第62話 クーデター計画
第2帝室宮。
帝国の第2王女であるレビテンスが暮らす館の一室。
王女の身支度を調えるこの部屋は現在ピリピリとした固く重い空気に包まれていた。部屋にいる侍女達の顔も緊張で強ばり、中には泣き出しそうになりながらも必死に堪えているかのような表情をしている者もいるほどだ。
その原因はこの館の主であるレビテンスにある。
あのシメーナ妃の生誕祝いから戻ったレビテンスは夜会で受けた(と勝手に思っている)屈辱を思い出してこの上なく不機嫌だった。というか荒れた。
それはもう盛大に荒れまくり、着ていたドレスを破り、調度品をぶん投げたりテーブルの上にあった物を薙ぎ払ったりと、それはまぁ派手に暴れた。実に分かり易い暴れっぷりである。
当然その矛先は王女に仕える侍女達にも向けられ、幾人もが理不尽に詰られたり些細なことで叩かれたりもしたのだ。
そしてその不機嫌さは3日経った現在も絶賛継続中であり、だからこそのこの緊迫した空気なのだった。
「痛いわね! もっと丁寧にできないの?!」
「も、申し訳ございません!」
レビテンスの髪を梳いていた侍女が、ほんの少し髪が引っ張られただけで怒鳴り散らされる。
顔を真っ青にしながら慌てて頭を下げる侍女。
これまでに幾人もの侍女達がレビテンスの勘気に触れて館を追われている。
王女付の侍女ともなれば出自は中位以上の貴族家の出身だ。
多くは行儀見習いという形で王族の侍女として勤め、適当な年齢になったら釣り合う家柄に嫁にいくのだが、縁談が纏まるまで或いは相応しい年齢まで勤め上げるのと途中でクビになるのでは当たり前だが外聞が随分と異なってしまう。
今後の自分達の家内での扱いにも差が出かねないので侍女や女官になった者達は大凡真面目に仕事をこなしている。
そんなわけなので侍女達は王女様の理不尽にもクビにならないように頑張って耐えているというわけである。
さすがに悪逆な歴史上の女王のように気に入らないからと処刑を命じるほど暴虐な真似まではしないが、斬首はしなくても
とはいえ実際にはレビテンスの癇癪はある程度高位貴族達には知られてしまっているので館を追い出されたところで外聞的にはそれほどダメージは無いのだが。
「殿下、宰相閣下からの使いが来られました」
身支度がある程度調ったところで、別に見計らったというわけでもないのだろうが、執事が封書を持って部屋に来てそれをレビテンスに手渡す。
「御祖父様から?…………出かけるわ。支度しなさい」
受け取った手紙の封蝋を解いて中を確認したレビテンスの表情が不機嫌なソレから真剣なものに変わり、側に控える侍女達に外出の装いの準備をするように支持した。
侍女達の顔が引きつる。
そりゃそうだろう、本日の予定に合わせて重苦しい空気に耐えながら折角ようやく我が儘王女様の身支度を終えたばかりなのに、外出のために全部やり直しなのだ。
服を替えるだけで満足してくれるのならば良いのだがそんなわけもないだろう。
溜息を吐きたくなるのを堪えながら、侍女達は素早く準備を始めるのだった。
一刻ほど立った頃、レビテンスは馬車で帝都内にあるリーハイト公爵邸に到着した。宰相である祖父の館である。
レビテンスに届いた手紙にはただ一言『館に来るように』とだけ祖父の署名と共に記されていた。
理由については書かれていなかったが、この時期に帝国の後継者候補であるレビテンスが呼ばれるのだ。後継者争いに関わることであるのは間違いないし、タイミングを考えればウイールと異国人達の事だろうと簡単に予想がつく。
館に着いたレビテンスはすぐに応接室に通され、そこには既に祖父ファリアス・ド・リーハイト公爵が待っていた。
「よく来てくれたな、レビ」
「御祖父様がお呼びであれば当然ですわ。それで、どうなさったのです?」
「まぁ待て、直に他の者も来……」
