壊されても瞬く間に再生するほどの回復を際限なくされてはきりがないのだ。

 

「やってくれる! いつまでもこちらが大人しくしているなど思わないことですよ!」

 さすがに容赦なく顔面に攻撃をくらったのには腹が立ったのか、これまでの小馬鹿にしたような余裕の表情から一変。怒りに満ちた顔を英太と香澄に向ける。

 ただ、顔面と頭部の怪我は再生したのだが髪までは元通りとはいかないのか、後頭部の銃弾で吹き飛ばされた部分はほんの少し髪が生えそろっただけで遠目で見ると10円ハゲに見えて間抜けではある。基が長髪の整った容姿なだけに尚更だ。

 シュッ!

 英太と香澄に向かって同時に氷塊が高速で飛ぶ。

 呪文の詠唱も魔法陣を構築している様子もなかったのに突如として出現、飛来したソレを香澄は横に跳ぶことで回避し、英太は刀で叩き落とす。

 だが余程キレたのか、カリファネスは間髪入れず次から次へと氷塊や炎弾を生み出してはふたりに攻撃を加えた。

 香澄は回避しつつ合間にフルオートで銃撃を加えるがカリファネスの攻撃が止まることはなく損傷も即座に再生されてしまう。英太にいたっては攻撃の密度が高いせいで近寄ることができなくなってしまっていた。

 

 だからだろう、香澄と英太は書斎の扉から完全に離れてしまい、いつの間に居間に入ってきていたのか、ローブ姿の数人の男が扉を抜けるのを許してしまう。

 カリファネスの大きすぎる魔力と男達の高い隠密性のせいで英太も香澄も男達の存在を把握できていなかった。

 カリファネスの攻撃が英太達を扉から遠ざけるためのものだったことに気付いたときには既に男達が書斎に踏み込んだ後ろ姿が見えただけだった。

「チッ!! ヤバッ! リゼさん!!」

 英太は慌てて声をあげると、飛んできた氷塊を叩き落とすのではなく砕かないようにカリファネスに向かって打ち返し、同時に強引に突っ込む。注意を引きつけるためだ。

 香澄もその意図を察してすぐに動く。

 だがカリファネスはそれを読んでいたのだろう。英太の一撃を躱そうともせず香澄の出鼻を塞ぐように風魔法で圧縮した空気の固まりを飛ばし、香澄は防御態勢を取らざるを得なかった。

 ダメージはほとんどないがまたもや扉からは遠ざかりリゼロッドの救援に向かうことはできなかった。

 

 

 

 一方、書斎に残されていたリゼロッドは、ホルカリウスとアリアに奥の部屋に戻るように指示する。子供達を守りながら戦うのは難しいからだ。

 奥の部屋は寝室になっていたが書斎との扉以外に出入口や窓はなく、そこさえ通さなければホルカリウス達に手を出すことはできそうにない。隠し扉があれば意味がないがさすがにそこまで確認する余裕は無い。

 扉に鍵などは付いていないがリゼロッドは構わず閉めると素早く懐から伊織にもらった特製のインクを取り出し、筆で結界の魔法陣を描く。

 身ひとつで構成するカリファネスの障壁とは違い、魔法陣用に伊織が調合調整したインクで描かれた結界はそう簡単に破ることはできないし、古代魔法を基にリゼロッドが独自のアレンジをしているので教会の人間では解除することは難しいだろう。

 そして念のため、扉をセッタが守ることになった。

 

 それだけの態勢を整え、さらにいくつかの魔法を準備した丁度その時、不躾に居間に続く扉が開かれた。

 そのせいでホルカリウス達を怯えさせないようにリゼロッドが施した防音の魔法が解け、銃声や剣撃、放たれた魔法の音など、凄まじいほどの戦闘音が聞こえてくる。

 と同時にローブ姿の人間が数人滑るように書斎に入ってくる。

 その瞬間、リゼロッドは待機させていた魔法を発動させる。

 ここに来る直前に広間で染みを作るはめになって焦りまくった超重圧魔法『圧撃』だ。

 リゼロッドとしては封印したいほどの黒歴史を刻んだ魔法だが、扉を通ってくる侵入者に対して範囲攻撃ができ、何より伊織達がここにいない状況で手加減できるような余裕は無い。

 

「ぐぎゃっ!?」

 数人がその魔法をくらってそのまま床に潰れる。

 だがそれさえも予測の内だったのかある者はヤモリのように天井に張り付き、ある者は目にも留まらぬほどの速さですり抜け、潰されながらもまるで液体のように広がった後に何事も無かったかのように元の姿に戻る者までいた。

 結局部屋に侵入したのは5人。

 黒歴史魔法で排除できたのは2人程度に過ぎなかった。

 だからといって焦りはない。

「セッタ! くるわよ!」

「応っ!」

 リゼロッドは指輪を始めとした魔法媒体を掲げ、セッタは気合い十分の表情でショートソードを構えて迎撃する。

 

 

 

「くそったれ! しつけぇ!!」

「っつ! このっ!」

 英太達とカリファネスの戦いは膠着状態に陥っていた。

 カリファネスの放つ魔法は尽く回避あるいは弾かれ、稀に浅く掠めるも防弾防刃素材の服とボディーアーマーによってほとんどダメージは無い。

 英太達の攻撃も魔法攻撃の合間を縫って銃弾や斬撃がカリファネスに届いてはいるものの瞬時に再生・回復されてしまう。

 どちらも決定力に欠けて双方に苛立ちが見て取れた。

 

「……いいかげん諦めたらいかがですか? こちらとしては教会の秩序を乱さないのであればこれ以上あなた方に手を出すことは控えましょう」

 ついに痺れを切らしたのか、カリファネスはそんなことを言い出す。

 自分のことをまるで神様とばかりに誇りまくっていたが実際にふたりに手こずりまくっているのだから情けない。

「なに? 偉そうに言ってた割にはもう打つ手無くて逃げるっての?」

 嘲るように言いつつ英太がその隙をついて肉薄し膝元から刀を振り上げカリファネスの腕を斬り飛ばす。だがそれもほんのわずかの間で再生してしまう。

 肘から先の切り口がボコボコと盛り上がり再生していく様ははっきり言って気色悪い。

 カリファネスの服は既にボロボロであり、身体の方は再生しても服まではそうはいかない。平然とした涼しげな表情とのギャップがかなりシュールである。

 

 とはいえ、英太達の方も余裕は無い。

 早くリゼロッドの救援に向かいたいのにカリファネスの無尽蔵とも思える攻撃にそのチャンスを作ることができていないし、香澄の方は既にP90のマガジンは撃ち尽くし今は拳銃も2挺目で予備のマガジンもあとひとつだけだ。

「っ?! しまっ…」

「香澄!!」

 死角を突くように放たれた氷塊をギリギリで回避した香澄が、足元に転がっていた薬莢を踏んでしまう。

 バランスを崩す香澄。

 それを見逃さず、カリファネスが魔法を撃とうとした瞬間、その頭部が爆発したようにはじけ飛んだ。

 次の瞬間、追い打ちを掛けるように両肩、両膝、胸部に銃弾が叩き込まれ、さすがのカリファネスもその場に崩れ落ちる。とはいえすぐに再生が始まっているのでものの数秒で立ち上がるだろう。

 

「随分と手こずってんなぁ。大丈夫かぁ?」

「「伊織さん!?」」

 何とか転ばずにバランスを立て直した香澄と、カリファネスの攻撃を阻止するために飛び込もうとしていた英太が同時に入口に目をやり、そこでわざとらしくデザートイーグルの銃口に息を吹きかけている伊織に気付いた。

 左肩にデイパックを引っかけ、小脇にサラシに包まれた長いものを抱えている。

「……伊織さん、タイミング見計らってたんじゃ」

「最近の青少年は疑り深くなってるなぁ。オジサン悲しいわぁ」

「じゃあなんで目を逸らすんすか?!」

 高校生コンビがジト目で睨む中、誤魔化すように大仰に肩を竦めながら伊織はみるみる元に戻っていき身体を起こし始めていたカリファネス顔面にヤクザキックをお見舞いし、さらに頭部をゲシゲシと踏みつける。

 さすがにそんな状況では魔法も撃てないのか必死に逃れようとするカリファネス。

 ようやく転がるように距離を取ったと思ったら、踏みつけながらマガジンを交換したデザートイーグルで.50AEホローポイント弾を7発連続でぶち込む。

 ドン引きするくらいの容赦のなさだ。

 

