第32話 喚ばれた者達

 時は遡って、伊織達がまだ森の中の野営地で骨休めと訓練を行っていた頃。

 

 パチパチパチ……

 火の中で枯れ木が爆ぜる音が鳴る。

 ごくごく小さな音だが虫の音すら聞こえない荒野では妙に耳に入ってくる。

「あの、パレニム様、本当に大丈夫でしょうか」

 火を囲んでいるのは4人の男達。

 そのすぐ向こう側には中型の幌付き荷車と、装具を外され地面にしゃがみ込んでのんびりとした風情のドゥルゥが2頭いる。

 携帯食料を火で炙りながら口に運んでいた男達のひとりが沈黙に耐えられなくなったのか、そう切り出した。

 

「前にも言ったが保証などあるわけがないだろう。だが我々が生き残るにはジギで有力な氏族に取り入るしか方法がないのだ。

 ジギの蛮族は力のある者は血族でなくとも引き立てられると聞く。

 蛮族共の持つ力とは違うが、我々はグローバニエでも指折りの魔術師だ。対応さえ間違えなければ必ず認められるだろう」

 パレニムと呼ばれた男が不機嫌そうな顰め面のまま自分に言いきかせるように強く言いきる。

 言葉の内容そのものは決して安心できるようなものではなかったが、そのギラギラとした強い目と口調に、問いかけた男も小さく頷いた。

 

 それは納得したというよりは男に対する信頼が大きいのだろう。

 名前と話していた内容で察せられるように、男達はグローバニエを脱出した宮廷魔術師のグループだ。

 伊織が取り付けた羈束の首輪に仕込んだトラップによってセイラ王女が爆死した後、宮廷魔術師次席であったオードル・パレニムは部下であり実質的な弟子であった数人を連れてグローバニエ王国から逃走した。

 異世界から古代魔法を用いて人間を召喚することの中心人物だった彼等は、その異世界人達によってもたらされた途轍もない、災害と呼んでも差し支えないほどの被害の責任を追及されることを予測し、混乱に乗じて王都を抜け出した。

 

 あのまま残っていては、あの豚王子や王の性格からして間違いなくオードル達勇者召喚に関わった魔術師を処刑するだろう。それを庇護してくれる王女は既にこの世にない。

 慌てて逃げ出したために荷車一台とドゥルゥ2頭、最低限の食料や革袋一つ分の貴金属を用意するのが精一杯だった。

 おまけに、王女の爆死に巻き込まれたオードルは右手の手首から先と左手の人差し指を失っている。

 激痛に呻く彼を部下達がその場から連れ出し懸命な治療を施す傍ら、オードルは別の部下に脱出準備を指示したのだった。

 

 そうしてその日のうちに王都から、7日後にはグローバニエの版図を超えてジギの荒野に入ったのだ。

 グローバニエの北側は山岳地帯とその裾野は深い森に覆われているし、西も樹海、南は敵対していたオルスト王国となれば、選択肢はジギしかない。

 だが、ジギは蛮族が住む荒れた地ばかりの不毛の場所として知られており、オードル達にとっても賭のようなものだった。 

 

 本来、ジギというのは国の名前ではなく、オルストとグローバニエの東部に広がる広大な荒野を指す言葉だ。古い言葉で『不毛』を意味するらしい。

 ただ、荒野とはいえデザイヌ川からいくつかの支流が流れているし、場所によっては緑豊かな地域も無いわけではない。

 だがグローバニエにとっては侵略する旨味は見いだされず、時折略奪に辺境の村々が襲われることもあり蛮族と蔑んできただけの場所だ。

 

 実際、ジギの地に暮らしているのは一部の緑豊かな地を奪い合いつつ、基本的に氏族と呼ばれる血族や配下の部族がまとまった数十~数百人単位で暮らしている種族で、国という概念自体がほとんどない。

 そして作物も家畜や女も必要になったら奪えばいいと考えていて、そのために男達は竜と呼ばれる、映画ジュラシックパークでも有名なラプトルに似た2足歩行のトカゲのような生き物に騎乗する屈強な戦士が多い。というよりも戦士でなければ男とは見なされないらしい。

