第51話 襲撃の代償

「しまった! 囮だったのか!!」

 10台にも及ぶ荷車全ての幌が開かれ、中から一斉に武装した兵士達が飛び出してきたのを目にしてジーヴェトは瞬時に自分達が嵌められたことを悟る。

 事前の報告では輸送隊の護衛は300。

 騎兵が100余と歩兵は荷車に分散して200という事だったのだが、ジーヴェトから見える範囲だけでも荷車から飛び出した兵の数は200人以上は居る。

 逆側の見えていない場所を考えれば荷車に乗っていた兵は全部で400人以上になるはずだ。

 となれば、荷車には治癒師達など最初からひとりも乗っておらず、襲撃に備えて充分に兵力を整えていたということなのだろう。

 つまりこの輸送計画自体が教会の暴発を誘導するために意図的に流された情報だということなのである。

 

 兵数も騎兵を含めれば500を超える。

 4倍の兵力を揃えたはずが結果は2倍強にとどまる上、相手は帝国からの侵略に対応することを想定して鍛えられた正規兵達だ。練度と実力は明らかに教会の騎士達を上回っている。

 それでも数と装備の質、特に『爆発』の魔法が込められた矢は集団戦闘において圧倒的効果をもつため教会の騎士の方が有利なのは確かだが楽観できるような状況ではない。

(それに、あの透明な盾、なんなんだアレは? それも兵の半数近くが持っているだと?!)

 絶対的な威力を持っているはずの矢を防ぎきった、一見脆弱そうな盾。

 ジーヴェトは聖騎士達と同じように魔法が込められた装備だと考えていたが実際には現代地球科学の粋を集めた強化ポリカーボネート製のライオットシールドで防弾性能の高いベイカー・バットシールドと呼ばれるタイプの物である。

 最初に指揮官を守った騎士の持つ物だけでなく、荷車から出てきた歩兵の半数の手にも同じ盾がある。であれば矢の効果もほとんど発揮することはできないだろう。

 

 ジーヴェトは今回の実戦部隊を預かる指揮官だ。

 本来の目的である、王国が他国から招聘した治癒師達への襲撃が失敗した以上、次に優先しなければならないのは高位聖職者である司教を無事に逃がすことと1200名に及ぶ聖騎士達をできるだけ損なわずに撤退することだ。

「小部隊に分かれて密集態勢を取れ! 『爆裂矢』で牽制しながら別々の方向に撤退しろ!!」

 ただ、これに慌てたのは司教であるデブだ。

 反撃に遭ったからといってこのまま撤退などすれば、単に教会が野盗の如く王国の軍を相手に襲いかかった挙げ句蹴散らされたという事実だけが残る。

 それでは意味もなく王国に喧嘩を吹っ掛けただけになり、王国側は容赦なく教会に対して責任を問うてくるのは間違いない。

 

「撤退だと?! 馬鹿を言うな!」

「この輸送隊に外国の治癒師は居ません! このまま攻撃を続けても目的を遂げることはできません!」

「っ! だ、だがこのままでは王国に弱みを握られたままになるのだ! こうなったからには教会が侮れない武力を持っていると見せつけるしか交渉の道はない。

 攻撃しろ! まだこちらの方が数が多いのだ。絶対に負けるわけにはいかん!」

「しかし!」

「黙れ! 貴様は私の命令に従えばいいのだ!!」

「……わかりました」

 ギリッと砕けそうなほど奥歯を噛みしめてからそう答えると、ジーヴェトは撤退を始めようとしていた騎士達に新たな命令を下す。

 

「各自密集態勢のまま街道の西側に集まれ! 先頭と最後尾の荷車から距離を取るんだ!

 王国兵を半包囲しながら押し返せ! 相手が密集したらすぐに矢を放て!!」

 撤退命令の後に飛んできたそれとは異なる命令に聖騎士達は一瞬戸惑った表情を見せるが、教会内では朝令暮改はよくあることだ。すぐに指示に沿った行動に移る。

 これは指揮官であるジーヴェトに対する信頼が大きかった。

 辺境での犯罪者の捕縛や小規模な盗賊団の掃討程度の小規模な戦闘ならともかく、この中で軍同士がぶつかり合う本当の意味での実戦を経験しているのは元帝国騎士団部隊長だったジーヴェト唯一人だ。

 多くの聖騎士がそれを知っていたし、これまでの指揮においてもその実力の片鱗を見せてもいたため、突然の命令変更が司教からの指示であることはある意味振り回されることに慣れている騎士達には容易に察せられた。

 その上でジーヴェトが命じるならばそれが必要だからだろう。

 

 教会の聖騎士達は輸送隊を包囲していた布陣を解いて街道の片側に半円形に移動しながら王国兵を荷車に釘付けにするよう攻撃を仕掛ける。

 とはいえ実際にはほとんど乱戦に近い。

 数自体は聖騎士達の方が多いとはいえ、双方合わせて2000近い数が拡がることができるほど街道は広くないし、練度自体は王国兵の方が高いため荷車を背に守りを固めつつ、突出する聖騎士達が次々に捕縛或いは討ち取られていく。

 魔法が込められている筈の剣は王国兵の盾にあっさりとはじき返され、隙ができた聖騎士を短槍で突いて転ばすと数人がかりで押さえつけられて後ろ手に金属製の手枷のような物で拘束されるか、なおも抵抗しようとした者は鎧に覆われていない部分に攻撃を受けて倒れていった。

 それでも情勢が拮抗したままなのは王国兵がそれほど積極的に動いていなかったことと、ジーヴェトが都度適切な指示を飛ばして崩れかけた部分に別の聖騎士を投入していたからだ。

 

(クソっ、このままじゃ埒が開かん)

 ジーヴェトの目論見としては聖騎士達を街道の一方に集中させて王国の兵の逃げ場を開けた上で圧力を一点に集中して突き崩し、損害を嫌った王国兵の撤退を促すつもりだった。

 ところが思惑とは裏腹に王国兵は荷車の前から動かず、突っ込んでいく聖騎士達を確実に排除していっている。

 損害を出すのは聖騎士達ばかりで王国兵はほとんど怪我すらせずに戦線を維持している。

(今の状況ではこちらにも被害が出る可能性が高いが、ここは強引に仕掛けるしかないか)

 ジーヴェトはそう決断すると、木の影で矢筒を抱えたまま遊兵となってしまっていた弓を持った騎士を集める。

 

「泉側から3台目の荷車に向かって爆裂矢を一斉に放て! 爆発で王国兵が乱れたら一気に突き崩してそのまま離脱を図る!」

 その言葉に司教の男が反論の声を上げる前にジーヴェトが続ける。

「これ以上は無理です。王国の精鋭を相手にしているのです。爆裂矢を打ち込んで突き崩せれば示威行為としては最低限役割を果たせるはずです。このまま乱戦が続けばいずれ逃げることもできなくなります」

 射殺さんばかりに殺気を垂れ流しながら言うジーヴェトに司教は気圧されて口を噤まざるを得ない。

 実際、それでも尚司教が強引に戦闘を継続させようとしていたらジーヴェトは強硬手段に出ていただろう。

 

 ジーヴェトがどうしてそこまで焦っているのかは司教には、いや他の聖騎士にも分からなかった。

 現状は確かに教会側は攻めあぐねているし被害も多い。だがやはり数が倍以上違うというのは圧倒的なアドバンテージであるはずだ。時間が経てば経つほどその差は顕著になる。

 にもかかわらずジーヴェトが撤退を急ぐのは、輸送隊の前後に控え動きを見せない不可思議な荷車の存在があったからだ。

 最初に指揮官と騎士が出てきたことと、爆裂矢の爆発と似た轟音を響かせただけなのだが、ジーヴェトはその荷車が視界に入るだけで後頭部の毛が逆立ち背中に冷たい汗がうっすらと浮かぶのを感じていた。

(アレが動く前に決着をつけて撤退する)

 自身でも得体の知れない感覚に戸惑いながらもその直感を信じることにしたジーヴェトは、ひょっとしたら生まれる場所と時代次第では稀代の英雄となれる資質があったのかもしれない。ただ、そのために最も必要な“運”は持ち合わせていないようなのでどちらにしても大成することはなかっただろうが。

 

 乱戦が続く中、ジーヴェトがタイミングを見計らう。

 敵味方が入り交じって交戦する状態であってもそこにはある程度波というのが存在する。

 激しく戦闘する瞬間と時間が止まったかのようにスッと引く瞬間。何故か集団戦闘にはそういったタイミングがあるのだ。

 ジーヴェトは聖騎士の損害を最小にするために一瞬の機会を待ち、十数秒後に訪れたそのタイミングに声を張り上げた。

「総員、引けぇ!! 弓兵!」

 突然の命令に、一瞬動きが止まった者も居たが、それでも声の届く範囲の聖騎士達は慌てて飛び退くように王国兵と距離を取る。

 そして、次の指示で弓を持った聖騎士が爆裂矢をつがえ引き絞ろうとした瞬間、ジーヴェトの背中に氷の刃が突きつけられたような感触が走り、咄嗟にすぐ脇にいた司教の襟首を渾身の力で引き倒して自身も司教に覆い被さるように地に伏せた。

 

 ダダダダッ! ダダダダッ……!!

 鈍くそれでいて大きな音が輸送隊の隊列後方から響く。

「あ、がぁっ……」

「ひ、ひぃっっ!」

 ドサドサと人が倒れる音と呻くような悲鳴。

 だが王国兵に爆裂矢が命中した音はせず、呻く声はジーヴェトのすぐ近くから聞こえている。そちらを向くまでもなく倒れたのは弓を持った聖騎士達であることは分かった。

(何だ今のは?! 攻撃された? どこから?)

 伏せたまま顔を巡らせると、輸送隊の最後尾、ジーヴェトが警戒していた得体の知れない荷車の屋根の上に人の姿が見えた。

 

 ダダッ! ダダダダッ!!

 ジーヴェトが見ている前で再び音が響き、何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くしていた聖騎士の集団が吹き飛ばされるように倒れていく。

 強弓や剣の刺突すらも通さない教会自慢の甲冑に身を包んだ聖騎士達が、轟音と共に放たれたと思われる攻撃で為す術無く倒されていった。

 当然である。

 魔法で強化してあるとはいえ、所詮は厚さ1ミリ程度しかない鉄板では7.62×51mmNATO弾を防ぐことなどできるはずもなく、コブラの銃座に固定されたM240機関銃から放たれた弾は甲冑など最初から無いかのように容赦なく聖騎士達を蹂躙していった。

 

「今だ! 突撃せよ!」

 先程までのジーヴェトと同じように、王国兵もこの瞬間を待っていたのだろう。

 これまで荷車から離れず守りの態勢だった王国兵と騎士達が一斉に聖騎士達に躍りかかった。

 突然の事態にパニックに陥っていた聖騎士達に最早王国兵の勢いを止めることはできない。

 咄嗟に逃げようとする者も居たが、王国兵は真っ先に足を狙い剣を叩き付ける。

 聖騎士の半数以上を占めるのは上半身のみ簡素な甲冑を身につけただけの下級聖騎士である。守られていない足元を狙われてはひとたまりもない。

 脛当てグリーブ膝当てポリンをつけている中級以上の聖騎士でも構造上関節部分を狙われればいくら鎧自体の強度が高くてもほとんど意味が無く、次々に戦闘も逃亡もできない状態にさせられていく。

 

「くそったれぇ!! 各自散会! とにかく逃げろぉ!!」

 ジーヴェトは怒鳴りながら立ち上がり、10メートルほど左手にいた騎乗した王国の騎士に向かって地面に落ちていた聖騎士の短槍を投げつける。

 予期せぬ攻撃にバランスを崩した騎士の足を、一瞬で肉薄したジーヴェトが引っ張って馬上から引きずり落とした。

 そして騎士の胸を剣で一突きすると馬を奪う。

 その馬に司教を強引に乗せ、自分も騎乗してすぐさまその場を離脱した。

 

 

「だいたい計画通りかしら」

「そうだね。って言っても俺はほとんど何にもしてないけど」

「私だってちょこっと機関銃ぶっ放しただけよ」

「ジョシコーセーがぶっ放したとか言わないように」

 今回は作戦上カタラ王国の正規兵が主体で戦う必要があったために伊織達はサポートに徹する事になっていた。

 というのも、王国が国内の教会に対して介入する口実として教会の聖騎士が王国の正規兵に・・・・・・・直接攻撃してもらわなければならなかったのだ。

 伊織達が主体では教会が外国人に対して不法行為を働いたというのにとどまり、言い逃れをする余地を残してしまう可能性があった。

 

 そのため挑発行為は別として、最初のやり取りや戦端を開くのは王国の指揮官に一任し、戦力差や教会が持っている可能性がある対処が難しい兵器類の対応をサポートすることになっていたのだ。

 そこで王国兵の被害を少なくするために防弾防刃性の高い衣類と高強度のライオットシールドを伊織が貸し出し、危険な場面では香澄がコブラの銃座から援護することになった。

 現在のところその目論見は上手く運び、最初に使用された爆発する弓矢を再度使用する気配を察知した香澄がM240機関銃で射手を一掃し、ついでにある程度集まって案山子のように呆然と突っ立っていた聖騎士にも撃ち込んでおいた。

 

 7.62×51mmNATO弾を使用するM240機関銃を使ったのは、ビヤンデの街で伊織が確認したように聖騎士達の甲冑が魔法で強化されている可能性を考慮したためである。

 以前使用したミニミ軽機関銃やM4カービンの5.56mmでは200mを超える長距離射撃では弾頭の軽さから貫通能力が不足する可能性があり、また至近であっても甲冑に当たる角度によっては跳弾で味方に被害が出る可能性があったために、より強力な7.62弾を使うことにしたわけだ。

 

「まぁ、でも一応これでミッションクリア、かな?」

「そうね。逃げた人も居るみたいだけど、伊織さんがバイクで追いかけていったしすぐに掴まるんじゃない?」

 英太の言葉通り、双眼鏡で確認するまでもなく戦闘はほとんど終わりかけているようだ。

 教会の騎士達で討伐或いは捕縛できたのはおそらく2~300程度だろう。大半は森の中に逃げ込んでしまっているのだがこれは問題ない。

 元々森の中の街道で、しかも教会側よりも少ない兵数で全てを捕縛することなど不可能だし、そもそもこの襲撃者達が教会の所属であることが確認できる証拠や責任者、指揮官さえ確保できれば他の者が逃亡してもそれほど計画に支障はないのだ。

 しかも、通常の敗残兵とは異なり、教会の騎士は逃亡してもどこかの教会に戻るだろうからそのまま野盗になったりする可能性を考慮する必要がない。

 ある程度の数は捕縛できているし、逃亡したと思われる指揮官も伊織が競技用オフロードバイクで追っ掛けていったので逃げ切るのは無理だろう。

 

 そして数分後、香澄の予想通り伊織がロープでグルグル巻きになったでっぷり太った司教と泡を吹いて気絶している壮年で甲冑姿の男をバイクで引きずりながら戻ってきた。

 容赦なく森の中を引きずり回してきたらしくぐったりと今にも死にそうな顔をしていたが、簀巻きのようにグルグル巻きになっていたためにそれほど大きな怪我はしていないようだ。

 ちなみに甲冑の男、ジーヴェトが失神しているのは引きずられたせいではなく、捕縛する際に抵抗したので伊織によってノされたからだ。

 ヒューロンの中でドローンの映像を見ながら大人しく観戦していた伊織だったが、当然の事ながら逃亡する者が出る事は予想していた。

 そのため全体の監視をしつつ、指揮官が逃走した場合に備えてヒューロンの車内にヤマハ社製の競技用オフロードバイクYZ250を運び込んでいたのである。

 そしてジーヴェトが騎士の馬を奪って逃走した直後、車内に残っていた王国兵が後部ハッチを開けて伊織の駆るYZ250が飛びだし追跡したというわけである。

 

「イオリ殿、貴公等のおかげで最小の被害で目的を果たせました。感謝します」

 司教と最初にやり取りしていた王国の指揮官がそういって伊織に頭を下げた。

「さすがに無傷ってわけにはいかなかったか。でもまぁ互いの利害が一致した結果だからこっちを気にする必要は無いさ」

「陛下には貴公等の働きは報告させていただきますので。

 それでは我々はこのまま襲撃者達の護送任務に移ります。技術者達の移送をどうかよろしくお願いします」

 指揮官はそういってもう一度伊織に頭を下げると、指揮下の兵士達に捕縛した聖騎士達と指揮官、司教を拘束して荷車に乗せるように指示していった。

 

 王都から派遣されていた騎士と兵士達は歩兵達が乗ってきた荷車に遺体と捕縛した連中を乗せて王都に向かう予定となっている。ただし、次の計画に必要なので伊織が捕獲した2人に関してはこのままヒューロンに乗せる。

 ここまで同行してきたパーシェドル侯爵領の領兵達は領まで戻り、伊織達はすぐに車両で迎賓館まで移動して待機している技術者達を輸送ヘリで王都まで移送する。

「さて、後のことは国のお偉いさんに任せるにして、そのためにももうちょっと頑張りますか」

 伊織はそう呟くと、領兵の手を借りてバイクと捕虜をヒューロンの中に運び始めた。

 

 

 

「ど、どういうことだ!」

 カタラ王国王都の聖堂内に主教の男の絶叫と呼べるほどの声が響いた。

 主教の前には無数の傷や泥で汚れ疲労困憊といった様子の騎士数名が床に頭を擦りつけながら主教に報告をおこなっている。

 当然ながら良い報告であるはずもなく、騎士の口から出たのは招聘された治癒師達への襲撃が失敗し、多数の死傷者や王国兵によって拘束された聖騎士がでたこと、その際に指揮官である上級騎士とパーシェドル侯爵領を管轄する司教も捕縛されたという報告だった。

 

 愕然としながら報告を聞き終えた主教の男は、その後ろで椅子に腰掛けて難しい顔をしている大主教の様子を窺う。

「だ、大主教猊下……」

「ふむ。その司教はいったいどうしてそのような暴挙と呼べるような行動を起こしたのか理解に苦しみますな。我等光神教徒は法と戒律を守りながら神の教えを広め慈悲を振りまく高尚なる使命を帯びているというのに、王国の兵を襲撃するなどという罪を犯すとは。巻き込まれた聖騎士達が気の毒でなりません。

 そのような者を司教に任じた者には相応の責任を問わねばならないでしょう」

「な?! だ、大主教猊下、それはあまりにも」

 見事なまでの手の平返し、いや梯子外しか。

 実質的に自分が命じたにもかかわらず全ての責任を司教と目の前の主教に押し付ける発言に主教が慌てる。

 

 理不尽極まりないが、教会内の序列は絶対であり、特に光神教内に5人しかいない大主教の言葉となれば反論することすら許されていない。

 そんな主教の様子をニヤァ~と厭らしい笑みを浮かべながら見ていた大主教だったが、不意に真剣な表情を浮かべて言葉を続ける。

「とはいえ、彼がそのような行動に出るなどとは想像もできなかった。そういうことです。こうなった以上は最早カタラ王国内で教会に属さない治癒師が活動することを止めるのは難しいでしょう。今回の事で王家は何らかの要求を突きつけてくるでしょうし。

 後は他国にそれが波及することを何とかして止めるしかありません。

 それに、今回の裏にいるという南部から来たという得体の知れない道具類を所持する者達が問題です。この先も教会の邪魔をするのであれば捨て置くわけにはいかないでしょう。

 ですがそれはこちらで対処しますのでカタラ王国に関しては貴方にお任せします。ある程度の要求は呑まされるでしょうが……」

 その言葉の途中で大主教達が今居る礼拝堂の入口が俄に騒がしくなる。

 

「し、主教様! 王国兵が!」

 慌てふためきながら入口の扉を開けて飛び込んできた神官の言葉に、大主教と主教の顔が凍り付く。

「ま、まさか、こんなに早く?!」

 主教達が報告を受けたのはつい先程だ。

 当然報告に来た聖騎士は撤退してからすぐに、それも出来るだけ早く報告するために急いでここまで来たはず。

 それなのに王国は早くも準備を整えてこうして教会まで来たという。あまりに行動が早すぎるし準備が良すぎる。

 ここにきて主教は最初から王国の計画に乗せられていたという事に今更ながら気がつかざるを得なかった。

 

 悔しさに歯を噛みしめる主教だったが、次の行動を考える暇もなく再度礼拝堂の扉が大きく開かれた。

「おや、主教殿と、おおっ! 大主教猊下もいらっしゃったのですか! それは丁度良い。実は畏れ多くも陛下の王命で要人警護の任に就いていた騎士団と王国兵に対し不法な手段で害そうとした者達がキーヤ光神教の司教と聖騎士でありましてなぁ。少しお話を伺わせていただきたいのですよ。それと、少々調べさせていただきますよ。ああ、教会は警備兵によって包囲されていますので大人しく従っていただきたいものですな」

 大主教と主教は苦虫を噛みつぶしたような表情で頷くしかできなかった。

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