第61話 げに恐ろしきは女の戦い
夜会が行われているホールのある建物にはいくつもの談話室や応接室のような部屋がある。
国会のような議会が無いこの国に於いて茶会や晩餐会などの集まりは政治の場でもある。
人に聞かれても問題ない内容ならば会場で日々交わされているが当然濃い内容だったりより核心的なものは場所を変えて交わされる。
そのような場合のために用意されている部屋は、それほど大きくもなく装飾も比較的簡素にまとめられている。
内装は中央に直径2メートルほどの円卓とそれを囲むように数脚の一人掛けソファーが置かれ、部屋の隅に書記官が使用する机と椅子が置かれている。
伊織が第1王子カタールに連れてこられたのはそんな場所だった。
円卓の右側の席に伊織を促し、カタールは対面に座る。
普通ならばここでお茶なり酒なりが供されるのだろうがそれは無い。出したところで伊織が断るのは目に見えているからだろう。
なるほど徹底した合理主義などとレビテンスに表されるのにも頷けるということなのだろう。
ただ代わりに葉巻のようなものを勧めてきたので冷遇しようとする意図が無いという意思だけは伝わってきた。
まぁ、伊織は相変わらずの傍若無人さを発揮してそれを断り、自分の懐からタバコを取り出して無遠慮に煙を吐き出しているのだが。
ここにいるのは少なくとも見える範囲ではカタールと伊織だけだ。
英太はウイールと、香澄、ルア、リゼロッドはカレリア達と護衛を兼ねて一緒にいる。
カタールも伊織だけが着いてきたことに特に反応することがなかった。伊織が異国人達の中心であることくらいは承知しているのだろう。
紫煙を
しばし無言。
カタールは口を開こうとはしないし伊織もまた急かすことなくただ煙を生産し続ける。
「……まずは我が母であるシメーナ妃への贈り物に対し謝意を」
どのくらい時間が過ぎたのか、おそらくは10数分程度だろうが、見ている者が居るとすればその重苦しい空気に冷や汗が止まらなかったであろう沈黙は、カタールの声で終息する。
「ん? もう人間観察は良いのか?」
これまでの雰囲気などまったく意に介していない口調で問う伊織に、カタールは表情を変えることなく肩を竦めた。
「観察したくらいでは貴方という人物が理解できないということくらいしか分からないようなのでな」
言葉の内容自体は冗談めかしたものだがカタールにはそのような意図は無い。というか、言葉そのままの意味だ。
「だが妃にドレスを贈ったのは何故だ? シメーナ妃はウイールとの関係は悪くはないが、かといって良いわけでもない。どちらかといえば政敵と言える立場だ。
それにいくら素晴らしいものであっても贈り物程度で態度を変えたりするような人物でもないのはウイールも知っているはず。
にもかかわらず、この国では絶対に手に入らないような代物、いったいどういう思惑があるのか聞かぬわけにはいかん」
淡々とした口調ながら誤魔化しは許さないとばかりに睨むような視線に対し、伊織の返答はといえば、
「はぁぁぁ~」
盛大な溜息であった。
「……今日はなんのための夜会で、主役はだれだ? 祝うための席なら主役が機嫌良くしてないと意味ないだろうが。
ましてや今のところ喧嘩を売ってきたわけでもない相手に恥をかかせてどうするんだ?」
「……つまり純粋にシメーナ妃を祝うためだと? それを信じろと?」
「謀略を巡らせたがる奴ってのは誰も彼もがいつでも人を陥れようとしていると考えるようだが、そんなわきゃねぇさ。
まぁウイール王子と親しい子爵家の手助けをするために手持ちの素材を提供したのは確かだが、狙いは宣伝広告程度のものだ。その意味では正妃に贈ったのも企みと言えなくもないかも知れないがな」
呆れたようにあっけらかんと言う伊織に、それでもその言葉を信じることはできないのであろうカタールは疑わしげに眉を顰める。
「……貴公等の目的は何だ? ウイールを利用してこの国で何をするつもりだ?」
「別に隠してないんだから知ってるんだろ? 俺達は古代魔法王国の遺跡と魔法の資料を調べている。
ウイール殿下に協力してる理由は、帝国の権力者が味方になった方が多少は楽ができそうだってのもあるが、単に帝国で最初に会った実直と忠義が鎧を着てるような男に絆されたから、だな。
ウイール殿下自身もなかなかどうして悪くない人物のようだし、ウチの若い連中も気に入ってる。
理由なんてせいぜいそんな程度のものだ。
ご大層な陰謀でも想像してるのかも知れんが、別に俺達は帝国をどうこうするつもりはないしそんな必要も無い。というか、殿下を王様にして操りたいだけならさっさと他の候補者と面倒な高位貴族ぶち殺してるさ。この国にそれを止める力なんて無いし、そうすりゃ一ヶ月もあれば立派な傀儡政権の誕生だ。
それが一番手っ取り早い。が、面倒臭ぇし後味が悪いからな」
「な?!」
伊織のあんまりな放言に、さすがのカタールも顔を引きつらせる。
「ついでに言えば、ウイール殿下を何が何でも玉座に就けようとも思ってないぞ。俺達が請け負ってるのはあくまで『将来にわたって殿下とその味方が安全を確保できる立場を築く手伝いをすること』だからな。報酬は光神教が保有しているだろう古代魔法資料全ての閲覧ができるように協力することだ。
まぁ、そのための近道が絶対権力を手に入れさせることなのは間違いないが」
「……光神教の騎士、それも異なる派閥の者達を引き入れているのもそのためか?」
「そっちは成り行き、だな。まぁよくわからないうちに喧嘩売られたんで教会のことなんざ詳しくないし、案内人代わりに連れてきた。
あの連中にも思惑はあるだろうが、こっちの不利益にならないなら多少は目を瞑るつもりだ。
さて、そろそろ戻るわ。
目を離すと何をしでかすかわからない奴もいるんでな」
自分のことを棚に放り投げまくった『お前が言うな!』的なオッサン発言を残して部屋を後にする伊織。
その後ろ姿を見送ってからカタールは大きく溜息を吐いた。
「……どう見る?」
数十秒後、伊織の去った扉を睨み付けていたカタールが小さく呼びかけると、部屋の片隅の壁が動き、そこから数人の男達が姿を現した。
先頭に居たのは執事の男だ。
「……恐ろしい男、というほかは無いかと。しかも、おそらくは我々の存在にも気がついていたと思われます」
執事の男の言葉に、カタールはさらに苦く顔を顰める。
ウイールの政敵である王子に呼び出されたのだ。眼前に居るのがカタール一人だけだったところで当然護衛の者が隠れていることなど予想しているだろう。
だが執事の言っているのはそういうことではないのがカタールにも分かっている。
最低限の家具しか置かれていないこの部屋にはいくつもの隠し部屋のような場所があり、その出入口は一見してそれとは分からないような造りになっている。
そしてそれに付随する形で部屋の様子を確認できるように覗き窓も巧妙に装飾品に紛れて設置されているのだが、執事も、他の護衛の者も幾度も伊織と目が合ったのだ。それも、その都度わずかに伊織の口角が上がっており、明らかに彼等の存在を認識していたことが分かる。
にもかかわらず伊織の態度は変わることなく、何事もないかのように平然としていた。
「南部の商人からの情報、どうやら間違いないようだな」
「異世界から呼び出された者、ですか」
カタールは伊織達がウイールと共に帝都に来てからあらゆるルートを使って情報を集めていた。
だからこそかなり早い段階で伊織達がカタラ王国で光神教と起こした戦いや治癒術師等の技術者の招聘に関する情報を得ていたのだが、さすがに大陸南西部にあるオルスト王国がグローバニエ王国の情報を得るのは簡単にはいかない。
カタラ王国がそれらの国と交流を始めた以上早急に諜報員を送り込む準備を進めてはいるもののまだまだ時間が掛かるだろう。
そこで、同じく南西部のバーラ王国からの交易商人から情報を得ることにしたのである。
バーラ王国は伊織達が来たというオルスト王国の同盟国であり当然多くの商人が行き交っているため、ある程度はオルスト王国やグローバニエ王国の情報も出回っているようだった。
その商人からの情報で、グローバニエ王国が3人の男女を異なる世界から呼びだしたこと、その異世界人が見たことのない様々な乗り物や武器を使ってオルスト王国やグローバニエ王国の内戦を収めたこと、そしてその功績によって両国から王族と同等の権限を公式に認められたことを知ることになった。
その異世界人達と伊織達が同一人物であるかは確証を得ることができなかったが、伊織達が乗ってきた荷車や今回の夜会のためにシメーナ妃に贈ったドレスの素材やカレリア嬢のドレスを見る限り、どう考えてもこの世界の技術では作ることができないと思われる品々だ。
そのような物を所持している者が複数居ると考えるよりも同一人物であると考える方が自然である。
報告を聞いた当初は数人程度に過ぎない者達が国家の内戦をあっさり制圧できるほどの武力を持つなどとても信じられなかったが、実際に伊織達を見れば納得するしかない。
事実、伊織はカタールに対してなんでもないことのように王族や高位貴族の殺害も可能だということを仄めかしていた。
「さて、思っていたよりも遥かにやっかいな相手のようだが、どうするべきか」
「答えはかの者の言葉の中にあるかと」
「…………」
主従は深い思考の沈黙を続けた。
伊織が第1王子カタールとの面談に臨んでいる頃。
当然だがシメーナ妃の生誕の祝いは続いていた。
現在の宮廷内ではウイールの立ち位置というのはかなり微妙なものであり、離れるにも近づくにも相応の覚悟が必要となってくる。
今のところ高位貴族はほとんどの者が支持する後継者候補を決めており、中心となっているのは第1王子派のカルバン公爵と第2王女派のリーハイト公爵だ。
両者はその影響力が及ぶ高位、中位の貴族を取り纏めており下位貴族もその顔色を窺っているという状況だ。
中位貴族の支持を最も集めているのは第3王子であるレヴィンであり、パイラス伯爵の資金力と光神教会の主教の助けもあって影響力を拡大させている。
ただ、そうはいっても帝国内に貴族は多く、支持を明確にしていない者や中立を標榜する者も少なくない。
特に自らの価値を高めるために策謀を巡らせながらいずれかの陣営に高く売り込もうと敢えて立ち位置を明らかにしていない高位貴族や、単に勝ち馬に乗ろうと事態の趨勢がある程度見えてくるまで日和見を決め込んでいる中位貴族が多い。
そこに特大の爆弾を投げ込んだような状況が今日の夜会なのだ。
これまでに見たことのない美しい素材で作られたシメーナ妃のドレス。
名目上ウイールからの贈り物であるそれはシメーナ妃の自尊心を大いに満足させるものであり、単純に考えれば難し立ち位置であるウイールがシメーナ妃に擦り寄って第1王子の陣営に屈したようにも見える。
或いはシメーナ妃との関係が良好な帝王に間接的に媚びることで優位に立とうとしているとも取れなくもない。
だが、贈られた素材を見れば帝王の分は明らかにオマケ的な適当さを感じさせるものだったし、カタールに対しては贈った形跡すらない。
なにより夜会が始まっても挨拶と祝いの言葉を簡単に交わしただけでウイールが近寄っていないことでどちらも間違いなのは見ている者にも察することができた。
それだけにウイールと異国人達の思惑が分からず遠巻きにするしかなかったのだが、だがそれでも夜会が進むにつれ、恐る恐るといった様子だがウイールに話しかけようとする者も増えてくる。
『得体の知れない異国人がウイール王子に協力している』
その噂を知らない貴族は居ない。
これまでは話を聞いていても実際に目にできるのは外門を入ってすぐの馬車置き場に置かれた鋼鉄の荷車だけだったのだが、この場には実際にその異国人が出席しており、一部の噂では南部の大国の有力貴族というものもある。
さり気ない風を装っていつの間にかウイールの周囲には多くの中位・下位貴族が声を掛ける切っ掛けを探っているのだった。
ちなみに英太とルアはウイールと一緒にいる。
英太は万が一のための護衛代わりも兼ねているし、ルアはウイールに近づく貴族達の悪意を感知するためのレーダーみたいなものだ。
アルグラッド子爵に対してはもっとあからさまである。
爵位としては下位貴族にあたるし少々強引に話しかけても問題にはならない。とはいえウイールや伊織達と繋がりがある以上感情を害するわけにはいかないが。
他にもカレリア嬢と同じような素材のドレスを身に纏った令嬢達やその親達も同様に下位貴族達に囲まれることになった。
政に関わる貴族達は場の流れに敏感だ。
元々能力や人格で評価の高かったウイールに底知れない品々と高い技術力を持つ大国の有力者が力添えをしていることが明らかになり、今後の勢力図に大きな影響を及ぼすことを予想した者が多かった。
「随分と派手な装いで場を乱してくれたものね」
貴族令嬢に囲まれながら如才なく受け答えしていたカレリアに不機嫌そうな声が投げつけられ、一瞬その場が静まりかえる。
「レビテンス殿下、ご機嫌麗しく」
カレリアはその声の主を確認すると頭を下げて令嬢の礼をする。
そんな彼女を守るように両側に香澄とリゼロッドが寄り添う。
ちなみに2人はレビテンスに対して礼をすることなくスッと眼を細めて見やっていた。
そのことがさらにレビテンスの癇に障ったようだ。不機嫌そうな顔に拍車がかかる。
「ウイールに雇われた傭兵とは聞いていたけれど、やっぱり礼儀ひとつ弁えていない蛮族なのね。
貴女、確かどこかの辺鄙な港町を領地に持つ子爵の令嬢だったかしら?
下位とはいえ帝国貴族の端くれならもう少し身の程は弁えないと恥をかくわよ」
感情のまま蔑んだような目で顎をツンッと上げるとカレリアを見下して言う。香澄とリゼロッドには目を向けようとはしない。
「はぁ~、ウイール殿下と後継者争いをしている女傑と聞いていたけど……」
「こんなのが王族とか、この国大丈夫なのかな? まぁ取り巻き引き連れてないだけマシだけど」
レビテンスが異国人である2人を殊更無視するような態度を取っていたのは無論わざとである。
精一杯飾り立てた自分を夜会の装いひとつで路傍の雑草のような心地にさせた意趣返しという面もあったし、異国人の中心はあの無精髭の男であることは分かっていたので女2人などただの飾りだとしか思っていなかったからだ。
ところが返ってきたのは怒りでも屈辱に耐える表情でもなく、レビテンスの発した悪意をさらに大きく上回る心底呆れたという視線と毒舌である。
「な、なんですって?! ぶ、無礼な!」
生まれてこの方言われた事の無いほど屈辱的な罵倒に、一瞬でレビテンスの顔が紅潮する。
だが香澄もリゼロッドもさらに冷たい視線を浴びせるだけだ。
「何か勘違いしているようだけど、大勢いる帝国の王族の、それも政治的な役職を持っていない貴女よりも、帝国と同等以上の国力を持つ2つの国から王族と同等の権限を保証されているカスミのほうが立場は上よ。なにしろどちらの国の国王も彼女の言葉は無視できないほどの影響力があるんだから」
「その理屈で言えば先に礼を尽くさなければならないのはレビテンス殿下の方ってことね。いったい無礼なのはどちらなのかしら?
それと、アルグラッド子爵の治める港町は今後正式にオルスト王国の商船が寄港する貿易拠点にすることで合意しているわ。
帝国内に入る大陸南部の商品は全てアルグラッド子爵領を通じて運ばれる事になる。もちろん運び出す場所も同じ。
爵位はともかく、辺境の港町だなんて軽んじて良いのかしら?」
「?!」
どちらもレビテンスにとっては初耳の事だった。
といっても別にウイールが報告をしていないというわけではない。
伊織達の身分に関してはかなり前にその旨の書簡を提示しながら行政府と帝王に直接報告している。
ただ帝王は後継者争いに影響すると考えたのか敢えてそのことには言及せずにいたし、行政府は真偽の確認が難しい上に特に賓客としての待遇を伊織達が求めていなかったこともあって宰相府には伝えていないだけだ。
もちろん宰相府もその情報自体は掴んでいたがこちらも真偽不明として上に報告していない。
どちらも後継者争いの影響で複雑になっている力関係のせいで通常の業務以外の部分ではまともに機能していないのだ。
オルストとの貿易拠点に関しては外相であるイワン・ヴァーレント伯爵との合意がつい先日だったために数日前に帝王の承認を得たばかりだ。
どうやら帝王は候補者同士徹底的に争わせるつもりのようで、本来なら他国との外交は宰相を始めとする各大臣に諮ってから帝王の最終的な裁可によって決定されるものを、そのプロセスを省いて認めたらしい。
言うまでもなく宰相はレビテンスを後継者として推しているし、他の大臣達もそれぞれ支持する候補者が居る。
となればウイールの功績となる事を妨害する者も居るだろうということだ。
豊かな大陸南部の大国と公式に交易を行う合意を得られたということはそれだけ大きな事なのだ。
ただ今のところ発表されていないことなので後継者候補とはいえ政治的な実権を持っていないレビテンスが知らなくても無理はないのだ。
だが、伊織達が異国の、それも大国の有力者という噂が以前から囁かれている以上、レビテンスの態度は迂闊としか言い様がない。
そもそもいくら後継者候補であるウイールが連れてきたとはいえ平民が内門の中に入り、さらに滞在することが許されている時点で何かあると思わなければならないのに、そのことに思い至らなかった時点で致命的なのだ。
もっともレビテンスの祖父であるリーハイト公爵も宰相という地位にありながら伊織達に対して同程度の認識しか持っておらず情報の収集を怠っていたのだから似たようなものだ。
言い返すことができずに悔しげに3人を睨み付けるだけのレビテンス。
その前にカレリアが一歩進み出た。
「失礼ながら殿下、装いは貴族令嬢の嗜みでございます。夜会ともなれば精一杯身を飾るのは礼儀でもあります。
……それに、主賓であられるシメーナ妃殿下にならばともかく、いくら高位とはいえ他のご令嬢に配慮せよとは、下位貴族の令嬢は飾り立てるなと言うも同じ。些か度が過ぎるかと。
ましてや、わたくしにはレビテンス殿下のお召し物を考慮しなければならない理由はございませんわ」
地位で言えば子爵家の3女であり、実質的には平民と大差ないカレリアが王女であるレビテンスに傲然と言ってのけた台詞に、レビテンスが近づいたときに慌てて距離を取って遠巻きにやり取りを見ていた周囲が騒然となる。
「……貴女、自分が誰に、何を言っているのか、分かっているのかしら?」
先程の失言で多少は慎重になったのか、瞬間的に怒りで顔を紅潮させながらも一拍おいて敢えて低い声音でカレリアに訊ねるレビテンス。
だがそんな王女にもカレリアは怯むことはない。
それ以上言葉を重ねることはなくただレビテンスを鋭い視線で見据えるだけだ。
実際にカレリアの心情はレビテンスとレヴィンに対する怒りで満ちている。
ウイールからバッカオ砦への道中に起こった出来事の詳細を聞き、その策謀の陰湿さとウイールの命を狙ったという事実に、怒りと憎しみでどうにかなってしまいそうな気がしたのだ。
ウイールはアルグラッド子爵家にとって恩人である。そしてその地位にも関わらずカレリアや家の使用人にまで気さくに話しかける姿勢に以前より憎からず思っていた。というか、ぶっちゃけその妻の座を狙っていた。もちろん父親である子爵本人も強烈にそれを後押ししていた。
もちろん当初は継承権の低さからいずれはわずかながらの領地を賜るか直轄地の代官程度の閑職がせいぜいだと思われていたので、カレリアの思いはウイールの地位ではなく人柄に惹かれたものだ。
だがそれも帝王の『後継者は能力重視で選ぶ』という発言で一転する。
途端にウイールの立場は難しいものとなり、安全のためにも高位の貴族との結びつきを強める必要があった。そのために最も効果的なのが政略結婚であり、子爵家の、まして3女に過ぎないカレリアでは役に立てないのは明らかだった。
だからカレリアは一旦は自分の思いに蓋をしてウイールの安全と幸福を祈ることにしたのだ。
そんな矢先に起こったのがウイールの暗殺未遂と異国人である伊織達との邂逅。
そして、伊織はウイールとカレリアの関係を見て、アルグラッド子爵家に力添えをしてウイールを支えるだけの基盤を作ることにした。
それがオルストとの交易であり、中立の貴族を取り込むための大量の資材の提供だったのだ。
ある程度の準備が整った今ならば、もはやウイールの敵でしかないレビテンスやレヴィンに対して必要以上にへりくだる必要は無い。というか、ウイール陣営と見なされている以上意味がない。
ましてや、ウイールが帰還してからさえ懲りずに暗殺者を帝宮内に送り込んでくるような相手に遠慮するつもりはなかった。
しばし睨み合う王女と令嬢。
「後悔、するわよ」
「最早ウイール様とわたくしは一蓮托生の間柄です。どうなったとしても後悔などしませんわ」
「そうね。それに……」
「何をしても無理だと思うわよ」
毅然と返すカレリアとなんの気負いもなく口を挟んだ異国人2人を忌々しげに睨み付けた後、レビテンスは踵を返してホールを出ていった。
「……おっかねぇ~」
「カ、カレリア嬢にああいった面があったとは」
「尻に敷かれそうっすねぇ、殿下」
「…………」
女の戦いを遠目で見ていた英太とウイールの姿は少々情けなかったり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます