第53話 大主教の末路とセジュー派

 英太が襲われた少し後、香澄達への襲撃とほぼ同時刻。王都の外縁に程近い場所に伊織は居た。

 カタラ王国の王都は特に城壁などで囲まれてはおらず、簡易な柵と堀によって街が仕切られているだけだ。

 元々は城壁があったのだが王都の人口が増えるに従って都が拡張したために城壁で囲むのが事実上困難になり、元の城壁の内側に貴族や商人などが住み、職人や一般市民がその外側で暮らすといった住み分けがされるようになった。

 カタラ王国がアガルタ帝国と敵対関係にある西部諸国と同盟を結んでいるとはいえ、実際に国境を接しているわけではないので直接攻め込まれる可能性が低いというのが一番の理由だろう。

 一応無法者が自由に出入りできるようにするわけにはいかないため塀や堀で全体を囲んではいるものの、ある程度の能力があれば簡単に入り込むことができそうである。

 

 外縁部は比較的所得の低い層が住んでいる地域であり、職人の弟子や商家の小間使いなどの安い賃金で扱き使われているような者が多い。

 ただ、警備兵が日に何度も巡回をしておりそれほど治安が悪いわけではない。

 だが今は既に日はとっぷりと暮れ、路地だけでなく比較的広い通りも建物の中から漏れ出る光が少しだけ周囲を照らしている程度だ。とはいえ、辻や曲がり角には一応篝火が灯されているので慣れている住人達にとってそれほど不自由はないのだろう。現にそれほど遅い時間というわけではないのでまだそれなりに人通りはある。誰もが足早に通り過ぎてはいるが。

 

 そんな中で伊織は周囲をキョロキョロと見回しながら細い路地を歩いていた。

 といってもこの様子は今に始まったことではなく、朝から王都の街を何かを探すようにあちこちの店に入ったり露店を覗いたりしながら移動して外縁エリアまで辿り着いたのである。

 その伊織を数十メートル離れた場所から見ている複数の男達が居た。

 もちろん教会が伊織達を排除するために呼び寄せた暗殺部隊の男達だ。人数は3人だが、周囲には20人近くの同僚達が距離を開けて待機している。

 これは多くの暗殺部隊で尾行した場合気付かれる可能性が高くなるため、隠密能力が特に高い3人が伊織を直接監視し、残りの者達はその3人が都度指示を出して移動させているからだ。

 

 その尾行だが、どう見ても気まぐれにとしか思えないような伊織の行動に朝からさんざん振り回されていた。

 何かを探しているようすだがそれが何なのかは遠目で見ていただけではまったく見当がつかず、人気の無い場所に入ったかと思えば突然逆戻りしたり、路地を曲がったかと思えばいきなり走り出したりと、当初は尾行が気付かれたのかと警戒したのだが別に背後を気にする様子も見られない。

 監視している事を気付かれないように通行人に偽装した暗殺者が追い抜いたりすれ違ったりしても意識を向けているような気配は無い。

 単に落ち着きなく気の向くままの行動を繰り返しているとしか思えなかった。

 

 教会からもたらされている情報で伊織がカタラ王国に治癒師と魔法具職人を招聘した異国の集団のリーダーであることや、ビヤンデの街で数人の聖騎士をあっという間に無力化した実力に関しても聞いていたために、今回派遣された中でも特に腕利きを、それも最も多い人数を割り当てていたのだがあまりの無警戒さに拍子抜けするやら呆れるやらで緊張感を維持するのに余計な労力を消費する羽目になっていた。

 そうして監視することほぼ丸一日。実際には数日前から監視は始まっていたのだが、ようやく暗殺のチャンスが到来する。

 

 伊織が辻を右に曲がって進んでいると倉庫のような建物が建ち並ぶ一角に出る。

 この区画は王都周辺で収穫された穀物を保管する場所で、荷車で荷物を運び入れるために道幅はそれなりに広くとられている。

 そして何より通りの奥は袋小路になっていてそこから出るには辻まで戻るしかない、そんな場所だ。

 当然チャンスを待ち望んでいた暗殺者達はすぐさま動く。

 周囲に散らばっている仲間たちに合図を送り襲撃の準備を整える。

 行き先が袋小路になっているとは知らない、ように見える伊織がさらにのんびりと歩いて奥にいく隙に20名もの人数で通りを塞いで包囲を完了させた。

 

 そして今度はその包囲を狭めて多数の圧力でもって任務を完遂するだけ。と考えた直後、暗殺者達は伊織の様子にようやく違和感を持つ。

 伊織は通りの一番奥、左右を倉庫に、先を壁に阻まれた突き当たりの場所で立ち止まっていた。

 暗殺者達は暗闇に慣れているとはいっても昼間のように見通せるというわけではない。

 もちろん常人よりは遥かに夜目が利くのは確かだが、気配や音など視覚以外の感覚を使って戦闘することができるように訓練を積んでいるのだ。

 その感覚を信じるのならば、伊織は行き止まりとなっているにも関わらず落胆するわけでも戻ろうとするわけでもなく、ただ立ち止まっている。

 まるで彼等を待ち構えるかのように。

 

 ここにきて、さすがに暗殺者達の警戒心がピークに達した。

 そしてこのまま襲撃するべきか、一旦退くべきかと考えた直後、暗闇に覆われていた通りがまるで突然太陽が降り立ったかのような光に照らされた。

 当然包囲していた暗殺者達の姿は隠しようもなく露わになる。

 いかにもな黒装束などではなく一見すると普通の一般人と区別のつかない服装で特徴的な姿はしていない。

 これも当然である。朝から分散しながら尾行していたのに目立つような姿形では周囲の人達の反応から露見しかねないし、風貌に特徴があるような人間はどれほど腕が立とうが暗殺には向かない。

 ところがここにいるのはターゲットである伊織と暗殺者達、それ以外は誰も居ない。ここのように穀物保管の倉庫しか無い場所で、すっかり日が暮れているのに歩き回る者など居るはずが無いのだ。

 

 素早く周囲に目を配れば建物の上からいくつもの光が通りに向かって放たれており、原理は分からないまでも事前に準備されていた道具からのものであることは理解できた。

 そして伊織はその掌に収まるほど小さな物を手にその場に佇み、暗殺者達の姿を見ても動揺している素振りは無い。

 つまりは誘い込まれたのは伊織ではなく暗殺者達だったということを悟らざるを得なかった。

 一日続いた伊織の奇矯な行動はそれを暗殺者達に気付かせないためのものだったのだ。

 尾行の存在に気付いていながらそれを一切表に出すことなく常人よりも遥かに感覚が鋭敏な暗殺者達を手玉にとる。それがどれほどの事なのか、戦慄を感じずにいられない。

 

「こんなにあっさりと引っかかるって、拍子抜けどころか逆に心配になってくるな。なぁ、光神教の教会ってアホしかいないのか? そんなんで本当に組織として大丈夫なのか?」

 心底呆れたような声音の伊織に返ってくる言葉は無い。

 返す言葉もない、という部分も無いではないのだろうが、実際のところは既に行動を始めていたからだ。

 暗殺者達がとることのできる選択肢はふたつ。

 失敗を悟って撤退するか、人数の利を生かして強行するか。

 そして選んだのは後者だった。

 

 気付かれていたのは事実。誘い込まれたのも。

 だが周囲の気配を探っても伊織の他に潜んでいる気配は無く、光の他に何かを仕掛けているという様子もない。

 もちろん待ち構えていた以上、伊織が相当な腕利きである事は間違いないだろうが、それでも20人で一斉に掛かれば仕留められるはず、という考えだった。

 暗殺者という役柄、返り討ちに遭うことも覚悟はできている。差し違えてでも伊織を殺すことができれば目的は果たせる。

 瞬時にそう決断した暗殺者達はそれぞれに隠し持っていた武器を取り出し、二重三重に伊織を囲みむ。

 その直後、2人が左右から躍りかかり伊織にショートソードを振るう。

 と、同時に囲んでいた2列目の者達が一斉に短剣を投擲した

 

 ショートソード、短剣、そのどちらも毒が塗られている。

 さすがに擦っただけで即死させることまではできないが、わずかでも傷がつけば途端に毒が身体に廻り、最低でも動きは大幅に鈍る。

 だが予想した結末が訪れることはなく、躱す隙間など無いはずの攻撃は悉く伊織の身体をすり抜けるように虚しく空を穿つ。

 逆にその直後、接近して攻撃していた2人がその場に呻き声ひとつ立てないままその場で崩れ落ちた。

 一瞬で意識を失ったのか、倒れ込んだ2人はピクリとも動かない。

 

「な?!」

 暗殺者達の中から驚愕の声が漏れる。

 だがそれでもさすがは訓練された者達。一瞬で動揺から立ち直り武器を構え直す。

 そこに今度は伊織が滑るような動きで突っ込む。

 反射的に手の武器を振るう暗殺者。

 だがその攻撃はまたしても煙でも斬ったかのようにすり抜けた。

 そしてただ通り抜けただけのようにしか見えなかったにもかかわらず武器を振った者もまたその場で糸が切れた操り人形のようにパタリと倒れた。

 

 次いで伊織に襲いかかったのは3人。

 1人の人間を同時に攻撃するにはそれが限界である。

 しかしそれも通じる事はなく、その場には崩れ落ちた3人が残されるだけだった。

 襲撃のリーダーだった男の頭は混乱の極みにあった。

 襲撃が失敗したのは良い。いや、良くはないが、それでも失敗自体はゼロではないし、想定よりも相手が強かったり準備が整っていれば失敗することも味方に犠牲が出ることもある。稀にだが彼等をして逃げ帰ることしかできないことも無くはないのだ。

 ただ、今回はそれとは根本的に異なる。

 そもそも伊織が何で攻撃したのか、どうして十分な訓練を積んでいるはずの彼等が抵抗らしい抵抗もできず倒されるのか。

 しかも何をどうされたのかもまったく理解できない。

 ただ伊織がすり抜けた後には身動きひとつしない暗殺者達が転がるばかり。生きているのか死んでいるのかすら分からない有様だ。

 

 リーダーの男の背中はいつしか汗でぐっしょりと濡れていた。

 暗殺者としては未熟とすら言える感情。“恐怖”によって既に冷静な判断力は失われている。

(なんだ、コイツは。いったいこのバケモノは、なんなんだ?!)

 内心でそう叫んだ瞬間、伊織から、今度は分かりやすくリーダーの腹部に蹴りが放たれ、男は辛うじて肘を下げて受ける。

 そうして崩れた体勢を、今度は襟を掴まれ投げられそうになったところで身を捩って何とか引き剥がした。

 

「ひ、退け!」

 その言葉を出したときにはまだ立っていたのはわずか5人程度。

 その者達は暗殺失敗に躊躇することなく一斉に伊織から距離を取る。そして脱兎の如く通りを走る。

 逃げ出した暗殺者達の思いは全員が同じだっただろう。

 辻まで戻った男達は別々の方向に分かれて逃げた。

 後ろの気配を探りながら、不意に目の前の路地から伊織が現れないことを心から祈りながら。

 

 

 

「おいおい、化け物は酷ぇなぁ、化け物は」

 必死の思いで駆け込んだ先で殿上人である大主教に事の次第を報告した直後、そんな声が響いて報告していた暗殺者組織の男、伊織襲撃の時のリーダーの背中が硬直する。

「ま、まさか……」

 男は通りから脱出した後、何度も偽装を施しながら王都から出ている。

 その後も度々向かう方向を変えながら慎重にここまで走り続けたのだ。

 当然尾行には細心の注意を払っていたし、そもそも一刻ほども速度を落とすことなく走り続けてきたのだ。

 まさか追いつかれていたとは思わなかったし、微かな星明かりだけの暗闇で男の検知できる範囲の外から尾行などできるわけがないと考えていた。

 

 実際には伊織はリーダーの男に攻撃した際に服の襟裏に発信器を取り付けていただけだ。マジシャンも真っ青な早業である。もちろんこのために王都やその周辺に中継のためのアンテナを取り付けるという手間暇を掛けている。なにしろ通信衛星が無いのでGPSはさすがに使えないのだから仕方がない。

 ともかく、そのため撃退した暗殺者達を王都の警備兵に引き渡した後、オフロードバイクで最短距離を走り抜けて丁度男がこの遺跡跡の隠れ拠点に入った頃に追いついたのだった。

 数々の偽装工作がまったくの無駄だっただけでなく、その行動のせいで到着時間が遅れてタイミング良く伊織を案内してしまったというわけだ。

 

「な、なんだ貴様は! いったい何者だ!」

 ここは何年も前に放棄された遺跡であり、めぼしい発見もなく規模も小さい、誰も関心を向けていない場所だ。

 そこには目立たない場所に広い地下室があり、それを覆うように崩れかけた遺跡があったために教会がもしも不測の事態が生じたときのための隠れ家として秘密裏に整備していた場所だ。

 教会の偽装工作によって遺跡に通じる道も無くなっており、教会のごく一部の者しか知られていない。もちろんこの地を版図とする王国にも報告をしていない。

 

 そんな場所に突如として現れた伊織に、普段の胡散臭い笑みを浮かべる余裕すらなくして大主教ががなりたてる。

 それに応えたのは呆れ果てた伊織の顔だ。

「おいおい、自分が殺せって命令した相手の顔も知らないってか?」

 そう言うものの、直接顔を合わせたことはなく写真などもないこの世界なのだから顔を見ただけでそれが誰かなど分かるわけがない。

 それでも伊織の言葉でそのことを知った大主教の顔が怒りに染まる。

 

「そうか、貴様が我が光神教に敵対せんとする異教徒か。だがたったひとりで乗り込んできてどうするつもりだ? ここには神の加護が込められた鎧と武器で武装した騎士が居るのだぞ」

 驚きつつも余裕を取り戻した大主教の言葉に、部屋の中に居た騎士達が一斉に剣を抜いて伊織を取り囲もうとする。

 そんな行動に焦っているのは逃げ込んだ暗殺部隊のリーダー唯一人だ。

「だ、大主教猊下、お逃げ……」

 ズダンッ!!

 声を上げた暗殺者の言葉が終わる前に地下室内に轟音が響く。

 直後、大主教に近い位置で大主教を守るように剣を構えていた騎士が刹那の呻き声と共にその場に崩れ落ちた。

 

 ガシャッ、という甲冑が地面を叩く音に全員の目がそちらに向く。

 だがその視線を受け止める騎士は倒れ伏したまま数度痙攣するかのように身を捩った後動かなくなった。

 そして少し遅れて床に拡がった血を見て「ヒィッ!」と声を上げて大主教がへたり込む。

「悪いが殺そうとしてきた相手に手加減してやるほど優しくないんでな。もちろんやるというなら、その偉そうなオッサン以外は何一つ抵抗もできずに皆殺しだ。王都の街中と違って近所迷惑を気にする必要もないし。

 ……さて、どうする?」

 言葉からは想像できないほど朗らかに笑みを浮かべながら言ってのける伊織。

 この時点でようやく大主教以下騎士達も全員、自分達が絶対に手を出してはいけない相手にちょっかいを掛けたことを悟る。

 そう悟らざるを得ないほど今の伊織はドヤクザとサイコパスを足して二乗したような人の悪い表情をしていた。

 

 頼みの綱だった魔法が付与された甲冑と武器、人数が何の助けにもならないと悟れば所詮は組織に守られていただけの小者に過ぎない。

 逃げようにも伊織が居るのは入口のすぐ側。

 離れた場所から攻撃できるような武器を持っている相手が居るのに強行突破などできるはずもなく、その場でへたり込むしかできなかった。

「わ、悪かった! これ以上手出ししたりしない、本当だ、命令も取り消す! だから……」

 必死の形相で言い募る大主教。

 

「まぁいいや。とりあえず皆殺しにして国のお偉いさんに言い訳するのも面倒臭いし。

 あ、そうそう、教会が持ってる遺跡に関する資料とかを見たいんだけど、どこにあんの? 特に魔法陣や魔法文字に関する資料な」

 あっさりと殺意を引っ込めてあっけらかんと訊く伊織。

 そのギャップに戸惑いながらもこの場で殺されないために何とか質問に答えようとする大主教。

 

「ま、魔法に関する資料は全て本国の大聖堂に運ばれて精査されて専門の神官によって解読されている、いえ、います。

 な、内容は大主教にはその都度公開されていますが主教以下には知られないように資料は本国の研究所に保管されているので、その……」

 まったく役に立たない、教会内の地位が高いだけの男に伊織はひとつ溜息を吐いて肩を竦めた。

 そして予め遺跡の外に用意しておいた護送車に全員を誘導していくのだった。

 

 

 

 数日後、伊織達は王宮の一室に案内されていた。

 伊織、リゼロッド、英太、香澄、ルアの5人が部屋に入ると既にそこには4人の人物が席に着いていた。

 カタラ王国の国王であるレスダレス・ド・タッカリアを筆頭に3侯爵、タスベル・ド・パーシェドル、ロスト・ド・アッガイト、パッセ・ド・カリシェタの4人である。

 文字通り国を動かしている重鎮中の重鎮達だ。

 

「よく来てくださった。呼び立ててしまって申し訳ない」

 入るなりレスダレス達全員が椅子から立ち上がって伊織達を出迎える。

 さすがに頭を下げるようなことはないものの、伊織達を重要な賓客として認識しているのがわかる対応だ。

「王都での暮らしはいかがですかな? 不自由されていることがあれば遠慮無く仰ってください」

 アッガイト侯爵ロストが気遣うような言葉を掛けてくるが、まぁこれは社交辞令というか時候の挨拶のようなものなのだろう。

 

「何かとお気遣い頂き感謝に堪えません。ただ、私共にも目的がありますのでそろそろ別の国へ発とうと考えております。色々と便宜を図って頂きましたので心苦しくはありますが」

 見事な余所行きモードで応対する伊織。

 ハチャメチャな言動がデフォルトであってもさすがに伊達に年を食ってるわけではないのでこの程度はできるのである。

 

「何を仰る! 貴公等のおかげで長年の懸案であった治癒師と魔法具の独占を解消できる道筋ができたのだ。それに加えて教会の我が国への影響力を大幅に削ぐこともできた。もはやこの国で教会が力を振るうことはできぬであろう。

 貴公等にはいくら感謝してもし足りぬほどだ」

「陛下のお言葉通りですな。治癒師と魔法具の供給を全て国で賄うにはまだ時間が掛かるでしょうが、既に同盟各国からも研修生を受け入れて数年である程度の形は整えられる見込みが立っております」

「とはいえ、教会が無くなったわけではないし、多くの者が光神教徒であることには変わりはないのだからカリシェタ侯には引き続き教会への対応を頼む」

「承知しております」

 

 真面目くさった顔で頷いたのが3侯爵のひとりで内務大臣を務めながら、これまで教会との折衝を一手に引き受けていたパッセだ。

 先日までは教会の影響力を鑑みて教会により近しい立場を執ってきたパッセだったのだが、彼もまた国家の重鎮であり優先順位を間違えることはない。

 それにそういった立場を維持してきたのも国益を考えてのことだ。

 実際、前回伊織と面談したときにもカタラ王国における教会の内情と教会としては機密事項に属するであろう暗殺部隊に関する情報を提供してくれてもいる。

 

 そうして社交辞令の応酬が終わると、現状の説明が始まった。

 といっても伊織達が捕縛した大主教と暗殺部隊の処置に関しての事柄だ。

 暗殺部隊に関しては現在取り調べを進めている最中であり、この中近世然とした異世界においては過去の地球と同様さぞ過酷な取り調べが行われているのだろう。

 そして以前から教会がそういった裏の仕事を行わせる部門を持っている事が噂されてはいても表向きはそのような連中との関わりを完全否定している。

 今回の件は大主教の命令で伊織達を襲撃したこと自体は否定しようのない事実としても、おそらくは光神教の本部、公国に伝わっても大主教が個人的な怨恨から非合法組織を雇っておこなった犯行であると言い切るだろう。

 実際に襲撃自体は大主教個人の指示であったことは調べがついている。

 

「前回の治癒師達を襲撃しようとした聖騎士達と今回の貴公等を狙った暗殺部隊の実行犯、それからパーシェドル侯爵領の司教に関してはこちらで処断することができるのですが、さすがに大主教ともなると勝手に処罰するわけにはいきません。

 一応公国の大聖堂に対して使者を送り抗議すると共に処罰を一任するように要請するつもりではありますが、おそらくは引き渡しを要求してくるでしょう」

 外務を担当するタスベルが難しい顔でそう言った。

 地位の高すぎる犯罪者というのはどこの世界でも扱いに困るのは同じようだ。

 

「だったら手間を省くために使者と一緒に本人も送り届ければよろしいかと」

「いや、それは……」

「ついでに他の国にも寄り道させて、その時に大主教の罪状を読み上げれば良い。何故大主教なんて要人が護送されているかというのは説明しないといけないでしょう?」

「く、くははは、なるほど、それはなかなか面白いですな。どちらにしても同盟国には状況を説明する必要がありますからな。あの大主教は同盟諸国にあるほとんどの教会を統括していた立場。そのような者がこれだけの大罪を犯した。今後しばらくは公表された国々で迂闊な事はできなくなるでしょう」

「護衛を厚くできる諸国はともかく、帝国に入ったら謀殺されそうですな」

 

 こうして大主教の処遇は暗澹たる予想図と共に決定したようだ。

 

「ところでこの後イオリ殿方はどちらにいかれるおつもりか?」

「う~ん、まだはっきりと行き先は決めておりませんが、こちらが求めている情報はキーヤ公国にあるようですので、何とか教会の弱みを握って揺さぶりつつ資料の閲覧を認めさせるようにしたいと思っています」

 答えながらも伊織にしては珍しく方針を決めかねていた。

 伊織達の目的はあくまで召喚魔法の術式を中心とした古代魔法と魔法陣、魔法文字の解析である。

 教会のやりようが気にくわなかったために敢えて足を引っ張る真似をしたが別に積極的に敵対したいわけではない。

 ……思いっきり喧嘩を売ったわけなので和解は難しいだろうが。

 ただ、このまま力圧しで進めてもそれだけでは資料の収集は難しいし、目的自体は隠していないのでやり過ぎれば追い詰められた教会が自爆覚悟で資料を廃棄する可能性も少ないがある。


「ではまずは帝国で情報を集めた方が良いかもしれませんな。

 かの国は現在皇太子が定まっておらず後継者争いが水面下で起こっていると聞いております。

 統制も乱れているそうなので色々な情報が得られるかも知れません。

 我が国を始め同盟諸国も情報収集の人員を複数潜り込ませていますので協力させましょう」

 タスベルの提案に率直に礼を言う伊織達。

 と、そこに、パッセから声が掛けられた。

 

「イオリ殿はセジュー派という教会内の派閥をご存じだろうか」

 

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