第47話 出張先で高校生無双
バラララララ…………
「グロスタが見えてきたわよ」
「りょーかい。降りるのは練兵場で良いかなぁ?」
異世界に似つかわしくない音を響かせながら空を飛ぶヘリの操縦席と副操縦席で英太と香澄がのんびりと会話を交わす。
グローバニエ王国の王都であるグロスタまであと10数キロというところだ。
大陸西部のタカラ王国、パーシェドル領に居たはずの2人がどうしてまたグローバニエ王国に戻ってきたのかというと、それは伊織がパーシェドル侯爵タスベルに医師と職人の育成を提案したことを発端とする。
パーシェドル侯爵邸の公邸側にある広場。
普段は侯爵が擁する騎士団の訓練場となっている場所で、地面に円形の魔法陣を描き、要となる部分には宝玉が填め込まれ複雑な文様を金属製の土台に刻んだ物が六芒星の形に置かれている。
魔法陣の外縁では香澄が目を瞑り、朗々と呪文を唱えている。
およそ数十分にも及ぶ詠唱が終わると、魔法陣の中央から凄まじいほどの魔力の奔流が渦を巻き始め、やがてそれは地面から2メートルほどの位置に収束し、次の瞬間、そこの空間が歪み始めた。
歪みはゆっくりと拡がり続け、最終的に魔法陣の内縁いっぱいの大きさで安定した。
「えっと、成功、した、の?」
その表情に疲労の色を写しながら呆然と香澄が呟く。
少し離れた場所で儀式を見守っていた伊織が魔法陣に近寄り、地面に描かれた文様を足で踏み消したり魔法具を取りあげたりしても空間の歪みに変化がないのを確認して頷いた。
「バッチリ成功だな。最初の空間構築が一番面倒で魔力の消耗も激しいから、次からは楽に開くことができるぞ。
とりあえず、おめでとうさん!」
スパーン!
「痛っ!」
肩の後ろ側を乱暴に叩くという雑で粗野な伊織の祝福に香澄は顔を顰め、それでも、だからこそ魔法の成功をジワジワと実感することができた。
「香澄すげぇ! くっそ! 俺も頑張らないと」
同じく儀式を見ていた英太も笑みを浮かべながら香澄に走り寄る。
でもちょっと悔しそうでもある。
香澄がたった今成功した魔法。
これまでにも幾度となく伊織が2人の前で見せつけてきた『異空間倉庫』。
なろう系ファンタジーではお馴染みの魔法ではあるが、当然ながらそうそう取得できるようなものではない。
この魔法を駆使する伊織ですらこの魔法を開発したわけでもないし、魔法の全てを把握しているわけでもないらしい。
泡のように無数にある“世界”の隙間に空間を定義し、地面と重力、呼吸が可能な空気を創り出す。
ちなみに空間の大きさといったものは定義しない。
何故なら“空間”というものには大きさ、広さといったものがそもそも存在しないからだ。逆説的にいえば認識できる範囲そのものが空間の大きさであり、認識できない部分は存在そのものが無意味だ。まるで量子論の問答のようではあるが、この魔法においてもそれは同様で、地面はあれど天井はなく見える範囲が全て利用できるのである。
それだけの大魔法であるために最初に空間を作り出すには膨大な魔力と同じく多くの触媒となる素材、複雑な魔法陣と呪文を組み合わせた準備が必要だった。
そうして様々な代償と引き替えとはなるが空間さえ創りだしてしまえばその後繋げること自体はそれほどの労力は必要なくなる。
ただ、それだけに魔法の行使は難しく、最初の拠点となった湖畔の森の頃から訓練を初めて数ヶ月。ようやく香澄が魔法を成功させることができたのである。
もっとも伊織曰く『希少な素材を触媒として大量に消費する』ため何度も挑戦するわけにいかないので実践の前に幾度となく練習を繰り返し、ようやく初めての挑戦と相成ったわけである。
