第41話 おっさん無双(ただし口喧嘩)

 大陸西部。

 気候的にはフランス以北のヨーロッパ似た地域であり、南部に位置するカタラ王国でも朝晩はそれなりに冷え込んでくる季節だ。

 最南の街ビヤンデの中央部に位置するキーヤ光神教の聖堂では、朝の勤めを終えた司祭が執務室に戻ってきた。

 朝の勤めとはいえ時刻は既に昼近い。

 

「待たせましたね」

 平坦な口調。

 言葉の内容とは裏腹に、20畳ほどの豪奢な部屋で待っていた街長と騎士を一瞥しただけで悪びれる様子の欠片もなくソファーに腰掛けた。

 その態度に憮然とした表情を隠すことなく街長が対面側のソファーに座る。

 騎士は立ったままだ。

 

「それで、トコロ遺跡に居座っている流浪者の件はどうなっていますか?」

「そ、それが……」

 司祭の男に報告しているのは最初に伊織達の所にやってきていた騎士達のリーダーだった男だ。

 伊織との邂逅の後、騎士ふたりを見張りとして残し、司祭に状況を報告したのだがそれを聞いた司祭は監視の継続と、構築された建物への侵入、可能であれば伊織達の捕縛を命じた。

 

 そこで、10名の騎士を動員して伊織達の仮拠点を取り囲んだものの、入口の格子は開閉の構造が理解できず、身軽になった者が格子を乗り越えようとすれば上部に手を掛けた途端凄まじい音量で警報が鳴り響くと同時に夜陰を昼間のように照らす光が周囲を灯した。

 当然騎士達にはその理由も方法も理解が超えていて、結局建物はおろか囲まれた範囲にすら入ることができなかった。

 その間も連日ヘリが幾度となく離着陸を繰り返し、その他にも見たことのない道具をいくつも使用しているのを目撃させられていた。

 時折伊織やリゼロッド、ルアが建物の外に出て寛いでいたりもしていたが、何度大声で呼びかけても伊織達は一切騎士に構うことはなく無視していた。

 

「光神教の聖騎士様ともあろう方々が随分と舐められたものですなぁ」

 一緒に報告を聞いていた街長が、どこか嘲るような声音で言う。

 一瞬ジロリと司祭が街長を睨め付けるが、街長は素知らぬ顔でニヤニヤとしているだけだ。

 この様子からも分かるように街長と司祭との関係、というよりは辺境の行政官と教会との関係は必ずしも良いものでは無い。

 それはある意味当然で、大陸西部ではキーヤ光神教が多くの信者を抱えているのを背景に強い影響力を持っている。そして信者からの寄進やほぼ独占状態にある魔法治療で得た資金を使って各国中央にも勢力を広げ、聖騎士という名称を冠した私兵部隊も組織している。特に辺境では資金や物資の面から警備や治安維持の兵力が不足しておりその部分を教会の騎士が補っているのが現状なのである。

 そのため教会がことある毎に街の運営などに口を出し、国や領主から任命された行政官の職権を侵すことが常態化しているのだ。街長としては面白いはずがない。

 とはいえ、住民も信者が多数を占めているし、実際に教会の協力がなければ街の運営はままならない状態なので対立することはできないのが実際のところだ。

 

「それにしても、空を飛ぶ馬車のような物や見たことのない道具ですか。その者達はこの国の者ではないのでしょう?」

「……発音からして南部の国の出身だと思われる」

 街長の問いに騎士が渋面で答えた。

 オルストやグローバニエのある大陸中西部と大陸西部は使用されている言語は同じものだ。だが、日本の方言と同様にイントネーションや単語などに多少の違いはあり、ある程度出自を察することはできる。

 

「……ならば邪教を信奉する怪しげな術を使っているのでしょう。あの“悪魔の落とし子”を匿っていることからも明らかです」

「果たして本当にそうでしょうかな? 南部の国とは中央が交易を行うくらいで知られていることは少ないですが、ひょっとしたらそちらには我々が知らない様々な技術があるのかも知れませんぞ?

 それに、その者達がバルーガを駆除したのは確かなのでしょう?

 あの魔獣をそれほど簡単に討伐できるほどの者達ならば慎重に対応した方が良いと思いますがね」

 バルーガが駆除されたのは騎士達も埋められた土を掘り返して確認している。

 それも後ろ足と頭部以外に傷らしい傷が無く、その傷もどうやってつけたのかまったく分からなかった。先日の伊織の態度からもさほど苦労することなく駆除したことは疑いようがない。

 

「それから、その……」

 騎士が言い辛そうに新たな報告を続ける。むしろ今日の報告はそれが本題だ。

 朝方、騎士達が監視する中、伊織は再び異空間倉庫を開き、移動用の新しい車両を出してから拠点の撤収を始めたのだ。

 騎士達は不可思議な空間の揺らぎや厚みの存在しない空間の境界に度肝を抜かれ、次いで10数センチ持ち上がった建物が自ら地面を移動してその空間に消えていくのを目にして腰を抜かした。

 伊織の出した地上設置型シェルターは重量が重すぎるためクレーンなどで持ち上げることができない。そのため土台に設置されている60基もの車輪が接地して持ち上げ、自走することができる。ただし、時速はわずか1キロ程度でしかないし、そもそも地盤がしっかりとした場所でしか設置することはできないのだが。

 とはいえ、騎士達にそんなことがわかるはずもなく、まるで生き物のように移動を始めた建物は彼等の目から見たら怪物そのものでしかないだろう。

 

 巨大な建物が消えた後、あの空飛ぶ馬車(観測用ヘリ)も、それから周囲を覆っていたフェンス付きの塀も撤去された。

 伊織の言葉通り、わずか一刻足らずで本当に跡形もなく消え去った拠点を見て、男は慌てて報告するために馬を駆ってここまで来たのだった。

 ただし、残った騎士達には絶対に手出しをしないように命じた。

「まだ彼等が現れてから10日は経っていませんが、目的を果たして予定を切り上げたのでしょうかな?

 となれば、今日にでもこの街に来るということですか。司教殿はいかがなされるのですか?」

 街長の言葉に目を瞑ってしばし考える司祭。

 

「異教徒に教えを広めるのは私の役目です。ですが、“悪魔の落とし子”と行動を共にする怪しげな術を使う者など、光神教がもたらす秩序を乱す存在は看過できません」

「ふむ。どうするのですかな?」

「何を目的にこの街に来るのかは知りませんが、おおかた物資の補給や情報収集などでしょう。街の者達には『悪魔と契約した者達とは関わらないように』してもらいましょう。その上で私が直接対峙します。必要であれば教会の力を使わざるを得ないでしょう」

 毅然とした態度で言いきる司祭に、街長は皮肉げな顔を崩さないままだった。

「そうですか。まぁ、私は行政官としてするべき事をするとします。できれば平和的に終えることを願っていますよ」

 挑発とも取れる言葉を残して街長は席を立った。

 

 

 

「あ、見えてきたっすね。あれですよね?」

 ハンドルを握る英太が前方に見えてきた家々を指す。

 拠点を撤収し終えた伊織達は、巨大な肉食獣が出没したこととルアを迫害していた騎士や鉱夫達とは友好的な関係構築が難しい事を考えて、前回破損したジープラングラールビコンに替えて軍用車両を使用することにした。

 とはいえ、コブラではあまりに物々しすぎるし窓も小さく視認性が低いので、メルセデスベンツ・ゲレンデワーゲンの軍用モデルをベースに改良されたLAPVエノク軽装甲車を使用することにした。

 大きさはランドクルーザーよりもわずかに小さく取り回しも容易だ。

 一応万が一を考えて銃火器と弾薬、予備燃料だけでなく、十分な食料や飲料水、エアーマットレス、寝袋、着替えや暇つぶしの携帯ゲーム機まで積み込んである。

 

