第31話 ジギの異世界人
ある日の午後、アレクシード王太子殿下に呼ばれた伊織、英太、香澄の3人は王宮に来ていた。
リゼロッドは発掘した遺跡の資料を整理するために伊織の用意した研究室、といっても英太達も使っているトレーラーハウスのリビングの家具類を撤去して大きなデスクと壁を覆い尽くすような書棚を固定して書斎のように改造しただけのものだが、そこに籠もっている。
既に電子レンジなどの一般的な家電製品の使い方は覚えているし、冷蔵庫の中には大量の飲料水や温めるだけで食べられるレトルト食品、冷凍食品がこれでもかと詰め込まれているので数週間単位で立て籠もることさえ可能だ。
オルストに来て早3ヶ月が経過し、最初の遺跡に関しては粗方主要な建物の発掘が完了した。
当然かなりの規模の遺跡群であるためまだまだこれからも発掘しなければならないのだが、目的を果たしたと言える伊織達が最後まで付き合う必要は無い。
リゼロッドも研究者として最後まで発掘を完遂したいという気持ちが無いわけではないのだが、そもそもの研究分野が古代魔法であるためにそこまでの拘りがあるわけではない。
そこである程度資料の整理が終わった段階で別の遺跡調査を行うことにした。
そうなると現在発掘中の遺跡群をどうするかという問題があるのだが、それはボラージ等、新設された“公認発掘者”が担うことになった。
とはいえ伊織達の現代機器が無い状態で発掘を続けるには人手が足りない。
その足りない人手をボラージ達はまず自分達30数名のグループを6つの班に分け、各グループに見習い発掘者を雇い入れることにしたのだ。
ボラージの話によると、古代遺跡の多いオルストには遺跡に関心がある若い男がそれなりにいるが、盗掘などの違法行為まではしたくないと考えているのがほとんどなのだそうだ。
今回、公認発掘師という資格が新たに設けられたことで、特別な教育機関で教育を受けた研究者やその伝手がない者も遺跡の発掘が出来るようになった。
その上で発掘者を目指す者を募集して最低限の賃金を保証した上で発掘の手伝いをさせつつ必要な知識を教えていく。
そして資格試験を合格した段階で正式なメンバーとして報酬の分配に加わるか、自分で遺跡を探索するようになるかを決めさせるということらしい。
これにはリゼロッドと伊織の入れ知恵もあり、人数が増えれば今回の遺跡だけでなく別の遺跡探索を同時に進めることもできる。
なにしろオルストの版図は広く、まだまだ相当数の遺跡が眠っていると考えられるからだ。ある程度こういった取り組みが定着すればあとは自然に職業として機能するようになるだろう。
ボラージ達も今回の発掘でかなりの稼ぎを得る事はできているが、最初から彼等が資金を取り崩して見習いの給料を負担するのは厳しいだろうと伊織からそれなりの資金も渡してあるので、早速遺跡に関心のある人を募集したところ家を継げない農家や商家の次男以降が数多く希望しているそうだ。
人選が大変そうだが、それが終わり次第発掘の再開と新たな遺跡の探索を開始する予定だ。
伊織達の通された王宮内の応接間のような部屋で、メイドさんが用意してくれたお茶を飲みながら雑談に興じていると、さほど待つまでもなくアレクシードが部屋に入ってきた。
アレクシードだけでなく外務卿となったイワンも一緒だ。
常にアレクシードに付き従っていたクルォフは今回は同席しないようだった。
王宮内であることも理由のひとつだが、そもそも伊織達相手にクルォフ1人でどうにかなるわけもないし少しでも悪印象を与える可能性を減らしたいという思惑があるのだ。
「突然呼び立てて申し訳ない。少々相談に乗ってもらいたいことがあったのでな」
開口一番、そうアレクシードが切り出す。
表情からしてまた誰かを遊覧飛行に連れて行って欲しいとかいう暢気なものではなさそうだ。
「ん~、発掘師の件で世話になったからな。無茶な事やこっちの目的にそぐわない内容以外なら聞くぞ」
英太と香澄は意外そうな顔をしていたが、実際にアレクシードの後押しがなければ“公認発掘師”の創設はもっと面倒だっただろう。
だからこそ、こうして王宮に呼ばれることが何らかの頼み事だろうと予想しながらも大人しく要請に従ってこうして出向いているのだ。
伊織のその返答を聞いて、アレクシードとイワンはホッとしたように小さく息を吐いた。
「すまぬな。まずはその相談の前に、現在の状況を説明せねばならん。でなければ何故相談を持ちかけることになったのか理解できぬであろうからな」
今度はアレクシードではなくイワンが話を引き継いだ。
「貴殿等も知っているとおり、儂とアレクシード王太子殿下との合意によりグローバニエ王国への出兵が行われた。“豊穣の月”の終わりことだ」
豊穣の月とは大陸西部で広く使われてる暦で、体感的には地球の北半球の9月ごろに相当する。
ご都合主義満載のこの異世界ではどういうわけか1年と1日の長さは地球のそれとほぼ等しい。
そして冬至にあたる一年で最も夜の長い日の翌日から一年が始まり、宵闇、芽吹き、花、風、水、生命、曙、太陽、豊穣、暁、星見、氷晶の12の月で巡る。そして生命の月の最終日が夏至と定められているのだ。
ちなみに伊織がこの世界に来たのは花の月の半ばであり、現在は暁の月の終わり。既に7ヶ月が経過していることになる。
「出兵の直前になってジギ、我がオルストとグローバニエ王国の東部に位置する荒野を領土とする民族によってグローバニエの王都が陥落したとの報が入った。
ただ、ジギがグローバニエの混乱に乗じて侵攻してくることはある程度予想されていた」
イワンの説明によると、オルストだけでなくグローバニエ王国に対してもジギの騎兵は略奪のために度々国境を侵していたらしい。
しかし、これまでのジギは部族ごとに行動してまとまりが無く、小規模な略奪はしても組織だって攻めてくることはなかった。
グローバニエが混乱した隙に略奪をおこなうだろうことまでは予想していてもグローバニエの王都までとは考えていなかったのだ。
ただ、それでもその時点ではグローバニエとジギの争いである。
警戒はしつつも当初の予定通りオルスト側は攻略目標であるゼンダ、グリスト、ドーの3か所に次々と侵攻し占領していった。
作戦は順調に進み、3拠点とその先にあった防衛拠点となる砦も攻略したところでそれ以上の侵攻は止めて足場固めに入るために態勢の再構築を行った。
作戦に投入された兵12000名のうち、2か所の砦に3000ずつ。ゼンダに2000、鉱山であるドーに1000、デザイヌ川流域の貿易拠点であるグリストに残りの3000と水軍3500が駐屯することになった。
ただでさえ国内が混乱している状況の中、ジギによる王都陥落とオルストからの侵攻に、ほとんど組織だった抵抗ができずにグローバニエの軍は潰走しており、邪魔されることなく防衛体制を整えることができたオルストの北部騎士団だったが不安もあった。
グローバニエの王都であるグロスタから入ってきていた情報がプッツリと途切れたのだ。
イワンは予てから主張していた外交戦略の中にはグローバニエやジギに対する積極的な情報収集も含まれる。
部族ごとに暮らすジギに対しては行商人を装った少数の者しか送り込めておらず収集できた情報も微々たるものだったが、グローバニエに対しては相当数の諜報員を送り込んでいる。
そのためかなり正確な情報が常に入ってきており、王都陥落の際もいち早く情報を入手することができている。
ところが、グロスタに侵攻したジギの騎兵の中に不可思議な荷車と奇妙な格好をした少数の集団を目撃したという情報を最後に連絡が途絶え、情報を得るために新たに派遣した人員も消息がわからなくなったのだ。
とにかく情報を得ようと王都の周囲に少数の部隊を派遣しようとした矢先、ドーに近い位置にあった砦にジギの騎竜兵部隊とその不可思議な荷車に乗った集団が攻めてきた。
すぐさまグリストに救援を求める早馬を送り、応援が到着するまで砦の守りを固めて防衛をおこなったのだが、どういった攻撃をされたのか、矢はおろか魔法ですらびくともしないほど堅牢に作られた砦の門が轟音と共に吹き飛ばされ、直後ジギの騎竜兵部隊が殺到したため、砦の指揮を任されていた北部騎士団の副官コレスは砦を放棄してグリストまで撤退した。
砦を攻めてきたジギの兵は1000名ほどと考えられたが、全員が荒野に生息する走竜と呼ばれる大型で2足歩行の騎竜に乗っており、さらに得体の知れない武器を使う者も居ると見て被害が広がらないうちに撤退戦に移行したのは英断と言えるだろう。それでも400名以上が死傷したとのことだった。
「そしてその正体不明の集団から受けた攻撃で負傷した者の身体から出てきた物がこれだ」
そう言ってイワンは折り畳まれた布を取り出し、目の前の机の上で広げる。
「!! い、伊織さん、これって……」