元々魔法特性が極めて高い香澄が英太よりも先に伊織の許可が出たのだが、それでも絶対に成功すると太鼓判を押されたわけではなく、一発で成功したことでようやく香澄は肩から力を抜くことができた。
その後、一度空間を閉じてから魔法陣を全て消し、魔法具も回収。改めて空間を開くための魔法を香澄1人で展開する。
無事に香澄専用の『異空間倉庫』が展開できることを確認してからその中に汎用ヘリ、戦闘ヘリ、装甲車、各種産業車両、医療車両、武器・兵器類、燃料や食料などの物資が伊織の異空間倉庫から運ばれて収納される。
その数々の金額を考えると気が遠くなりそうだが伊織は平然としたものだし、香澄や英太も気にしていたらおかしくなりそうなのでスルーだ。
ただそれらの様子を離れた場所から見ていた侯爵や護衛の騎士達は顎が地面に着きそうなくらい落ちていたし、伊織の非常識さを見慣れているリゼロッドですら唖然としていたのだが。
唯一ルアだけはスゴイ!スゴイ!と無邪気にはしゃいでいた。
侯爵家の人達はルアに対して偏見の態度を取らないのですっかり子供らしさを取り戻したようだ。
「よし。とりあえずは最低限の物は運べたか。他の物はおいおい追加していくとして……」
「この量でとりあえず最低限っすか……」
「いまさらだけど、伊織さんが持ってる総量を考えたくないわね」
「ん? 知りたい?」
「「知りたくない!」」
ニヤリと笑う伊織に口を揃える高校生コンビ。
その反応にカラカラと笑い、しばらくしてようやく次の指示を出した。
「香澄ちゃんが物資を運べるようになったから次の手が打てるな。
2人でオルストとブタさんのところ、行ってくんない?」
「待たせてすまぬ」
グロスタの王城にある練兵場、かつて伊織と英太、香澄が王城からの脱出劇を繰り広げた場所にヘリを降下させると、慌てた様子で数人の武官らしき人間が駆け寄ってきたので香澄が国王ピグモへの面会を要求した。
すぐに王城内へ案内され、応接室に通された2人がそれほど待つこともなく元豚王子で現国王であるピグモが数人の文官を伴って部屋に入ってきた。
騎士や武官は居ないようだ。
香澄と英太は立ち上がって貴族がするような礼をもってピグモが目の前に来るのを出迎えた。
伊織ならもっと傍若無人に振る舞うのかも知れないがさすがに2人にそんなつもりはないし、グローバニエに対して思うところはあれどピグモ個人にはそれほどでもない。それに前回会ったときに謝罪を受け入れたので明確に敵に回らない限り相応の礼は尽くさなければならないと考えているのだ。
もっとも、再び、それもそれほど日を空けることもなく対面するとはお互い思ってもみなかったのだが。
「それで、この度の訪問はどういった要件であっただろうか」
対面に腰掛けて通り一遍の挨拶とお互いの近況を簡単に報告しあった後、おずおずとピグモが切り出した。
香澄達にしてもこうしてグローバニエ王国で国王になったピグモと差し向かいで雑談に興じるのは色々な感情も相まって複雑なので早速本題に入る。
香澄が中心になって今回の訪問の目的とその理由を告げ、手に持ってきた製本された大ぶりで分厚い書籍数冊をピグモの前に置く。
「なるほど、治癒師と魔法具の技術者を大陸西部諸国に派遣、ですか」
ピグモはそう呟き、置かれた書籍を手にする。
そのままそれを開いてページを捲るも、さすがに理解の範疇を超えていたのか宮廷魔術師と筆頭治癒師を呼ぶように文官に指示する。
