第71話 総大主教の正体

 大聖堂の地下に来て最初の襲撃を撃退した英太達はジムニーに乗ったまま地下を移動している。

 下りてすぐの広場のような空間から奥へと続く通路に入るとそちらにも広場と同じ魔法具による灯りが等間隔に置かれていた。

 しかしそのあまりに頼りない光源では見通せる距離などたかが知れているし、ジムニーのヘッドライトだけでは正面しか明るくない。

 通路の幅はジムニーが通るのに充分あるが広いというほどではない。どこにどんな仕掛けが施されているか分かったものじゃないので慎重に進まなければならない。

 というわけで速度はのんびりとしたものであり、そうなると迎撃する方としても都合が良いのだろう、これまでに既に数回の襲撃を受けている。

 襲ってきたのはいずれも少人数だったがどいつもこいつも身体に奇妙なものが生えていたり異常に力が強かったりスピードが色々とおかしかったりと完全に人間を辞めてしまった連中だった。

 

「それにしても、リセウミス期ってどんだけ外道な魔法世界だったんですかね? キメラ作ったり人間を魔力に変えて別の人間に与えたりって、胸糞悪くなってるんですけど」

「バーラやオルストで発掘された遺跡からはここまで非道い魔法見つかってないわね。だから全部が全部非人道的な文明ってわけじゃないと思うわよ。

 多分だけど、ここの遺跡は魔法の研究を行う施設だったんじゃないかしら。

 最初から地下に作られたみたいだし、危険な実験や研究を行うことを想定した造りになってるしね」

「だとしても研究内容が非道すぎるわよ。古代文明ってもっとロマンがあると思ってたのに」

 古代魔法を再現したと思われる非人道的なキメラ達の襲撃にウンザリして英太達が愚痴る。

 

 リゼロッドが言うようにこの地下施設は建物が埋まったというより元々地下に造られたという構造をしている。建物内としては通路が広すぎるし多層構造でもない。

 最初の広間からいくつかの通路が延びていてそのほとんどは先に部屋のようなものがあってその先には何も無い。イメージとしては横に広がったアリの巣のような構造だ。

 確かにこの構造なら何か事故などが発生しても通路を塞いでしまえば被害を食い止められるし危険な実験動物などが逃げても通路以外から出る事は不可能だ。

 ただ、逆に言えばそうした施設が必要になるような実験をしていたということでもあるのだろう。

 

 セジューやルアエタムからの情報である程度の構造と施設の内容は分かっているので英太達を乗せたジムニーは最短距離で目的の場所を目指している。

 広間から真っ直ぐ進むといくつかの小さめの広間(そこからもいくつか通路が延びて部屋に繋がっている)を通り抜け、一番奥の部屋へ繋がる広間に入ったところで英太はジムニーを停めた。

「うっわ! 真っ暗! 絶対に罠張ってんだろ、これ!」

「気配も隠せてないわね。一方的に狙われるのは不利ね。というわけで、コレ着けましょう」

 あからさまな罠の気配に嫌そうに顔を顰めた英太に香澄が荷物からナイトビジョンを取り出して手渡す。もちろん自分も含めた全員分も出す。

 さっそく装着して電源を入れてから英太はジムニーのヘッドライトを消す。

「な、何だコレは?!」などとセッタが騒いでいるが全員スルー。

 視野が少しばかり狭いのが難点ではあるが、これで暗闇でも問題なく行動できる。

 

 広間の大きさは最初のところほどではないがそれなりの面積がある。

 おおよそ幅奥行き共に100メートルほどだろうか、その中央近くにふたりの人影、それから巨大な獣の姿がナイトビジョンのスコープに映し出される。

「……どこかで見た生き物がいる」

「あれって、ルアちゃん助けたときに襲ってたバルーガとか魔獣とか呼ばれてた動物じゃない?」

 身体に比して大きすぎる頭部を持つイノシシとトラが混ざったような獰猛そうな獣は確かに最初にカタラ王国に来たときに見たのと同じ動物のようだ。

 一瞬この獣も教会の造りだしたキメラかと思ったが、山岳地帯の麓に生息する野生動物と聞いたことを思い出し、どちらにしても余計な事を考えている余裕は無いと頭から追い出す。

 獰猛だというバルーガがすぐ傍に居る人影を襲わないということは飼い慣らされているのか操られているのか、どちらにしても敵であることは間違いない。

 

