第66話 帝国王子会議

 広大な帝宮内には当然の事ながら庭園というものがある。

 といっても、以前にも紹介したが質実剛健の気質が強い、というよりも侵略戦争ばかりしていて文化面での発展が遅れまくっている帝国はわざわざ少なくない資金を使ってまで帝宮を華やかに飾り立てるという発想自体がない。

 帝宮を美しく飾りそれを保つというのは外交手段としてもそれなりの効果を持つものだが現在のところそこまで精神性が醸成されていないのだろう。

 ただそうはいっても帝宮は帝国の顔であることは同じなのでそれなりに整えられた樹木や生け垣などは整備されており、その中央には水路と四阿のようなガゼボが建てられていた。

 

「すまん、遅くなったか?」

「兄上、お待たせして申し訳ありません」

 第2王子オッセルと第5王子ウイールが連れ立ってそのカゼボを訪れたのはアルグラッド子爵領コットラへの襲撃未遂と光神教帝都大聖堂での逮捕劇から10日後の事だ。

「いや、指定した時間まではまだある。こちらこそ呼び立ててすまなかった」

 そう応じたのは帝国の第1王子にして後継者候補筆頭であるカタール・セラ・ド・アガルタだ。

 

 カタールは実質的に王太子として太子宮に居を構え、帝国の王族が行うべき公務の大半を担っている。だから立場としては他の王族に対して呼び出したり権限の範囲内で命令を下すこともできる。

 だが現帝王の発言を発端に後継者争いが勃発したため帝位継承権者同士が顔を合わせることは極端に減ったし迂闊に何かを命令することもできなくなった。他の継承権者や貴族達に疑心を抱かせることになりかねないからだ。

 そして、有力な候補者であったレヴィンとレビテンスがウイールの殺害と帝王の拉致を企てて拘束され後継者争いから脱落した現在であってもこの3人が帝位を巡ってのライバルであるという状況に変わりはない。

 そんな中で候補者筆頭であるカタールがウイールとオッセルをこの場に呼びだしたのだ。

 

 しかし指定された場所は太子宮でもカタールが公務を行っている行政府でもなく帝宮の中庭だ。

 先に述べたとおり帝宮の庭園は味気ないと感じるほど簡素であり、その分見晴らしも良い。

 さすがに要所には騎士が数人ずつ警備のために配置されているが、伏兵のような気配は感じられないしそもそも隠れられる場所もほとんどない。

 仮に隠れられるごく少数の刺客がいたとしても武人であるオッセルはもちろん、それなりに剣の腕が立つウイールであれば脱出することくらいはできるだろう。来るにあたって剣を取りあげられてもいない。

 なので2人は呼び出しに応じて来たもののカタールの意図を図りかねていた。

 

 カタールに促され2人がガゼボに用意されていた椅子に掛けると、程なく侍女の1人がティーポットにお茶を淹れて持ってくる。

 そして3人に同じティーポットから3つのカップに注ぎ、それをトレーのままテーブルに置いて立ち去った。

 カタールの視線から理由を察したオッセルがまずその内の1つのカップを手に取り、次いでウイールが、最後に残ったカップをカタールが手に取った。要は毒が入っていないという意思表示だ。

 

「で? 馬鹿な事をしでかした弟妹達の後始末で忙しい俺達をこんなところに呼びだした理由はなんだ?」

 それぞれがカップに口をつけてからオッセルが直裁に切り出した。

 カタールが長子とはいえオッセルとは年齢差が数ヶ月に過ぎないため昔からこのようにざっくばらんな口調だ。まぁオッセルの性格も大きいのだろうが。

 そして実際にオッセルは光神教サティアス派の大主教以下数十人の神官や聖騎士の捕縛の、ウイールはコットラ襲撃に伴うそれぞれの後処理に追われて多忙な状況だ。

 どちらも大主教や王族、大貴族といった扱いの難しい立場の人間が多数含まれているために部下や司法府に任せきりというわけにはいかず直接指揮を執らねばならない。

 

「現在の、そして今後の事に関して二人と話し合う必要があるからだ」

 応じるカタールの言葉もストレートなものだ。

 堅物で知られるカタールも余計な言葉で飾るのを好まない。その意味ではオッセルと似たもの同士と言えるのかも知れない。

「話し合う、ですか? 兄上」

 カタールの言葉に少なからず驚くウイール。

 基本的にカタールは全ての物事を自らの考えで進める。

 人の意見に耳を傾けることもあるが決めるのは自身で、という考えであり、話し合うといったことはほとんどしない。だから頑固だとか評されているのだ。それは母親であるシメーナ妃や後ろ盾であるカルバン公爵が相手であってすらそうであるという。

 

「どういう風の吹き回しだ? 何を企んでいる?」

「私が考えていることは今も昔も帝国が摂るべき道だ。

 その上で私の考えを言うが、厳然たる事実として帝国の国力を落とさないために私が帝位に就くという道は譲るわけにはいかん。

 それを踏まえ、オッセルは帝国軍の元帥に就任し軍権を統括し、ウイールにはリーハイト公爵の後任として宰相となり行政権を担ってもらいたい。

 この度の帝位簒奪計画によってリーハイト公爵家とパイラス伯爵家は爵位を剥奪し領地は没収、付き合いの深い貴族家や兵士や物資を融通した貴族家は個別に関連性を調べた上で降格と領地の転封か減封の処分を下す。

 そこでオッセルは北部諸国との国境及びその周辺の、ウイールにはアルグラッド子爵領に隣接する領地とその範囲内にある鉱山を含む直轄地のいくつかを公爵の爵位と共に下賜する。

 領地の規模に関しては公爵の地位に相応しいものとし、必要に応じて関連する地域を所領とする貴族家に対しては相応の条件を提示した上で移封してもらう。

 今回の件では貴族家が過剰に兵力を保持する危険性も明らかになったという名目で所領での私兵には制限を設け、不足分は各貴族家に費用を補填させながら国軍を補強して対応する。

 行政権については外交を除く各大臣への命令権を宰相に与える。ただし、大臣に対する命令は遺漏なく帝王への報告を義務づける。

 オッセルとウイールの了承を得られるのであれば以上の内容を帝国の名で公表する。」

「?!」

「な?! 正気か?!」

 

 カタールの言葉に聞いていた2人は驚愕を露わにする。オッセルにいたってはカタールの正気を疑った。何気に失礼である。

 前半の言葉は理解できる。というか2人ともカタールが後継者争いを辞退するなどとは思っていない。

 しかし続いた言葉の内容は俄には信じられないことだ。

 軍権と行政権を委ねるということは帝王としての権力をある程度制限するという意味合いを持つ。

 もちろん国軍の統制権を手放すわけではないし、立法権の最終権限者が帝王であることには変わりはないのでもし対立したとしても最終的には帝王の意思が優先される。

 しかし通常時のトップにそれぞれオッセルとウイールが就いていれば余程の事がない限りそうそう強権を振るうことはできなくなる。

 その上そのことを帝室でも帝王でもなく“帝国”の名で公表するとなればたとえ帝王であっても簡単には撤回できない。

 カタールの立場からすれば大幅な譲歩どころの範囲ではない提案だ。

 

 確かに現在のウイールは後継者争いという部分ではかなりの力をつけるに到っている。

 伊織達の力添えで南部の大国との通商を実現し、その拠点はウイールを支持しているアルグラッド子爵の所領だ。

 しばらくすれば交易によって大きな利益を上げることが出来るようになるだろうし、そのこととリーハイト公爵、パイラス伯爵の失脚でウイールに鞍替えする貴族家も多くなるだろう。さらにウイールを強硬に排除しようとしていた2人の後継者候補も罪人として裁かれることになっている。