今回、香澄達がヘリで移動した理由がこれである。
伊織が次の手と言ったのはタスベルに提示した医学書や魔法具の解説書を基にした指導者の手配である。
確かに伊織が用意した物はこの世界では計り知れないほどの価値がある智の結晶とも呼べるものだ。だが、実際にそれを活用するためには活用できるだけの人材が不可欠である。
もちろん資料だけでも時間さえ掛ければそれだけの人材を育成するのは不可能ではないだろう。伊織もそういったことを念頭に基礎的な部分もしっかりと網羅した資料を作ってはいる。
だが、それでは人材の育成に膨大な時間が必要となるし、時間的な猶予を教会側に与えて対処する隙ができてしまいかねない。
そこで伊織が考えたのが、大陸中西部の、教会が浸透していないオルストやグローバニエから既にある程度知識と能力を持っている治癒師や錬金術師を招致して短期間伊織が直接指導し、その人達に人材の育成をさせようというものだった。
そのことをタスベルに提案したところ、招致した治癒師や錬金術師、技術者の生活は侯爵が責任を持つこと、同時に国王陛下にも提案して国家的な政策として認められればその者達に満足のいくだろう地位と十分な報酬を用意することを約束してくれたのだった。
やはり生活に不可欠な医療と必需品の供給が国家とは別の組織が掌握していることにそれだけの危機感があるということなのだろう。
人数はグローバニエとオルストに治癒師と魔法具を作ることのできる錬金術師或いは技術者をそれぞれ20人ずつ、合計80名を要請することにした。
とはいえパーシェドル侯爵領からオルストまで直線距離にしておよそ2000km。空路ならばほぼ一直線で行けるとはいえ、補給なしで往復できる距離ではない。
これまでならば伊織自らが向かわなければならなかったのだが、ちょうどそのタイミングで香澄が『異空間倉庫』の魔法を取得することができたわけである。
であれば必要に応じて異空間倉庫を開いて燃料などを補給しつつオルストとグローバニエを回ることができる。
まだしばらくは侯爵令息の様子を見る必要もあるためにこの度の任務は香澄&英太の高校生コンビが担当することになったのだ。
ちなみに、先に訪問したオルストでは拍子抜けするほどあっさりと要請を受け入れて貰えていた。
しばらく、といってもおそらく10分とは待っていなかっただろう。
微妙な沈黙が続くピグモと香澄達に部屋をノックした音が小さく届いた。
扉側で控えていた侍女がドアを開けると、魔術師の格好をした30代後半くらいの男と、60代くらいの初老の男が入ってくる。
ピグモからの呼び出しに余程急いできたのか2人とも息こそ乱れていないものの額からは汗がこぼれ落ちている。
部屋に残っていた文官の1人が簡単に経緯を説明すると、礼節を摂りながら書籍を受け取り中身を見ていく。
「こ、これは……」
「むむむ……し、信じられん」
ほんの数ページ目を通しただけで両者の顔は驚愕に満ちたものになる。
「そなた等に訊く。この度のイオリ殿の提案、どう思うか」
「……恐れながら、ひとつ確認させてくださいませ。この資料は派遣する医術師と魔術師にだけ提供されるのでしょうか」
まるでその手にある資料を奪われまいとするようにしっかりと書籍を抱えながら、初老の治癒師が香澄と英太に尋ねる。
上目遣いである。実に可愛らしさのない、ジジイの上目遣いなのである。
「派遣をお願いする20名の分を除いて1000冊ずつ用意しています。それがこちらからグローバニエ王国に提供する対価となります」
オォォ!