 イメージとしてはモンゴル高原周辺に暮らし、単于ぜんうによって統率される前の匈奴きょうどという遊牧民族の暮らしに近いかもしれない。

 といっても匈奴はそれほど頻繁に略奪していたわけでも好戦的だったわけではないが、戦いとなれば男は全て戦いに出たし、強者が尊ばれる気質だったのは確からしいが。

 

 オードルとしては有力な氏族の庇護に入るか、それが無理なら最低でもジギの荒野を南に抜けて海に出、西のバーラを超えた先か、南に下ったところにあるという国に渡りたいと考えている。

 ただ、可能であればジギに留まり有力者に取り入りながら力をつけてグローバニエに返り咲きたいと思っていた。

 言葉すら通じるか判らない外国で一から暮らすよりも生まれ育った国で成り上がり支配したいという欲がある。

 それに自分を利用し切り捨てようとした王家に対する復讐をしたいとも思っている。実際には切り捨てられる前に逃げ出したのだが、結果としては同じだ。

 爆発によって両手を負傷したためにオードル単独で大きな魔法を使うことはできなくなったが、彼が手ずから育て上げた部下が共に居るので存分に役に立ってもらおうと考えていた。

 

 無言のまま簡素な食事を終え、明日の移動に備えて休もうと立ち上がったオードルは、展開してあった結界に何者かが触れたことを察知した。

「む?」

「パレニム様、どうかなさいましたか?」

 オードルの様子に気付いた部下が声を掛けてきた。

 しゃがみ込んでいたはずのドゥルゥも立ち上がり落ち着きなく首を振っている。

「どうやら囲まれているらしい」

 言いながら魔法の準備に入るオードル。

 この場所を野営地と定めた時点で、防御のための準備は整えてある。

 

 この世界の魔法というのは必ずしも戦闘に向いているものではない。呪文を唱えたりイメージするだけで炎が噴き出したり水や氷が相手に向かって飛んで行くことも無いし、ましてや真空の刃で敵を両断するなどというトンデモ現象を引き起こすことなど無いのだ。

 魔法を発動させるためには魔法陣や触媒などを使った事前準備が欠かせない。だが、逆にそれができるならかなり効果的な魔法を行使することも可能だ。

 そもそもオードル達が来たのは屈強な蛮族が争い合っているという地だ。そこで野営するのに何の手も打たないというわけがない。

 

 ヒュッ!

 風を切り裂いて夜の闇の向こうから矢が飛来する。

 が、それはオードル達に届く前に急速に勢いを失いポトリと地面に落ちる。

 間髪入れずにいくつもの矢が撃ち込まれるも悉く同じ結果となった。

 そしてすぐに矢の飛来は止まる。無駄な攻撃はしないということなのだろう。

 代わりにオードル達を囲んでいた気配が狭まってくる。

 やがて正面からひとりの大柄な男がオードルに向かって歩いてくるのが焚き火の灯りに浮かび上がる。

 

「ぬ?!」

 数メートルの位置まで近づいた男が驚いたような声をあげて顔を顰める。

 そしてオードル達を睨み付けながら手にした鉈のような厚さの蛮刀の柄を握りしめる。

「貴様等は何者だ? ここが我等シェーバの地だと知って入ってきたのか」

(グローバニエの兵士なら話すことはおろか立つことすらできない圧力が掛かっているはずなのだがな。これがジギの戦士か)

 顔を顰めただけで苦しそうな素振りを見せない目の前の男に、オードルは警戒するよりも感心してその姿を見ていた。

 

「我々に敵対する意思はない。ここから西にあるグローバニエ王国から逃れてきた者だ」

「西? 石の国の連中か。何の用だ? 我等に食い物や女を奪われた恨み言でも言いにきたのか?」

 男は嘲笑が混ざった笑みを浮かべて皮肉げに聞く。

 ジギの民族は痩せた土地が多いという特色からあまり定住しない。

 住居は木製の骨組みに竜の革を張ったテントのようなもので生活していると聞く。

 だから彼の言う石の国というのはグローバニエの呼称なのだろう。

 そしてジギとの国境近くの村では度々ジギの騎竜兵による襲撃で略奪を受けている。その言葉通り食料や若い女を狙って攻め込むが村にそれに抵抗する手段など無い。

 だが、オードルにとって辺境の村がどうなろうが知ったことではないし、そのことをいちいち言い立てるつもりなどさらさら無かった。

 

「この地のことはあまり知らないが、シェーバという名は聞いたことがある。数多ある氏族の中で抜きんでた力を持つと聞いている。

 我々は石の国でも有数の魔術師だ。どうか我々を受け入れてもらいたい。そうなればすぐにでもシェーバを全ての氏族の支配者となれるだろう」

 オードルは嘲るような男に向かって堂々と言ってのけた。

「ほう? 良いだろう、話だけは聞いてやる」

 そう言って、ついてくるように顎をしゃくると男は踵を返した。

 

 

 

 

 ジギの荒野。

 この地に住まう彼等自身は自分達をサルファの民と呼んでいる。

 そのサルファの氏族の中で5指に入る規模を誇るシェーバの集落の外れ。

 草すらほとんど生えていない広場に大きな魔法陣が描かれていた。

 直径30メートル近い巨大なそれの縁に立っているのはオードルだ。

 部下の3人はそのすぐ後ろで手を組みひたすらに魔力を練っている。

 

「全部テメェの言うとおりにしてやったぜ。せっかく手に入れた農奴を2000もつぎ込んだんだ。失敗したらどうなるかわかってるだろうな?」

 そう脅すように言ってきたのはオードルを案内したあの男だった。

 まだ30代の前半と見られる男だが、シェーバの氏族長だったらしい。

「わかっている。だが成功したら…」

「ふん。約束通りサルファの全氏族を治めた後に力を貸してやるさ。どのみち全ての氏族が俺の下につくなら農奴も女も石の国から集めなきゃならねぇからな」

 面白くなさそうに鼻を鳴らす男に、オードルは頷き、改めて魔法陣のほうを向く。

 

「はじめるぞ」

 オードルがそう言うと、部下の3人がそれぞれ手に持った壺から封印の蓋を取り、中身の赤黒い液体をゆっくりと魔法陣の一番外側に刻まれた溝に流し込んでいく。

 地面に直接刻まれた溝に注がれた液体は流れることもなく地面に吸い込まれていく。

 部下達は切れ目ができないように移動しながら魔法陣の外周全てに液体を流し、溝の部分は赤黒い跡だけが残る。

 その作業が終わり、先程までと同じようにオードルの後ろに部下が下がったのを待ってから呪文の詠唱が始まる。

 指の残った左手で杖を掲げながら、朗々と詠唱を続けるオードル。

 それが5分、10分と経ち、オードルの額に玉のような汗がしたたるようになった頃、魔法陣の外周から不可思議な圧力を持った光が漏れだしていく。

 続く詠唱。部下達もそれを助けるように魔力を練ってオードルの杖に魔力を流し込み続ける。

 

 そしてようやく魔法陣の中の空間が歪み始める。

 歪みが大きくなり、その歪みの中に大きな箱型の物が姿を現した。

 大きな物と小さな物、それにその脇にしゃがみ込んでいる数人の人影。

 やがて歪みが小さくなり、その姿がはっきりと映し出された。

 魔法陣の中に見える景色はこのサルファの光景とよく似ている。違いと言えば少々木が多いということくらいだ。

 そして再び景色が歪み始め、それが収まったときには大小の箱型の物と数人の人間だけがそこに残っていた。

 伊織が召喚された時と同じように見えるが一つの大きな違いがある。

 英太と香澄、それに伊織の時は一緒に召喚された物は身に着けていた物だけだった。

 しかし今回は複数の人間だけでなく、そばにあった大きな物まで一緒に世界の境界を越えたのだ。

 

 オードルは伊織達がグローバニエを出奔してからずっと考えていた。

 伊織が召喚された時に持っていたのは確かに肩から提げていたカバン一つだけだった。伊織が並外れた体術や魔法の知識があったことはこの際どうでも良い。

 先に召喚していた2人の若者は平和な国に住んでいて戦ったことがないと聞いていたが、その世界の全てが平和だったわけではないだろう。ならば伊織のように優れた技量や魔法技術を持っていることだってあり得る。