 すぐに香澄はバレットM82を手にして狙撃準備にかかるが、バルーガが動き出す方が早かった。

「うおっ!? やべっ!!」

 慌てて英太がジムニーを急発進させて後輪を横に振りながら回避する。

 50メートル程度の距離は巨大な獣からすれば一瞬で到達できる。

 間一髪で避けたジムニーの横をバルーガが通り過ぎ、英太達が入ってきた通路に突っ込んでいった。

 だが安心する暇は無い。

 バルーガは床を滑りながら急停止すると振り返り猛然とジムニーを追う。

 乗っているのがコブラだったらそのまま激突させても問題なかったのだが今乗っているのは一般市販車であるジムニー、しかもボディーは最小限しかない剥き出しのオープンタイプである。

 数百キロはあるだろう大型の獣に襲いかかられればただでは済まない。といっても乗り換える暇などあるはずもなく、追いすがられながら速度を上げて逃げるしかない。

 

 幸い広間は柱などはなくただだだっ広いだけの空間なのでスペースはある。

 香澄はバレットからミニミ軽機関銃に持ち替え、追いかけてくるバルーガにしこたま5.56mmNATO弾をぶち込むが、バルーガはわずかに勢いが衰えるもののさほどダメージを受けているようには見えない。

 カタラ王国で見た個体はM4カービンの5.56弾やデザートイーグルの.50AE弾で倒すことができたことを考えると、このバルーガも教会によって改造&強化されているのだろう。少なくとも5.56mmでは埒が開きそうにない。

 となればバレットの12.7mm弾でと思うのだが、残念ながら香澄の後ろ側の幌フレームには横棒が無くバレットを支えることができない。さすがに香澄が支え無しにアンチマテリアルライフルを撃つのは難しい。腕力はあっても体重が軽いので反動を抑えきれない可能性があるし、シートの上に立っているという不安定な姿勢なのだから尚更だ。

 

 なのであっさりと頭を切り換え、ファイブセブンを片手で撃ちながら牽制しつつセッタに手伝わせて荷物を漁り、30センチほどのケースから円筒形のガラス容器を取り出す。

 中には透明な液体に銀色の金属のような物が入っている。大きさは直径10センチ程度だろうか。

「英太! ギリギリまで接近させて!」

 香澄の指示に、英太は背後を確認しつつわずかに速度を落とす。

 バルーガの速度はせいぜい時速50km程度。トラのような体型とはいえその巨体故に動きはそれほど速くはない。動物の速度というものは何故か中間くらいの大きさのほうが速く走れるものなのだ。

 とはいえ生き物なのでその速度は一定ではない。英太はバルーガの挙動に細心の注意を払いつつ相対速度を合わせてジムニーとの間隔を2メートルに固定させる。

 

「セッタさん! アレの口が開いたら蓋を開けたビンごと呑み込ませて!」

「わ、わかった!」

 香澄の指示で分厚い手袋をしたセッタがビンの蓋を開けて待機する。

 動いている車の上なので液体を溢さないように必死だ。幸い距離が近いので投げるのに振りかぶる必要は無いが。

 香澄は銃撃するのを止めて挑発し、バルーガはそれにまんまと乗っかりグンッとスピードを上げると噛みつかんと巨大な口を開ける。

 すかさずセッタが口の奥にビンを投げ込んだ。

 意図しない物を呑み込んでしまったからだろうか、操られていても生き物である、反射的に追うのをやめて止まってしまう。

 そして吐き出そうとでもしたのか、一瞬再び口を開くが直後に苦しげに唸り声を上げのたうち回り始める。

 そして、数秒後、その巨体が大きく震え、口、目、耳などの穴から何かが爆発したかのように噴きだし、動かなくなった。

 

「逃がさないわよ! くらいなさい!『圧撃』!!」

 突然動かなくなってしまったバルーガの様子に驚いて固まっていた2つの人影に、逃げ回っている最中に準備していたリゼロッドが魔法を放つ。

 折角の見せ場を逃してなるものかと気合い十分な魔法、帝国の大聖堂に仕掛けられていた魔法と同種であり、その何倍も強力なものがピンポイントに炸裂し、人影は押し潰されたように床に染みを作る。

「うわぁ~、グロっ」

「……ど、どうやらこの地下施設は魔法の効果が強くなるみたいね。ほ、ホントよ? 足止めするだけのつもりだったし! せいぜい骨折するくらいの威力だったはずだし!」

 あまりに無残な結果に焦りまくって言い訳するリゼロッド。

 実際に殺すだけならもっと簡単な魔法はある。この世界の魔法は戦闘向きとは言えないのだが遺跡研究の副産物として古代魔法にも精通しているリゼロッドは戦闘に使える魔法をいくつも身につけている。

 なのでリゼロッドの言葉通り魔法の威力がおかしな事になっているのだが、まぁ慰めにはならないだろう。

 広間が真っ暗でナイトビジョンでは色までは判別できないのがせめてもの救いか。

 