 とはいえ、今でも高位貴族で明確にウイールを支持すると公表している者は居ないし、資金に余裕が出てくるのはずっと先の話だ。

 さらに言うなら今のウイールには武力と呼べるものはほとんどないに等しい。その部分は伊織達が担っている部分であり、その伊織もいつまでも帝国にいるわけではないのだ。

 つまり本質的にカタールとウイールの力関係はそれほど変わっていないということになる。

 そして、オッセルは当初から後継者争いには関与しないと公言しているのでそもそも譲歩する理由がない。


「……兄上、何故そのような考えに到ったのか教えていただいても?」

「そう、だな。俺もお前が後継者となることに反対はしていない。帝国のためにはお前がなる方が混乱が少ないし、そもそも今回みたいに争うこと自体が理解出来ん。

 だが俺もウイールも自分や周りの連中の身を守らなきゃならん。その意味じゃお前の提案は受け入れやすいんだが、わざわざ帝王の権力を制限してまでというのは、な」

 ウイールとオッセルの問いにカタールは薄く頷き、言葉を連ねる。が、それは直接の答えではなかった。

 

「帝王、いや、国家の君主の使命とはなんだと思う?」

「は? ますます意味がわからんが。っというか、そんなことは考えたことねぇよ」

「国を発展させて善政を行うこと、ではないのですか?」

 突然の話題転換に戸惑いながら応じる2人。

 それを見て珍しく苦笑いを浮かべるカタールだった。

「……数日前の事だ。ウイール、そなたのところに居る異国人の男、イオリと言ったか、その者が私の居室に来て同じ事を聞かれた。

 その時の私の答えは『国を発展させることだ』というものだ。

 だがあの者の言う使命は違った。

 イオリという男の答えはたったひとつだけ。『君主の使命は100年後に国を存続させること』だそうだ」

 

 カタールが日々の執務を終えて太子宮に戻ったとき、寝室と続間になっているリビングで棚に入っていた果実酒を勝手に持ち出して飲んでいた伊織と出くわしたカタールは、常の冷静さを吹っ飛ばして腰を抜かしそうになった。

 なにしろウイールの暮らしている第4帝室宮と同じ王宮内とはいえ常に近衛騎士が人の出入りを厳しく見張り、邸内においても巡回している太子宮である。

 それも一番奥にあるプライベートな居室まで見つかることなく入り込んでいたのは親しいわけでもない異国人だったのだ。

 当然そんな場所に護衛の騎士を帯同しているわけもなく、伊織さえその気になれば誰にも気付かれることなくカタールは殺されるだろう。

 仮に大声を上げたところで誰か来るまでに目的を遂げて逃げるのに苦労はない。

 カタールとて優秀といって差し支えない能力を持っている。すぐにそう思い至り内心の悲鳴を必死に押し殺して平静を保ちつつ要件を訊ねた。

 そこで伊織から出た言葉が前述した“君主の使命”だ。

 

「国の発展や善政などというものは単なる手段であって使命でも目的でもない。国を存続させるためにはそれが必要だというだけだとな。

 確かにその通りだ。どれほど優れているように見える政策であっても本質を忘れれば国を傾ける。ましてや帝王個人の感情で内乱を引き起こした今回の様な事があれば尚更だ。

 これから先、無能や小心な帝王が国の舵取りをすることも無いとは言えん。

 そのためには高位貴族の発言権は維持しなければならないが、その中にも国を売るような輩が出ないとも限らん。

 だから権限を分散し帝王が専横を振るう事を防がねばならん。2人には新たな公爵家をつくってそれを担ってもらいたい」

 疲れたような表情を浮かべながらカタールは理由を説明する。

 

「だが仮にお前が後継者に選ばれるとしてもあと10年は先だろう。そんな先の体勢を今決めても意味はあるまい。それともそんな空手形を信じてウイールに後継者を降りろというつもりか?」

「私は、以前から言っているように別に帝位を継ぎたいと思ってはいません。ですが、私にも私を信じて付き従ってくれている者がいます。その者達の安全が確実に確保されない限り抜いた剣を納めることはできません。兄上のお考えは素晴らしいとは思いますが父上がそれを認めるとも思えません」

 オッセルはともかく、ウイールは部下やアルグラッド子爵家を始めとした少数の貴族が付き従っている。

 後継者を降りるということはその者達の命運もカタールに委ねるということになってしまう。さすがにそれをするわけにはいかなかった

 

「……帝王陛下、いや父上には近日中に退位してもらうつもりだ」

「「!!」」

「というよりも、実質的に父上は帝位を放り投げてしまったのだ。

 コットラの街から帝宮に戻って以降、父上は王宮の自室から出ずに引き籠もっているのだからな。

 シメーナ妃とお前達の母君とも先に話した内容の履行を条件に力添えを確約してもらっている。

 ……どうやら目の当たりにしたあの異国人達の武力に恐怖してしまったらしい。いつか自分が殺されて帝位を奪われると譫言のように呟いている」

「確かにアイツらはとんでもないな。たった4人じゃ帝国を簒奪することはできないだろうが叩き潰すことはすぐにでもできるだろうよ」

「そうですね。アレを見て恐怖しない者はいないでしょう」

 帝王を退位させるという、反逆とも取れる言葉に驚いた2人だったが理由を聞いてあっさりと納得する。

 

「私は報告を聞いただけ、いや、父上やレヴィン達を乗せてきたあの空飛ぶ荷車は見たが、それでも信じがたかったからな。

 万に届こうかという軍勢をたった一台の荷車と2人の男女で殲滅し、教会の新兵器を載せた水軍自慢の大型戦闘船を一撃で沈めたとなれば無理もないだろう。

 あの異国人達の事を少し仄めかすだけで退位には同意してもらえるだろうとはシメーナ妃の見解だ。

 無論退位した後は中央から離れた地で不自由のない環境と安全でのんびりした暮らしを続けてもらうつもりだ。

 君主としては尊敬できなくとも父としては情もある。せめて余生は幸せでいてもらいたいと思っている」

 コットラの騒動の後、伊織は帝王とその護衛騎士の一部、首謀者である王子王女や公爵達、聖騎士の指揮官などを乗せて大型輸送ヘリCH-47チヌークで王宮までやってきたのだ。

 そのことでとうとう帝王の精神はポッキリと折れてしまったらしい。

 元々何かと口うるさい正妃への嫌がらせで後継者争いを引き起こしたくらいのメンタルしか持っていない君主である。

 退位を迫るのはむしろ温情と言えるのではないだろうか。

 

「そうか。……ウイールはどうする?」

 オッセルとウイールのどちらにとっても今の状況もカタールの提案した地位も本来望んでいるものではない。

 オッセルは武人としてできるだけ前線にいたかったし事務作業に忙殺されたくない。ウイールはできればカレリア嬢と田舎で穏やかに暮らしたかった。中央で権謀術数の中で生きていきたいとは思っていない。

 だが、不毛な後継者争いを終わらせ、部下や親しい者達を確実に守って行くにはカタールの提案に乗るのが一番良いことだ思えた。

「……わかりました。兄上の提案に賛同します。ただ、イオリ達との約定がありますので彼等の要求には可能な限り応じることは許していただけますか?」

「これ以上掻き回されないためにもそれは必要だろうな。まぁウイールが受けるなら俺も受ける事にするさ。俺の頭じゃ対案なんて考えつかないからな」

 

 元々多少の好き嫌いはあれど憎み合っていたわけではない。

 それぞれがそれぞれの立場と考えで対立することになったのだ。

 妥協点があるのであればそれに従うのもひとつの道だろう。

 そして、3人の脳裏にはこれ以上揉めていてはあの無精髭で人を喰ったような男に盤ごと引っ繰り返されかねないと浮かんでいたとか、そうでないとか。

 

 

 

 

 帝宮で3人の王子達が歴史的な和解を果たしていた同じ頃。

 同じく帝都の一角、光神教の大聖堂で今や2人だけとなった大主教の片割れ、セジュー大主教がひとりの若者を出迎えていた。

「長旅ご苦労であったな。よく来てくれた」

「いえ、私も準備を進めておりましたので。後任の者を送っていただけて助かりました」

 そう言ってセジューが大聖堂の事務室に招き入れたのはカタラ王国南東部の街カリツで司祭を勤めていた男、ルアエタムである。

 

「引き継ぎの時に聞いたのですが、予想以上の騒動だったようですね。

 私もまさかここまで短期間でサティアス派が崩壊するとは思いませんでした」

「最初そなたから書状をもらったときはとても信じられなかったが、結局儂が何をするまでもなく力尽くで叩き潰したわ。

 これまでの儂等の努力など努力ではないと叩き付けられた気分だ」

 2人の大主教が捕縛されたときにセジューが言っていた『帝国内の教会を任せられる者』とはルアエタムのことだったようだ。

 ルアエタムはセジュー派の司祭だった男であり、当然張本人であるセジューと面識がある。

 それどころかルアエタムはごく幼い頃に両親を亡くしてセジューに育てられたのだ。

 そうして光神教の教義と、それを体現するセジューに惹かれて神官を志した。

 

 見習い神官を経て司祭になった後は治癒術者としての鍛錬を行いながらセジューと同じように清廉に勤めを果たしていた。

 ただそのせいで主流派だったサティアス派からは疎まれ辺境にとばされていたのだ。

 それほどまでに主流派から疎まれていたセジュー派だが、セジュー自身が大主教という地位を保ち帝都という光神教にとっても重要な場所でずっと活動していられたのには理由がある。

 セジューはキーヤ公国の大公でもあった先々代の総大主教の側仕えの神官として少年の頃から勤めていた。

 光神教としてはまだ公国から帝国に教えを広めたばかりの頃であり、セジューは懸命に治癒師として各地を巡りながら教義を説いていった。

 やがてそれが総大主教の目に留まり主教、大主教と教会内の地位を高めていく。

 側仕えだった頃から総大主教に可愛がられていたという面もあっただろうが、まだまだ教会の聖職者を敬虔な信徒が大部分を占めていたために、清貧で真摯なセジューの地位が高くなることに面と向かって反対する者も居なかったのだ。

 

 当時の総大主教の意向でその子息であり大公の地位を継承する前総大主教の教育係を務めていたこともあり、先々代がなくなった後もセジューは先代への影響力は強かった。

 だがその頃から教会内は徐々に拝金主義的なサティアス派が増えていき、セジューが気がついたときには神官の半数以上をサティアス派が占めてしまっていた。

 教会内で派閥争いをする事を恐れたセジューは教義に立ち戻ることを主張しながらも対立を避けて自らの行動で示すことによって考えを改めてくれるよう願った。

 しかし5年ほど前に先代の総大主教が亡くなるとセジューの影響力は著しく低下してしまう。

 結局近年は大主教という立場でありながら教会の運営や方針の意思決定からは外されることが多くなっていたのだ。

 

「カタラ王国に派遣していた司祭のひとりがあの者達を『悪魔の使い』と評したらしい。確かにサティアス派の連中から見ればその通りだろうな。

 そして儂等にとってはこれまでの怠惰を裁く神の使いとも思える」

「私も『腐っているのはセジュー派も同じ』『自分達だけ良い子になって自己満足に耽っている』『いつまで甘ったれてるつもりだ』と詰られましたよ」

「耳が痛いだけでは済まぬな。結果として帝国が乱れた一因を作り、教会の者にも多くの血が流れた。全ては儂の罪だ。言い訳のしようもないわ」

「セジュー様……」

 セジューの言葉は苦渋に満ちていたが、裏腹にその目には老人とは思えないほどの強い意志が宿っていた。

 

