第33話 攻防の裏事情
シェーバ族の戦士バリゼとの戦いの後、デビット達の天幕がシェーバ族の集落の外れに用意された。
形としてはモンゴルの遊牧民が暮らす“ゲル”に近いが大きさはそれほど大きくなく、精々5~6人用のテント程度のものだ。ただ高さはそれなりにあるので狭苦しく感じることはない。
同じ大きさのもの3つがデビット達に割り振られる。無用なトラブルを防止する意味か他の天幕とは少し離れた位置だった。
3つの天幕で囲むようにハンヴィーとトラックを停め、入口を開け放って車両を見張りながら傭兵達は集まっていた。
『しっかし、いまだに信じられねぇな。まるでカールの好きなジャパンのマンガみたいな話だぜ』
『だがこれでは俺達の受けた任務を果たすことはできないな。しかも武器弾薬も一緒に消えたとなれば、戻ることができたとしても指名手配されているだろう』
『しゃあねぇだろ。そもそも戻ることなんてできるのか? 中央アジアの少数民族みたいな暮らしってのは好みじゃないんだけどな』
『俺は異世界の女ってのには興味あるけどな。中東じゃドバイにでも行かなきゃそうそう女も抱けないしよぉ』
傭兵達は天幕に車座になると、口々に心情を吐露する。
といっても、日常的に命のやり取りをする仕事を自分の意思で選んだ傭兵だ。基本的にその気質は享楽的であり刺激を求めている。泣き言を口にする者は誰もいなかった。
こちらの世界に来ることになった傭兵は7人。
指揮官であるデビット・パッカー、その副官的な役割のリチャード・アーロン(リックは愛称)、それからアルバート・ウィリー、リュウ・フェンリウ、マイケル・カリー、カール・リッツ、ショーン・アルマーニ。全員が30代半ばから後半の軍隊経験者で占められている。
民間警備会社に所属するようになった経緯はそれぞれだが、既に2年近くチームとして活動しているので互いの性格などは把握している。
傭兵などといっても戦場から戦場へ渡り歩いているわけではない。
軍人が捕虜となった場合に規定されているジュネーブ条約の対象とならない傭兵は、現代では身分保障がなされる特定の国家に雇用されて顧問・教官という間接的な立場で戦闘に参加するか、彼等のように政府や大企業の依頼で特定の場所を警備したり、政情不安定な地域での輸送を担う任務がほとんどだ。
『原因はともかく、実際に異世界とやらに来て、すぐに帰ることもできない状況では居場所を確保する事が重要だ。この世界の情勢や周辺国家との関係、地理や生活環境を把握するまではあの連中の仲間になるしかないだろうな』
デビットが考えを示すと、他のメンバーも頷いた。
この部隊の中で最年長であり、経験も豊富なデビットは信頼できる指揮官でもある。
好戦的な側面はあるが、危機察知能力が高くこれまでに幾度も彼の的確な指揮で危機を脱しているのだ。
『アンタがそう言うなら異論はねぇよ。んで、具体的にはどう動くんだ?』
『明日からでもこのサルファという国を統一するために周辺の部族を攻めるらしい。俺達は部隊を二つに分けて、一方はハンヴィーで先陣をきり、もう一方はトラックで武器弾薬を守りながら後方支援をする。
最初は俺がハンヴィーの指揮を、リックはトラックを頼む……誰だ!』
不意にデビットが言葉を止めて周囲に気配を探り、誰何の声をあげる。
その様子に遅れることなく傭兵達は傍らに置いてあったM4カービンを手にして身を屈めた。
「族長グラムから使いだ!」
『……』
言葉は分からずとも口調から何をいわれたのか察したのだろう、近づいてきていた気配のほうから男の声が響いた。
どうするのかと視線を集めていたデビットが頷き、屈んでいたメンバー達は立ち上がって入口を挟むように場所を空ける。
「話を聞こう!」
デビットの声が届き、数名の人間が天幕の前に来る。