王女と王家の臣下たる公爵家当主の関係とはいえ祖父と孫でもある。
堅苦しい挨拶を交わすこともなくソファーに座るとレビテンスが口火を切るが、それを片手を上げてファリアスが制止する。
と、その直後、再び扉が叩かれて来客が告げられた。
その後部屋に入ってきたのは予想通りであり、ある意味予想外でもある4人の男達だった。
迎えたファリアスも、入ってきた男達の顔にも笑みはなく、厳しいものだ。
「レヴィン兄様と、パイラス伯、は予想していましたけれど、大主教猊下がお二人もご一緒とは思いませんでしたわ」
「おおっ! レビテンス殿下におかれましてはご機嫌うるわしく。
いや、今現在殿下と宰相閣下の抱えておられる憂事に、我々も些かならず関わりがございまして」
レヴィンが伴っていたのは派閥の中心人物であるパイラス伯爵だけでなく光神教の大主教2人も居たのである。
関わりがあるという言葉に若干の困惑を滲ませるレビテンスを再び座らせる。
そうして全員がソファーに腰を落ち着け、飲み物を配り終えた侍女達が退出するとようやく一同の視線が混ざり合うことになった。
最初に発言したのは、この中で一番名目上の立場が高位であるレヴィンだ。
「既に知っての通りウイール派の筆頭、アルグラッド子爵の所領にある街コットラを玄関口として大陸南部のオルスト王国と正式に通商することになった。これまでもオルスト王国やバーラ王国の商船は時折帝国に訪れていたが、今後は定期的に相当数の商船がコットラを寄港地として取引を行うらしい」
「帝国からは毛織物や銀などが輸出されオルスト王国からは砂糖や香辛料でしょうか、交易は莫大な利益を生みます。
本来なら他国との交易は王家直轄か大貴族が行うべきものですが、ウイール殿下が後ろ盾となり陛下もそれを承認してしまっております。
遠からずアルグラッド子爵は帝国有数の貴族となり、ウイール殿下は我々を凌ぐ資金力を持つことになるでしょう」
レヴィンの後をガーレスが引き継いで説明する。
「っ!!」
レビテンスは改めて突きつけられた事実に声を詰まらせる。
「全てはウイール殿下が連れてきた異国人の仕業だろう。最初に報告を聞いたときは2つの大国から王族と同等の権限を与えられたなど笑い話にもならない雑なペテンだと思っていたのだが、こうなった以上信じるしかない」
この期に及んでこんな言葉しか出てこない時点でファリアスが国家の重鎮として十分な能力が無いことを示しているのだが、この場にそれを指摘する者もいない。
ファリアスは帝国の宰相ではあるが、この宰相という地位は帝国の国政に於いて絶対的な権力を有するものではない。
国政の中心として各部署の主張や利害を調整して帝王に政策を具申したり、帝王の代理として政策を実行するために各部署に指示をしたりする中間管理職に近い。
他の大臣の任免権は有していないし、大臣に対して要請することはできても命令することはできない。だから役割としては明治期の内閣総理大臣に近い。
もちろんそれでも大きな権限を持っていることは確かだし、帝国に2家しかない公爵家の当主でもあるため他の貴族に対する影響力は大きいのだが、外務と財務の大臣職はもう一つの公爵家であるカルバン家に押さえられているため勢力としてはカルバン公爵家の後塵を拝している状態だ。
「だが、夜会であの異国人達の立場やもたらした物品が公のものとなったことでそうそう手を出すことができなくなってしまった」
「しかしこのまま放置するわけにはいかん。時間が経てば経つほどウイール殿下は力をつけるだろうし、カタール殿下は今も着々と地盤を固めている。
それに下位貴族はおろか中位貴族の中にもウイール殿下に接触を図ろうとする動きが出てきている」
レヴィンとレビテンス、それからそれぞれの最大支援者であるパイラス伯とリーハイト公、共通しているのは“焦り”だ。
伊織達がウイールと知り合う切っ掛けになったバッカオ砦への慰問ですら、力をつけはじめていたウイールへの警戒、特に高い能力と高位貴族からの支持というアドバンテージを持ちながらも人望という面で不安を抱えているカタールと資金面で大きく水をあけられているもののその人柄で庶民や下位貴族から高く評価されているウイールが手を組むことを恐れたレヴィンとレビテンス両陣営が強引に仕掛けたものだった。
それが失敗した上に伊織達というあり得ないカードが加わり、さらにウイール陣営の情報がまったく入らなくなってしまった。
このままでは間違いなく候補者はカタールとウイールの2人に絞られ、レヴィンもレビテンスも排除されるだろう。
帝位を諦めて取り入ろうにも堅物のカタールは聞く耳を持たないだろうし、ウイールに対しては既に強攻策を仕掛けた後だ。どちらが帝位に就いたとしても2人を許すはずがない。
もちろん2人を支持してきたガーレスやファリアスもその陣営ごと粛正か、そこまでいかなかったとしても間違いなく実権は失うことになる。
「それではどうなさるおつもり? このまま座して死を待つわけにはいきませんでしょう? 御兄様がわざわざこちらにいらしたのは何かお考えがあるのではなくて?」
愚痴の言い合いに発展してしまいそうなレヴィンと祖父の会話を断ち切ってレビテンスが話を戻す。
現状の厳しさなど充分に理解している彼女にしてみればただ嘆くだけなど時間の無駄でしかない。
「それは私達からご説明させていただきましょう」
レビテンスに答えたのは大主教のひとりだった。
「エリアネル大主教、と、ブラークス大主教、お二方が来られた理由も関連があるということですの?」
「その通りでございます。両殿下が憂いておられるウイール殿下に力添えした異国人達、あの者達は我らが光神教にとって捨て置くわけにはいかない存在。謂わば神敵でありますれば」
「神敵とは随分と大仰なことだな。だが南部諸国で起こった騒動は儂も聞き及んでいる。
教会が独占している治癒と魔法具製造より高い技術のものが大陸南部から持ち込まれて、実質的に教会の地位が失墜したとか。
なるほどその技術を持ち込んだのは南部から来た異国人だという話だったが、それが奴等か。
それに先日南部諸国を統括していた大主教殿が移送されてきたが、道中も散々だったそうだな」
ファリアスの言葉に一瞬不快そうに顔を歪めたがすぐに慇懃な態度に戻してエリアネル大主教が首肯する。
「神から賜った奇跡の業を蔑ろにし、異国より邪教の術をもたらしたあの者達は我らにとって許し難い大罪人。
ですが、それよりも問題なのは奴等はこの帝国にもそれを広めようとしていることです。
それを許せば光神教の教えは邪教のそれに取って代わられ、帝国もまた異国の勢力に呑み込まれてしまうでしょう。それはなんとしても阻止しなければなりません」
現在の光神教がしていることは、単に既得権を守るためにそれを脅かそうとするものを排除するという短絡的で身勝手なものでしかない。
だが帝国内の教会を統括する大主教のひとりであるエリアネルはいけしゃあしゃあと伊織達が悪の根源であるかのように言ってのける。
実際にエリアネルもブラークスも自分達に問題があるなどとは欠片も考えていない。彼等にとっては自分達が構築した秩序を乱す伊織達は絶対的な悪であり、それを排除するのは全てに優先する正義だ。
「とはいえ、いかに我らといえど帝宮に籠もられたままでは手出しはできません。ですが、聞くところによると20日ほどするとオルスト王国から最初の船がコットラに到着して、そこで陛下とウイール殿下が出席して式典が開かれるとか。
当然手引きしたあの異国人達もその場に居るでしょう」
ブラークスが言葉を繋げる。
そしてその内容はまだファリアスですら知らないことだった。光神教の情報収集能力の高さとファリアスの情報収集能力の低さを如実に表した結果だろう。
「……その時にあの異国人達を排除する、というわけですわね」
「いや、それだけではウイールとアルグラッド子爵の力が残る。
そもそも帝王の前で奴等の身分が認められた以上、あの異国人達だけ排除すればウイールに攻撃材料を与えるだけだ。
そうならないためにもやるなら徹底的に、ウイールごと消えてもらう」
レヴィンの言葉にレビテンスは眉を顰める。
「し、しかしそこまでするのはさすがに王が認めんだろう。仲介役である異国人が害されれば交易が白紙に戻るのはやむを得ないとはいえ、ウイール殿下まで襲撃するとなれば後継者争いが原因だと誇示するも同じ。
異国人相手ならばいくら疑わしくも直接的な証拠を残さなければ言い逃れることもできるだろうが、交易が潰れ恥をかかされた上にウイール殿下までではいくらあの王であっても黙ってはおらん」
ファリアスがそう嗜めるもレヴィンは動じない。
「他にどんな手がある? 今やウイールは南部の大国と定期的な交易を取り付けた功績でカタールに次ぐ後継者候補として認知されつつある。
交易が始まって利益を上げ始めればその勢力はより強くなり手を出すこともできなくなるだろう」
「我々としましても異教徒と手を組むウイール殿下や光神教に対して含むところのあるカタール殿下が帝王となられれば安心して聖務に励むことができなくなることも考えられます。
教会としては帝国の将来のためにもレヴィン殿下に後継者となっていただき、レビテンス殿下には国政を補佐する立場を確立していただくことこそ伝統を維持しつつより帝国が発展していくための最善の道であると考えているのですよ」
「両大主教猊下が2000名の聖騎士をお貸しくださると約束していただきました。レヴィン殿下と我が伯爵家からは3000の兵が準備できます」
「アルグラッド子爵の抱えている兵はせいぜい1000程度だろう。それから陛下の護衛と式典の警護で帝都から連れて行くのはおそらく騎士が1000と兵士が1000くらいだと考えられる。
レビテンス、リーハイト公、力を貸してもらいたい。
成功した暁には宰相の地位は引き続きリーハイト公に任せ、レビテンスにも納得できるだけの地位と肩書きを用意しよう」
「……何をするつもりですの?」
「父上を拘束して無理にでも後継者に俺を指名させる。そして退位してもらう」
「?!」
「ほ、本気、ですか?」
レビテンスが絶句しファリアスは驚きの声を上げる。
ガーレスやエリアネルにも視線を向けるが動じている様子は無い。どうやらレヴィンの暴走ではなく事前に話し合った上での事なのだろう。
「名君として知られる陛下へは誠に畏れ多いことではありますが、こればかりは座視するわけにはいきませんからな。
幾度も懸念はお伝えしておりましたが残念ながら私共の声を聞き届けては頂けませんでしたし、やむを得ないかと」
言葉の内容とは裏腹にまったく悪びれる様子無くエリアネルが言う。
「……名君、か。アレはそんなご大層なものではないですがな」
ファリアスの動揺はエリアネルの言葉ですぐに収まり、逆に苦々しいものがこみ上げる。
現在至尊の冠を頂く帝王は帝国内や周辺諸国から穏健派の名君と評価されている。
だが実際には前帝王の路線を引き継いでそれをそのまま続けているだけで、特別な事をしたわけではない。
前帝王の治世の前半までアガルタ帝国は旺盛な領土欲と強硬な外交姿勢によって周辺諸国への出兵が頻発していた。
ある程度までは版図も広がり国力も増したが、当然攻め込まれる諸国が蹂躙されるに任せるなどということはなく近隣国と同盟を結んで対抗する。
やがて度重なる出兵によって国庫が厳しくなり、重税に対する民衆の不満の高まりもあって外征どころではなくなってしまった。
やむを得ず前帝王の治世後半は内政重視に舵を切るしか無かったのだが、内政というのはすぐに結果が出るようなものではない。
王家と貴族達の施策がようやく実を結び始めたのは病没した前帝王から現帝王が王位を引き継いだ後だった。
つまり、帝国の高位貴族から言わせれば現帝王は美味しいところを持っていっただけであり、実際にそれ以外特に挙げられるような功績は無く、それどころか政務への意欲も低い。
正妃であるシメーナ妃がなんとか尻を叩きながら最低限の勤めを果たさせているのとファリアスやカルバン公爵などの高位貴族と官僚達の奮闘。それから周辺諸国が帝国に手を出してこないことによって不相応な名声が維持できているだけなのだ。
ただ、そのことが原因でシメーナ妃との仲は微妙であり、今回の後継者争いもシメーナ妃の生んだ第1王子であるカタールへの嫌がらせが発端だろうというのが高位貴族達の共通認識だ。
でなければ人望という面で一部に不満があるとはいえ、血筋や能力に不足はなく順番としても適切なカタールをいつまでも王太子に指名せず、他の候補者を容認するような行動は取らないだろう。
そしてある程度国政に対する発言権を持っているシメーナ妃であっても立場上後継者指名に実子を推すような行動は控えざるを得ない。これが現在の帝宮内の実情なのだった。つまり現帝王は庶民や周辺国からの評価とは裏腹に帝宮内の人望は低いのだ。
「私は御兄様に協力しますわ」
「レビテンス?!」
態度を決めかねているファリアスよりも先に王女が決断を下した。
レビテンスも馬鹿ではない。
ウイールが台頭する前ですら3番手に甘んじていたのだ。ここに到った以上自分が帝位に就くことが難しいのを理解している。
元々現帝王が混乱させる前は普通の王女としての役割を果たすつもりでいたのが欲が出ただけであり、レヴィンが帝位に就いたとしても立場と権力が得られるのならば妥協できないこともない。なにより今のレビテンスには後がないのだ。
「……わかった。儂も協力しよう」
ファリアスとしてはそう言うしかなかった。
帝国の北部。
南部と同様、いくつかの国と国境を接している北部地域の防衛拠点として砦が築かれており、帝国の北部方面軍が常駐している。
早い段階で同盟を結んで帝国の侵略に対抗した南部とは違い、小国が乱立して各国が角を突き合わせていた北部では帝国の侵略への対応が遅れた。
そのためいくつもの国が占領されて地図から消滅し、現在残っている国も帝国と国境を接したかなりの領土を失うことになった。
帝国が内政重視の政策に転換したことで北侵が収まり、時間的な余裕ができたことでようやく北部諸国も帝国への対応として同盟が結ばれた。
ただそれでも南部ほどの緊密な連携が取れているとは言い難く、いまだに政情は不安定なままだ。実質的な休戦状態である南部国境とは異なり近年になっても小規模な小競り合いは続いている。
そのため砦には約12000からなる軍が配備され、その司令官として第2王子でもあるオッセル・テト・ド・アガルタが任じられている。
第2位の帝位継承権を持ってはいるものの、オッセルは帝位を継ぐつもりはなく一武人として帝国を支えると公言しており、現に後継者争いからも距離を置きながらこの砦で時折起こる北部諸国の領地奪還の軍事行動や辺境の治安維持に対処している。
この日も砦にある司令官の部屋で執務にあたっていた。
朝から執務室のデスクで書類を睨み付けていたオッセルは、ようやく積み上げられていた紙束が一段落したので背中を伸ばして目頭をマッサージした。
「お疲れ様です、殿下」
「まったく、出撃の頻度は落ちているのに書類は逆に増えてるのはどういうわけだろうな」
心底疲れたといった風情でこぼすオッセルに副官兼参謀である眼前の男は苦笑いを返す。
いつの時代も管理職の頭を悩ますのは山のような書類の存在なのだろう。
王族のくせに政務よりも身体を動かすことを好み、勉強よりも剣を振ってきたオッセルだったが結局は一日の大半を机に縛り付けられることになってしまったのだから愚痴も言いたくなるというものだろう。
「帝都もかなりきな臭くなっているようですね」
「ああ。レヴィンや宰相が余計な事をしなければウイールも大人しくしてただろうに、変に手を出したから噛みつかれるんだよ。
さっさとこっちに逃げてきて正解だった。あの時決断した自分自身を褒めてやりたいね」
立ち上がって腰を回しながら呆れの混ざった口調で返すオッセル。
実際にこの第2王子から見た現在の後継者争いは、『馬鹿馬鹿しい』の一言に尽きる。
確かに第1王子であるカタールは堅物で融通が利かない。
なまじ頭が良いだけに他者を見下す傾向があり、人の意見よりも自分の考えを優先しがちだ。
オッセルともソリは合わず、皮肉や嫌味は日常茶飯事。時にはもっと直接的に非難されることさえある。
だがそれでも後継者としての能力に不足があるとは思っていないし、人の意見に耳を貸さないというほど頑なでもない。
好きではないが嫌っているというわけではないのだ。単にあまり顔を合わせたくないだけで。
対してウイールのことは気に入っている。
オッセルと同じく母親の身分が高くないので立場が近いし、なによりもあの弟は性格が良い。
だがそれでもオッセル自身は後継者はカタールがなるべきだと思っている。
それが一番帝国にとって混乱が少なく、他国に隙を見せないことだと判断している。
国境で実際に他国と対峙している者なら誰でもそう考えるだろう。
「それに、ウイールに力を貸しているのが異国の連中だというのもなぁ。
会ったことの無い人間をとやかく言うべきじゃないが、どんな思惑が絡んでいるのやら」
「まぁ北部を守る我々としては物資と人員の補給が保たれるのが一番重要ですし、中央のことは口の出しようがありませんが。
それはそうと、この間視察に行ったときの……」
バラララララララ……
副官の言葉の途中で、不意に外から奇妙な音が響き、両者は顔を見合わせる。
「なんの音だ?」
「外? だんだん近づいて来ているようですね」
二人して窓から身を乗り出しながら周囲を見回しても音の発生源が分からず困惑する。
どちらにしても小さな窓からではろくに確認もできず、2人は足早に執務室、それから建屋から外に出る。
砦は城壁の内側に沿って兵舎や施設が建てられており、中央部分は練兵場や戦いになったときの避難場所とするための広場がある。
オッセル達が外に出たときには既に音はかなりの大きさになっていた。
そして、2人が見ている前で広場の中央に空から異様な何かが降りてくる。
ここは帝国の北部を守る砦だ。
一万を超える兵士が常駐し、常在戦場の意識を持って任務にあたっている。
そんな場所のど真ん中に爆音と共に空から降りてくるものがあればすぐさま完全武装の兵士達が飛び出してくるのは当然であり、今現在も広場を囲むように続々と集まってきている。
おそらくは近隣を巡回している当番兵達も急いで駆けつけていることだろう。
ただ、オッセルを始めとした騎士・兵士達の顔に浮かぶのは驚きと困惑が大半である。
この世界には存在するはずのない巨大な空飛ぶヘリがゆっくりと降りてくる。
その情景は完全に理解を超えており、頭の片隅で『緊急事態』という単語が浮かんでいながらも次の行動に移ることができないのも無理はない。
そんな中、とうとう広場の中央にヘリが着地する。
そして、ハッチが跳ね上げられひとりの男が姿を現した。
「お~い、ここに第2王子様が居るって聞いたんだけど、どの人?」
周囲の雰囲気などどこ吹く風。
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