第60話 社交界とは血の流れない戦場である

 帝都の宮殿、一番外側にある外門を入って内門までの間には様々な施設がある。

 各行政機関の本庁や賓客が滞在する迎賓館など、王族や高位貴族が業務を行ったり様々な行事や儀式を行う施設もあるし、近衛騎士団の兵舎なども外門の中にあるのだ。

 そのひとつ、迎賓館に隣接する建物は大小いくつかのホールがあり、規模の違いはあれど頻繁に茶会や夜会、晩餐会などが催されている。

 王族や高位貴族が様々な名目で場所を借り受けて客を招き行う、いわゆる社交界という代物である。

 

 この日行われる予定なのは帝王の正妃であるシメーナ妃の生誕を祝う夜会であり、社交好きで知られる正妃の嗜好を反映して晩餐会を兼ねた立食パーティーとなっている。

 帝王の生誕祭であれば国を挙げて盛大なパーティーや行事が催されるが、正妃とはいえ政治的権限がほとんど無い妃の生誕の祝いなので特別に行事などは行われない。

 といっても帝王の正妃であり後継者最有力候補の母親ともなればその祝いには帝国内の主だった貴族の当主はほとんど駆けつけているし、領地にいて当主本人が来られない場合でも嫡子などの親族が来ているので大凡全ての貴族が一同に会していると言っても過言ではない。

 正妃や第1王子の事を内心でどう思っているかはともかく、意味もなく波風を立てるような真似をする理由はないし、帝王自身も出席する予定だと聞けば尚更であり、成人していない者以外は王族も含めほとんどの者が出席することになっていた。

 

 正式な晩餐会であれば入場は爵位の低い者から順に入り、それから公爵、王族、最後に帝王と順番は序列ごとに明確に決められているのだが今回は建前上あくまで有志による私的な夜会であり入場は会場に到着した順、ドレスコードも略式で良いと事前に招待状に記載されている。

 とはいえ、マナーとして下級貴族は早めに入場しているし、服装も正装かそれに近い物を纏いパートナーを伴っている者がほとんどだ。ただ、高位になればなるほどそのあたりの縛りは緩くなる。

 会場が開かれて半刻(1時間)ほどになる頃にはある程度高位貴族や王族なども会場に姿を見せていた。

 

 第3王子であるレヴィンと第2王女であるレビテンスもそれぞれ母親である帝王の側妃や父親である宰相を伴って既に入場している。

 後継者の地位を争う2人ではあるがさすがにこのような場所で火花を散らすほど愚かでも空気が読めないわけでもない。

 それに今はお互いいがみ合っている状況ではないという立場も一致している。

 そのレヴィンは軽い飲み口のワインが入ったグラスを片手に、侯爵家の令嬢と親しげに会話していた母親違いの妹に近づく。

「……御兄様、お久しぶりです」

「ああ、そうだな。レビテンスも元気そうで何よりだ」

 内心を隠した表面上だけのご機嫌伺い。

 

 2人の雰囲気で何かを察したのかレビテンスと話をしていた侯爵令嬢はスッと一礼して場を離れていく。

「それで? どうしましたの?」

「……ウイールの物資亡失の責任追及はどうなっているんだ? 致命的なものではないとしてもそれなりに失点になるはずだろう」

「御祖父様を通じて宰相府が働きかけをしていますが行政府がなかなか動こうとしないようですわね。ウイールへの要請は行政府がしていますのでそちらが動かない以上宰相府からは何もできませんわね」

「チッ! 使えん奴だ」

「王族の暗殺未遂となれば関与が明らかになれば死罪なのですから確実に証拠が隠滅してからでないと追及できないのは仕方がありませんわ。それに、そもそもがあれだけの準備をしていたにもかかわらずまんまと取り逃がすなど、情けないのは御兄様ではありませんの?」

「ふんっ! 貴様とてウイールのところに送り込んだ影部隊はあっさりと捕らえられたそうではないか。それもどうやってかその者達が知っていた情報もウイールに漏れたのだろう?」

「っ!」

 