デビットが戦ったバリゼと同じような格好をした若い男が2人と20代と見られる女が2人、10代後半と10代前半の女だ。
デビットとそれに続いて全員が天幕を出る。
すると若い男の片方が一歩前に出て言った。
「族長が認めた正当な決闘の結果、バリゼに勝利した貴様はバリゼの財産を得ることになった。この女達はバリゼの妻達であり、これも貴様の所有物となる。好きにするがいい。
詳しい話は明日の日の出から一刻後、迎えをやるから族長から話があるだろう」
その言葉にデビットは片眉を上げる。
「その女達が俺の所有物? 好きにしていいとはどういう意味だ?」
「言葉の通りだ。どのように扱っても構わない。生かすも殺すも自由にするがいい。ただ、この女達も我等の一族だ。戯れに殺すのは謹んでもらいたいがな」
そう言い捨てて男達は踵を返し、自分達の天幕のほうに戻っていった。
残されたのは女達4人とデビット達だ。
女達は不安そうに身を寄せ合い、互いの腕を掴んでいる。
服装は簡素な胸当てと腰巻き、手首と足首に金銀と赤や青の石でできた飾りを身につけている。
『くっ、くくくく、こいつは面白ぇ。どうやらここは大昔の騎馬民族みたいな風習があるみてぇだな』
デビットはそう独りごちると女の1人に目を留める。
4人の中で一番背が高く豊かな胸を持つ24、5の年頃の女だ。
他の者もそうだが、浅黒く日に焼けた肌で彫りが深く、デビット達から見てもなかなか見目が整った顔立ちをしている。
視線を向けられた女がビクッと怯えたように肩を震わせる。
デビットはそんな女の腕を掴み、強引に引き寄せた。
「きゃっ!」
力尽くで抱き寄せられた女が短い悲鳴を上げ、震えながら身を固くするのに構わず、デビットは他のメンバーに顔を向ける。
「こいつは俺がもらう。あとの女達はオマエらの好きにしろ。ただし、2人ずつ見張りは立てておけよ」
デビットが敢えてこの地の言葉でそう告げると、強張った顔を伏せる女達と喜色に沸く傭兵達。
『さっすがリーダーだぜ。できればひとりをじっくりと味わいたいが、まぁしゃーねぇ。2人に1人ずつでいいよな?』
『いいぜ? 順番はくじで決めるか。あとは組み合わせだが』
『俺はそっちの小さい女が良いな』
『アル、テメェ、ロリコンかよ。俺はそっちの髪の長い女が良い』
凶暴な雄の姿を晒す仲間にニヤリと笑みを浮かべながら、デビットは女を引きずるように天幕の一つに姿を消した。
やがて組み合わせと順番を決めたメンバー達も、絶望と悲しみで涙を流す女達を抱えて残りの天幕へ入っていく。
見張りで残された2人は不満そうにしながらも、それでも時間が来れば自分達も同じようにできるのだからと大人しく小銃を肩に提げながら見張りつつ割り当てられた女の足や胸の感触を楽しんだ。
やがて天幕から聞こえ始めた女達の悲鳴や嗚咽混じりの嬌声は、長く夜の闇に響き続けることになった。
「あれがグローバニエとかいう国の王都か」
「魔術師の話だとそうなるな。まぁ俺達にゃそんなことはどうだって良い。重要なのはあそこには山ほどの財宝や食料、女がいるってことだけだ」
デビット達傭兵グループを加えたシェーバ族は、それからサルファのいくつもの部族を攻めてまたたく間に支配下に置いていった。
基本的な戦術は、まず傭兵達がハンヴィーで各部族の集落を急襲する。
サルファの部族はどこも互いに争うことが多く集落といえど充分に警戒しているのだが、小銃の銃撃すら防ぐ装甲に覆われたハンヴィーには何の意味もない。
迎撃の矢程度は掠り傷程度しかつけることはできないし、ラプトルのような竜に乗った騎兵も銃弾によって面白いように倒れていく。
できるだけ女や家畜には被害を及ぼさないように集落を守る騎兵を蹴散らし、混乱した頃を見計らって、グラム率いるシェーバ族の戦士が竜を駆って制圧していった。
