第28話 騒動の顛末とトレジャーハンター

 王宮を占拠していたイワン・ヴァーレント公爵とヴィジェル・ヴァルカス南部騎士団総長率いるクーデター派の制圧から丸一日。

 王太子であるアレクシードに呼び戻された近衛騎士団が厳戒態勢で警備している中、王宮の会議室にはオルスト王国の主だった者が集められていた。

 その中には監禁されていた国王、シェタスの姿もある。

 

 会議室の中央には大きな円卓が置かれており、一番奥側の指定席に国王シェタスが、その左隣にアレクシードが座っている。

 そして右隣には今回のクーデターの首謀者、イワンとヴィジェルがいる。

 出席者は他に、宰相であるアメリウム・カシェス、リャービス・ドリバ内務卿、エスティス・ガイゼル貴族院議長、ブレトス・コーン北部騎士団総長、ウェリス・ハグラー東部騎士団総長、クリセウス・オービル軍務長官、ブレトン・ガッシュ水軍総督。

 オルスト王国において全ての意思決定を司る文字通りの重鎮達である。

 

 全員が円卓を囲む場で、たった今アレクシードの口から今回の騒動の原因や現在の状況、今後の方針案が語られたところだ。

 シェタスは腕を組んで目を瞑り、アメリウムとリャービス、エスティスは難しい顔、軍関係の4人は緊張を表に出した硬い表情だ。

 しばらく沈黙が続き、やがてシェタスが深いため息と共に重々しく口を開いた。

 

「……そうか。アレクシードよ、王太子として答えよ。

 ヴァーレント公爵とヴァルカス南部騎士団総長の処分、どうすべきか」

 シェタスに促されアレクシードは決然とした表情で考えを述べる。

「叔父上、ヴァーレント公爵は王位継承権の剥奪と伯爵への降格、ヴァルカス南部騎士団長とオービル軍務長官はそれぞれ役職を解任。賛同した北部騎士団総長と東部騎士団総長は戒告処分とするべきでしょう。

 その上で、ヴァーレント伯爵を外務卿に任命し事態の収拾と今後の外交を担わせます」

 

「お、お待ちください! それではあまりに処分が軽すぎます! 陛下を監禁し王宮を占拠した大罪人ですぞ!!」

「その通り! 彼等は貴族院に図ることもなく暴力によって要求を通そうとしたのですぞ! これが許されるなら国の秩序は保てなくなります!」

 カシェス宰相とガイゼル貴族院議長が反論の声を上げる。

「グローバニエ王国やジギへの対応には指揮官はおろか一般兵にいたるまで不満が溜まっていた。特に国境を守る兵と周辺の領主、領民は常に隣国の脅威に怯え対処を切望しながらそれを放置してきたのは我々だ。

 貴公等は貴族院に図っていないと言ったが、再三にわたってその現状は報告されていたはずだ。それは私も実際に目にしている。

 この度の事件は確かに本来許されるものではない。だが、そうせざるを得ないほど国を憂えた兵士等の思いを汲んだものでもある。だからこそ主導した公爵やヴァルカスに他の騎士団や水軍の指揮官達も協力の姿勢を見せたのだ。

 ここで過重な処分を下せば兵達や辺境の領地に住まう者達と深い溝ができるだろう。

 既に王宮を明け渡し兵を引く条件として外交政策の変更とグローバニエへの出兵は合意している。公爵にはその合意が履行されているかを確認させる必要があるのだ」

 

 王宮を制圧した後、アレクシードは治療を終えたイワン、ヴィジェル、クリセウスと会談を行った。

 そしてイワンの真意を聞き、その要求の内、敵対国に対する政策の抜本的な変更と今回のクーデターに協力した各騎士団や水軍、辺境領主へ重い処分を下さないことを王太子として約束し、代わりに王宮と王都の兵を即座に撤退させ当面の間兵舎での謹慎を命じた。