 レヴィンの言葉にレビテンスの顔が歪む。

 後継者争いの勢力でいえば3番手であり、王女という立場から目に見える功績を挙げることが難しいレビテンスは本心ではかなり焦りがある。

 今回の騒動が起きるまではレビテンスも王族のひとりとして国の利益或いは貴族との結びつきを強めるための政略結婚もやむを得ないと考えていた。

 順当に第1王子であるカタールが王太子になった後は、願わくば帝国内の祖父に近しい高位貴族に降嫁して実質的にその家を支配したいと考えていたのだ。

 ところが帝王が『親の血筋や本人の性別に関わらず後継者には最も優秀な者を指名する』と宣言したことで欲が出た。

 レビテンスは自分の能力に自信を持っている。

 

 なおも最有力候補であるカタールは確かに優秀ではあるが合理主義に偏りすぎていて柔軟性に欠け、無駄を嫌う気質が一部の貴族達から不満を持たれている。

 眼前にいるレヴィンは直情的で思慮が浅く、後ろ盾になっているバイラス伯や光神教会の大主教の傀儡になる恐れが高い。

 それに対してレビテンスは身内に貴族としては最高の地位にいて宰相という重職も担っている祖父が居るし、能力も上の2人には決して劣っていないと思っている。

 だがそこにウイールという能力、人柄、人望に秀でた弟が担ぎ上げられてきた。

 財力そのものは他の3人とは比べるべくも無いが、それでも豊かな港町を所領に有するアルグラッド子爵家を始めとして下級貴族を中心に支持を集めてきているのは侮ることができない。

 加えて、最近になって雇い入れたという異国人が来てからというもの、送り込んでいた間者は全て放逐されてウイールの様子がほとんど分からなくなってしまう。

 これまで放置されてきた間者が、その異国人達が来てからあっという間に遠ざけられたということはそれが誰の仕業かなど考えるまでもない。

 

 これ以上放置しておくことは危険と感じ、祖父を頼って排除にかかったのだ。が、結果はあっさりと捕縛された挙げ句に拷問に対する訓練も受けていたはずの影部隊にもかかわらず知っている事を洗いざらい暴露し、さらに影達は今後使いものにならないほど怯えてしまっていた。

 何をされたのかは分からない。

 身体にはほとんど傷は無かったし薬などを使われた形跡もなかったが、異国人の国ではそういった魔法の類があるのだろうとしか想像することができなかった。

 大陸西部では魔法を使える者は教会の高位聖職者か聖騎士しかいないので明確に推察することができないのだ。

 いずれにせよ、影達を通じてどれほどの情報が掴まれたのかわからず、それでも手の内を知られた以上レビテンスとしても身動きが取りづらい状況に追い込まれてしまっていたのだ。

 

「……まぁいい。とにかく相手を知らなければ対策のしようもない。聞いているだろう? 今日はウイールが例の異国人を伴ってくるらしい」

「ええ。おそらくはカタール兄様がそう仕向けたのでしょう。一応大陸南部の大国の高位貴族という触れ込みでしたから、王族と一緒にいるには不自然が無いようにという体裁を整えるためでしょうが、であればいつまでも御父様に紹介しないわけにはいきませんから」

 レヴィンもレビテンスもまだ直接伊織達に会ったことは無い。

 だがウイールが帰還したときに乗ってきたという不可思議な荷車は目にしている。

 馬車などとは比べものにならないほど巨大で太い車輪に鋼鉄で覆われた車体。

 報告の通り、馬やドゥルゥが牽くようなながえや引き綱は見あたらず、自走してきたというのに間違いは無いようだった。

 そして、どうやっても中に入ることも中を見ることすらほとんどできない。鍛冶士や魔法具の技術者も完全にお手上げの状態で、そのことからも異国人達伊織達が隔絶した何か・・を持っていることは理解できたのだった。

 

 2人がそんな事を話していると、入口近くからどよめきが聞こえてきた。

「来たようですわね」

「チッ、兄や姉よりも遅くに入場とは、偉くなったものだな」

 揃って不満そうな口ぶりながらも視線には好奇心がありありと浮かんでいる。

 とはいえ帝位継承権上位の者が下位であるウイールやその食客に過ぎない異国人に自ら歩み寄るというには彼等の矜持が邪魔をする。

 だが実際にはそんな心配はする必要がなかった。

 待つほどもなく入口から高位貴族が多く集まる主賓席近くまでの場所が、まるで十戒の紅海の如くサーッと人が引き道ができる。まさにレヴィンとレビテンスから入口まで遮るものが無くなりそこから歩いてくる人物達が見て取れるようになった。

 

「な?!」

「っ!!」

 まず目に入ったのは継承権第7位のウイールと彼がエスコートする令嬢であるアルグラッド子爵令嬢カレリア。

 続いて噂の異国人、伊織とパートナーにリゼロッド。2人の間にはルアもいる。そのすぐ後ろに英太と香澄。

 メンバー自体に疑問はない。

 王族であるウイールはもちろん、ウイールと最も親しい貴族であるアルグラッド子爵家の令嬢のことは当然この場にいる者達ならば知っている。

 そして伊織達が同行することになっているのも高位貴族達は掴んでいた。

 

 だが貴族達が思わず道を空け、レヴィンやレビテンスが言葉を失うことになったのは彼等の装いが原因だ。

 ウイールはデザインはこの国でごく普通の正装であり、王族としても違和感の無いシンプルなものだ。

 だが伴っているカレリアのドレスは青を基調とした光沢のある生地で、角度によって色合いが違って見えるエレガントなマーメイドライン。それにレースやオーガンジーで華やかな装飾が施され、赤みがかった金髪はわずかにウェーブさせてフワリとボリュームのあるロングスタイルにパールが散りばめられている。

 半透明なチュール素材で小さなクリスタルガラスが縫い付けられたショールを肩に掛け、まるで自ら光を放っているかと錯覚するほどキラキラと輝いて見える。

 平均的な女性よりもやや高い背とメリハリの利いたスタイルはそれらを一層引き立ててこの場にいるどの貴族令嬢よりも華やかに見える。

 

 リゼロッドや香澄、ルアといった女性陣もそれぞれに似合ったデザインのドレスで飾り立てており、意地の悪い言い方をすればファッションショーでステージを歩くモデル達とそれを見る観客といった光景に見える。

 もちろん王族や高位貴族が集まる社交界の場だ。

 特に女性達は贅の限りを尽くした衣装や装飾品を身につけているし、髪型、化粧、立ち居振る舞いにいたるまで最高の装いでこの場に参じている。

 当然レビテンスも潤沢な資金を使って最高のドレスと貴金属の装飾品をこれでもかとばかりに纏っている。

 だが、この世界の生地とカレリア達のそれとでは大きな差がある。

 文化的には中近世ヨーロッパに近しいこの世界では布の素材は主に麻や綿、絹、獣毛に類似したものであり、基本的に平織りである。

 それに対して、カレリア達の生地は伊織が材料を提供してアルグラッド子爵が懇意にしている服飾職人に仕立てさせたものであり、原料としてシルクはもちろんレーヨン、キュプラ、アセテート、ポリエステル、ナイロン等の化学繊維、織りもサテン、シフォン、シャンタン、オーガンジー、チュール、タフタ等々多種多様な素材を豊富に提供している。

 そしてなにより違うのが染色技術であり、現代素材と比べるとわずかにくすんだ色合いに見えるこの世界の生地ではカレリア達のドレスのような鮮やかさ、華やかさは出るはずもない。

 貴金属等の装飾品こそ控えめに帝国内で用意したものだが髪や肌に散りばめたパールのパウダーやラメは、そもそも発想そのものが斬新に感じられる。

 

 ちなみに男性陣が身につけているのはウイールの服の素材こそ伊織が提供したものだが伊織も英太も量販店で吊しで売られているようなタキシードである。

 格差が酷すぎて笑うしかないが、当初伊織は英太に中世王侯貴族の服装、つまりレースフリフリで白タイツにカボチャパンツという服装を提案し、英太は半泣きで拒否したためにタキシードで落ち着いた。

 適当感満載であるが、ウイールやアルグラッド子爵に見せたところそれほど突飛な印象は無いようなので問題ないのである。

 

