第64話 切り札が強いとは限らない

 コットラの街を背にコブラが走る。

 もちろんニョロニョロしたアレではなく英太の駆る軽装甲車両である。

 交易を主産業とするコットラの街に通じる街道は広く、十分に整備されたもので見通しも良い。

 襲撃を計画して終結した混成軍の居る場所は街から2キロほど離れた場所だが、車移動ならその程度の距離は文字通りあっという間に到着する。

 

 街道の両側は大きな岩と雑草が生い茂る荒れ地になっていて開墾して農地にするにも適さないために放置されているのだが、数千の混成軍はその荒れ地に身を隠していたのだ。

 とはいえ、確かに街道側からは視認しづらいだろうが注意深く見れば分かる程度でしかないし、そもそもドローンで監視していたルアからは丸見えなのでその動きは手に取るように分かる。

 そして現在では混成軍も街道に出てきているので、走り出してすぐに英太と香澄からもその様子が見えてきた。

 

「見っけ! って、手前に逃げてく連中がいるみたいだけど、何だ?」

『街での捕り物から逃げた人が何人か居たみたいだし、多分それじゃない?』

「そっか、んじゃ無視していいな。ヴェルフェンさん、分散させないように回り込んで街側に押しやれば良いんですよね?」

「あ、ああ、全部は無理にしてもある程度は排除しておきたい。分散して逃げられて野盗化されてもこまるからな」

 ヴェルフェンは帝都に帰還したときに周囲を囲まれても意に介すことなく突っ切った様子を見ている。

 その時とは乗っている車両は異なるが雰囲気から同じことができるであろうことが想像できたのでそう要請したのである。

 

 聖騎士達はともかく、レヴィンやリーハイト公爵の兵達は後がないことを理解しているだろう。

 だから潰走することにでもなれば粛正を恐れて国外へ脱出したり盗賊になる恐れがある。そのためできるだけ捕縛ないし無力化させておきたいのだがアルグラッド子爵の兵とは数が圧倒的に違う。

 当然包囲することなどできないし下手に分散すれば突破されてしまう。

 結局コットラの街を背にすり鉢型に兵を配置し、英太達が装甲車でそこに追い立てることにしたわけだ。イメージとしてはキツネ狩りに近い。攻守の数が真逆だが。

 そしてそのためには指揮系統は維持させたままコットラ方面に押し込まなければならない。

 

「うぉっとぉ!」

「っ!?」

 ギュァン、ザザザッ!

 逃げていく数人の男達をあっさりと追い抜いて混成軍の左側の縁に差し掛かろうとした時、不意に英太が急ハンドルを切って車体が横滑りをする。

 そのほぼ同時にコブラの脇を何かが高速で通り過ぎ、直後、十数メートル後方で爆発音と煙が上がった。

 

『ちょっと英太! いきなり急ハンドルしないでよ!』

「わ、悪い! 前に見た、何だっけ? 教会の奴が持ってた爆発する弓矢、アレを撃ってきたのが見えたから」

『……あれぐらいだったら当たっても大丈夫だと思うけど? ライオットシールドで十分防げる程度の威力しか無かったみたいだし』

「コブラに傷が付いたり塗装がハゲたりするかもしれないじゃん!」

『いや、軍用車なんだから別に……』

「伊織さんが塗装直すとか言いそうだし」

『できるだけ傷つけない方向でいくわよ。ダメだったら、何とか阻止しましょう!』

 

 英太と香澄がこんな言い合いをしている間も幾度も爆裂矢は射かけられるが英太は信じられないほどの反応速度でことごとく躱している。

 言うまでもなくコブラは装甲車である。

 分類上軽装甲になるとはいえ、7.62mm徹甲弾の直撃にも耐えられる装甲は教会が誇る爆裂矢が当たったところで表面をわずかに削る程度しかできない。

 でも英太は必死に躱す。

 それこそかすり傷ひとつ着けてたまるかとばかりに。

 もちろん理由はある。

 

 以前、英太はこの装甲車を同じく地球から召喚された傭兵達のハンヴィーに衝突させた。

 もちろんそれは戦闘でのことであり伊織にも責められるようなことはなかったのだが、その時にフロント部分が破損し、その修理を伊織がしたときにカラーリングをショッキングピンクにしようとしたのである。しかも喜々として。

 伊織としては別に壊したことへの罰とか腹いせなどという意図は無く、単に悪ふざけをしただけなのだが現役高校生にとってはただの罰ゲームである。

 次に同じように破損することがあれば今度こそどんな塗装をされるか分かったものじゃない。それこそ喜び勇んでコブラを痛車に仕上げかねないのだ。

 異世界を疾駆する装輪軽装甲車(痛車仕様)。

 想像するだけで頭が痛くなる。

 わざわざオッサンに悪戯する隙をつくるほど人生投げてはいないのである。

 

「よし、後ろに回り込んだ!」

 そうこうしているうちに混成軍の横を通り抜けて集団の背後に出た。

 数千の兵が街道を進んでいるのだから長さはそれなりの距離になるが、コブラの速度ではわずか数分のことに過ぎない。矢を躱すために多少アクロバティックな動きでタイムロスもあったが誤差の範囲だろう。

 ここまでは余興。

 これからが本格的な作戦行動となる。

 

『じゃあぶちかますわよ!』

 そんな実にJKらしくない台詞が英太のヘッドセットから聞こえてきた直後、重厚な炸裂音が車体を振動させた。

 ドッドッドッドッドッ!

