第55話 帝国の皇子
予定通りカリツの街で『辺境の聖人』と呼ばれている光神教の司祭、ルアエタムと会うことができた伊織達は、聖堂の奥にある応接室のような部屋に案内された。
ビヤンデや王都の聖堂とは異なり、調度品のようなものはほとんど無くクッションのない長椅子が4つと低いテーブルがあるだけの簡素な部屋だ。
先に入ったルアエタムに促されて長椅子に腰掛け、しばらくすると「失礼します」という言葉と共に扉が開かれ、神官服を着た若い男がトレーに飲み物を乗せて入ってきた。
その若い男は、肌は褐色で金色の髪、口元からは牙のように見える犬歯が覗く野性的な雰囲気を持っていた。
細身ながらガッシリとした体格と長い手足、印象を例えるならロシア原産の猟犬ボルゾイを思わせる容貌を持っている。
オルストなどの大陸西南部の人種ともカタラ王国で見かけた大陸西部、北部の人種とも異なる特徴を有しており、ルアをその目の特徴だけで“悪魔の落とし子”と断じた教会の神官としては意外な印象を受ける。
だが多様な人種も珍しくない地球から来た伊織達はもちろん、リゼロッドも一瞬意外そうな表情は見せたものの特に何も言わず、ルアは興味深げにその動きを目で追った程度だった。
その様子を見てルアエタムはごく小さくホッと息を吐く。
もちろんこれも伊織達の為人を見極めようとするルアエタムの指示である。
もっともそれはルアの目を隠そうとはせずに相手の反応を窺っている伊織も同じ事だろう。
向かい合う形で座り、無言のままカップを傾ける。
ハーブティーのようなものなのだろうか、わずかに青臭くスパイシーな香りのする飲み物で、喉を通るとポッと小さな火が灯ったかのような温かみが広がっていく。
伊織の隣にはリゼロッドが座り、その膝の上にルアが乗っている。
香澄と英太は長椅子の両側に小さな椅子を持ってきてそこに座った。
対する教会側はルアエタムが伊織の対面に座り、セッタと給仕を終えたパタロが従者のようにその後ろに控える。ジーヴェトは英太側の壁際だ。
奇妙な緊張感の中、伊織がカップをテーブルに置く。
それを合図にしたかのようにルアエタムが口火を切った。
「それで、イオリ殿、でしたか、あなた方は教会をどうしようと考えているのですか?」
腹の探り合いをするつもりは無いと言外に匂わせながら正面から伊織を見据えて直裁的に問う。
問われた伊織は口元を綻ばせながら悪戯めいた目で見返した。
「どうする、か。アンタは教会をどうしたい?」
質問に質問を返す。
これだけでどちらの性格が悪いかよくわかるというものだ。
セッタとパタロの伊織に向ける目も非難するものになっている。
「……私は教会をどうしたいという事は考えていません。ただ、教会がその教えの通り、遍く光の如く全ての人達救われるよう務めてほしいと願っているだけです」
伊織の態度にもその穏やかそうな表情を崩すことなく静かに答えるルアエタム。
さすがは『聖人』と呼ばれる人物である。が、それで済まさないのが性格が破綻しているオッサンというものだ。
「へぇ? つまり何一つ行動するつもりはなく私欲で腐りきった教会のことは放置すると? 随分とご立派なこった。
さて、さっきの質問の答えだが、俺達の目的は遺跡から発掘された資料と追放或いは出奔した魔術師に関する情報の入手だ。だから別に教会が何をしようとどうでも良いんだが、これまで通り目障りなことがあれば叩き潰すし邪魔をするなら根こそぎ引っ繰り返す。
まぁ方々に影響はあるだろうが、それはこっちの知ったこっちゃ無いからな」
「な?!」
あまりといえばあまりな放言にセッタが、それにジーヴェトまで驚愕の声を挙げる。
ルアエタムもさすがに眉を顰める。
「どれほど強大な力を持っていたとしてもあれだけの組織を根底から覆すことなどそうそうできるとは思えません。
それに、仮にそれだけの事ができたとして、光神教は大陸西部で広く信仰されています。その信徒の多くは無辜の民衆です。
カタラ王国は多くの治癒師達を確保する事が叶いましたが帝国や他の国では教会に依存しているのは変わりません。
教会が混乱すれば何の非もない多くの方々が大変な目に遭うことになるでしょう。
それでもそれをすると?」
「そいつは責任転嫁ってもんだろ?
喧嘩を売ってきたのは教会。その結果どうなろうがそれは自業自得でしかない。
民衆云々言うのならば最初から民衆のために尽くしていればいい話だし、そうなっていれば俺達とぶつかることもなかった。
遺跡の資料だって、別に取りあげようっていうわけじゃなく閲覧さえできれば良いんだからな。必要ならそれ相応の対価を支払ったって構わない。
どうしても情報を秘匿する必要があるのなら理由次第で協力したって構わないとすら思ってるぞ。
ついでに言うと、どれほど巨大な組織であってもやり方次第で引っ繰り返すのは簡単だ。
今回の場合で言えば、教会の大主教やら主教やら、欲の皮が突っ張った生臭坊主達が軒並み変死して、それから『教えを蔑ろにして好き勝手やってたから神の怒りを買ったんだ』ってあっちこっちで噂をばらまけば嫌でも変わらずにいられないだろうよ」
ニヤニヤとした笑みのまま言い放った伊織にルアエタムも唖然とした表情を見せる。
それを見て伊織は不意に表情を真剣なものに変える。
「俺達は他の者がどうなろうが構わないと思ってるわけじゃない。だがだからといって妥協するつもりもない。執る手段はできるだけ一般人に影響の少ないやり方にするつもりではいるがな。それもあくまで『できる範囲で』だ。
その結果どうなろうが責任を負うつもりはない。全ては教会自身がしてきた事のツケを払うだけのことだ。
それを憂うなら自分達だけ良い子になって自己満足に耽ってるんじゃねぇよ。
教会が腐ってるのはどうやら確かなようだがそれはサティアスとかいう派閥だけじゃないアンタらセジュー派も同じだ。
不満があるなら変えてみせろ。それが無理なら抜けて別の教会を立ち上げることくらいはしろ。
戦いもせずに辺境に追いやられて無聊を託って、自分達は神の教えに忠実ですってか? いつまで甘ったれてるつもりだ?」
辛辣で、全てを否定するかのような言葉の刃。
「ふざけるな! なにも知らない奴が偉そうに!!」
「そうだ! 貴様などにルアエタム様のなにがわかる!」
ルアエタムに心酔しているセッタとパタロは伊織の言葉に激高した。パタロは怒りに拳を振るわせ、セッタに到っては剣の柄に手を添えている。
だが伊織はどこ吹く風で鼻を鳴らす。
「んなもん、知るわけ無いだろ。別に俺はどうしろこうしろなんて言っちゃいない。こっちのやることに文句付けるなら自分達が先にやるべきことをしろってだけだ。
ただ流されるだけの奴の言葉を聞いてやる義理がどこにある?」
正論である。
だが世の中正しい言葉が必ずしも納得できるわけではない。
特にルアエタムのように主流派から疎まれながらも信仰を貫き必死に民衆のために尽くしている姿を間近で見ていればなおさらだ。
「貴様っ!」
「セッタ! パタロも、落ち着きなさい。
……貴方の言葉は胸に刺さりますね。
確かに私達はそういわれても反論することはできないでしょう。
私もどこか自分さえ神の教えを体現できればいいとは思っても、教会をなんとしても変えようとまでは考えていなかったと思います。
ですがそれでは結局この手の届く範囲しか救うことはできません。
このままではいずれ光神教の教えは形骸化し、高位聖職者は貴族のような世襲制になり、民衆の心は教会から離れてしまうことでしょう」
ルアエタムはそういってしばし瞑目する。
伊織もそれ以上言葉を重ねることなく再びカップを持ち上げてすっかり冷めてしまったハーブティーを喉に流し込んだ。
やがて目を開いたルアエタムは立ち上がって部屋を出ていき、ほんの5分ほどで戻ってくる。
そして手に持っていた巻物状の羊皮紙のような物と蝋で封をされた書簡を伊織の前に置いた。
「公国の大聖堂、その見取り図と各所に施された魔法の解呪方法です。それから情報提供してくれる聖職者の名前と所属。