感嘆とも呻きともつかない声を上げた2人の男は、ピグモに向き直ると意見を口にした。
「陛下、是非にも受けるべきです。ここに記されたものは我等医術師にとっては万倍の金塊にも勝る価値があります。
これだけの叡智が得られるのであれば国中の医術師が招きに応じることは疑いありません。
たかだか数十名の医術師を派遣するだけで手に入れられるのであれば迷うまでもない」
「私も同じ意見でございます。これに書かれている魔法具の作成方法は軍事に利用できるものではありませんが、我等の知る技術を高め、より発展させるのは間違いありません。それに上手く使えば民衆の生活もより豊かになるでしょう。
イオリ殿の要請という事実を抜きにしても、人材の提供だけが対価であるのならば受けるべきと考えます。
ただ、派遣期間や永住を希望した場合、事情により帰国せざるを得なかった場合などの条件は詰めておくべきかと。それから大陸西部地域とは直接の交流がありませんので派遣した後の情報交換についても態勢を整える必要があります」
その言葉を聞いてピグモは大きく頷く。
もとより大きな借りのある相手である伊織、香澄、英太の異世界組からの要請である。
余程のことがなければ受けるつもりであったが、その要請が国益にも適うとなれば是非もない。
「エータ殿、カスミ殿、この度の要請をグローバニエ王国第9代国王ピグモ・ド・クローズ・バニエの名において正式に受諾する。
準備に幾ばくかの日数は必要となるであろうが、早急に人選を行い準備を整えることを約束する」
ピグモの宣言に香澄達もホッと息を吐いた。
断られると思っていたわけではないが、それでも色々と因縁のあるグローバニエ王国相手の交渉だ。不安がなかったわけではない。
その後は日程の調整や持って行ける荷物の量のすり合わせなどの細かな部分を文官と調整する。
国王としての執務があるピグモは退出したが、筆頭治癒師の老人は「資料をもう1000冊追加してくれたら最高の人材を揃える」などと食いさがってきたりもした。まぁそれは伊織も予想していたので香澄があっさりと人材を迎えに来るときに持ってくると約束し、老人は歳に似合わぬテンションで踊り狂っていた。
資料はフルカラーの図や写真が多用されているので印刷技術がなく写本するしか資料を量産できないこの世界では1000冊の追加は夢のような話なのだろう。
結局、1ヶ月の準備期間を設けて人員の輸送を行うことを決めて交渉は全て終了。
荷物類は個人が持てる程度の量は持って行けるが、それ以上のものはオルスト経由で船で運ぶことになった。
仕事が一段落したことで肩の荷が下りた香澄と英太が意気揚々と練兵場に続く廊下を歩く。
交渉したのはほとんど香澄であり、英太はボディーガードのように側にいただけなのだが一仕事終えたのは確かである。ヘリの操縦は英太がしていたので決して役立たずではない。
だが上手くいっているときこそトラブルはやってくるものであるようで、好事魔多しとでもいうのか、最後に面倒事が残っていたようだ。
2人が練兵場へ出ると中央にあったのは乗ってきた軍用ヘリ。
元々2人には汎用ヘリとしてUH-1Yベノムが割り当てられていたのだが近距離航空支援用ヘリであるベノムは航続距離が短いため、より航続距離の長いUH-60ブラックホークが伊織から追加で渡された。
ベノムよりも一回り大きいブラックホークは増槽タンクを装備すれば航続距離が2000キロを超える。
なのでパーシェドル侯爵領からオルストまで何とか補給なしで到着することができるのである。
それ以上の航続距離を誇るMV-22オスプレイはさすがに英太ではまだ操縦することは難しいので妥協した結果である。
そんなわけで英太と香澄はオルストで交渉を終えた後燃料を補給してグロスタまで往復し、再度オルストで補給を行ってから侯爵領へ帰還する予定だったのだ。
そのヘリの前で30名ほどの男達が英太と香澄を待ち構えていた。
中心にいたのはどこかで見たことがあるような無いような、尊大さが顔に出ているかのような偉そうな貴族だ。
その周囲の人間達といえば、全員が武装しておりいかにも剣呑な雰囲気を垂れ流していた、
「あ~、なんかめんどくさそうな気が」
「気がするだけじゃないわね。新国王の差し金、とも思えないんだけど」
嫌な予感がヒシヒシとしているとはいえ回れ右するわけにもいかない。
帰るにはヘリに乗る必要があるのだし、もしこれがピグモが現代兵器を手に入れるために乱心した結果だとすると王城内に戻るのは不利になりかねない。
英太と香澄はあえて殊更ゆっくりと歩いて近づいていきつつ男達の様子を観察する。
練兵場の入口に向かい合う形で男達がヘリの前に立っているのだがどうやらそれは壁の役割を果たしているらしい。
ただ、ヘリの搭乗口は男達の頭よりも高い位置にあるので英太達の位置からは何をしているのかは丸見えである。