「超再生ってか? よくやるねぇ」

「でも厄介っすよ。どうやってんだか、詠唱も無しに魔法連発するし」

 さすがにハンドガン最強の弾丸をしこたま撃たれては再生に多少の時間が掛かるらしい。再生したそばから追加で打ち込んでるし。

 その間に状況を察したらしい伊織は英太に包みを放り投げ、デイバッグからサブマシンガンと拳銃を取り出し香澄に渡す。

 サブマシンガンはH&Kヘッケラー&コッホ社製MP5。

 9mm拳銃弾を使用する瞬間的な火力と精密な射撃に定評がある多くの国の軍や警察に採用されている小型軽量の短機関銃である。

 拳銃の方は伊織も使っているP320-X5だ。

 

「どっちも入れてある弾丸はR.I.P弾だ」

「エグいわね。でも意図は分かった」

 22話で悪徳商人の息子の足を吹っ飛ばした貫通力と人体破壊を両立したえげつない弾薬である。

 そして英太に渡した方はといえば、

「うっわぁ、ゲームとかで見たことあるけど、これって確かモーニングスターでしたっけ? それに何すか、この刃のところがノコギリっぽいけど」

「ソードブレイカー。本来は細身の剣を引っかけて折るための剣だな。フルメタルジャケットの弾とか切れ味が強みの刀より破壊に特化した武器の方が良いだろ?

 どうやらこの地下施設の中は魔法を増幅させる機能が組み込まれてるみたいだからな。他人から吸い取った膨大な魔力とその機能で超回復と魔法構築をしてるんだろうよ。というか、魔方陣自体を身体に組み込んでるんだろうな」

 モーニングスターは柄の先に鎖と棘付鉄球の見た目にも凶悪な中世以前の武器であり、ソードブレイカーは刃に無数の深い切れ込みが入っている剣だ。

 こんなもので傷つけられたら人間の身体などグシャグシャになってしまうだろう。

 というか、いったいどこで調達したのだろうか。こんな面白武器。

 

「ってわけで、こっちはしばらく頼む。俺ともうひとりはリゼのところに応援行ってくるから」

「もうひとりって、え?!」

「この人って、確か辺境の聖人とかって呼ばれてた」

「途中で会ったんで連れてきた。んじゃよろしく」

 伊織の少し後に入ってきた青年の顔を見て驚く英太と香澄。

 それは以前カタラ王国の辺境で聖人と呼ばれ、今はセジューに呼ばれて帝都にいるはずの司祭ルアエタムだった。

 適当すぎる説明だけでさっさと書斎へ向かう伊織の態度に苦笑いを浮かべ、英太達に軽く会釈をしたルアエタムを見送る。

 

「……ま、まぁ、伊織さんだし」

「そうね。考えるのも無駄だし」

「「こっちを片づけよう(ましょう)か」」

 散々翻弄してくれた恨みか、ちょっと普通の高校生がするべきではない表情を浮かべてカリファネスに視線を移す。

 ようやく傷の再生を終えたカリファネスは憎々しげに英太達を、そして扉の向こうに消えていく伊織達を睨み付け、ユラリと立ち上がる。

 

「よくも、貴様等、絶対に許さんぞ! 神に逆らう愚かも、ぷぎゃぁっ!?」

 タンッ! タンッ! タタンッ!

 ブオンッ、ドシャッ!!

 伊織の登場で良い具合に力が抜けた高校生コンビがカリファネスの言葉が終わらぬうちに猛攻を開始する。

 弾頭が8つに分裂するR.I.P弾がカリファネスの頭部や腹部を容赦なく抉り、英太の振るったモーニングスターが肩を粉砕する。

 貫通する弾丸や刀の斬撃とは比べものにならない損壊具合に、痛みは数倍では効かないのだろう。

 攻撃をくらっても構わず放ってきた魔法は、その余裕を無くしたのか格段に減る。

 それを良いことに香澄がサブマシンガンを撃ちまくり、英太は両手にもったモーニングスターとソードブレイカーを縦横無尽に振り回す。

 もはやカリファネスの法衣はほんのわずかに身体にまとわりついているだけのボロ布と化し、見たくもないものまで剥き出しになっている。

 だがそれでも驚異的な再生は健在であり、時折放つ魔法は躱すことが難しい範囲の広いものになってきている。膨大な魔力を背景にした力業だ。

 伊織の持ってきた武器によって余裕はできたが決定力に欠けているのは相変わらずだ。

 

