第30話 新しい職業と盗掘者達の大誤算

 オルスト王国北部。

 グローバニエ王国との国境を守る前線である砦から10キロほど南にオルスト最北の街がある。

 街の人口は2000人程度と比較的小規模だが、街に隣接する形で総勢6000名の北部騎士団が駐屯している。

 数年来紛争の絶えないグローバニエに対応するために拡充され、名実共に北部地域の要と言える場所である。

 さらに、ここに来て南部騎士団からの応援である4000余が加わり、砦に駐屯する2000名と合わせて総勢12000の大軍が集まっている。

 

「準備の方はどうなっている?」

 駐屯地内にある騎士団総長の執務室で部下から報告を受けているのは北部騎士団総長ブレトス・コーンだ。

「物資は大旨準備が完了しております。輜重用の荷車を引くドゥルゥの数が揃っておりませんが、間もなく東部騎士団より支援物資と共に到着する見込みで、遅くともあと3日もあれば全ての準備が整うかと思われます」

「こちらの北部騎士団と応援人員である南部騎士団の連携訓練も順調に進んでおり、特に問題は発生しておりません。ただ、実戦経験は北部騎士団と比較になりませんので支援を中心とした動きになると思います」

 

 報告しているのは北部騎士団の副官、コレス・ビーンと今回応援部隊を率いてきた南部騎士団副官のパーシー・アーロンだ。

 南部騎士団の部隊は別部隊としてではなく、一時的に北部騎士団に組み込まれ、パーシーと共にブレトスの指揮下に入ることになっている。

 当初は南部騎士団総長のヴィジェル・ヴァルカスが南部騎士団を率いた合同作戦とする案もあったのだが、新たに外務卿となったイワン・ヴァーレント伯爵が『指揮系統が複数あると円滑な部隊運用ができないだろう』と指摘し、副官であるパーシーの指揮の下でブレトスに預けられることになった。

 北部と南部に分かれているとはいえ同じ国に仕える騎士達であるし、総長同士の関係も悪くない。

 日常的にグローバニエ王国の侵攻を食い止めている北部騎士団の方が実戦経験が豊富であることは誰もが知る事実であるために、南部騎士団の部隊も支援に回されることに不満を漏らすようなことはなかった。

 

「水軍の方はどうだ?」

「既に100隻が進軍準備を終えていると聞いております。後ほどガッシュ総督がこちらに……」

 コレスがそこまで言ったところで執務室の扉が叩かれ、返事をする前に開いて大柄な男が無遠慮に入ってくる。

「邪魔するぜ」

「ブレトンか、相変わらずだな」

 ブレトスはその男の姿を認めると苦笑いを浮かべながらも立ち上がって出迎える。

 男、水軍総督ブレトン・ガッシュはそんなブレトスを気にすることなく歩み寄り、差し出された手を握った。

 

「わざわざお前自ら出てくる事もなかったろうに」

「はんっ! ようやく待ちに待った日が来るってのに本部で書類に埋もれてられるかよ。っても、今回はあんまり出番はなさそうだがな」

 ブレトンは、ブレトスの前に急いで用意された椅子にどっかりと腰を下ろし、大声でがなり立てる。

 荒くれ者の多い水軍を率いるだけあってブレトン自身も豪放磊落を地でいく気質で、地位にもかかわらず粗雑な男だ。

 ただ、国と王家に対する忠誠は高く、武人としての分は弁えており先のクーデターに際しては『王家内のことには口を出さん』と自身は動かなかった。

 北部騎士団総長のブレトスとはファーストネームが似ていることから若い頃の合同訓練時に声を掛け、以来顔を合わせる機会があれば酒を酌み交わす程度には親しい間柄だ。

 

 南部騎士団の応援部隊と異なり、水軍が北部騎士団に組み込まれていないのは、単純に軍としての性質と運用方法が根本的に異なるためだ。

 もちろん連携は必要だが行動の棲み分けができるので指揮系統が分散していても問題はない。

 そして今回、後方支援として水軍から船100隻と兵員3500名が派遣されている。

 オルスト北部にこれだけの軍勢が集められているのは、以前のアレクシードとイワンの合意に基づいたグローバニエへの侵攻のためだ。

 