どうやら必死になって扉を開けようとしているようだが開けることができていないようだ。
通常軍用機には通常の乗用車のような鍵はついていない。
そもそもが置かれる場所が陣地や基地の中であり盗難の心配が無いし、緊急時に鍵を取りにいかなければならないとなれば実戦の役には立たないからだ。
車両の場合は汎用車やトラックなどには鍵がついている場合もあるが基本的に装甲車や戦車などにはついていない。
だが伊織の所有する車両や機体のドアには鍵が取り付けられている。もちろんこれは想定される使用場面が軍とは異なるために特別に取り付けられたものであり、それも抜き差しするものではなくテンキーを打ち込むタイプだ。
当然番号を知らなければ開けることはできないし、航空機とはいえ軍用のヘリである。工具も使わずにこじ開けることなんかできるわけがない。
なのでそれを見ても2人に焦りはない。
むしろこれで連中の目的がはっきりした。
おそらくはヘリを手に入れさえすれば伊織達に対抗できるとでも思っているのだろう。
実際にはドアガン以外の武装がされていない汎用機一機で戦闘ヘリを相手することなどできないのだが、連中にそんなことは理解できないだろう。
「おい貴様! 私の顔を覚えているだろう! 命令だ、この乗り物を我々に引き渡せ!」
使えもしないものを欲しがる馬鹿はどこにでも居るものである。
仮に引き渡されたとして使い方もわからない代物をどうしようというのだろうか。
「……予想通りとはいえ、こうまであからさまな馬鹿だと反応に困るよな」
「そうね。でもあの考えの足りてなさそうな顔、どこかで見たような……あ! 思い出した。ほら南部の砦で無茶な要求しまくったせいで部隊長怒らせて、兵士に囲まれた挙げ句に土下座させられてた補給担当の貴族が居たじゃない」
「……そんなことあったっけ?」
「居たのよ! 少しは英太も周りのことに気を配りなさいよ」
「へいへい。んでも貴族って粗方死んだんじゃなかったっけ?」
「たまたま反乱軍に合流し損ねて何とか国王側に媚びを売って生き残ったんじゃないの?」
最初の一言を聞いた途端に貴族そっちのけで会話する英太と香澄。
誰に似たのか、声を潜めることもなく相手に聞こえていようがお構いなしに好き勝手に言い合う。
まさか騎士団の中で実力を認められていたとはいえ年も若く未熟さを残していた英太達にそんな態度を取られるとは思ってなかったのか、貴族の顔は怒りで紅潮し周囲の男達の雰囲気もより荒々しくなる。
「ず、随分と偉そうな口を利くようになったらしいが、今日はあの悪魔のような男は居ないのであろう? 貴様等程度があまり調子に乗らない方が良いのではないか?」
どうやらあれだけ痛い目をみていながら懲りずにこうやってちょっかいを出してきたのは伊織が同行していないからのようだ。
事実、最初は野次馬的な心情でヘリを見に来た貴族達だったのだが、来たのがかつてグローバニエ王国で勇者として戦場にかり出されていた2人しか居ないと聞きつけるや慌てて手勢を掻き集めてこうしてあの悪夢を生み出した元凶である強力な兵器(あくまで貴族側の視点)を強奪し、その力を背景として新国王から褒賞なり権限なりを得ようと短絡的に考えたのである。
だがこの男にはどうして伊織が英太達だけでグローバニエ王国に行かせることが出来たのかという理由に関しては思い至らなかったようだ。
「ひとつ聞きたいのだけど、貴方の行動をピグモ陛下は了承しているのかしら?」
それは無いだろうとは思いつつ、念のため香澄が確認しておく。
ピグモは公式な書面で伊織、英太、香澄の3人の身分を『王族と同等の権利を有する』としているのである。
当然政府内はもとよりある程度以上の地位のある者には周知されており、目の前のこの貴族も知っているはずのことだ。
そしてこの香澄の問いに、貴族は無言でもって応える。
余裕のない苦々しげな表情は、貴族の暴走であることをありありと物語っていた。
「なんでも良いけどさぁ、さっさとどいてくれない? それとも、力ずくでヘリ、奪ってみる?」
いいかげん面倒になってきていた英太が腰の刀の柄に手をやりながら尋ねると男達の殺気が膨れあがった。
「……どうやらあの化け物と一緒にいたせいで自分まで強くなったと勘違いしているようだな。教えてやるが、ここにいるのは全員が元騎士だ。それも実戦経験の豊富な精鋭だった者だ。つまらんことに拘る新王のせいで騎士団から罷免されたが実力は砦にいた兵士よりも遥かにある。貴様程度がこの人数に勝てるとでも思っているなら笑い話にしかならんぞ」
察するに素行が悪くてクビになったということだろう。
英太は香澄に目で問う。
香澄はそれに肩を竦めることで答えた。
付き合いの長い2人である。意思疎通としてはそれで充分なのだ。
つまり、
(殺っちゃって良いかな?)