 伊織が持っていて、実際にオードルが目にした恐ろしい武器も元々カバンに入っていた可能性は充分にある。

 しかし、練兵場に逃れた伊織がどこからともなく出現させた巨大な鳥の怪物。あれだけは理解ができない。

 この世界にあんな生き物は存在しない。だとすればアレは伊織達の世界の物なのだろう。それをいったいどうやってこちらの世界に持ち込んだのか。

 

 異世界から人を呼び込むには膨大な魔力が必要だ。

 古代魔法王国やそれを再現したオードルは、多数の人間を生け贄として魔力を吸い出すことでそれを賄っているが、伊織達にそんな様子は無い。

 というか、城から人が居なくなったという話も聞いていないから、全く別の方法で魔力を調達するか、或いは特別な能力を持っていてあのような怪物をその場に生み出すことができるのか。

 どれだけ考えてもオードルの知識の中にあるあらゆる魔法を駆使しても同じことはできないのだけははっきりと理解できた。

 ならばと思いついたのが魔法陣の範囲の拡大と召喚対象を人間以外にも広げることだった。

 範囲を拡大すればより大勢の異世界人を呼び込むことができるだろうし、対象が周囲にある物にまで及べばその者が持つ武器や兵器、道具にいたるまで一緒にこちらの世界に持ち込むことが可能なはずだった。

 普通に考えればそう都合良く周囲に役に立つ物があるとは限らないし、そのまま役に立つかどうかもわからない。かなり分の悪い掛けに近いだろう。

 

 魔法陣の範囲は、単純に大きさそのものを広げることで解決できる。多少の調整は必要だが広げた分だけ増大する必要魔力増やせばそれ自体はそれほど難しくはない。

 問題は人以外に対象を広げることだった。

 召喚魔法に関する資料はすべて伊織の起こした爆発で消失してしまっているが、そのほとんどはオードルの頭の中に記憶されている。

 多少の不明な部分はあれど魔法陣の構造もどの場所がどういう意味を持つのかも理解しているつもりだ。

 そして該当する部分の魔法陣をオードルは書き換え、どうやらそれは成功したらしい。

 その意味ではオードルという魔術師は間違いなく天才と呼べるだろう。

 理解が完全でなくても感覚で正解を導くことができる、希有な才能を持っているのは間違いない。

 正しい道を歩んでいれば歴史に名を残す優れた魔術師となれたはずだ。

 もっとも、現時点でも歴史に名は残るだろうが、その評価は本人の期待するものとは異なるものとなるが。

 

 突然周囲の景色が変わり、その上幾人もの男達に周囲を囲まれている状況に、召喚された者達は素早く反応した。

『チッ! 囲まれてる! 散れ!』

『イエッサー!!』

 しゃがみ込んでいたリーダーらしき40歳くらいの男が素早く体勢を変えてショルダーホルスターから拳銃を抜く。身は低くしたままで不用意に立ち上がることはしない。

 他の男達も身を屈めたまま素早く大きな箱型、軍用車両であるハンヴィーと6輪駆動の幌付き軍用トラックに背を預けある者は拳銃を別の者は小銃を構える。

 明らかに訓練された軍人の動きだ。

『攻撃してきたら反撃しろ! ただし、先に手を出すな!!』

 

「待て! 我々は敵ではない!」

 オードルが慌てて声をあげる。

「貴殿等をここに呼んだのは我々だ。まずは話がしたい!」

『なんだ? 聞いたことのない言語だが、意味がわかる? どうなってんだ?』

「落ち着いて欲しい。我々に貴殿等を害する意思はない。どうかその武器を下ろしてくれ」

 オードルは周囲で弓を構えるシェーバの戦士達に手を振って弓を下ろし離れるように合図を送り、召喚した者達のリーダーと思われる男にゆっくりとした口調で言う。

 

