第67話 教会本拠地の洗礼

「お~っ! 結構賑わってんなぁ」

「そうっすねぇ。けど、みんながみんな光神教のローブ? 法衣? を着てるってのはちょっと変な感じですけど」

「何かちょっと気味悪いわね、映画か何かの演出みたい」

 公都の通りをゆっくりとした速度で行く車の中でそんな会話を交わしているのは伊織、英太、香澄の日本人トリオである。車内に他の4人の姿は無い。

 車両も公都近くまで乗ってきたコブラではなく、久々のジープラングラー・ルビコンだ。

 

 大胆で傍若無人な行動の一方、常に十分な準備を心掛けるオッサンだが今回の公国訪問は事前の情報収集があまりできていない。

 一応セジュー大主教やルアエタムなどには色々聞いてきてはいるものの、2人とも公国を離れてそれなり以上の期間が経過しているし、帝都での騒動から10日以上経っているので経緯や伊織達に関する情報も教会の本拠地である公国に伝わっていることは想像に難くない。

 なので不測の事態が起きた場合に強引に突破できる異世界3人組が公都に入り、リゼロッドとルア、それから光神教の聖騎士2人には公都から少し離れた場所にあの要塞じみた地上設置型シェルター住宅を設置して待機してもらっている。

 

 ルアは伊織と離れることを渋ったが、ルアを“悪魔の落とし子”などと罵った教会の本拠地である。

 聖職者だけでなく狂信的な信者がどのような態度をルアに向けるか分からないのでこれ以上少女を傷つけるつもりが毛の先ほどもない伊織がなんとか言いきかせたのだ。

 シェルター住宅は最初に伊織とルアが過ごす事になった場所だし娯楽も山ほど用意されている。

 この世界の人間が破壊することなど不可能なほど堅牢で、鍵を持っていなければ入ることも出ることもできないので抜け出す心配もない。

 ある意味監禁されているのに近いがリゼロッドには予備の鍵が保管されている場所と開け方を教えてあるし十分すぎるほどの水と食料が準備されているので問題ないだろう。念には念を入れてコブラもシェルターの前に置いてある。

 傍若無人で“無法天に通ず”を地でいく某傾奇者のような伊織ではあるが、基本的に身内に対しては少々過剰と言えるほどに過保護なのだ。

 そうして二手に分かれた伊織達は比較的小回りの利くラングラー・ルビコンに乗って3人で公都に入ったというわけである。

 

 キーヤ公国は帝国の東部に位置する自治領である。

 ほぼ完全に近い自治権を持ってはいるが一応は帝国の版図であり、独自の外交権までは持っていない。

 というよりは、北、西、南の3方を帝国に、東は山岳地帯とその裾野に広がる未開の森という立地なので他国と国境を接していないためそもそも外交権が必要になることがほとんど無いのだ。

 その一方で帝国に対して租税を納め、帝王の命令には服するという臣下としての立場を堅持することで帝国内で特別な地位を維持している。

 君主である大公は世襲、公国内の人事権も全て大公が担っており帝国の干渉を受けないことになっているし、帝王の名で特別に設けられた法以外は独自の立法・司法権も有している。

 

 領地の面積は帝国の他の貴族達よりも大きいとはいえ日本で言えば大阪市やさいたま市と同じくらいであり、中心である公都以外に街と呼べる規模のものは無く、数十の農村がある程度でしかない。

 ただ帝国の中心部を貫いて流れる大河の上流に位置し、山から流れ込む清流と豊富な地下水で水は豊富だ。

 人口は公都に定住している者で約1万人程度。公国全土でも3万人に満たない。

 ただし、大陸西部地域で最大宗教の総本山であるため、光神教発祥の地であり聖地と見なされている大聖堂を巡礼するために常に信徒が訪れており、公都は基の人口の5倍以上の人が溢れている。

 産業はやはり信徒を相手にした宿屋や小売り、それに大陸西部地域全域に販売している魔法道具の製造が中心だ。

 そのため資金は過剰なほどに潤沢であり、辛うじて自足できる程度の農産物は栽培しているものの物資のほとんどは帝国からの輸入に頼っている。

 それでもなお十分すぎる利益が残るが国民に還元されることはなく教会に貯め込まれているという話だ。

 

 上記の理由によって栄えている公都だが、当然の事ながらこの街にいる者達はほぼ全員が敬虔な、いや、熱狂的な光神教徒で占められており、街ゆく人々のほとんどが教会の信者を表すローブを身に纏い、商売をしている店で働いている者も光神教の護符などを身につけている。

 そんな中に、獣が牽くことなく進む異様な荷車が目立たないはずがない。

 しかし公都の人達、特にこの街に定住していると思われる露店の店員や通り脇で談笑していた人達の態度は予想していたのとは違うものだった。

 巡礼者と思われる者の大部分はルビコンを見ると驚いた表情を見せてから恐れるように距離を取ろうとする。

 ところが街の住人や巡礼者の一部はまるで見てはいけないものを見たかのように顔を背けそれきり見ようとはしなかった。それに表情も恐怖と怒りが混ざったような複雑なものだ。

 明らかに生まれて初めて見る自動車や見たことのない服装の伊織達に向ける得体の知れないものに遭遇したといったものではない。

 

「何か変な雰囲気じゃないっすか?」

「そうね。単純にこの車に驚いてるってだけじゃないみたい」

「まぁ、教会の大主教だかが捕まってそれなりに時間が経ってるからな。情報がここまで伝わってても不思議じゃないだろ」

 街の雰囲気に眉を顰めた英太と香澄に、伊織はなんでもないように返す。いやむしろ少し楽しそうですらある。

「とりあえず色々と確かめてみるとしよう」

 伊織はそう言うと、おもむろにルビコンを止めて通りに並んでいた露店のひとつに向かう。

 

 露店、というか屋台で売られているのは串焼きの肉らしき物だ。

「3つもらえるか?」

「………………」

 愛想よく笑みを浮かべながら店主と思われる男に声を掛けるも聞こえていないかのようにガン無視と決め込まれる。

 気付いていないはずはない。

 伊織が近づいた途端、店の近くに居たローブ姿の者達は逃げるように距離を取ったし、伊織が声を掛けた瞬間ビクリと肩を振るわせたくらいだ。

 

「へんじがない。ただの しかばね のようだ」

「絶対にこっちの世界の人が理解できないネタ振ってどうすんですか」

「いや、いっぺん言ってみたくてな。

 さて、こうまで見事に無視されると逆に面白いな。どこまでスルーできるか試してみるのも良いが。

 とりあえずくすぐってみるか? それか懐かしの電気アンマとか?」

 ツッコミを入れる英太に、伊織がニヤニヤしながら腕組みをして思案する。

 そこに後を追って車を降りてきた香澄がより過激な提案をしてきた。

「……屋台に火でも着けてみる?」

「ちょ、香澄?!」

「私、こういう陰湿な嫌がらせする人って大っ嫌いなの。正面切って自分の意見を言う度胸もひとりで何かするだけの信念も無いくせに他人を貶めて悦に浸るだけの卑怯者じゃない」

 過去に何かあったのだろうか、香澄が吐き捨てるように言った。

 優秀で見た目も美少女なJKなので同性からのやっかみだとか色々あったのかもしれない。

 

「アンタ達に売る物なんかない。帰ってくれ」

 さすがに卑怯者呼ばわりは心外だったのか、店主の男は相変わらず目を合わせることなく呟くように言う。声音には嫌悪と共に怯えるような響きを含んでいた。

 もしかしたら本当に火でも着けられたら堪ったもんじゃないと思ったのかもしれない。

「へぇ? ほかの連中も同じ考えなのか?」

 伊織が周囲の露店にも聞こえるように声を張り上げると露骨にそっぽ向いたり隠れるように店から離れる者ばかりだった。

 それを見て伊織は大袈裟に肩を竦める。

「まっいいか。小腹が空いた程度で屋台壊したり店主殺したりするわけにもいかないしな。まぁ、機会があったら喰わせてくれや」

 伊織はさほど気にした様子もなく英太と香澄を促して車に戻る。

 

「なんか、凄っげぇ俺達嫌われてるっぽいっすね」

「教会の幹部が何人も捕まったし“せー騎士”もボロボロにしたからなぁ、主に香澄ちゃんが。それが伝わってりゃぁ不思議でもないかもな」

「ちょっと! 一番やらかしてる伊織さんに言われるのは嫌過ぎ!」

「まぁ何にしても、こういったのが宗教の面倒なところだな。基本的に自分の頭で考えることをしないで権威のある奴が言ったことを真に受けて流されるからな」

 ある程度はこの状況を予想していたのだろう、伊織の口調に困ったような気配は無い。

 

 そもそも、今回伊織達が公国を訪れた目的は究極的には教会の保有する資料の閲覧であるが、表向きは教会の最高幹部である大主教という任にある者が王族の暗殺と帝王の拉致という反逆に関わった件で『帝王の勅命による公国の光神教教会本部への査察』を伊織に依頼した、というものだ。

 本来なら王族を含む査察団とその護衛と必要に応じた強制執行のために騎士団が派遣されることになるのだろうが、現状では騒動の後始末も終わっておらず派遣どころではない。

 しかしあまり日を置けば教会にとって不都合な資料を破棄される恐れがある。そこで伊織達が先行して公国に対し調査を行うことになったというわけだ。

 最初にこれを提案したとき、第1王子であり実質的に帝王の代理として執務にあたっていたカタールは難色を示した。

 帝国内の事柄を異国人である伊織達にこれ以上掻き回されたくなかったのだろうが、結局伊織の『んじゃこっちで勝手にやる』という言葉に慌てて許可をしたという経緯だ。

 

 確かに公国には自治権が帝国によって保証されているが、事が王族の暗殺という重大事件である以上、形式上帝国の領土である公国も帝王の命令には背くことができない。というか、他国ならば間違いなく戦争に突入するような案件である。

 いくら扱いが難しい場所だとはいえ放置しておくことなどできないし、カタールとしても教会の弱体化と帝国の権力層との切り離しは望むところ。

 一切行動の予測やコントロールができない伊織達に任せるのが不安9割とはいえ、親しいように見えるウイールが宰相を務めることが決まった以上そう悪い事態にはしないだろうという希望的観測の下、調査権と裁量権を認めた勅令詔書を渡したのだった。

 とりあえずは伊織達によって調査と証拠保全を行い、後日正式な調査団が詳細な調査が行われることになっている。

 事情が事情なだけに先触れの使者などは出さず抜き打ちでの訪問となっていたのだが帝国の王宮内にはいまだ大勢の光神教徒が働いているし、その中にはサティアス派や公国に送り込まれた間諜紛いの者もいるだろう。

 だから事前に伊織達の存在やその特徴などが公国に伝えられていても不思議ではない。

 

 これ以上公都をうろついていても情報収集などできないと見切りをつけた伊織達は大人しく予定通り公都の行政府に向かうことにした。

 前述した通り、公都の中心部には光神教の本部である大聖堂があるのだが、ここは政治と宗教が一体となった公国である。聖堂の敷地内に領主である大公の邸宅や行政府などの官庁も配置されている。

 通りを真っ直ぐ進んだ伊織達は聖堂の大きな門の前、それもど真ん中にルビコンを駐めると大きく開け放たれていた門から中に入る。

 と、すぐに甲冑姿の聖騎士10数人が走り寄って来て行く手を塞ぐ。

 

「ま、待て! 信徒ではない者を入れるわけにいかん! 神聖なる大聖堂に何の用だ!!」

 伊織達3人の前に扇形に広がって立ちふさがる聖騎士達。

 だがその表情には困惑と、それ以上に恐れがありありと浮かんでいる。おそらくはコットラの街郊外で2000もの聖騎士が壊滅させられたことを知っているのだろう。

「帝都より帝王の勅令を受けて査察に来た。行政府に行くので道を空けてもらおう」

 伊織が勅令詔書を広げて見せながらそのまま歩を進める。

 それに合わせるように立ちふさがった状態のまま後退する聖騎士達。

 

「こ、公国は帝王より司法権が認められている! たとえ帝国の者であっても勝手をさせるわけにはいかん!」

「帝王の勅令に関しては自治権も司法権も除外されている。……今日のところは行政府に勅令を伝えるだけだ。どうしても拒むなら実力行使するしかないが?」

 その言葉と同時に英太は腰に差した刀の柄に手をかけ、香澄は肩に掛けていたM4カービンを下ろして腰ために抱える。

「……わかった。行政府の窓口まで案内する」

 中央で伊織に声を張り上げていた指揮官と思しき男が数瞬の逡巡の後、渋々といった体で呻くように了承する。

 そしてようやく行く手が開かれたが聖騎士達は手にした短槍を構えたまま一定の距離を取って伊織達を囲むのを止めようとはしない。

 伊織も特に気にした風もなく先に立った男の後に続いた。

 

 数百メートルほど進むと巨大な聖堂が正面に見えてくる。その手前、左右にある建物の左側が行政府の建物となっているらしく、聖騎士の男は伊織達を気にしながらその建物の扉を開け、そのまま中に入っていった。