「そ、それより、あのバルーガに何をしたのよ。爆弾でも呑み込ませたの?」

 話しを逸らすため、リゼロッドが無理矢理香澄に話を振る。

 実際に気になったことでもあるので問題ない。筈だ。

「手榴弾だとタイミングが難しいし吐き出されてしまったときにこっちまで被害がくる可能性があったしC4を準備する時間も無かったから、伊織さんから『何かに使えるかもしれないから』って渡されてた“金属ナトリウム”呑み込ませたのよ」

 

 金属ナトリウム。

 塩化ナトリウム(塩)を高温で融解させ電気分解することで精製するアルカリ金属で、水と激しく反応し空気中で容易に酸化するため自然の状態では存在しない物質である。セッタの投げたガラス容器も反応を抑えるために灯油で満たされていた。

 冷却剤や2次電池など現代技術で幅広く活用されるが極めて反応性が高く、特に水分に触れると水酸化ナトリウム(苛性ソーダ:劇物)に変化する他、ナトリウム

原子が水と接触することで電子を失い残った陽イオン同士が強いクーロン力によって互いに反発することで爆発する特性を持っている。

 おそらくバルーガも金属ナトリウムを呑み込んだことで腹の中で水分と反応し爆発現象を起こしたのだろう。そうでなくても体内にこんな物騒な劇物が胃酸に溶け出せば生きていられるはずもない。

 ちなみに金属ナトリウムを放置しておくと酸化した後にさらに二酸化炭素と反応して炭酸ナトリウムに変化してほとんど無害な物質に変わるし、水と反応して水酸化ナトリウムになっても加熱や時間経過、希釈で問題なくなるので安心である。

 

「……伊織さん、何考えてそんなもん持たせたんだよ」

「イオリの頭の中身考えても意味ないわよ。理解できるわけ無いし」

「つくづく、お前達が恐ろしくて堪らない」

「「「伊織イオリ(さん)と一緒にしないで!!」」」

 

 

 

 プレスされた人影とバルーガの死体は見たくないので放置し、改めてジムニーのヘッドライトを点けて先に進む。

 だが中央の通路ではなく、この広間から左側の通路だ。

 通路の長さは200メートルほどあり、突き当たりが部屋になっているのだが、さすがに部屋の中まではルアエタム達も把握していなかったらしい。

 というわけでジムニーで進めるのはここまでだ。

 剥き出しのジムニーを置いておくのが不安なので香澄は伊織から譲り受けた宝玉を使って魔法陣を組み、異空間倉庫を開く。

 

「やっぱり便利よねぇ、この魔法」

「リゼさんは覚えないんですか? リゼさんなら伊織さんも教えてくれると思うんだけど」

 荷物を降ろしてジムニーを異空間倉庫に移動する英太を横目にテキパキと銃器のチェックと交換、弾薬の補充を行いながら香澄がリゼロッドに聞く。

「魔法は自分がリセウミス期の古代魔法を復活させて、なんて思ってたから一度イオリに教えようかって言われたのに断っちゃったのよぉ。

 どこまで本気だったかわからないし貴重な素材を使うって話だからやっぱり教えてとは言えなくて。

 いずれは改めて頼もうとは思ってるけど、それは召喚魔法の解析が終わってからね。じゃないと頼みづらいし」

 

 そうこうしているうちに英太がジムニーと入れ替わりにLAPVエノク軽装甲車を出してきた。これは英太の判断のようだ。

 この軍事車両なら勝手に開けることもできないだろうしここまでの通路を考えればコブラよりも一回り小さいので動かすのに支障はない。

 万が一緊急に脱出しなければならない事態になったとき異空間倉庫を開く余裕があるとは限らないので車両にある程度の装備を積み込んだ上で入口に置いておけば保険になると考えたらしい。

 香澄とリゼロッドも賛同したのでこの案は採用され、施錠した上で部屋の入口ド真ん前に駐めておいた。

 ついでに大勢の兵が一斉に後から入ってくるのを牽制するためだ。といっても人が通れる程度の隙間は開けてあるので嫌がらせとしても微妙でしかないが。じゃないと肝心の英太達の出入りに支障をきたすのだから仕方ない。

 

 準備が整った所で部屋の入口を調べる。

「侵入者感知の魔法が掛けられているわね。それ以外の仕掛けは無いみたい。っていうか鍵すらついてないわね」

 リゼロッドがそう言ってあっさりと魔法を解除する。本当にこの手の事に関しては非常に優秀である。

 その気になれば感知の部分だけを書き換えることもできるらしいが、どちらにしてもすぐにすぐに騒ぎに気付くだろうから意味が無いのでやってない。

 