 ちなみに伊織達を見張っていた騎士達にも当然気付いていたが、サラッと無視して置き去りにしてきた。

 準備を整えている間に馬に乗って立ち去った騎士が居たことも把握しているし、そもそものんびりと移動しているので途中で追い抜いた騎士も居たが特に気にしていない。

 運転は英太が担当し、助手席に伊織、その膝の上にノアが座っている。

 最初は大人しく後部座席の香澄とリゼロッドに挟まれて座っていたのだが、街が近づくにつれて不安になってきたらしく伊織にしがみついてしまったのだ。

 なので伊織が抱き上げて膝に乗せ、懐からよっ○ゃんイカを出して食べさせた。とたんに車内に独特な匂いが広がるが、結局全員が興味を引かれて口に入れ、結果、癖になったらしく伊織の隠し持っていた分が全て放出された。

 

 後部座席の香澄は、銃器の準備に余念がない。

 巨大な獣に備えて7.62mm弾を使用するヘッケラーコッホ社のHK417A2の動作チェックをしている。

 傍らには既に弾倉をセットするだけのM4カービンもスタンバイしており、今にもどこかを襲撃しそうである。

 残るリゼロッドだが、画像として取り込んだ資料をタブレットで表示して何やら考えをまとめているらしい。本当に社会復帰できるのだろうか。

 

 エノクがそのまま街に入っていくと、行き交う住人が驚いて足を止める。

 その住人にエノクの窓を開けた伊織が声を掛けた。

「お~い、ちょっと聞きたいんだけど、両替商か商業ギルドはあるか?」

「ひっ?! あ、あの」

 問われた男は引き攣った顔で仰け反りながら、通りの先を指さした。

 口はパクパクと動くものの声は出せなかったらしい。ただ、言いたいことはしっかりと伊織に伝わったようで「お、ありがとうよ」と一言残し、呆然とする男を横目に先へ進んだ。

 

 300メートルほど行くと、正面に聖堂のような建物と、その隣に役場のような建物が見えてくる。その手前にあるのが商業ギルドであるらしい。

 その建物のど真ん前にエノクを停車させると、伊織達は全員車を降りる。

 もちろんルアは伊織が抱いたままだ。

 そして、建物に入ろうとしたところで背後から呼び止められた。

「待て! 商業ギルドに何の用だ!」

 振り向くと2人の甲冑姿の騎士。

 伊織達の拠点に来ていたものと同じ装備であり、同じく教会の聖騎士とやらなのだろう。

 

「ん? この国の通貨が無いと不便だから両替を頼むんだが?」

 伊織の答えに嘲るような目を向ける騎士。

「生憎悪魔に与するような者にこの街のいかなる施設も使わせるわけにはいかん。無論食料も売らん」

 ニヤリと口元を歪める騎士に、伊織は心底つまらなそうに鼻を鳴らす。

「別に食料なんざ買う必要は無いし、両替できなくてもこの街で金を落とすことが無くなるだけだから大して困らんが、思った以上にこの街を管理する責任者とか光神教とかは頭が悪いらしい。まぁ、無能なゴロツキの格好を立派にして見せるだけで悦に浸ってる阿呆じゃ無理もないか。

 にしても、教会とやらが馬鹿しか居ないのは分かりきってたが、街の責任者まで損得勘定もできない無能だとは思わなかったなぁ。こりゃぁ話をするだけ時間の無駄だな。さっさと別の街にでも行くことにするか。邪魔したな」

 

「?!」

「っ!」

 街の施設を使えないことにショックを受けるとでも思っていたのか、上から目線の表情を浮かべていた騎士達だったが、伊織のあまりに辛辣な言葉に咄嗟に言葉が出てこない。

「ぶ、ぶぶ、無れ……」

「なんだ、人間かと思ったら豚なのか。だったらちょろちょろしてないで隅っこで泥に塗れてろよ。無駄に偉そうな甲冑着てるから人間かと思ったじゃねぇか」

 必死にひねり出した言葉を途中でぶった切って煽る煽る。

 

「き、貴様!」

 騎士が腰の剣に手を掛ける。が、伊織はさらに大声で嘲笑する。

「でかい獣相手には子供を犠牲にして逃げ回る癖に、相手が武器を持ってないと見ると剣を抜くってか? まぁ所詮弱い相手にしか偉そうにできないチンピラじゃしょうがないが、けど弱っちぃんだから無理すると腰痛めるぞ?」