 毎分600発を超えるペースでM240汎用機関銃から打ち出される7.62mm徹甲弾が400発。数十秒程度で弾帯を撃ち尽くす。

 殺傷を目的とした銃撃ではなく、少数による多数への火力制圧を成し遂げるためにAPHC(硬芯徹甲弾)と呼ばれる弾頭を使用している。

 

 通常弾丸というのは体内に打ち込まれると弾が潰れたり分離したりして体組織を破壊することでダメージを与える。だから胴体に被弾すると高い確率で致命傷になるのだが、徹甲弾の場合は名前の通り貫通することを目的とした弾丸であるため身体を突き抜けて運動エネルギーが尽きるまで飛び続ける。

 もちろん音速を遥かに超える速度で金属製の弾が身体を貫くのだからダメージはあるし滅茶苦茶痛い。当たり所によってはもちろん死んでしまう。だが貫通する弾では意外に人は死なないものなのである。

 しかし逆に普通なら一発の弾丸ではひとりしか倒せないところを徹甲弾ならば数人、しかも7.62mmという大口径であれば甲冑を身につけた人間を一度に貫くことも可能なわけだ。

 ましてや街道を埋め尽くすほど密集しているのだからろくに狙いを付ける必要すらなく一度の斉射で千人を超える兵がわけも分からぬまま激痛にのたうち回ることになった。

 

 兵士とはいえ貴族家の私兵ばかりであり訓練はしていても実戦経験などほとんどない者が大部分を占める。

 聖騎士達の方も魔法を込められた武器防具を身につけてはいるがこれまでの戦闘経験など辺境で盗賊相手にほんの数回剣を振るった程度でしかない。

 そんな彼等に負傷してからも戦意を維持するなどといったことができるはずもなく、重症ではなく手や足を貫かれた程度の軽傷であっても突然もたらされた痛みで行軍どころではなくなってしまう。実際に重症な者も相当数に上ったのだから尚更だ。

 混成軍の後方で起こったことであり、上位の指揮官達は中間よりやや先頭寄りにいたために隊列そのものにはまだ影響していないが、後部の兵がごっそりと削られた状況に一瞬で周囲はパニックに陥る。

 当然街道から外れて逃げ出そうとする兵士も居たが、英太が直ぐさまコブラを逃走しようとする場所に先回りさせる。

 

 バタタタタタタタッ!

 隊列から外れた数十人の兵士に向かって、今度はミニミ軽機関銃をぶっ放す香澄。

 こちらの方はよりストッピングパワーの高い対人用の5.56mm通常弾だ。

「う、うわぁぁぁぁぁっ!!」

「た、助けてくれぇっ!!」

 逃げようとした方向を見たことのない鋼鉄の荷車に塞がれて立ち往生したところに撃ち込まれ、先頭にいた数人が倒れると残りはまた隊列の方向に逃げる。集団の中にいた方が安全だと思う意識は本能的なものだ。逃げ出すのも逃げ戻るのも同じ。

 

『英太お兄ちゃん、逆側にも逃げる人、いるよ』

「はいよっ!」

 英太はルアからの指示で街道の外側をぐるっと回ってUターン。そして再び隊列の後方から逆側に回り込む。大忙しだ。

 その間に香澄はM240機関銃の銃身を交換して新しい弾帯をセット。ついでにミニミの弾倉も交換する。こっちはこっちで忙しい。

 連射が前提の機関銃であっても何百発も連続で撃ち続ける事ができるわけではない。精々4、500発も撃てば銃身が過熱しすぎて撃てなくなってしまうので銃身を交換しなければならないのだ。当然弾も補充しなければならないし。

 半ば曲芸じみた動きをしながら交換を行う香澄からすればアクセル踏んでハンドル回すだけの英太はさぞ楽そうに思えることだろう。

 それはともかく、指示された場所に到着すると既に街道から外れて逃走しようとしている兵士達がいたのでミニミを撃ちながら押し戻し、またまた今度は逆側にと、モグラ叩きのように飛び出す兵士を隊列に追いやっていく。

 

 数千人の隊列である。

 その外側で何かあっても大部分の者達はそれを視認することはできない。

 だが音は聞こえるし、見える位置にいる者は悲鳴を上げてパニックになる。

 やがてその混乱は軍全体に広がっていった。

「な、なんだ? 何が起こっている?!」

 騒然とし始めた混成軍の状況にガーレスも困惑して大声を上げる。

「ほ、報告します! 鋼鉄の荷車が隊列の後方を襲撃! 見たことのない武器で攻撃してきており負傷者多数!」

「は、反撃しろ! 盾と長槍を持った者達で囲むんだ!」

 ガーレスが慌てて命令を出すが、それに応えて動くものは少ない。

 

 結局後方から押し出されるように兵士が前に出ようとする勢いで全体の行軍がドンドン早くなっていく。

「落ち着けぇ!! 爆裂矢を持つ聖騎士は外側に広がれぇ!」

 聖騎士団長も声を張り上げる。

 つい先ほど英太達の乗るコブラが隊列の横をすり抜けていったのは把握している。

 そしてその時に爆裂矢から逃げるような動きをしていたことも報告を受けていたため矢が鋼鉄の荷車コブラにも通用すると思っているらしい。

 まさか装甲車を痛車にさせないためなどという理由は想像できるはずがないので無理もない。

 

 おそらくこの場で混成軍の状態を把握していたのは上空からドローンで見ていたルアだけだっただろう。

 混成軍は後方からドンドン先頭に向かって兵士が押し出され、行軍の左右は街道の幅一杯にまで広がっている。つまり上から見て円形に密集している状態になっているのだ。

 しかも兵士間の距離は触れ合うほどにまで接近して長槍どころか剣を抜くことすら難しくなっている。

 その様は羊飼いの犬に誘導された羊の群れのようだ。あるいはライオンの群れに追い立てられたガゼルの群れか。

 

 だがこの時点では混成軍を率いるガーレスと聖騎士団長にそこまでの危機感は無い。

 なにしろ前後左右どこを見ても味方しかおらず、敵の姿が見えているわけではない。ついでに攻撃してきたと報告を受けたのは鋼鉄の荷車がたった1台。

 突然の襲撃に混乱しただけで立て直せば何とかなると思い込んでいた。

 それに爆裂矢を嫌がっているという報告もそれに輪をかけている。

 そして団子状になった混成軍が、あと数百メートルでコラットの街の縁に差し掛かろうかという位置まで来たとき、本格的な悪夢が訪れた。

 

 ダダダダダダダ…………

 ウワァァァァァァァァァ…………

 軍の右側から乾いた連続音が響き、その直後大勢の叫び声のようなものが聞こえてきた。

 そしてそれは右側から右斜め前、前方、左斜め前へと音が移動していく。

「な、どうしたというのだ?!」

「くっ、どうなっている!!」

 いつの間にか隊列のほぼ中央に陣取ることになってしまった聖騎士団長とガーレスが声を張り上げる。

 だが本来なら何らかの事態が生じた場合に動くはずの伝令が無い。

 その理由は単に伝令に走る者が身動きが取れなくなっているからだ。

 

 英太の駆るコブラはかなりの速度で混成軍の周囲を回り、それに合わせて香澄は銃座からM240機関銃やミニミ軽機関銃、M16アサルトライフルを撃ちまくる。

 弾が切れれば英太がもう一周グルリと回っている間に弾薬の補充と銃身の交換をおこない、次の周回でまた撃ちまくり。

 やっていること自体は逃亡しようとした兵士を押し戻したときと同じだが、標的は軍全体に広がっている。

 そして撃ち込まれるたびに運良く銃弾から逃れられた兵士は逆方向、つまり軍の中心に向かって逃げようとする。

 そんなことが全周で起これば中央部周囲はまるでラッシュアワー時間のホームのごとき様相となる。

 もはや自分がどの方向を向いているかも分からなくなり伝令どころではない。

 それになまじ数千もの大軍であるから英太達の逆側に一斉に逃げようとしても全体に動きが伝わる前に回り込まれてしまうので軍としてもその場から動けなくなってしまっているのだ。

 

 逆に英太と香澄からすればどういうわけだか一番外側近くにいたあの危なっかしい(主に羞恥心の面で)爆発する矢を持っている聖騎士達は最初の1周目で粗方排除できたので、後は群れを誘導する牧羊犬よろしく周囲を回りながら徐々に削っていけてしまう。

 ろくに反撃されることもなく、銃口を横に向けて撃つだけで見る間に数が減っていくのだ。そもそも射程的に近づく必要もないし、密集具合からして銃口が上に逸れない限り流れ弾がコットラの街に飛んでいく恐れもほとんどない。

 さらに、指揮官クラスは中央近くにいるだろうから誤って殺してしまうこともないだろう。

 

 そんなことを数十分も続ければ混成軍の大きさは半分以下にまで小さくなる。

 といっても数が半数まで減ったというわけではなく、周囲から押し合い圧し合い密集したために展開している面積が小さくなっただけなのだが、もはや反撃など試みることもできない状態であり、外側から見える兵士達の顔が恐怖一色に染まりきっている。

 丁度そのタイミングでコットラの前に配置していたアルグラッド子爵家と応援に駆けつけた貴族の連合軍が包囲するように前進してくると、混成軍の大部分は戦意を完全に折られたらしい。

 最初の一人が剣を投げ捨てて頭の後ろに手を組んで膝を地面に付けると、それに倣うように他の者達も次々に武器を投げ捨て膝を付いた。

 