 香澄が内部の様子を魔力の網を広げて確認し、スタングレネードを取り出した。

 英太が扉をほんの少し開け、香澄がピンを抜いて放り込み、扉を閉める。

 数秒後つんざく轟音といくつかの微かな悲鳴が聞こえてきた。

 その後セッタが中に突入し、中で待ち伏せていたのであろう2人の異形の男にとどめを刺し、香澄はミニミ軽機関銃を構えて周囲を警戒する中、英太は扉の内側を調べる。

「ん? これ、この扉って中から開かないようになってるんだけど?」

 英太がドアノブの部分を指さす。

 確かに本来あるはずの場所にはドアノブらしき物はついておらず、この構造では中から扉を開けることはできない。

「ってことは」

「当たり、ね」

 香澄とリゼロッドは予想が当たっていたことに納得して頷き合った。

 

 

 

 部屋の中に入ると、そこはここまでの雰囲気とは一転してまるで高級ホテルか王宮のように絨毯が敷き詰められ、入ってすぐ扉から中に入るとその場所はサロンのようになっていた。

 そこでは簡素な神官服の女性が2人、掃除をしているのが見える。

 扉を一枚隔てただけで、爆音や悲鳴を聞いていないはずがないのに何事も無かったかのように黙々と掃除を続けている姿は異様でしかない。

 英太達が踏み入っても顔色を変えないどころか見ようとすらしないのだ。

「アレも伊織さんの言ってた"人形”ですかね」

「そうね。程度の差はあってもほとんど自我が残っていないのは確かね。とりあえず放っておきましょう」

 とりあえず襲ってこないのならそれで良い。

 リゼロッドの見解ではここまで自我が壊されていると戦闘には使えないらしいので無視することにし、サロンを横切って奥側の扉を開ける。

 そこは書斎か執務室のような部屋であり、壁の書棚には数百冊の書物が置かれていた。

 

 無人の書斎の広さは20畳ほど。

 英太達の入ってきた扉の他に左側と奥側にもそれぞれ扉がある。

 デスクにはカップが置かれており、その中から微かに湯気が立ち上っていた。明らかについ先程まで人が居たのだ。

 だが香澄が魔力の網を広げるまでもなく人の気配が奥側の扉の向こうに感じられた。

 

「とりあえず危害を加えるつもりはありません。出て来ていただけるかしら」

 リゼロッドが扉の向こうにそう声を投げかける。

 逡巡するような気配。

 それでもそれ以上急かすことなく待っていると、やがてカチャリと小さな音と共にゆっくり扉が開かれた。

 そして姿を現したのは2人の男女だった。

 

「え? 子供?」

 英太が素っ頓狂な声をあげた。

 そう、ひとりは12、3歳位の少年と英太や香澄と同年代と思われる少女だった。

 英太の声にビクリと大きく肩を振るわす少年。

 その少年を庇うように抱きしめながら英太達を睨む少女。

 

「キーヤ公国の大公にして光神教総大主教でもあるホルカリウス・ド・ミンレム殿、ですね?」

 リゼロッドが確認すると、少年は小さく頷いた。

「え? マジ? 大公って、まさかの子供?」

「若いとは思ってたけどまさか、ねぇ。さすがに伊織さんも予想してなかったわよね。多分」

「そこ、うるさい! コホン、私達はアガルタ帝国帝王の勅使としてキーヤ公国の調査と問題の解決の命を受けてやってきました」

 リゼロッドが勅令詔書を広げて見せる。

 

「待ってください! ホリー様は、ホルカリウス様はずっとカリファネス大主教に監禁されていたのです! ホリー様には何の責任もありません!

 少女がホルカリウスを背中に庇いながら必死の形相で言い募る。

 見ると少年も少女もかなり痩せており、かなり長い間日の光を浴びていなかったのか病的なまでに肌が白い。白を通り越して青みさえかかっているように見える。

 加えて中からは開かない入口の扉を考えれば年単位でここに監禁されていたのだろう事は容易に察することができる。

 もちろんこの状態は伊織によって予想されていた。

 

 数年前に先代の大公が死去し、後継者としてホルカリウスの名が帝国に伝えられたものの、慣例として代々行われていた大公の就任挨拶のための帝都訪問は病弱を理由に行われず、以降も一度も公の場に姿を現していない。

 当然既に後継者は死亡しているのではという話も出ていたのだが、帝国と公国の間で自治権を認める協定が結ばれた際に『大公位は直系の嫡子のみが継承し、継承者が絶えたときは大公領を王家に返還する』という取り決めがなされていた。