それと、帝国に行ったら大主教であるセジュー様にこの書簡を渡していただきたい。少なくとも話は聞いていただけるはずです」
その言葉に、伊織はニヤリと口元を歪める。
「予想済みって事か。なかなかどうして見事な狸っぷりだ」
伊織はその書簡と巻物を取りあげて皮肉げに返すと、ルアエタムは肩を竦めた。
「あなた方が来られなければ何もできませんでしたよ。正しい信仰の芽を絶やすわけにはいきませんでしたから。ですが、今はこの風に乗るべきでしょう。
セッタ」
「は、はい」
「私はまだこの街を離れることはできません。唯一の治癒師がいなくなるわけにはいきませんからね。
ですから私の代わりにイオリ殿に同行してください。帝国内、特に帝都のことは貴方が詳しいでしょう。イオリ殿達に最大限協力するのと同時にイオリ殿にもセジュー派に協力してもらえるように努めなさい」
ルアエタムの言葉にセッタが抗議の声を上げるも、結局「信頼する貴方だから頼むのです」と言われて撃沈した。
「……伊織さん、良いの?」
「なんか、こっちの都合とか一切聞かずに決めちゃってんすけど?」
香澄と英太が呆気にとられながら訊ね、リゼロッドは苦笑を浮かべる。
伊織はといえば、実に面白そうにルアエタムを見ていた。
やがていくつかの指示を受けたセッタが準備のために部屋を出ていくと、改めてルアエタムが伊織に向き直った。
「というわけで、情報提供の対価というわけではありませんが、セッタをよろしくお願い致します。
帝国内は今は後継者争いで不穏な気配が漂っています。帝室、貴族、教会が複雑に絡み合っていますのでセッタがお役に立てるかと思います」
「随分と前から狙ってたみたいだな」
「そんなことはありませんよ。ただ、風が吹いても帆を張っていなければ意味がないでしょう。多少の備えをしていたに過ぎません」
「聖人なんてご大層な二つ名すら韜晦した姿だったってことか。まぁ良いさ。それじゃこっちからもおまけを付けてやる」
そういってどこから取り出したのか数冊の書籍、南部の国から招聘した技術者達に提供した医術書や魔法具の関連の本をドサッと乱暴にテーブルに置き、
「明朝出発する。食料なんかは必要ないから荷物は控えめにしてくれ」
そういって席を立った。
「駄目です。やはり橋は見張られています」
「チッ! 駄目か。だが河を渡らなければ帝都に戻れない。どうするか……」
「殿下、我々が引きつけますのでその間に河幅の狭い場所から…」
「いや、それではそなたらが確実に死ぬ。それに向こう岸にも兵は配置されているだろう。どちらにせよ私一人では帝都まで辿り着けん」
街道から少し森に入った場所にある大木の根の下の窪み。大人数人でも身を屈めれば身を隠せるような空間に数人が身を寄せながら小声で話している。
「ヴェルフェン達も無事でいてくれれば良いのだが」
「隊長ならば何とか上手く逃げているでしょう。いずれにしてもウイール殿下が無事に帰還できなければ意味がありません」
会話から分かるとおり、彼等は本来ならばこんなところで土塗れで蹲っているような身分ではなく帝都の王宮で多くの者に傅かれているはずの立場。すなわち帝国の王子である。
彼等はコロセア王国との国境近くにあるバッカオ砦に慰問に訪れる予定であったがウイール王子を狙ったと思われる待ち伏せに遭い何とかそこから脱出したのである。
本来帝位の継承権順位は低く気楽な立場であったはずが突然の後継者選定基準の変更により難しい立場に立たされることになった。
今回のバッカオ砦の件に関しても突然の、それも出所がよくわからない中での要請であり、充分に警戒していたウイール達は何者かが岩や倒木で街道を塞がれたことを知った直後、すぐさま離脱することにしたのだ。
元々王子の護衛としては十分とはいえない程度の数しかおらず、ウイールを暗殺しようとする者達の権力を考えれば確実に殺せるだけの戦力を用意しているだろうことは容易に予測できる。
なので待ち伏せが分かった時点ですぐに馬車や荷車、騎馬や甲冑を放棄してまずは人員を3つに分け、徒歩で離脱しながらさらに徐々に分散。
最終的に5名単位で森に逃げ込んで帝都を目指すことになったのだ。
物資や騎馬は惜しいがどうせ用意したのはウイールではなく帝国の役所だ。
なにより最優先がウイールなのは当然だが、ただでさえウイールが抱える戦力は乏しい。一人たりとも無駄に死なせるわけにはいかない。そのために少しでも生存確率を上げるための方策が余計な物は全部捨てての分散離脱というわけだ。
襲撃者の目的は当然ウイールの命である。
そして護衛隊長であるヴェルフェンの顔は知られているので一緒に行動すれば優先的に狙われることは間違いない。
だからウイールは他の者達と同じような服装に着替えてヴェルフェンとは別方向に逃げることになった。その分王子っぽい服を着た騎士とヴェルフェンの離脱の難易度は跳ね上がっているはずで、ウイールは長年自分を守ってくれている信頼する部下達の身を案じている。
と、同時にその献身に報いるためにも何としてでも無事に帝都まで帰還しなければならないのだ。
「逃げ出してから3日。街道の監視が弛むのはどのくらいだろうか」
「おそらくはあと7日ほどはかかるかと。ただ、水はともかく食料が保ちません。この上はコロセア王国に一旦逃げ込むのも一つの方法かと」
元々胡散臭い役目だったため様々な逃走ルートは予め決めてあった。
その中には帝国内の街道が全て監視下に置かれた場合はコロセア王国からカタラ王国に入り、貿易商人を使って海路で帝都まで帰還する事も想定していた。
帝都の王城にさえ帰還してしまえばさすがに直接的な手段に出ることはできない。同時にウイールが王城に姿を現せば作戦の失敗が確定し街道の監視も解かれ、分散して逃亡した部下達も戻ってこられるようになるだろう。
「やむを得ん。南下してコロセアに向かおう。街道は使わず森を抜ける」
「すぐにですか? 少し休まれたほうが」
護衛騎士が心配するがウイールは首を横に振る。
一刻も早く帝都に戻ることが散らばった部下達を助ける唯一の方法だからだ。
だが3日にわたる逃避行でウイールの体力も限界に近い。
確かにウイールは王子という立場であったものの後ろ盾など無く、自分の力で身を立てるべく剣術の鍛錬も欠かさなかった。
だからそれなりの腕前と体力があるのは確かだが、それでもやはり騎士や兵士とは違って来る日も来る日も厳しい訓練を重ねてきたというわけではない。
加えて、襲撃を察知してから3日。森の中を身を隠しながら移動し続け、粗末な携行食糧と細切れで短時間の仮眠だけ。むしろよく保っているほうだろう。並の王族貴族ならとうに音を上げている。
大樹の根元から出たウイール達は疲労で重くなった身体を無理矢理動かしながら森の中を移動する。
時折方角を確認しつつ歩くこと2刻ほど。
森が途切れ、小さな川とゴロゴロとした石が転がる河川敷のような場所に出る。
すぐ近くには街道が通っており見通しが良いので出来れば避けたい場所だがコロセアの国境に向かうにはここを抜けるしかない。ここを避けるとかなり遠回りになってしまうからだ。
川向こうの森まで距離にしておよそ200メートル。川自体は浅く、深い場所でもせいぜい膝上程度なので渡るのに問題はない。
護衛騎士が周囲を確認し、近くに人の気配が無いことを確かめる。
そして肩を大きく上下させながら荒い息を吐くウイールに声を掛けた。
「今のところ周囲に人は居ないようです。少し休んだら走りましょう」
「ハァハァ…ハァ~、いや、大丈夫だ。いつ監視の者が、来るか、分からない。兄上達の事だ、相当な人数を、つぎ込んでいるだろうからな。休むのは向こう岸に着いてからにしよう」
そう言って何とか立ち上がるウイール。そしてさらに止められる前にと走り始めてしまった。
仕方なく護衛騎士達も走り出す。
一人がウイールを追い抜いて先頭に、残りの3人はいつでもウイールを支えられるようにすぐ後ろに続いた。
だがやはりここまでの強行軍はウイールの体力の限界を超えていた。気持ちは逸っているのに足取りは重く、走っているつもりでも早足程度の速度しか出ていない。そしてそれもすぐに限界が訪れる。
「うわっ!」
「殿下!!」
ウイールが石に足を取られて転倒する。
咄嗟に護衛騎士が手を伸ばすが間に合わず、ウイールは小石だらけの地面を盛大に転がった。
すぐに立ち上がろうとはするものの、足が痙攣して身体を起こしても立つことができない。
そして悪いときには悪いことが重なるもので、街道から10数人の武装した男達がウイール達に向かって走ってくるのが見えた。
まだ数百メートルほどの距離があるがこのままではすぐに追いつかれる。
「ゴタン、ガズン、殿下を抱えて川を渡れ! 俺とカッファーが時間を稼ぐ! 森に入ったらコロセアまで一気に走れ!!」
「ま、待て、セイン!」
ウイールが止めようとするが騎士達にとって最優先はウイールの命を守ることだ。
ゴタンとガズンはウイールの腕を肩に回して強引に持ち上げる。
騎士達とて体力に余裕があるわけではない。それでも気力を振り絞って川へと足を進める。
そしてセインとカッファーは剣を抜いて左右に広がり、追っ手を待ち構える。
二人も充分に疲弊しており十数人を相手に戦えるような体力は残っていない。だが1秒でも長く時間を稼ぐという気迫で雄叫びを上げた。
と、悲壮な覚悟で剣を掲げたセイン達にあと一跳びというところまで迫っていた男。
野盗にでも扮しているつもりなのか粗末な皮鎧と簡素で薄汚れた服装だが、動きは明らかに訓練を受けた者のそれで、今の状態では一対一でも苦戦することが予想される、そんな男が飛びかかろうとした勢いのままベチャリと地面に崩れ落ちた。
「は?」
「な、なに?」
一瞬セインとカッファーの動きが止まる。
だがそんな明らかな隙を追っ手の男達は突くことができなかった。
「っ!?」
「!!」
倒れた男の後ろに居た2人の男も同じく声を出すこともできずその場で崩れ落ちる。
呆気にとられたセインだが、こちらの油断を誘うためという可能性を考えて倒れた男達に視線を向ける、が、すぐにそれは意味のないことだということを理解した。
横たわる男達はいずれも戦槌ででも打ち貫かれたかのように頭部を半分ほども吹き飛ばされていたからだ。これでは生きているわけがない。
そして、後に続いていた男達も次々に頭や腹部を吹き飛ばされ倒れていく。
残りが半分を切ったところでようやく追っ手はウイールを追うのを諦め逃げ出していくが、それもまた程なく全員がもの言わぬ骸と化した。
「いったいなにが…」
「は?! そ、そうだ殿下は?」
半ば呆然と男達が倒れていくのを見ていたセインとカッファーだが、我に返ると慌ててウイールを探す。
といっても実際にはその必要は無く、ウイールだけでなくゴダンとガズンも何が起こったのか理解できず川に入る手前で呆然と立ち尽くしていた。
すると、その直後、街道のほうから2人の男が走ってくるのが見えた。
すわ追っ手かと再びセイン達が身構えるも、その姿がはっきりしてくると同時にその男からの声も聞こえてくる。
「殿下~! ウイール殿下ぁ!!」
「あ、あれは、もしやヴェルフェン隊長か?!」
「なに?! 本当か? 無事だったのか!」
目を懲らすセインの言葉通り、徐々にはっきりと見えてきたその姿は、ウイールを逃がすために囮役になっていた護衛隊長のヴェルフェンだった。
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