第65話 大聖堂捕り物劇
帝都にある光神教の大聖堂。
光神教の総本山であるキーヤ公国の大聖堂は大部分が古代遺跡の施設を流用しているので別格として、数多くある光神教の聖堂としては最大の施設である。
一言で大聖堂と言われてはいるが、実際には一般の信者が礼拝を行う本聖堂、聖職者専用の聖堂、聖職者や教会に勤める信者の宿舎、見習いの神官達の教育が行われる教義棟、様々な資料が保管されている資料室や事務作業などを行う事務棟、教会に所属する私兵である聖騎士達が待機したり訓練したりする施設など、多くの建物や施設が含まれている。
その規模や、並の国の王城と比較しても遜色ないほどである。
その敷地内の奥まったところにある建物のひとつ。
帝都を管轄する大主教が居住するためのものであり、貴族の邸宅と言っても差し支えないほど豪奢なそこはエリアネル大主教が使っている場所だ。
帝都を管轄する大主教はもうひとりいるのだが、そちら、セジュー大主教は他の神官達と共に聖職者用の宿舎で暮らしており、本来2人の大主教が使うことを想定してつくられたこの邸宅はエリアネルが独占しているのだ。
ちなみに北部諸国を管轄する大主教と南部諸国を管轄する大主教もそれぞれ任地に同程度の邸宅を持っている。もっとも南部諸国に関してはカタラ王国に端を発した光神教の活動制限によって大主教は送還されて邸宅も接収されている。
ともかく、この邸宅にはエリアネルが住み、教会の敬虔な信者が建物の管理やエリアネルの身の回りの世話などを行っている。まるで貴族の使用人のような扱いだが現在の教会では位の高い聖職者に仕えるのは信者として当然の奉仕だと教えられているので、一部を除いてそれに異論を唱える者はいない。内心はどうであれ。
そして特に協会内で総大主教を除いて実質的に最高位である大主教の地位にあるエリアネルの命令は絶対的なもので身の回りの世話は見目の整った妙齢の女性だけが集められている。色欲まみれの生臭坊主ここに極まれり、である。
そんな背徳の館の応接室で、2人の男がワインを片手に顔をつきあわせている。まだ日が沈んだわけでもないのに、聖職者以前に大人としてどうか疑問が尽きない。
男達の一方はこの邸宅の主となっているエリアネル大主教、もう1人は北部諸国の教会を統括しているブラークス大主教だ。
「今頃は全て片付いている頃であろうなぁ」
「ふむ、異国人とウイール王子の始末と王の確保だけなら終えているでしょうが、さすがに街ひとつ襲撃したのですから後始末はしばらく掛かるのでは?」
「後始末はパイラス伯爵とリーハイト公爵に任せることになっておる。あやつらでもその程度はできるだろうよ」
エリアネルの言葉に大した反応を見せずただ頷くブラークス。
その態度から2人が帝国屈指の勢力を誇る貴族に対して、いや帝王に対しても敬意を持っていないことが察せられる。
彼等が第3王子であるレヴィンを支持している理由は別にあの王子が帝王に相応しいと考えているわけでは無く、単に一番操りやすい男だからだ。
「となると、問題はその後、ですな」
「うむ。だがそれもそれほど苦労することはないだろう。王さえ確保してしまえばいくらでも方法はある。それに、ほとんどの貴族共は我等と敵対するような真似はできんし、あの生意気な第1王子とて王の身柄を押さえられては動けまい」
ふたりは計画の成功を欠片も疑っていない。
帝国にいる6割にあたる2000名もの聖騎士を派遣し、全員に教会が誇る魔法付与した甲冑を身につけさせている。さらに威力に絶対の自信を持っている爆裂矢も大量に装備させ、城さえ落とせると自負する新型の大型弩弓をも貸し出しているのだ。
伊織達の持つ現代地球の兵器を知らなければそれがただの張りぼてに過ぎないことなど気付くはずもない。
「ところで、レヴィン王子が帝位に就いたら何を要求するおつもりで?」
「帝都内に特区を設けさせるのも良いし、他にも色々と求めたいものだが、北部はどうかな?」
「相変わらず金さえ融通すれば好き勝手できる国ばかりですからな。他国でもありますし、教会の紋章を掲げた荷車への一層の優遇程度でしょうか」
取らぬ狸の皮算用。
この時点でその計画の根底が崩れていることなど想像すらしていない彼等は見果てぬ夢を見ているようだが、そんな幸せな時間は長く続くことはない。
エリアネルが空になったグラスに再び注ごうとワインボトルに手を伸ばした時、バタバタと部屋の前に数人の人間が走り寄ってくる音が響いてきた。
ゴンゴンゴンッ。
ノックというには些か乱暴に扉が叩かれる。
「だ、大主教猊下っ! 緊急事態です!!」
切羽詰まったような声が扉越しに掛けられる。
それでも不興を買うのを恐れてか、返事を待たずに開けるほど無作法ではないようだ。
「入れ! 何事だ?」
先の言葉を待ち構えていたように開かれた扉から入ってきた聖騎士にエリアネルが問う。
「こ、国軍です! オッセル王子が国軍を率いて来ました! 国家反逆罪でエリアネル大主教猊下とブラークス大主教猊下を捕縛すると」
「な、なんだと?!」
「馬鹿な!?」
予想外の言葉に驚愕するエリアネルとブラークス。
「現在は正門の前で聖騎士が押しとどめていますが国軍の数が多く長くは保ちません!」
帝都に配置されていた聖騎士の大部分は今回のコットラ襲撃のために派遣されているために今現在大聖堂にいる聖騎士は100名程度でしかない。
国軍が動いたとなれば少なくとも1000人近い兵士がいるはずで、いくら聖堂を囲んでいる壁と門があるとはいえ確かに抑えきることはできないだろう。
「第2王子が何故? 北部の砦に居るのではなかったのか?」
「王家は我々教会を敵に回すつもりなのか! いや、今はそんなことより国軍だ。
我等は本聖堂に行く。司教以上の神官を集めよ。聖騎士は準備が整うまで時間を稼ぎ、その後本聖堂まで国軍を誘導するように」
現状を報告する聖騎士にブラークスは浮かんだ疑問をそのままぶつけたが、エリアネルはすぐに我に返ってすべき事の指示を矢継ぎ早に出す。
命令を受けた聖騎士が部屋を出ていった直後、エリアネル達もまた移動を始める。特に逃亡のために荷物を纏めたりすることなく、敷地内にある最も大きな建物である本聖堂へ急いだ。
2人が目的地である本聖堂に到着すると数人の司教が既に待機しており、エリアネルとブラークスの姿を見ると恭しく頭を下げる。
その後も続々と司教や主教達が聖堂に入ってくるが、その者達の顔は大凡2種類に分かれていた。
すなわち、国軍が大聖堂に押しかけたことに動揺して狼狽えている者と余裕を崩すことなく平然としている者だ。
若い司教は動揺しているがそれなりに年齢がいっている司教や主教達は落ち着いているようだった。
やがて、今度は聖堂の大扉が大きく開かれ、まず十数人の聖騎士が、次いでそれを追うように国軍が雪崩れ込んでくる。
2000人ほどは収容できる聖堂が瞬く間に武装した国軍で埋め尽くされそうな程だ。
「おやおや、随分と不調法なことですな。神聖なる大聖堂に許可なく押し入るなど、栄誉ある帝国軍とは思えませんが」
「まったく、どなたの差し金かは存じませんが、間違いでしたでは済まされませんぞ」
聖堂の一番奥、祭壇前に立った2人の大主教が余裕の笑みを浮かべながら泰然として問いかける。
それに答えたのは、短槍を構えて広がった国軍を掻き分けて前に出た第2王子オッセルだ。
「エリアネル、ブラークス、両大主教には帝王の拉致及び王族の殺害、アルグラッド子爵領コットラ襲撃を指示した国家反逆罪の嫌疑が掛けられている。
既に襲撃を行った聖騎士2000余名を団長と共に捕縛あるいは征伐した。同じく計画に加わったパイラス伯爵及びリーハイト公爵の私兵もだ。
十分な証拠もあるから言い逃れは無用に願おう。大人しく来てもらおうか」
民衆の信仰を集め、多くの貴族と太いつながりを持ち、生活に不可欠な医療や魔法道具を独占している光神教の大聖堂に国軍が突入する。
これまでにない事態であり、相当な強硬手段であるのは間違いない。
それでも尚、オッセルの言葉には驚きを隠すことができない。
(馬鹿な! 聖騎士が2000、いやパイラス達の兵を合わせれば万近い兵がいたはず。それが捕縛されただと?!)