 やがて、膠着というには随分と天秤の傾いた攻防が続き、伊織と、少々疲れた様子ながら無傷のリゼロッド、いくらかは攻撃をくらったのかルアエタムに支えられ治癒魔法を受けながらセッタが書斎から出てきた。

 その後ろには小柄な少年少女が付いてきている。

 心配する必要すらなく伊織の合流であっさりと侵入者を排除したようだ。

 それを見てさすがに分が悪いと感じたのか、カリファネスが逃げようと出口に向かった瞬間、伊織がデザートイーグルで膝を撃ち抜いて阻止した。

 

「ま、まて! お前達の目的は古代魔法の資料なのだろう? 取引をしないか?」

 千切れかけた足を再生させながら伊織に手を突き出し、荒い息を吐きながらそんなことを言い出したカリファネス。

 伊織は英太と香澄を手で制して続きを促す。

「お、お前達の力は確かに途轍もないものだ。だがそれでも私を殺すことはできない。私はただ耐えていればいずれ先に力尽きるのはお前達だろう。

 しかしそれでは互いに益がない。

 お前達の望みである資料は全て引き渡そう。だから大公の身柄は諦めてもらいたい」

「ふ~ん? で? 断ったら?」

 人の悪い笑みを浮かべて訊く伊織。

 

「資料の保管庫と研究所には全てを焼き尽くす火炎魔法が準備されている。

 私がそれを発動すればどれほど離れていてもその場は炎に包まれるだろう。そうなれば目的を果たすことはできない。

 だが応じるのであればこれ以上お前達に手出しすることは止め、全ての資料を引き渡す。

 どうだ? 悪い条件ではないだろう?」

「………………」

 にやついた笑いを引っ込めて真顔でカリファネスを凝視する伊織。

 しばし沈黙が辺りを支配する。

 英太、香澄、リゼロッドは伊織の態度に表情を変えず、ルアエタムとセッタは眉を顰め、そしてホルカリウスとアリアは不安そうに互いを抱きしめていた。

 

 やがて、伊織がこれ見よがしに大きく息を吐く。

「あのなぁ…………お前、馬鹿だろ!」

 以前にも似たようなことをとある国の王女に対して言い放ったが、やっぱりオッサンは変わっていない。しかも断定である。

「な?! き、貴様、まさかするわけがないとでも思っているのか? 私が魔法を発動できないとでも……」

「いや? ってかすればいいじゃん? 別に止めてないんだし。やれると思うなら、だけどな。ってか、俺が何で遅れてきたのか少しでも考えればわかると思うんだけどなぁ」

 伊織がニヤニヤ笑いを復活させ、ついでにタバコにも火を着ける。

 人を舐めきった態度全開である。

 

「伊織さん、何やったんです?」

「以前、リゼの屋敷で倉庫をすっぽり覆ってた魔法結界あるだろ?」

「ああ! リゼさんがやらかして入れなくなったアレっすね」

「変なことまで思い出さなくて良いから!」

「まぁそれはいいとして、その時の魔法具を何かに使えるかと思って直して、んでついでにいくつか複製しておいたんだよ。

 あの魔法結界はかなり強力で特定の波動以外の魔力も通さないから中にどんな仕掛けをしてあっても発動することなんてできない。

 そいつを資料の保管庫とか魔法を研究していたっぽい場所に片っ端から置いてきた」

「つまり、もう伊織さんしか中に入れないし資料を移動したり破損したりすることもできないってことね」

「いつものことだけど、伊織さんどこまでウロチョロしてんすか」

 

「ってわけで、お前さんの交換条件は意味なし! もちろんこっちは一切妥協するつもりはないし、大公? そこの子供のことか? は、俺達が責任持って保護するから安心して地獄に堕ちてくれ」

 呆然とするカリファネスにトドメを刺す伊織。

「き、き、貴様! 許さんぞ! いいだろう、私は不死身の身体を手に入れた! 貴様等を絶望の中で殺してくれる!」

 言い終わるやいなや、空中に無数の氷塊を出現させるカリファネス。

 だがそれが伊織達に向かう前に、いつの間にかマガジンを交換していた香澄のMP5と伊織のデザートイーグル、リゼロッドの魔法がカリファネスごと粉砕する。

 