時には主力が出払っていた間に制圧した集落を、戻ってきたその部族の戦士が奪還すべく襲ってくることもあったが、デビット達はシェーバ族の戦士と協力して返り討ちにしていった。
6割程度の部族を支配下に置いたところで、残りの部族達もグラムに臣従するようになっていった。
元々強者には従うという風習が強く根付いている地である。
負けた側は意外にも大人しく従うようになったのだ。
そしてデビット達がこの世界に喚ばれて僅か3月ほどでサルファの全部族がシェーバ族の配下となった。
永く続いたこの厳しい土地の部族間闘争に終止符が打たれ、初めての統一国家が生まれたのである。
とはいえ、そもそも国という概念自体が存在しないサルファの民だ。互いの部族同士で争うことが禁じられた以外は特に生活が変わるわけではない。
シェーバ族やグラムに定期的に貢ぎ物を捧げることと、その命令には絶対に服従するという誓約をすること、各部族長の娘をグラムの妻に差し出し、跡取りの男子をシェーバの集落に住まわせることを決めただけで、他はこれまで通り部族ごとに集落を作っての生活が続く。
ただ、これまでは食料が不足すれば他の部族から奪ってきたのだ。部族間で争えなくなれば別の場所から奪ってこなければならない。
そこでグラムは各部族から戦士達を選りすぐり略奪のための遠征軍と呼べる部隊を組織した。この編制にはデビットの助言が随所に盛り込まれている。
そしてこの王都までにいくつかの街と砦を墜としてきたのだった。
サルファの統一に大きな力となったデビット率いる傭兵部隊はその戦いで力を存分に見せつけることでシェーバ族においても信頼を勝ち取ることに成功していた。
強さが正義という価値観の中では無類の強さを発揮している彼等は銃器の威力を別としても充分に評価される対象だということなのだろう。
普通なら現代地球の者が中・近世然とした世界に来ればその不便さに閉口しそうなものだが、元々途上国での過酷な任務に堪えられるように訓練をしていたデビット達にとっては、電化製品が無いことくらいはそれほど苦痛ではないらしく、その上戦いの実績によって十分な食料や酒、それに戦利品たる女達が得られることで今では喜々として先陣を切っているほどだ。
元々好戦的な気質であり、地球では批判され罪に問われる略奪もこの地では勝者の当然の権利と見なされている。気持ちの赴くままに虐殺し、女を陵辱しても批判されることすらないのだ。
今では複数の女を妻という名の奴隷として囲み、すっかり染まってしまっている。
もはや彼等の中に『元の世界に帰る』という気持ちはすっかり無くなってしまっていた。いや、帰ったところで元の生活に戻ることなどできそうにない。
そんな傭兵達とは逆に、喚びだした魔術師達はといえば、日々不満を溜め込んでいた。
異世界からの召喚を成功させ、喚ばれた男達が大きな戦果を挙げているにもかかわらず、グラムからはほとんど評価されていないからだ。
サルファの者達の価値観では、評価される基準は強さとどれほど部族に役に立っているかである。
傭兵達をこの世界に喚んだのは理解していても、その魔法がどれほど難しいものであることなど理解できないし、喚んだ以降はこれといって成果を挙げていないからだ。
もちろん魔術師達も何もしていないというわけではない。
戦いの前には戦士達に補助魔法を掛けて回っていたし、陣地や集落には防御のための魔法を惜しむことなく施した。
だが実際にはデビット達の活躍で戦いは常に圧勝であり、襲撃されて防御魔法が発動する事態にも遭遇することがなかった。効果を示すことができていないのに評価などされるわけがない。
さらに、どうせなら魔法を覚えたいと望んだアルバートやカールに対して教えることを拒否したのも『身勝手』『協力的でない』と捉えられてしまったのだ。
それだけにこの度のグローバニエ王国の王都グロスタへの遠征には期するものがあった。
国民性の違いから魔術師が評価されないのであれば、やはりグローバニエに返り咲き成り上がるしかない。
サルファを統一したグラムに“国を支配する”という意識は低い。
彼等にとってグローバニエ王国は好き勝手に略奪することのできる狩り場でしかなく、民衆を支配するつもりなどさらさら無いのだ。
であるなら王都攻略の立ち回り如何によっては王都の支配権を確立することも不可能ではないと考えていた。
オードルにとってグローバニエで成り上がるのは長年の悲願であり、ジギに逃れた主目的でもあった。
現状は必ずしも望ましいものとはいえないが、大筋では目的を果たしつつある。
「城門を破壊すれば王城までは大通りで真っ直ぐ進めば辿り着きます。まず王城を制圧すれば抵抗はほとんど無くなるでしょう。今後もグローバニエで食料や財宝を得るならば民衆にはあまり手を出さないようにしたほうが良いでしょう」
「ふん、しつこいぞ。何度も言われずともわかっている。だが、得られるものが満足できればの話だ。おいデビット、あの城門は破れるんだろうな?」
面倒そうにオードルに返すグラムは、オードルが提供した王都と王城の見取り図を見ているデビットに向き直った。
「あの程度なら問題ない。それよりも先に、他の門から逃げられないように竜騎兵を配置したほうが良いだろう。4個所の門の前に200騎ずつ配置して、主力はハンヴィーの後から突入。後続部隊は抜けた門を確保しつつ罠に備えて待機する」
その方針はグラムが頷いたことで了承された。
「ジギの蛮族共の様子はどうだ?」
「はっ! 大門の前に本隊が、他の門にも竜騎兵が移動しつつあります」
「そうか。使用人達と文官の避難はどうだ?」
「ほぼ完了しました。一時金を渡して王都の下町に身を潜めることになっております。騎士団も鎧を外し街に分散して民衆の保護に回っておりますが、200名ほどが陛下と最後まで共に在りたいと王宮に残っております」
「……この期に及んで王家に忠義を尽くすか。貴族達はほとんど逃げ出したというのに、こうなって初めて人の価値というものが分かったような気がするぞ」
人気のほとんど無いグローバニエ王国の王宮、その中心である謁見の間の玉座に1人の男が座っている。
その前で片膝を着いて報告しているのはこれまた若い騎士姿の男だ。
玉座の男は頬がゲッソリと痩け、手も筋張っているものの目だけは力を失っていない。
ただ、異彩を放っているのはその痩せた身体とたるんだ皮膚などではなく、その首に掛けられた罪人のような首輪だった。
「王太子であった私はセイラが王位を簒奪しようとした時に死んだ。そして父上に王位を譲られたときにようやくこの国の現状を理解したのだ。
一度死んだ身と思いなんとか立て直そうとしたが、やはり無理であったな。
虐げてきた民衆はついに王家と貴族に牙を剥き、不満を溜め込んでいた下級兵士や下級役人にも背かれた。全ては我等の愚かさの招いたことだ。
国が乱れればジギの蛮族がそれを見逃すはずもない。とはいえ、さすがにあれほどの大軍で王都まで攻め入ってくるとは思わなかったが……
それでもなお私に仕えてくれる者がいたのは僥倖であったが、そのような者を私の愚かさの結末に巻き込むのは慚愧に堪えんな」
目を瞑ってそう呟く男は、かつてその傲慢さで忌み嫌われていた王太子ピグモだ。
豚と見まごうほどにでっぷりと太った身体はやせ細り、急激に肉が落ちたために皮が弛んで一層みすぼらしくなっている。
だが、その目つきは穏やかに澄みその容貌も相まって別人としか思えない。
「即位してからの陛下は人が変わったように真摯に政務に励んでおられました。今だから申し上げますが、あの時、城にいる者達のほとんどは王家と高位貴族を見限り、いつでも逃げられるように準備していた者も多かったと聞いております。
ですが、陛下は即位されるなり綱紀粛正をおこない、悪弊を撤廃し、民衆と向き合おうとなさいました。
そのお姿を見て再びグローバニエに希望を見いだした者も多かったのでしょう」
「……私はあの時まで、自分が何をしても許される至高の存在だと思っていたのだ。誰よりも高貴であり、誰もが私に従うのが当然であると。
だが、あの時、妹であったセイラに、所詮は命令がなければ何もできないと蔑んでいた騎士に、背かれ剣を突きつけられた。見ていた者からすればさぞ無様であったろうな。
そしてその時に最高の存在となったはずのセイラは、異世界から喚びだした無力なはずのたったひとりの男にまともな抵抗することすらできずに精鋭の騎士団ごと蹂躙された。
情けなく気を失っていた私が目を覚ましてそのことを聞き、この首輪が嵌っていることを感じたときに悟ったのだ。『私は至高の存在などではなく、立場に守られていただけの愚物である』と。
だがだからといってどうすれば良いのかなど考える頭すらなかったが、悩む間もなく父上が王座を放り出し、私が王位に就くしかなかった。
愚物であると知った以上、自分の考えに固執すれば同じことが繰り返されると思い、これまでとは逆のことをしようと思った。
ただそれだけだ。
とはいえ、それは遅すぎたようだ。
グローバニエ王国最後の王として、最後の命令をする。
ジギの蛮族が大門を破って王宮まで来たなら抵抗することなく城門を開けよ。そして全ての財宝を好きに持っていかせるがいい。
戦える者は逃げよ。その力は民衆を守るために使って欲しい。
そして、いつの日か相応しい者が現れたときにこの国を再興させてくれ」
……誰だオマエ。
どうやら色々とショッキングな出来事があったせいで人格が異世界の人と入れ替わってしまったらしい。完全な別人である。
跪いた騎士は感動のあまり涙を流して肩を震わせている。
英太と香澄がこれを目にしたら間違いなく映画のロケか何かだと思っただろう。それぐらい違和感がある光景だ。読者だって納得しないに違いない。
ガシャガシャガシャガシャ!
そんな雰囲気を打ち破るように慌ただしく駆けてくる具足の音が響く。
「ほ、報告します! 大門が破られ得体の知れない荷車とジギの竜騎兵が王城に向かってきております!!」
それを言葉を聞くや、国王ピグモはスックと立ち上がった。
「来たか。そなた達はすぐに立ち去れ! この国を頼むぞ!!」
騎士達は直立して敬礼をすると、躊躇いがちに踵を返した。
それからさほど時を経る間もなく謁見の間にグラムとデビットが現れ、ピグモは抵抗することなく捕らえられた。
それから数日、王宮を占拠したサルファの戦士達だったが、王宮に残されていた財宝や食料に歓喜したのもつかの間、王都の制圧には意外な苦戦を強いられていた。
オルストの王都オルゲミアには及ばないものの、ここグロスタも古い歴史のある街だ。王城を中心とした中央部周辺は貴族の邸宅も多く通りも広い。計画的な区画整理がなされているのだが、それ以外の区画は道も狭く住宅も密集している。
長い歴史の中で複雑に拡張していったために土地勘がなければ容易に廻ることができないのだ。
サルファの戦士達にとって、財宝を手に入れたのが喜びであるのは確かだったが、それ以上の楽しみだった女が王宮のどこにも居なかった。間違いなく彼等が攻めて来たことを知って逃がしたのだろう。
当然他の女を手に入れるために王宮から街に出たサルファの戦士達だったが、そこで手痛い洗礼を受けることになった。
街へ出ても若い女などひとりとして出歩いてはおらず、焦れた者が民家に押し入るも家捜しする前にどこからともなく数人の男達が現れ攻撃をくわえてきたのだ。
攻撃自体は素人のものだったが死角から不意に繰り出されたために躱すのが精一杯で反撃することはできなかった。
そして躱されたと知るやすぐさま逃げ出した男達を追った戦士だったが路地に誘い込まれ、そこで明らかに兵として鍛錬したらしき男達によって袋だたきに遭ってしまったのだ。
這々の体で逃げることに成功したものの手酷い傷を負い、戦うどころではなくなった。そしてそれは王都内のいたるところで同じように起こったのだった。
それを聞いたデビットはすぐにグラムに戦士達を街に出させないように進言した。
「ゲリラ戦じゃ勝ち目はねぇ。あっさり城を明け渡したのはこれが狙いだったんだろう。殺さなかったのも意図的なものだ。怪我人を抱えればそれだけ余計な人手が掛かって負担が増えるからな。財宝だけで妥協して撤退するべきだ」
デビットはそう結論を出したが、これに反対したのはオードルだ。ここで撤退したのでは目的を果たすことができないのだから当然だった。
そしてグラムもまたわざわざ石の都まで大勢の戦士を率いてきた以上、簡単に撤退しては配下に置いた各部族からの求心力を失いかねない。これまでに文句を言わせないだけの力は見せてきたものの肥大した自尊心が汚点を残すことを躊躇わせたのだ。
結局、デビットは多少時間が掛かるのを承知で王都を制圧するための作戦を立案することになった。
そんな中、グローバニエの南に国境を接するオルストが王国南部の街3個所を占領したという情報を入手する。
さらにその数日後、北侵のための拠点となりうる砦2個所もオルストに墜ちたことを知ったグラムは、デビットに竜騎兵1000を率いて砦を陥落させるように命じたのだ。
サルファと同じく、グローバニエの混乱に乗したオルストがその勢いのままこの王都まで来られると厄介だからだ。
特にオードルの話ではデビット達と同様にグローバニエが召喚した異世界人がオルストに逃げた可能性があり、得体の知れない空を飛ぶ怪物とデビット達が持つものと同じような武器を所持しているという。
これまでの幾度かの戦いで異世界の武器が考えられないほど強力であることは目の当たりにしている。
万が一にもオルストの軍にその異世界人が加わっていれば勝ち筋が見えなくなる。そうなる前にデビットによって排除してもらう必要があるという判断だった。
それだけ傭兵部隊への信頼が篤くなっているといえる。
そうしてデビットはリュウとカールを連れてハンヴィーにある程度の弾薬と予備の小銃を積み込み砦を攻め、あっさりと陥落させた。
ただ、オルストの指揮官が相当優秀だったらしく大した損害を与えることはできなかった。
それ故に態勢を立て直して奪還に動くだろうと考えて警戒していたのだ。
そして砦の奪取から10日後、ついにオルストと思われる軍勢が迫ってくるのが確認された。
「おいおい、トンデモねぇのが先頭にいるぜ」
砦の監視塔で双眼鏡を覗いていたカールが声をあげる。
「どうした?」
「装甲車がいる」
「ちっ! 魔術師が言ってた他の異世界人か! 戦闘ヘリだけじゃなかったのかよ」
「双眼鏡貸せ。……コブラか。トルコ陸軍が採用している軽装輪装甲車だ。竜騎兵じゃ手に負えん。俺達も出るぞ」
監視塔から牽制の銃撃をするも、なおも挑発するように接近するコブラにデビットはハンヴィーで迎撃することを選択した。
そこから先はコブラの操縦をする異世界人の経験が浅いことを察したデビットが運転するカールに指示して散々翻弄し、援護に来たであろう戦闘ヘリも、対地砲撃の名手であるリュウのRPG-7によって撃墜することに成功した。
「ヒャッホー!! やってやったぜ!」
「油断するな! 来るぞ!」
縁起でもない声をあげるリュウをデビットが嗜めた直後、凄まじい衝撃と共にハンヴィーの後部にコブラのフロントが激突する。
「なんてことしやがる! カール!」
「大丈夫だ! この程度じゃこいつは壊れねぇよ!」
再び距離を取るカール。
だが、上空からの援護が無いなら無理に接近する必要は無い。
とはいえ追加装甲を施されたコブラに5.56mmの小銃では効果がない。それに横に開けられた銃眼から銃撃もあり決め手に欠けていた。
「カール! セブン(RPG-7)で狙う! 跳ね(上下運動)だけ気をつけてくれ!」
リュウがそう言って新しく弾頭を取り付けたRPG-7を手にルーフから上体を出す。
「同郷の奴を殺すのは忍びないが、怨む……」
リュウの言葉が途中で途切れる。そして、
ドサッ。
「リュウ、どうし、リュウ! クソっ、リュウが殺られた! 離脱しろ!」
「お、おう!」
頭部を吹っ飛ばされたリュウが車内に崩れ落ちたのを見たデビットは即座に撤退を決める。
カールがハンヴィーを反転させ離脱を図るが、その瞬間、後部座席側の防弾ガラスに直径5センチほどの穴が開く。しかも車を貫通する形で両側共にだ。
「っ!! フィフティ(.50BMG弾)だ! 狙いを付けさせるな!」
50口径のライフル弾が相手ではハンヴィーの軽装甲で防ぐことはできない。
デビットが叫びつつ、発射地点を探す。
すると、500メートルほど離れた位置、攻撃ヘリが墜落した場所の近くにそれを見つけた。
オートバイに跨った男性らしき人影、それがライフルのようなものをデビット達に向けて構えている。
(アンチマテリアルライフルをバイクに跨ったまま撃つだと? バケモノか!)
再びの狙撃を避けるために小刻みな蛇行を繰り返すハンヴィーの車内で唇を噛みしめながら人影を睨み付けていた。
攻略目標である砦から南に5キロほど離れた場所に急遽作られた野営地。
オルストの遠征軍4000名が集まったそこは賑やかな喧噪に包まれていた。
立ち上るいくつもの炊煙と同じだけの大鍋に騎士や歩兵が集まっている。
「おい、こっちにもひとつくれ!」
「は、はい! 順番にお渡ししますから並んでください!」
「すまん、もう一杯もらいたいんだが」
「まだ食べていない人が優先です! まだまだ沢山ありますからもう少し待っててください!」
何の騒ぎかといえば、食事の配給である。
「イオリ殿、食事の提供に感謝する。兵達も珍しい異世界の料理を楽しんでいるようだ。しかも私も食べたが美味い。グリストにいる総長が話を聞いたらさぞ羨ましがられるだろうな」
「俺達の国には“腹が減っては戦はできない”って言葉があるからな。美味いもん腹一杯食ってしっかり休めば体力も気力も回復する。明日には砦の奪回もできるだろうから忙しくなる前に好きなだけ食ってくれ」
奪還作戦の指揮を任されている北部騎士団の副官、コレス・ビーンが戦場に程近い野営地とは思えないほど楽しげな兵士達を見ながら伊織に礼を言うと、伊織は気にするなとばかりに軽く返した。
その言葉で分かるとおり、今回の食事は伊織が提供したものだ。
当初は通常通り野営用に用意している固く焼き占められている味の乏しいビスケットのような携行食糧で済ませる予定だった。
伊織達にも同じものが配られたのだが、それを見た伊織が『こんなんで力が出るか』と異空間倉庫から大量の食材を運び出し、20人ほどの兵士を借りて急遽作ることになったのだ。
メニューは早い・安い・美味いを体現する日本が誇るファストフード、牛丼である。
いくつもの大鍋でご飯を炊きつつ、同じく大鍋で牛肉とタマネギを醤油、砂糖、みりん、酒で味を調えつつ煮込む。
分量さえ間違えなければ誰にでもそれなりに美味しく手軽に作ることができ、主食と主菜ひとつの器で提供できる便利な料理だ。
4000人分となればそれなりに大仕事ではあるが、最初は見慣れない食べ物に躊躇いがちだった兵士が数人口にした途端、その味に驚嘆し勢いよく掻きこむ姿を晒すとすぐにこのような騒ぎとなったのだった。
普通なら進軍中の食事は簡素で量も少ない。運ぶことのできる物資の量には限りがあるのだからそれはやむを得ないことだ。
そこに戦の前祝いとばかりに温かく美味い食事が腹一杯食べられるとなれば兵士・騎士の区別無く熱狂するのも当然かもしれない。
今回伊織は人員のほとんどが戦闘員、つまり肉体労働の若い男であることを考えて、ひとり当たり並盛り2杯分を目安に用意した。食材は米・肉共に1トンを超える。
指揮官であるコレスがわざわざ礼を言いに来るのも当然だろう。
配給の様子を一通り見回っていた伊織に、兵士達からも次々に感謝の言葉が投げかけられている。
「おう、ここにいたか。飯はもう食ったか?」
「あ、伊織さん、大丈夫。おかわりも食ったから」
「……どうも」
野営地の外れでコブラの脇に腰を下ろしていた英太と香澄に伊織が声を掛けると、英太は朗らかに、香澄は不機嫌そうな顔で返事をした。
「……香澄ちゃん、どったの?」
「あ、その、俺達ジギ側の異世界人に散々煽られて良いとこ無かったじゃないっすか。俺は装甲車傷つけただけだし、香澄もほとんど何もできなかったから」
「ふぅん? とりあえず今日は相手の戦力見るための様子見だって言っておいただろ? 気にする必要はないんだけどなぁ。……英太は平気そうだな」
「これまでに伊織さんに散々凹まされてきましたから耐性できてます。次で絶対リベンジするつもりだし。ただ、香澄ってああ見えて結構負けず嫌いなんすよ」
「そんなんじゃないわよ! ……だって私のせいで伊織さんの戦闘ヘリも壊れちゃったし、もう少しで私達も危なかったじゃない。結局伊織さんに助けられたし……」
どうやら役に立てなかったと落ち込む気持ちと腹立たしさが混在したやり場のない感情を持て余しているらしい。
そんな香澄の頭にポンッと掌を置いて些か乱暴に伊織は撫でる。
「ああ、さすがにアレは焦ったな。装甲の厚い側面なら一発くらいなら耐えられたかもしれないが確実じゃないからな。ただまぁ、それ以外は想定内だぞ。おかげで連中の武装もほぼ把握できたしな。
基本武装は5.56mmの小銃、あとはRPG-7(携帯対戦車擲弾発射器)だ。携帯型の地対空ミサイルじゃないのを確認できたのは大きい。スティンガーとか持ってたら面倒だったからな。
最初にも言ったが今回は威力偵察の目的だったから気にすんな」
「もう! 分かりましたよ!」
髪の毛をわしゃわしゃされ、香澄は嫌そうに伊織の手から逃れると、いつになく子供っぽく頬を膨らませてそっぽを向いた。
「……でも墜落してよく無事だったっすね。それに戦闘ヘリ、もう使えないですよね?」
香澄の機嫌が回復した分、英太の機嫌は急降下のようだ。
香澄が伊織に甘えているように見えるのが面白くないらしい。
「戦闘ヘリってのは戦闘機と違って墜落しても脱出できないからな。墜落時に搭乗員を守るためにコックピットは頑丈にできてるんだよ。
あと、携行ミサイルも想定してたからな。価格の高いアパッチを使うのはやめて、トルコのT129ATAKのそれも試作機の中古品だったんだよ。とはいえ、自動車数十台分の損害だからなキッチリ取りたてさせてもらうさ。
んで、英太達にも働いてもらうからな。自分達の手で借りは返しな」
そう言って伊織はニヤリと笑う。
「でもヘリは使えないのよね? 大丈夫なの?」
「ああ、秘密兵器があるからな。さすがに相手も度肝を抜くと思うぞ」
「……出す物全部度肝抜いてくる秘密兵器ばっかりじゃん」
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