第68話 作戦名『暴露ビジョン』
多くの異世界物の定番と同様にこの世界の文明水準は中近世のヨーロッパと似ている。
それは街並みなどにも言えることで、大陸中西部から西部の国々の街はどこかイタリアやフランスなどの古い街のような雰囲気を持っている。
この公都も同じで、街のあちこちに広場があり、そこでは早朝から市が立ち一刻から二刻ほどの間買い物をする人々で賑わう。
それが終わると広場は市民の憩いの場となりいくつかの露店が広場の片隅で商売をしている程度となる。
現代地球のヨーロッパの古都であれば観光客で溢れるのだろうが、巡礼者くらいしか訪れることの無いであろう公都は人の姿も疎らで所々で住民が談笑しているくらいなものだ。
「そう言えば聞いたか? 帝都から例の異国人がこっちに来たって」
「その話か。確か帝国で勤めを果たしておられた大主教様を王族に取り入って陥れたって連中だろ? しかも異教徒だっていうじゃないか」
「そうだ。俺は実際に見たんだが、聞いていたとおり馬もドゥルゥも使わずに異国の怪しげな魔法で動く荷車だった」
「本当かよ。けど何しに来たんだ? まさか公国にまで手を出すつもりなのか?」
「そんなことは知らないけどよ、なんでも行政府の中に押しかけたけど役場の連中に追い出されたらしいぞ」
「へぇ~? やるときはやるじゃないか。普段は偉そうに振る舞ってていけ好かねぇのに」
広場の片隅で露店で売られているパニーニのようなパンを手にそんな会話を交わしている数人の男達。
先日伊織達が通りかかったときとは明らかに異なる雰囲気で噂話に興じている。このあたりは宗教国家といえど庶民の暮らしに大きな違いは無いということなのだろう。
バララララララ…………
「ん? な、なんだ?」
「どこから聞こえてくるんだ?」
日常の光景、それを破るかのように突然聞こえた音に男達、だけでなく広場にいた人々が周囲を見回す。
音の出所が分からずキョロキョロしながら混乱していたが、徐々に大きくなってきたことでようやく上、空を見上げる。
「な、なんだアレは?!」
「ち、ちち、近づいてくるぞ!」
街の人達が見上げた段階では豆粒よりも少し大きい程度に見えていた空の点が見る間に大きくなってくる。
広場に向かって大きな影が降り立ってくることに街の人達はパニックになる。空を飛ぶものなど鳥くらいしか見たことのないのだから無理もない。大陸北部や遥か遠くの国では巨大な翼をもつ獣がいるらしいと聞いたことがある者もいるし、光神教に伝わっている神話にも空を飛ぶドラゴンや翼の生えた獣が登場するものがあるが所詮は物語のような認識しか持っていない人々からすれば驚天動地の出来事であろう。
やがて耳を打つ轟音で会話もままならなくなったとき、巨大な筒を横にしたような“何か”が同じく巨大な檻のようなものをぶら下げて広場に現れる。
その筒が檻を広場の中央に下ろすと、筒は空中に留まったまま檻の中にから人影が現れ、檻を吊っていたロープを外す。
そしてその場に残されたのは幅20メートル、奥行き15メートルほどの巨大な檻とその中に入っている黒い壁のようなもの、小さな小屋や黒い箱などの街の人が見てもさっぱり理解できない品々、それからひとりの若い男だけだった。
伊織が運転するジープラングラー・ルビコンが公都の中心部に位置する位置としても行政としても、そして精神的な支柱としても中心となっている光神教総本山の大聖堂、その正門前の広場に停まる。
街の中心だけあって広場の面積は公都随一であり、およそ幅奥行き共に200メートル以上ある。
大聖堂の前だけあって多くの信者や街の住人が広場にいるが先日同様ルビコンと伊織は注目を集めてはいるものの遠巻きに見られるだけで近寄ってこようとはせずむしろ嫌なものを見たかのように離れていく。
そんな状況も伊織は気にする素振りを見せず車を降りると助手席に乗っていたルアを抱き上げ、広場のど真ん中に歩いていった。