「教会の建て直しには長い時間が掛かるであろう。老い先短い儂にどこまでできるか分からんが、力を貸してくれるか?」

「もちろん喜んで。力の及ぶ限り務めさせていただきます」

 ルアエタムの答えにセジューは嬉しそうに大きく頷く。

「それにしても、道中に耳にしただけでも彼等がしたことは本当に神か悪魔の所行のようですね」

「うむ。といっても儂もその一部しか見てはおらぬがな。それでも異様な道具の数々に教会が秘匿する魔法を遥かに凌駕する魔法技術に驚かされたわ。

 それに、中心となっているイオリと名乗った男。

 世界の深淵を見てきたような目をしておったが、よくもまぁあのような怪物がこの地に来たものだ。運が良いのかどうなのかわからぬが、な」

「機会を作ってでも一度じっくりと話をしてみたいと思っています。

 行動を共にしたいとはさすがに思いませんが。

 ところで、その彼等は今どこに?」

 

 ルアエタムが何気なく言った問いに、セジューは何とも複雑な表情を見せる。

「……我らが総本山じゃよ。だがさすがの彼等もここでしたようにはいくまいな。

 最後の大主教、アレもまた化け物じゃ。文字通りの、な。

 願わくば、総大主教猊下も縛めから解き放たれれば良いのじゃが……」

「セジュー様」

「ルアエタムよ、無理を承知でひとつ頼まれてはくれぬか」



 

 

 帝都の北東、川沿いをはしる街道を馬が駆け足をする程度の速度でイオリ達の乗る軽装甲車両コブラが川を遡るように走っていく。

 時折すれ違う商人の荷車や巡礼者らしき者達が思わず足を止めてコブラを凝視するが乗っている者達は誰ひとり気にすることはない。

 

「公国までどのくらいですっけ?」

「帝都から400キロくらいだな。まぁ別に急ぐ理由もないからのんびり行けば良いんじゃね?」

「あ、だったら久しぶりにお風呂入りたい!」

「そうね。私もたまにはお風呂でニホンシュ飲みたいし」

「また身体に悪そうな飲み方覚えて」

「リゼお姉ちゃん、メッ!」

 つい10日ほど前にとんでもなくバイオレンスな所行を繰り広げた気配など欠片も感じさせることなく、車内はほのぼのとしたものである。

 

「なぁ、確かに俺も公国には行ったことがあるけど大主教のお伴でちょこっと入ったことがあるだけだし、別に付いていく必要なんてないだろ?」

「往生際が悪いぞジーヴェト。それにサティアス派が崩壊した今、帝都に留まっていたら残党共に逆恨みで襲われる可能性が高い。死にたくないんだったら大人しく一緒にいろ」

「チッ! どっちにしてもこれから先肩身が狭いのは変わらねぇよ。テメェは最初からセジュー派だから良いだろうけど、俺なんて裏切り者扱いだぜ? まったくなんで俺がこんな目に」

「部隊長だったときはあんなに堂々としてたのに見る影もないな。いつまで愚痴っていれば気が済むんだ?

 そんなことより、俺は公国に入ったことは無いんだ。道案内できるのはお前だけなんだからしっかりしろ」

「うっせーな! わかったよ!」

 グチグチとくだを巻く中年も居るが。

 

「ところで公国って教会の総本山っすよね? どんなところなんですかね」

「さぁな」

「あれ? 伊織さんいつもみたいに偵察してないんですか?」

「公都の近くまでは行ったんだけどな。公都はそこら中に魔法の監視装置やらトラップ的なものが張り巡らされてたから諦めた。だから今回は出たとこ勝負だ。

 まぁ、大主教の爺さんに詳細な地図とか知ってる限りの仕掛けは聞いてあるけど、前に辺境の聖人様から教えてもらったのとそれほど違いはなかったな。

 しかもそれも結構前の情報らしいから今はどうなってるかわからんだとさ」

「あれ? ひょっとしてこれまでで一番の難関っすか?」

「……なんか、伊織さんめっちゃ楽しそうなんだけど」

「今のうちにみんなで光神教の皆様のために祈っといたほうが良いかしらね」

「きっと大丈夫! パパだもん!」

 

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