そこにあったのは長さ2センチ程度の金属片。真鍮で被覆された弾丸の弾頭だった。
伊織はその内のひとつをつまみ上げしげしげと見やる。
「多分、だが、5.56x45mm NATO弾だな。西側諸国の軍制式小銃の弾としちゃ一番ポピュラーなものだ。
……ひとつ聞くが、グローバニエの第一王女だかが死んだ後、王女に一番近かった宮廷魔術師がどうなったか知ってるか?」
伊織はイワンに視線を向ける。
「第一王女がクーデターを企て、貴殿等が出奔した後のことの詳細はわかっていない。情報が錯綜し過ぎていて真偽の確認が取れなかったからな。だが、王太子であったピグモが戴冠したときには次席の地位にいたオードル・パレニムと他数名が行方不明になっていたと報告を受けている」
「なるほどねぇ……」
そう言って伊織は顎の無精髭を撫でながら何事かを考える仕草を見せる。そこに普段のおちゃらけた雰囲気はない。
「そこでイオリ殿への相談なのだが、ジギの騎竜兵と共に居た部隊の心当たりと持っている武器の詳細、対処方法などを聞きたいのだ」
「北部騎士団の被害はそれほど深刻なものではないとはいえ、こちらが占拠した街に近い砦を失ったままでは喉元に刃を突きつけられているのと同じことだ。何としても砦を奪還したい」
難しい顔で黙り込む伊織にアレクシードがそしてイワンが頭を下げた。2人の地位を考えれば異例のことだ。
「……はぁ~……どうやらコイツは俺のやり残した仕事みたいだな。
英太、香澄ちゃん、悪いが付き合ってくれるか?」
「よくわかなんないっすけど、伊織さんがそう言うなら」
「伊織さんが予想してるのって、私達をこの世界に呼び出したグローバニエの魔術師がジギに逃げて、そこでまた勇者召喚をしたってことよね? なら私達がなんとかしないとね」
渋い顔で頭を掻きつつ隣の2人に問いかける伊織。
英太はよくわかっていないが、香澄は多少の事情を察したようだ。
2人の了承を得て伊織がアレクシードとイワンに向き直る。
「まず言っておくと、その部隊のことを知っているわけじゃない。
ただ、おそらくはグローバニエから逃げ出した魔術師達がジギでまた異世界人を呼び出したんだろう。
だからほぼ間違いなくその連中は俺達の同じ世界から来たんだろうし、武器は俺達の世界の物だ。
どれだけの種類の武器をどのくらい持ってるのかはわからんが、オルストの兵士が相手するには少々荷が重いだろうな。まぁ、そっちは俺達に任せてもらおう。
領土争いに首を突っ込むつもりはないが、俺達の世界の人間が絡んでるなら放置するわけにもいかないからな」
「それではイオリ殿方の助力をもらえるのか?」
期待していなかったわけではない。というより、もの凄く期待していた。
伊織達の持つ武器や道具の威力は身をもって体験している。
それと同じようなものを相手が持っているとすれば北部騎士団で対応することは難しいし、伊織達のように死者を出さないように配慮してくれるわけもない。どれほど犠牲が出るかわかったものではない。
場合によってはせっかく侵攻したグローバニエの領土から撤退することも考えなければならないのだ。それでは何のために膨大な戦費と人員を費やして侵攻したのかわからない。
「とはいっても、俺達がするのは異世界からやってきた連中の対処と砦の奪還までだ。あとはそっちでやってくれ」
「無論それは承知している」
その後、具体的な事柄を話し合った伊織達は部屋を出て行く。
早速準備を整えてからリゼロッドに事情を説明してそのまま北部騎士団と合流する予定だ。
伊織達3人を見送ったアレクシードとイワンは顔を見合わせて大きく安堵のため息を吐いていた。
翌日、伊織達3人は既に攻略したグローバニエの街グリストの北、20キロの位置にある奪還対象の砦まで数キロと言う位置にいた。
傍らにあるのは軍用軽装甲車両と戦闘ヘリ、それから今回の作戦に同行する北部騎士団の歩兵と騎兵1000名だ。
前日にヘリコプターでグリストまで移動した伊織達は、グリストに駐屯するグローバニエ侵攻作戦の総指揮官ブレトス・コーンにアレクシードからの指示書を手渡して、状況の説明を受けた。
そこで今後の作戦の詳細を話し合い、優先的に異世界の武装部隊に対処することでまとまった。
とにかく異世界の兵器による損害を避けたいオルスト側としては、それの対応を伊織達が担ってくれるのであれば言うことはない。
砦を遠巻きに監視している兵の報告では、砦を占拠したジギの騎竜兵と異世界人と見られる部隊は今のところ留まっているようで、見たところ動きはないようだ。
相手は伊織達と同じような現代地球の車両を所有しているようなので移動されると厄介だった。その点に関しては急いで合流した甲斐があったと言える。
北部騎士団の騎士が目撃した不可思議な荷車の特徴を聞いた伊織は、通常のRV車ではなく軍用車両であると判断。
召喚によって車両と武器弾薬もろともこちらの世界に転移したと考えた。
魔法陣を拡張するには限界があるためそれほどの大部隊とは考えにくい。だが、武器弾薬を持ち込めていると考えると油断できる状態でもない。
そこで伊織が用意したのが7.62mm弾にも耐えられる装甲を持つトルコのオトカ・オトブス・カロセリ・サナイ社が製造する歩兵装甲車両“コブラ”と戦闘ヘリだ。
装甲車に英太と香澄が、戦闘ヘリは伊織がそれぞれ搭乗する。
「どうしたの? 英太」
「あ、いや、伊織さんの戦闘ヘリって、アレだったっけ?」
コブラの運転席で強談ガラス越しにヘリを見ながら首を捻る英太に、上部ハッチを開けてM240機関銃を装着していた香澄が声を掛ける。
「ん~、何か違う? 私にはよくわからないけど。それより、そろそろ出発するみたいよ」
英太もあの腕がプルプル寒さでガタガタしたグローバニエからの脱出以来見ていなかったのではっきりとしたものではなかったが、とりあえず今はするべきことに集中することにする。
やがて今回の騎士団を率いるコレスと何事かを打ち合わせた伊織がヘリに乗り込み、直後ローター音が響き渡る。
次いで、伊織から提供されたライオットシールドを持った歩兵200名が歩き出す。
このライオットシールドだが、上部に透明で小さな覗き窓のついた不透明なもので、以前に発掘現場で使われた透明軽量のポリカーボネート製とは別物だ。
ポリカーボネートと金属の複合材でできており、相当な貫通力を持つ大口径ライフルでもないと破ることができない防弾性能を誇る、SWAT部隊や銃弾飛び交う戦地で作業する際に用いられるボディー・ブンカーと呼ばれるタイプの物だ。
先に行かれる形になってしまった英太は慌ててコブラを発進させて歩兵隊の前に出る。そして残りの騎兵はかなり距離をとって後に続くことになっている。
今回の作戦では、徹底した遠距離攻撃の防御をおこないつつ砦に肉薄して、相手の異世界人達の武器類を把握しつつ、可能であればこれを撃破することになっている。
そのために確実に持っていると思われる自動小銃に対応するため盾と装甲車を用意したのだ。
そして伊織は戦闘ヘリで空から相手の軍用車両に攻撃を加える予定だ。
歩兵の移動に合わせたゆっくりとした速度で進軍すること30分。
目的の砦が見える距離になったところで一旦停止。
香澄がルーフの上部から上へ登り、銃座に着く。
そして双眼鏡で砦を確認する。
「向こうも気がついたみたいよ」
「OK! んじゃミッション開始っと!」
英太はそう言うと、コブラを加速させる。
土煙を上げながら砦まで数百メートルまで近づく。
ガギンッ!
コブラのボンネット部分に銃弾を受ける。が、当然その程度では装甲を傷つけるくらいしかできない。
英太は構わず砦から300メートルほどの距離まで進むと右側に転進させる。
ギンッ! ガンッ!
ダッダッダッダッダッ!
撃ち込まれる銃弾を受けながら、砦から一定の距離を保ちつつ煽るように砦の周囲を走り回る英太。
香澄も銃座の防弾パネルに守られながら銃撃の方向にM240を向けて牽制の銃撃を加える。
英太が砦を煽っているうちに距離を詰めてきていた歩兵部隊にも時折銃撃が撃ち込まれているようだが、それもまたシールドに阻まれ有効打にはならない。
やがて狙い通り砦の門が開く。
ジギ側の攻撃で破壊されたと聞いていた門だったが、さすがに修復されていたようで門が開いた直後、伊織の予想通り明らかに軍用と見られる幅広のジープのような車が飛び出してくる。
AMゼネラルが製造するハンヴィーと呼ばれる軍用車両だ。
「出てきたわよ!」
香澄の叫ぶような声に、英太はハンドルを握る手に力がこもる。
コブラの後を追うように迫るハンヴィーを振り切るつもりで速度を上げるが、走行性能は向こうの方が上らしい。
ダッダッダッダッダッ!
香澄は銃座を回転させてハンヴィーを狙う。
が、撃った瞬間まるでわかっていたかのように方向転換してそれを躱す。
ギンッ!
