第50話 聖騎士達の大誤算

 パーシェドル侯爵領から王都までのルートはふたつの伯爵領を通って移動に4日ほど必要となる。

 その街道は主要穀倉地帯から大量の食料などの物資が頻繁に行き交うため十分整備されており、ほとんどの場所で大型の荷車がすれ違うことができる程度の道幅が確保されている。

 警備の兵も頻繁に巡回しており野盗の類もほとんど報告されていない。仮に難所を挙げるとすれば伯爵領と伯爵領の中間地点近くに森があることくらいだろう。

 といってもその部分の街道もしっかりと整備されているし、まる一日もあれば通り抜けることができる程度の距離でしかない。

 ただ、街から街までの距離は2日近く離れているために、森の中にある泉の周辺が整備されて商隊などが野営できるようになっており、この街道を通る人達は無理をせずにそこで野営するのがほとんどだ。

 普通なら見通しの悪くなりがちな森の中にあって、泉周辺は木々が伐採されて大きな広場のようになっているので見通しも悪くないし、獣除けの対策も施されているので比較的安心して休むことができる。

 

 森自体は東の山々の麓まで続く広大なもので、山岳地帯と共に大陸西部地域に豊かな水を供給する水源でもある。

 街道はその森が半島のように突き出ている場所を貫くように通されているのだが、山岳地帯に近づけば危険な獣が多く生息しているものの、街道周辺では定期的に狩猟を生業とする者や警備兵などが森に入って獣の駆除を行っているので滅多に人を襲うような獣が寄りつくことは無い。

 野営地となっている泉は、大きさこそ学校のプールふたつ分程度の大きくないものだが常にコンコンと湧き出す清涼な水で満たされている。

 その泉の少し手前、つまり侯爵領側の街道、そこから森に数百メートル程入ったところに数十、いや、100名近い男達が集まっていた。

 全員が純白の甲冑に身を包み腰に装飾の施された剣を提げている。

 ただ、全てが同じ甲冑ではなく基本的なデザインは類似しているものの軽鎧のような比較的簡素なものから全身甲冑のような重厚なものまでいくつかの種類があるようだ。

 

「配置、完了しました!」

 軽鎧を身につけた若い男が、集団の中で一際豪奢な全身甲冑の男に木々の間をすり抜けながら走り寄り、そう報告する。

 100名の人間が集まっているといっても森の中に人が集まれるようなスペースが作られているわけではない。

 木々の間を縫うような小さなスペースが甲冑姿の男達に埋められているといった形で集まっている。まるでこれから山狩りでもするかのような光景である。

 報告を受けた男は横目でチラリと報告者を見、小さく頷く。

 言葉の内容からある程度の準備が整ったことは察せられるが、男の表情は不機嫌そうにムッツリとしたままだ。

 

 どうやら集団は階級によって身につける甲冑が異なるようで、忙しく動き回っているのは軽鎧姿の男達ばかりで、その男達により面積の大きい鎧を着けた男が指示をしたりしている。

 そうなるとこの重厚な全身甲冑の男は一番階級が高いということなのだろう、肩にはマントも着いておりどこぞの将軍のような出で立ちである。

 そして、その将軍姿の男の隣に、これまた森の中で見るには非常に違和感のある純白のローブに身を包んだでっぷりと太った男の姿もあった。お察しの通り、パーシェドル侯爵領の教会を統括する司教の男だ。

 不健康そうな外見に違わず、普段教会から外に出ることすら少ない司教の男は森の中という環境が落ち着かないのか、キョロキョロと気忙しげにあちこちに意味もなく視線を巡らせていた。

 

「ジ、ジーヴェト殿、この計画は光神教の行く末を左右する、絶対に失敗できないもの、大丈夫なのでしょうな?」

「……作戦の準備は順調です。1200名からなる部隊の展開は完了していますし、報告では護衛の数は300ということですのでいかに相手が精鋭揃いだとしても失敗はしないでしょう。しかし……やはり治癒師達を襲撃するのならば教会の甲冑ではなく別の物にした方が良いと思うのですが」

「そ、それはならん! 奴等を始末するのは暗殺などではない。キーヤ神様に我が教会が授けられた奇跡を守るための崇高な戦いなのだ。姿を偽ってはその使命を軽んじることになりかねない」