エリアネルは思わずブラークスと顔を見合わせてしまうが、それでも伊達に今の地位に居るわけではない。直ぐさま逃れるために頭を回転させる。
「証拠、ですか? そもそも帝王陛下の拉致だのコットラ襲撃だの、何のことやらさっぱり分かりませんな。
それよりも、そのような荒唐無稽な謀で神聖なこの場を汚すなど、キーヤ神の怒りに触れる暴挙。
とにかく我々に非があるというのならばその証拠を持って改めていただきたい。
教会が帝国に弓引くなどあり得ぬこと。我等の関与が間違いないと証立てられたなら大人しく従いますが、身に覚えのないことに従うわけには参りません。
我等は神の僕であり、従うべきは神の教えです。定められた法は守りますが不当な命令に屈するわけにはいきませんな」
聖騎士団長が捕縛されたのならば教会の関与を完全に否定することは難しいだろうが、それでも大主教2人がそれに関わっていると証明することはできないはず。
そう考えたエリアネルはオッセルの言葉を否定しつつ出直せと言い放つ。
無論だからといって国軍が退くはずがないことは承知しているが、この場所ならば勝算がある。
「……言い訳は無用と言ったはずだ。
両大主教並びにこの場にいる聖職者を捕縛する! 抵抗する者は切り捨てるもやむなし」
オッセルがそう言った後、部下に目配せをする。
それを受けた国軍兵士は短槍を構えながら横に広がり、集まっていた主教達、それからエリアネルとブラークスを捕縛するために動き出す。
だがその手がエリアネル達に届くより早くブラークスが祭壇に飾られた宝珠に手を添えて何事か呟く。
直後、捕縛するために動いていた国軍の兵士は何かに上から押さえつけられたようにことごとく地に伏せた。
「ぐっ! こ、これは」
オッセルもまた膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み左手で何とか身体を支えることになった。
一方、エリアネルとブラークスはもちろん、他の聖職者や聖騎士達は何も感じていないかのように平然としている。
「これぞ神の奇跡ですよ。キーヤ神の加護がある我等に仇なそうとする者はこの聖なる場所では何もできません」
嫌らしい笑みを浮かべながら得意げに語るエリアネル。
何のことはない、この聖堂には古代魔法による仕掛けが施されているのだ。
聖堂に礼拝に来る市民に対し、神の奇跡と称して重力を操作する魔法を掛ける。
神に対する畏怖の念を起こさせると共に影響を受けていない聖職者に神秘性を印象づける小道具である。
通常は礼拝を主催する主教が神託を受けるポーズをとると同時にズッシリと重さを感じさせることであたかも神が降臨しているかのように思わせるペテンに使われるのだが、調整すれば身動きが取れないほどの加重を掛けることも可能なのだ。
そして身につけている者を除外させる対になる魔法具が存在し、光神教の紋章に組み込んで高位聖職者と聖騎士が首から提げているのである。
「さて、国軍の皆様は邪魔できないように拘束させていただきましょうか。それと、不本意ながら我々がここに留まってまた国軍に来られては困りますからな。一旦公国に戻るしかありませんが、道中を邪魔されないようにオッセル殿下に協力していただかなくてはなりません」
「……人質にすると? 帝国の帝位継承権者を? いくらキーヤ公国が自治を認められているとはいえ、そんなことが許されると思っているのか!」
エリアネルはオッセルの言葉に答えず笑みを浮かべたままだ。
実際、帝国においてキーヤ公国というのは非常に扱いが難しい場所なのだ。
国民の大部分が信仰する光神教の総本山であり、帝国や周辺国に供給している魔法道具の生産地でもある。
さらに古代魔法王国時代の遺跡から発掘された危険な魔法兵器に守られているという話もまことしやかに囁かれており、公国に逃げられてしまうと身柄の引き渡しは容易ではなくなる。
「あまり時間がありません。殿下には共に来ていただきますよ」
エリアネルの合図で数人の聖騎士がロープを持ってオッセルに近づいていく。
が、不意に響いた声がその動きを邪魔する。
「そうはさせないわよ」
そして声の直後、突然猛烈な突風が発生し、重い甲冑をものともせずに聖騎士達を吹き飛ばした。
「な?!」
驚くエリアネルを余所に、さらに別の場所、国軍の兵士を縛っていた司教達が同じように突風で吹き飛ばされていく。
それはコットラの街の郊外で英太が使っていたものと同じ魔法だったが、それよりも威力も範囲も、速度も桁違いである。
「ろくでもない奴ってホントーに悪あがき好きよねぇ」
呆れたような口調で割り込んできた声の主、飲んだくれの残念美人、リゼロッドが緋色の宝玉をはめ込んだ指輪を掲げながら前に出る。
大陸西部地域で古代魔法を光神教が独占しているため、国軍には魔法に対する知識も対処するだけの技術や装備は持っていない。
そして場所は光神教のホームである大聖堂となれば魔法による仕掛けがあるだろうというのは当然の予測だ。
というわけで、今回の捕り物には魔法のエキスパートでもあるリゼロッドがサポートとして同行していたのである。
どこまでも用意周到なオッサンの考えそうなことだ。
「な、何故動ける!」
「何故もなにも、干渉しようとする魔法力を相殺してるだけよ。重力魔法っていうのは本当に重力が増してるわけじゃなくて上から下方向に空気の圧力を加えてるだけだから風魔法で打ち消すことができるのよ」
何でもないことのように返したリゼロッドの言葉に唖然とする大主教ふたり。
彼等からしてみれば魔法とは教会が把握しているものが全てであり、それらは全教会に所属する者のみが使える特別なものだ。
だがその状態が長く続いたことで自分達の魔法こそが特別であるかのように錯覚することになってしまっている。
特に宗教というのは内向きの思考になりやすくこの世界のように情報や人の行き来が制限されていれば尚更である。
実際にはオルストなどの大陸西南部諸国の方が余程魔法技術が発展している。
リゼロッドはその中でも屈指の実力者であり、この程度のことは余裕なのだ。
「まぁどうでもいいけど。えっと、魔法陣の基点があっちで、ここを崩せば良いわね」
「ま、待て! 何をするつもりだ!」
大主教達の様子など歯牙にも掛けず、リゼロッドは聖堂に仕掛けられた魔法を調べ始める。遺跡研究者である彼女としては最も得意な分野であり、さほど時間を掛けることなく魔法の範囲や構造などを把握する事ができた。
できるだけ少ない魔力で聖堂の広い範囲に効果を発揮させるため、構造自体はごく単純に作られている。しかもどうやら教会は古代魔法をそのまま使っているだけで特にアレンジも発展もさせていないようなので魔法自体リゼロッドのよく知っているものの範囲を出ていない。
リゼロッドは苦労することなく構造の弱点を見つけ出すと、解除するための魔法を組み始める。
その様子を見て慌てたのはエリアネル達だ。
正確に何をしようとしているのかまでは分からなくても意図を察して声を上げる。
それを受けて数人の聖騎士がリゼロッドを止めるべく動く。
教会の者以外で今動けているのはリゼロッドだけ。さすがに彼女も身を守りながら魔法の解除までは難しい。
だからピンチ! のはずなのだが、結局聖騎士達がリゼロッドの邪魔をすることはできなかった。
その前に2人の男が立ち塞がったからだ。
「き、貴様等は!」
「拝謁賜って光栄ですよ、大主教猊下殿。申し訳ありませんが手出しされると困るんで邪魔させていただきます」
「あ~、すっげぇ気まずい……お久しぶりです、エリアネル大主教。色々と事情があるんでこんな形になりました。
……ったく、嫌だっつったのに、なんでこんな」
剣を抜いたままの聖騎士も戸惑ったようにエリアネルを振り返る。
割り込んできたのが派閥が異なるとはいえ同じ光神教の聖騎士であるセッタと、南部諸国で聖騎士の部隊を預かっていた部隊長ジーヴェトだったからだ。
どちらもある意味教会内では知られた人物達であり、ジーヴェトに至ってはエリアネルとも顔を合わせたことがある。当然どちらも魔法の影響を受けない紋章を所持している。
しかもどちらも高い武力で知られており彼等に立ち塞がれていては聖騎士達も迂闊に動くことができない。
「光神教を裏切るつもりか!」
「生憎私が従うのは教義とセジュー大主教、ルアエタム様だけだ。サティアス派の命令に従ういわれはない」
「俺としちゃぁ義理もあるんで従いたいところではあるんですがね。そうはいっても自分の身が可愛いんで。それにさすがにこのところの教会のやり方はどうかと思うところもありますし、何より、教会が絶対に手を出しちゃいけない相手に喧嘩を売っちゃどうしようもないですよ。
むしろ教会が生き残るため、なんですが、まぁ納得してもらえねぇよなぁ。
とりあえず謝っときます」
リゼロッドが魔法の詠唱を始める中、射殺すように睨みながら詰るエリアネルに片や毅然と、片や気まずそうにそっぽ向きながら答える。
「くっ! と、とにかく早く……」
「ハイっと! これでおしまい!」
これはマズいとブラークスが強引に仕掛けようと命令を下す直前、リゼロッドの魔法が完成し、聖堂内を満たしていた圧力があっけなく消失する。
「!! 捕縛しろ! ひとりも逃すな!!」
間髪入れずにオッセルが命じ、国軍が動いた。
不意打ちのように魔法を掛けられた恨みからかかなり手荒な制圧の仕方だ。
剣を抜こうとしていた聖騎士に対しては容赦なく囲んで短槍でタコ殴りにしている。いくら甲冑で全身が覆われていてもこれではたまらないだろう。
隠し通路でもあるのか、祭壇の裏に回ろうとしていたエリアネルとブラークスも素早く回り込んだオッセルとセッタによって阻まれる。
「っ! 貴様、本当に光神教を敵に回すつもりか? 帝国を支えているのは教会なのだぞ? 民のほとんどは光神教の信者だし貴族のほとんども教会を支持している。何より治癒師と魔法具がなくなっても良いとでも言うのか?!
そんなことになれば瞬く間に他国に蹂躙されるぞ!!」
「そうだ! 北部諸国は未だに帝国への恨みを忘れておらぬ! それを抑えているのは我が教会なのだぞ! これまでどれほど北部の情報を教えてきたと思っているのだ!」
エリアネルとブラークスの言葉は嘘ではない。
実際、カタール王子を始め高位貴族の一部はあまりに強大になった教会の影響力を危険視し、その力をそぐために色々と画策してきた。
だが結局その影響力の大きさ故になかなか手出しすることができず教会の横暴を黙認せざるを得なかったのだ。
「そうはならぬよ」
だがそんな言葉は凜とした声によって否定される。
「「?!」」
声に込められた重みを感じさせる強さにエリアネル達が言葉に詰まる。
そして彼等の前にひとりの老人が歩み出る。
「セ、セジュー大主教」
「き、貴様!」
無駄に派手な装飾が施された法衣を纏うふたりとは違い、生成りで粗末とすら思える簡素な法衣に唯一大主教の地位を示す首飾りを下げた老人。
5人いる大主教のひとりにして帝国を統括するもうひとりの大主教である。
「北部の教会が帝国にも増して乱れていることは以前より気になっておった故、見所のある若い神官と共に儂が赴くつもりだ。帝国に関しては任せられそうな者をカタラ王国から呼び寄せることになった。
無駄に高位の神官が増えすぎておるからな。若い者の中にはまだ欲に溺れておらぬ者も多いから少々司教や主教が減ったところでさほど困らぬよ。
治癒師に関しては見習いの神官をカタラ王国に派遣することが決まっておるし、魔法具に関してもこれまで通り供給できよう」
「セジュー、おのれ……」
「そ、そんな……」
光神教の教義の原点に立ち返るべきだと主張するセジュー派。
世俗の利益と教会の権勢を求めるサティアス派の対極に位置する主張を最初にしたのはこの老人、セジュー大主教だ。
といっても別に能動的に派閥を作ってサティアス派に対抗したというわけではない。
ただ自身が簡素な法衣に身を包み、清廉な行動をしていただけである。
だが元々光神教の熱心な信者やその子女が門戸を叩くのが神官という仕事である。
サティアス派のような世俗の欲に染まる者もいる一方で、教義を体現するセジューに心酔する者も少なからず存在した。
そんな者達が集まり、セジューに教えを請い、導きに従ってできたのがセジュー派という派閥である。
以前は大主教ごとに派閥が存在したのだが、世代が交代するたびに収斂して今では教会内の派閥は実質この2つに絞られている。
数としてはサティアス派が圧倒的に多いのだが、サティアス派は欲に塗れた無能な者ばかりであり、実際に治癒師として一定以上の能力を持っているのはセジュー派の者が多い。
加えて教会の礼拝や施しに関する実務もセジュー派や若い見習い神官が大部分を担っているので多少の混乱や人手不足はあったとしても何とかできないこともないのだ。もっとも、辺境に飛ばされた者が多いので呼び寄せる必要があるのだが。
「セジュー大主教。ご協力感謝します。
どうか教会をよろしくお願いする」
「うむ。ここまで事態を混乱させたのも教会の責任じゃからの。
老い先短い人生じゃが、身命を賭して教会を立て直すとしよう」
逃げ道を完全に塞がれ、口汚く喚き散らす2人の大主教が連行されていくのを見送ってから、オッセルはセジューに頭を下げる。
オッセルもまた光神教徒であり、幼少の頃からセジューの為人を見知っており尊敬もしている。だから立場に関わりなく礼を尽くす。
セジューはどこか悲しげな表情で連行されていく聖職者達を見ながら決意を込めてオッセルに答えた。
帝国の後継者争いに端を発したコットラの街と帝国の光神教にまつわる騒動はようやく一応の幕を下ろすことになったのだった。
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