そして一旦ルアを地面に下ろすと背負っていたデイパックからお馴染みの宝玉付き円盤を地面に並べていく。準備を終えたら再びルアを抱っこ。
ちなみに準備中ルアは親ガモにくっついて歩く子ガモのように伊織から離れることなく後をついて回っていた。
ふたりの服装は防弾防刃性能に優れる有名なケプラーの2倍の強度と高い耐熱耐火性能を持つ東洋紡社製の高分子高強度PBO繊維ザイロンで作られたモスグリーンのミリタリージャケット&カーゴパンツ姿で、ルアはさらに超高分子量ポリエチレン繊維のボディーアーマーと、同じ素材で作られた帽子を身につけている。
子供が着るには無骨極まる格好なのだが意外にも可愛らしさが際立っていた。
なお、当然の事ながら子供用の防弾着などどこのメーカーも作っていないのでボディーアーマーも含め伊織のお手製である。ルアとしては伊織が自分だけのために作った&伊織とお揃いということですこぶるご機嫌だったりする。子供の体力的に結構重いはずなのだが。ついでに過保護すぎるオッサンの気持ちがそれ以上に重い。
伊織がルアを抱いたまま魔法陣を起動して異空間倉庫を開く。
そして中に入ると次に出てきたときには超大型のフォークリフトに乗って巨大な荷物を運び出していた。
巨大な檻のような物。
公都の別の場所でCH-47チヌークを使って降ろしたのと同じ、いや、それよりもさらに大きなものだ。
檻の幅は30メートルを超え、格子の高さも相当なものだ。
「英太、香澄ちゃん、聞こえるか?
こっちは準備OKだけど、そっちはどうだ?」
『ザザッ…英太っす、こっちも準備完了です』
『こちら香澄・リゼチーム。こっちもOKよ』
「んじゃ始めるか。打ち合わせ通り邪魔が入ったら各自の判断で対応。少しぐらいやり過ぎても構わないが、できる限り人死には避ける方向で」
『『了解』』
檻を設置した後フォークリフトを異空間倉庫に戻して魔法を解除し、檻の中で何やら準備をしてから伊織は無線機で他のメンバーに連絡を取った。
連絡を終えると今度は檻の隅に設置された小屋のようなものの扉を開けて中でゴソゴソ。次に別の場所でまた何やら操作盤をカチャカチャ。
そんなことを続けること数分。
小屋からはブーンという低い音、それに続いて檻の中央に設置された真っ黒な壁のようなものが白く光り出す。
次の瞬間、そこには複数の人物の姿が映し出された。
「なんだ?! あれは、まさか帝都の大主教様か?!」
「なんだアレは! 魔法なのか?!」
国を乱す邪教の徒という噂が広がっているらしい伊織達であるが、それだけに関わりたくないと思いつつも耳目は否応が無く集めている。
そんな伊織がこの広場の中央で得体の知れない魔法を行使し、見たことのない代物を運び込んだのだ。遠巻きにしながらも広場にいた人々の視線は突然映し出された映像に集中する。
『……光神教帝都大聖堂で大主教の地位にあったエリアネル殿で間違いないな?』
『…………そうだ』
『貴殿には帝王陛下の拉致と王族ウイール・レス・ド・アガルタ殿下の暗殺教唆及び国軍による捜査の妨害、捕縛の指揮を執ったオッセル・テト・ド・アガルタ殿下の誘拐未遂の嫌疑が掛けられている。
前の2つの容疑に関しては計画段階及び指示したときの光景が魔法具によって記録されているし後の2つの容疑は現行犯での捕縛となった』
『…………』
『我が帝国はこれまで教会を保護してきているし、貴族も含め国民のほとんどは光神教徒でもある。
貴殿等の行った所行はキーヤ神様の教義を蔑ろにした私欲に塗れたものだ。
大主教という地位にありながら、恥ずべき事だとは思わないのか?』
『……だからなんだというのだ? 我らは光神教の教えを広めるために最も効率のよい方法を執ろうとしただけだ! カタール殿下やウイール殿下が帝国の後継者となれば教会は蔑ろにされる恐れがあった。だからレヴィン殿下を支援しただけだ!