 騎士達は怒りに震えながら剣を握る手に力を込める。が、抜くことはできずにいた。

 伊織の態度が挑発であることは明らかだし、なにより周囲には人が集まってきているのだ。

 

 時折ドゥルゥや馬の牽く鉱山や商人の荷車を見ることはあっても、伊織達の乗るディーゼル駆動の自動車など想像すらしたことのない街の人々である。その得体の知れなさに畏れと不安を抱きながらも自然と視線を引き寄せられてしまうのだ。

 その上、騎士達と何やら揉めているのだから注目を集めないわけがない。

 そして人が遠巻きに集まれば、さらにそれを見た人達や騒ぎを聞きつけた人が集まってくる。

 元々小さな街だ。メインストリートともいえる場所で騒げばまたたく間に周囲に伝播してそれがまた人を集める。

 騎士達が気がついたときには既に10数メートルの距離を開けて遠巻きに囲まれている状態となっていた。

 さすがに衆目の集まる中で丸腰の相手に剣を振り上げるわけにはいかない。いくら侮蔑的な言動をされたとしても、だ。

 それに、数人の騎士に囲まれていて、見える範囲で武器も持たず、なおかつ子供を片手で抱き上げている状態にもかかわらず余裕の態度を崩さない伊織に対して得体の知れない不安のようなものも感じていたのもあった。

 

「それ以上聖騎士達を侮辱することは許しませんよ」

 自ら身動きが取れなくなった騎士達を救ったのは背後から近づいてきた声だった。

「光神教が浸透していない南方の国から来たのであれば無知なのもやむを得ないこととはいえ、これ以上秩序を乱すのは看過できません。その上“悪魔の落とし子”を街に連れ込むなど許されざる蛮行です。速やかにその子供をこちらに引き渡し、この街から出ていってもらいましょう」

 そう言い放ったのは白いマントを羽織った30代後半のブロンドの男。

 その声に伊織は目を向けたものの、何ともいえない表情をしている。

 少し離れた位置でエノクにもたれ掛かりながら高校生コンビが声を落とすことなく言い合う。

 

「うっわぁ~、伊織さんの表情が」

「ああいうのを『馬鹿を見る目』って言うんでしょうね。まぁ私も同感なんだけど」

 明らかに聞こえるように言われた声に、ブロンドの男、この街の光神教の司祭は表情を硬くするが、顔は伊織に向けたまま逸らすことはなかった。

「……アンタは?」

「私はこの街で司祭をしている者です。繰り返しますが、すぐに“悪魔の落とし子”を引き渡して立ち去りなさい」

 司祭の言葉に、ルアが泣きそうな顔で一層強く伊織にしがみつく。

 伊織はひとつ肩を竦めると、空いている手でルアの頭を優しく撫でた。

 

「悪魔の落とし子、ねぇ。ひとつ聞くが、この子にそんなご大層な呼び名をつけた根拠はなんだ?」

 呆れたようなため息混じりの言葉に、司祭は眉を顰める。

「根拠? その目が何よりの証明でしょう。金と紫の瞳、そのような目が普通であるはずがありません。悪魔に祝福を受けたとしか考えられません」

「それだけか? 他には?」

 自信満々に言い放った言葉に返ってきたのはごく平坦な追加質問だった。

「……かつてこの世界は悪魔に魅入られた者によって蹂躙され、存亡の危機に瀕しました。その者達は光の神であるキーヤ様の加護を受けた騎士によって討ち滅ぼされましたが、悪魔に魅入られた者は有り得ない色の目を持っており、その邪眼によって多くの民を苦しめたと伝えられているのです。その目は呪いを掛けることができるとも言われています。そのような……」

 

「馬っ鹿じゃねぇの?」

「な?!」

 あまりに無礼な態度に頬をヒクつかせながらも、光神教の教義にも書かれている伝承を語り出した司祭の言葉を途中で切って捨てる伊織。

 それにはさすがに司祭も顔色を変えた。

「あのなぁ、いくら文化や知識が発展していないとはいっても、そんな与太話を信じて子供を殺そうとか、頭悪すぎだろ。そもそも有り得ない目の色ってどんなのだ? ピンクと蛍光色のチェック柄か? 他の特徴は?