 そして現在大公家に直系はホルカリウスしか居ないのだ。

 いくらカリファネス大主教が教会内で権勢を振るっていても大公領が王家の直轄地になればこれまで通りとはいかなくなる。まして後ろ暗い事があるならなおさらそれを認めることはできないはずだ。

 となればカリファネスとしては正当な後継者であるホルカリウスを確保し、逃げ出したり死んだりしないように厳重に保護? しなければならない。

 厳重に監視をしながらも死なないようにしっかりと最低限の世話はしているはずだと伊織は踏んでいた。

 

「カリファネスの問題はこちらも把握しています。

 ホルカリウス殿ご自身に関しては前大公が死去される以前よりカリファネスによって監禁されていたと認識しておりますので咎があるとは考えておりませんわ。

 歴代の大公が教会の行いにどこまで関与していたのかは詳しく調査しなければなりませんので大公の地位に関しては結果次第となるでしょうが」

 その言葉に少女は迷ったような表情でホルカリウスを見る。

(う~ん、さすがに大公を継いだのがこんな小さな子供とは思わなかったわね。何を言ってもショックを受けるだろうし、無理してでもルアちゃん連れてくるべきだったかしら)

 

 リゼロッドもどうしたらいいのか考えつかず対応に困る。

 当初の予定では監禁されているであろう大公を保護した上でカリファネス大主教を排除し遺跡や魔法の資料を接収、以後は帝国から監査官と行政官を連れてくるつもりだった。

 だがこんなに小さな子供が相手となると説得するのも難しいし強引に連れていくというのも良心が痛い。

 一緒にいる少女の身元は分からないが、今の様子を見るとこの場所で唯一ホルカリウスの味方となっていたのだろう。

 人形じみた神官しかいないこの場所でホルカリウスが暮らしてこられたのも少女の力が大きい筈だ。

 

「あの、帝国の勅使様、なのですね? 私はどうなっても構いませんので、どうかこのアリアを助け出して頂けませんか? 彼女はここに無理矢理連れて来られたのです」

「ホリー様?! わ、私はホリー様から離れません!」

「私に力が無いばかりに父は殺され、私自身もカリファネス大主教に囚われてしまいました。大公として許されないことです。ですが、彼女は正真正銘何の罪もない被害者です」

「ちょ、ちょ、ちょっと待った! とにかく今は罪がどうのとかアレコレ考える状況じゃないから!」

 つい先程まで少女に守られるように怯えた表情を見せていた少年が、突然はっきりとした口調で語り出したことに驚いて口調が素に戻るリゼロッド。

 

 ひとつ大きく息を吐いて改めてホルカリウスを見据える。

 見た目は少年そのものであり今もその目は不安で揺れている。だがその瞳の奥には芯があり、やはりただの子供ではなく大公領を継ぐ者として幼い頃から育てられてきたのであろう。

 口調もまた大人びていて一身に少女の身を案じている。

「私達がここに来たのはホルカリウス殿を裁くためではなく保護するためです。ですからホルカリウス殿が求められるのであればその娘もまた保護の対象となります。

 無論私達の活動を妨害したりすれば拘束することになりますが、大人しく指示に従っていただけるのなら帝都までの安全と帝王陛下による公正な裁定を保証します。

 地位の保全までは今の段階ではお約束することはできませんが、悪いようにはならないように最善を尽くすことをお約束しましょう。

 異教徒を信用できないと思われるなら、ここにキーヤ神の信徒であり教義に忠実なセジュー大主教に師事する聖騎士がお守りします」

 

 いつまでもこんなところで時間を使うわけにはいかないと必死に言葉を重ねるリゼロッド。

 説得のネタにされたセッタだが別に異存はないので聖騎士として敬礼を行い光神教独特の誓約を行う。

「分かりました。勅使様の指示に従います。どうかよろしくお願いします」

 ホルカリウスもそれを見てようやく少し安心したのか、リゼロッドに頭を下げた。

 そして会話に加わっていなかった英太と香澄はといえば、この書斎の入口でサロンの方を睨み付けながら臨戦態勢に入っていた。

 

「やれやれ、まさかあなた方の狙いが総大主教猊下の誘拐だとは思いませんでしたよ。

 折角話し合いの場を設けてお待ちしておりましたのに、残念です」

「そいつは悪うございましたね。心配しないでもアンタの相手はたっぷりとするつもりだから安心してくれ」

「そうそう。伊織さんには後で文句言われそうだけど、キッチリ引導渡してあげるから」

 カリファネス大主教と高校生コンビは双方笑みを浮かべたまま火花を散らしていた。

 

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