(しょうがないわよね。どうやら新王は関係なさそうだし)
そんな無言の会話が交わされた、はずである。
英太は刀を抜きながらゆっくりと男達に向かって歩き出した。
「! 貴様っ」
そんな英太を見て声を詰まらせる馬鹿貴族。
それを守ろうと2人の元騎士が前に出た。
瞬間、英太の姿がかき消える。
「え?」
間の抜けた声が集団の右端から聞こえ、次いでドスッと何かが地面に落ちる音が響く。
男達が慌てて音のした方を向くと、そこにあったのは首なしで立ち竦む元騎士のひとりだった。
何のことはない、英太は一瞬で右端の男に駆け寄って首を刎ねた。
ただそれだけのことだ。その速度が尋常ではなかっただけで。
「がっ!」
「ぐっ!?」
突然のことに呆然とする間もなく今度はふたりの男が胴を両断され、わけがわからぬまま崩れ落ちる。
「く、くそっ!」
残った元騎士達は慌てて周囲を見回すも、わずかに視界の端に英太の姿が映ったと思った瞬間には次々と一撃で切り捨てられていく。
誰ひとりとしてまともに剣を合わせることすらできていない。
「ば、馬鹿な……」
辛うじて十数人の男達が貴族を背に守るように円形に背中を合わせて剣を構えたことでようやく英太の動きが止まった。
手を出しあぐねたというよりは、単にひと息入れたといった様子だったが。
わずか数秒で半数近くが斬られたとあって、元騎士達の頭は大混乱に陥っていた。
元騎士達もグローバニエ王国で勇者と呼ばれていた頃の英太達の事は知っていたし、その戦いも見たことがある。
確かに1年前までは戦ったことすらなかったとは思えないほどの実力があったのは間違いないが、それでも騎士数人で勝てないほどではなかったはずである。
それが、グローバニエを離れてわずか数ヶ月しか経っていないにも関わらず目で追うことすらできないほどの圧倒的な強さを身につけている。
それも、若者とは思えないほど攻撃に躊躇がない。
とはいえ、本来の英太は躊躇なく人を斬殺するような性格ではない。
だがそれでも敵意を向けてくる相手に対して中途半端な攻撃をすることは自分も、一緒にいる仲間も危険に晒すということをきちんと理解している。
それに、相対するのは騎士団を放逐された無法者である。不覚を取ることでもあれば即座に香澄に危険が及ぶとなれば躊躇うはずもないのだ。
「さて、まだやる気?」
剥き身の刀を下げたままさらに一歩近づいく英太。
「ちっ!」
円陣を組んでいた男達の一人が香澄に向かって飛び出す。
人質にでもするつもりなのだろう、そちらに向かおうとした英太を遮るように別の男も飛び出して剣を振るう。
だが男達はわかっていない。
あり得ないほどの実力を身につけたのが英太だけのはずがない。
それは直後轟いた銃声と、額のど真ん中を撃ち抜かれて走り出した姿勢のまま崩れ落ちた元騎士によって証明されることになった。
ついでに英太の邪魔をしようとした男も香澄の手に握られたファイブセブンの銃弾によってその命に終止符が打たれた。
改めて向き直った英太だったが、結局その続きが行われることはなかった。
騒動を聞き駆けつけた王城の警備兵によって戦いを止められたからだ。
事情を聞かれた英太達が経緯を説明すると、警備兵によって貴族と元騎士達は拘束されることになったのだった。
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