 だがそういった行動を取ったのは実際に英太達によって兵がなぎ倒されていったのを目にした者だけで割合としては半分にも満たない。

 むしろわけが分からないままに周囲に兵が押し寄せ混乱していた中央近くの騎士達や指揮官は外側近くにいた兵達が跪いたことで開けた視界に驚き、包囲している子爵家の兵の姿を見るや跪いた兵達を叱咤し始めた。その中には当然ガーレスと聖騎士団長もいる。

 二人は軍のさらにど真ん中にいるが、馬に騎乗しているために多少は周囲がよく見える。

 それでも先ほどまでは押し込まれてくる兵達に翻弄されて見回す余裕などなかったのだが外側の兵士が屈んだことでようやく今の状況が見て取れたというわけだ。

 

「何をしている! 周りの兵の姿が見えんのか!」

「何故戦わん! 突撃しろ!!」

 二人が声を張り上げ、それに呼応して他の中級指揮官達も跪いた兵達に怒鳴り散らすも一度膝を付いた兵が再び立ち上がることはなく、その他の兵もその異様な光景に前に出ようとする者は現れない。

 次第に怒鳴り散らす声すら小さくなっていく。

 やがて戸惑ったような沈黙が混成軍を包み込む。

 

「怒鳴ってないで自分達が率先して動いたら? っていうかさぁ、もうちょっと回りを見てみたほうが良いんじゃない?」

 奇妙な静けさを待っていたかのように不意にガーレス達に声が投げつけられる。

 大きくはなく、若々しさがありながらも鋼の芯でも通っているかのような力のこもった声。

 慌てたように声のした方を向くガーレスと聖騎士団長。

 同時にようやくその目に、跪いた兵士達の向こう、包囲している子爵家の兵との間の光景が入ってくる。

 そこに広がっていたのはおびただしい数の兵士達が地に伏して痛みに悶える姿だった。

 見たところ死んでいる者はそれほど多くはなく、ほとんどの者は血を流しながらも悶えたりうめき声を上げたりしているようだった。

 見ただけでは怪我の程度を量ることはできないが一様に倒れたまま立ち上がろうとする者はいない。

 

 そして血濡れの兵士達の先に鋼鉄の荷車が停まっており、その手前に一人の若い男、英太が右手に刀をぶら下げて立って、いや、ゆっくりと歩いてきている。

 ガーレス達からはまだ距離がある。

 だが不思議とその声は張り上げているわけでもないのに明確に耳に届いた。

 英太がその歩みを進めるたびに地面を転がっていた兵士達は痛みに呻きながら必死の形相で逃げるように進路を開けていく。跪いていた兵士達も同様だ。

 

 たったひとり。

 それもまだ子供にすら見える青年でしかない英太の歩みは、まるでモーゼが紅海を割ったように進むたびに道が開けていく。

 ガーレスも聖騎士団長も、さっきまで兵士達を怒鳴りつけていた指揮官達もそんな英太を見つめたまま身じろぎひとつすることができない。

 彼等は未だ蹂躙されたわけでもその光景を直接見たわけでもない。ましてやそれを成した鋼鉄の荷車から降りた青年ただひとりだけ。にもかかわらず既にその気配に圧倒されていた。

 最近はオッサンに振り回されるばかりで半ば運転手的な便利屋稼業となることが多く新参のルアにすら存在感で負けてしまっている英太だが、これでもグローバニエ王国で香澄と共にオルスト王国の精兵と幾度となく命がけの戦いを繰り広げ、近接戦闘力に乏しかった香澄を守り抜いた猛者なのである。

 

 さらに伊織と行動を共にしてからは訓練中は鬼と化すオッサンの、某軍曹ばりのブートキャンプでさらに鍛えられている。

 北部諸国と小競り合いの経験がある国軍の兵士ならば多少は戦意を保つことができるかもしれないが、貴族の私兵と盗賊狩り弱い者イジメくらいしかしたことのない教会の騎士程度ではその威圧感に耐えることなどできるわけがない。

 なにしろ久しぶりの見せ場に気合いが入りまくっているのだから尚更である。

 

 もちろんこのままでも混成軍を壊滅させることができるだろうに、わざわざ英太がコブラから降りたのにも理由がある。

 英太と香澄が伊織から受けた指示はひとつだけ。

 それは『俺達に手出しするのはヤバいと理解させといてなぁ』というもの凄く雑な指示だったのだが、英太も香澄もその意味を正確に理解しているつもりだ。

 少なくとも異世界からの召喚に使われた魔法陣の情報に関してはこの帝国と光神教の総本山であるキーヤ公国にあるものが本命に近いはずだ。

 となれば仮に首尾良くそれが入手できたとしてもリゼロッドがある程度解析するまでとしてもそれなりの期間帝国なり公国なりに滞在しなければならない。

 伊織に所持している物品を隠すつもりがない、というか、既に目立ちまくっている以上侮られれば有象無象の連中が押しかけてくるようになるだろうし、大人4人(内2人は高校生だが)だけならともかく今は戦う力のないルアもいる。

 だからこそ教会はもちろん、貴族連中にも伊織達を怒らせることがどれほど危険なことなのかをしっかりと示しておく必要があるのだ。商人達には付き合いのある貴族から勝手に広まっていくだろう。

 

 この異世界において装甲車や銃火器は確かに強力だ。だがそれさえなければ何とかなるなどと思ってもらっても困る。

 というわけで、見た目少年とも思えるほど若い英太が銃器抜きで武力を見せつけようということになった。

 もちろん油断も出し惜しみも無しだ。

 歩みを進める英太は既に全身にくまなく魔力を巡らせている。異世界物お馴染みの身体強化である。

 正確には魔法とはいえず、本質的に中国拳法で言う“気を巡らす”のと同じだが込める魔力(気)の質と量が比較にならない。これだけで現代スポーツの世界記録を軒並み塗り替えることができる自信があるほどだ。

 さらに、伊織から指導された実戦的な魔法もいつでも発動できるように準備している。

 

 英太が進むたびに開けていった道が、立ったままだった中心部近くの騎士・兵士のところで止まる。

 が、英太が構わず前へ出るとその圧力に押されて騎士達も後ずさるがただでさえ密集している状態だ。

 このようにほとんどの者達が周りの惨状と英太の気配に呑まれている状況でもこれだけ戦闘のプロが集まっているのだ少数ながら気炎を上げる者もいるようで、数人の男達が尻込みしている兵士を押しのけて前に出てくる。

 全員が純白の全身甲冑に身を包んだ光神教の聖騎士だ。おそらくは信仰心と使命感に後押しされたのだろう。

 

「たったひとりを恐れるなど、恥を知るがいい!」

「邪教徒め! あの怪しい荷車を降りたのを後悔させてやる!」

 どうやら使命感云々というよりも単に鈍いだけのようだ。やせ我慢しているだけかもしれないがそれはそれで大したものである。

 聖騎士達は憎々しげに英太を睨みつけると腰の長剣を抜いて対峙する。

 さすがに多少は頭は回るようで、互いに邪魔にならない程度に前に出て間隔を開ける。

 男達の目は憎しみに満ちているようだが、英太の背後には相変わらず装甲車が控えているのにたった数人でどうにかなると思っているのだろうかと疑問が湧くが、まぁ英太にとっても向かってきてくれる方が都合がいい。

 というか、そうでなければ降りてきた意味がない。

 

 立ち塞がった男達の先頭にいた一際大柄な騎士が剣を振り上げて叫ぶ。

「光神教の教えに逆らい、民を惑わし、帝国を乱そうとする邪教徒を神は許さん! 我等聖騎士が神の奇跡をもって断罪してくれる!」

 通り一遍の口上だが、男の『言ってやったぜ』的なドヤ顔が若干イラッとくる。

「口喧嘩するつもりなんて無いから、やるならサッサと掛かってきてくんないかな?」

 これ見よがしに溜息を吐きながら英太が応じる。

 英太としてはこれでも精一杯煽っているつもりなのだがやはりオッサンのような神経を逆なでするような煽り文句を出すには人生経験が足りないらしい。

 とはいえ教会の威光を笠にふんぞり返っていた男達にはこれでも十分なようで、英太の返しに怒りを露わにすると口上をのたまった男が振り上げた剣を両手で掴むと英太に向かって躍りかかる。

 

「死ねぇっ!!」

 神の奇跡とやらはどこにいったのか、チンピラのようなかけ声と共に渾身の力で剣を振り下ろす。

 余程全身甲冑に自信があるのか、防御など考えていない思い切りのいい袈裟斬りである。が、そんな見え見えの攻撃を食らうほど英太は弱くない。

「がっ? あ? え?」

 振り下ろした剣が握り込んだ小手ごと結構な勢いで英太の背後に吹っ飛・・・・・・・・・んで行く。そしてそれを視界に捕らえた聖騎士の男は間の抜けた声を上げ、自分の肘から先をぼんやりと見る。

 そこに何もないことを一瞬頭が理解できず、直後かなりの勢いで血が噴き出すのを見、一拍遅れて激痛がもたらされたことでようやく英太によって両腕が切り飛ばされたことを理解する。

「う、うぎゃぁぁぁ、あばぁ!」

 叫び声を上げる男。だがそれも返す刀で脳天から股間まで一直線に唐竹割りされたことで途切れた。

 

「なっ?!」

「ぐわぁっ?!」

 ご自慢の甲冑が何の役にも立たずに紙のように真っ二つにされたのが余程ショックだったのか、聖騎士達が驚愕で硬直する。

 だが既に戦いは始まっている。

 英太は躊躇することなく切り捨てた男の右側にいた騎士に向かって刀を振るい、ろくに防御する素振りすら見せることなく胴から首が落とされた。

 そしてその事を残りの聖騎士達が認識した頃にはさらに2人の首が泣き別れしている。

 所詮は魔法によって強度が増した甲冑に頼るだけの騎士である。

 多少は身体強化的なものを使えるのかもしれないが英太の動きをまともに捕らえることもできず、わずか十数秒で向かってきた聖騎士全員が自らの血だまりに伏すことになった。

 

「ひ、ひぃっ?!」

「お、応戦しろぉっ!! 近寄らせるなぁ!!」

 ここに来てようやくガーレス達が声を上げる。

 恐怖の叫びとも思えるそれに、半ば恐慌をきたしながら本能に従って手にした槍や剣を構える指揮官や兵士達。

 そこに英太が無造作に飛び込む。が、早い。

 数十メートルの距離を一瞬で詰めると兵士が持っている剣ごと胴体を両断する。そしてその勢いのまま別の兵を袈裟懸けに切り捨て、背後に回ろうとした集団に向けて発動を待機させていた魔法を放つ。

 

破裂バースト!」

 集団のど真ん中で極限まで圧縮されていた空気が弾け、ごく狭い範囲に途轍もない突風が吹く。

 魔法があまり得意ではない英太だが、事前に準備を整えておけば戦闘中であっても魔法の発動はできるのだ。

 といっても爆弾などとは違い鉄片などは含まれていないので単に敵を吹き飛ばすことができる程度でしかないが。

 後の展開は一方的だった。

 

 英太が刀を振るうたびに騎士も兵士も聖騎士も関係なく一撃で切り捨てられ、対する側は英太の姿を認識したときには既に手遅れとなった。

 果敢にも味方に当たるのも構わず矢で射ろうとした者もいたが、弓を構える素振りを見せた段階でコブラの銃座から香澄がサックリと狙撃して英太を狙わせることは阻止した。

 もちろんこの程度の相手ならば弓矢で狙われたところで躱せるし現代地球謹製のボディーアーマーも装着しているので怪我もしないだろう。

 だが敵に囲まれている以上何があるかは分からないしそもそも英太と香澄の目的は圧倒的な強さを見せつけることだ。かすり傷ひとつでも負って侮らせるわけにはいかない。

 英太も刀を振るいながらも伊織に叩き込まれた魔法を練って盛大に相手を翻弄する。

 

 やがて混成軍の兵士達の戦意は潰え、英太から離れた位置にいた兵が一斉に武器を放り投げて逃げに転じる。

 英太が直接切ったのは百人程度だろうが、相手をした兵士や騎士がことごとく一刀のもとに斬り捨てられ惜しい場面も疲れも見せず、魔法まで繰り出す様を見て勝てるわけがないと判断したのだ。

 だが逃げたところで周囲はアルグラッド子爵の兵が取り囲んでいる。

 士気の消滅した兵に戦う気力などあるわけもなくほとんどが捕縛されるだろう。

 

「ば、馬鹿な……」

「こんなことが……」

 残されたのは馬上で呆然と現実から逃げるように呟く2人の将と数人の指揮官だけだった。

 

 

 

 

 コットラの港に一際目立つ大きな船が停泊している。

 オルスト王国から正式に訪問した使節団が乗ってきた大型木造船である。

 5本マストの最も高い位置にはオルストの国旗がはためき、この船がオルストの公式の交易船であることを示している。

 その甲板ではアガルタ帝国とオルスト王国の通商条約を調印する式典が開かれていた。

 調印はアガルタ帝国帝王本人とオルスト王国の外務大臣イワン・ヴァーレント伯爵が行い、締結に尽力したとして第5王子ウイールと仲介者である伊織が同席している。

 そしてその場には第3王子であるレヴィンと第2王女レビテンス、宰相のファリアスも参加していた。

 

(どういうことだ? 何故なにも起こらん?)

 甲板の中央に設えられたテーブルでは既に調印は交わされ代表者である帝王とイワンが朗らかに握手をしている。現代地球でもよく見られる光景だ。

 つまり式典も終盤に差し掛かっており、両国の役人による実務的な手続きを除いて実質的には通商条約は無事に締結されたことになる。

 その事自体はレヴィン達にとって大した問題ではない。

 問題なのは式典の開始と同じ頃コットラの街の各所で騒動が起こり、それに乗じて教会とガーレス、ファリアスの兵が街を襲撃する予定となっているのに未だに何も起こっていないということだ。

 

 このまま何事もなく式典が終わってしまえばウイールの立場は強化され、逆に自分達は後継者争いから脱落する。

 それを阻止するために入念に準備を進めていたはずなのに、いざ始まってみれば式典は滞りなく終わろうとしている。

 レヴィンとレビテンスの顔には困惑と焦りが浮かんでいた。

「どうなっている! 兵達はどうしたのだ!」

「わ、わかりません。直前までの報告では街のすぐそばで予定通り部隊が待機し、街への潜入も問題ないと」

 レヴィンがファリアスに小声で詰め寄るも、この老宰相も予定外の事態に困惑するばかりだ。

 

「まさか、異国人達が何かしたのでしょうか」

 レビテンスが呟くように言った言葉にレヴィンは眉を顰める。

 確かに事前の予想とは異なり、ウイールに加担していた異国人の中でこの場にいるのはリーダーと目されている無精ヒゲの男ひとりだけだ。

 他の者は式典が始まる前から現在まで一度もこの場に現れていない。

「馬鹿な。仮に奴らが何かをするにしてもたった数人で何ができる? 例の荷車だけでは街に潜り込んでいる者に対処することなどできないだろう」

 それにもしアルグラッド子爵と連携して街に潜入した者に対処できたとしてもさすがに分散した全てに対応出来るとは思えなかったし、さらに同時に予定されていた大部隊による街の急襲でカバーできるはずだった。なにしろ数が違うのだ。

 にもかかわらず伝令ひとつ無く、なにも起こらない。

 状況が分からずレヴィン達も動くに動けなくなっていた。

 

 レヴィン達に帯同してきたのは精々100名程度の兵に過ぎないし、そもそもこの船上には10人に満たない数しか同行させることができなかった。当然である。

 周囲にはオルスト側の護衛を除いても帝王の近衛兵が数十人ずらりと並んでいる。

 大主教エリアネルの話ではいくらかは光神教の息が掛かっているというが、文官に紛れ込んだ数人以外には誰がそれかは分からないし、どちらにしてもその程度の人数では目的を果たすことはできないだろう。

「で、ですが、まだアレがあります」

「そう、だな。だがアレももう来てもいい頃のはずだが」

 どうやらまだ何か企んでいるようだがそれでもその顔には不安の色が濃い。これまでの予定がことごとく上手くいっていないようなので無理もない。

 

「殿下達はどうかなさったのかな? 顔色が優れないようだが、船酔いでも?」

 式典に参列しながらコソコソと小声で話をしている3人に、不意に声が掛けられる。

 本人達はさりげなく会話しているつもりでも厳粛な式典の中でボソボソと会話していればそれなりに目立つのだ。

 悪巧みをしているという後ろ暗さもあって当人達が思うより不穏な気配というものが人目を引いたりするものだし。

 会話の内容が内容なので声を掛けられたレヴィン達は一瞬ビクリと肩を震わせるが、何とか平静を装って声の方に目を向ける。

 

「っ!」

 そこにいたのはニヤニヤとした笑みを口元に浮かべたオッサン、伊織だ。

「おや? 私がこの場にいるのが不思議ですか? それとも顔に何かついてるかな?」

 そんなわけはない。

 式典の最初から伊織がいるのは見ているし、むしろ式典のメインメンバーのひとりなのだから目立ってもいる。

 服装もこの世界では見たことのないデザインながら現代地球ならば海軍将校を思わせる白を基調とした軍服のような装いだ。

 明らかに何故レヴィン達が落ち着かないのか分かった上で煽っている。

 だがさすがにそんなことまではレヴィン達に分からないが、その表情と口調は神経を逆なでするのに十分なものだった。

 

「っつ、貴さ……」

 けっして忍耐強いとはいえないレヴィンが何か言いかけたその時、甲板の後方、沖側に居た乗組員からざわめきが聞こえてきた。

「なんだ? あの船」

「戦船、か?」

(来たか!)

 沖を見つめて騒ぐ者達の言葉を聞いてレヴィンはホッと胸をなで下ろす。

 戸惑ったような近衛兵やオルストの船乗り達とザワついた場に眉を顰める帝王を余所に、レヴィン達も好奇心を装いながら甲板の縁に近づいて騒ぎの原因となった船を確認する。

 

 港になっている入り江に入ってきた船は3本のマストと船幅が狭く喫水の浅い船形に、両舷からいくつも伸びる櫂が備えられた、地球で言うガレー船と呼ばれるタイプの船だ。

 長距離航海には向かないものの機動性が高く風に影響されずに運用できることからこちらの世界でも主に軍船として使われている。

 もちろんこのコットラの港に入ってきたのは公式に予定されたものでも偶然立ち寄ったものでもない。

 式典が船上で行われることから、襲撃の際帝王やウイールが洋上に逃れることを想定して用意しておいたものだ。

 櫂の漕ぎ手も全員が兵士であるため接舷させれば戦力はガレー船だけで200を越える。

 現在まで目的が近衛兵達からは不明であり、一息の距離まで接近してから攻撃すれば態勢を整えるまでに接舷してなだれ込むことができるだろう。

 その混乱に乗じてこの船と岸を繋いでいる舷梯げんていを外してしまえば外に居る近衛兵は無視できるし、この船に乗っている兵だけならば制圧することは容易であるはずだ。

 それにアレにはもう一つの切り札が用意されている。

 

 すっかり余裕を取り戻したレヴィンとレヴィテンスが見ている内にガレー船はドンドン近づいてくる。

 この船の乗組員が大声でガレー船に向かって近づかないように警告するが、聞こえているかどうか微妙だし、そもそも聞く耳など持ってはいない。

 そしていよいよ彼我の距離が300メートルほどに近づいたとき、ガレー船の船首の甲板から“何”かが放たれる。

 あえてこちらの船を避けて打ち出されたそれが港の岸壁に当たると、空気を震わす轟音と共に石造りの岸壁の一部が砕けた。

 岸壁の破損具合としてはそれほどでは無いが、もしあれが木造の船に当たりでもすれば大きな被害を被ることになるだろう。

 その正体は船首に取り付けられた大型の弩弓から放たれた矢であり、これこそがこれまで教会が秘匿しながら開発した兵器であり、あの爆裂矢の規模を大きくした切り札である。

 

(よしっ! これで……)

「ふ~ん? まぁ大した威力じゃ無いけど鬱陶しいからサッサと片付けるか」

 内心で高々と拳を振り上げたレヴィンの耳に、のんびりとした口調の声が届く。

 何の動揺も感じさせないその口調にレヴィンが振り向くと、既に伊織はその場から離れ、離れた位置にいた近衛兵から長細い箱を受け取っていた。

 そしてその場で蓋を開けると、長細い筒状の物を取り出すと歩きながら何やら操作する。

(なんだ、あれは? 何をするつもりだ?)

「で、殿下」

 レヴィンの疑問はファリアスも同じく感じたようだ。

 あの異国人が手にする物に、途轍もなく嫌な予感がしてたまらない。

 

 もちろん伊織が手にした物は現代地球のアイテムである。

 ドイツのダイナマイト・ノーベル社が開発した携帯対戦車兵器でありロケットブースター付き弾頭使用の無反動砲の一種であるパンツァーファウスト3。

 日本の陸上自衛隊にも配備され、かつてライセンス生産していた企業名から『空飛ぶ日産マーチ』と呼ばれていたこともある110mm個人携帯対戦車弾だ。

 伊織は船首近くの船縁から近衛兵に場所を空けさせると先端のブローブを伸ばしてからガレー戦に向けて構える。

 そこに儀礼用の小剣の柄に手を添えたファリアスが近づく。もちろん伊織の行動を阻止するためだ。

 儀礼用とはいえ鋼の剣であり、刃は付いていないが刺突ならば十分に殺傷力は持っている。

 

 この場で賓客である伊織に剣を向ければ宰相という立場であってもただでは済まない。だが、それはこの計画が失敗しても同じことだ。

 老いたりとはいえファリアスも貴族である。剣のたしなみはあるし、孫娘のために腹をくくった老人を侮ることはできない。

 小剣を抜いて腰だめに構え、見た目からは想像もできない勢いで伊織に突進する。

 そして、その切っ先が伊織の背に届こうかという、その瞬間、

 バシュゥッ!!

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 伊織の構えたパンツァーファウスト3が発射され、ファリアスに無反動砲特有のカウンターマスが浴びせられる。

 超高速で打ち出された金属粉を食らったファリアスは叫び声を上げながらのたうち回る。その顔は無残と言うほかない。

 

 同時に、打ち出された榴弾は見事にガレー船のど真ん中に命中し、先ほどの弩弓とは比べものにならないほどの爆音と共に着弾箇所周辺を吹き飛ばす。

 そしてどうやら浸水まで始まっているらしく甲板から海に次々と乗っていた兵士が飛び降り始めている。ほどなく沈むだろう。

 結局大仰に登場した割に、何をしたかったのか分からないままたった一発港の一部をほんのちょっと壊しただけでご退場となったわけだ。

「あ~らら、急に後ろから近づいたら危ないじゃん。まぁ? なかなか物騒なことをしようとしてたみたいだから自業自得ってやつだけどな」

 自分のもたらした結果に満足そうな笑みを浮かべ、射出したパンツァーファウスト3のフレームを肩に担いでいる。

 

「な、な、……」

「そ、そんな……御祖父様……」

 言葉を失って立ち尽くすレヴィンとその場でへたり込んだレビテンス。

 そんな彼等にゆっくりと近づくのはウイールだ。

「兄上、あなた方の企みは全て潰えました。

 街の中に潜入した工作班は全て捕縛し、コットラを襲撃しようとしていた教会の聖騎士団とパイラス伯爵の兵も壊滅し降伏しています。

 これ以上帝室の名を汚すことをなさいませんよう…」

「ふ、ふざけるな! 血筋も伴わない貴様などを後継者などと認められるか! 得体の知れない異国人を帝国に招いて国を乗っ取ろうとする、貴様は絶対に許さん!」

 哀れむようなウイールの言葉に、レヴィンは耐えきれないとばかりに声を荒げる。

 その言葉に、ウイールの顔に浮かぶのは悲しげな表情だ。

 

「昔も、今でも、帝位を継ぎたいなんて思ってことはないですよ、兄上。

 私はただ平穏に暮らせたら、叶うならカレリア嬢と結婚して辺境の小さな街の領主でもしながら穏やかに過ごせたら満足でした。

 帝都に留まることになったとしても兄上達の誰が後継者になっても全力で支えようとしたでしょう。

 兄上達が私を殺そうとさえしなければ……」

「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」

 あくまで静かに、悲しみを込めた口調で返すウイールに、一層の憎しみを込めて叫ぶレヴィン。

 だがそれが意味のある言葉になる前に、近衛兵によって取り押さえられた。

 未だ呆然と座り込んだレビテンスも近衛兵に両脇を抱えられ、負傷してのたうち回っているファリアスともども拘束されて船を降りていった。

 

 こうしてコットラの街を舞台にした騒動は幕を下ろしたのだった。

 

 

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