 社交界において装いというのは最も重要な武器のひとつである。

 特に女性にとっては良い意味で注目を集める服装や装飾というのは家柄を超越した地位を得られる絶対に外せない戦闘服なのだ。

 それはかつての地球でもこの世界の貴族社会でも同じことのようだ。

 そしてそれはウイール達からすこし距離を置いて付き従うように会場に入ってきたアルグラッド子爵家と親しい中位、下位貴族たちの女性が姿を現したことで一層加速する。

 人数こそ十数人に過ぎないが、誰もが見たことのない美しい生地で仕立てられ、華やかで斬新なデザインのドレスで飾り立てていたのだ。

 カレリアに配慮したのか、華やかさをほんの少し落とした色合いと装飾ながら周囲の令嬢とは一線を画した豪奢な一団はそこだけ別の世界のようにも見える。

 

 この時の周囲の貴族令嬢達の内心を想像することは難しい。

 彼女たちが現れた瞬間、これまで美を競い合いながら研いてきた自らのセンスと自信を持ってきたドレスが、途端に野暮ったくみすぼらしいものに見えてしまった。

 令嬢達にそう思わせた女性達は全てウイール王子と親しかったりある者は声高にある者は内々に王子を支援したりしてきた貴族家の者達だ。

 特にアルグラッド子爵家の令嬢は個人的にもかなり親しいと聞いている。

 つまりあれらの生地はウイール王子が招いたという異国人達がもたらした物であることは明らかだ。

 となれば、ウイール王子に近づけばそれらを手に入れることができる可能性があるし、敵対すれば手に入ることはない。

 

 とはいえ、社交界は服飾だけで地位が決まるほど単純なものではないのは当たり前である。

 実質的な爵位や経済力、影響力、情報収集能力、派閥や時勢など様々な要因が複雑に絡み合う魑魅魍魎が跋扈する異界なのだ。

 確かに装いひとつで影響力を失いかねない面がある一方で、それだけで影響力を持てるほど甘いものでもない。

 だが、それを分かっていつつも目の前のドレスの華やかさに目を奪われ、憧憬を向けることを止められない。

 レビテンスの心情がまさにそれだったのだが、男性であるレヴィンは別の角度から歯を軋ませるような思いだった。

 

 レビテンスは伊織達を単なる傭兵だと認識していた。

 確かに見たことのない鋼鉄の荷車を所有しているのは驚いていたが、それでも常にそれに乗っているわけではない。

 人数も所詮は片手で足りるほどでしかなく、どれほど腕が立とうがいざとなればゴリ押しで排除することもできると高をくくっていたのだ。

 だが連れている女達の装いが伊織達が提供した素材で作られたものなのならば事情は変わってくる。

 レヴィンとて政治の中枢にいる王族のひとりである。

 大陸南部の国と帝国はわずかながら交易があるし、多少の状況も聞き及んでいる。

 その中には伊織達が来たというオルスト王国の事も含まれており、その産業や特産物もある程度は把握している。

 確かに帝国にも互するほどの大国であるようだが、報告の限りそれほど文化、技術的に帝国よりも優れているとは思えない。

 

 ところが鋼鉄の荷車や見たことのない素材の服飾品を所有しているということは独自の高い技術を持っているか、国外には極秘の技術がありそれに自由に干渉できるだけの地位にあるということでもある。

 遠く隔たれた国とはいえ交易もある大国の要人が相手となれば迂闊な行動を取れない。

 話としては『大国でそれなりの地位にいる』とは聞いていても精々伯爵家クラスの出自だと考えていたのが大きな見込み違いだったということだ。

 逆にウイールにとっては物資の亡失など比べられないほどの政治上の功績となるだろう。

 そして彼等を引き離したり引き込んだりするにはもう遅い。

 ここでこうして見せつけるということは立ち位置が確定したという証左であり、今後の展望にある程度の目処が付いているということでもある。

 同様の事はレビテンスの頭にも浮かんだのだろう。

 2人がウイールを見つめる視線は一層厳しさを増していた。

 

 そうして会場のざわめきが収まりきらない中で、本日の主賓である王妃シメーナと帝王の来場が告げられた。

 さすがに会場は静まり、貴族達は慌てた様子で手にしたグラスを新しい物に替えて中央の通路を空け、その両側に並ぶ。

 おぉぉっ!

 一拍おいて扉が開かれて帝王と王妃が会場に現れる。

 直後、大きなざわめきが会場に集まっている貴族達から漏れた。それも貴族家当主達だけでなく同伴の女性達からは一層強い勢いで感嘆と悲鳴の混ざったような声もあったようだ。

 それも無理はない。

 というか多くの者は驚くと同時に疑問が頭を過ぎっただろう。

 何故なら、シメーナが上機嫌さを隠そうともせず披露しているのはカレリア達と同じ系統で、夜会の主役に相応しくより華やかに飾り立てられたドレスだったからだ。

 

 豊かなブロンドの髪に白い肌のシメーナに良く映える鮮やかな赤のベルベット生地を高めのウエストで切り返したAラインのシルエットに長めのソフトチュールをドレープとして引き摺らせている。

 年齢に相応しい装いになるようにレースは控えめで、むしろ色気を強調するように要所にスワロフスキーのクリスタルガラスが縫い付けられている。

 書いている古狸はいまひとつ何を言っているのかわからなくなっているが、とにかくカレリア達のように年若い令嬢とは方向性が異なる華やかさと優美さを兼ね備えたそのドレスは誰よりも目を引いたのだった。

 

 帝王の服装もウイールと同様伊織の提供した生地が使われているようで、独特の光沢と豪奢な雰囲気は威厳を一層際立たせるのに役立っているようだった。

 だがその後に続いて入場した第1王子であるカタールの装いはこれまでのものと代わり映えはない。そのことに様々な憶測が貴族達の間に飛び交うことになるのだが、今現在はその答えを聞くことができるようなものは誰もいない。

 そんな戸惑いを余所に帝王がホールの最奥で振り返り、グラスを受け取ると一同を見渡した。

 

「今宵は正妃シメーナの生誕の祝いに集まってくれたこと感謝する」

「帝国を支える諸侯の方々にこうして祝福されるのは大きな喜びです。

 それと、本日のドレスを贈って下さった異国からの客人にも改めて感謝申し上げます」

「それでは、今後の帝国の発展と、来年までシメーナが健やかに過ごせるように祈り、乾杯」

『乾杯!』

 そんな挨拶と共に宴が始まった。

 

 

 最初はざわついていた会場もパーティーが始まって半刻もすると次第に落ち着いてくる。

 とはいえ微妙な立ち位置であるウイールの下にはそれほど多くの貴族が集まっているわけではない。

 早い段階で第1王子派の重鎮カルバン公爵と第2王女の祖父で宰相を務めるリーハイト公爵が探るような様子で挨拶に来た以外は距離を測りかねて遠巻きにしている貴族がほとんどだ。

 むしろアルグラッド子爵とカレリアにはひっきりなしにドレスを始めとする伊織達がもたらした物品に関する質問をするために夫人や令嬢が押しかけている。

 

 そして我らが伊織は、というと、

「ん~、ちょっと塩気が多すぎるなぁ。まぁ悪くはないが」

「でもこっちの肉は美味いっすよ」

「ワインの味はいまいちね。やっぱり甲州ワインの方が美味しいわ」

「(もぐもぐ)」

 喰っていた。

 下品とは言わないが、それでも眉を顰められても仕方がないくらい周囲をそっちのけで料理を食い漁っていた。

 

 基本的に伊織達は帝室宮などで出された食事や飲み物は口にしていない。

 アルグラッド邸で出されたものはありがたく口に入れているのだが、暗殺を警戒しなければいけないような状況で安易に食事を摂ることは危険だからだ。

 だが不特定多数の貴族や王族がそれぞれ好き勝手に飲み食いする夜会で毒を入れるとは考えられない。

 なのでここぞとばかりに食事を楽しんでいるというわけである。

 そんな伊織達にどう接して良いのか図りかねている貴族達が遠巻きにする中、とうとう伊織に近づいてくる者が現れた。

 

「失礼する。

 貴公らがウイールが招いたというオルスト王国の方々のようだな。

 まずは名乗らせてもらう。アガルタ帝国第1王子、カタール・セラ・ド・アガルタだ」

「ん? ああ、初めまして、だな。

 俺は伊織。こっちは順に英太、ルア、リゼロッド、香澄だ」

 口の中の料理を呑み込んだタイミングを見計らって声を掛けてきたのは第1王子であり後継者最有力候補と呼ばれているカタール王子だった。

 カタールは伊織を真っ直ぐに見据えると、単刀直入に切り出した。

「少し話がしたい。余人を交えずに」

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