 とはいえ、グローバニエ王国全土を侵略するつもりはない。

 シェタスが懸念していたようにあの国を併合したところで抑圧され暴発し始めている民衆を抑え統制するのは多大な苦労が伴うし、そもそもオルストにそこまでの余力はない。

 だから今回の侵攻範囲はグローバニエ王国南部地域の3か所。

 オルストへの侵攻拠点となっている国境近くの街ゼンタ、デサイヌ川流域にあり貿易拠点となっている街グリスト、金と銀などの鉱山があるドーだ。

 この3か所はオルスト国境からの距離も近いために統治がしやすく、商人を通じた民間の行き来もある。

 さらにオルストには数少ない鉱山と貿易拠点を押さえることができればオルストの国力は増大し逆にグローバニエの国力を抑えることができる。

 

 いまだにグローバニエ王国内部の混乱は収束の兆しすらなく、ゼンタに駐留していた国軍もそのほとんどが王都に帰還するか離散してしまっているらしい。

 グローバニエの国土を切り取るにはこれ以上ないほどの好機なのだ。

「今ならもう少し北側まで切り込めるんじゃねぇのか?」

 作戦内容のすり合わせをしているとブレトンが不満そうにそう言うが、ブレトスは首を振る。

「これ以上北侵すると国境が横に広がりすぎる。この3か所の北側には我が国の北侵に備えて砦が築かれていてそれはそのまま我々が利用することもできるが、そこより北では新たに防衛拠点を築かねばならん。

 侵略しても永続して確保できねば無駄に兵を犠牲にするだけだ。それではヴァーレント閣下と陛下の意思を損ねることになる。それに、一度に統治範囲を広げ過ぎるには人員が足らんからな。

 それより、グリスト攻めの時は頼むぞ」

 

「わかってるよ」

 軍の階級としては同格だが年長者としてブレトスが窘めると、本気で言っているわけではなかったのかブレトンも素直に肩を竦めて了承した。

 水軍は今回、基本的に後詰めで予備物資の輸送やデサイヌ川流域からの奇襲対応が主任務となるが、水運も盛んなグリストでは多数の逃亡や水上からの攪乱にも警戒しなければならない。

 ブレトンもその地位に相応しく有能な指揮官である。

 そのことは充分に理解しているので、それ以上余計な口を挟むことなく騎士団と水軍の連携についての協議を進めていった。

 

「し、失礼します!」

 協議が一段落した頃、ノックもなしに騎士のひとりが部屋に飛び込んできた。

 ここはグローバニエとの前線基地だ。緊急時に礼儀を云々する者などいない。

 騎士の表情から何かが起こったことを察したブレトスがすぐに飛び込んできた騎士に尋ねる。

「どうした!」

「グロスタに潜入している者からの緊急報告です! グロスタに、グローバニエ王都にジギの騎竜兵部隊が侵攻し、グロスタが墜ちました!!」

『?!』

 

 大陸中西部に風雲急を告げる事態が起こっていた。

 

 

 

 

 ジュー……

 肉が焼ける匂いがあたりに漂う。

 しかもあちこちから。

 といっても別に陰惨な光景なわけではなく、リゼロッドを中心として発掘が進められている遺跡の一角。

 作業員用のプレハブ宿舎前の広場にいくつものバーベキュー用のコンロが置かれ、その上の金網には美味しそうに焼けていく大ぶりな串焼き肉が並んでいるのである。

 

「お~し! こっちはそろそろ焼けるぞぉ!」

 エプロンを身につけた伊織がそう声を張り上げると、香澄が紙コップに入ったビールやジュースを配っていく。

 集まっていた面々に飲み物が行き渡ったのを見て、リゼロッドが一歩前に出る。

「まだ発掘が終わったわけじゃないけど、とりあえず一旦打ち上げするわよ!

 とにかくこれまでご苦労様。みんなの協力で予想以上の成果を挙げることが出来たこと、感謝します!