「おい坊主、あの大主教とやらに治癒魔法掛けろ。全力で」

「坊主って、私の事ですか? いや、ですが、回復させては……」

「大丈夫大丈夫。頼んだぞ」

 伊織がルアエタムに指示し、ルアエタムは疑問を感じながらもそれに従う。

 魔法増幅の恩恵はルアエタムにも及び、カリファネスの再生速度が上がる。

 だが伊織はそれに構わず銃弾を叩き込み続け、香澄もそれに倣う。

 マガジンの入れ替えのために銃撃が途切れると今度は英太がモーニングスターとソードブレイカーで滅多打ち。

 カリファネスは反撃の糸口すら掴めずひたすら再生と損壊を繰り返した。

 それがおよそ30分にも及んだとき、カリファネスの様子に変化が訪れる。

 

「な、なんだ? か、身体が」

 突然再生速度が上がったかと思えば、元の通りではなく歪な形で傷口が塞がり始める。

「伊織さん、あれって」

「おうおう、ようやくか。さすがに膨大な魔力を持ってると限界も普通じゃないな。

 アレは細胞が分裂の限界を超えて再生しようとして癌化してるんだろう。細胞ってのは無限に再生できるわけじゃないからな」

 見ればカリファネスの身体は外から見てわかるほどの歪な瘤がいくつもでき、四肢の形も再生するたびに正常な状態から遠ざかっているようだった。

 

 人間はたったひとつの卵細胞から分裂した約60兆個の細胞でできている。

 細胞は分裂を繰り返し、古くなった細胞は役割を終え老廃物として処理されて新しく分裂した細胞が役目を引き継ぐ。

 だが細胞は無限に分裂し続けられるわけでなく染色体にある“テロメア”という部分が分裂のたびに短くなっていき一定以下の長さになるとそれ以上は正常に分裂できなくなる『ヘイフリック限界』に達する。

 全ての細胞にそれが適用されるわけではないし“テロメラーゼ”という酵素の活動によって限界値が異なってくるのだが、ヘイフリック限界を迎えた細胞がさらに分裂すると高い確率で癌化する。

 そしてがん細胞は正常な状態を無視して際限なく身体の栄養素を消費して増殖し続け正常な細胞を駆逐していってしまう。

 全身を隈無く破壊され続けたカリファネスの身体の細胞は限界を超え、今や末期癌患者を遥かに超えるがん細胞に全身を侵されている状態だろう。

 こうなってはもはや戦闘や魔法どころではない。

 

 伊織はデイバックから黒っぽい大きな袋を取り出す。

「よし、英太手伝え。……そーれ!」

 そんな声を掛けながら縦横2メートルを超える袋を英太と一緒にカリファネスに被せ、足元を掬うように持ち上げる。

 袋の中で藻掻くカリファネス。

 そこに伊織は同じくバッグから取り出した手榴弾のピンを引き抜いて投入。

 袋の口を捻って踏みつけ、周囲から香澄達を退避させる。

 

 ズドンッ!!

 直後に響く爆音とまるで風船のように膨らむ袋。

 だが手榴弾の爆発にもかかわらず袋が破れることはない。おそらくこれも特殊繊維でできているのだろう。

 さらに伊織は袋の口をロープで縛るとその先を英太に渡す。

「これを外に止めてあるバギーに括り付けてその辺走ってきてくれ」

 鬼や悪魔でもここまでしないと思う。

 

 さすがにちょっと引きながら英太が伊織が乗ってきた2人乗り小型バギーで袋をゴツゴツした床に引きずり回し、意図的にあちこちにぶつけまくりながら戻ってきたのはそれからさらに30分は経ってからだった。

 引き摺った場所には血の跡が残り、再び開かれた袋からはもはや原型が人間だったとは思えない肉塊が、それでも尚死なずに蠢いていた。

 もはやまともに意識も残っていないようで、ただ呻き声のような音を出しながらボコボコと細胞を増殖させるだけの赤黒い固まりがそこにはあった。

『………………』

 香澄とルアエタム、セッタは心底嫌そうな顰め面でそれを見、少年少女は教育的配慮によってリゼロッドと一緒に書斎で待機だ。

 

 そして、蠢く肉塊は油を掛けられ、全て焼き尽くされた。

 どれほど優れた再生能力を有していようともはや復活は不可能となった。

 こうして光神教を操り続けていた公都の大主教は文字通り消滅したのだった。

 伊織以外の者に多大なトラウマを植え付けて。

 

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