「しかし、4倍の兵力でも300の騎士や兵士、100名の治癒師達を森の街道で一人残らず処理するのはさすがに困難です。治癒師達を最優先にするにしてもそれ以外の兵は逃亡する者もいるでしょうし、応援を呼ぶために離れる部隊もあるでしょう。森に逃げ込まれればその全てを追うのは難しい。

 そうなれば襲撃を教会が行ったことはカタラ王国にも露見してしまいますぞ」

 

「治癒師達さえひとり残らず処理できればそれが教会がしたことだと知られても問題ない。王国に対する教会の優位性は維持されるから王家や侯爵家としても我々を処罰することなどできん。それに、他国、それも南部の大国から派遣された者達が全員死んだとなれば王家の威信は地に落ちて教会を追及するどころではなくなるだろう。

 主教様にも了承を得ている。

 とにかく治癒師と魔法具の職人達だ。

 それだけは絶対に逃がすことなく、確実に誅してもらいたい。全員だ」

 ジーヴェトと呼ばれた男は、司教の言葉に頷きながらも気づかれぬように深く長い溜息を吐いた。

 

 聖騎士達の指揮官とはいえ、教会内の序列でいえば司祭と同等。

 司教の命令には背けないし、さらにその上の主教も承知しているということならばこれ以上言っても無駄だろう。

 確実に治癒師達を排除するために、当初の予定よりもさらに動員される聖騎士の数は増やされ1200名を超える騎士達がカタラ王国内のみならず周辺国から招集された。

 おかげで地方の教会は最低限の護衛を残して、辺境の治安維持を名目に配属していた騎士の大部分を呼び寄せている。

 おそらく治安維持の人員を教会に依存していた行政担当者と教会の溝は一層深いものになっていることだろう。

 とはいえ、それはあくまで一時的なものであり、動員が間に合わない距離の場所はそのままなので、作戦が終了して騎士達が戻ればすぐに元に戻るだろう。

 

 だが、今回の作戦は成否に関わらず王国と教会の関係を決定的に破壊することは間違いない。

 司教に言ったとおり、いくら4倍の数で周囲を包囲したとしてもひとりも逃がさずに殲滅することなど不可能だ。

 ましてや街道の幅は襲撃場所として定めたところでも荷馬車3~4台分程度であり、見通しがある程度利くように街道から100メートル程度は下生えが処理されているとはいえ、森に逃げ込まれればどうしても取りこぼしができてしまう。

 包囲したまま接近するには都合が良いが、逆に逃げる側としてもつけいる隙を見いだしやすい立地でもある。

 当然、確実に技術者達を抹殺するためには人員の大部分はそちらに振り分けなければならず、相手も死にものぐるいで護衛対象を逃がそうとするであろう。

 

「それに、教会の甲冑にはキーヤ神の守護が掛けられている。その上、大主教猊下から賜った“アレ”もあるのだからな」

「それは、そうですが。……いずれにせよ、教会とキーヤ神の教えのために死力を尽くしましょう」

 あくまで沈着な表情のまま頷くジーヴェト。

 ただ、司教の言葉にも一理あるのは確かだった。

 聖騎士達が身につけている甲冑は遺跡から発見された魔法書を解読して得られた『保護』の魔法によって通常の甲冑の数倍の強度があり、普通の弓矢や斬撃程度では貫くことができない。

 腰にいている長剣も『強化』の魔法によってより強く鋭くなっており、王国の騎士と比して充分有利だと言えるだろう。

 練度に差があるとしても装備の力と数によって圧倒することができるのは間違いない。

 

 それに司教が大主教から与えられた“アレ”。

 特殊な素材の鏃に魔法が込められたそれは、対象に当たると爆発するものだ。

 最近になって本国と帝国の聖騎士に与えられるようになったのだが、その威力はたった一矢で全身を甲冑に覆われた騎士を容易に殺すことができるほどのものだ。

 その貴重で強力な矢が200本、今回の作戦のために預けられることになった。

 1200の騎士と優れた装備、強力な矢。

 どう考えても負ける要素は無い。

 問題は技術者達をどう殲滅するかという戦術上の事だけであり、それすらも入念な調査と十分な準備によってほぼ満足な形で整いつつある。

 だがそれでもジーヴェトの胸にジワジワと湧き続け消えないそこはかとない不安。

 かつてアガルタ帝国で騎士団の部隊長だった時に培われた経験からか、その不安を押し殺すのではなく、あらゆる事態を想定して作戦を練っていく。

 