 今日はたっぷり食べて飲んで、また明日からよろしくね。

 それじゃ、乾杯!!」

『かんぱ~い!!』

 

 ここにいる全員が、コップを掲げて唱和する。

 その全員が満面の笑顔だ。

 人数にして50人以上。

 女性もいれば子供も混ざっている。

 海辺でも湖畔でも河川敷でもなく遺跡発掘現場でというのは違和感ありまくりだが、こんな場所でのバーベキュー大会の開催にはそれなりに理由がある。

 というのも、この遺跡群の行政の中心と思われる城と、宗教の中心と思われる大規模な神殿の発掘がほぼ完了したからである。

 なので参加しているのは伊織達の他は発掘を行っていた元盗掘グループ達とその家族や恋人達だ。

 

 もちろん全体の面積からすれば発掘が進んでいるのはごく一部に過ぎないのだが、伊織達のこの遺跡における目的はほぼ達したと言えるし、発掘された埋蔵品は相当な量に登る。

 宝物庫で発見された財宝を皮切りに、多数の装飾品、保存状態の良い魔法道具、膨大な資料などが発掘され、元盗掘グループ達の取り分だけでも全員が一生充分に生活できるほどの価値となったのだ。

 もちろんこれは歴史に残るほどの成果であり、報告を受けたオルストの上層部は頭を抱える事態となっている。

 というのもアレクシードと伊織との間に交わされた契約で、伊織達が発掘した遺跡の埋蔵品に関しては全ての所有権が彼等に帰属することになっているからである。

 アレクシードから指示を受けた担当部局の者も当初、これまでの遺跡の傾向や埋蔵品の前例からこの契約に関して特に問題視していなかったのだが、結果としてここまで膨大な量の埋蔵品が個人の所有となることに慌てることになった。

 さりとて王太子であるアレクシードが交わした正式な契約であり、対価となるバーリサスからの超短時間送迎や王宮の奪還という困難な事業を果たしている以上文句を言うわけにもいかない。

 

 結局、彼等は発掘品をできるだけ低価格で国へ売却することとこれ以上の発掘を控えて欲しいということを伊織達に願って頭を下げるという情けない状態となったのである。

 伊織達としては別に金に困っているわけではなく、ベリク精石やその他必要な物と魔法や宗教に関する資料が入手できれば構わない。資料にいたっては原本である必要すらないのだ。

 そして遺跡というのは土地に縛られる国家の資産だ。

 無論、探索し発掘した者の利益は確保されるべきだし、一攫千金を夢見るのも悪いことではない。

 とはいえ、現代地球の機器を発掘に用いるという反則技を使う以上はあるていど遠慮と節度は必要だ。

 そこで伊織はリゼロッドと英太、香澄と話し合い、発掘品の4割に相当する物品の所有権(元盗掘グループ達の取り分を含む)を確保した上で残りをオルストに寄贈し、代わりに同条件での他の遺跡の探索を続けること、それと“ある条件”を呑ませることとしたのだった。

 

 人数が多いのでバーベキューグリル5台で肉や野菜を焼きつつ、鉄板の焼き台で屋台の定番焼きそばとお好み焼きを作っている。

 そこに次々と焼き上がった料理を取りに人が群がっていた。

「う、美味ぇ!」

「凄ぇ! こんなの食ったことねぇぞ!?」

 肉を口に入れた男が歓声を上げる。

 さすがは日本が世界に誇る味、茹でたモヤシに掛けるだけで立派なおかずに早変わり、エ○ラ食品が製造販売する黒地に金文字の焼き肉のタレである。

 異世界のむさい男共にも好評のようだ。伊達にゴールドの味などと名乗っていないのだ。

 他にもお好みでニンニク入りやゴマだれも用意されている。

 

「こっちの麺料理も美味そうだな。匂い嗅ぐだけで腹が鳴ってるぜ」

「この皿みたいな形の料理も捨てがたい!」

「この麦酒、すっげぇ冷たいぞ! しかもシュワシュワしてて苦いが美味い!!」

 鉄板と飲料コーナーからも絶賛の声が上がっている。

 細部まで無駄に凝る伊織は、しっかりと生ビールのサーバーを持ちだしている。

 銘柄はキリン○番搾りとサッポロヱ○スという、いかにも中堅サラリーマンが好みそうなチョイスだ。

 

