第29話 お宝発見!と迷惑な客
オルストの王都オルゲミアの北、徒歩で2日ほどの距離にあるリセウミス王朝時代のものと思われる遺跡群。
鬱蒼とした森林地帯に埋もれていたはずのその場所は、現在ではすっかり森が切り開かれ、数百メートル四方にわたって地面が露出している。
数人の男達が大型のチェーンソーで木を切り倒し、ホイールタイプのユンボによって地を這う木の根が掘り返され、クレーンでそれらが除かれる。
地球では宅地造成などでよく見られる光景なのだが、ここが剣と魔法の異世界であることを考えると違和感しかない。
遺跡を確認したリゼロッドは伊織にユンボやクレーンなどの重機類と英太、香澄の手を借りてまずは森に埋もれた遺跡群の表面を露出させることにした。
千数百年の年月によって遺跡はそのほとんどが地下に埋もれてしまっている。
効率よく発掘を進めるためには、まず森を開いてから電磁探査機などで地下を調査する必要があるからだ。
とはいえ、判明しているだけでも東西に5キロ南北に2キロ程の範囲全てを調査するのは相当な時間が掛かるため、リゼロッドが重要な施設があると考えた範囲に絞って調査を行っている。
リゼロッドは最初の2日ほどで優先発掘場所を選定し、現在はそこを中心に発掘が進められている。
街の中心、城に相当すると思われる施設を入念に調べて地下の予想地図を作成し、それに基づいて重機で掘り進めると大きな建物の石壁が露出していく。
見たところ埋まっていたとは思えないほど保存状態が良さそうだ。
ある程度掘り進めたところでリゼロッドはユンボを操作している英太に合図を送り作業を中断させる。
これ以上は遺跡の破損を防ぐために重機ではなく人の手と魔法で掘り進める必要があるのだ。
丁度そのタイミングで発掘現場に4つの音階からなり日本人ならば知らない人はおそらくひとりも居ないだろう名曲中の名曲『ウェストミンスターの鐘』が響き渡った。
リゼロッドはユンボから降りてきた英太と共に、発掘現場近くに設置されている、工事現場でよく見かけるタイプのプレハブ小屋に入った。
プレハブの中は折りたたみ式の長テーブルやパイプ椅子、ホワイトボードなどが置かれていて、まんま土建屋の休憩所である。
もちろんエアコン完備で快適な室温に保たれており、2台のウォーターサーバーで冷たくて美味しい水が飲み放題なのだ。
世のラノベ愛好家からしたらフザケンナといった感じだが、これらはもちろん伊織が準備したものだ。
そしてリゼロッドも英太も香澄もたっぷりと恩恵を享受しているわけである。
人間、一度快適さを味わってしまったらなかなかそこから抜け出せないのだ。
リゼロッドと英太が冷たい水で喉を潤していると、プレハブ休憩所にドヤドヤと人が入ってくる。
「あ、先生、お疲れ様です!」
一番先に入ってきた男がリゼロッドに気付き、慌てて頭を下げた。
「お疲れ様。そっちの作業はどう?」
「は、はい。カスミお嬢は17番区画の測定が丁度終わったって言ってやした」
「そう、わかったわ。それじゃ休憩後からこっちの発掘作業をお願い。エータの作業は終えたから」
リゼロッドがそう言うと、男は、いや、他の聞き耳を立てていた男達も目を輝かせた。
「す、するってぇと、いよいよ、ですかい?」
「ええ、遺跡区画全体の調査も大事だけど、そろそろ何らかの成果は見てみたいわ。それに今のところの調査ではそこが街の中心で領主なり王なりの居城だった可能性が高いからまずはそっちを優先しましょう」
期待に満ちた男の問いかけにリゼロッドが答えると、男達から歓声が響く。
彼等にとっては待ちに待った瞬間である。
ここ数日ですっかり発掘に魅せられた英太も男達と一緒になって歓声を上げている。
「それにしても、拾いものだったわね」
「伊織さんがこの連中を雇うって言ったときはどうなるかと思ったけどね」
リゼロッドの呟きに、いつの間に入ってきていたのか香澄が苦笑混じりに応える。
このやり取りでわかるように、男達は遺跡調査の初日に絡んできた盗掘グループの連中である。
デザートイーグルをぶっ放して連中を威圧した伊織は、この盗掘グループに発掘の手伝いを提案したのだ。
条件としては、連中を正規の発掘助手としてオルストの許可を取り、発掘できた埋蔵品の2割もしくはそれに相当する金銭を報酬として支払うこと、発掘期間内の遺跡近くでの宿泊場所及び食事の無償提供だ。
この連中は盗掘グループという無法者ではあるが、正規の研究者を襲うような盗賊行為は行っていないようであるし、遺跡の盗掘を生業としているだけあってそれなりに知識もあるようだ。そして何より遺跡に対してロマンを求めるような、どこか憎めない一面がある。
元々予想外に規模の大きい遺跡に当たってしまい、伊織達だけで発掘するのは難しく商業ギルドを通じて人夫を雇うことも考えていたために渡りに船だったこともある。
皇太子殿下からの報酬として発掘品の所有権を認められていることもあり、彼等の欲と実利を満たすこともできるし、一から全部指示を出さなくても作業を任せられる人員は貴重だ。
もちろん発掘した埋蔵品をくすねることには警戒しなければならないが、それを防ぐためのエサも用意しているために今のところはすぐに利益にならない基礎調査も積極的に行ってくれている。
彼等にとっても寝床と食事が提供される以上は、焦ってリスクの高い短期的な利益を求めなければならない理由はないし、基礎調査をしっかりと行うことで埋蔵品の取りこぼしが少なく、結果的に大きな利益を得る事ができる。
そもそも国の目を盗んで行う盗掘は、遺跡の埋蔵品を残さず手に入れることなどできるはずがなく精々埋蔵品のごく一部を手に入れられるかどうかだ。
特に深く埋もれていたり複雑な構造の遺跡は埋蔵品を得る事自体が難しい。
それが人目を気にすることなく堂々と時間を掛けて発掘することができるなら、例え2割の取り分でも十分な報酬となる。
ましてや一緒に発掘するのが専門家でなおかつ十分すぎるほどの機材を持っている上に遺跡の規模がこれまで彼等が盗掘してきた全ての遺跡の合計の数十倍である。
その上、働き如何では今後も発掘者の助手として活動できるように国と交渉すると伊織が約束したのだ。
盗掘なんて仕事は決して割が良いものではない。知識も根気も必要だし危険も大きい。捕まれば厳罰が待っているし同業の連中とのいざこざも絶えない。金が目的なら他にいくらでも方法があるのだ。
にもかかわらず盗掘をしているのは、やはり古代遺跡に魅せられているからだ。
元来、遺跡の発掘は研究者とその教え子や助手、単純作業で雇われる人夫が行う。
連中のような何の伝手もない男達には関わることすらできない。仮に人夫として雇われることができたとしてもあくまで小間使いの雑用で低賃金の上、埋蔵品には触れる事すらできないだろう。
それを正規の作業者として、しかも埋蔵品を正当な権利として手に入れられるチャンスを目の前に提示されれば断る選択肢などあるわけがない。
伊織達の得体の知れなさに不安がないわけではないが、正規の発掘許可証を所持しており報酬や待遇を明記された契約も交わした以上、最悪でも国に訴えることができる。
そうしてまんまと伊織にノせられることになった男達は喜々として発掘作業に従事しているのであるが、非合法の行為とはいえ盗掘はある程度考古学的な知識が不可欠だ。
遺跡を探し出して埋蔵品があるであろう場所を予測しできるだけ短期間に最小限の労力で盗掘をしなければならないのだから、それもある意味当然の事だ。