「調査部隊から伝令です! 対象を確認しました。およそ一刻程度で到着するようです!」

「各自配置につけ!」

 ジーヴェトが命令を下す。

 そして彼は司教と共に街道へと足を向けた。

 

 

 

「お~ぉ、これまた集めたもんだなぁ」

 パーシェドル侯爵領から一日と少し。

 100頭の騎馬と騎士。ドゥルゥ4頭が牽く人員輸送用の大型の荷車が10台と物資輸送の荷車が2台。

 先頭をヒューロンAPC、最後尾は軽装甲車コブラだ。

 一行は半日ほど前に森を抜ける街道に入り、時速15キロほどのゆっくりとした(といっても馬車としてはかなり速いペースだが)速度で街道を進んでいる。

 もちろんこれだけのペースが維持できているのは街道が整えられているというだけでなく歩兵がおらず全員が騎馬か荷車に乗って移動しているからだ。

 そして前後を伊織達が装甲車で守るように挟んでいるといった状況である。

 

 そのヒューロンの座席側に設置されたモニターに映し出されているのはかつてバーラで悪徳商人の違法取引を摘発したときに使ったのと同じく軍用偵察ドローンで上空から撮影された映像である。

 そこにはこの先の街道を半包囲するような位置に展開する騎士達の姿が映し出されていた。

 真上からの映像なので森の中の木々の隙間から辛うじて人が判別できる程度ではあるが、それでも大凡の数と位置は見て取ることができる。

 ドローンの下面は青みがかったグレーで塗装されており地上から見上げたとしても疑ってかからない限りその姿を確認する事はできないだろう。

 

 ヒューロンの車内にはモニターの前にドローンのコントローラーを握った伊織と助手席にはミリタリー風子供服を着てご機嫌な様子のルア。

 そしてどういう訳か、運転席でハンドルを握っているのはリゼロッドである。

 今回のために半ば無理矢理、まぁ途中からは楽しんで、運転を習得したわけだが、もちろんそれは伊織が自由に動けた方が色々な事態に対応できるからである。

 後部の兵員搭乗場所には、今回の護衛騎士団の指揮官である壮年の騎士と副官、数人の若い騎士が乗り込んでいた。

 その騎士達であるが、モニターの映像を見て完全にフリーズしてしまっている。

 この光景もバーラの捕り物劇の際に警備兵達が見せていた態度とそっくりなのだがいちいちツッコんだりはしない。

 

「な、なるほど……南部の大国が貴公等を王族並みに遇する理由の一端が理解できました。このような物を自在に使われてはどのような作戦も意味がないでしょうな。

 それで、この先も予定通りということで良いのですな?」

「ああ。あくまで主役はアンタ達王国の人間じゃないと面目が立たないだろ? 必要な道具は貸してあるし、ちゃんとサポートはするから安心してくれ。

 にしても、連中、正体隠す気がまるでなさそうだな。ひょっとして教会って阿呆揃いなのか?」

 呆れたような伊織の呟きに指揮官は苦笑いで応じる。

「目的さえ果たせば後は何とでもなると思っているのでしょう。実際、もし治癒師と魔法具職人達全員が殺されてしまうような事態になれば教会に対して抗議以外何もできないかも知れません。

 それどころか、南部の国々に対して何らかの対応を行わなければなりませんから教会を敵に回す余裕は無くなって、結局この先も教会の専横を許さざるを得ないでしょうな。

 まぁ、全ては教会の思惑通りにいけば、の話ですし、そもそもがこの状況すらも貴公の計画の内であることなど教会は思ってもみないでしょう。つくづくとんでもない相手を教会は敵に回したものです」

 

 指揮官の言葉通り、今回の治癒師達の輸送自体が教会を追い込むための計略であり、そもそも荷車の隊列に治癒師達はひとりも乗っていない。

 彼等は今も侯爵邸の迎賓館で領兵に守られながら伊織&リゼロッドの超過密スパルタ教育による疲れを癒している真っ最中なのだ。

 だいたい治癒師達を安全確実に輸送するのならば、オルストやグローバニエから来た時と同じようにヘリで王城まで輸送するのが一番手っ取り早い。

 だが今回の作戦のために、伊織は街から離れた侯爵領東部の森の中に簡易的なヘリポートを作ってヘリを発着させ、そこからは車両で迎賓館まで技術者達を連れてきたのだ。

 ビヤンデの街の騎士達にはヘリを見られているものの、定員が3名でしかない小型の観測ヘリでは大きさ的に人を運ぶという発想には到らないだろうというのが伊織の見立てであり、実際にこうして見事に釣れたのだから間違っていないのだろう。

 

 教会にとって治癒師と魔法具の製造はその影響力の柱だ。

 もちろん大多数を占める信徒達の存在も力の源泉ではあるが、それすらも治癒と生活に必要な魔法具を教会が供給しているという事実に支えられている。

 そこに今回他国から指導者を招聘し、教会よりもさらに優れた技術を広めるとなればみすみすそれを見過ごすことなどあり得ない。

 もちろんたった100人の技術者では弟子がさらに弟子をとって技術者を育成し、十分な体制を整えるまでに最低でも10年以上の年月がかかるだろう。大陸西部地域全域にまで拡がるにはさらに時間が掛かる。

 とはいえ間違いなく時間が経てば経つほど教会の影響力は弱くなり、それを元に戻すにはそれ以上の時間と労力を必要とする。

 そして国が全面的に支援しているために一旦広がり始めればそれを止めるのは難しくなる。

 だからこそその前に強硬な手段を使ってでも排除しようとするのは当然の事であり、敢えて情報を流して誘導したのである。

 

 

 そんな会話をしながら街道を進むことおよそ半刻。

 共同野営地である泉まで数キロといった場所で街道を純白の甲冑に身を包んだ騎士達が数十人で塞いでいる。

 街道の真ん中ではマント付きで一際目立つ甲冑姿の男、ジーヴェトが剥き身の大剣を地面に突き刺し柄に手を添えて立っている。どこぞの戦記物ファンタジーにでも出てきそうなシーンだ。現代人の感覚からすれば少々厨二病っぽい。

 その隣にはみっともなく太い司教の姿もある。

 二人の背後には50名ほどの騎士が隊列を組んでおり、前列の騎士の手には弓が携えられている。

 それ以外の者達は腰に長剣を佩き、長さ2メートル程度の短槍を手にしていた。

 ヒューロンを先頭にした隊列が近づいても道を譲る気配は無い。

 

 厳しい表情で隊列を睨み付けるジーヴェト。

 それに対し、リゼロッドが運転するヒューロンは、といえば。

 ヴゥゥゥオン!

 まさかの急加速である。

 運転しているのはリゼロッドだが、現代日本人ならさすがに躊躇するようなことであっても異世界人である彼女は指示されたことに素直に従った結果だ。

「!? チィッ! 散れぇ!!」

 猛スピードで迫る全幅2565mm、全高3099mmの怪物を前に、ジーヴェトは止めるのは不可能と一瞬で判断し騎士達に退避を命じると同時に、隣の司教の樽のような腹を思いっきり蹴り飛ばして街道脇まで転がすと、反動を利用して自分も逆側に跳んで回避する。

 

 ズザザザザァァァ!

 騎士達が回避した直後、土煙を上げながらヒューロンが停止する。

 直後、側面のドアが開き中から護衛部隊の指揮官が飛び降りた。

 そして豪奢なマントを土まみれにしながらようやく立ち上がったジーヴェトに視線を向けると皮肉気な笑みを浮かべる。

「荷車の正面に立つと危ないというのは子供でも知ってることだと思っていたのだが、教会ではそんなことも教えていないのかな?」

「貴様っ!」

 ものの見事に出鼻を挫かれた形となったジーヴェトは奥歯が砕けるほど強く噛みしめながら憎々しげに指揮官を睨み付ける。

 

「さて、そんなことはともかく、我々は王命により王都まで向かっている最中だ。教会の私兵が何の用かは知らんが邪魔をせずに道を空けてもらおう」

「そうはいかん。我等には使命があり、我等に命令できるのはキーヤ神とその代理人たる総大主教猊下だけだ」

 本来の予定では司教が口上を述べて技術者達の引き渡しを求めることになっていた。

 当然そんなことを護衛達が受け入れるわけがないのだが、ジーヴェトには理解しがたいことに、無駄に様式に拘る教会の悪癖がここでも発揮されている。

 ジーヴェトが問答で時間を稼いでいる内に数人の騎士が横腹を蹴られて呻いている司教を助け起こしジーヴェトのところまで引きずってくる。

 

