第34話 チートにはチートを
「くそったれ!!」
ダンッ!
カールが苛立たしげに両手を机に叩き付けた。
その剣幕に、その場に居たシェーバの戦士が驚いた顔をする。
この異世界人達が彼等の元に来てから数ヶ月、これまでこのように怒りを露わにするのを見たのは初めてだったからだ。
「カール、落ち着け!」
「これが落ち着いていられるかよ! リュウが殺られたんだぞ!」
デビットに噛みついたカールの言葉に、シェーバの戦士達も騒然とする。
「お前達が負けたのか?!」
「負けたわけではない。ただ、油断した。その隙を突かれてひとり殺られた」
「ああ、あの馬鹿、ヘリ打ち落として気が弛んでたんだろうよ! けどどうなってんだよ! 対物ライフル持ってるなんて聞いてねぇぞ!」
多少は落ち着きを取り戻したようだが、それでもカールの激情は収まる様子がない。
「あの魔術師達は現代兵器の知識などない。装甲車のことも言っていなかっただろう。だからある程度の齟齬はあるだろうよ。だが、一番厄介な戦闘ヘリは墜としたんだ。対物ライフル程度ならやりようはある」
デビットの口調と表情はあくまで冷静だ。
射抜くようなその視線を受けてカールはグッと奥歯を噛みしめて怒りを腹に落とし込む。
「ハンヴィーの装甲じゃ50口径は無理だ。どうす……ああ、飽和攻撃か」
「そういうことだ。敵の中で銃火器を使う可能性があるのは3人。そのうちひとりはコブラの操縦をするだろうから2人を封じ込めれば良い。こっちには竜騎兵が1000もいるんだからな」
「……俺達に囮になれと?」
話を聞いていたシェーバの戦士のひとりがムッとした表情で会話に割り込む。
「そう言う意味じゃない。
小銃やライフルってのは、そもそもある程度以上の人数で一斉に使うから効果があるんだ。ひとりやふたりが持っていたところで相当な実力がなければ意味がない。
今日の動きを見ると魔術師達が最初に召喚したという子供2人は思っていたよりも腕は立つようだがそれでも新兵に毛が生えた程度だ。
横に広がった状態で囲むように突撃すればほとんど被害を受けずに肉薄できる。あとは弓矢や槍で波状攻撃を行えばいい。まぁ運が悪ければ何人かは殺られるかもしれないがな」
拳銃はもとより小銃や機関銃であっても強力な武器であることは間違いないが当然万能などではない。特に敵が少数であれば攻略する方法などいくらでもあるのだ。
その攻略法の最も基本的なものが飽和攻撃、つまり、相手の迎撃できる人数を超える数で攻撃を仕掛けるという、ようするに人海戦術である。
特に小銃などの場合、遠・中距離の命中率は実際にはそれほど高くない。もちろん、十分な姿勢で狙いをつければ命中率は高いが、実際の戦場ではそんな悠長に狙いをつけることなどできない。まして突撃してくる敵は常に動いているのだから、撃ちまくるしかないのだ。しかし戦場での命中率はどれほど高くても一割に満たないらしい。
そして小銃の場合、マガジンに装填されている弾丸の数は30発程度。機関銃でベルト給弾式でも精々200発だ。撃てばすぐに弾は尽きるし、マガジンなどの入れ替えでタイムラグも発生する。その間に接近されれば為す術はない。
デビットとしても絶対的優位を保つためにも銃の弱点は知らせたくはないのだが、自分達だけで対処できない以上は竜騎兵達を使うしかない。
「装甲車が動けば竜騎兵では対応できないが、走行中は対物ライフルは使えない。反動が大きすぎるからな。そうなれば今日と同じようにハンヴィーで対処する」
あくまで冷静に言い放つデビットに、不満そうな表情だった戦士も頷いた。
「わかった。そういうことなら俺達に任せてもらおう」
そう言って、具体的な作戦を打ち合わせてから出ていった。戦士達を集めて説明するためだ。
(だが、気になるのはもうひとりの男だ。対物ライフルを立ったままで精密射撃するバケモノ。それにコブラとT129という装備を考えればトルコ陸軍の人間が俺達と同じように召喚されたと考えるべきだが、それだけの装備が来ているのに人間がたったひとりなんてことがあり得るのか? あの胡散臭い魔術師は何も言っていなかったが、そもそもどれだけ言うことが信じられるのか)
デビットの胸に言いようのない不安が過ぎっていた。
「来やがったぜ」
翌日、砦から双眼鏡で街道を監視していたカールがゆっくりと前進してくるコブラを見つけデビットに声を掛けた。
前日と同じく、コブラを先頭として少し後ろにライオットシールドを構えた歩兵が続いている。
それに対してデビットとカールもハンヴィーに乗り込み砦を出る。
ただし、前日と異なるのはそれに竜騎兵も全員後に続いていることだ。
竜騎兵達はデビットの指示に従って砦を出るなり左右に広がり、互いの間隔を広く取る。
それだけ広がれば普通なら突破を警戒しなければならないが、そもそも砦を防衛するつもりはないので構わないのだ。特定の場所に定住することの少ないサルファの民族らしい発想だ。
ズガッ!!
「撃ってきたな。どうやら対物ライフルはコブラに積み込んだらしい」
砦から200メートルほど前進すると、ハンヴィーの左にあった人の背丈ほどの岩の先端付近が鈍い破裂音と共に吹き飛ぶ。
コブラまでの距離はまだ1キロほどもあり、威力からも大型ライフルのものであるとわかった。
狙撃による反撃を警戒して防弾パネルに守られている装甲車に積み込んだのだろうが、もちろんこれはデビット達にとって想定内だ。
デビットが合図を送ると、竜騎兵が広がりながら突撃していく。
サルファの騎竜は外見的には体高2.5メートル、尻尾を合わせた体長は4メートルを超える恐竜のような見た目の生き物だ。体毛は無く、2足歩行で背中をほぼ水平にしながら走る。前述したように映画ジュラシックパークに出てくるラプトルによく似た姿をしている。
びっしりと生えた鋭い歯の印象とは異なり食性は雑食で、卵の段階から育てると人によく馴れる。
体格に見合った大食いではあるが、食い溜めができ、水をそれほど飲まないため荒れ地が多くを占めるサルファでは欠かせない家畜である。
そんな騎竜が1000騎駆けているものだから傍から見れば大迫力な光景だ。
「……動かねぇな、って! 狙いはこっちかよ」
コブラの動きを見ていたカールが呟いた瞬間、ハンヴィーのミラーが耳障りな金属音と共に吹き飛ばされる。
「チッ! この距離で当てるとは意外に良い腕してやがる。それともリュウを殺った奴か? 少し下がれ! もうすぐ竜騎兵が接敵する!」
雪崩をうって接近する竜騎兵に目もくれずにハンヴィーに攻撃してきたことには少々驚いたものの、相手も防御力に優れた装甲車である。当然それも想定しており、竜騎兵に囲まれ動かざるを得なくなったコブラなら対物ライフルを警戒することなく対応できる。
そして、もう間もなく竜騎兵がコブラに到着しようとしていたその時、轟音と共に空からソレが飛来した。
「ば、馬鹿な!! なんで戦闘機があるんだ!!」
「なんだかなぁ~……ここまでくると笑えるというか、笑うしかないというか」
突然飛来した戦闘機の風圧で目前まで迫ってきていた竜騎兵達が薙ぎ払われているのを見て英太が苦笑する。
「(反則もいいところよねぇ。いったいどこまで用意周到なのやら)」
コブラの銃座にいる香澄も呆れたように返す。
ちなみに2人の会話は耳につけたBluetooth接続のインカムでの会話である。どちらもゴーグルが付属した防弾ヘルメットを装着しているがそれに取り付けられたものだ。
戦闘機のジェット音のせいでうるさいがこれのおかげで問題なく会話出来る。
地上から10メートルほどの超低空飛行で通過したジェット戦闘機の後にはひっくり返った騎竜やサルファの戦士が大勢地面に転がっており、慌てて再度態勢を立て直そうとしたところで、再び反転してきた戦闘機によって同じように吹き飛ばされていく。
コブラを圧し包むように包囲しようとしていた竜騎兵達は一瞬で大混乱に陥っていた。
もはや英太達を攻撃するどころではなく、それどころか何が起きたのかもわからずに逃げ惑っているという印象である。
余裕を崩さない伊織の態度に加えて牛丼の大盤振る舞いで英気を養いつつ翌日を迎えた異世界人&オルスト遠征軍だったが、伊織が“度肝を抜く秘密兵器”として出してきた物に、オルストの面々は文字通り度肝を抜かれ、英太と香澄も開いた口が塞がらなかった。
それもそのはず、伊織がいつものように異空間倉庫から牽引車で引っ張り出してきたのは全長14.12m、翼幅9.25m、ジェットエンジンの吸気口を胴体の両側に持つ戦闘機だったのだ。
普通の戦闘機は最低でも1000m級の滑走路が必要となるため、余程の条件が整っている地形でない限りこの異世界で使うことはできない。
だが現代地球では地形を問わずに運用できるジェット戦闘機が1機種だけ存在する。
イギリスのホーカー・シドレー社が開発し、一部の戦闘機オタクの心を捕らえて離さないホーカー・シドレー ハリアーの後を引き継ぎマクドネル・ダグラス社(現ボーイング社)が開発したAV-8BハリアーⅡである。
短距離及び垂直離陸と垂直着陸ができ、軽空母や強襲揚陸艦、小規模な飛行場やそもそも滑走路を構築できない地形の場所で近接航空支援と戦場航空阻止をこなすことができる唯一の攻撃機だ。
固定武装として25mm機関砲ポッドを装備し、対地ミサイルAGM65マーベリックを6機搭載している。
最大速度はマッハ0.89と多くの国で主力戦闘機となっているF-16と比べて半分以下と劣るし空戦能力もそれほど高いとはいえないが、離陸から戦闘可能速度に達するまでの時間や対地上攻撃では十分な速度、攻撃ヘリへの対応、精密爆撃など、特定の場面に対しての汎用性では他の追随を許さない。
劣るとはいえ速度も戦闘ヘリの3倍以上であり、事実上地上からの歩兵による攻撃で打ち落とすことは不可能だ。
イギリスでは既に運用は終了しており、後継機であるF-35BライトニングⅡも開発されているもののこちらは基本的にSTOL(短距離離陸)機であり、いまだにアメリカを始めとする数カ国で運用されているオンリーワン戦闘機なのである。
相手の武装が5.56mmの小銃とRPG-7であると察した伊織が打ち落とされない機体を持ち出したというわけであるが、もはやここまでくると相手が気の毒になる。
「とはいえ、こっちはこっちで借りは返さなきゃな」
「(当然よ! このまま済ますもんですか!)」
「……香澄がどんどん過激になっていく」
「(なにか言った?)」
「な、なんでもない!」
やはり異世界は青少年の教育によくないらしい。
英太はコブラを一気に加速させ、速くも離脱しようとしているハンヴィーを追う。
すると、ハリアーⅡからの攻撃を避けるために前日と同じくコブラに接近してきた。が、これは狙い通りだ。攻撃ヘリを躱すために使った手だからだ。
英太はハンヴィーが50メートルにまで接近したタイミングで急ブレーキを掛けて停止する。
そして銃座にいる香澄がハンヴィーに向けてバレットM82A1を向けた。
12.7x99mm NATO弾を用いる超大型ライフル、いわゆるアンチマテリアルライフル(対物ライフル)と呼ばれる代物である。戦車の重装甲を貫くことまではできないが、軽装甲車両や軍用トラックにとっては充分驚異的な威力を持っている。
装填されている弾薬はRaufoss Mk 211と呼ばれる多目的弾頭で徹甲弾と炸裂弾、焼夷弾の機能を併せ持ったHEIAPと呼ばれる弾薬の一種である。
デビットが指摘したように大口径ライフルは反動が大きく、動いている車両の上から狙い撃つのは難しい。だが、停まっていれば問題はないのだ。
当然停まればまたRPG-7で狙われる恐れはあるが、ハンヴィーではルーフから上体を出して撃つしかない。発射時に反動を抑えるための後方噴射(バックブラスト)があるために窓からの発射ができないからだ。だからルーフから相手の身体が見えた段階で対処すればいい。窓から撃つことのできる小銃ではコブラの脅威にはならないし、香澄が守られている防弾パネルも貫けない。
コブラが停止したことで英太達の意図に気がついたのだろう、ハンヴィーはその瞬間、離脱か、それともさらに肉薄するかの選択を迫られ、そして離脱を選ぶ。
コブラが急停止したため、ハンヴィーとの距離は既に100メートル以上離れている。肉薄する前に狙撃されれば避けられないと考えたのだろう。
不規則に蛇行しながら遠ざかるハンヴィー。
先日は翻弄されるままだったハンヴィーの動きも、こうやって距離を取れば充分にその挙動を捉えることができる。
ズダンッ!
ズダンッ!
重く、鋭い銃声がコブラの上で響いた。
「くそったれ!! カール! すぐに離脱しろ! まわりに構うな!!」
「お、おう! な、なんで戦闘機が?! 仮にあったとしても滑走路もないこの世界で使えるのかよ!」
慌ててハンヴィーを急発進させたカールが半ば怒鳴り声で愚痴る。
「一瞬だけしか見えなかったが、おそらくハリアーだろう。あれならVTOL(垂直離着陸)機だからどこでも運用できる。クソッ! アイツらは元の世界からヘリや装甲車を持ってきていたんじゃない、必要な武器や兵器を呼び寄せることができるんだ!! そんな奴相手にしていられん。撤退して王都にいる連中と合流するぞ」
普段冷静なデビットもさすがに感情的に吐き捨てる。
傭兵として自分達の技量には自信を持っている。だが、その前提として同程度の装備と人員での比較の場合において、だ。
もしかしたらこちらの知らない何らかの制約があるのかもしれないが、自在に現代地球の兵器類をこちらの世界に持ち込むことができるような人間を相手に戦いを仕掛けられるなどと己惚れるほどデビット達は愚かではない。ましてや相手の手の内が知れないのにこれ以上ここに留まっていては死ぬだけだ。
「チッ! コブラが追って来やがった! どうする?」
「走行中に対物ライフルは当てられんだろう。昨日と同じように接近しろ! そうすればハリアーが手を出せなくなる」
カールはデビットの指示と同時に急ハンドルを切りコブラに進路を向ける。
しかし、ある程度接近した途端コブラが急停止する。
そして銃座が真っ直ぐにハンヴィーに向けられるのを見たデビットが叫ぶ。
「しまった! 離脱しろ! 狙ってくるぞ!」
「く、クソッ!」
慌ててハンヴィーを反転させるカール。
速度を変えたり蛇行を繰り返す。が、
ドガン! ズドムッ!
ハンヴィーのフロント左側が被弾し、爆発音とともに火花が弾けた。
「! HEIAP?! 脱出しろ!」
叫びながらデビットがハンヴィーのドアを開けて飛び出すのとほぼ同時、今度は燃料タンクに被弾したハンヴィーが爆発を起こした。
通常の徹甲弾ならば燃料タンクに直撃してもディーゼル燃料はそうそう爆発などしない。だが炸裂弾と焼夷弾の特性も併せ持つRaufoss Mk 211弾頭の直撃を受ければ別だ。
飛び出したデビットは爆風で吹き飛ばされ地面を転がる。
「ぐっ!」
痛みを堪えながら身を伏せ、自分の身体を調べる。
幸い打撲と擦過傷以外に外傷はなさそうだ。
だが肩に掛けていたM4カービンも手に持っていたRPG-7も近くには見あたらない。どこかへ吹き飛ばされたのか車中に置いてきてしまったのかはわからないが、探している暇は無い。
「デビット! 大丈夫か!」
なんとかホルスターに入った拳銃だけは持っていることを確認して立ち上がったデビットに、シェーバの戦士が騎竜に跨ったまま駆け寄ってきた。
「……撤退だ。石の都まで撤退して本隊と合流する」
怒りを堪えて押し殺した声でそう言うと、シェーバの戦士も頷く。
「わかった。後ろに乗れ」
「デ、デビット、待ってくれ」
デビットが差し出された手を掴もうとした時、呻くように呼び止める声が掛かる。
「……カール」
デビットから僅か数メートル離れた地面を這うように歩いてくる人影を見て眉を顰める。
爆発から退避するのが僅かに遅かったのか、左半身に怪我を負い、さらに左足の膝から下を失ったカールが必死にデビットに向かって手を伸ばしている。
「お、俺も連れて、な?!」
ダンッ!
デビットは何も言わず拳銃でカールの額を撃ち抜く。
「お、おい、デビット」
「あの怪我では助からん。無理に連れて行けば俺達が危険に晒される。ただでさえ無事に脱出できる保証などないんだからな。
さぁ! 撤退するぞ!」
「……わかった」
シェーバの戦士は一瞬何か言いたげな顔をしたがそれ以上言葉を重ねることはなく、デビットを鞍の後ろに引き上げると、大声で撤退を叫びながら騎竜をグロスタ方面へ向けて走らせた。
幾度かの休息を挟みつつ騎竜を走らせること4日。
頑健で体力のある騎竜は馬であれば倍は掛かる距離を走り抜け、なんとかグローバニエ王国の王都グロスタに辿り着くことができた。
どうやらまだサルファ側は王都の制圧がそれほど進んでいない様子だったが、それでも城門と王城までの通りは戦士達で確保されている。
砦の攻略と確保のために遠征していた騎竜隊が薄汚れた状態で戻ってきたことには門を警護していたサルファの戦士が驚いていた。
とはいえ、帰着した竜騎兵の数はおよそ900騎。
ハリアーⅡからの攻撃がほとんど無かったことで大部分が途中で合流することができた。追いつきはしなかったものの後を追ってくる竜騎兵は他にもいるであろうことを考えれば損害は軽微だと言える。
ただしそれは騎竜兵に限ったことだ。
サルファの切り札となっていたデビット達に関しては3人のうち帰還できたのはデビット唯ひとり。しかも貴重なハンヴィーや積んでいたM4カービン4挺、RPG-7が2基、多数の弾薬、弾頭が失われている。
戦闘ヘリを墜とすことには成功しているものの実態としては惨敗である。
王城の門を抜けて中に入ると正面に軍用トラックが駐まっており、見張りをしていたリックがデビットを見つけて駆け寄ってくる。
「デビット! 随分早くに戻ってきたな。カールとリュウはどうした?」
「オルストにいる俺達と同郷の奴等に殺られた。ハンヴィーも破壊された」
「な?! ちょ、本当かよ!」
「全員集めろ。撤収するぞ」
デビットの言葉にリックは驚く。
いくら相手が自分達と同じ地球の人間とはいっても、機動装甲車であるハンヴィーと歴戦の傭兵がそう簡単にやられるなんてことは信じられなかった。
「戦闘ヘリだけじゃなかった。装甲車に対物ライフルまで持ってやがったんだよ! それだけじゃねぇ、ハリアーⅡもだ! この分じゃ他にも何を持ってるのかわかったもんじゃねぇ。自走砲や爆撃機でも出されたらどうにもならん。
とにかくグラムにも言ってすぐにサルファに撤退させる。アル達を集めろ。砦を放棄したからすぐにはこっちに侵攻してこないだろうが、一刻も早く逃げる必要がある」
「……わかった。すぐに呼び戻して俺達も向かう。先にグラムと話しててくれ」
会話はそこで途切れ、デビットはグラムがいるであろう王宮へ、リックはショーンにアルとマイケルを呼びに行かせる。
「デビット、何があった」
デビットが途中で会ったシェーバの男の案内でグラムのいる王宮の一室に入るなり、その表情を見たグラムが訊ねる。
「すぐに全員を撤収させろ。石の都からサルファに戻らないとまずい」
突然の言葉にグラムは眉を顰める。
だが感情を露わにしたのはその場に居たもうひとりの人物、オードルだった。
王都の制圧が遅々として進まない中、監禁している国王ピグモを見せしめに処刑しようと提案している最中にデビットが入ってきたのである。
「馬鹿な! ここまで来て王都を放棄するだと? 何を言ってるんだ!」
がなり立てるオードルにデビットは絶対零度の視線を向ける。
そしてそれだけではなく、ホルスターから拳銃を抜きオードルの頭に突きつけた。
「何を言ってるだと? テメェ、逃げ出した異世界人が異世界から武器や兵器を呼び出すことができるのを黙っていやがったな? そのせいでリュウとカールが死んだ。おまけにハンヴィーまで壊されたんだ。その落とし前をつけてもらおうか」
その言葉を聞いてオードルの顔色が変わる。
それでデビットはオードルがそのことを把握していたことを確信した。
「どういうことだ!」
話についていけないグラムが聞く。
「コイツはこの国が呼びだした異世界人の一番重要なことを隠してたんだよ。奴等は俺達のように武器と一緒にこの世界に来たんじゃない、こっちに来てから武器を呼びだしたんだ。実際にありえねぇモン出してきやがった。あんなの相手にしたらどれだけ兵が強かろうがどれだけ数がいようが関係ねぇ。
だが、その前にコイツだけは始末しねぇとなぁ。どんな思惑があったのか知らねぇが……ぐっ、ぐぁぁぁ! て、テメェ、なにしや……」
オードルを睨み付けながら引き金に力を込めた瞬間、デビットの胸に激痛が走る。
明らかに異常な痛みであり、自然なものではないと直感的に悟る。
事実、銃を突きつけられていたオードルは手にしていた杖をデビットに向け、小声で何かを呟いている。
「……どうやら上手くいったようだな。前回のような失敗をしたくなかったので魔法陣に呪を組み込んでおいた。貴様等は私に逆らうことは出来ないぞ。離れていたとしても私の呪文ひとつでいつでも……」
ゴトッ、ドサッ!
オードルの得意気に歪んだ口から出ていた言葉が途中で途切れ、その身体から首が落ちる。一瞬の後に身体のほうも鈍い音をたてて崩れ落ちた。
「ふん! クズが! デビット、無事か?」
「あ、ああ、グラム、助かった」
いつの間に抜き放ったのか、蛮刀に付いた血を振り落としながらグラムがデビットに声を掛ける。
デビットに注意を向けていたオードルの首をグラムが斬りつけたのだ。
突然消えた痛みに戸惑いながらも呼吸を整えてデビットが立ち上がる。
「所詮は胡散臭い魔術師だったということか。まぁ最初から信用などしてはいなかったがな」
「デビット!」
血の海に沈んだオードルを冷たく見下ろしながらグラムが呟いた直後、リックとアルバート、マイケル、ショーンの4人が部屋に飛び込んでくる。
「いきなり胸に激痛が走ったから何があったかと思ったが……どうなってんだ? こりゃ」
「後で説明する。それより撤退の準備だ。グラム、いやサルファの王グラム。いいな?」
部屋の状況を見て戸惑うリックに一言言うと、デビットはグラムに向き直る。
「ふん、王としての判断をしろと? いいだろう、貴様がそこまで言うのならそれが必要なんだろう。おい、サルファの戦士を全員呼び戻せ! 収穫は不満だったが別に失敗だったわけじゃねぇ。持てるだけの財宝を持ってサルファに帰るぞ!」
王という呼称が気に入ったのだろう、思っていたよりもあっさりとグラムは撤退に同意した。
「こっちも準備を整えろ。終わり次第すぐにここを発つ。とにかく一刻も早くこの国を離れるんだ」
今ひとつ要領を得ないまでも自分達の信頼する指揮官であるデビットの判断だ。リック達は顔を見合わせて頷いた。
「はぁ、りょーかい指揮官殿。後で詳しい話聞かせてくれよ? 元々弾薬や資材はトラックに積んだままだから、こっちの準備はいつでも大丈夫だ」
「まぁそう言わずにゆっくりしていったらどうだ? どうせどこにも行けやしないんだから、な」
キンッ、シュボ。
不意に部屋の入口からデビット達に声が掛けられた。驚いて声のほうに視線が集まる。
そこにいたのは、デビットがバケモノと呼んだ人物、伊織がタバコをくわえて立っていたのだった。
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