「きゃぁっ!」
「香澄?!」
「だ、大丈夫!」
躱された香澄はすぐに狙いをつけ直そうとするが、その瞬間の隙を逃さずハンヴィーの窓から小銃が撃ち込まれたのだ。
幸い防弾パネルに跳ね返されて被弾は避けられたがこれでは迂闊に隙が見せられない。
「香澄、中に入って!」
「で、でも!」
「相手の銃撃もだけど、振り落とされたら拙い!」
「わ、わかった!」
銃座にベルトで身体を固定していては素早い動きは難しいし、かといってベルトを外せばこんな悪路では振り落とされる。
銃座に固定していた中型に分類される機関銃であるM240では素早く狙い撃つのは難しい。実際、今も相手のハンヴィーの動きについていけていない。
悔しいが作戦遂行能力自体は相手の方が完全に上のようだ。
香澄は車内に戻るとケースからM4カービン銃を取り出し、コブラの車体後部の銃眼を開く。
しかしハンヴィーはそれを察知したのかコブラの斜め後方に位置して射角から外れるように動いている。明らかに現代戦に慣れた軍隊の動きだ。
どうやらジギに渡ったグローバニエの魔術師は軍隊の一部隊を装備ごと召喚したということなのだろう。
こうなると伊織に色々と訓練されたとはいえ英太と香澄では分が悪い。
バラララララ……
ドッドッドッドッドッ!!
翻弄されてジリ貧に陥っていた英太の耳に届いてきたローター音と、ヘリからの銃撃音。
「! 伊織さん!」
「英太! 一旦離れましょう!」
「わかって…うわっ!」
上空から伊織の戦闘ヘリが近づいたのを知ってハンヴィーから距離を取ろうとした英太だったが、その頭を押さえるようにハンヴィーが前に出る。
そして急減速してから左にハンドルを切るも、まるで予知能力でもあるかのようにハンヴィーはコブラと距離を詰める。これでは伊織がハンヴィーを攻撃することができない。牽制するように搭載された機関砲を撃つのが精一杯だ。
「あっ! しまっ…」
バシュッ!
ドンッ!!
期せずして繰り広げられたカーチェイスの最中、突然ハンヴィーのルーフが開き、そこからロケットランチャーのような物を持った男が上体を出す。明らかに狙いは伊織の乗った戦闘ヘリだ。
香澄が慌ててM4を持ったままルーフに登るが、構える間もなくソレは発射され、戦闘ヘリの後部ローターの根本付近に命中し爆発する。
「!? 伊織さん!! きゃぁっ!」
ギンッ! ギンッ!
錐もみ状態で墜落していくヘリに香澄が目を剥いているとそれを狙ったかのように再び銃弾が撃ち込まれ、それを避けるために車内に戻らざるを得なくなる。
「くそっ! 香澄! しっかり掴まってろ!!」
そう叫び、英太は目一杯ブレーキを踏み込んだ。
途端に前に飛び出そうになる身体を必死に支える香澄と英太。
さすがにこれは予測できなかったのか、ほとんど横並びだったハンヴィーはコブラの前に出てしまう。あわてて速度を落とすハンヴィー。そこに再びアクセルを一気に踏み込んだコブラが突っ込んだ。
ドガァン!!
車同士がぶつかったとは思えないような金属音が響く。
高機動多目的車両であるハンヴィーと兵員輸送車であるコブラでは同じ軽装甲であっても装甲の厚さが違う。もちろん追加装甲を施されていれば主要外装の装甲は厚くなるが最初から防弾対地雷用に作られているコブラの方が強度は遥かに高い。そして車両の構造上、後部よりも前部のほうが頑丈だ。ちなみに余談であるがシャーシ(車体の土台となる部分)はどちらも同じ物が使われているらしい。
とはいえ、走っている車両同士が衝突しても、民生車両とは違い簡単に走行不能にはなったりはしない。
さすがに接近する危険を感じたのか、ハンヴィーはコブラから一定の距離を保ちつつ中距離からの銃撃に切り替えてくる。
香澄も側部の銃眼からM4カービンで応戦するが、やはり相手の方が何枚も上手だ。
小刻みに速度を変化させたり進路を変えたりして狙いを定めることができない。
そして、再びハンヴィーのルーフが開き、伊織を襲ったロケットランチャーが英太達に向けられる。
「英太!」
「くっ!」
英太もハンヴィーの真似をして速度を変えたり蛇行したりと懸命にコブラを操縦するが、構える男に動揺は見られない。
ピリピリと殺意が2人に向かっているのを感じる。
そして、それが頂点に達した瞬間、ロケットランチャーを構えていた男の頭が吹き飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます