第38話 虐げられた少女

「あの……」

 小さな子供が粗く編んだ麻袋を店先の台の上に置き、遠慮がちな声をあげる。

 生鮮食料品を扱っていると思われるこの店の店主の男はチラリと横目で子供を睨め付けると、麻袋の中身を大きな木皿に移した。

 出てきたのは十数個の子供の握り拳ほどの巻き貝や二枚貝、小ぶりなカニだった。傷が付かないようにだろう、一つずつ大人の掌ほどの葉で包まれている。

 

「ふん」

 不機嫌そうに鼻をならし、男は乱暴に空になった麻袋を子供に向かって投げつける。

 そして一度店の奥に引っ込んですぐに戻ってきて、銅貨を一枚子供の足元に放った。

「え、あ、あの」

 たった一枚の銅貨に、子供は悲しげに小さな声をあげる。

「なんだ? 文句があるなら他に行きな。ないならさっさと失せろ!」

 男はそう言い捨てると、さっさと店の奥に引っ込んでいってしまう。

 子供は唇を噛みしめながら銅貨を拾い、強く握りしめてからトボトボと街外れへ通じている道を歩きだした。

 

 街といっても大きなものではない。

 実際の規模としては村と街の中間程度であり、近くの鉱山のために造られたようなところだ。

 北から街へ通じる街道はあるが、街から他へ伸びる街道はない。

 大陸西部諸国の中で一番南側にあるカタラ王国のさらに南端にあるのがこのビヤンデという街だ。

 人口は1000人程度で、海に面してはいるが海岸線はほとんどの場所が崖になっており港もなければ猟師もいない。そんな田舎町だった。

 

 子供は街の中心の商店が建ち並ぶ一角から街外れに歩いていく。

 背は低く、体つきは華奢であり、年齢はおそらく10に満たないだろう。

 肩の後ろまで伸びる髪はボサボサで、不揃いに切られた前髪は顔の半分を覆い隠している。

 服は薄汚れた貫頭衣のような形のボロ布と呼んでも差し支えないような粗末なもので、靴は履かず素足のままだ。

 現代人の感覚では同情を誘わずにはいられない状態なのだが、街ですれ違う人は誰ひとりとして子供に手を差し伸べようとはしない。

 それどころか、子供をを見ると嫌そうに顔を顰め、近寄らないように距離を取ってさえいた。

 

 途中でパンを売る店に立ち寄った子供が、カウンターに精一杯手を伸ばして握っていた銅貨を置く。

 すると、店番をしていた女性は子供と視線を合わせないように顔を背けながら、脇に置いてあった籠から小ぶりなパンを二つ掴むと、無造作に子供に放り投げる。

 一つはなんとか両手で受け取ったがもう一つは地面に転がってしまう。

 落ちたときの音は固く乾いたもので、明らかに店で売っている物とは違い、前日の売れ残りで質の悪いものだと思われた。

 それでも子供は大事そうにパンを拾い、両手で抱えながらまた歩き出す。

 途中、もの凄い勢いで若い男が走ってきてすれ違い様にぶつかりそうになるが、子供の方が一瞬だけ早く転ぶように避けたことで事なきを得た。

 男は転んだ子供を気にする様子もなく、そのまま走り去っていった。

 両手のパンを抱え直して立ち上がる子供。

 

 やがて街を抜けて建物もなくなった先に、今にも崩れそうなバラックのような小さな小屋が見えてくる。子供は躊躇うことなくその小屋に入っていった。

 小屋の中はほとんど何も無い。

 わずか3畳程度の床の片隅に、寝具代わりの藁束と薄汚れた布が一枚、それから小さな木彫りの人形らしきものが一つと貝殻を研いて作った首飾りが一つ。他には数枚の古びた木皿と小さな瓶が一つ。それが全てだった。

 子供は木皿の上にパンをそっと置くと、瓶を持って外に出る。

 そして小屋の裏手にある小さな川で水を汲んで戻ると、歯でパンを少しずつ削り取りながら時間を掛けて腹を満たしていった。

 

 

 一方、子供にぶつかりそうになった男は、街の中心にある建物に慌てた様子で飛び込んでいった。

「し、司祭様っ! 大変です!」

 男が入った場所は教会の聖堂のような場所だった。

 それなりの広さを持つその部屋は石造りの床で、一番奥に祭壇と講壇のような机が置かれている。

 祭壇の前で祈りを捧げていた司祭と呼ばれた男が呼びかけにゆっくりと立ち上がり男の方を振り向く。

 30代後半位の歳だろうか、フードのない真っ白なローブかマントのような衣装を身に纏い、豪奢な首飾りをこれ見よがしに身につけている。

 長いブロンドの髪を後ろに束ね、それよりもやや濃い色の口髭を湛えている。

 顔つきは優しげでありながらどこか酷薄そうな印象を与えていた。

 

「どうしました?」

「魔獣が、バルーガが出ました!」

 若い男の言葉に眉を顰める司祭の男。

「そう、ですか。場所は?」

「鉱山の北、トコロの遺跡です。鉱夫のひとりが見たって。しかもかなり大きいらしいです!」

「今年は夏が長く実りが遅れているようです。ですのでパリカが狩り場に戻ってきていないのでしょう。おそらくは一月も経たずに縄張りに戻ると思いますが」

「し、しかし」

 他人事のように淡々と言う司祭に、男は尚言い募る。

 

 バルーガというのはイノシシとトラが混ざったような外見をした肉食の大型獣だ。

 体高が2メートルに達する個体もいて、遭遇すればかなり危険な獣である。しかも知能が高く狡猾で魔獣と呼ばれることもあり、さらに分厚い毛皮と丈夫な骨格を持つために駆除が難しいことでも知られている。

 普段は山岳地帯の麓近くに生息していて、パリカと呼ばれる体高50センチほどの馬に似た草食動物などを補食しているので人里に近づくことは少ないが、それでも時折猟師などが襲われることがあるのだ。

 

「それでは、餌を用意するというのはいかがですかな?」

 不意に若い男の背後から声が掛けられる。

「街長!?」

「おや、街長もいらっしゃったのですか」

 若い男は驚いて振り向き、司祭の態度は平坦なままだ。

「鉱山は街の大切な収入源ですからな。そこに魔獣が出たとなれば大した権限のない事務方の私としても看過できぬのですよ」

 若干の皮肉が込められた言葉に司祭の頬がピクリと動くが、言葉を返すことはなかった。

 事実、今回の様な問題に、街長という立場の男ではなく司祭である男の方に真っ先に報告が行くということは、街での権限が司祭の方が高いという証左である。

 

 大陸西部においては“キーヤ光神教”という宗教が大きな力を持っている。

 多神教ではあるものの、光の神であるキーヤを主神と崇め多くの民衆が信仰している。

 この街が属するカタラ王国においても最大の宗派であり、光神騎士団という独自の武力も保持しているのだ。

 そして、この街のように王国内の辺境と呼ばれる地域はこの光神騎士団に治安維持の大部分を依存しているというのが実態であり、そのため実質的に街を支配しているのは街の中央に聖堂を構える光神教の司祭なのだ。

 だから街長は街の運営に関する全ての権限を国から与えられているにも関わらず、ある程度重要な案件は全てこの司祭の了承を得なければならないのだ。

 

「そ、それで街長、餌というのは?」

 若い男がおずおずと続きを促す。

「なに、簡単なことですよ。バルーガは魔獣と呼ばれるほど狡賢い獣ですが、それだけに反撃される恐れのある鉱夫をそうそう襲ったりはしないでしょう。ですが獲物にありつけなければそう簡単に縄張りに帰ったりはしない。ならば獲物を与えてやれば良いのです。

 街外れに住んでいる嫌われ者の娘がいたでしょう。まだ子供なので獲物としては足りないかもしれませんが、バルーガは同じ地域で続けて狩りをすることはないと聞いています。

 少なくともこの街からは離れていく可能性が高いのではないですかな?」

 街長の言葉に、若い男はすぐに言葉を返す事ができない。

 

 ある事情から母親と共に住んでいた場所を離れ、街外れの廃屋に住み着いた子供がいる。

 1年ほど前に母親が病で亡くなり、それからは崖を下りて浅瀬や岩場で貝などを捕って生活していると聞いていた。

 住処を追われることになった事情から、誰ひとりとして関わろうとせず、街でも居ないものとして扱われるような少女ではあるが、それでもまだ5歳か6歳程度であったはずだ。

 男自身もこれまで関わろうと思ったことなどないが、それでも小さな子供を生け贄のように扱うのまでは躊躇してしまう。

 

「あの悪魔の落とし子ですか。確かにそれならば誰も困ることなくバルーガを追い払うことができるでしょうな」

「司祭様にとってもあの娘が居なくなるのは好都合でしょう。

 街としても災厄の前触れ、不吉の象徴とされる娘など居ない方が良い。かといって、呪いなど掛けられても困るのでこれまで放置していましたが、魔獣が処理してくれるというのなら問題ありませんからな」

 とても小さな子供の命を俎上に載せているとは思えないような会話である。

「そうと決まれば早速準備に掛かりましょう。万が一のことを考えて、それが終わるまでは鉱山への移動は少人数を避けるように言ってください」

「……わかりました」

 街長の言葉に、若い男も躊躇しつつも結局頷いた。

 光神騎士団が対処してくれないのであれば男にも代案など出せないし、気の毒には思いながらもやはり少女を庇おうとまでは思えなかったのだ。

 

 そして、少女は本人に知らされることすらなく魔獣への生け贄として捧げられることとなった。

 

 

 

 

 

 紺碧に輝く海原を真っ白な船が疾走していく。

「すっげぇ気持ち良いっすね!」

 フライングブリッジで操縦する伊織の横で英太が片手で眩しそうに日差しを遮りながら大きく伸びをする。

 右側に小さく陸地が見えるだけで後は全て大海原という景色に、開放感がもの凄い。

「海風はちょっと肌寒いけど、まさか異世界でこんなセレブ気分を味わえるとは思わなかったわ」

「私も移動のために船に乗ったことはあったけど、やっぱりイオリの世界の乗り物って凄いわよねぇ」

 同じくフライングブリッジのベンチシートでリラックスしている香澄とリゼロッドも飲み物を片手にご機嫌な様子だ。

 

 グローバニエ王国で英太と香澄が、サルファに連れて行かれた魔術師達からは伊織がオードルの召喚魔法に関して聞き取り調査を行った。

 だが、結局大した情報を得ることはできず、英太達が聞いてきた『父親が西方諸国のどこかの国に追放された魔術師で、オードルはそれを受け継いだ』というのが唯一の有力な情報だったのだ。

 そこで一旦オルスト王国に戻った伊織達はリゼロッドと合流し、オルスト内の遺跡調査に見切りをつけて西方諸国に行ってみることにしたわけである。

 ただし、前回発掘した大規模遺跡からも少量とはいえ“ベリク精石”が発見されたので完全に放棄するには惜しい。

 というわけで、オルスト国内の遺跡調査と発掘はボラージ達公認発掘師達に任せ、埋蔵品に“ベリク精石”があった場合確保しておいてもらうという契約を結んだのだ。

 そして前渡ししたその代金と、以前見習いを募集するための人件費として提供した資金を併せて、新たに発足した『発掘師ギルド』で運用することにしたらしい。

 

 こうしてオルスト王国での活動に目処が付いた伊織達は、アレクシードの戴冠式だけは礼儀上見届けた上で、盛大な送別会を催したいという新王をサラッとスルーしてオルゲミアを後にしたわけである。

 どうせ時期を見て何度か発掘状況を確認しに戻る予定なのでそんなものを催されても困るのだ。

 そんなわけで大陸西部諸国を目指すとなったわけだが、大陸中西部の西端にあるバーラから西部に行くには険しい山を越えていかなければならない。

 街道があるにはあるが、細くろくに整備されていない上に途中には小規模な集落やどこの国にも属さない少数民族が住んでいるだけの未開と言って良いような場所だという。

 

 そんな所を移動したところでつまらない、と伊織が言い出し、またもや異空間倉庫から引っ張りだしてきたのが今回の移動手段というわけである。

 オルゲミアの船着き場に降ろしたそれは、全長14.84m、全幅4.44m。

 日本のヤマハ発動機が製造販売するプレミアムボード、EXULT43だ。

 セレブと言えばクルーザーかヨットをイメージするように、船とは思えないほどの豪華な内装、最高速度35ノット(時速約65キロ)の出力を誇り、レーダーや魚群探知機も装備している。

 大きなベッドルームが二つに、メインサロンにはいくつもの大きなソファーが設置されている。

 基本的に沿岸海域クルーズ用の船舶であり、外洋を長期間航行することは想定されていないが余程環境の厳しい海域でなければ航行すること自体は充分可能であり、そもそも世界地図も海図もない世界で外洋航行などそうそうできるわけがないので特に問題はない。

 純白で流線型の美しい姿は、船といえば帆船やガレー船しかない異世界の状況ではどう考えても目立ちまくりである。

 とはいえ、出港してしまえばそんなことは関係ないとばかりにリゾート気分を満喫しつつ、まずはバーラ王国の港町、ベンへ向かった。

 

 岸が見える程度まで20キロほど沖合まで出て航行すると、オルゲミアからベンまでは約800キロほどの距離だ。

 オルストに、というより森の中の拠点を出てからかなり慌ただしく活動していた伊織達は、折角の機会だからとのんびりとクルージングを楽しむことにした。

 なので、実にのんびりと、4日ほど掛けてベンに到着する。

 港では当然のように一騒動あり、騒ぎを聞きつけて、たまたま行商から帰っていたアルバが港までやってきた。

 そして前回同様、アルバが同行して今度は歩いて商工ギルドに行き、御老公様ことバーリント老人と面談。大陸西部諸国の情報を可能な限り聞き取った。

 

 オードルの父親が追放されたという国が不明なため、ピンポイントでそこまで行くのは無理だと判断。

 結局西部諸国の南端にあるカタラ王国へ上陸し、古代魔法や遺跡の情報収集をしつつ移動することにしたわけである。

 バーラは西部諸国と交易しており、いくつかの国までは航路が設定されているらしく、伊織の作成する地図と比べれば精度は大幅に劣るが一応の海図も手に入れることができた。

 後は、カタラ王国に着いてから改めて上空から地図を作成する予定となっている。

 

 バーラ王国最西端の港町で水や食料、燃料を補給(水は街の井戸から、食料と燃料はもちろん異空間倉庫だ)して出発する事10日。

 途中弱い雨や洋上霧で視界が悪かったり、曇り空が続いていたため冬も近いこの季節デッキに出ることができず、ようやくの晴天に開放的な気分を味わっている。

 といっても天気自体には恵まれなかったがそれほど海が荒れていたわけではないのでのんびりと航行しつつ船内での生活を楽しんでいた伊織達にそれほど不満はない。

 

「あ~、でもそろそろ陸地が恋しいな。シャワーだけじゃなく風呂にも入りたいし」

「そうっすね。あ、でも、またマグロ釣りたい!」

「え~? 私はしばらく魚はいいわ。美味しかったのは確かだけどやっぱり肉の方が好きね」

「英太は食べたいってより、釣るのが楽しいだけでしょ? 私もそろそろお風呂に入りたいわよ。さすがに海の上っていくら空調利いてても手足が冷えてくるし」

 やいのやいの言いながらもこの思いがけない船旅は疲れを癒してリフレッシュする十分な効果があったようだ。

 寝る場所も二つのオーナーズルームとメインサロンのソファーに日替わりで泊まり、十分な広さもあって疲労することもなかった。

 ただ、常に波に揺られていたために三半規管の疲労はあるだろうが。

 

 航路を見失わないように常に岸を右手側の視界に入れつつ、日が沈めば流されないように水深の比較的浅い場所に錨を降ろして停泊していた。

 ほぼ予定通りの日数で、海図によるともうそろそろ西部諸国の南端に差し掛かる頃合いだ。

 大陸の西側に大きく突き出した半島を回り込んだ北側にあるのがカタラ王国だが、結構北まで行かないと港がないらしい。

 というのも、南部の海岸は切り立った崖が多く、船を使うには適していないという話だった。とはいえ、一度上陸してからまた南下するのも二度手間だし、別に港に停泊しなければならない理由もない。

 というわけで、半島の根元近くまで来てからはかなり岸まで近づきながら船をあげられる砂浜を探す。

 切り立った崖の多い地形、つまり岩礁が多く水深が一定ではない場所は当然座礁の危険が付きまとう。

 だが、この船にはソナーで地形を探知する装置が付いており、またジョイスティック操作で簡単に停止旋回や前後左右の移動ができるためにかなり細かな調整ができる。

 

 フライングブリッジで伊織が操船し、砂浜は英太が探す。

 岸に近づいてから1時間ほど経過した頃、英太が崖に囲まれた形の砂浜を見つけた。

 幅と奥行きが50メートルほどの小さなものだが、水中部分も砂が続きなだらかな砂の川のようになっている。

 砂浜の奥は崖が裂けたように開いており、崖の上まで上れそうだ。

 英太の誘導とソナーの画面を見ながら船底が砂に設置する少し手前まで船を進め、停船させる。

「よし。英太はジョイスティック使ってこの位置をキープしておいてくれ。準備ができたら合図するからそのまま真っ直ぐ前進な。香澄ちゃんは俺と一緒に水上バイクで上陸して周囲の警戒を頼む」

「ういっす!」

「はい!」

「ねぇ、私は?」

「リゼは船内のつまみと酒瓶を片付けておいてくれ」


 若干1名への微妙なものはともかく、英太達に指示をした伊織は、イグザルトの船尾のトランサムステップと呼ばれる部分に固定されている水上バイク、YAMAHA MJ-EXRの留め金を外し、香澄と一緒に乗り込むとステップを水中まで下げる。

 後は水上バイクを起動させて水面を走り砂浜に勢いよく突っ込んだ。足元を濡らさないためとはいえ、庶民にはなかなかここまで思い切った使い方はできないだろう。

 そうして砂浜に降り立つと、水上バイクはそのままにいつものように宝玉の付いた魔法具を配置して異空間倉庫を開く。

 

 香澄がM4カービンを手に警戒する中、15分ほどで船舶用台車を後部に取り付け、荷台に大きなタンクを載せたトラックがバックで出てくる。

 そしてそのまま台車をイグザルトの手前まで押し出し一旦停止。

 車から降りた伊織が誘導して英太の操船で台車の上まで移動させる。

 それから車の前進に合わせて位置がずれないように船を進ませると完全に台車に船底が乗り上げる。後は車だけで砂浜まで引き上げるだけだ。

 完全に砂浜の上まで台車を引き上げてから、今度はトラックの荷台に載っている水タンクからポンプで放水し船底やデッキを洗い、ついでに船の真水タンクに水を補充。

 別のクレーンで水上バイクも吊り上げてこちらも洗浄後イグザルトに再び固定させる。

 その間に英太とリゼロッドが船内を簡単に清掃して飲み物や保存の利く食品も補充し、いつでも使えるように整えておく。

 最後に燃料も補給して異空間倉庫に戻して終了だ。

 

 一連の作業を終えると、伊織がついでとばかりにテーブルや椅子を持ちだして砂浜で食事タイムとなった。

 どうやら今の時間は引き潮であるらしく、先ほどよりも砂浜が海側に広がっている。左右の崖に阻まれて風も吹き込んでこないので休憩するには丁度良い季候になっている。

 そんな中でテーブルに着いた4人は伊織が並べたハンバーガーやリブサンド、ポテトなどを摘みつつこれからの行動について簡単に打ち合わせる。

 

「とりあえず街を探して情報収集?」

「それも必要だが、とにかく地図を作りたいなぁ。地理がわからんとどうにも動きづらい」

「それはそうっすよね。んじゃ二手に分かれます?」

「こっちの国の内情がわからないうちはできるだけ一緒にいた方が良いと思うわよ」

「伊織さんなら単独でも大丈夫だろうけど」

「何言ってるのよ。イオリが一番目を離しちゃ駄目な人間じゃない」

「そうね」

「非道くね?」

 信頼関係が実によくわかる会話である。

 

「ん?」

「伊織さん?」

「あ、あれ!」

 あまり真剣とは思えないような会話を交わしつつハンバーガーにかぶりついていた伊織が、何かを感じたように視線を巡らす。

 その様子を怪訝そうに英太が聞き返した直後、香澄が砂浜の奥の崖の切れ間を指さした。

 途端に指された場所から人が逃げ去る後ろ姿が一瞬だけ見えた。

「……子供?」

「みたいだな」

「この辺に住んでる、んだよな」

「そりゃそうでしょ。ちょっとしか見えなかったけど小っちゃい子供みたいだったし」

 

 確かに伊織達が見たのは、わずかに赤みがかったプラチナブロンドの髪と、5歳くらいに見える子供の後ろ姿だった。

「遊びに来たら俺達が居たからビックリしたのかね?」

「まぁ、こんな所に知らない人が居て、食事してたら驚くでしょ」

 当たり前の話である。

 治安の良い日本なら、人懐っこい子供が寄ってくることもあるだろうが、異世界の、いや地球でもほとんどの地域の子供でもこんな怪しい集団を見かけたら逃げるに決まっている。

 だから、この時点では伊織達は誰ひとりとして、子供の事を気にしていなかったのである。

 

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