通常はその手の知識は発掘を主導する研究者だけしかなく、雇った人夫は指示に従って作業するだけ。しかも安い賃金で仕方なしに働くのだからやる気もなければ効率も悪い。
ところが彼等の場合は最低限の知識があるから大まかに方向性を指示するだけで作業を進められるし、結果が報酬に直結しているのでモチベーションは異常に高い。
必要なことはどんどん吸収していくしクビになったら全部パーになるので実に従順だった。
伊織はプレハブ式の簡易宿泊所、4人一部屋2段ベッド2つとエアコン付きを10部屋分とシャワールームに共同トイレ、炊事場を用意して最低限滞在することのできる施設を遺跡脇に造り、井戸や浄化槽も設置した。
食事は十分な材料を渡しておけば彼等が自分達で何とかできるし、それどころか普通なら野宿かテントで寝泊まりすることを考えれば天国のような待遇だ。
もちろんリゼロッドや香澄、英太には個別にトレーラーハウスが準備されたが。
おかげで発掘を初めて僅か数日でこうして中心的な建造物の姿を拝めるまでに作業を進めることができた。
重機類の活躍があったとはいえ、通常なら数ヶ月はかかるであろう作業だ。
ちなみに伊織本人は国が持っている資料を調べるために連日研究所に詰めている。
それから3日。
城と思われる遺跡はかなりの部分を地表に晒し、内部の調査もかなり進んでいる。
建物のいたるところに魔法による保護措置の痕跡が見られ、そのせいか内部の破損は少ない。
これまでにもいくつもの部屋から装飾品やいくつかの資料が状態の良い形で見つかっていることもあり、全員のモチベーションはこの上なく高い。
ここまでの暫定的な取り分だけでも男達の過去数年分の成果を超えているくらいなのだ。
当初は8人だった元盗掘グループの男達は、仲間や信用できる親しいグループを誘って現在では30人近くまで増えている。報酬は減るが、それ以上に早く発掘を進めたいかららしい。
今のところ判明している範囲では城は6階層からなり、構造からして地上4階、地下2階。
外見的にそれほど装飾が施されておらず、形はほぼ立方体に近い。
4階部分は土砂が入り込んでほぼ埋まっていたがその下からは余程強く保護の魔法が掛けられていたらしく千年以上土の中に眠っていたとは思えないほど保存状態が良い。
部屋数は規模からすれば少なく感じられたが、おそらくそれは宮殿としてよりも行政府としての建物ということなのだろうと考えられた。
「先生! 魔法が掛けられた扉がありました! まだ生きているみたいです!」
現在はおそらく当時の地下部分に相当するであろう場所の調査に移っているが、そんな折、先行していた元盗掘グループのリーダー、ボラージがリゼロッドを呼ぶ。
すっかり発掘の助手の立場が板に付いてきたボラージは、勝手なことはせずにリゼロッドの指示を待つ。
充電式の手持ち投光器に照らされた通路の先に、ボラージと数人の男が待機しており、その向こうに結構な大きさの扉が見えた。
「……うん、触った人いないわよね? 罠付きよ」
扉を調べたリゼロッドが振り返ってボラージに確認すると、男達はホッとした顔で頷く。
魔法が生きているということは侵入者対策の罠なども当然稼働状態にあるということでもある。
元盗掘グループであるボラージ達もその危険性は充分に理解している。
罠に引っかかって全滅したグループや呪いの類を受けた盗掘者の話はごく身近なこととして見聞きしているのだ。
これまではそういった罠のある遺跡が見つかった場合はほとんど諦めざるを得なかった。
しかし、今回共に発掘しているのは一流の遺跡研究者にして高位の魔術師である。
リゼロッドは慎重に扉に掛けられた魔法を罠ごと解除する。