 そして、オスプレイを撤収させて英太と香澄を迎えに来た伊織に再度協力を頼み、各々の任地から騎士団総長を連れてきてもらった。

 その際に彼等からも首謀者であるイワン達への寛大な処分を嘆願されている。

 

 国王が執務を行えない状況の中で王太子が約束した事に関しては、国王の行ったものと見なされる。国王が執務ができなくなった時点で自動的に全権が王太子に委任される制度となっているからだ。

 それ故に今回アレクシードがイワンと合意した内容に関しては例えシェタスであっても簡単に覆すことはできない。

 そして、クーデターにおいて何ら有効な対応を取ることのできなかった宰相と貴族院議長、それに対してバーラから帰参するやいなやまたたく間に王宮を開放して騒動を鎮圧し首謀者と交渉を行ったアレクシード。

 どちらの言葉により重きを置かれるべきかは考えるまでもなかった。

 

「……どうやら余は民を見ているつもりがめしいていたらしい。

 国を富ませれば民を幸せにできると考えるあまり、国を支える者達の不満を蔑ろにしていたとはな。

 イワンから幾度も辺境の話は聞いていた。だが被害をただの数字としてしか見ず、その場に居る者の心に思い至らなかった。

 むしろ、戦火を交えることは無意味に兵達の命を危険に曝すものだとばかり考えていた」

 目を閉じたままシェタスは慚愧の念を込めるように溢す。

 

「陛下が何よりも国の発展を願い、そのために努力されていたことは私が最も近くで見ております。

 特に生産性を高めて国を豊かにし、公衆衛生を改善して流行病を減らした施策を私は何よりも弟として誇りに思っております。陛下がまれに見る名君であることを誰が否定できましょう」

 クーデターを引き起こした張本人であるイワンが言う。

『お前がそれを言うか?』という表情の宰相。

 

「思えば、そなたとは血を分けた兄弟でありながらここ何年も腹を割って話すこともしていなかった。

 それができていればこのようなことにはならなかっただろうにな。故にこの度の件は余に責任がある。

 ヴァーレント公爵を処罰するならば余もその責を負わねばならぬ。

 ……アレクシードよ」

 独白するように呟いた後、シェタスは目を開き、力のこもった声でアレクシードを呼ぶ。

 

「は!」

「この度の事件を包み隠さずに公表せよ。

 公爵に対する処分はそなたの言を用いるが、その他の者の罪は不問とする。

 そして、この騒動の責任を取って余は退位する」

 シェタスの宣言に騒然となる。

「へ、陛下、お待ちください! それではあまりに……」

 立ち上がって翻意を促すカシェス宰相とガイゼル貴族院議長にシェタスは首を振る。

 

「そなた等が言ったようにこの度の事件は許されるべきものではない。王家の権威を揺るがす事態だからな。だが、そもそもは政策に対する意見の相違を放置しなければこのようなことにはならなかった。

 この事件は誰ひとりとして私欲で動いたわけではない。誰もが国のため、民のために働いていたのだ。

 ならば責任は余とイワン、2人の兄弟で負うべきであろう。

 兄弟喧嘩に他者を巻き込んだ、巻き込まれた者に罪があろうはずもない。

 幸い、王太子であるアレクシードの能力に不安はない。年齢も若すぎるというほどではないしこの度の手腕を見ても安心して後を託せるというものだ。

 何よりも、余とイワンのどちらかが上でも兵や貴族に不満が残ることになるやもしれんがアレクシードならばそれも問題ない。

 ……アレクシードよ、後は任せるが、良いな?」

 問われたアレクシードは立ち上がり、深く一礼することでそれに応えた。

 

 

 その後は今後の政策とグローバニエ王国への出兵に関する話し合いがアレクシード主導で進められた。

 当面の事柄が一通り決められて、シェタスの退位とアレクシードの戴冠の時期も定められたことで、一同にようやく弛緩した空気が生まれた。

 侍女が呼ばれて飲み物が供され、会話も軽い内容に移る。

「それにしてもアレクが王宮に現れたと聞いた時は心臓が飛び出るかと思うほど驚いたな。どれだけ急いでもあと10日は掛かると思っていたからな。しかも、突然巨大な鳥のような乗り物で練兵場に現れるなど」