 っつか、そもそもドヤ顔で語ってるその言い伝え自体、オタクらの都合の良いようにでっち上げられた作り話だろうが」

 

「! 光神教の教義を愚弄するつもりですか? そちらの方こそ、何を根拠にそのような言い掛かりをつける!」

 今度こそ怒りに顔を真っ赤にして怒声を上げた司祭。これまでの冷静な仮面は脱ぎ捨てることにしたらしい。

 そんな司祭を心底馬鹿にした目で見ながら伊織は続ける。

「史実ってのは様々な場所で形を変えながらその痕跡残しているものだ。ましてや世界の存亡の危機とまで言うなら尚更色んな場所で似たような話が語り継がれていなきゃおかしい。

 だがここより少し離れているだけのオルストやバーラ、グローバニエではそんな伝承は残っていないし、遺跡にもそんな痕跡は欠片もない。その話が光神教とやらの教義にしか書かれていないってのは、つまりまったくの作り話か、あってもせいぜい小さな村が滅んだ程度で他には伝わっていないってことだ。

 

 それと、悪魔に魅入られた者、だっけ? それと同じ特徴がってことなら、足や手の数、性別、髪の色が同じ人間もいるんじゃないのか? だったらそういう特徴がある人間に対してはどういう対応してるんだ? 目の色以外でルアが悪魔の落とし子とやらだって主張できるほど異常な行動を取ってたのか?

 そもそも目の色がどうやって決まるのか、ちゃんと理解してるか?

 目の色はメラニン色素っていう肌や目を紫外線から身を守るための色素が関係しているが、中には黒や茶、緑、青、金、銀、紫や珍しいのでは赤ってのもあるぞ?

 左右の目の色が違うのも数千人から1万人にひとりは生まれるし、病気や怪我、薬の影響で色が変わることだってある。まぁ、大半はそれほど極端に変わることは少ないから本人すら気付いていないこともあるけどな。

 それに、オルストでは左右の瞳の色が違う子供は『精霊の愛し子』って呼ばれて大切に育てられるらしいぞ。それでもその子供が生まれた地域に災いなんざ起きていない。その整合性はどうするんだ?」

 

 一気に言いきった言葉に、周囲に集まっていた人達からざわめきが漏れる。

 自分達が言われるがままに信じていたことが真っ向から否定されて戸惑いの空気が辺りを支配していた。

「そ、そんなものは貴様達の勝手な憶測だろう! それに、肌や目の色は親から受け継ぐのだ、そのシキソなどと言うものなど聞いたこともない! いいかげんなことを言って民衆を惑わすのは止めてもらおう!」

「知らないのは単にアンタらに決定的に知識が足りてないだけだ。俺達の持っている知識とは最低でも数百年の差があるからな。

 俺達が乗ってきたこの車や、ご自慢の聖騎士とやらが野営地で見た家や道具も技術の積み重ねで造られたもので、魔法は一切使われていない。

 そんなものが当たり前にある場所から来た俺達から見たらアンタらの知識なんざ原始人と大して変わらんさ

 だから俺の話を裏付ける証拠を出せと言われれば出せるが、それを出したところで意味がない。証拠が正しいかどうかを判断できるだけの知識がそちらにないからな。文字を見たことがない奴に文字が正しいかどうかの判断が出来ないのと同じだ」

 

「…………」

 傲然と言い放った伊織を睨み付けながらも司祭は言い返すことができずにいた。

 周囲の民衆もエノクと伊織達を見て一層ざわめいている。

 あの見たことのない荷車が魔法ではなく人の技術によって造られたものなのならば確かに自分達とは技術も知識も隔たりがあるのだろうと思わせるには十分な説得力を持っていたからだ。

「ってことだが、街の責任者としての考えを聞かせてもらいたい。この始末、どうつけるつもりだ?」

 不意に伊織が別の所に視線を向けてそう言った。

 その視線の先にいたのは、40歳くらいで少しばかり腹の出た恰幅の良い男、街長だった。

 