 こちらの世界でもビールは存在し、数多の異世界物でも登場するエールが一般的だ。

 ビール類は地球においても最も古い酒類のひとつであり、その中でもエールは常温で短期間上面発酵させるために比較的容易に醸造することができる。

 そんなわけでこちらの世界でも酒場で一般的に飲まれるのはほとんどエールなのである。といっても現代地球の物ほど炭酸は強くないし冷やしてもいないので彼等が驚くのは無理もない。リゼロッドも食料は支給しても酒類は自分達で用意させていたので今回が初の生ビール体験なのだ。

 

「肉も料理もすっごい勢いで無くなっていきますけど大丈夫っすかね」

「まぁとりあえず肉は50キロ用意してあるし粉物も出してるから大丈夫だろ。ビールも20Lのタンクが20本あるし、足りなきゃ適当に気絶させて部屋に放り込んでおこう」

 もの凄い勢いで料理に群がる男達&その家族達に引きながら英太が聞くも、焼く役目を別の男と交代した伊織は、離れ際に確保してきた串刺し肉を豪快に齧りながらのほほんと過激なことを言う。

 そもそもいくら肉が用意してあっても焼くほうが間に合っていない。中には生焼けで取っていく奴までいるくらいなのだ。

「最初はこんなもんだろ。ちょっとすれば落ち着いて食えるようになるさ。それまでスルメでも食うか?」

 見ると伊織はいつの間に用意したのか、ちゃっかり小型の七輪に炭を入れてスルメやらカワハギやらを炙リはじめる。生ビールはステンレス製の保温ジョッキに入れるという念の入れようだ。。

 落ち着くまで待つ用意万端なのだ。

 

 

「ボラージ! あと他の人達もちょっと集まって頂戴!」

 料理を食べる人も落ち着き、伊織達も充分に腹を満たした頃になると、あちこちで談笑しながらビールだけを飲む姿が見られるようになる。

 それを見計らってリゼロッドは実質的に発掘部隊のリーダーを務めていたボラージと作業者達を呼び集めた。

「先生、旦那、何ですかい?」

 事前に何も聞いていなかったボラージが少々酒の入って赤くなった顔で訊ねる。

 他のメンバーも似たようなものだがリゼロッドや英太の表情を見て、何か悪いことがあったわけではないと察したのかご機嫌なままだ。ちなみに伊織の態度や表情はあてにならないので最初から参考にしていない。それなりに学習能力が高い面々なのだ。

 

 リゼロッドがボラージに、それから他のメンバーひとりずつ全員に鎖の付いたクレジットカード大の銅板を手渡していく。

 銅板の一番上には“公認発掘師”の文字、そのすぐ下に“オルスト王国国土資源局”と刻まれている。そして手渡したそれぞれの名前と番号が記されていた。

「えっと、先生、これは?」

 ボラージが代表して質問する。

「オルスト王国が新たに認定した資格証よ。国内にある古代遺跡の探索、調査、発掘を認めるもので、遺跡を発見して予備調査を行った段階で資源局に報告、当局の担当者の確認後発掘をすることができるようになるわ。そして今回と同じように発掘された埋蔵品の2割の権利が報酬として認められる。

 とりあえずあなた達は最低限の知識があると私が保証したから免除されたけど、今後は2年ごとに資格試験を行って、合格者にこの資格証が発行されることになったの」

 

 リゼロッドの言葉に男達の酔いが一気に醒める。

「ほ、本当に? え? お、俺達が遺跡の発掘できるように?」

「こ、ここの遺跡だけじゃなく、他の遺跡も、なのか?」

 ざわめくような男達の質問に、リゼロッドは頷く。

「もちろん当局への報告は決められた期間内に必ずしなければならないし、発見した埋蔵品も全て記録を取って提出しなければならないわ。

 報告しなかったり埋蔵品を隠したり偽ったりすればすぐに許可は取り消されるし、研究者が同行してその指示に従う必要があることもあるわね。

 でも、間違いなく国が認めた正式な資格よ。現在研究所が調査を行っている遺跡を除いて、今後その資格を持った人が見つけた遺跡全てに適用されるわ。報酬に関してもね」

 

 男達がリゼロッドの言葉を理解するのにしばらくの時間を要したが、その後、バーベキュー開始の乾杯を超える歓声が男達から響いた。

 実はこれが伊織が埋蔵品の所有権6割を放棄する代わりに出した条件なのである。

 当然最初は資源局の高官や貴族院も難色を示していた。

 だが、現実問題としていまだに多くの遺跡が未発見或いは放置されている状況であり、盗掘されて埋蔵品が密売買されていることも問題になっている。

 その上、現在のやり方である、国立の遺跡研究所が一つ一つの遺跡を調査する方法では人員も不足しており一向に発掘が進んでいないのが現状なのだ。

 その上、先日、伊織達の発掘現場にやってきて強権を振りかざして功績をかすめ取ろうとした遺跡研究の権威と目されていた人物、その研究結果が実にお粗末なものであることも伊織の指摘で明らかになり、研究所自体の存在意義も問われている。

 

 そこで伊織は一定の知識を持つ者に遺跡の探索と発掘を許可し、準研究者としての地位を与えることを提案したのである。

 埋蔵品の一部の所有権を認めることで、国が費用を負担することなく遺跡の探索と調査を行えるし、埋蔵品が見つからずに発掘者が放棄したとしても要所で報告義務を課すことで情報を管理でき、必要に応じて改めて研究所主導で発掘すればいい。

 さらに、盗掘グループの一部を準研究者に組み込むことができれば違法な盗掘が減ることはもちろん、資格で縛ることで素行を正すことも期待できる。

 この伊織の現実を踏まえた主張とアレクシードの後押しによって、最終的に資源局と貴族院は資格の創設と遺跡の発掘を認めることになったのだ。

 そして、これはボラージ達のような古代遺跡に魅せられた男達に広く門戸を開くことでもある。しかも今回の様に一攫千金の夢までも見ることができるのだ。

 

「せ、先生! ありがとうございます!!」

「うぉぉぉ!! 俺はやるぞぉっ!」

「俺もだぁ! 探して探して探しまくってやる!!」

「ガキに自信持って俺の仕事を教えてやれるぞ!」

 大声で喜びを露わにする男達。

 それを聞きつけて男達の家族も集まってきて、事情を伝え聞いた家族達も歓声を上げる。

 自分達の夫や兄弟、親が、今後は犯罪者として捕まる心配をせずに仕事に送り出すことができるようになるのだ。

 

 リゼロッドがそんな人達に感謝されつつ揉みくちゃにされているのを伊織と英太、香澄は少し離れた場所で眺めていた。

「すっげぇ喜びよう。伊織さんが交渉した甲斐があったっすね」

「まぁオルストの遺跡をいちいち全部探してたら何年あっても足らないからなぁ。これなら上手くすれば美味しいところだけ掠め取ることができるだろ? 時間は掛かりそうだが」

「そんなこと言ってるけど、伊織さんもあの人達のこと、結構気に入ってるんでしょ? 資源局の役人に熱弁振るってたってリゼさんに聞いたわよ?」

「ああ、伊織さんって、なんだかんだ言って気に入った人には甘いっすよねぇ」

「……高校生がイジメる……」

 

 ふて腐れた表情をつくりながらスルメの足を齧る伊織。

 あそこで喜びを爆発させている元盗掘グループの連中は、ここの発掘を始めてから実に真面目に作業に従事してきた。

 知識欲もあり、よく作業が終わってからリゼロッドを質問攻めにしていたくらいだ。

 盗掘自体は違法行為であり捕まれば犯罪者として罰せられるのだが、結局は古代遺跡に憧れた大人になりきれない男達なのだ。

 そして今回の発掘の成果により今後は焦って利益を追う必要もなく、純粋に遺跡発掘という喜びに邁進することができるようになるだろう。

 

 ピーピーピー。

 和やかな中、無粋なアラームが鳴る。

「ちぇっ、せっかくの打ち上げの日に」

 英太は不満そうにぼやくが、香澄は肩を竦めて現場事務所になっているプレハブに向かう。

 アラームは遺跡全体を囲むように配置した赤外線センサーの反応を示すものだ。木々の揺れや小動物に反応しないように2つのセンサーを同時に遮った場合のみに反応するように設定されている。

 研究所の元所長、パンタロが財宝の情報を聞きつけていたことを受け、あまり質の良くない他の盗掘グループや盗賊が侵入、襲撃してくることを想定して設置したのだ。

 実際にこれまでに何度か偵察や窃盗目的に侵入しようとした者を捕捉し捕縛或いは撃退している。それと森に生息している大型の熊が近づいた時にも役に立った。

 ちなみにその時は発掘隊の男達がツルハシとシャベルで迎撃し、その日の夜から数日間食卓に上った。

 

 事務所に入ってモニターの電源を入れた香澄はカメラを操作して周囲を確認していく。

 なにしろ伊織が張り切って100台以上の監視カメラを設置したものだから確認するだけでも一苦労なのである。

「7番から12番、30番、52番、81番のカメラで確認したわ。結構多いわよ、多分100人近い」

「うっわ、伊織さんどうします? って、聞くまでもなく準備してるし!」

 一緒にモニターを覗き込んでいた英太が振り向くと、伊織は鼻歌交じりに両側にホルスターの付いたショルダーベルトと、これまた両側にレッグホルスターを装備し、M16A4アサルトライフルを手にしている。

 

 香澄もアーマードジャケットとレッグホルスターを装備し予備弾倉をポケットに入れ、M4カービン銃を手に取る。

 英太はというと、相変わらずの二本差しである。

 装備を身につけた3人がプレハブを出ると、発掘者グループも手に大剣やツルハシを持って殺気だった顔で集まっていた。

「念のため他の人は遺跡の中に避難してもらったわよ。侵入者でしょ?」

「旦那、早速迎え打ちますかい?」

 せっかく新しく資格を得られた喜びに水を差された形となったボラージ達の気合いの入りようがもの凄い。今にも飛び出していきそうな雰囲気だ。

 盗賊行為はしていなかったとはいえ元は無法者だ。荒事には慣れているし躊躇もない。

 

「うんにゃ、結構人数を集めてきたみたいだし、根こそぎ潰せばしばらくは静かになるだろ。逃がさないようにしっかり引きつけよう。英太、ライオットシールドを配ってくれ」

「あ、はいっす」

 忘れてたという感じで英太が近くのコンテナまで走って行き、中から透明な盾を出していく。男達の数人も手伝いに回った。

「えっと、何も無いみたいに透けてるし恐ろしく軽いですけど、これは?」

 配られたシールドを見て戸惑った声を挙げる男達。

「頼りなく見えるかもしれんが弓矢や剣の刺突くらいじゃびくともしないから安心してくれ。多分連中は弓を使ってくるだろうからな」

 伊織の言葉に半信半疑ながらも素直に頷く。

 強化ポリカーボネート製のライオットシールドは透明軽量ながら拳銃程度の弾丸にも耐えられるように作られている。弓矢程度では貫通する恐れは無い。

 

 突然の襲撃にも対応できるように十分距離を取った場所にセンサーを設置していた分、襲撃者が到着してこちらを包囲したのは優に30分以上経ってからだった。

 その間にボラージ達はますます殺気立ってくるし、退屈した伊織は七輪で鮭とばを焼きつつ生ビールをグビグビ。

 一種異様な雰囲気で待ち構える中、ようやく闖入者が姿を現す。

 切り開いた道側から出てきたのは5人ほどのガラの悪そうな男達。

「よおぅ! ボラージ、景気良さそうじゃねぇか」

「ガラッド、テメェか」

 声を掛けてきた男を見るなりボラージの顔が腹立たしそうに歪む。

 

「知り合いか?」

「ここらじゃ有名な盗掘グループの頭ですよ。腕っ節は大したことねぇが小狡くて残忍な奴でさぁ」

「おいおい、酷ぇ言い種じゃねぇ? ご同業捕まえてそりゃねぇだろ。

 まぁいいや。

 話は聞いてるぜ? かなりの当たり引いたらしいじゃねえか。根性なしのオマエらにゃ勿体ないからこっちによこせよ。もちろんこれまでに見つけた財宝も全部、な?」

 ニヤニヤ笑いながら言い放つガラッドと呼ばれた男。

 

「ハンッ! 寝言こいてんじゃねぇ! 俺達は正式に許可を受けて発掘してるんだ。もちろん報酬も充分貰ってな。文句があるならテメェも許可受けて別の場所の探索でもしてな!」

 鼻で笑い飛ばしたボラージにガラッドが苛ついた顔で睨む。

「テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ! 俺達が何の手も考えずに来たとでも思ってんのかぁ?」

 ガラッドがそう言って片手を挙げると、周囲の茂みから一斉に似たような男達が飛び出してグルッと包囲する。

 その内20人ほどが弓を構えてボラージ達に狙いを付ける。

 だが、事前に準備を整えていた発掘グループの男達も落ち着いてライオットシールドを構えながら円状に守りを固めた。

 

「テメェらこそ、こっちが何の準備もしてねぇとでも思ってんのかよ。見たところここらの盗掘グループと盗賊共を掻き集めて来たらしいが、こっちにゃもっとトンデモねぇバケモノがいるんだよ」

「て、テメェ、そのヘンテコな盾が何なのか知らねぇが、この人数をどうにかできるとでも思ってんならおめでてぇなぁ! 皆殺しにしてやるよ、女も居るが、そっちは美味しく……」

 ダダダッ!ダダダダッ!!

 ダンッダンッダンッ!!

 ガラッドが言葉を終える前に伊織と香澄の手から銃声が響く。

 

 シーン……。

 一瞬の静寂。

 そして狙い違わず頭部を撃ち抜かれた弓を持った男達が倒れる音がはっきりと聞こえてきた。

「な?! ななな?!」

「おしっ! ぶちのめせぇっ!!」

『うおぉぉぉぉっ!!』

 呆然とガラッドが固まる中、ボラージの号令で発掘者達がシールドを持ったまま包囲している連中に躍りかかっていく。

 ポリカーボネート製のシールドは軽く、動きの妨げにならないので男達は長剣やツルハシを縦横に振り回しながら蹴散らしていった。

 普段からこの連中と同列に扱われることに鬱屈していた男達の攻撃は容赦がない。

 

 対して包囲していた盗賊達は圧倒的優位な立場にいたはずが、あっさりと形勢を逆転され立て直す間もなく斬りつけられ、また足をツルハシで潰されていく。

 ダダダダッ!!

 ズダンッ!ズダンッ!

 合間に弓を持っていた男や反撃しようとした男も伊織と香澄によって撃ち抜かれていきあっという間にじり貧となる。

 目端の利く者は早々に逃げ出そうとするも、

「はい、残念でした!」

 いつの間に移動していたのか、英太によって峰打ちで殴り飛ばされた。もちろん手加減は無しだ。

 

 10分もしないうちに、100人近くいた襲撃者達はほとんど死ぬか重傷で地面に這いつくばることになった。

 残っているのは唖然として状況を見ているしかなかったガラッド達数名だけとなる。

 もちろん伊織達と発掘者達は誰ひとりとして怪我すらしていない。

「う、嘘だ……集められるだけ集めた奴らが……こんな……」

 呆然と呟きながらも、自分の作戦が失敗したことを悟ったガラッドの頭はめまぐるしく動く。

 このままでは自分も殺られる。

 あの轟音を放つ武器が何なのかはわからないが、とにかく逃げるしか生き残る術は無い。

 そう考えたガラッドはすぐに行動に移す。

 

 粗方襲撃者達が片付いたのを確認してボラージが大剣を肩に乗せて近寄ってくる。

 もう少しで目の前まで来るというタイミングでガラッドは両脇に立っていた男達の腕を掴み、ボラージの方に突き飛ばした。

「ッチ! ガラッド、テメェ!」

 間を塞がれたボラージが怒鳴るが、その時にはガラッドは道脇の茂みに飛び込むところだった。が、再びの轟音と共につんのめるように地面に倒れる。

「は? え? な、なに、ぐあぁぁぁっ!!」

 一瞬遅れてやってきた激痛にのたうち回るガラッド。

 その両膝はほぼ同時に放たれた伊織と香澄の小銃によって撃ち抜かれていた。

 

「さて、こんだけふざけた真似してくれたんだ、タダで済むと思っちゃいねぇよな?」

 ゆっくりと歩み寄りながらボラージはニヤリと笑う。

 

「なぁ、今回俺結構頑張ったと思うんだけど、何か影薄くね?」

「あ、あははは、た、たまには良いんじゃないっすか?」

「普段はやらかしまくって悪目立ちしてるんだからこういうときくらいは主役譲ってあげたら?」

 

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