「それは我々もでした。北部の砦に空を飛ぶ乗り物が降りてきた時はこの世の終わりかと思いました」

「確かに。守備兵など攻撃することも忘れて逃げ惑ってましたよ。戻ったら鍛え直さなければ」

 

 イワンの言葉に伊織達が呼びにいった北部と南部の騎士団総長が続ける。

「ふむ。しかも誰ひとりとして死者を出さずに王宮を制圧したのもそれらを所有する異世界人達だったのだろう? 今でもお伽噺かと思うほどだな」

 シェタスがまるで英雄譚でも聞いている子供のように機嫌良く笑いながら言うと、北部騎士団のブレトスが渋面を晒す。

「まさか、我々と幾度も戦っていたあの“グローバニエの勇者”がその異世界人達だったとは。何とも複雑な気持ちですな」

「そう言うな。彼等とてかの国に強制的に連れてこられて戦わされていたと聞く。であれば恨むのは筋違いだろう。

 それに、鍵となっているのはもうひとりの異世界人、イオリと名乗る人物だ。我等が目にした数々の物は全てその男の持ち物らしい。

 さらにクルォフが言うには『絶対に敵に回してはならない』ほどの者だということだ。私から見てもまったく底が見えん。敵対すると考えただけで背筋が凍る」

 

 アレクシードが肩を竦めながら言うと、他の者も苦笑で応じた。

 実際に王宮が占拠されても近衛騎士団も貴族院も手も足も出ずに事態を見つめることしかできなかったのを、あの異世界人の助力を得たアレクシードは僅か一日でバーラの王都から帰還して王宮を奪回したのだ。

 それも誰ひとりとして死者はおらず、負傷者すらごく少数に過ぎなかった。

 その大部分が異世界の道具類と異世界人の能力によるものであることは全員が認識を共有している。

 

「今後も彼等に協力を願うことはできるのでしょうか? グローバニエ王国に侵攻するにしても彼等の力があればより安全なのですが」

 当然の考えではある。

 が、アレクシードは首を振った。

「対価として差し出せるものがない。彼等は金銭や爵位、領地などには興味がなく、元の世界に戻る手がかりとして古代魔法王国の魔法を解析するのが望みらしい。

 そしてそのために古代の遺跡を調査しているのだが、オルスト国内の遺跡調査及び既に調査した遺跡の資料の閲覧は今回の事で対価として提示してしまっているからな。

 向こうから何らかの要望があればともかく、現状ではどうしようもないな。それにあまり関わって向こうの機嫌を損ねでもしたらそのしっぺ返しが恐いのが本音でもある」

 その言葉にはほぼ全員が納得したように頷いた。

 

「ところで、その功労者達は現在何をしているのだ?」

「昨夜は王宮内に泊まってもらいましたが、朝から早速遺跡調査に行くと言って、あの空を飛ぶ卵形の乗り物に乗っていきましたよ」

「ふむ、コーンとハグラーが参内する時に乗ってきた物だな。余も乗ってみたいものだ。退位したら彼等に願ってみるか。イワンもどうだ?」

「それは良いですな。兄上とオルストの空を旅するのも面白そうだ。国を上から見下ろすとはどんな気持ちになるのか、何とか聞き届けてもらえるように彼等が欲しがりそうなものを探しておくことにしましょう」

 

 

 

 

 

 王宮で話題の嘴に上がっていることなどつゆ知らず、伊織達はオルゲミアから北へ50キロほど川を遡った場所に来ていた。

 オルストには既に調査された遺跡も多いのだが、遺跡の痕跡の一部が発見されただけで半ば放置されていたり、遺跡が存在すると予測されていても調査されていない場所も多い。

 それだけこのデザイヌ川流域が古代から栄えていた地域であることの証左でもあるのだが、一から探すのもそれなりに労力が必要だということでもある。

 

 現在向かっている場所も、古代王国時代にはすぐ側にデザイヌの支流が流れていたが時代の流れと共に川が移動し、今では森に埋もれてしまっているようだった。

 数年前に近隣の猟師が遺跡の一部を発見したもののほとんど調査されることなくそのままになっているという話を国の研究者から聞いてやってきたのだ。

 既に発掘調査済みの遺跡は詳細な資料が研究機関に保管されているためいつでも閲覧できる。

 ならば調査が行われていない遺跡に出向いてみようということになったのだ。

 リゼロッドの見立てではそれなりの規模の宗教施設がある可能性が高いらしい。

 とはいえ場所は森の中。

 バーラの遺跡も森にあったが、そこは入念な調査が行われ、発掘のためにある程度道も整備されていた。だがここはまだ未調査の遺跡であり、全体像も掴めていない。

 当然道など整備されているわけもなく、車体の大きなランドクルーザーでは取り回しが悪いし、徒歩では調査機器が運べない。

 

 というわけで、今回は別の車両を使用することになった。

 市販車最強のオフローダーと名高い米国フィアット・クライスラー・オートモービルズが製造販売するジープ・ラングラー・ルビコンである。

 2ドアタイプのこの車両は悪路での走行性が高く、大きさもランドクルーザーと比べて全長で約60センチ、全幅約8センチ、ホイールベースでは約40センチ小さい。

 荷台にはいつもの銃器類の他にチェーンソーや草刈り機、掘削機や発電機、電磁探査機などを積み込んでいる。

 オフロードバイクでも使って、後からヘリで資材を運べばいいじゃんというツッコミは無しだ。

 

 起伏のある森の中を、時折チェーンソーで木を切り倒して道を作りながら進むこと約4時間。

 昼近くになってようやく遺跡の一部が発見されたという場所に到着する。

 全員で車を降りてその遺跡に近づく。

 遺跡は積み上げられた石造りの建物の一部のようだが、大部分が土に埋もれており露出している部分も大半が木の根が絡みつき全体像を窺うことはできないほどだ。

 周囲を確認してみると、同じように綺麗に削られた石組みが所々露出し、そこがそれなりの規模の遺跡群であることが予想できる。

 

「確かに遺跡ですけど、ほとんど埋まってるみたい」

「未調査の遺跡って、そりゃこれじゃ簡単に発掘できないっすよね」

「こりゃどこから手を付ければ良いか分からないな。リゼ、どうする?」

 香澄、英太、伊織の順に感想を言い合うが、話を振られたリゼはというと、実に嬉しそうだ。

 遺跡研究者のリゼロッドであっても未探索の遺跡を発掘する機会など滅多にない。小規模な集落跡を除けば初めてと言える。

 建物の形や大きさ、点在する痕跡の範囲を考えると、この遺跡が周辺でも中心となっていた街の可能性が高い。

 となればどれほどの発見があるか、想像するだけで垂涎ものである。というか、実際にその口からはだらしなく涎が垂れている。

 色々と残念な美女なのだ。

 

 リゼロッドは伊織から渡されていた周辺の地形図に遺跡の情報を次々に書き込んでいく。

 伊織達はリゼロッドの指示で少しばかり地面を掘ったり、木に登って地形を確認したりしている。

 そして2時間ほどで大雑把に遺跡群の全体像を描き出すことができたらしい。

 判明している遺跡の範囲は幅およそ2キロ、奥行き5キロでかなりの数の建物が存在しているようだ。

 どれほどの深さがあるのかは機材を使って調べてみないと分からないが、ここを発掘するのは結構骨が折れそうである。

 

「あ~、これだけの規模だと調査を終えるにはかなりの時間が掛かるわね。どうする? 魔法文字の収拾って目的を考えるとあまり効率は良くないけど」

 言いながらもその目はありありと“ここの発掘をしたい!”と語っている。

 だがここの発掘を進めようとするなら相当な人手か伊織の持つ重機類を含めた機材が必要だろう。リゼロッドだけではそのどちらも用意できない。

 だから決定権は伊織にあるのだが、伊織達にしても元の世界に戻るための情報を集めて分析するにはリゼロッドの存在はありがたいので、その願いは無碍にし辛いのである。

 とはいえ、リゼロッドが心ゆくまで発掘調査をさせれば何年かかるか分かったものじゃない。

 

「まぁ、リゼがここの発掘を進めている間に俺が国の持ってる資料を調べたり他の遺跡を調査すればある程度は大丈夫か。元々ひとりで調べるつもりだったことを考えればそのくらいの余裕はあるだろうし」

「んじゃ俺達はその間リゼさんの手伝いっすかね」

「でも、それをするにしてもちょっとここの遺跡広すぎない? 伊織さんの機材とリゼさんの魔法があっても結構な期間必要よ?」

「そこは王都でギルドにでも相談して人夫を雇うしかないだろうなぁ。資金は王太子殿下が出してくれるらしいし。

 ただ、この遺跡、ちょっと気になることがあるんだが」

 伊織がとりあえずの妥協案を出し、英太は自分が調査自体に役に立たないことを自覚しているので手伝いを口にし、香澄が懸念を表す。

 だんだんこのメンバーのポジションが定まってきているようだ。

 

「伊織さん、それって遺跡の周辺のいくつかが掘り返された跡があったこと?」

「あ、それは多分…」

 リゼロッドが何か言いかけた時、伊織が、少し遅れて香澄が森の入口側に鋭い視線を送る。

 香澄はレッグホルスターのファイブセブンを抜き、英太も車に置きっぱなしの太刀の代わりに脇差しに手を添えた。

 数分後、視線の先から姿を現したのは8人の男達だった。

 全員が剣帯に長剣をぶら下げ、手にはツルハシやシャベルのような道具を持っている。

 

「なんだテメェらは! ここの遺跡は俺達の縄張りだ! 怪我したくなかったらとっとと失せろ!」

 男達は伊織達に気付くと、先頭にいた男ががなり立てた。

 とはいえ、問答無用で襲いかかってくる様子はない。

「……コイツら遺跡荒らしね」

「遺跡荒らし?」

「遺跡にある財宝や魔法道具なんかを勝手に発掘して売りさばく連中よ。中には発掘作業をしている研究者を襲って金品を奪う盗賊紛いのことをするのも居るわ」

「うっわ、面倒くせぇ」

 リゼロッドが解説する。

 

「ふざけんな! 俺達をそんな連中と一緒にするんじゃねぇ!」

 先ほどの男がいかにも腹立たしそうに怒鳴る。

 どうやらリゼロッド達の会話が耳に入ったらしい。まぁ、聞こえるくらいの声で話していたので不思議な事じゃない。

「俺達は自分の足で遺跡を探し出して発掘してるんだ! 確かに見つけ出した財宝を売って金に換えちゃいるが、そんなクズ共とは違う!」

「そうだ! 俺達は夢とロマンを求めて遺跡を探索してるんだ!」

 ガラの悪そうな厳つい容姿に、どことなく残念臭を漂わせながら尚も反論する男達を放置して、伊織がリゼロッドに質問する。

 

「縄張りとか言ってたが、そんなのがあるのか?」

「バーラでは聞かないけど、多くの遺跡が点在するオルストにはいくつもの盗掘グループがあって、揉めないように最初に発見したり盗掘を始めたグループが縄張りを主張するらしいわ。

 当然公的には何の意味もないし、オルストは遺跡発掘には許可がいるから無許可で発掘しても捕まれば全部没収されるわね。許可を受けた発掘を妨害する事も当然処罰の対象よ」

 

 地球においてもそうだったが、この異世界でも古代の埋蔵品などは基本的に国家の財産だと考えられている。

 バーラではそもそも遺跡の数自体が少ないし商人が国を発展させてきたという歴史から古代遺跡への関心自体が高くない。だから遺跡の発見者や発掘者に埋蔵品の所有権が認められているのだが、どちらかといえばそのような国は少数派だ。