『リック! 同行しろ! 残りは車内で待機! 警戒を怠るな!』

 男は銃を下ろしたものの手に握ったままで指示を出す。その視線は油断無く周囲を警戒している。

 リックと呼ばれた男は小銃を持ったままリーダーの男に近づきその背側に回る。他の者達も警戒を解かぬままゆっくりとした動作で車に乗り込んでいった。

『俺達を呼んだと言ったな? お前達は何者で、ここはいったいどこだ?』

 オードルに鋭い視線を向けたまま問いかけるリーダーに、オードルは困ったような表情を作る。

「すまないが、貴殿等が使っている言葉は我々にはわからない。こちらの言葉がわかるようになっているはずだ。意識すれば使えるはずなのでその言葉で話して欲しい」

 

(どういうことだ? 確かにあの男の言葉がわかる。意識すればだと? ちっ! 何が何だかわからんが、とにかく今は話を聞くべきか)

「言葉……意味がわからんが、これで良いのか?」

 男は言われたとおりに意識しながら言葉を出すと、思いの外あっさりと話すことができて驚く。

「俺達を呼んだと言ったな? どういうことか説明してもらおうか」

「うむ。まず言っておくが我々が望んだのは強い力を持つ者を呼ぶことだ。貴殿等を狙ったわけではない……」

 オードルはそう言って事情を説明しはじめた。

 

「つまり、お前さん達はサルファの氏族とやらを統一して、ついでに混乱しているグローバニエって国も支配したい。そのために俺達の力を借りたいってことか?」

「そうだ」

 一通りの説明を聞いた男は顎に手をやって語られた内容について考えを巡らす。

 男にしてみればその説明が事実かどうかなど確認する方法は無い。実際オードルの説明は虚実入り交じったもので都合の悪いことは話していない。そしてそれは男の方でも当然想定していることだ。

「それで? 手を貸すことが俺達にどんな得があるんだ? それに元の世界に戻ることはできるのか?」

「我々に力を貸してくれるかぎりできるだけの便宜は図ろう。目的を果たした後に元の世界に戻ることを望むのなら、なんとかしてその方法も見つけることを約束する」

 

「他の者と相談させてもらう」

 そう言って男は一旦オードルから離れ、仲間を呼び集めた。

 ハンヴィーとトラックから小銃を持ったまま集まったのは男とリックを含めて全部で7人。

 ハンヴィーの脇に腰を下ろし、聞いた話をそのまま伝える。

 あまりに想定外の事態に誰もが困惑の表情を隠すことができない。

『リック、お前はどう思う?』

『って言われてもなぁ、話が荒唐無稽すぎて考えなんてまとまらねぇよ。けど、ここが地球のどこでもないことだけは確かだぜ? 見てくれよ、あそこにいる鞍の着いたでっけぇ生き物、どう見ても恐竜にしかみえねぇ。地球に戻れなきゃ依頼は果たせないしな。判断はアンタに任せるよ』


 男は傍らで警戒しつつ一緒にオードルの話を聞いていたリックにまず問いかける。

 何らかの方法で聞き耳を立てていることを考え会話は英語だ。

 リックの言うとおり、確かにここが男達がいた世界とは全く別の世界であることは間違いない。そして現状ではこの目の前の胡散臭い男しか帰る方法を知る者はいなさそうだ。

『俺もデビットの判断に従う。こんなジャパンのアニメみたいなことが起きるなんて信じられないが、来てしまった以上は生き残ることが最優先だと思う』

 東洋系の顔立ちをした男はむっつりとした表情で皆の気持ちを代弁する。

 俄には信じられないが自分達の身にあり得ないようなことが起こったのは確かだ。信用できる仲間が互いしかいない以上、結束して対応しなければならない。そして、右も左もわからないこの世界で一時的にでも生活するのならこちらの世界の協力者は絶対に必要だ。

 さらに男達には要求を満たすだけの力が間違いなくある。

 

 男達の仕事は紛争地域で活動する民間警備会社、つまり傭兵である。

 今回は中東の某国で政府の依頼で補給用の武器弾薬を反政府勢力の拠点から遠い軍の駐屯地に運ぶという依頼の途中だったのだ。兵士の数や装備に乏しい途上国では足りない部分を傭兵で補う場合が少なくない。彼等もそういった任務を請け負った会社に所属している。

 行程の半分を過ぎたところで小休止のために車を停めていたところをこの世界に呼び出されたのだ。

 

 だから軍用トラックには10数万発の弾薬と20挺の小銃、RPG-7歩兵用携帯対戦車擲弾発射器などが積まれているし、予備の燃料も充分に用意してある。通常は燃料と弾薬を同じ車両に積むことなどあり得ないが、政府が予算をケチったのと少数のほうが目立たないで移動できるという理由で多目的車両一台とトラック一台の少数での遂行が功を奏しているといえた。

 リーダーのデビットは元アメリカ海兵隊の指導教官の経験があるし、他のメンバーも全員アメリカやイギリス、フランスなどの軍隊経験者ばかりであり銃火器の扱いは熟達している。

 魔法というものがどれほどの効果があるのかは未知数だが、飛び道具といえば弓矢や投石機しかないこちらの世界では銃の存在はこの上ない力となるだろう。

 とはいえ弾薬も燃料も有限である。考えなしに使っていてはすぐに枯渇してしまう。

 

『……当面は奴等に協力しながら情報を収集する。燃料と弾薬はできるだけ節約しろ。行動は必ず複数で、用足しもだ。何か気付いたことがあれば些細なことでも共有してくれ』

 意見がまとまったところでデビットがそう結論を出す。

 全員が頷くのを確認し、再びデビットとリックはオードルが待つ場所に戻った。

「ふん、貴様等が異世界人とやらか」

 そこにはオードルともうひとり、大柄で筋骨隆々、獰猛な獣のような目をした男が待っていた。

 

「……アンタは?」

「ここにいる氏族の長、一応名乗っておこう、グラムだ。この胡散臭い魔術師に力を貸した」

「つまり俺達はアンタがサルファとやらの支配者になるのを手伝えば良いんだな?」

「そのために貴様等を呼び出したんだからな。だが我等は弱者をあてにするほど飢えちゃいない。俺の下に付くというのなら力を示してもらおう」

 グラムはそう言って値踏みするようにデビット達を睨む。

「グ、グラム様、お待ちください! まだ召喚で注ぎ込まれた力を彼等は使いこなせません! しばしの訓練を……」

「うるせぇ! テメェは俺に比類無い力を持つ奴を異世界から呼ぶと言った。だったらその力を見せてもらうだけだ。いちいち訓練しなきゃ使えねぇような奴ならいらねぇんだよ! できねぇなら奴隷として死ぬまで扱き使ってやるさ。無駄になった2000人分な」

 

 グラムの強引な態度に慌ててオードルが止めようとするも一切聞く耳を持とうとはしない。

(くそっ! これだから戦うことしか考えない蛮族は! どうする? グローバニエで最初に呼び出した子供は訓練前はまるで戦えなかったが、次のあの悪魔は最初から強かった…)

「良いだろう。ルールは? ここにいる全員を皆殺しにすれば良いのか?」

『お、おい、デビット?』

 それに対してしっかりとグラムを見据えたままで挑発的にデビットが応じる。

 リックがギョッとするが意に介した様子は無い。

 

「く、くくくく、面白れぇ。なに、簡単だ、シェーバの戦士と戦ってもらう。勝ったら認めてやろう。……バリゼを呼べ!!」

 グラムは一転して機嫌良く踵を返し、少し離れた場所にどっかりと腰を下ろした。

『コマンダー、良いのかよ』

『俺がやるから下がってろ。念のためすぐにでも離脱できるように準備をしておけ』

 デビットが乗った理由は簡単だ。

 世の中には力だけが重要だと考えている者が少なからず存在する。そしてそういった手合いには口で何と言おうが意味がない。わかりやすい形で力を示す必要があるのだ。それも相手が認める方法で。

 現に異世界から人を呼び込むなどという、おそらくは魔法のあるこの世界でも普通なら不可能なほどの術を見せたはずのオードルに対してグラムは明らかに蔑んだ目を向けていた。

 

 少なくともこの世界での立場を確立するまではグラム達の後ろ盾は絶対に必要だ。それもできるだけ高く評価される必要がある。

 であるならば乗らないという選択肢を取るわけにはいかない。

 そして同じ理由でこちらの世界の人間に理解できないであろう銃器は使えない。

 他の傭兵達も格闘術は身につけているが、基本的に銃器の使用を前提とした戦術を主体としているために全幅の信頼を寄せるというわけにはいかない。

 それに、こちらの世界に来てから感じる身体の違和感。

 オードルの説明では世界を移動した際に得られる力らしいが、身体というのは精密な機械と同じだ。突然力を得たからといってパワーアップできるというわけではない。違和感を抱えたままではどんな不覚を取るか判らないのだ。

 

 やがて姿を現したシェーバの戦士は一際身体の大きな若い男だった。

 デビットも充分に大きく鍛えられた身体をしているがそれよりもさらに拳一つ分は背が高く厚みもある。

(こいつは強そうだな)

『あ~あ、リーダーの悪い癖が出たよ』

 バリゼと呼ばれた戦士と対峙するデビットを見てリックがボソッと呟いたのがデビットの耳に入ってきた。

 それに答えることはなかったが、確かにデビットは高揚感を感じている。

 知らず、その顔に凶悪な笑みが浮かんでいたが、本人はそれに気付くことはなかった。

 

「一対一なら何をしても構わねぇ。だが、誇りを汚すことだけは許さん。始めな」

 離れたところからグラムがぞんざいに開始の合図をする。

 バリゼは幅広の蛮刀を片手で振り上げた構え、デビットは刃渡り30センチほどのコンバットナイフを逆手に持ち腰を落とす。

「ふんっ!」

 様子見をすることもなくバリゼが一気に間合いを詰めて蛮刀をデビット目掛けて振り下ろした。

(早い! が、雑だ)

 巨体に似合わぬほどの速度で詰めるバリゼに、デビットは一瞬驚くがその動きは単調だ。

 ナイフの刃を立てながら蛮刀の柄近くで受け外側に流す。

「くっ、な?!」

 受け止められるのではなく流されたことでバリゼの体勢が僅かに崩れる。それを見逃さずに右の掌底を顎に撃ち込む。

 

「ぐっ! ま、まだだ!」

 顎を揺らされ蹈鞴を踏んだバリゼだったが、強引に蛮刀を横薙ぎに振るう。

 しかし一撃を入れたデビットはすぐに距離を取っていたためにそれは虚しく空を切った。

(予想以上に頑丈だな。この世界の連中は身体能力だけは高いらしい)

 速度と力、それに頑健さは明らかに地球の軍人や格闘家よりも高い。だが、動きは荒く戦闘技術は高くない。

 特殊部隊の教官まで務めたことのあるデビットから見れば力任せの原始人と戦っているような印象を受ける。

 

「ぬぅっ!!」

 バリゼがまた踏み込んでくる。

 それをデビットは闘牛士のようにいなし、翻弄する。

「く、くそっ!」

 焦ったバリゼがさらに力を込めて振り下ろした蛮刀が勢い余って地面を叩く、前にデビットがその腕を取って捻りあげながら投げ飛ばした。

「ぐわっ!」

 ゴキッ!

 叩き付けられたバリゼが身を起こすよりも早くデビットはその腕を取り、そして関節を極め、折った。

 些かの躊躇もなく、流れるような動き。

「な?! ぐぅぅっ! あっ……」

 次の瞬間、バリゼの喉はナイフによって掻き切られていた。

 笛が鳴るような音が響き、一度だけビクンッと大きくバリゼの身体が震えたが、すぐに動かなくなった。

 

 もの言わぬ骸になったバリゼを見下ろしながらデビットが立ち上がると、そこにグラムが獰猛な笑みを浮かべながら歩いてくる。

「……大した力だな。バリゼは氏族の中でも上位の戦士だったが……。

 まぁいい。

 どうやらそっちが貴様の本性か。面白ぇ」

 そう言うグラムの目に先程までのようなデビット達を嘲るような色はない。

「気に入った! 今日から貴様等の身柄は俺が預かる。何か希望があれば言え。明日からにでも他の氏族に戦いを仕掛ける。結果さえ出しゃぁ酒でも女でも好きなだけくれてやる」

 そう言い捨ててグラムは去っていった。

 その足取りは実に上機嫌に見える。

 自分の氏族の若者が、見知らぬ男に殺されたにも関わらず、だ。

 

『これから楽しくなりそうだな』

 そう独りごちたデビットの口元は戦いの最初から笑みを浮かべたままだった。

 

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