 腹を押さえて足元をふらつかせながらようやくといった体でジーヴェトの横に立つ司教。

 自分を蹴り飛ばしたジーヴェトに怒鳴り散らしたい衝動に駆られるが、豚のように鈍い頭でもジーヴェトが自分を助けるためにしたことがというのは何とか理解できるので言葉を呑み込んでいた。

「ほぉ、光神教の司教殿ではありませんか。教会でも高位の貴方がなぜこのような場所に?」

 白々しい台詞ではあるが司教にはそんな空気は読み取れなかったらしく、逆にその言葉によって余裕を取り戻したようだ。

 

「実は何とも不穏な話を聞きつけまして、畏れ多いことにカタラ王国の国王陛下が他国より治癒師を招聘したとか。治癒の術はキーヤ神が我等信徒に貸し与え賜うた奇跡でございます。それをその教えを受けていない邪教の術で代用しようなど神を冒涜する所行としか言えません。

 教会としては神の怒りがこの地に振り下ろされることの無いようにしなければなりません。

 どうかその治癒師達を引き渡していただきたい。魔法具の作り手も同じ理由で引き受けましょう」

 傲然と言ってのける司教。

 単に治癒と魔法具作成の技術を独占したいだけでも言葉を駆使すればそれなりに聞こえなくもない、のかもしれない。

 

「ほう? 彼等は国王陛下が招いた賓客なのだが、引き渡した後にその者達を教会はどのように遇するおつもりか?」

「無論、すぐさま責任を持ってその者達の故郷へ送り届けましょう。我等は蛮族ではありません。異教徒であってもそれだけで害するような慈悲のないことはいたしません」

 互いに相手の本音を知っていながらの白々しい問答を続ける。

 これもある意味様式美というものなのだろうか、結局のところ互いにタイミングを計っているだけのことでしかない。

 だがそれもすぐに終わる。

 

 森の中から笛を吹くような微かな音が響いた。

 そして同時にヒューロンが突っ込んできたために崩れてしまった騎士達もほんの少し距離を取って隊列を整え直している。

 それを横目で確認したジーヴェトが右手を挙げ、振り下ろそうとした瞬間、

 ズダン!!

 ヒューロンのルーフからニュッと手が伸びて破裂音が響いた。

『?!』

 突然響いた爆音に聖騎士達の視線が一瞬そちらに向く。

 だがそれでもジーヴェトのすることは変わらない、のだが、その一瞬の隙にヒューロンから数人の騎士が透明な盾を持って飛びだし指揮官を背後に庇う。

 

 直後、ジーヴェトの振り下ろす手に合わせて整列した騎士達が放った教会の秘密兵器たる『爆発』の矢が指揮官とヒューロンに向けて放たれた。

 指揮官に向けて2矢、ヒューロンへは5本の矢が飛ぶ。

 そしてほぼ同時に着弾。

 凄まじい爆発音と目を焼くような閃光が場を支配する。

 だが、次いで聖騎士達の目に飛び込んできたのは何事もなかったようにほとんど無傷で変わらぬ姿を保っているヒューロンと、腰を落として爆発の衝撃を耐えきった若い王国騎士の姿だった。

 

「な?! ば、馬鹿な!」

 矢の威力を知っていたジーヴェトが絶叫のような声を上げ、司教もまた信じられない光景に愕然としている。

 見るからに頑丈そうな荷車の方はまだ分かる。

 それでも動く以上は見た目ほどの強度は無いだろうと予測していたのだがそれを裏切られた驚きはある。矢の威力に自信があった分落胆はしたが。

 しかし、見るからに貧弱そうな透明な盾。

 本国には同じような見た目のガラスも存在するが、それは美しい反面酷く脆い。

 にもかかわらず王国騎士の持つ盾は矢の爆発にも大きく破損した形跡は無く、一部が白く変色している程度の変化しか見られない。

 

 そして驚くべき光景はそれだけでは無かった。

 治癒師達が乗っていると目されていた荷車の幌が一斉に開かれ、そこから完全武装した騎士が飛び出したのだ。

「しまった! 囮だったのか!!」

 ジーヴェトが叫ぶが、自身の合図によって既に聖騎士達が包囲した場所から次々に街道に雪崩をうって飛び出してきており予期せぬ乱戦が始まろうとしていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る