 続いて伊織、香澄、英太の順で入る。

 中は正面にカウンターがあり、その手前にはいくつかの椅子が置かれている。現代の役所と比べてもそれほど違和感の無い造りのようだ。

 伊織がカウンターに目を向けたとき、聖騎士の男が内側にいた役人らしき男に何やら耳打ちをしている様子だった。

 だがそれに構うことなく伊織はカウンターの前に進み出ると、聖騎士達にしたのと同じように勅令詔書を広げてみせる。

 

「先日帝国において光神教の大主教ふたりが王族の殺害と帝王の拉致に関わった廉で捕縛された。調べの結果光神教会の組織的な関与が明らかになったため、総本山であるキーヤ公国の大聖堂の査察が決定された。

 帝王の勅命である。

 真実を明らかにするために光神教の運営に関わる全ての資料の提出と調査の協力を要求する」

「………………」

 帰ってきた答えは沈黙。

 突然の事に戸惑うでも驚くでもなく、咄嗟に言葉が出ないというわけでもない。かといって露店の店主のような無視でもなく、視線は伊織に向けたまま無言を貫いていた。

 

「へんじがな…」

「だから通じないネタを繰り返そうとしない!」

 英太の再度のツッコミに苦笑いで応じる伊織。

「まぁいいや。返答がどうであれやることは変わらないしな。

 それで? 協力してもらえるのかな? 自治権があるとはいっても今でも公国が帝国の属領であるのは確かだし、勅令と特別に定められた法に従う義務があると聞いているが?」

「……大主教猊下にお伺いをたてますのでお時間をいただきます。改めてお越しくださいませ」

 伊織の問いに能面のような無表情で応じる役人。

 帝王から勅命を受けた者を前に自らが所属する教会の大主教を敬称をつけて呼び、一方的に出直すように要求した。とても属領の役人の態度とは思えない。

 

「へぇ? 出直してこいときたか。ひとつ聞くが、大主教や大公に対しても強制的に従わせることもできるんだが、それは理解しているか?」

「大主教猊下は現在キーヤ神への祈りを行っている最中でございます。いかなる理由があろうとそれを妨げる事は許されません。

 それでもと申されるなら我らはいかなる犠牲を払おうとも立ち塞がらせていただきます。

 異教徒である貴公等が非道な手段をもって聖騎士達を蹂躙した事は聞き及んでおりますので敵うなどと己惚れてはおりませんが、我が公国の、いえ敬虔なる光神教徒はこの身をうち捨てて殉じましょう」

 まるで酔っているかのように役人が高らかに宣言すると、行政府の建物内にいた者達が一斉に立ち上がり伊織達に鋭い視線を向ける。

 

 チャキ

 ジャッキン

 英太が刀の鯉口を切り、香澄はM4のコッキングハンドルを引いて初弾を薬室チャンバーに送り込む。いつでも撃てるようにだ。

 行政府の役人達、それからいつの間にか入ってきていた聖騎士達の一種異様な雰囲気に英太と香澄の顔にも緊張が走る。人数や力量から考えて負けるとは思わないがそれでも非戦闘員を相手に大立ち回りを演じたいとは思っていないのだが襲われれば応戦しないわけにはいかない。

 まさに一触即発の状況だが、その空気は伊織の場を弁えないのんびりとした声でかき消される。

 

「んじゃ一先ず帰るわ。大主教だか総大主教だかにまた来るって伝えておいてくれ」

「え?! ちょ、良いんすか?」

「だってアイツらマジっぽいじゃん。いちいち相手するの面倒だしな」

 伊織はそう言い置いてさっさと行政府の入口を出ていく。

 英太と香澄は驚くが、役人や聖騎士達はもっと困惑しているらしい。一様に口をポカンと開けて伊織と、その後を警戒しつつも慌てて追いかけていった英太と香澄が通り抜けた扉を見続けていた。

 

 

 

「そう、ですか。やはり公都の市民には大主教の命令が行き届いているのでしょう。公国にいるのは敬虔な信者ばかりですから大主教の言葉を疑う者など誰もいないでしょうし」

「確かに公国の信徒ってのは他の連中とは違って融通が利かない奴等ばっかりだからな」

「お前みたいに信仰心が薄い奴から見ればそうだろうな」

「うるせぇよ。俺から見たらてめぇらセジュー派だって似たようなもんだよ。幸せに生きるために神の教えに従うってのに高位聖職者のために犠牲になって何の意味があるんだ?」


 行政府を出た伊織達は再びルビコンに乗り込み、公都内のあちこちを走り回った後、そのままルア達が待つシェルター住宅に戻った。

 そして食事を摂りながら香澄が簡単に公都での出来事を説明したのだ。

 思いの外早く戻ったことにルアは喜び、今は伊織の膝の上でアイスクリームを口にしながらご満悦だ。

 そんな、置かれている状況は決して芳しくないのにのんびりとした雰囲気の中で、場の空気に流されないくそ真面目なセッタが腕組みしながら難しい顔をする。

 その向かい側ではジーヴェトが檜の木枡に入った純米酒をチビチビと美味そうに飲んでいる。

 リゼロッドの好奇心によって散々聞き取り調査に付き合わされていたふたりだったが、光神教徒とはいえ割と適当で世慣れしているジーヴェトとは相性がよかったらしく時折一緒に酒を飲んでいるようだ。多分その時に呑んだくれ美女に教わったのだろう、最近ではすっかり気に入ってこればかり飲んでいる。

 

「いまいち最後の大主教とやらの為人が読めないんだよなぁ。

 セジューの爺さんと同じくらいの期間教会に勤めてるらしいが、滅多に人前に姿を現さないって話だし。

 まぁいざとなれば強引に突っ込むのも手ではあるんだけど、そればかりというのも芸がないし自棄になって大聖堂ごと自爆とかされても困るからなぁ。貴重な資料が瓦礫の下に、とかマジ勘弁」

 そろそろ帝国は冬が到来しそうな頃だというのに温かい部屋の中でキンキンに冷えた生ビールをジョッキでゴッゴッゴッと喉を鳴らして飲む傍ら枝豆を食い散らかしながら伊織が溢す。

 ここに到っても方針が決まっていないのは実に珍しい。

 

「イオリ殿、我々ならば巡礼者として怪しまれずに公都に入ることが出来ると思う。カリファネス大主教と公都の教会に関して情報収集をしようと思うのだが」

「ちょっと待て、我々ってのは俺も入ってるのか?!」

「当然だろう。何のためにイオリ殿に付いてきたと思ってるんだ? 異国の珍しい酒や食い物を好きなだけ堪能してるんだからたまには役に立つが良い」

「いや帝都の大聖堂でも働いてるし! 俺だって裏切り者とか言われながら情報提供とかしてるだろ!」

「とにかく、セジュー様から何人かの信用できる聖職者の名は聞いているし、セジュー派の信徒もそれなりにいるはず。ここにいてもできる仕事は無いし少しでも教会を良い状態にするためにはイオリ殿に協力するのが良いと判断した」

「チッ! 分かった分かった。何人かの知り合いが公都にいるはずだから俺も動いてみるさ。けどヤバいと思ったら深入りはしねぇからな!」

 真面目くさった顔で言うセッタを不満げな目で睨みながら結局ジーヴェトも協力を申し出ることになった。

 さすがに人の視線を嫌ってこのところろくに外にも出ずにグータラしているのに罪悪感があったらしい。

 

 

 

 翌日、巡礼者らしく生成りの法衣に身を包んだセッタとジーヴェトは早朝にシェルター住宅を出て行った。

 大回りで森を抜けて街道に出た後、他の巡礼者に紛れ込んで公都に入る予定だ。

 ふたりが公都で情報を集めて戻ってくるまでにはそれなりの期間が必要だろう。

 宿泊やその他の必要経費を含めて結構な金を持たせているので変に深入りしない限りは安全に動けるはずだ。

 とはいえ、伊織にそれを大人しく待つなどという慎み深さなどあるはずもない。

 

 セッタ達を見送った伊織はそのままシェルター住宅の脇で異空間倉庫を開き、中からコマツ社製20t大型フォークリフトで大量の鉄骨や鉄パイプを運び出した。

 そして産業用大型発電機やアーク溶接機、金属用チップソーカッターなども準備。

 おもむろに地面に鉄骨を並べてからいつの間に準備していたのか図面を開いて何やら作り始める。

「お~い英太も手伝ってくれ。溶接も教えてやるから」

 当然英太達も巻き込まれる。

「いいっすけど、何作るんです?」

「私も手伝うわ。ルアちゃんはリゼさんが見てくれてるし」

 何を始めるのか興味津々な高校生コンビに伊織は喜々として説明を始めた。

 どうやら公国挙げての妨害に対抗する手段を考えたらしい。

 説明を聞いた若人ふたりの顔もいつしかオッサンと同じ人の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

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