「さて、何故私がこの街の責任者だと?」

「野営地に来た騎士っぽい連中に『役人でもない相手に名乗る必要は無い』って言ったとき、連中は否定しなかった。教会にこの街の運営が任されているなら所属している騎士にもある程度の権限は与えているはずだ。だがそうじゃないにも関わらず尊大な態度を取るってことは行政と教会は微妙な力関係が働いている可能性が高い。公的な権限がないのに固有の武力を持っているのを考えると行政側からすれば面白くないだろうと踏んだんだよ。

 んで、俺が教会の連中を虚仮にしている間、助け船も出さずにニヤニヤしてるオタクが行政側の人間、特に身なりからそれなりの地位にいると判断した。違うか?」

 つまらなそうに言った伊織の言葉に街長が引き攣った顔を見せる。

 

「……参りましたな。申し遅れました、私はこの街の街長として派遣されているアーレ・バストンといいます。

 しかし、始末をつけるとはどういう事でしょう?」

「無実の人間を陥れ罪を着せて殺そうとした奴やその共犯者はこの国ではどういう罪に問われるんだ?」

「な?!」

 誰のことを言っているのか察した司祭が顔色を変え、周囲の民衆からも大きなざわめきが起こった。

「……そのような罪を犯した者は、地位が高ければ中央で裁判に掛けられ、それ以外は地方の官吏によって調べられてから死罪か強制労働の刑が科せられることになっています。ですが、あなた方の言葉は確かに説得力はありますが我々には完全には理解できませんので、それをもって罪に問うというわけには……」

 

 街長としてはそう言うしかない。

 教会がこの街において実質的に大きな権限を持っているということもあるが、いくら説得力があろうが証明できないことで罪に問うことなどできるはずがないからだ。

「まぁどうでもいいけどな。罪に問われようが問われなかろうが、何の罪もない子供を陥れて殺そうとしたこの街の人間はひとり残らず犯罪者である事実は消えないし」

「聞き捨てなりませんな。貴方の主張が事実だとしても街の者達は騙された側であるはず。そもそも貴方の言う知識が無いのですから教会の司祭という権威ある者から言われれば信じるしかありません」


「阿呆か。そんなもん知識なんて無くても“悪魔の落とし子”とか言いだしたときに少しでも考えればわかることだろ。伝承の真偽はともかくそれ以外にまともな根拠なんて無いんだからな。

 俺達の国では大昔にフランシスコ・ザビエルって宣教師が、何の教育も受けていない農民に教えの矛盾点を指摘されまくって本国に泣きを入れてたぞ。

 自分の頭で考えることもせずに言われた事を鵜呑みにするだけで小さな子供やその親を虐げたんだ。それなのに自分達は悪くないとでも言うつもりか?

 それとも、この中に『何の罪も犯していない子供を虐げるのは間違っている。せめてどのように育つかはっきりするまでは普通に接するべきだ』と声をあげた奴がひとりでもいるのか? 

 たかが目の色が左右違うだけの、異常な能力を持っているわけでもない、少々身体が大きかったり爪の形が悪かったりするのと同じ程度でしかない違いで差別していた大人と、何一つ罪を犯すことなくただ必死に生きてきた小さな子供。“悪魔”とやらに近しいのはどっちだ?」

 伊織はルアを抱いたまま不思議と通る声で言い放ち、集まっていた住民達を睥睨する。

 

 住民達は一様にその視線から逃れるように目を逸らし俯く。街長も含めてそれ以上の反論は誰ひとりとしてすることができない。

「忘れるな。お前達は何の罪もない子供を殺そうとし、その母親も死に追いやった犯罪者とその共犯だ!

 そしてこの司祭とやらは、お前達の信仰を利用して根拠のないでっち上げで扇動し、お前達に罪を犯させたクズだ!」

 今度こそ大声で、そして身動ぎすら許さないほどの威圧を込めた伊織の言葉にしわぶきひとつ聞こえないほど周囲は静まりかえった。

 

 

「ふざ…けるな…!」

 

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