第56話 軍用車両はやっぱりチート
時間を少し遡って、ウイール王子が監視されている橋を渡ることを断念してコロセア王国に向かうことを決断する少し前。
伊織達5人とジーヴェト、“辺境の聖人”ルアエタムに押し付けられて同行することになったセッタの7人はエノクに乗って街道を進んでいた。
既に前日に帝国領内に入っており、エノクの速度ならのんびり進んでもあと二日もあれば帝都に到着する。
街道は広く、きちんと整備されている割に、商人などを見かけることも、周辺に集落なども見られない。
そのアンバランスさに違和感を感じていると、その疑問はジーヴェトが解消する。
「元々この街道は南部諸国に軍を進めるために整備されたものだ。だから戦いに巻き込まれたりしないように街道近くに集落は作られていないし、一応は今でも帝国と南部諸国は敵国同士って状態は解消されていない。
大商会は南部諸国とも取引してるが使うのは主に船だから、わざわざ時間をかけて街道を通ったりはしない。この街道を使うのはせいぜい船を持っていない小規模商会か行商の奴等だけだ」
確かに南部諸国もそうだったが大陸西部は河が多い。
山脈に近くなればそうでもないが、大部分は河幅が広く流れも緩やかなので船を使った物流が盛んなようだった。
大手商会だけでなく中規模の商会も荷運び用の船を持っているところは多く、街も、特にある程度大きな街は河に面しており、流通の大部分を船による水運で賄っている。
だからこのような立派な街道にもかかわらず利用されることは少ないのだ。
もっともそのおかげでエノクに乗って移動していてもそれほど目を引くことがなく騒ぎも起こっていない。あくまで今のところは、だが。
そんなふうに街道を進むLAPVエノク軽装甲車の車内はというと、運転は英太、助手席には香澄、後部座席前側に伊織とルア、リゼロッド、後ろ側に元サティアス派聖騎士部隊長のジーヴェト、セジュー派の司祭ルアエタムから同行を命じられたセッタが座っている。
そのジーヴェトとセッタは所属派閥の違いを超えて、今現在仲良く唖然とした表情&ポカンと口を開いた間抜け面を晒していた。
両者の視線の先にあるのは運転席の背中側に設置されている20インチ液晶モニターであり、表情の理由はそこに映し出されている映像のせいである。
まぁ、こんな映像を見せられればこちらの世界の人間であれば無理もない。特にジーヴェトにいたっては自分達がボロクソに負けた理由の一端を突きつけられたようなものだろう。
「うん、随分慣れてきたな。ブレもないし安定してる。ってか、凄いなルアは」
「ホント? ルア、ちゃんとできてる?」
「マジっすか! ヤッべぇ、俺も練習しないとルアちゃんに抜かれる!」
後ろで絶句している異世界人2人をそっちのけで盛り上がっている伊織達。
いつものように伊織の膝の上に座っているルアの手にはゲーム機のようなコントローラー、顔にはヘッドマウントディスプレイが装着されている。FPV(ファースト・パーソン・ビュー)と呼ばれる操縦形態だ。
伊織はあまり使わないが以前バーラで悪徳商人を捕縛する際に英太が使用していたのだが、ドローンに搭載されたカメラの映像を臨場感たっぷりに見ながら操縦できるのでより正確な操作をすることができる。
つまり、現在モニターに映し出された映像はルアの操縦する偵察用ドローンから送られたものなのだ。
伊織達はそれぞれ得意分野を持っており、今ではある程度役割分担をしながらやるべきことをこなしている。
英太は車両やヘリ、重機の操縦や操作、香澄は銃火器や支援魔法、リゼロッドは遺跡資料の研究調査や錬金術、魔法全般に高い能力を発揮しているし、伊織にいたっては他のメンバーから見てほとんど万能と思える能力を有している。
その上全員がバケモノじみた戦闘力を持っている。
そこに新たに加わった形であるルアはまだ6歳の少女であり、当たり前だが特筆するような能力は持っていなかった。
伊織達にしても別にそんなことは関係なくルアを連れていくことを決めたのだし、ただ子供らしくしていれば良いと思っているのだが、ルアとしては自分がお荷物になっているのには不安があったらしい。普段から伊織達の様子を窺いながら積極的に手伝ったり役に立とうとしていたのだ。
そんなルアの心情を察した伊織は、ルアにできそうな事で役に立っていると実感できる仕事をいくつか教えることにした。
その一つがドローンの操縦である。
もちろん軍用とはいっても偵察特化型で武装のないマルチコプタータイプのものだ。
最初に誰もいない原っぱで練習した後、カタラ王国の王城内や森の中、高々度からの空撮の練習を重ね、今回帝国領に入るのを機に移動中の車内から進行方向周辺の偵察を練習がてらさせていたわけである。
操作自体の適性は英太のほうが高いようだがそもそも年齢が違うので比べるものでもない。ただ、ルアは物覚えと理解力が高いし“役に立ちたい”という意識が強い。子供ならではの集中力もあって、さほど時間をかけることもなく、どうやら伊織も太鼓判を押すほどの技術を得られたようである。
そしてさらにもう一つ、ルアには他には無い能力がある。
「パパ、誰かいる」
ルアが不意にいった言葉で伊織達がモニターを注視する。
ドローンは現在地上300メートル上空を飛行しつつ倍率2倍で映像を映し出している。
この高度になると人間の姿は、立った状態で足元に落ちているゴマ粒よりももっと小さな姿でしか見えない。等倍なら尚更だ。
「ルア、倍率を高くしてくれ。高度はそのままな」
「うん。……これでいい?」
伊織の指示にルアが20倍程度まで映像を拡大する。
さすがにこの倍率になると画面のブレが酷くルアの言った人影も画面に入ったり切れたりするがこれは仕方がない。それでもある程度はその姿を確認する事ができたので十分である。
少しすると画面が移動し、別の人影も映し出した。
最初に映ったほうは簡素な服を着た7名ほどの集団。
森の木々で姿を隠すようにいくつかの陰に分かれて固まっている。上空からの撮影でよく見つけられたものだ。
もう一方は皮鎧のような物を身につけた一見野盗のようにも見える20数名の集団だ。こちらは集団で森の中を移動しているので木々の間からその動きを見ることができる。
「追われてる、って感じだな。それに、この野盗っぽい連中、この動きは訓練を受けた兵士、だな」
「あっ」
「あれま、見つかったみたいだな」
「伊織さん、どうするの?」
「どっちに手を貸すんですか?」
ルアが野盗風の集団の動きが変わったのを見て小さな声を上げ、同じくモニターを見ていた伊織はのんびりとした口調で状況を説明する。
その言葉を聞いて香澄と英太が次の行動を訊ねた。2人とも伊織の決定を聞くまでもなく一応の確認といった感じだ。
「それ、聞く? っつか、野盗に偽装した兵士が大勢で少数を追う、正しいのはどっちだ、ってアンケート取ったら結果はどうなると思う?」
「野盗兵士のほうが官軍だったら大爆笑ね」
皮肉気な笑みを浮かべる伊織とリゼロッドを余所に、英太は既にエノクの速度を上げていた。
上空から見えた集団はどちらも街道に近い森の中に居た。
ただ、森といってもそれほど木々が密集しているわけではなくちょっとした雑木林程度の密度が広がっている状態であり、だからこそ見つかってしまったのだろうと思われる。なのでルートを選べばエノクで集団に接近する事も十分可能だ。
ルアはドローンの高度を少し落としつつ倍率を変えて街道を走行するエノクと逃げる集団、追う野盗兵士が全て映るように調整する。
何も指示されないのにこういった判断が出来るというのは生来の頭の良さと理解力、なにより人の気配を読み雰囲気を察する感受性の高さが並外れているからだ。
それに加えてカメラ越しにも人の気配を察することができるという特異な才能も持っているようだ。
もっともその素質が開花したのは虐げられてきた過去のせいであったのが皮肉ではあるが。
ルアのサポートによって効率よく距離を詰めた英太は追われている集団と野盗兵士の間にエノクを割り込ませ、あとはルーフに登った伊織がM16アサルトライフルで野盗兵士数人を撃つと慌てて逃げていってしまった。
念のため殺したりしないよう足を狙ったので命に別状はないだろうが、逃げた連中は倒れた人間を気にする素振りも見せなかった。
拍子抜けするほどあっさりと諦めたのを見て違和感を覚えたが、オッサンは細かい事は気にしない。
そしてもう一方の、追われていた側の集団はといえば、荒い息を吐きながら固まり突然現れた見たことのない荷車を警戒していた。
そりゃそうだろう。
「助けてくれたことに感謝する! 貴殿等の身分と目的を教えてもらいたい!」
7人の集団のリーダーらしき壮年の男が一歩前に出て声を張り上げた。
伊織達が敵か味方か判断はつかないのだろうが、それでも全員が剣の柄からは手を離している。
そんな男の態度を気にした様子もなく、伊織はルーフから飛び降りてポケットからタバコを取り出して火を着ける。
そして持っていたM16をエノクに立てかけると数メートル近づいた。
「何やら怪しい連中に追われているようだったんで手を出しただけだ。別に他意は無いから心配すんな。
俺達はオルストっていう大陸南部から来た、まぁ旅行者だな。あと、目的だったか? 帝国の王都、帝都? に向かってる途中だな。
別に信用してもらう必要もないが、礼をしたいっていうなら貰うもんは遠慮無く貰うぞ」
男達の警戒が強くなる少し手前で足を止めた伊織はそう言って簡単に経緯を説明した。
その飄々とした態度に毒気を抜かれたように壮年の男は肩の力を抜く。そして改めて頭を下げた。
「そうか。改めて礼を言おう。ただ謝礼を渡したいのだが生憎金銭はほとんど持っていない。帝都に戻ることができればできる限りの支払いはするのだが。
それと、そんなことを言った同じ口で言うのは憚られるのだが、もし食料と薬に余裕があれば分けてもらえないだろうか」
見れば男がその背中に庇うようにしている背後の男達はあちこちに傷を負っているようで服を裂いたような布で手を吊っている者もいるし、服の上からでも怪我が分かるほどに出血している者もいた。
「わかった。とにかく先に治療だな。
こっちは俺を含めて男が4人、女が2人、子供が1人だ。男2人と女1人を手伝わせるから、まぁあまり驚くなよ」
そう言って英太とリゼロッド、セッタを呼ぶ。
そして異空間倉庫を開いて特殊衛生車両を出した。
顎が落ちんばかりに口を開けた集団はサクッとスルーして、英太とセッタに指示を出して食事の準備を任せ、リゼロッドと共に怪我人の治療を始めた。
理解の及ばない事態を目にして呆然としている連中を、半ばどさくさに紛れるように強引に引っ張って魔法による治療と現代医学の薬品を使用しての処置を同時に行い、状態に合わせた抗生物質を処方してついでに服薬指導も行う。
幸いそれほど重傷の者はいなかったのでさほど時間は掛からず終えることができた。
そうこうしているうちに英太とセッタが簡単な食事を作り終えたので男達に振る舞った。
英太が出してきたバーベキュー用のテーブルと椅子に座らせる頃には「あ、ああ」とか「あ、はい」とかしか言わないマネキンのようになっていたが、セッタ唯一人だけが男達に同情を込めた眼差しを向けていた。
「と、とにかく、重ね重ね世話になって申し訳ない」
促されるままだった男達も、腹が満たされれば多少は頭も回り始めるものだ。理解できないまでもとりあえずは受け入れる事にしたらしい。
そう切り出したリーダーの男は、居住まいを正して伊織に向き直る。