陛下の拉致もウイール殿下の暗殺もレヴィン殿下が望んだこと。我らは乞われたので聖騎士を貸しただけだ。我らが指示したのは殿下達を惑わす異国人を帝国のために排除しようとしただけ。罪に問われる謂われなど無い!』
『むしろ貴殿等がレヴィン殿下を唆して陛下の拉致や殿下の暗殺を指示していたという証拠があるのだが?
それに、光神教の教えを広めるためと言ったが、信徒が教会に寄進した財貨を使って大貴族にも勝る優雅な暮らしをしていたのではないか?
それだけでなく、信徒に対する性強要や暴行、殺害教唆などが光神教大主教セジュー殿を始めとした複数の者からの告発がある。
教会で奉仕に励んでいた敬虔な女性信徒を強引に側付きにした挙げ句、子供を孕むと謂われのない罪を着せて追放したりもしたらしいな。
教義には身を慎ましく、我欲を押さえ、キーヤ神の教えの下に弱き者を助けよとあるはず。貴殿はそれを成していたとでも言うつもりか?』
『っ! 黙れ! 私は聖都より大主教に任じられた高位聖職者なのだ! 信徒を私に奉仕させる事の何が悪い! 財貨を使って優雅な暮らし? 下賤な信徒共には分からぬ苦労をしているのだ。多少の贅沢など当然の権利、むしろ足りぬくらいだ!
いいか? 私は聖都のカリファネス大主教猊下より今の地位を賜ったのだ! 私の意思は神の意志なのだ!』
『光神教で大主教として北部諸国の教会を統括していたブラークス殿。
この度はどのような罪状で捕縛されたのかご理解いただいておりますな?』
『わ、わたしは何も知らん! い、いや、知ってはいるが、全てエリアネル殿に指示されただけだ! 同じ大主教といえど立場はエリアネル殿の方が上なのだ。わたしは嫌だったのだが逆らうことなどできなかった!』
『ほう? では、教会内で他の信徒に強権を振るって女性や稚児を性奴隷にしたり、教会の資産を掠め取って隠し持っていた件はいかがですかな? セジュー大主教猊下や複数の神官からの証言があるのですが』
『な?! そ、それは……』
『貴殿やエリアネル殿、他にも幾人もの高位聖職者が帝都や他の大きな街に大貴族もかくやという屋敷を構え財貨を蓄えているという話もありますな。
確か教義では聖職者は身ひとつで抱えられる以上の財産を持つことを禁じていると聞いておりますが? それに、それほどの資産を持つなら当然行政府への報告が無ければなりませんが、調べてみたところそのような記録はありませんでした。そのことについては?』
『わ、わたしだけじゃない! わたしの前任者も同じ事をしていたのだ! だ、たから……』
広場の中央に設置された壁に映し出されたのは帝都で捕縛されたふたりの大主教を国軍の憲兵が取り調べる様子。
それが精細な映像とクリアな音声で周囲に集まっていた公都の人々に晒される。
それはここだけでなく、公都の他の場所でも同じように流されているのだ。
これはもちろん伊織がしでかした嫌がらせである。
ほぼ全ての人が光神教徒で占められるキーヤ公国の都。
宗教国家において高位聖職者の言葉というのは絶対的な力を持っている。
今回、公都では伊織達の訪問に先んじて光神教の正当性と帝都での出来事の不当が流布されていた。
つまりは全ての出来事は異国の異教徒である伊織達が仕組んだキーヤ神への挑戦であり、光神教を貶めて邪教を広める陰謀なのだと。
敬虔な信徒にとって精神的な支柱である聖職者の言葉は理屈抜きに信じるべきものであり、一旦それが広まってしまうと覆すのは容易ではない。
伊織達にとっては正直一般の信徒が何を信じようがどうでも良いのだが、行政府でのあの対応を見るとこれから何かを公都でしようとすれば公都の民全員が邪魔をしてくる可能性が高い。
そうなっては色々と面倒だし、だからといって住民を虐殺するというわけにもいかない。
そこで伊織が考えたのが、何かに使えるかと思って撮影しておいた捕縛者の取り調べ風景や聖職者が貯め込んだ財貨、暮らしぶりなどの映像を公都民に見せるという手段だ。
伊織はまずH鋼と呼ばれる建物の骨組みに使われる鉄骨を組み合わせて土台を作り、その上に巨大なディスプレイ、三菱電機が製造販売する超大型映像装置オーロラビジョンを設置した。
各地の球場やスタジアム、コンサート会場などで使われるそれは最大で1000インチを優に超える大画面に精細な映像を映し出すことができる。
英太や香澄達に割り当てた画面は16:9の比率でおよそ500インチ。横幅は11メートルある。伊織の設置したものはさらに大きく800インチ、幅18メートル近い。
画面の両側には野外ライブなどで使われる大型スピーカーも固定されており、さらに近くには小屋が作られ中にはディーゼル発電機が置かれている。
そして当然来るであろう妨害を防ぐために周囲をぐるりとまるで檻のように周囲を鉄格子で覆っているというわけだ。天井部分はオープンになってはいるが格子の高さは10メートル近くそうそう登ることはできないだろう。
出入りできる場所は電子錠が掛けられているので伊織以外開けることもできない。
檻の中は比較的安全だということでルアは地面に下りてはいるが何故か置いてある樹脂製のガーデンテーブルセットの椅子に腰掛けて作業を終えて暇になった伊織と一緒にペットボトルの100%オレンジジュースを飲んでいる。
さすがにスピーカーのそばなので煩いのか耳をすっぽりと覆うイヤープロテクターをつけているが、ニコニコと機嫌良くタブレットを伊織と覗き込んでいる光景は庭先でのんびりとしている親子のようだ。
檻の外側で騒然としながら巨大画面を見ている周囲との温度差が酷い。
「あれは本当に帝都の主教達なのか? どういうことなんだよ」
「嘘だろ? 異教の魔法なんじゃないのか?」
「聞いてた話とまったく……どういうこと?」
「ふ、ふん。邪教の怪しげな魔法に騙されてたまるか! あんなのは嘘に決まってる」
「け、けど、あれは確かにエリアネル様だぞ。帝都でお目にかかったことがあるんだ」
エリアネルやブラークスに続いて他の高位聖職者達の取り調べ風景が流れる。
反応は様々ながら見ている者達は皆食い入るようにその映像を見つめ、流れてくる声に耳を傾けている。
映し出される映像に対する反応は様々だがそれ自体は想定内だ。
普通に考えて異国人であり光神教徒でもない伊織達が何を言ったところでそうそう信用などされるはずがない。
今流れている映像にしてもこのような技術を聞いたこともない人達からすれば怪しいだけでとても信じられないだろう。
むしろ最初から信じられないとばかりに無視する可能性の方が高かったのに多くの人が集まってきていることは想定以上といって良いだろう。
高位聖職者だけあって公都の住人達の中には顔を見知っている者も多いし、巡礼者で実際に間近で会ったことがある者もいるに違いない。
そんな者達からすれば映し出された大主教達は本物としか思えなかったし、語られる供述は思い当たる部分もあるだろう。
伊織の狙いは映像を信じさせることではなく、疑惑の種をばらまく事だ。
盲目的に教会を信じて公都が一丸となって抵抗されると厄介だが、わずかでも教会の言うことに疑問を感じる者が増えれば自分達に直接的な害がでない限り傍観に転じる者も出てくる。
それを教会が大人しく見ているはずがなく必ず何らかの行動を執ってくるだろう。
宗教指導者が最も嫌うのは権威を傷つけられることだ。
元々宗教というのは特定の神を教義という形で権威付け、世俗の利益を絡めて発展していくもの。その権威を体現するのが総大主教のような指導者であり高位聖職者達だ。だからこそ指導者達の醜聞が広まるのはなんとしてでも避けなければならない。
信仰の対象である神や教義に対する攻撃ならば何を言われようがどのような証拠があろうが信徒は対抗することができるだろうが、指導者自身が教義に反しているとなれば指導者達の言葉の価値は地に落ちてしまうのだ。
「これはなんの騒ぎだ! 神聖なる大聖堂の前になんのつもりでこのような物を持ちだした!」
広場の騒動が徐々に大きくなり、それまでは伊織に関わるのを避けるためか様子を見守るだけだった聖騎士達が動き出した。
檻のすぐ外で伊織に向かって怒鳴るひとりの聖騎士。昨日伊織達を行政府まで案内した男のようだ。
他の聖騎士達は『異教徒の怪しげな術に惑わされるな! 帝都の大主教が教義に反することなどあり得ない!』などと大声で叫びながら周囲の者達を引き離しにかかっている。
「貴様、どういうつもりだ! 誰の許可を経てこの広場でこのような真似をしている! 帝王陛下の勅使であろうと勝手な真似は許されんぞ!!」
口角泡を飛ばすとはこの男のような様子のことだろう。
射殺さんばかりに伊織を睨み付けながら強い調子で詰問する聖騎士の男。
「なに、どうやら公国には正しい情報が伝わっていない様子だからな。実際に捕縛された光神教のお偉方の取り調べの様子を公都の市民に知ってもらおうとしているだけだが?
それと帝都の高位聖職者達がどこでどんな暮らしをしているのか、どんな理由でどのような罪に問われているのかを知らせるのは国の義務だろう?
自治権を持っているとはいっても公国は帝国の一部だし、住んでいるのも帝国の民だ。何が起きたのかを知る権利があるし、異論があるならその根拠と証拠を持って帝国の司法府に異議を申し立てることもできる。
そのための情報開示だが、何か問題があるとでも?」
怒鳴り散らす男の方にルアを抱き上げて近づいた伊織が面倒そうな口調と表情でのほほんと言い返す。
「だいたい、商売をしているわけでもないのに広場で何をしようが別にとやかくいわれる筋合いはないだろ?
念のため公国の法も確認したけど、領主である総大主教猊下への誹謗中傷も光神教への批判もしていないから違法でもない。
そもそも帝王の勅使は公国の法には縛られないと公国に自治権を認めた際に通達されているはずだ。
逆にアンタらは何の権限があって俺達に文句を言ってるんだ?」
あくまで淡々と返す伊織。
腕の中のルアは檻の中に居ることやイヤープロテクターで男の言葉がほとんど聞こえていないこと、最も信頼する伊織の腕の中に居ることなどで実に落ち着いたものだ。もっとも男の顔は恐いようで伊織の肩に顔を押し付けて見ないようにしているが。
「な、ぐ、こ、この……」
伊織の正論に二の句が継げない聖騎士の男。
実際に聖騎士、いや公国の高官であっても伊織の行動を咎めることは難しい。
咎めるだけの法的な根拠はないし、伊織の言うように教会に批判的な演説などをしているわけではない。
情報開示と言われればそれまでだし、仮に公文書などで真実を開示したとしてもその程度なら教会の威光と信頼で否定することも逆に異国人達に帝王が操られているなどと言い立てることもできる。
こんな誰もが見られるようにその時の光景を記録して映し出すことができるなどとは想像すらしたことがないのだから対処しようがないのだ。
もちろんこの映像自体が邪教の術の産物であると批判することはできるだろうが、本物としか思えない人物達を都合の良いように操ってこのような形で見せる魔法など聞いたことがある者が居ないのだから信徒達が本当に信じるかわからないのだ。
それに仮に急いで法を作って広場で映像を流すことを禁止したとしても、伊織の言うようにその法は伊織達には適用されないのだから意味がない。
「まぁ夕方になったら近所迷惑だからな、綺麗に後片付けして撤収するから心配すんな。
あ、一応言っておくが、俺達が持ち込んだ物を勝手に壊そうとしたら容赦なく反撃するからな。“帝国の法”の根拠もなく勅使の持ちものに手を出す行為は盗賊や無法者に対するのと同じ対応をさせてもらう。それが誰であってもだ。
それと、今日だけじゃ公都の住民全員に情報開示するのは難しいからこの広場でも他の場所でも何日かするつもりだからしばらくは騒がしいかもしれないが、そこんとこヨロシク!」
「な?! まだ続けるつもりか!!」
言うだけ言ってさっさと踵を返した伊織を聖騎士の男が止めようと腕を伸ばすが、格子の向こうまで届くわけもなく愕然とした男が取り残される。
「異教徒が、とっとと国に帰りやがれ!」
背を向ける伊織に、街の住民のひとり、壮年の男が怒声を浴びせ、どこから持ってきたのか拳大の石を投げつける。が、それが伊織に届くことなどあるはずもなく、
タタンッ!!
「ギャッ!? い、痛ぇっ! 腕が、腕がぁぁぁ!!」
振り向きざまに抜かれたP320-X5の9mm×19パラベラム弾が石を弾き飛ばし、次の瞬間には投げた男の腕を撃ち貫いていた。
まさかそんな離れた場所から反撃されるなど想像もしていなかったのだろう。痛みと恐怖で顔を歪ませながら地面を這うように必死になって檻から離れていく。
周囲にいた聖騎士達の顔も似たようなものだ。
彼等は男が石を手にしたときも投げようとしたときもすぐ側にいながら制止しようとする様子を見せなかった。むしろ応援すらしていたのだろう。
伊織の立場が宗主国である帝国の勅使である以上、聖騎士や神官が手を出すのは大問題になる。だが一般市民が危害を加えたとしても犯人を捕まえて処罰したという体裁を整えれば問題を有耶無耶にすることもできると考えたのだろう。
だが伊織は躊躇することなく反撃した。それも離れた場所から、場合によってはいつでも殺せると証明するかのように。
先に危害を加えようとしたのは住民の方であり、事前に無法者と同じように対応すると警告まで出されている以上、伊織を責めることはできない。
聖騎士達にできるのはせいぜい広場に来る住民や巡礼者を遠ざけ、映像を見せないようにすることくらいなのだが、それすらも広場に近づいただけでも目に入るほどの巨大な映像と広場隅々まで響き渡る音声によってほとんど効果は無い。
結局、聖騎士達は、それから報告を受けて抗議に来た行政府の役人達も、6の鐘が鳴って伊織が巨大な檻共々映像装置を撤去するまでの間、苦々しげに睨み付けるのが精一杯だった。
もっとも、伊織はそんなことはどこ吹く風だったし、ルアですら慣れてしまってほとんど気にすることはなかったのだが。
「ったく、本当にえげつねぇことするよなぁ、アンタらは」
「だが効果的なのは確かだ。俺達が情報収集している間も日に日に住民達の態度が変わっていったからな」
「そりゃそうだろうさ。毎日毎日公都のあちこちで捕まった高位聖職者の供述や貯め込んだ財産の姿を見せられりゃどんな阿呆でも教会に疑問を持つだろうよ」
1週間後、礼拝を終えた巡礼者に扮して公都を抜け出したジーヴェトとセッタは伊織達のシェルター住宅に戻ってきていた。
まずはゆっくりと食事を、ということで伊織の用意したバーモ○トカレー(中辛)を肴にビールで喉を潤したふたりは、伊織達のした悪辣な(教会にとって)暴露に苦笑いだ。
初日から2日ほどは伊織だけでなく英太や香澄&リゼロッドの方も聖騎士や役人、狂信的な信徒からの妨害を受けた。
だが全ての場所であっさりと撃退し、元大主教達や高位神官の供述風景だけでなく隠し持っていた財産や住んでいた屋敷などの映像、さらに公国を除いて唯一の大主教であり公都の住民もその為人をよく知るセジューが近年のサティアス派の状況を赤裸々に語り、伊織達を『キーヤ神の御手で遣わされたのかもしれない』と語った映像も流された。
もちろんビデオカメラなどという存在を知らないこの世界の住人達である。
完全に信じることなどできるはずもないのだが、人間というものは繰り返し何度も同じ映像を見ていると徐々に違和感を感じなくなり信じやすくなる生き物だ。
まして実際に教会が清廉潔白でない以上、少しずつ疑惑の種は芽吹いていきどちらが正しいかわからないといった印象を持つ者が確実に増えていったのだ。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、教会側は以降の妨害はしてきていない。
躍起になって妨害しようとすれば映像が真実であると住民や巡礼者達に思われかねず、指をくわえてみていることしかできなかったというわけである。
「まぁ単なる嫌がらせでしかないし、俺達の目的とは直接関係ないんだがそろそろあちらさんも痺れを切らす頃だろ。何か仕掛けてきたらその時は盛大に歓迎するさ。
んで?
いまだに姿を現さない大主教と総大主教の事、何か分かったか?
そっち方面は俺達はまったく収穫無かったんでちょっと期待してるんだが」
「そもそも聞き込みとかしてる余裕無かったっすからね」
「っていうか、ここ数日、目が合っただけで悲鳴上げて逃げられるんだけど、失礼すぎるわよね?」
「悲鳴上げるって、いったい何したんだよ。
……まぁいいや。
正直あんまり期待されても困るって感じなんだよな。どうにも胡散臭いもんばかりでよ。
総大主教に関してはほとんど何も分からなかったよ。
とにかく先代の領主であり総大主教が死んでからどんな奴が跡を継いだのか、住人も巡礼者もほとんど知られてないらしい。知っているのは名前だけで顔も歳も分かってない。なにしろ一度も公の場に現れてないらしいからな」
ジーヴェトはそう言って肩を竦める。
それに対して英太と香澄は顔を見合わせた。
「総大主教って公国の王様と兼任なんでしょ? 一度も姿を現さないって、そんなことできるのか?」
「代わりにカリファネス大主教が公王の仕事を全て行っているらしいな。もちろん教会の儀式なんかも同じだ。
知人の話では一部に後継者は既に死んでいて代わりを探している、なんて噂も流れているらしい」
「うっわぁ、ドロドロの陰謀劇っぽい」
「まぁなぁ、俺はできれば関わりたくないね。
んでだ。
そのカリファネス大主教なんだが、噂によると『不老不死』なんだとよ。
この大主教、その地位に就いてから既に30年以上経ってるらしいんだが、姿がまったく変わってないんだと。
週に一度の礼拝には必ず姿を現してるから別人が入れ替わってるわけでもないって話だな。
他にも今にも死にそうな病人を手をかざしただけで治したり、大勢の信徒の前で宙に浮いたり色々と奇跡を見せてるらしい。
どこまで本当かは知らないが、ただ者じゃないってのだけは確かだろうよ」
「俺の方は大聖堂に関して調べてきた。
今の公都の大聖堂は、実は神官や見習い神官がそれほど居ないらしい。
運び込まれる食料を考えると聖騎士達を含めても400人程度だ」
「……帝都の大聖堂って何人ぐらい居たっけ?」
「帝都は大聖堂だけで1000人越えてるよ。聖騎士除いてな。住み込みの奉仕をする信徒を合わせたら2000人近いんじゃなかったか?」
「どうやら年々少なくなっているらしい。
もちろん総本山の大聖堂だから神官を志望する者や奉仕活動をしたいと願う信徒は多いんだが、その選別は大主教とふたりの主教が直々に行っている。
それでも月に20名ほどは大聖堂に迎え入れられている、らしいんだが……」
「その割には納入される食料は増えていない、ってことか?」
言い淀んだセッタに伊織が何やら思案しながら確認する。
「他にも大聖堂で神官見習いとして働くことが決まった少年の家族が何年も里帰りや便りがないことを気にして大聖堂を訪ねたところ、その少年は南部の国に派遣されたと回答があったが、結局未だに連絡が取れないままだとか。似たような話がいくつもあるらしい」
「うわぁ、まるでエリザベート・バートリーの屋敷じゃん」
嫌そうに顔を歪める英太。
似たような表情をしていた香澄だったが、話を聞いていた伊織の気配が変わっているのに気付いて声を掛ける。
「伊織さん?」
「いや、何でもない。
それよりもどうやらお客さんのようだ」
その伊織の言葉の直後、電子音が響きリビングに設置されていたモニターのひとつにシェルター住宅に近づく数人の姿が映し出された。
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