 多くは発掘を許可制にして埋蔵品は国の定める規定に従って売買されることになる。だから勝手に発掘も埋蔵品の売買もできないのだが、これもまた世界を問わず、ブラックマーケット的な場所は必ず存在して、盗品や盗掘品の売買が行われているのだ。

 

「て、テメェ等、許可を持ってる研究者、なのか?」

「そ、そんな、せっかく苦労して未発掘の遺跡を見つけたのに」

「まだ掘り始めたばかりで、何も見つけてないし」

 伊織とリゼロッドの会話に男達が反応する。

 正規の研究者相手に縄張りを主張したところで意味がない。縄張りはあくまで同業者のルールであって権利を保障するものではないのだ。

 研究者が領軍に要請すれば男達などすぐに追い散らされるか捕縛されてしまう。

 男達がショックで騒然となるのも当然であった。

 

「け、けどコイツらはたった4人だぜ? ぶちのめして追い返せば…」

「馬鹿野郎! 女も居るだろうが! テメェは俺達に女に手を挙げる外道になれってのか!」

「お、おい、アレ見ろよ、見たことのない荷車だぞ? それに道なんてないのにこんな所まで来れるなんて、もしかして中央の研究者の特別な装備なんじゃ」

「ちゅ、中央の研究機関が目を付けたんならもうこの遺跡はむりじゃねぇか……」

 伊織達をそっちのけで喧々囂々の騒ぎである。

 

「……なんだろう、この残念な感じの人達」

「そこまで悪い人達ではない、のかな?」

「たまにいるのよねぇ、悪党になりきれない無法者って」

 香澄、英太、リゼロッドが呆れた目で見ながら率直な意見を吐く。

「まぁまぁ、面白いから良いんじゃないか? それに……」

「あ、また伊織さんが何か企んでる」

「うわぁ、あの人達、可哀想」

 伊織の笑みを見たDK&JKのコメントである。

 実に素晴らしい信頼関係だ。

 

 伊織はホルスターからイスラエルIMI社製のデザートイーグルを抜く。

 森林地帯に入るので大型動物に備えて準備しておいたものである。

 ドギャンッ!!

 バサバサバサッ、ギャーギャー……

 突然響いた金属音混じりの銃声に驚いて木々から一斉に鳥が羽ばたき、鳴き声を上げて逃げていく。

 喚き散らしていた男達も全員固まり、音のした方、つまり伊織に視線が集中する。

 目端の利くひとりがソロソロと逃げようと後ずさるが、再び響いた銃声と同時に手に持っていたツルハシの柄が途中で吹き飛ばされたのを見て腰を抜かす。

 

「は~い、動かないで。とりあえず話をしようや」

 デザートイーグルを手に持ったまま男達に笑いかける伊織。

 まさしく質の悪いギャングそのものである。

「な、ななな、今のは……」

「こ、こここ、殺さないで……」

 本能的なものなのか、何故か両手を挙げて降参の姿勢を見せながら膝を着く男達。

「大丈夫、抵抗しなけりゃ何もしないから。まず聞きたいのは、おたく等仲間はこれで全部か?」

 伊織の質問に、最初に声を掛けてきたリーダーらしき男は頷き、両隣の男は首を振った。

 

「……どっち?」

 伊織が聞き返すと、男は隣を見て焦った顔をする。

 おそらくはこの場にいない仲間を庇ったか、後で自分達を助けてもらおうとでも思ったのだろう。

「……まぁいいや。別にこの場でおたく等をどうこうしようと思ってるわけじゃないからな。

 んでだ、おたく等は遺跡の発掘がしたくて苦労してここを見つけた。これからも発掘を続けたいし、お宝があったら嬉しい。

 これで間違いないか?」

 問われた男は伊織の意図が分からず困惑した表情を見せる。

 

「だったら、俺達に雇われないか?」

 伊織はそう切り出した。

 

 

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