「貴殿等が異国の者であることは理解した。このような物も技術も聞いたことがないものばかりだ。
まず帝都に行く目的を聞かせていただけないだろうか。
目的によっては協力できるかも知れない。といっても帝国に弓引くような真似はできんが、それ以外なら多少は力になれるのではないかと思う」
こう切り出した理由は明白だろう。
この馬もドゥルゥも牽くことなく動く荷車やあっという間に追っ手を蹴散らした武器、信じられないほど高度な医療技術、底知れない力を持つと思われる伊織を味方にしたい。少なくとも敵に回すことは避けたいという思惑があるのは当然である。
そして自身の力を誇張せずに話す姿には誠実さがあった。
「ふむ。ま、いっか。俺達の目的は光神教が抱え込んでいる古代魔法文明時代の遺跡に残されていた古代魔法の資料だ。
それから数十年前に大陸西部のどこかの国から追放或いは出奔した“バレニム”という姓の魔術師に関する情報。
もしアンタ達が光神教の、特にサティアス派とかいう連中と繋がりが強いなら協力するのは難しいかもな。
なにせ、そいつらが俺達に盛大に喧嘩を吹っ掛けてきたんで蹴散らしたばっかだし」
伊織の言葉に驚いたように眉を上げる男。
「それはもしかしてカタラ王国が教会の排斥に動いたことと関係があるのか?」
伊織はそれには直接答えなかったが、ニヤリと笑った表情で言っているようなものである。
その様子を見た男はしばし瞑目し、それから意を決したように口を開いた。
「貴殿等と契約を結びたい」
「殿下~! ウイール殿下ぁ!!」
追われていた集団のリーダーことウイールの護衛隊長ヴェルフェンは、ウイールが渡河し始めた事をルアのドローン映像で知ると、車両が止まるのも待たずに飛び降りて駆けだしていた。
追っ手と思われる集団がウイールの護衛である2人に迫っているのを認識した直後、背後からつんざくような炸裂音が響き、追っ手が崩れ落ちる。
そして残っていた追っ手もひとり残らず同じように攻撃されて地面に転がっていった。
周囲に追っ手の存在が居なくなったことでようやくヴェルフェンも声を張り上げてウイールを呼ぶことができるようになった。そうしなければ追っ手と勘違いされて逃げられてしまう。
「ヴェルフェン?! ヴェルフェンか!! 無事だったのか!!」
「殿下も、よくぞ、よくぞご無事で!」
ヴェルフェンがウイールに辿り着き、その足元に縋り付くように跪いた。
「隊長~、いきなり飛び出さないでくださいよ~! お、セイン、カッファー達も無事でなにより」
「あ、ああ、リッチェも、隊長も、だが、いったい何が…」
「いや、それよりも他の追っ手が来る前にとにかく河を渡ったほうが……」
再会を喜ぶ主従に、必死に追いかけてきた若い騎士、それを迎えながらも混乱しているセインと、とにかく本来の目的だった渡河を先に済ませようとするゴタン。
もう“わやくちゃ”である。
「そ、そうだ、ヴェルフェン、他の者達はどうした?!」
ゴチャゴチャとやり合っている間にほんの少し回復した足でしっかりと地面を踏みしめて、ウイールがヴェルフェンに訊く。
「分散して逃げましたので合流できたのはこのリッチェを含めて16名だけ。討ち取られた、或いは捕らえられた者で分かっているのは4名です」
その言葉にウイールが唇を噛みしめて目を瞑る。
「散らばってからの行動は個々に指示してあります。現にいくつかの班とは合流できておりますから他の者達も大丈夫でしょう。なにより殿下が帝都に帰還すれば街道の封鎖もすぐに解かれます。するだけ無駄ですからな。
そうなれば奴等ならばすぐにでも戻ってこられます」
ヴェルフェンがそう言うとウイールは厳しい表情のまま頷いた。
それからすぐにでも渡河したほうが良いというゴタンとセインにヴェルフェンは「その必要は無い」と答え、空に向かって大きく手を振る。
それを見るリッチェ以外の男達の表情はといえば、『な~にやってんだ、この人』といったものだったのだが、数分も経たずにその行動の意味を外れた顎の痛みと共に知ることになった。
手を振り終わったヴェルフェンとリッチェが街道に目を向ける。
そこでようやくウイール達も街道の先に何かがあることに気がついた。そしてそれはどんどん近づいてくる。
「な、なんだ、あれは……」
ヴォォォォォン、というエンジン音を響かせながら街道を走ってくるモノ。
動物が牽くでもなく動き、馬車や荷車より遥かに巨大で、異様な形のモノ。
そして、異世界人でなくても街中で見かけることがあったとすれば間違いなく目を剥いて凝視する2台の車両だった。
先に走ってくるのは4輪で砂漠仕様の迷彩が施された軍用車。
運転席と思われる、ボディーからわずかに突き出た小さなガラスがあるだけの無骨なフォルムを持つ歩兵戦闘車、ドイツのラインメタル・ラントジステーム社が製造するコンドルⅡ装甲車両だ。
有名なダイムラー社の軍用車両ウニモグのシャーシをベースに歩兵戦闘車として85口径20mm機関砲一門と7.62mm機関銃を装備した高機動戦闘車両である。
装甲自体は現在主流の装輪式装甲車よりも脆弱と言われているが、それでも異世界でならば十分すぎるほどの堅牢さを持ち、なおかつ兵員輸送車としては小ぶりな車体は機動力に優れている。さらに榴弾や焼夷弾などの内部に炸薬を持った弾頭を発射できる機関砲を搭載しているので攻撃力は過剰すぎるくらいである。ただし
コンドルⅡの後ろを走るのは一回りほどは大きいモスグリーンの車体で見える範囲では窓がほとんど無いずんぐりとしたフォルムに8輪のタイヤを持つ重装甲兵員輸送車。フィンランドのパトリア社が開発したパトリアAMVである。
かつて中東で『緑の戦車』と恐れられた程の装甲と12.7mmM2重機関銃を装備している。輸送可能兵員は12名。
どちらの車両も凄まじいまでの威圧感を持つ鉄の塊であり、近づいてくる姿を見ただけでウイールやセイン達は逃げ出しそうなっている。
そんな中でコンドルⅡの銃座でライフルを持った可憐(に見える)な美少女である香澄が上体を出しているのがシュールだ。
驚く王子達の前に2台の車両が停まり、側面と後部のハッチが開くと一斉に中から人影が飛び出す。
伊織達がここに来るまでにヴェルフェンに頼まれて途中を捜索して合流した護衛騎士達だ。
彼等は飛び出した足でウイールの前に整列すると一斉に敬礼する。
どの顔も安堵で満たされており、ウイールがその地位以上に騎士達から敬愛されているのが見て取れた。
そして騎士達から少し遅れる形で伊織、リゼロッド、ルア、英太、香澄とジーヴェト、セッタが装甲車から降りる。
「初めまして、ウイール殿下。大陸南部にあるオルスト王国から来た伊織だ。
ヴェルフェン殿との契約によって貴公の支援をすることになった」
そう。
先にヴェルフェンが持ちかけた契約。
それはウイールの早急な保護と帝都までの護衛、それから可能な限りウイールが地位を盤石にするための支援を行うことだった。
見返りとしてヴェルフェンが提示したのは出せる最大限の金銭と可能な限り伊織の要望に応えることだった。
伊織達の持つ装備類や技術を見た後ではあまりに不釣り合いな申し出だったのだが、伊織はそれを受けることにした。
ただし、正式には実際に主君である王子と会ってからという条件だ。
ヴェルフェンの申し出を受けた伊織は、それまで乗ってきていたエノクではヴェルフェン達を乗せられないので新たな車両を出すことにした。
それが上記のコンドルⅡとパトリアAMVである。
そしてまず帝都に向かう街道で、ウイール達が通過を断念した河を渡る橋まで行き、その警備状況を確認するとウイール達はコロセア王国に向かったと予測した。
そしてコロセアに向かう道中で数人の逃亡中の騎士達と合流してここまで来たのだ。
「んでだ、実際に契約を批准するためには殿下が了承する必要があるんだが、どうする? まぁサービスで帝都までは確実に送るから返事はその後で良いが」
突然伊織にそんなことを言われたウイールは、事態に理解力がついて来れず目を白黒させるばかりだった。
結局、詳しい話は道中でとなり、ウイール達はヴェルフェンと共にパトリアAMVに乗り込む。そこで経緯の説明を受けることになった。
伊織達が運転する2台は街道を堂々と移動している。
追っ手を避けるために森を移動していたウイール達からすれば考えられないことだが、これだけの大きさの車両が森の中を移動するのは難しいし、そもそも伊織にコソコソする発想など存在しない。
「このまま街道を進めば間違いなく兄上達が送り込んだ兵が来るだろうが、大丈夫なのか?」
パトリアAMVには窓が無い。
いや実際にはあるのだが基本的に装甲に塞がれているので乗っている者は外を見ることができない。
運転する操縦席は各種カメラやセンサーによってモニターに映し出される映像などで外の状態は確認できるのだがそれは操縦に必要だからだ。
しかし今は後部兵員席の前に20インチのモニターが強引に取り付けられており、外の様子を見られるようになっていた。ただし、その映像は上空から撮影されたものだったりする。
その映像を見ながらウイールが不安そうに呟くが、伊織はもちろんヴェルフェンや先に乗っていた護衛騎士達も引きつった笑いを浮かべながらも不安そうな様子は無い。
「イオリ、エータ君から入電。『前方に30人ぐらいの野盗風兵士有り』って事なんだけど、無視で良いの?」
「相手するだけ時間の無駄だからな」
そんな声が聞こえてくるが、これにもギョッとするのはウイール達だけでヴェルフェンはひとつ肩を竦めただけだった。
その理由はすぐにモニターに映し出される。
街道の先に道を塞ぐように数十人の武装した男達と見られる人影が映るが、そこに減速する気配すらなくパトリアAMVの前を走るコンドルⅡが突っ込む。
異世界人達から見れば巨大な鉄の塊である。
近づいた段階で幾人かが矢を放ったようだがそんなものでは傷すらほとんどつかない。慌てて蜘蛛の子を散らすように避ける男達。
中には逃げ遅れてタイヤに踏まれた者すら居たようだが、意に介することなくそのまま通過していった。
通り抜ければ馬でもなければ追いつけるはずはなく、馬ですら見たことのない軍用車に怯えて追いかけるのを嫌がっているようだ。
「…………」
「なんていうか、心配するだけ馬鹿馬鹿しいですよね」
誰かがボソッと呟いた言葉にウイールは空笑いを浮かべながら頷くしかなかった。
そうこうしているうちに街道の左側に河が現れる。
ウイール達が4時間近く掛けた道程も車両ならばわずか数十分にすぎない。間もなくウイールが踵を返すことになった河越えの橋が見えてきた。
だが、その橋はさらに大勢の兵士によって完全に塞がれていた。
おそらくは先程のか、或いはもっと前に蹴散らした連中が知らせたことで待ち構えているのだろう。
「こ、これはさすがにこの荷車でも……」
モニターを見ながら唸るウイール。
さすがにこれは予想外だったのか、ヴェルフェンも難しい顔をしていた。が、伊織は相変わらずの飄々とした態度を崩さない。
一旦無線で英太にコンドルⅡを停止させ、ドローンを回収する。
そして、
「英太、街道を降りて河渡っちまうぞぉ」
『了~解っす』
その言葉通り、2台の車両は街道を左に外れて河辺に降り、そのまま水の中に入っていった。
「な?! な、ななな、なぁ?!」
モニターが消えたことで不安になったウイールを伊織が手招きして上部ハッチに誘導する。
そしてその目に映ったのは、幅100メートル近い河を悠々と渡っていく自分達の荷車の姿だった。
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