そしてリゼロッドの合図で英太がゆっくりと扉を動かしていく。香澄やボラージ達は不測の事態に備えながらそれを見守る。
扉が完全に開かれると、再びリゼロッドが魔法を調べ、ようやく中に入ることができたのだった。
「うぉっ! こ、これは……」
「す、すっげぇ!」
「……コレは……さすがに言葉を失うわね」
真っ暗だった部屋の中が投光器の光に照らされると、一同は驚愕の声を上げ、その後言葉を失った。
そこにあったのは部屋を埋め尽くさんばかりに収納されていた、金銀宝石がふんだんに使われた装飾品や膨大な量の金貨、銀貨が詰まった木箱、美術品、見事な武具の数々だった。
おそらく、いや間違いなくこの城の宝物庫だったのだろう。
これだけの量はここにいる誰ひとりとして見たことも聞いたこともない。
しばし呆然と見ていた一同だったが、いち早く我を取り戻したのは香澄だった。
英太を引っぱたいて正気に戻すと、一旦全員を部屋の外に出し、英太とボラージに投光器を持たせて屋内をデジタルカメラで撮影していく。
全体や物品の位置、配置を角度を変えながら百枚以上撮影し、それが終わるとリゼロッドにバトンタッチする。
その頃には準備を終えていたリゼロッドが、“針金荷札”と呼ばれる、紙の先に巻き付けるための針金の付いた荷札に番号や置かれていた場所などを書いて次々にぶら下げる。それをボラージ達が大切そうに運び出していくのだ。
こうすることで後から整理しやすくなるし、紛失すればすぐに分かる。
運び出された埋蔵品は、一旦外に敷かれた白いシートに広げられ、リゼロッドによって分類と鑑定が行われた後、伊織が用意した鉄製の大型コンテナに収納される。
2種類の鍵が掛けられ、それぞれをリゼロッドと香澄が身につけているので2人から鍵を奪わないかぎり開けることはできないのだ。
これだけの財宝が見つかったことで良からぬことを考える者も警戒しなければならないのだが、まだ遺跡の発掘は始まったばかりであり、今後の発見によっては正規の取り分だけでも今回の財宝を超える可能性がある。
今回見つかった財宝ですら限界まで少なく見積もっても2割の取り分を全員に分配して当分遊んで暮らせるほどなのだから。
ただ、どこから情報が漏れるかまではわからないので早めに伊織に回収と保管を頼む必要があるだろうが。
「そりゃ俺も見たかったなぁ。お宝発見なんて人生の中で早々見られるものじゃないし」
数日後、様子を見に来た伊織が事情を聞いて悔しがっている。
確かに遺跡の封印された扉を開いたら金銀財宝が溢れかえっているなどという状況は映画の中以外ではまずあり得ないロマン溢れるシチュエーションだ。
「なぁ、一旦お宝を元に戻して……」
「リテイクなんてしませんからね!」
伊織のアホな提案は香澄に一蹴される。
英太とリゼロッドも苦笑いである。
「でも、普通に考えて財宝とかが見つかるのって王族のお墓とかじゃないんですか? 副葬品っていうんでしたっけ、でもここってお城ですよね? 人が居なくなるときに持ち去ったりすると思うんですけど」
香澄が予てから疑問に思っていたことをリゼロッドに訊ねる。
実際に地球では財宝が見つかるのは運搬中に沈没した船などを除けば財宝が見つかるのはほぼ墳墓に限定されている。
極稀に宗教的な施設跡に僅かながら装飾品が残されていたり、意図的に隠された物が見つかる例外はあるが、普通なら財宝を残して人が居なくなることは考えづらい。
「う~ん、実は古代魔法王国と呼ばれているリセウミス王朝が滅んだ理由はよくわかっていないのよ。
わかっているのは約1800年前に突然住んでいた人達ごと忽然と姿を消したってことだけ。だから普通の住居跡から装飾品が見つかることもよくあるし、中には料理が器に盛られたままの状態で石化して見つかった事もあるわ。
今よりも遥かに進んだ魔法文明が発展していたことから、一部では何らかの大規模な魔法が暴走して人間だけを残らず消滅させた、なんて説を唱える研究者もいるわね。
実際、リセウミス王朝が消滅した後300年ほどはまともな文明もなかったようだし、いまその地域に住んでいる人達は大陸東部や南部から移り住んできたと考えられているの」
まるで優れた文明を持ちながら一夜にして海中に没したと言われているアトランティスやムー大陸のようだ。
「いいねぇ。俺もこっちの発掘やってりゃ良かった」
「研究所の資料の方はどうなんすか?」
珍しくふて腐れたようにぼやいている伊織に英太が訊ねる。
「正直期待はずれだったな。まぁ一次資料はそれなりに揃ってたんだが研究資料は役に立ちそうにないな。めぼしい場所をチェックしてから実際に現地で見てみるしかない。ただ、開発されて残ってない遺跡もあるみたいだからどこまで調べられるかわからん」
「そうなの? でもオルストの方が研究が盛んだって話じゃなかった?」
「グローバニエの研究とリゼの資料を見てたからここでも期待してたんだがなぁ」
どうやらよほど研究資料に不満があるらしい。
とはいえ、伊織達が知りたいのはリセウミス王朝の文字と魔法に関してで、考古学的視点の研究だとどれほど数があってもほとんど役に立たない。
グローバニエ王国は古代魔法を侵略のための道具として研究していたようだし、リゼロッドは古代魔法の研究が主要テーマだったことを考えるとたまたま方向性が一致していたとも言えるのかもしれない。
そうしてひとしきり愚痴った伊織が、改めて遺跡発掘の進捗をリゼロッドと確認していると、休憩所に発掘作業をしていたはずの男が駆け込んできた。
「先生! 旦那ぁ!」
男は伊織とリゼロッドの顔を見るとあからさまに安堵の表情を浮かべる。
「何かあったの?」
「あ、今しがた王都から遺跡研究者を名乗る偉そうなのが来て、責任者を呼べって喚いてるんです。ボラージが対応してますが発掘を中止しろとか言ってて」
リゼロッドは伊織と顔を見合わせる。
ただ、遅かれ早かれ大量の財宝が見つかったのを知られることは想定していた。発掘に従事している男達にはご祝儀として一時金を配っているし数日に一度は休日を取らせている。その時に街に行って羽目を外した者もいるだろう。
盗掘者や盗賊に襲撃されると面倒なので一応箝口令は布いたのだが酒が入れば口も緩くなる。どこかでポロリと溢したりしたのだろう。
ため息を吐くリゼロッドと機嫌の良くなった伊織。
2人と英太達の面々は男の先導でその研究者とやらが来た場所に向かう。
そこには20人近くの人間が集まり喚きあっているようだ。
「だから、今すぐ発掘を中止して発掘した物の保管場所に案内しろと言っているだろうが!」
「雇い主でもない奴の命令を聞くわけねぇだろ! 責任者を呼びに言ってるからちょっと待ってろ!」
「貴様、人夫風情が誰に口をきいている!」
一触即発状態ではあるが、とりあえずボラージもリゼロッド達に迷惑が掛からないように自制しているようだ。
「何の騒ぎ?」
そこに到着したリゼロッド。と伊織、その他2名。
元盗掘グループの男達が慌てて左右に分かれて道を作る。
喚いていた男がリゼロッドが若い女性であることに一瞬驚くが、すぐに嘲るような表情でなめ回すように彼女の身体を見る。
「ふん、女が遺跡研究だと? こんな小娘が責任者だとはな。まぁいい。
おい、儂の名はパンタロ・レービン、この国の遺跡研究の第一人者と呼ばれておる」
数人の助手らしき男を引き連れたパンタロが尊大に言い放つ。
「……で? その第一人者とやらが何の用かしら?」
「バーラの研究者が我が国で遺跡の発掘を行い何やら貴重な物を多数発見したと聞いたのでな。
遺跡は我が国の宝だ。他国の者に好き勝手させるわけにはいかん。
ここから先は儂が引き継ぐから発掘した品を引き渡して撤収するがいい」
「はぁ? 寝言は家のベッドで言っててちょうだい。私達は正式に許可を受けて遺跡の発掘をしてるの。発掘物の所有権も全てこちらにあるのよ。わかったらさっさと帰って。茶番に付き合ってるほど暇じゃないのよ」
心底面倒臭そうにリゼロッドがパンタロに言い捨てる。
「な?! 茶番だと? し、しかも発掘物の所有権など認められるはずがないだろう! オルストの全ての遺跡は我が研究所が統括しているのだ! そんなものは許可できん! 直ちにこの遺跡と発掘物を引き渡せ! これは命令だ!!」
リゼロッドのぞんざいな態度に顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らすパンタロ。
そこに伊織の場違いな叫び声が響いた。
「あぁ~~っ!! どこかで聞いたことがある名前だと思ったら、研究所の資料に執筆者として名前が出てた奴だ!」
まるで珍獣でも見るかのように指さしながら隣にいた英太に大声で言う。
「えっと、有名な研究者、ってことっすかね?」
「有名かどうかは知らないが、内容は酷いもんだったぞ? 自分の仮説に都合の良い事柄だけ引用して、都合の悪いものは全部無視。ほとんどが推測どころか妄想としか言いようのない主張ばかりだったからな。矛盾してる部分も山ほどあったし、小学生の作文の方がよっぽどマシだぞ。
それだけじゃなくて、どうも他人の書いた論文で出来の良いものを自分の書いたものにして発表してるみたいだしな。文体や言い回しが別の執筆者の名前が書かれたものと同じってのがいくつもあった」
伊織は別にパンタロに向かって言っているわけではない。
顔はあくまで英太を向いているし、口調も世間話的な風を保っている。が、声がでかい。もちろん明らかにわざとである。
そのあまりに扱き下ろした内容を大声で喚かれた方はたまったものじゃない。
そしてその内容はパンタロを見る助手達の目を冷たくさせるには十分なものだ。
「き、ききき、貴様!」
「あ、それよりさぁ、こっちが持ってる許可を勝手に無効にしようとしてるけど、ひょっとして許可した人よりもそっちの第一人者さんの方が偉いのか?」
怒りにプルプルと震えていたパンタロだったが、伊織のその言葉に余裕を取り戻す。
「ふ、ふん! そんなことは当たり前だろう。我が国の遺跡に関する権限は研究所に帰属しているのだ。所長である儂の認可がなければ無効だ」
その時の英太と香澄の表情と言えば、つまりは“あっちゃ~”てなものだ。
散々言いたい放題言った上に見事にパンタロを引っかけた人の悪さに呆れるしかない。
パンタロの言葉を聞いて、伊織はニッタァ~と笑う。
「そうかぁ! そりゃ悪いことしたしたなぁ。今日にでも許可してくれた人に言っておくよ。あ、ちなみに許可証に署名されてるから一応見せておくわ」
そう言って許可証をペラッとパンタロの眼前に突き出す。
「ふん! どこの役人だ、勝手に許可など……あ、アレク、シード……ま、まさか、お、王太子殿下ぁ?!」
「知らなかったよぉ、オルストじゃぁ王太子殿下よりも研究所の方が偉いんだなぁ。しっかりと報告して謝っとくからな」
「な、ちょ、まっ」
呆然としていたパンタロが気付いたときには既に時遅し。
手をヒラヒラと振りながら伊織は乗ってきたヘリに乗り込むところだった。
慌てて追いかけて弁明しようとしたパンタロを残し、ローター音を響かせながら飛び去る伊織。
それを見送るしかなかったパンタロは膝から崩れ落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます